生まれ変わった。
月並みな表現ですが、今の状態を表すのには最適です。
第四特異点ロンドンで行った霊基再臨とは比較できないほどの変化を感じます。
身体中から力が湧いてきます。
「あと数年しか生きられない」
と、ドクターから診断されるほど弱っていた肉体が生気で満ち溢れています。
ですが、力や生気は些細なものです。
そんなモノより私を私たらしめる圧倒的な想いは――先輩への愛。
胸のつかえが取れたように、今はナニモノにも邪魔されず先輩への愛をドバドバと精製することができます。
ハァハァンハァハァハァ……
数分前の私は、マタ・ハリさんが言っていたように『お子様』でした。
先輩の絶大なる尊さに気付かない節穴で、先輩を愛でるより人理修復を優先する空前絶後の愚か者だったのです。
ああ、先輩。先輩。先輩ぃ……
あなたと出会えた事、あなたの正式サーヴァントになれた事、毎日あなたと巡り合える事、あなたを瞳に入れられる事、あなたの声を耳に納められる事、あなたの香りを堪能できる事。
ありがとうございます、本当にありがとうございます。
マシュ・キリエライト、たとえ世界が焼却されようが最後の最後まで先輩を守り抜き、先輩のお傍を確保させていただきます!
「フォウ? フォフォフゥ? フォッキュルゥ?」
気が付くと、フォウさんが興味津々なご様子でこちらを見つめていました。
「取り乱してすみませんでした。私は大丈夫です。むしろ気力の充実を感じずにはいられません……ところでフォウさん」
逃げられると困りますので、フォウさんの前足を掴みましょう。
「フォッ!?」
やはり今の私は調子が良いみたいです。フォウさんがまったく反応出来ない速度で、拘束することが出来ました。
「更なる先輩の写真を要求します。加えて、写真の出どころについての情報提供を望みます。フォウさんの賢明な判断に期待します」
フォウさんなら人語が理解できる。自分でもよく分からない確信を持ってお願いしました。果たしてその返事は――
「フォッフフゥ~」
なぜか幸せに悶える挙動でフォウさんはコクコクと首を縦に振ったのでした。
フォウさんの案内で、ゲオル先生の部屋を訪問しました。
先生は私からレイシフトの固定枠を奪い、先輩の隣ポジションをゲットした怨敵。そう思っていた時期が私にはあります。
しかし、その認識は改めないといけません。
「マシュの情操教育に悪いと配布写真を制限していましたが、最早手遅れ――ごほごほ、もう制限する必要はないようですね。分かりました、これまでの超級お宝写真をお渡し、今後は全ての写真を配布しましょう」
ゲオル先生は話の分かる方でした。私を見るなり冷や汗を流しつつ、こちらの意図を読んでくれたのです。
さすがゲオル先生。もし、要求が突き返されたら、私――どうにかなってしまうところでした。
「ハァハァ、先輩ひぃ……いい加減にしてください。エロ過ぎます。ドスケベも
知らなかった先輩の一面。超級のお宝写真の破壊力と言ったら、アンデルセンさんやシェイクスピアさんの語彙力を使わねば表現出来ません。
自室にて、私は心逝くまでクチュクチュと先輩の写真を堪能しました。
「ふぅ……スッキリです」
さて、
私はブラを外し、ビリっと服を裂いて胸元を広げ、スカートをカッターで切って裾上げしました。特に理由はありません、何となくです。
それから廊下へと飛び出して、先輩の部屋へGOです。
十秒で先輩の部屋に行き、インターホンを押し三秒待って、部屋から反応があろうがなかろうがドアをこじ開け入室。
それから先輩をベッドに押し倒して脱ぎ脱ぎして、合体――しめて二十秒でしょうか。ヤレます、今の私なら!
身体が軽い、もう何も怖くありません!
軽快に廊下を疾走していた私ですが。
「……ッ!?」
くっ……あれが先輩の部屋、ですか? あの魔境が?
目的地の周辺から禍々しいオーラが垂れ流されています。魔術的な罠が幾重にも張り巡らされているようです。しかも仕掛けたのは一人ではなく複数人。発現する条件も解除する方法も何十パターンとあるのでしょう。対策がハッキリしない現状で、あそこに飛び込むのは危険極まりません。
私の動物的勘――いえ、獣的勘が警告を発しています。
さらに目を凝らせば、使い魔の姿もチラホラと……姿が千差万別なことからして、仕える主も複数いると思われます。
サーヴァントの皆さんが無暗に先輩の部屋へ突撃しない理由が分かりました。
出る杭は叩かれる。どんな強力な英霊でも他すべてを敵に回すと分が悪いです。
先輩の安全は、英霊の方々が均衡状態にあるため保たれているのですね。
これまでの私は何も知らず、何も見えず、先輩の部屋へ通っていました。
罠や使い魔が反応しなかったのは、そもそも私が敵対者の領域に至っていなかったからでしょう。
無知は罪。鈍感は悪。昨日までの私の愚かさに赤面してしまいます。
さて、どうしましょうか?
