マシュ視点に挑戦してみたのですが、思った以上に難しく難産でした。
1万文字を軽く超えたので、分割します。
「はっ! はぁ! はっ!」
死の恐怖に苛まれながら、私は炎上する都市を駆けます。
四方八方では光線が迸り、地が割れ、爆発が絶えません。古今東西で予言される『世界の終焉』も、こんなに悲惨ではないでしょう。
崩れたビルの陰に滑り込みます。周囲の鉄筋コンクリートなどサーヴァントの攻撃の前では紙くず同然と思いますが、それでも僅かばかり安堵しました。
「はっ、はっ、はっ……せ、せんぱい」
先輩のためなら誰が相手でも負けない。私は先輩の正式なサーヴァントですから。
矜持を胸に『聖拝戦争』に初参戦しましたが、開始数分で戦意喪失気味です。
強過ぎます。英霊の皆さんの練り上げた魔力が、極みに至った武術が、発散される殺気が、格の違いを教えてくれるのです。
本日のフィールドが最初の特異点『地方都市・冬木』だったのは、せめてもの救いでしょうか。
これがオルレアンやセプテムのような見晴らしの良い地形でしたら、開始直後に対軍宝具で一掃されていました。
『大丈夫さ、マシュ。思ったより大したこと無い』
第四特異点ロンドンにて、先輩が魔術王ソロモンに向けた一言。人理焼却という史上最悪の大罪を犯した相手を『大した事ない』って……
一瞬、先輩は現実逃避をしてしまったのかと心配しましたが、あれは強がりでも慢心でもありませんでした。
英霊の皆さんの宝具と比べれば、ソロモン王の魔術はそよ風程度です。
仮にソロモン王が魔神柱を召喚して戦力増強しようと無駄に終わるでしょう。英霊の皆さんに狩りつくされる魔神柱の姿がありありと想像できます。
もしかしたら――いえ、間違いなく。
この聖拝戦争に勝ち抜くのは、特異点を修復するより難しい。
特に攻撃手段の乏しい私では勝利の決め手に欠けます。
「――!?」
「うぎゃああああ!?」
近くで宝具の発動と、それを受けたサーヴァントの声が響きました。耳にタコが出来るほど聞き覚えのあるこの悲鳴は……ッ!?
瓦礫の隙間から様子を窺がうと、先輩の初召喚サーヴァントであるキュケオーンさんが倒れていました。服や鷹の羽が焼け焦げ、プスプスと煙が上がっています。
「ほう、まだ消えんとは存外しぶとい」
キュケオーンさんに接近するサーヴァントは――あれはアルトリアさんのオルタさんでしょうか? なぜか大型バイクに乗り、モップを持っています。なにより服装が……メイド?
「な、なんでぇ……詫びキュケして……あげたじゃないかぁ……」
「黙れ、食を雑に扱うのは心を無にして我慢しよう。しかし、食を介して裏切りを働くのは万死に値する」
「ご、誤解さ。美味しいキュケオーンを食べてもらい、君と仲直りしたかっただけなんだよ~」
「どこの世界に仲直りの相手を豚にして、なおかつナイフで刺す者がいる。寝言は霊体になってから言うのだな――
「うわぁーん!? ピグレット~ット~ット~~! (残響音含む)」
オルタさんが持つ狙撃銃から謎のビームが放たれ、断末魔を遺してキュケオーンさんは昇天しました。情け容赦のない一撃です。
恐ろしい。オルタさんの恰好や宝具は珍妙なものですが、霊基の強さは冬木の大空洞で戦った彼女を軽く凌駕しています。
「んっ? この視線は――ほう」
「ッ!?」
ああっ! オルタさんと目が合ってしまいました!? 先輩のように気配遮断スキルを持っていないのが悔やまれます。
「マシュか。お前も参加するとはな。どうした? 隠れてばかりとはアサシンの真似事か?」
バイクを降りたオルタさんがゆっくりと近付いてきます。早く逃げないと……ビル陰に隠れながら脱出を図りますが、逃げ道がまったく見つけられません。
「そう言えば、お前はご主人様と一緒に居ることが多いな。これからは私がご主人様をサポートする。掃除と洗濯は徹底し、無論シモの世話も果敢に行う。ご主人様の正式サーヴァントだか知らないが、お前には節度ある距離を保ってもらうぞ」
「ご、ご主人様……それって先輩のことですか!? シ、シ、シモのお世話ってハレンチです!」
