『ナイショの話』 やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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吉川優子は告らせたい(上)

 「はぁ。いいなあ、お兄ちゃん。優子さんみたいな彼女がいて。優子さんって、彼氏に凄い優しくて寛容そうですよね。束縛とかしないでしょ?」

 

 すっかり寒くなり、雪が降る日もあるくらいもうすっかり冬を迎えた。だが季節は巡れど、滝先生の粘着指導が変わることはない。今日も水で濡らされた雑巾のようにこってり絞られた練習終わりの放課後に、一緒に帰った優子先輩がうちへと遊びに来ていた。風呂を上がってリビングに向かうと、制服姿のままの優子先輩が小町とキッチンに立って料理を作りながら雑談をしている。

 小町の気になる会話に、俺は思わずリビングの扉を開く手を止めた。

 

 「ううん。むしろ、私って結構束縛気質だと思うんだよね。抱き枕がないと眠れないんだけど、その抱き枕ももう何年も前からずーっと同じの使ってるし」

 

 「うわ。なんですか、それ。あざとい。ズルい」

 

 「そ、そうかな?でも気に入ったものを手放せない性格って言うの?そういう部分があるから。

 だから八幡が数人で誰かと話したりしてるのはあんまり気にしないけど、女子と二人で仲良さそうに話してたり、遊んでたりするのは普通に嫌だよ」

 

 「ほーほーほー。まあでも兄の場合、一人と話すので手一杯ですから。あんまり心配ないんじゃないですか?」

 

 「いやー。それがそうでもないんだよね」

 

 「ななななんですと!

 中学の時、強制参加の打ち上げに誘ってもらって何だかんだで嬉しそうに家を出てったのに、帰ってきたら『人がゴミのようだって言うけど、大人数の中にいると本当に自分はゴミだとしか思えない…』とか言って、打ち上げで皆と話すことはおろかディスられるだけディスられて帰ってきて泣いてたような兄と話す人がいると!小町、気になりますねー」

 

 思わず扉の取っ手に力を込める。

 お前、そうやって俺の黒歴史晒してくのやめろよ!いつどこで誰が聞いてて、それを知った誰かがその話を広めた結果、クラスの笑いものにされるかわかんねんだから!

 

 「…自分の彼氏ながら、八幡の中学時代って本当に残酷よね…」

 

 「はい。妹ながら、フィクションじゃないっていうリアルが突き刺さります…ま、まあそれは置いといて。兄に話してくれるなんてそんな物好きな女の子、優子さんの他にいますか?」

 

 「むしろ、最近の八幡はやたら吹部女子との接触が多い気がするの」

 

 「え、そうなんですか?小町、初耳です」

 

 小町の瞳が怪しく光る。

 俺にとってはあまりにもタイムリーな話題である。優子先輩の言葉に、俺は思わず唾を飲み込んだ。

 

 「うん。例えば、川島とか」

 

 「あー、みどりさんはね。確かにお兄ちゃん大好きだし。でも、みどりさんへの好きは優子さんの好きとは絶対違うじゃないですか。ラブとライクの差が目に見えるかなって。これ、ちょっと小町的にポイント高いかも」

 

 「そうなんだけど、そのライクが強すぎるんだよ。帰りもずっと川島の話しかしないときあるし、昨日なんて話聞いてなかったら、ねえ聞いてるのって言ったら『あー、聞いてました聞いてました。川島が天使って話ですよね。いやー、今日もしゃちほこの話をしてるときの川島は可愛かったんですよ』なんて言い出して」

 

 「クズですね」

 

 シンプルにぐさり。八幡に八十のダメージ。

 言い訳すると、その時は別の考え事してたんですよ。少し優子先輩にも関係していることで。

 

 「あとは、何と言っても高坂よ」

 

 「高坂さんですか?北高祭で会って、お兄ちゃんと三人でお茶しましたけど、そこまで仲良さそうには…」

 

 「いや高坂は凄いの。端からみてると、意外と高坂と八幡の二人って気が合うところあるんだよね。クラスも一緒だしさ。

 でもそれをいいことにあいつ、よくパート練の時とか八幡と一緒に練習してることも多くて、こないだなんていつもなら黄前とお昼一緒に食べるのに、なぜか八幡と食べてたし。私が部長の仕事で一緒にいられないからって…!