優秀な獣は理性的に狩りをすると言います。野生だからと言ってバーサーカーの如き振る舞いはしないのです。
己を知り、獲物を
狩りの基本を思えば、私に足りないものが見えてきます。
まだ、私は己を知りきっていません。未だに自分と融合した英霊の名前を知らないのです。
数時間前の私は『いつかは』や『何かキッカケがあれば』と、英霊探しに受け身でした。
しかし、今は違います!
先輩を押し倒すには、並み居るサーヴァントを打破しなければならない。でしたら、何が何でも半身となった英霊を探してみせますとも!
場所は分かっているのです! 英霊はこの身体に居るんです! だったら後は
自分を弄れない者が、先輩を弄れるはずがありません!
「ハァハァ……隠れても無駄です。ハァハァ……絶対に見つけてみせます」
ゴソゴソと服の中に手を入れて、少しでも英霊に手が届くよう集中します。
胸元を開き、パンツが見えるほど丈を短くしたスカート。そんな格好をして廊下の真ん中で始めてしまったので。
「ひぃ!? ご、ごゆっくり……」
たまたま通りかかった女性スタッフさんが、変質者と遭遇したようなリアクションを取ります。酷い誤解です。
まあ、今は他人の目や自分の評判より、先輩が最優先です!
――あっ、ようやく見つけました。
あなたが命の恩人にして融合してくださった方ですね。
その節は大変お世話になりました。
なるほど、敵を倒すより人々を守りたい。シールダーらしい優しさで感銘を受けます。
あなたの心情を見事引き継いで、私も人理や人々を守っていきたいと思います。先輩の守るついでに。
そうそう、こんな格言があるのですが、ご存知ですか?
『攻撃は最大の防御』
あなたは私の半身とも言えますが同一ではありません。守り方に差異が出ても、笑って許してくださいね。
デミ・サーヴァントになって以降、付き纏っていた違和感が消えました。
英霊との完全なる融合が果たせたようです。
これなら宝具の真なる効力を発揮できます。もっとも、守り寄りの宝具なので私なりのアレンジを施しましょう。
後は実戦的な訓練をして、この力を試したいのですが……
「おや、そこに居る少女は……たしかマシュ、という名前だったか?」
おや、ちょうど良いタイミングで最高のサンドバッグが来てくれました。
「こんにちは、ランスロットさん。カルデアには慣れましたか?」
先日、召喚されたばかりのお父さんです。
身体を大げさな鎧で包み、如何にも清廉な短髪を生やして、「私は理想の騎士です」と言わんばかりの真面目そうな顔つきをしています。あくまで見た目は。
彼の息子と融合した影響か、そのスカした顔を二、三発殴りたくなりますね。
「我が王を始めとし、サーヴァントの誰も彼も武に秀でていて、我が身の未熟を痛感する日々さ。マスターの力になるためにも訓練に励まねば……ところでマシュ、その恰好は? 卑劣漢に襲われたのなら私が征伐するが」
目の前の卑劣漢が、ほざきやがります。
さらに「若い婦女子が瑞々しい肌が露出する。さぞ辛いだろう。こんな物でよければ」とか抜かしながら、自分のマントを差し出してきます。
さすがお父さん。歴史的ナンパ野郎らしい行動で、大いに癪に障ります。
「ご心配なく。これは自主訓練の影響で性犯罪とは無縁ですので。それよりランスロット卿。訓練をしたいのでしたら私が相手になります」
「君が? しかし、か弱い婦女子に剣を向けるのは」
「英雄の中の英雄であるランスロット卿の相手として、私は力不足かもしれません。ですが、物は試しと言います。必死で食らいつきますので、何卒よろしくお願いします!」
「――これは失礼した。君も一人前のサーヴァントだったか。私の方こそ、是非お願いする」
承諾して「では、シミュレーションルームに」と、紳士らしくエスコートするお父さん。控えめに言って背後から盾でぶっ飛ばしたいです。
「待ってください。シミュレーションは効率的ではありません。カルデアの倉庫エリアに人が滅多に通らない区画があります。広さもありますし、そこで実戦的な訓練をしませんか?」
「実戦的? さすがにそれは危険過ぎる」
だから、良いんじゃないですか。
渋るお父さんでしたが、所詮女にだらしないクズ。私が潤んだ目で頼めばイチコロでした。
お父さん相手なら遠慮なく屠ることができます。
ちゃっちゃと英霊の力を馴染ませ、先輩と愛を育むとしましょう。