声を出せば、正確な場所が露見します。それでもオルタさんの言葉が聞き捨てならず、私は訊いてしまいました。
「ふっ、耳年増な
「さも常識みたいに言わないでください! その水着みたいなメイド服は先輩を誘惑するためなんですね? わざわざ霊基まで変えて!」
「仕事に適した服を着るのは当然だろう。ご主人様は若くて精力的だ、一日五回は発散させねばな――まあ、ライダークラスになったのは邪悪なる豚魔女を抹消するのに最適だった意味もあるが」
アルトリアさんの系譜はどうしてポンポン霊基を弄るのでしょうか……未だに融合した英霊の真名が分からず、万全に戦えない身としては忸怩たる思いでいっぱいです。
「ともあれお前はここまでだ。力のない者がご主人様を守れるはずがなかろう」
「くっ!?」
悔しいです、言われっ放しのまま敗北するなんて。それにオルタさんが四六時中先輩の傍にいると思うと、胸の奥がムカムカしてきます。
「悪くない顔だ。ご主人様とメイドの主従シチュを目撃してNTR趣味にハマるがいい、ハートブレイク……」
オルタさんから極大な魔力を感じます。キュケオーンさんを蒸発させたあの謎ビーム! 私の中途半端な宝具では防げる気がしません。でも、何もせずに負けたくない――盾を持つ手に一層の力を入れた時。
「えっ!?」
一瞬で周囲がピンク色の煙で覆われ。
「なにっ、これは? ぐっ……なんだとっ!?」
困惑するオルタさんの声が聞こえてきました。と、同時に。
「こっちよ、早く」
私の腕を誰かが握ったのです。
「ありがとうございました。危ない所を助けていただき……」
「いいのよ。困った時はお互い様でしょ」
オルタさんを撒き、私たちは廃ビルの一つに身を潜めました。
「ですが、敵である私をなぜ守ってくださったんですか?」
「うふふ、右も左も分からないままやられそうなビギナーに同情して、思わず手助けをしてしまったの――と言ったら、マシュちゃんは信じてくれるかしら?」
戸惑う私とは対照的に、彼女はにこやかな笑みを浮かべてました。同性が見ても息を呑む色気が散布されています、こうムンムンと。
「ご厚意は素直に受け取りたいのですが、俄かには信用できません。この戦場では甘えや油断の介入する隙はないと思います」
「あら、マシュちゃんも戦士らしくなってきたのね。子は放っておいても育っていくモノ。ママは嬉しいわ~、なんちゃって」
特に気を悪くすることもなく、彼女は――マタ・ハリさんは冗談っぽく舌を出しました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「同盟、ですか?」
「不慣れなマシュちゃんと戦闘に向いていない私。協力するには良い仲と思わない?」
マタ・ハリさんは諜報に長けているものの、戦闘力は人間の兵士とさほどの差はありません。言いにくいですが、近代の英霊のため神秘の持ち合わせもなく、武勇の逸話も皆無なためサーヴァントの中では霊基がかなり弱いです。
シールダーの私を盾役に添えたい。たとえ同盟が崩れてもシールダーのおぼつかない攻撃なら対処できる。そう計算して、マタ・ハリさんは提案していると推測されます。
各国の情報機関を手玉に取った、と伝えられる彼女の提案には熟慮する必要がありますけど……地獄めいた戦場、どのみち私一人では数分も生き延びれないでしょう。背に腹は代えられません。
「有難く同盟を結ばせてもらいます。未熟な身ですけど、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。マシュちゃんが話の分かる子で良かったわ」
話が分からなかった場合はどうするつもりだったのでしょう。薄ら寒い気分になります。
「あの、ところで先ほどの煙幕は? マタ・ハリさんの宝具ではありませんよね?」
「同盟者の力が気になるようね。いいわ、マシュちゃんだけに、と・く・べ・つ・よ」
うっとりするようなウィンクをして、マタ・ハリさんは踊り子の衣装の手を掛けました。
「ひゃ!? なにを!?」
ガバッとスカートを開くものですから心臓が跳ねてしまいます。コフィン担当官のムニエル氏が目撃したら、卒倒しそうな扇情さです。
