「……中々落ちないな、汚れ」
一人の少女が熱心に手を動かしている。少女の目の前にあるのは一つのお墓だ。石を削って作られたそのお墓は、暫く訪れてなかった影響で汚れが酷いものになっていた。その汚れを濡れた雑巾で熱心に磨いていく。
少女の年頃は見かけから察すると十代半ばといった所だろうか。長い金髪に童顔ともとれるその容姿は、正に美少女と呼ぶに相応しい。
そんな彼女の服装はかなり特徴的だ。黒色のローブととんがり帽子のその姿は、彼女の正体が一目で表すことが出来る。
「魔法を使えば早いけど……ううん。自分の手でやろう」
少女は魔法使いである。
彼女は魔法が大好きだ。それも常人からは想像も出来ないほどのレベルでだ。
物心が付いた頃より、魔法に魅せられた彼女はそれを極めるため、あらゆる努力を惜しまなかった。
魔導書を見るのに夢中になり、何回も食事を抜き没頭した。
魔力を増やすため、自身の魔力を毎日使い果たし常に限界に挑戦した。
新しい魔法を覚えたら、近辺に出没する魔物に試し打ちで殴り込みを掛けるのは当たり前だった。
――――幸か不幸か彼女は天才だった。
魔法の師はいなくとも、書物を読めば簡単に魔法を習得することが出来た。亡くなった両親は二人とも魔法使いだった為、その手の資料には事欠かなかった。
さらに発動する魔法を一目見れば、その魔法を容易に再現することも出来た。
そして齢八つに満たないその年で、少女は自身の周囲に存在する魔法を全て覚えた。
だが少女は満足できなかった―――もっと魔法が知りたいと。
そこで少女は考えた。王都に行けばもっと色んな魔法があるのではないかと。
そんな折、彼女は使用人から聞いた。王都には魔法学校なるものがあると。
それを聞いた少女の行動は素早かった。自身の財産を全て金に替え、育ての使用人に大半を渡し、単身で王都へと渡った。
魔法学校は十二歳から入学だと入り口で聞かされたが、そんな事は関係ない。校内へそのまま押し入り、校長に直談判して入学を勝ち取った。
結果から言うと、魔法学校の生活は殆どが期待外れであった。
教師の行う授業は全て基礎的な内容だけであり、生徒達も色々と問題だらけだった。貴族達は低レベルの魔法を自慢してひけらかし、平民たちは貴族に怯える生活を送っている。この世界の縮図ともいえる光景だった。
だが少女にはどうでもよかった。少女は初日以外の授業には参加せず、図書館に引き籠った。自身の知らない理論。自身の知らない魔導書。それらは見れば学習するのには十分だったからだ。
しかしその行動が一つの問題を引き起こした。彼女の行動は生徒の誰が注意しても直らず、さらに教師達にも黙認されていたからだ。
ただでさえ、入学基準を満たさない年で入学してきた幼い少女に、貴族たちが目を付けるのは当然と言えるだろう。
そして少女と貴族たちが邂逅し―――――結果として、因縁をつけた大半の貴族が学校を辞めた。
学校全体が彼女に畏怖した。残った貴族たちはすれ違っただけで彼女に恐怖した。
だが少女は気にもしなかった。彼女の目的は魔法を極めることだけだからだ。彼女の生活は変化することなく図書館に通い続け、そして魔法の研究を進めていった。
しかし、些細な学校生活も二年と経たず唐突に終わりを告げる。
――――少女に宣託が下ったからだ。
「あの頃はつまらなかった………」
少女に宣託が下った時代。世の中は人類と亜人が協力し、魔王軍との生存を掛けた戦争の真っ最中であった。人類達の各地の要所で大量の魔物が暴れ回り、破壊と殺戮が彼らを蹂躙した。それに対して人類達も奮闘するが魔王軍との力の差は歴然。このまま進めば、人類側の滅亡は時間の問題だと上層部が焦りを見せ始めた頃。
―――少女に宣託が下り、僅か十歳で人類の旗頭「勇者」となった。
少女の戦果は驚異的なものだった。
草原に大量の魔獣が出現したら魔法でまとめて吹き飛ばした。
港にシーサーペントが現れれば魔法で船ごと燃やし尽くした。
空から大量のワイバーンが奇襲してきたら魔法で全部撃ち落とした。
人類が勝利に湧く中、少女の心だけが晴れなかった。
頼まれたから引き受けたものの、勇者など少女の趣味ではないのだ。報酬の貴重な魔導書がなければ、とっくに役目など放り出していただろう。
そして少女にとってのつまらない日々が一年過ぎた。
人類側が勢力図を僅かに盛り返し、近々魔王軍本体が進行するとの噂が人類側で漂い始めた頃。
―――少女は一人の少年と出会った。
「……あれから何年経っただろう?」