 しかもちゃっかり、部活以外の時とか仲がいい黄前と高坂が二人で一緒にいないときは、八幡の隣キープしてることあるんだよ。さらにムカつくのが八幡も満更でもなさそうなところ!

 どうしたらあの女を近寄らせないように…あ、ごめん」

 

 「い、いえ。……おぉ。小町、優子さんの怖いところの片鱗を見ちゃった気がする。全然、寛容なんかじゃなかったや」

 

 そう。優子先輩が束縛しないなんてとんでもない。むしろ明らかに束縛気質である。

 珍しく誰かから連絡が来れば、『誰から誰からー』なんてさり気なく覗いてくるし、遊びに行くと言えば、塚本だけのときと、そこに稀に入ってくる加藤や川島がいたときでは『行ってきなよ』の声が沖縄と北海道の寒暖差くらい違う。最近では、小町経由の情報や俺からの聞き出し、さらに三年が引退して部長という立場についたことを利用し、俺のスケジュール管理さえ行われている節さえある。

 ただ、恋とは盲目なものでね。いやね、意外と嬉しいんだよね。うん。

 俺、そういう重たい恋愛感情が嫌いじゃない。俺なんかのことで嫉妬してくれていると思うと無性に可愛くて、夜にベッドで勝手に悶える。これまで俺は人から感情を、特に恋愛的な面だと尚更向けられることが極端に少なかったことの反動なのかもしれない。

 それに重たい女というのは、何もただ一方的に感情を押しつけてくるわけではない。与えられる分だけ、与えさせてくれる。変な言い方だが、意外とお互いに向けているベクトルの大きさがかみ合っているのだ。付き合って一年も経っていなくて、倦怠期なるものを迎えていないからこんなことを言えるのかも知れないが。

 しかし、そんな俺も今回ばかりはそうは言っていられない。さっきの話が一区切りした優子と小町は仲良さそうに別の話題で談笑を続けているが、それこそが今俺が直面している問題の半分だからだ。

 

 

 

 

 恋愛とは頭脳戦である。

 俺が今、どはまりしているアニメの名言に激しく首を縦に振ったのは、優子先輩と付き合って『恋の駆け引き』なるものを知ったからと言っても過言ではない。

 誰かと付き合うとは時に『恋愛とは告白した方が負けである!』という前提の元、相手に告白させるために天才達が様々な策略を講じたり、浮気するために出張先で出会う予定の相手とのやり取りを妻から隠したり、新卒が上司付き合いでキャバクラや風俗に連れて行かれたのを同棲している彼女に言わずに如何にばれないようにするか、証拠の隠滅方法に四苦八苦しながら墓まで持って行ったり。

 恋愛や夫婦生活にいて、駆け引きとはあらゆる場面で存在するものなのだ。

 

 故に、彼女が恋愛でもさばさばしているように見えて、実は中々嫉妬も独占欲もあるものだから、たまたま先輩達へのプレゼントを同級生と二人で買いに行くことになった、ここにいる俺自身も頭脳戦を強いることになっているのだ。

 それは高坂の一言がきっかけだった。

 

 『ねえ。引退する三年生の先輩達に、私たちからプレゼントあげない?』

 

 二年生が来年度の部活の運営会議を行っているため、一年の高坂と吉沢と俺の三人しかいないパート練習。俺は素直に驚いた。

 珍しい。高坂がこんなことを言うなんて。常に楽器吹いて練習しとけば、後のことなんてどうでもいい。そんな筋肉至上主義に似通った考え方の持ち主のはずなのに。

 だが俺とは違って、吉沢は妙に納得した顔をしている。

 

 『確かに、二年生の先輩達は皆でなんかあげるって言ってたよね』

 

 『うん。私もそれ聞いたからあげた方がいいのかなって』

 