「――あっ」
浮ついた気持ちは、スカートの裏や太ももに仕込まれた武器の数々を目にして急速に静まりました。
アゾット剣のような魔力の込められた短刀が十本以上、拳銃が数丁に、手榴弾まで括り付けられています。あと、なぜかお菓子やスイーツまで袋詰めして用意されています。
「私のような頼れる武器も自慢の魔術もない弱者は、入念な準備と作戦で戦うしかないのよ。いつまでも謎の光弾を主力に戦っていたら瞬殺されてしまうもの」
「あの光弾ですか……たしかに」
武器を持たないサーヴァントの中には、申し訳程度に光弾を発射する方々がいます。英霊の座が攻撃手段の乏しいサーヴァントのために用意した救済処置でしょうか? 光弾は放っている本人たちも原理が分からず、威力はさほどない模様です。
「だから獲物は自分で調達したり製造しているのよ。例えばこの手榴弾からは煙幕が出るの。ジャパニーズ忍者から着想を得たのだけど、化粧の技術を導入して煙に色や匂いを加えたわ。攪乱性にはちょっと自信ありね。ナイフや銃の玉にはカルデアのスタッフにお願いして魔術的効果を付与しているの。ダメージは軽いけれど嫌がらせにはなるわ。意外と馬鹿に出来ないのがお菓子の類ね。さっきの怖いアーサー王を制止出来たのはコレのおかげ。英霊って食欲旺盛な人が多くて、特にご飯がアレなイギリス出身のサーヴァントには絶大な効果を上げるわ。カルデア料理部で修業した甲斐があるってものね」
軽い口調の説明とは裏腹に、マタ・ハリさんのとてつもない努力と勝利への執念が窺えます。いつも通りの武装で参戦した私とは根本的に違う……戦いに対する覚悟の次元が違い過ぎます。
「どうしてそこまで出来るんですか……マタ・ハリさんの装備は聖拝戦争に向けての物ですよね。人理を守る英霊にとって聖拝戦争は二の次ではないのですか?」
後から回想すれば失礼なことを尋ねてしまいました。この時の私は『先輩の寝顔を拝む』より『人理修復』が大事だと思い込む愚か者だったのです。
愚図な同盟者に失望することなく、マタ・ハリさんは優しく言いました。
「
「あ、愛っ!?」
「生前も含めて、これほど誰かを愛したことはないの。マスターを想うだけで身体の奥が焦がれていくのよ。ジリジリと黒ズミになってしまうほどに。人間の頃なら体調を崩して
目の前に羞恥心の欠片もなく愛に全力な乙女が居ました。
完敗です。『愛』の単語でアタフタする私では到底太刀打ち出来ません。人の身では破滅を呼ぶ巨大な愛を抱え、マタ・ハリさんは聖拝戦争に臨んでいたのです。
「上手く言えませんが、御見それしました……マタ・ハリさんがそこまで先輩を好いているなんて」
「マシュちゃんだってもう少し大人になればマスターの魅力が分かるわ。ねっ、それまで私をサポートしてくれないかしら?」
マタ・ハリさんが顔を近付け、ジッと私を覗き込んできました。美しい『陽の眼』がランランと輝きを放っています。
「
先輩とマタ・ハリさん。仲睦まじく並び立つ二人を想像すると、異様なくらい似合っています。
己惚れていました。自分が先輩の正式サーヴァントだなんて……先輩の一番はマタ・ハリさんに決まっているじゃないですか!
「お任せください! マシュ・キリエライト、お二人の未来を守る盾となってみせます!」
「ありがとう、マシュちゃん。私とマスターの性活のために頑張りましょう。うふふふ」
こうして私たちはタッグを組みました。とは言え、攻撃手段の乏しいアサシンとシールダー。正攻法での争いは避けなければなりません。
マタ・ハリさんの武器の数々で接敵を回避し、時には敵同士が潰し合うよう誘導し、危うくなると私が前に立ち盾を構える。一流サーヴァントだろうと消し炭と化す死地を、私たちは終盤まで戦い抜きました。
しかし後一歩のところで、
「風よ集え……イビルウィンドデスストーム!」
カラクリ忍者さんの宝具によって盾ごと吹き飛ばされて敗北。最後までマタ・ハリさんを守り切れず無念です。
ですが諦めません! 次こそは、マタ・ハリさんと先輩をくっ付けてみせます!
…………あれ?
