人は死んだら何になるのか。
きっと人は知らない。

それを知るのは死んだ者だけなのだから。

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決して交わらない物語

 

 溢れ出る血液。冷たいと思ったのは一瞬で、がっぽりと自分の身体を失う感覚と共に熱が燃える様に広がった。

 

 絶対死なないと約束した弟の責める声。これから起こる未来を認めたくないと我儘を言う姿は幼い頃と重なって懐かしさが込み上げて来る。

 

 

 ──…死ぬのか、俺は。

 

 

 戦乱の空に紛れる中、微かに聞こえる息遣いは段々力を失っていく。

 悔し涙を零しながら、未練を噛み締めながら。

 ようやく知った『答え』を抱きながら。

 

「愛してくれて……ありがとう」

 

 鬼の血を引く、海賊王の息子はその短い生涯に幕を下ろした。

 

 

 

 

「どこだよ、ここ……」

 

 ──筈だった。

 

 エースは真っ白な空間に居た。

 自分は確かに息絶えた。しかし何故か視覚がある、聴覚がある。口を開くと言葉が出る。足が、手が、動く。

 

 胸にポッカリと開いた穴まで、ある。

 

 あまりにも不気味な空間に嫌悪感を抱いた。

 

「キミは死んだ」

 

 ふと彼の耳に男とも女とも取れない中性的な声が届いた。

 

 この空間には自分以外の誰かが居る。

 

 そう意識した途端目の前に玉座が現れ、そこに誰かが座っていた。見た目も中性的だ。

 

「名乗りは不要…──興味が無い」

「……!」

 

 普段の彼なら頭に血が上り反論を口にしただろう。しかし彼はしなかった。

 

 いや、出来なかった。

 

 人であるのなら間違いなく反発出来ない。目の前の存在に対して逆らうという機能が備わってない様だった。

 

「キミは死に、そして転生の機会を設けられた」

 

 聞き慣れない、しかし確実に意味を知っているのに御伽噺の様な言葉。

 エースは思わず聞き返した。

 

「転生?」

「左様」

 

 一切の興味が無い姿で紡ぎ出された言葉は、普通であれども信じられないのに、何故か納得出来る説得力があった。

 目の前の存在はそれほど異様だと感じれた。

 

「転生、って」

「キミの選択肢は2つ」

 

 質問や疑問を欠片たりとも受け付けないという態度で言葉は続けられる。

 

「このまま他と同じ様に地獄に落ちる。もしくは同じ世界に生まれ変わる事」

「なんで俺なんだ?」

「選べ」

 

 質問を答えず放たれる高圧的で強制的な言葉。

 しかし心に欠片も反発の感情が生まれなかったのはその言葉に一筋の光が見えたからだろう。

 

「生まれ変わって、いいのか……」

 

 同じ世界ということは自分が死んだ世界の事。

 白ひげ海賊団のその後を知れる上、心残りであったルフィの夢の果てを…──見れる。

 

「生まれ、変わりたい。俺が、世界に干渉してもいいんだよな?」

「…………………構わない」

 

 そっと目を閉じて言い放たれたその言葉に、エースはにやける顔を押さえて真剣な顔をしようとした。

 

 ふと、目の前の人物が何なのか気になる。

 

「なァ、あんた誰だ?ひょっとして神様とか?」

「………」

 

 男か女か、人間か、もはや生物かすら分からない存在は何も答えなかった。

 不服に思う。しかし歯向かうなど、考えられなかった。新たな命を、転生という希望をエースに与えた存在は言わば恩人。

 

「……ありがとう」

 

 答えは望めないと分かり残念に思うが、自然と感謝の言葉が零れた。

 

 自分は何に生まれるのだろうか。

 ポートガス・D・エースという人間は死亡したのだ。流石に腹に穴が開いた体で生まれるなど有り得ないだろう。

 

 するとぶわりと奇妙な感覚に包まれる。

 意識が溶ける様な、酷く眠い様な。似た感覚は分かるのにこれと言ってハッキリとした感覚は経験した事が無い。

 

 抗えない変化に意識を手放してみようかと考えたその時だ。

 

「種族は悪魔。傷つく事も死ぬ事も無い、永遠の生だ」

「……えっ?」

 

 意識が混濁してきた状態で、何か不吉な言葉が聞こえた。

 気の所為にするにはあまりにもハッキリ聞こえた信じ難い言葉。

 

 

 痛みは嫌だ。死ぬのも怖い。

 ──死んだ瞬間、彼はそう命に縋った。

 

 

 

 

 

 気がつけば真っ黒な棺の中で眠り続けている気分だった。

 手を動かし、足を動かそうとするが、どうにも上手く出来ない。

 

 そもそも悪魔とは何なのか、これからどうしようか。

 

 そう考えエースは気分だけだが寝転がった。

 

 

