俺の親友は前世は男だったけど、今は幼女になった 作:ボルメテウスさん
その日、ターニャ・デグレチャフはとても不機嫌な様子で自分の部屋にいる男を見つめていた。
この世界に転生してから、共に多くの日々と数々の試験を乗り越えた親友であるアレク。
転生する前は同性という事で、恋人のような付き合いは決してできなかったが、ターニャの今の身体は幼女とは言え女性だ。
人間関係は上司・部下・敵のみでほぼ完結しており、友人や恋人といった対等な人間関係を必要としないと思われた彼女だが、前世の親友であり、今世では恋人であるアレクに対しては、狂気的な愛を彼に注いでいた。
だが
「アレク、なぜかね?
私には理解できないよ。
君が、なぜ、敵兵である彼女を救ったのか」
ターニャはそう言いながら、自ら身に纏っていた軍服をゆっくりと脱いでいた。
既に何度も夜を過ごしており、互いの裸を見ても、羞恥心はない間柄である為、ターニャはそのまま軍服から寝間着へとゆっくりと着替えていく。
「俺は医者だ。
目の前にいる患者がいれば、治すだけだ」
そう、ターニャの言葉に対して、アレクはこれまで通りの無表情で答える。
互いに仕事人間である事はできている事もあり、ターニャはその程度では怒りはなかった。
それが、普通の敵兵ならば、問題なかった。
だが
(あの女っ、妹だからと言って、調子に乗っているっ)
そう言いながら、アレクが治した敵兵を思い出す。
それは、アレクが今世に転生した際の彼の妹であるメアリーだったからだ。
自分よりも近い位置にいた事で、甘えた考えと共に、アレクは自分の物だと言わんばかりの態度。
それが、ターニャの怒りに繋がっていた。
(ただ、血が繋がった程度で甘える愚か者がっ、私の親友であり、愛を誓った相手であるアレクに近づくなんて、ふざけるなっ!)
寝間着を身に纏い、アレクからは自身の憤怒の表情を見せないようにターニャは振り返る。
「アレク、君には以前も話したはずだ。
今の我々は、戦争状態だ。
そんな戦争状態であり、捕虜に近い君が、敵兵を治療する事は、非常に危険だ」
そして、ターニャはゆっくりとベッドへ腰掛けているアレクの隣に座った。
既に、アレクの方からも視線を合わせていない事が気に食わないターニャだったが、ここで下手な事を言うわけにもいかないと思いながら口を開く。
「アレク、私は君の事を親友だと思っている。
だからこそ、君を死なせたくないんだ」
そう、心配するように、本心である怒りをぶつけないように、ターニャは冷静に、怒りを静めながら言う。
ただ、怒りをぶつけても、アレクは自分の元から離れる。
「分かっている。
それでも、俺は目の前にいる怪我をしている奴を放っておけない」
「医者の性分だな。
それは君の良い所でもあるからな」
アレクの言葉にターニャもまた同意するような言い方で答える。
彼は人を救う事を最優先とする性格で、医者として優秀な人物である。
だからこそ、前世でも、今世においても、彼を慕う人間は多くいた。
ターニャ自身もそうだし、彼の部下や同僚達もそうだ。
アレク自身はその事を決して自覚していないだろうが、それが、彼が持つカリスマ性とも言える。
(だからこそ、私が徹底的に管理する)
それはアレクの為ではなく、ターニャ自身の為。
前世では手に入れる事ができなかった幸せを手にする為に。
性別の問題を乗り越え、残るは無事に結婚することができる環境のみ。
それを整える為に、ターニャは、戦争を勝ち抜く。
「全ては、お前と私の為に」
そうターニャはアレクに聞こえない程度の小さな声で言いながら、抱き締める。
それに対して、アレクは特に気にした様子もなく、ターニャを優しく撫でた。
それはまるで子猫をあやすような感じでもあったが、ターニャとしては嬉しい事この上なかった。
これから起きる、大きな戦いの前での、最後の安らぎであった。