私はどうして、こんなにも熱くなっているのでしょう? マタ・ハリさんの決意は尊敬しますけど、先輩との付き合いを認められるわけないのに……
疑問を覚えることもなく戦っていました。まるで洗脳されているみたいに――――あっ。
「マシュちゃん、今日はお疲れ様。あなたの頑張りで残り十体まで生き残ることが出来たわ。自己最高記録よ」
シミュレーションルームで立ち尽くしていると、何もない空間から唐突にマタ・ハリさんが現れました。どうやら霊体のペナルティが解けて、実体化出来るようになったみたいです。
「初めての連携でこんなに上手くいったのですもの。訓練を重ねれば、聖拝戦争を勝ち抜くのも夢じゃないわ。私たちってベストパートナーね」
「――なにがベストパートナーですか! 人を『魅了』しておいて」
やられました。マタ・ハリさんの強みは相手を誘惑すること。しかも、男性だけでなく女性や魔物にも効果があります。
あの『陽の眼』に私は魅入られてしまっていたのです。
「あら、解けてしまったのね。ごめんなさい」
特に悪びれた素振りもなく、マタ・ハリさんは形だけの謝罪をしました。そのあっさりした態度がこちらの未熟を嘲笑うようで……怒りと悔しさと恥ずかしさが頭の中で渦巻き、熱くなってしまいます。
「搦手を多用しなければならないマタ・ハリさんの事情は理解できます! ですが、普通そこまでしますか!? これは実際の戦争ではありません。他者を踏み台にするような卑怯なやり方までして、ご自分の評判を堕とすような真似までして……そこまでして、先輩の寝顔を拝まないと気が済まないんですか!」
「
「――そ、そんな……」
迷いの一片もない即答です。私の糾弾は「議論するまでもない」と斬り捨てられました。
「しょうがないでちゅね~。お子様なマシュちゃんのためにママが今の言葉を訂正してあげまちゅよ~」
マタ・ハリさんは、私の不機嫌に引っ張られることもなく、おどけた態度を取りました。不意に『争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない』という格言を思い出してしまいます。
「て、ていせい?」
「主な訂正箇所は二つ。マシュちゃんは『これは実際の戦争ではありません』と言ったけど、そう思っているのはマシュちゃんだけ。他のサーヴァントにとっては聖杯より尊い物を賭けた正真正銘の戦争なのよ」
「せ、先輩の寝顔は聖杯以上……なんですか?」
「他のサーヴァントに同じことを訊いたら鼻で笑われちゃうから注意しましょうね~。さて、もう一つの訂正は『他者を踏み台にするような卑怯なやり方』のところ。別に私の『魅了』は卑怯でも何でもないわ」
「し、しかし『魅了』は相手の尊厳を傷つける行為で」
「だって『魅了』に掛かるのはマシュちゃんだけですもの。残りのサーヴァントはマスターを愛しているから、他所からの誘惑にうつつを抜かしたりしないわ。私の強みなんてカルデア内では、ただのお荷物なのよ」
「………………」
目の前が真っ暗になりました。
マタ・ハリさんの指摘が浮き彫りにしたのは私の至らない点。
私が如何に先輩を尊んでいないのか。
私が先輩を如何に軽く想っているのか。
私は先輩の正式サーヴァントでありながら、最も先輩に相応しくないサーヴァント……なのでしょうか?
「マシュちゃんに聖拝戦争は早いみたいね。出直しなさい。ここは、『愛』の何たるかも知らないお子様が来るところじゃないわ」
マタ・ハリさんが厳しい声色で忠告します。私は俯くしかありませんでした。
力もない。想いもない。
こんな私に存在価値があるのでしょうか。
自室で苦悩していると、廊下が騒がしくなってきました。
この聞き慣れた悲鳴は……先輩!
いつものお約束です。内なる悩みを一旦止め、私はエリザベートさん(×3)から先輩を保護しました。
「ご無事ですか、先輩」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
サーヴァントの皆さんが愛してやまない先輩と自室で二人きり。
マタ・ハリさんだったらどうするでしょう?
好機とばかりに誘惑して、ど、ど、ど、
私は……ダメです。先輩を強く思いたいのに、一緒に居るだけで満足してしまいます。誰かと争ってまで先輩を求める気にはなれません。
何かとても、もどかしいです。先輩は私にとって『先輩』と呼んでしまうほど好意的な人物なのに。その好意が深まりません。
馬鹿な妄想ですが、心の中に想いをせき止める壁があるみたいです。
結局、私はアプローチの一つもせず先輩を見送りました。
ベッドに腰を下ろし、また自己嫌悪に陥っていると――
「フォフォフォウ」
なんだかご機嫌なフォウさんが部屋に入ってきて――
「先輩! お許しください!」
差し出された先輩の寝顔写真に思わずキスをして――
「いいやあああああああ!? せぇぇんぱいいいいいっ!?」
ナニかが決壊しました。
流されます。常識や倫理や、人として大事なものが全て暴流に呑まれていきます。
ドクターやダ・ヴィンチさん、スタッフの皆さん、それに数多の英霊の方々――かけがえのない人々との出会いで学んだ『良識』が
ですが、空白を埋めるように――いえ、私の全てを満たすようにソレは――先輩への『愛』は広がっていったのです。
続きは明日投稿します。