 ふと、自分の体が無くなるような不思議な感覚を味わう。

 

『え……?』

 

 あの不思議な存在の言う通り痛覚など存在しない。しかし、あまりにも奇妙な感覚だ。

 体が無くなる感覚とは、生前で覚えがある。

 

 だが混乱するにはあまりに時間が無さすぎた。

 

『ッ!?』

 

 まるで齧り取られた体の方が主体なのだと言わんばかりに、吸い取られる。

 何かは全く分からない。だが確実に現状が人間の感覚でない事だけは理解出来た。

 

 悪魔であると仮定すれば、自分は死ぬ事は無いのだが、何が起こっているのか分からないその身に不安は尽きなかった。

 

 

 何故こんなにもあの存在に信頼するのか。逆らえないのか。今意識がある時点で抗う事すら無意味だと考えてしまう。

 

 

『あー…えっと………これはどうなってんだ?』

 

 

 ふと視界が開けた。目の前にあるのは金の髪色を持った人間の後頭部。周囲の風景は滝……否、水と空だ。高くまで舞い上がった誰かの体、その後ろで風景を見ているのだ。

 

『おいあんた…──』

 

 ──体が、存在する。声がはっきりと出る。

 

 手を伸ばし目の前の男に触れようとするが、不気味な事に自分の手は体を突き抜けた。自分の体が透けている様だ。

 

 思わず手を引っ込めたエース。その驚きの連続に脳は処理を怠っていた。

 

 

 

「う熱ちっ!本当に出た! いや熱くねェっ!気のせいか!俺が『火』になったんだ!」

 

 

 

 エースの目の前にいる男は誰か女を片手に抱えていて、空いた右手から炎を纏っている。

 

『その炎、なんか俺の能力に似て……』

 

 思わず零れた言葉。

 声は聞こえてない様で誰も気にとめない。

 

 ひょっとして自分は転生しそこなって幽霊になのではないのか?

 

 そんな疑問が脳裏に駆ける。

 

「エース!」

『うぇッ!はい!?』

「貰うぞお前の技……!」

 

 自分のかつての名前を呼ばれエースは慌てて返事をするが、ふと首を傾げる。

 

『(俺の技を、貰う?)』

 

 どこか懐かしくて優しい柔らかな声を持つ男は己の代名詞とも呼べる技を再現してみせた。

 

 

 

「───〝火拳〟!!」

 

 地は割れ、炎が水を蒸発させる。

 現れた水蒸気は周囲を包み視界を曇らせる。

 

 トゴォンッ、という派手な破壊音が聞こえれば感じた物は落下している体の視界。

 

 

 エースの体は浮いていた、エースの体は物質を持っていなかった。

 

 エースの名前は、もうエースでは無い。

 

 これが一体なんなのか、目の前に居る男は一体誰なのか。

 処理しきれない情報量に目眩がしたような気がしてくる。

 

『なァ、あんたは誰なんだ?俺はなんなんだ?自分の意思で体は動くのに、俺はお前から離れる事が出来ないみたいなんだ』

 

 答えは聞こえない。

 それもそうだと自分で何故か納得した。

 

 落下の風圧も重力も感じないのに視界だけは確かに落ちていく不思議な感覚を味わいながら。

 

『俺は悪魔になったのか?』

 

 疑問が芽生えた。純粋な、確信した疑問。

 

 

 

 そしてエースは驚くべき言葉を聞いた。

 

「──あぁ最初のルーシーは4億の首。いつか海賊王になる男!〝麦わらのルフィ〟!」

 

 何者なのかという少女の問いに、手袋を付けながら彼は言った。

 

「俺の弟だ!よろしく」

 

 

 ルフィを弟だという男は、この世にたった2人しか居ない。

 

『ッ、サボォ!』

 

 火拳(エース)の声は届かない。

 それでも確かにそばに居る。

 

 

 

 

 

 これは生きた人間は決して触れる事が出来ないもうひとつの物語。

 悪魔を宿す実の愛しき日々。

 




悪魔の実になった男の話(\サブタイトルのネーミングセンスの無さ/)

憑依なのか転生なのかタグに迷ったがとりあえず転生という事で。
悪魔の実とは一体なんだろう、考えた結果私は悪魔という種族と捉えました。原作でも『悪魔を宿す』などと言う表現が使われているのでいっそ意識を持っていたら?と言う面白い設定です。
見切り発車なので続きの展開とか考えてませんが(だからこそ短編)ゴムゴムの実の悪魔はロジャーだと嬉しい。


『あざらし杯』とは……2500以上3000以内の未発表1作品完結の短編小説を4/18の18:00までに投稿する企画(イラストも有り)。企画主は短編小説を読みまくる企画を得たなどと供述しており……。
ぶっちゃけ後輩が参加してたの見て面白そうだと参加しました、あざらしさん短編を書く機会をくださりありがとうございました。


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