時が過ぎればそれだけ過去の記憶は薄れていく。少年との出会いはもう遥か昔の話だ。詳しい年数は忘れてしまったが、少年との出会った時のことはを忘れていない。
いつものように高レベルの魔物の退治を依頼され、大森林の奥地へと訪れた時のことだった。人など誰もいない危険地帯で人の悲鳴らしきものが聞こえてきたのだ。急ぎ駆け付ければ今にもターゲットの魔物に喰われそうになっている一人の少年がいた。
獲物さえ見つければ後は簡単だ。いつものように一撃で魔物を倒して少年の方を向く。少年は怯えながら尿を漏らしていた。よほど怖かったのだろう。少女が大丈夫かと尋ねると彼は答えた。
――――だが
「――――!―――――!?―――――」
少年の言葉が理解できなかった。
少女は少年に興味を持った。そのまま少年を観察すると、興味が惹かれる部分が幾つもあった。
苦労してなさそうな幼い顔立ちは、一瞬貴族のボンボンかと思った。だが違う。少年の服装は初めて見る物で、その素材は少女の知る知識には存在しないし、少なくとも貴族はこんな格好をしない。
それにこんな場所に来るのは冒険者くらいだが、少年にその素養は皆無である。見た所魔力を欠片も感じないし、そもそも武器の一つも所有していない。こんな場所に一人で来れるわけがないのだ。そして聞き覚えのない未知の言語を話している。
―――――面白い!
少女はそう感じ、久々に心が湧きたった。とりあえずここから離れようと思い、少年の手を引っ張り歩き出した。
少年は何か言いたそうにしていたが、こちらに言葉が通じないと分かると大人しく付いてきた。
そして少女は役目を放り出し、表舞台から姿を消した。
再び少女が現れるのは、それから半年後のことだった。
面白い!面白い!面白い!!
少女は自身の興奮を抑えることが出来ず、そのまま少年に駆け寄ってその両肩を掴んだ。少年は何やら頬を赤らめていたがそんな事はどうでもいい。
――――もっとアニメや漫画、ゲームの事を教えてほしい!それに登場する魔法を詳しく!!
少女はそう叫んだ。少年は頬が引き攣っていた。
少女が少年を連れだして一か月。邪魔が入らない辺境で二人は暮らしていた。それはとある事を研究するためであった。未知の言語を解読するのは短時間では不可能だ。なら魔法で何とかすればいいと思い付き、翻訳魔法の研究を始め、一か月で完成させた。
地球と呼ばれる星。日本という国。魔物や亜人のいない人だけが繁栄する異世界。少年が語る異世界の話は中々興味深かった。だが魔法と呼ばれるものは存在せず、代わりに科学という物が発達した世界らしい。
そこまで聞いて気分が落ち込んだ。少年に魔力が存在しない事から、可能性の一つとして考えていたが、魔法がまったく存在しないとは思わなかった。あわよくば異世界の魔法を聞いてみたかったのだ。落ち込んでしまった少女の様子を見て、慌てる少年。
恩人である少女を励まそうとして考えて何気なく放った次の言葉が―――この世界の運命を変化させた。
――――あのさ、俺の世界に魔法は使える人はいないけど、物語としてならいっぱいあるぜ。それこそ山のようにな!
少女は様々な物語を聞いた。
――――神と魔王が覇権を争い抗争を繰り返し、魔族が暗躍する世界。それに翻弄される生きとし生ける者達。そんな中で誰よりも自由に生き、数々の魔族を打ち滅ぼす少女の物語。
――――竜王、邪神、魔王、大魔王。人類を征服しようと様々な方法で侵略する魔物に対し、大冒険の末打ち倒す勇者の物語。
――――クリスタルを中心とした世界で、その力を巡り争いが起こる世界。世界を守ろうと立ち上がる英雄たちの物語。
――――魔法少女と呼ばれる幼い少女たち。運命に翻弄されながら数々の事件を解決し世界を守る物語。
――――日本の山奥の辺境に存在する隔離された世界。魔法や幻想となった生き物が存在する人間と妖怪たちの物語。
他にも様々な物語を聞いた。語らせた。それこそ少年を一睡もさせない程に。
そして少女は物語を聞いていく内に、自身の心にある感情が生まれるのを感じた。その感情は、あるいは恋と呼ばれるものに近かったのかもしれない。
異世界の魔法。それに魅せられた彼女はある一つの決断を下した。
そして少女が姿を消してから半年が経った運命の日―――――人々は魔王が倒されるのを目撃した。
「うん。綺麗になった」
墓石の掃除が終わった。掃除道具を片付け、手を合わせて祈りを捧げる。
「………私は元気だよ。人も魔物も変わらない。何年たっても一緒だね」