 なるほど。だがそれなら、二年の先輩達があげるものも三人で割るのだろうから、その頭数に入れて貰えばいいのではないだろうか。

 余計な事を言って、こいつまた訳わかんないこと言ってる…、という目で見られるのも辛い。ここは押し黙っておくのが正解か。

 

 『そのついでに、二年生の先輩達にもお世話になってるから小物でもあげようかなって思ってるんだけど』

 

 『おー、いいね。ついでにメッセージカードも付けて!私たちから一言ずつ何か書いて送るの』

 

 大きく頷いている吉沢に対して、メッセージカードに関しては高坂も思うところがあるようであまりいい顔はしていなかった。

 

 『ごめん。私そういうの作るの、あんまり得意じゃないんだけど』

 

 『俺も』

 

 『いいよ。担当分けてやれば。

 とりあえずプレゼントは私たちから贈るってことでいいよね?』

 

 『ああ。まあ』

 

 『それじゃあ、メッセージカードの作成は私が担当をするから、高坂さんと比企谷君がプレゼント選びでいいかな?』

 

 効率厨であり、合理性を求める高坂と俺。そして、変わり者の吉沢。ここでオッケーをしたが、今思えばここの選択が一番のミスだったかもしれない。こういう時は俗物のJK達と同じように、手間をかけてでも三人で行くべきだったのだ。決して効率重視とは言えない、思い出作り(笑)もたまには捨てたもんではない。

 後々になって、これでは高坂と二人で買い出しに行くことになったことは、理由はどうあれ優子先輩にばれたらまずいのではと思った。当たり前だがその時にはすでに遅い。

 

 『私はそれでもいいけど、比企谷は?』

 

 『うーん。まあ、別に』

 

 

 

 こうして結果的に俺と高坂はクリスマス当日の数日前の放課後に、二人でプレゼントを選びに行くこととなった。

 部活終わりの放課後に、男と女が二人で買い物に行く。これではまるで普通のデー……。俺には優子先輩がいるのに……。

 いや、待て。

 そもそも、これは浮気ではないはずだ。女と男が二人で出かけるだけ。その二人はと言うと、片方は可愛くて自慢の彼女がいて、片方は教師に恋する、夢見るドリーミングガール。つまりお互いにその気は全くない。

 しかも内容はと言えば、部で使うものの買い出しに行っている、言わば部活動の延長のようなものだ。優子先輩に言えない理由だって、やましさを感じているからではなくて、あくまで優子先輩にもこっそりプレゼントがあるから黙っていたいだけ。

 だからもし優子先輩もそう思うのであれば、俺が気にしている浮気疑惑は完全に杞憂。

 優子先輩は目の前で俺のベッドに腰掛け、制服からすらっと伸びる浮かせた足をぱたぱたさせなが、少年誌での連載が終わった忍者の漫画を読んでいる。タイミング的には悪くないが、もっとリラックスをさせてからか。

 

 「外が寒いから、暖房が効くまでは部屋も寒いですね?大丈夫ですか?」

 

 「うーん。ちょっとだけ寒い。そこにかけてある八幡の制服の上着貸して?」

 

 いつもなら帰ってきて、今と同じように適当な部屋着を着ると脱ぎっ散らかしたままの制服だが、優子先輩が来るから部屋のハンガーにかけていた。パッと目に入ったのであろう指定された冬服の黒の制服を、特に断る理由はないから渡す。

 優子先輩が袖を通せば、当たり前だが俺がいつも着ている制服は少しだけ大きかった。手元は隠れているし、優子先輩が細いのもあって、胸元から下は特にダボダボとしている。

 けれど、優子先輩は何故だか妙に嬉しそうに、ニコニコと笑っていた。

 

 「あったかーい!それになんか落ち着く臭いかも。えへへ」

 

 はい可愛い。もう、高坂と買い物行くのやーめた。解決解決ー。

 じゃないじゃない。今は優子先輩にほだされている場合ではない!俺がほっこりリラックスさせられてどうするんだ!

