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ジェット戦闘機の開発が起点となり、ドイツとソ連の協力関係は深化した。
その上で問題となったのは両国の距離だ。
それは物理的と言うよりも、物流と言う面でだった。
実際、領域的な領土ではドイツが
とは言え、接するようになってまだ2年と少しの為、大規模な人や物資を行き交わせられるだけの交通網 ―― 道路や鉄道網が組み上がっていなかった。
両国とも交通網の整備に予算を掛けていた為、
だが国際情勢の変化が、そんな
ドイツの国際連盟脱退と、アメリカ主導で行われた対ドイツ経済
国内の治安が悪く(※1)
無論、国際連盟から脱退済みのドイツは要請を拒否した為、国際連盟安全保障理事会はドイツが武器売却停止の要請を受け入れるまで、人道的なものを除く全ての品目に対する
これにはドイツとソ連も頭を抱える事になる。
国際連盟加盟国であるソ連も、その指示に従わざるを得なかった。
表向きとしては。
2国間協議で、今後も軍事物資の融通と技術の交流が継続する事が決定し、その対処も考えていた。
例えば試作機が飛行段階に到達寸前となっている共同開発の戦闘機。
名前こそ違っていても同じ設計図から生み出された戦闘機であるが、国際連盟安全保障理事会から問題として指摘された場合は、
だが、軍需物資などの非人道的な物資の売買を止めたと主張していても、実際に輸送される場を監視されてしまっては問題となる。
そして、ドイツとソ連の国境は短く、鉄道や道路は少なかった。
国際連盟安全保障理事会に監視が可能であると思える程に。
ドイツとソ連は、この
――東欧処理
ドイツとソ連にまたがる最大の国家はポーランドであったが、これを味方に引き入れるのは不可能であると言うのが両国の判断であった。
対ドイツの連帯をフランスと行い、対ソ連の
甘言で乗せる事は不可能であるし、ポーランドの国民世論を調略する事も難しいだろうと言う判断が成されていた。
故に、狙ったのはドイツとソ連の南側、バルカン半島を中心とした地域の国家群だ。
既にユーゴスラビアやブルガリアと言った国家はドイツの影響下に入って久しい為、簡単な世論工作でドイツが主催する大連合への
ルーマニアに関しても、政治勢力として
とは言え3国を纏めてドイツが併合してしまうのは、ソ連としては余り歓迎できるものでは無かった。
事実上の同盟関係にある両国であったが、であるが故の均衡が求められる側面があったのだ。
ソ連はドイツに対し、併合後のルーマニア領の
ドイツはソ連との
ルーマニアは、ルーマニア人の関わらぬ場所で国土の割譲が決定するのだった。
――ブルガリア
ブルガリアはドイツとの経済的な結びつきが強かった為、ルーマニアやユーゴスラビアとドイツの交渉が表面化した時点で、
これはドイツの手腕と言うよりも、世界経済に於いて独占的な地位を占めるG4の傲慢 ―― 自らの領域以外に関心が薄いという事が理由であった。
日本、アメリカ、ブリテン、フランス。
それぞれが大規模な経済圏を持ち、交易する事で余裕を持って経済発展する事が可能となっていたのだ。
であれば東欧、欧州の片田舎で特産品もそう無い地域に目を向ける筈もなかったのだ。
本来であれば欧州の盟主を気取っていたフランスが手を差し伸べている筈であったのだが、フランス領インドシナで勃発した騒乱によって外交的、経済的リソースが失われており、ブルガリアやバルカン半島諸国に目を向け、手を差し伸べる余力を失っていた事が、ドイツの拡張を許す事態となったのだった。
――ルーマニア
ルーマニアにとってドイツとの連帯は国家の存亡に関わる問題であった。
その根源にあるのはソ連である。
日本との戦争でシベリアを失い、フィンランドとの戦争でも事実上の敗北を喫したソ連が、国威の回復手段としてルーマニアに圧力を掛ける様になっていたからである。
見せつける様に、国境付近で演習を行うソ連。
T-34戦車などを大量に保有する近代的な陸軍の威圧は絶大だった。
ソ連軍は日本に敗れたとは言え、否、日本とアメリカが相手であったからこそ敗れただけであり、G4や列強以外の国家にとっては絶望的な力を持った存在であった。
そんな状況に於いて、政治的に近いドイツが声を掛けて来たのだ。
ルーマニアが天祐と信じて、ドイツの手を掴んでしまうのも仕方のない事であった。
その代償は決して小さく無かった。
建前として独立は維持しているものの、国際連盟からの脱退を含めたドイツの属国化であり、
ルーマニアの世論は激高した。
だが時すでに遅し。
ルーマニアの政権を握っていた親ドイツ派政党は、自らの
デモは武力粉砕され、反政権政治勢力は非合法であると警察に刈り取られていった。
ルーマニアは冬の時代を迎える事となる。
国を脱出出来た者たちは、国外にて反政府運動 ―― ルーマニア解放運動に身を投じる事となる。
その頂点として、ルーマニア人による国際連盟総会での演説があった。
ルーマニアで発生している
とは言え、この時点でルーマニアは国際連盟を脱退しており、国際連盟に出来る事はドイツに対する非難声明の採択程度であったが。
国際連盟の非加盟で、独立した国家の内側で発生している事態に対し、内政不干渉の原則がある以上、国際連盟が出来る事など限られているのが現実であった。
唯一、G4 ―― フランスが事態解決に協力する事を約束した。
但しそれはフランスの問題、フランス領インドシナの紛争が片付き次第と言う但し書きの付いた約束であったが。
――ユーゴスラビア
比較的簡単に済むと思われていたユーゴスラビアの併合は、ドイツにとって大きな蹉跌となる事となる。
だが、ユーゴスラビア軍は、この政府の方針に敢然と反旗を翻した。
フランスを筆頭に、様々な国への留学経験者を抱えていたユーゴスラビア軍には、政府が盛んに宣伝する素晴らしき
ユーゴスラビア軍高官は、最初、政府に翻意を促した。
だが政府はユーゴスラビア軍の声に耳を貸す事は無かった。
それどころか、警察を使い一部の軍高官を逮捕し、ユーゴスラビア軍を掌握しようとした。
これに反発したユーゴスラビア軍上層部はクーデターを決断する。
ユーゴスラビア内戦の勃発である。
戦火は再び、バルカン半島から立ち上ろうとしていた。
(※1)
主として問題となったのは、チャイナで経済活動を行っていた国際連盟加盟国の市民の安全であった。
チャイナは渋々ながらも国内の外国籍在留者の安全確保に努めては居たが、継続していたチャイナ共産党による扇動もあって、盗賊や軍閥などのみならず一般のチャイナ人も外国籍在留者を襲う事件を度々引き起こしていた。
その対象はアメリカ人やブリテン人、フランス人のみならず、ドイツ人にまで及んでいた。
チャイナに於ける外国人 ―― 特にコーカソイド系に対する憎悪の深さが見て取れた。
尚、それとは別にアジア系も襲われていたのは、主にチャイナにアメリカ人などの
2020/02/02 文章表現修正