魔王を倒したといっても魔王軍が全滅したわけではない。魔王と四天王の何人かはその時に倒したが、全滅したわけではないのだ。彼らは逃げるように自らの国へと帰っていった。
しかし戦いは終わらない。人類達は勝利の勢いをそのままに魔族の国へと逆進行を開始した。今までの苦戦が嘘のように連勝を重ねる人類達。
だが勝ち戦で余裕を見せた人類達に一つ問題が立ちはだかった。その問題は少女の身柄だ。魔王を倒した彼女の身柄は何処の国も欲しがった。その身柄を巡り国と国とでいがみ合った。そして人類同士で醜い争いが勃発したのだ。付き合いきれないと判断した少女は人類を見限り、またその姿を消した。
それから長い時が過ぎた。だが人類と魔物との争いは終わらない。少し前に聞いた話だと、現在の世界の勢力図は五分五分らしい。特に興味も湧かなので詳しい話は聞き流したが。
「グォォォォン!!」
突如巨大な声が空から響き渡る。少女が空を見れば、とある飛行物体が真っすぐこちらに向かってきた。
「……珍しい。こんな所にドラゴンだなんて」
今いる場所は人里から少し離れた墓地だ。ドラゴンという種は人里にはあまり近寄らないので、こんな所で目撃するのは本当に珍しいのだ。
ただ、勿論例外はある。
「―――なるほど。魔力不足。死にかけか」
ドラゴンの状態を感知し状態を口にする。ドラゴンは魔力を糧とする生き物だ。そして一部の魔族やドラゴンは、生きる者を喰らうと魔力へと変換し、傷を治すこともできるのだ。
こちらに近付くドラゴン。色は単一の赤。レッドドラゴンと思われる。ドラゴンの中では特に強い方ではない。冒険者にでもやられたのだろう。赤の鱗が傷つき、傷口から赤の血を空から垂れ流していた。
死にかけの所で少女の姿を見つけ、そして傷の治療の為少女を欲したのだろう。
高速で空から一直線に飛来し、少女に襲い掛かるレッドドラゴン。
「………無駄」
「!?」
少女が上空に防御壁を展開。それに衝突したレッドドラゴンは勢いを止められた。しかしドラゴンは諦めない。障壁を破壊するため上空から炎のブレスが放たれる。
「だから無駄だって」
しかし少女の障壁は揺るがない。ブレスを完全に防いでいた。だがそれでもブレスを吐き続けるドラゴン。その態度に少女はいらついた。
「…………いい加減にして」
「!!!」
少女が己の魔力を少しだけ解放した。するとドラゴンの様子が変わる。目の前に映る食料である人間が、突如死神へと変化したのだ。ドラゴンに理解できたのはここに居ると殺される。その恐怖心だけだった。
ドラゴンは尻尾を巻いて逃げ出した。
「まったく……」
ドラゴンが逃げ出し周囲は落ち着きを取り戻す。周囲を確認する少女。障壁でブレスの直撃を防いだが、少し離れた場所は草木が燃え始めていた。このままでは火事になってしまう。
「燃えてる。それなら」
少女が指を鳴らす。すると大量の水が空中に出現し一気に火を消化していった。
鎮火を確認した少女。その原因であるドラゴンを見据える。
「あのドラゴン―――――許さない」
この場所は彼女にとって、とても大切な場所だ。この場所を壊そうとする存在は、例え誰でも許さないと心に誓った。
少女は自身の魔力を解放する。介抱された魔力が紅色となって可視化し、淀みながら少女の周辺を漂う。
ドラゴンの方角へと視線を向ける。ドラゴンは全速力で離脱している。此処からだと並大抵の魔法で届かない。
相手は仮にもドラゴンだ。ならこの魔法が相応しいだろう。
「黄昏よりも昏きもの」
異世界の魔法の再現。それが少女の選んだ道だった。
「血の流れより紅きもの」
赤眼の魔王。本来ならその魔王を力を借りることで行使される魔法だ。
初めてその魔法の内容を聞いた時、何て偉大なる魔王だと思ったものだ。まさか敵に力を貸す魔王がいるなんて、何と懐の広い魔王だと感動したものだ。
「時の流れに埋れし偉大なる汝の名において」
人類の旗頭として過ごした頃。少女は聞いた。この世界の現在の魔王は魔王の中の魔王。歴代最強の魔王。大魔王と称されていると。
少女は大魔王の絶大な魔力から放たれる魔法を見てみたいと思った。
「我ここに闇に誓わん」
少女は期待に胸が膨らんだ。アレフガルドを夜の闇に閉ざし、地上をも征服しようとした大魔王。夢の世界と現実の世界の両方を支配しようとした大魔王。神と戦い勝利し世界を島一つ残して全て封印して見せた大魔王。
歴代の大魔王たちのように、この世界の大魔王もとてつもない強者に違いない。自身など魔法一つでかき消されてもおかしくはないと思った。