 

 「ところで話変わるんですけど、浮気の線引きってどこなんでしょうね?」

 

 自然な流れでは聞けたと思う。声も裏返ってはいない。

 

 「は?急に何?」

 

 「いや一昨日、たまたまテレビ付けてやってたドラマで似たようなこと言ってて」

 

 「………へー。浮気のラインねー。うーん」

 

 「やっぱり肉体関係ですかね?」

 

 「いやいや。それは物理的に殺すか、慰謝料とかで社会的に殺すかレベルでしょ?」

 

 「ころっ…!」

 

 こっわ!ていうか重い!

 ただ冷静に考えてみる。あまり想像はしたくないが、目の前の臭いを付けてマーキングしたいんじゃないかと勘ぐるくらい、袖を通した俺の制服をぎゅっと抱いている先輩が、俺の知らない誰かと浮気をしている光景を……ダメだ。考えだけでそいつ殺しそう。

 確かに優子先輩の言うことは間違っていないな。

 

 「私的には彼女に黙って、相手とこっそり密会とか。ご飯とかでも浮気だね」

 

 「………」

 

 だ、ダメでしたー!ばっちり浮気認定されてたー!

 

 「だってさ、隠してるってことはそこに下心があるんでしょう?」

 

 「で、でも一応法律では浮気って、結婚している二人がその配偶者とは別の相手と行為をしたときに……」

 

 「法律なんて関係ないの」

 

 「すっげえ。断言した。優子先輩は絶対に弁護士にはなれない」

 

 「相手を異性との関係で傷つける。不安にさせる。それ自体が浮気よ。

 だから内緒でカラオケとか、ゲーセンとかも当然アウト。他にも二人で教室の端の席で、授業で習ったことの復習してたりとかもね」

 

 優子先輩のじとっとした目を真に受ける。数学の授業の後に、高坂に宿題の部分だけ聞いた時のことだ。思い当たる節はある。

 俺もしかして身辺調査されてるの?学年が違うこの先輩が、なんでそんなことを知っているのか。そっちに関しては全く思い当たる節がない。果たして誰を経由して情報が…。

 視線を逸らして、俺は考えた。やっぱり何とかして優子先輩に隠し通そう。ばれたら殺される。逆に今回の質問でそれがわかってしまいました。藪蛇だったんだ。

 

 

 

 

 目を逸らして机を眺めていた比企谷八幡を見つめる吉川優子の視線は、未だにジト目のまま変わっていない。

 このときの比企谷八幡の失敗は一つであった。それは、女性ならではの勘の良さを侮ったことに尽きる。

 浮気ってどこからか。この質問をされた時点で優子ははっきりと気が付いていて、そして思ったのだ。

 

 

 吉川優子は(浮気の真実を)告らせたい。

 

 

 

 

 

 突拍子もなく、普段なら絶対にしないような彼氏からの質問に、私はすぐに気が付いた。

 こいつ、浮気をするつもりだ。胸の中に黒くて、モヤモヤとしたものが渦巻いてくる。

 さっきから話していたが、浮気と言っても範囲は広く、今回のそれがどの程度のものなのかはまだ分かっていない。少なくとも私は八幡との関係は良好だと思っているからフラれるなんてことはないと思っているし、浮気も浮気、がっつり浮気で二股などをかける人ではないことは理解している。

 それ故に、誰かと遊びに行くとかそんなところなのだと言うのは推測できる。

 だけど。

 嫌なのだ。嫌なものは嫌。私が思う、ドラマとかで見るようないい女はこういう事にだって寛容であるはずだけど、それでも嫌。

 八幡が私以外の他の女の子と遊んで、あまり見せることのない自然な笑顔を見せているところを想像すると、それだけで胃がムカムカしてくる。自他共に認める捻くれている部分があるからこそわかりにくい優しさを、私以外の誰かに振りまいている姿を見ると、それを独り占めしたくもなる。

 

 だからこそ、私はこれまでもできるだけそうはさせるまいと、ちょーっとだけ小賢しい手を使ってきた。

 可愛くて、これでもかと八幡の情報を提供してくれる小町ちゃんや、さりげなく八幡本人から聞き出す。あるいは、交流関係が広い友恵や、やたら吹部内の噂話に強いホルンの一年生のララちゃんを懐柔して、八幡が誰かと遊びに行きそうな日を把握してそこに先に部活の予定を部長権限でぶち込んだりしていることもある。

 そんな、人並みかそれ以上に嫉妬深い自分を理解している。面倒くさい女でごめんなさい。その部分は心の中で謝りつつ、私はわかりやすく垂らされた釣り糸に食いついて、追求することに決めた。

 

 「……ところでさ、そのドラマってなんてやつ?もしかしたら私も見てたかもー」

 

 読み途中だった漫画はかなりキリの悪いところだが、今はそれどころではない。漫画を閉じて、本棚に戻す。会話を続けますよアピール。

 比企谷八幡は頭の回転がとにかく速い。そして上手に嘘をつく。それは香織先輩の再オーディションの件や、みぞれの件を通じて付き合う前から知っていたが、付き合ってからもあすか先輩の件で少しだけ行動しているのを見たり、付き合う前よりも話すことが増えたために改めてそう感じた。

 そんな八幡に時間を与えないこと。それが最良の選択!今ここで逃せば考える時間を与えてしまう。

 

 「…えーと、なんてやつだったかなー。適当に見てたから忘れちゃいましたね」

 

 「じゃあさ、どんな俳優とか女優出てた?」

 

 「あーほら。あの人あの人。あーここまで出かかってるんだけど、出てこねー」

 

 ふんっ。嘘だ。

 考えてるフリして、別のこと考えてる。付き合ってから、そんなに経っている訳ではないけれど、付き合う前の時間も合わせればそのくらいのことなら分かるくらいの時間は過ごしてきた。

 そもそも、八幡がテレビ付ける時は録画してた深夜アニメを見るときか、日曜日の朝にプリキュアを見るときだけだと小町ちゃんに聞いている。

 私の中で嘘を吐いている判定が依然として揺るがないものとなったところで、この追求はおしまい。問題は如何にして浮気をさせないか。ドラマのことなんかどうでもいい。

 

 「浮気をする心理ってなんなんだろうね」

 

 「……し、知りません。したことないですから」

 

 「男の人が多いらしいよ。ねえ?」

 

 「怖い怖い怖い怖い!あ、近付くとちょっといい臭い…」

 

 「やっぱり背徳感が甘美なのかな?ムーディーな雰囲気にあてられたいみたいな」

 

 「大人っぽい台詞ですね。それよりムーディーとカービィーって響きが似てません?」

 

 「話を逸らすのが下手すぎる…」

 

 八幡は私からぱっと身体を離した。意味もなくペンを手にとって、くるくると回している。

 

 「もう浮気の話はやめませんか?ほら、浮気って主婦達の憩いのお茶の間の時間に影をさすような暗い話題だし」

 

 「わかった。でも最後に確認させて。八幡は、浮気なんてしないよね…?」

 

 「す、するわけないじゃないですか」

 

 「本当に?」

 

 両手で八幡の手を握る。それに、上目使いも忘れない。小町ちゃんから聞いた、八幡へのお願い事の必勝法。何だかんだで私の彼氏はこれに一番弱い。

 付き合ってから、すでに何度も重ねてきた手だけれど、キスと同じで手を重ねることだって、タイミングやシチュエーションで大きく意味を変える行為だ。こうして彼の心の隙間を少しずつ空けていく。

 

 「ほほほ本当です」

 

 言質を取った。これより吉川優子は、これ以上追求しても比企谷八幡の口を割れないと判断して作戦Bに移行しまーす。

 作戦Bはいつ誰とどこで。それを周りから収集し、浮気をした、もしくはこれからしようとしている事実を突きつける作戦だ。言質を取った以上、これで万が一浮気をした暁には、それをネタに攻めて一生浮気をさせないように、厳重に優しく注意することができるでしょう?