だから少女は決意した。それに相応しい実力を身に着け、必ず相対して見せると。
少女は睡眠も忘れ特訓に励んだ。
「我らが前に立ち塞がりし」
結果は――――期待外れだった。
呪文を一つ唱えるごとに魔王の軍団は総崩れとなっていった。それはまだいい。前座が弱いのは当たり前だ。
だが、この世界の大魔王と呼ばれる存在は拍子抜けもいい所だった。
大体、身体を四つに切り裂かれた程度で死んでしまうとは、大魔王として情けないにもほどがある。魔王だって一度やられても、第二段階へとパワーアップするのがお約束らしいではないか。
赤眼の魔王など七つに切り裂かれても生きてるというのに――――大魔王の面汚しだ。
「すべての愚かなるものに」
尚、この魔法はもちろん偽物だ。見せかけだけの模倣ですらない代物だ。威力的には引けを取っていないと思うが、本来の魔法の本質からは外れているのだ。初期の段階では魔王の力を借りず、自身の魔力のみを使用していたのでダメダメだったと思う。
「我と汝が力もて」
魔王を倒して暫く経ったある日、次代の魔王が誕生すると小耳に挟んだ。そこで名案が浮かんだ。
魔王の就任式に直接挨拶しに行き、魔王と強制契約を結んだ。そして魔王から魔力を直接引っ張って来ることで、この問題は解決した。
尚、少年に仔細を話したらどん引かれた――――解せぬ。
「等しく滅びを与えんことを」
だがしょうがないではないか。憧れたのだ。焦がれたのだ。誓ったのだ。
―――――異世界の魔法を極めてみせると。
「
紅き魔力の奔流が目標へと迫り―――大きな爆音と共に直撃した。
そして後には何も残らなかった。
「うん。いい出来」
今は亡き少年が一番好きだった魔法だ。これが完成した時など、二人揃って興奮しっぱなしだった。
「……そろそろ行くね。また会いに来るから――――
少女がその魔法を唱えるとその姿が掻き消えた。
所で、今更ではあるがこの少女はルーナ=パレスと言う名前だ。
彼女の名前はとても有名で、歴史の教科書には必ずその名前と功績が記されているほどだ。
偉大な勇者。最強の勇者。滅びゆく人類を救った者――――これらの二つ名は一般的に彼女を表すものだ。
だが直接彼女を知る者に語らせると、彼女の別の一面が見えてくる。
―――勇者でありながら剣を使わず、魔法のみで戦い続けた変わり者。
―――魔法を語らせると何時間でも話し続ける、魔法をとても愛する魔法使い。
―――彼女は何も食べないし、何も飲まない―――――実は人間ではないと。
そして、彼女の本質を最も知る者がいたとしたら、彼女をこう呼ぶだろう。
――――魔法狂いと
皆さんはどんな魔法が好きですか?
久しぶりにスレイヤーズを見たら、何か思いついたので書いてみました。
作者的にはスレイヤーズなら竜破斬。ドラクエならルーラが一度使ってみたいです。
この作品は多分続きません。
いるか分かりませんが設定を載せておきますので、興味のある方はどうぞ。
ルーナ=パレス
元勇者。膨大な魔力と観察眼、発想の持ち主で、一度見た魔法なら直に再現できる。話を聞いただけで、異世界の魔法を再現することが出来た鬼才の持ち主。
魔法で戦うのが大好きだが、別に武器が使えないわけではない。というか、使わせたら普通に最強である。
魔法を愛し魔法に狂った少女。
尚、実年齢は二百を超える。東方の捨食と捨虫の術を再現し、種族魔法使いとなった。
身内にはそれなりに甘いが、それ以外にはとことんドライ。自分の周囲の人が無事なら他の人類が滅ぼうがどうでもいい考えをしている、かなりのとんでも主人公である。
少年
日本出身の普通の少年。年は中学から高校くらい。
神隠しにより異世界に迷い込みルーナと出会う。彼の発言によりこの世界は大きく運命が変わってしまった。アニメや漫画の魔法を再現すると聞き、喜んで力を貸した。
日本に戻ることは出来なかったので、村で妻と子を作りその生涯を終えた。
神隠し
人間がある日忽然と消えうせる現象。少年以外にも過去に何度か迷い込んだ人物あり。だが、決まって魔物だらけの場所に送られるため、全員が死んでいる。現代地球人が魔物に勝てるわけがないよね。
尚、運よく人がいる所に辿り着いても、そもそも言葉が通じないのでアウト。
チート?神様転生?そんな都合のいいものはない!
大魔王
ルーナの被害者。少年の話により大魔王のハードルが爆上げされ、失望の中倒された不運の大魔王。尚、歴代最強の魔王なのは本当。相手が悪かったよ。