 パッと手を離して、少し寂しそうにしている八幡を可愛いなと思いながら、私はスマホを手に取る。ラインを開いて、基本的に連絡事項以外で使われることのない吹部のグループラインを開いて選定を始める。

 

 さて。今回は誰に探りを入れさせようかしら。

 同じパートと言うこともあって仲も良く、尚且つ私たちが付き合っていることを知っている情報通の友恵。友恵を選ぶデメリットは後で私がからかわれること。うーん。今回は違うかな。

 滝野。こいつはパート内の男子である八幡をちゃっかり気にかけてくれてるみたいだから使えそうだけど、キモいからなしね。キモいから。

 高坂。秋子。この二人は友好関係が狭い八幡にとって、同じパートの同級生として渦中の相手の可能性が高い。特に高坂は怪しいわね。

 であると、ペットパート以外でいくかー。

 そう思っていたところで、スクロールしていた手が止まる。

 

 「…香織先輩」

 

 私にとっては正に神様で、全国を終えた一区切りで部活に来なくなったときは絶望した。いなくなってからの一週間は正直、八幡がいなければ部活に行く意味を見失っていたんじゃというほど。

 けれど、今回このスクロールの手を止めたのは、親愛なる香織先輩がいなくなった寂寥感に駆られたからではない。もしかして、今回の相手が香織先輩なのではないかという疑念に駆られたからだ。

 全国大会前に発覚した香織先輩がまだ付き合う前に八幡と自転車で二人乗りをしながら放課後に遊んだという事実を聞いた時は本当に衝撃が走った。ビリビリーって!

 二人は仲がいい。八幡が早いうちから心を開いていた数少ない相手でもあるが、逆に意外と男子とは接点を持ちたがらない香織先輩からしても、珍しくかなりお気に入りの後輩なのが私の彼氏である。

 流石、マジエンジェル香織先輩。可愛くて優しいだけでなく、人を見る目も備わっている。神は二物を与えないと言うが、その神イコール香織先輩だから、それは二物どころか十物くらい持っている。

 だからこそ、こういう時は怖いなぁ。意外なことするところあるしな、香織先輩…。

 ここは探りを入れてみよう。

 

 「話変わるんだけどさ、久しぶりに香織先輩と遊びたい」

 

 八幡はほっとした顔をした。浮気の話が終わったからだ。こういうときだからこそ、八幡の表情の変化を見逃さない。

 

 「え?でも今受験勉強で一番大事な時期だから声掛けづらいってこないだ自分で言ってたじゃないですか?」

 

 「そうなんだけどさー」

 

 「しかも『吹部は他の部活よりも引退が遅かった分、取り返さないとまずいだろうから少なくとも香織先輩から声掛けてくれるまでは私、待つの!』って」

 

 「その私の真似、全然似てないからやめてくんない?」

 

 「す、すんません」

 

 「言ったよ。言ったけど、会いたいもんは会いたいじゃん?

 なんか八幡、香織先輩に会う機会とか理由ないの?」

 

 「え?ないでしょ?逆に何で俺が会うんですか?」

 

 「……」

 

 「優子先輩?そんなじっと見られても…」

 

 「…うん。そうだよね」

 

 香織先輩の確率は極めて低そうね。ざっと九十五%ってところかしら。香織先輩は関係してなさそう。良かった。

 気を取り直して、他の候補を探す。

 他に私たちが付き合ってることを知ってる二年はみぞれ、希美、夏紀。ここら辺はなしね。全員、問題がある。

 であれば…。

 

 「…優子先輩、なんですか。その笑い方。怖いですよ?」

 

 「ああ。ごめん。なんでもないなんでもない」

 

 はぁ。嫌だ嫌だ。こうして身辺調査を依頼するというのも中々恥ずかしいし、万が一のことを考えると勇気がいるものなのだ。でもこれも仕方ないわよね。信じてるのに信じられない。そんな彼を信じるためだもの。

 私たちの関係を知っていて、且つ探らせるに当たって問題のなさそうな人。いるじゃない。私の身近ではなくて、八幡の身近に。

 それに気が付いて、思わずくふふと笑う私のことを八幡が少しだけ引いた目で見ていた。




ちなみに早坂推しです。早坂がメインのSSが増えますように。

(後半は現在執筆中です。ほとんど完成しているので、できるだけ早く投稿できるようにします)
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