最古の闇は幻想へ   作:リヴィ(Live)

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プロローグ

 ──神秘とは。

 

 この世界を維持するのに必要不可欠な要素であり、太古から世界を維持してきた自然、畏れ、穢れ、信仰…人々の幻想である。

 かつて人は人智を超えた厄災や天災を『神の祟り』として畏れ、信仰してきた。その厄災を神の怒りと恐怖した人々はその怒りを鎮めるためにあらゆる手段を尽くしてきた。

 伝統的な行事を行い平穏に導いた。

 怒りを神の啓示と受け取り日々を改めた。

 怒りを鎮めるために犠牲を用いた。

 しかし、人々の盲信は事実でもある。

 その地域ゆえの害病や自然の厄災がほとんどであったが、本当に神の戯れで天災を起こし戸惑い恐怖する人々を見て愉悦する神もいた。

 厳正な裁きを下し人々を正す神はほんの一握り。この世の創造神と呼ばれ崇められる龍神とその極小数だろう。

 たがその神の戯れと自然災害は合わせて5割程度。人々が本当に恐れたのは穢れ──即ち、妖怪の存在である。

 人と妖怪は相容れない存在。同じ人の形をしながらも何もかもが全く違う。人の穢れこそが妖。人の畏れこそが妖怪なのだ。

 そして人間の恐怖を具現化したような存在となった妖怪は、おとぎ話などで言い伝えられるとおり悪逆非道を貫いた。逆に、妖怪達はそうしなければ存在を維持できなかった。

 穢れが妖怪ならば、人々から零れる畏れや恐怖心こそが生きる糧となる。血肉など二の次に過ぎない。太古から続くこの関係は最早宿命とでも言えよう。

 だが、そうして困難を乗り越えてきた人々は妖怪は愚か神でさえも凌駕しかねない力を手に入れたのだ。

 それこそが科学──つまり神秘の証明である。

 神秘とは隠されてこそ意味がある。おとぎ話のような幻想こそが神秘であり、それが証明されればそれは神秘を抹殺するに等しい行為だ。

 しかし人々はその力を私利私欲、文明の発展に活用し、知らず知らずのうちに次々と神秘を証明していってしまった。

 だが、人智が及ばぬ領域──『自然』や『神』はまだ消えることは無かった。古くからこの世界を保ってきた偉大なる神秘は、人間ごときの足掻きでは到底抹消されることは出来ないのである。

 だが、それらの証明こそ──この世界の終焉を意味する。

 

 それらを防ぐために、妖怪の賢者は最古の妖怪としての知恵と能力を駆使し、現代からは完全に隔離された土地をつくりあげた。

 賢者は幼き日に、幼き闇と出会った。賢者は幼き闇に導かれて世界を知った。故に、本当の理想を作り上げようとしたのだ。2000年にも及ぶその計画に、幼き闇は惜しまず力を貸した。長きに渡る計画は、ようやく身を結ぶ。

 賢者の計画とは、『神秘の秘匿』──即ち、世界の保護。

 このままでは消えゆく運命となる者達を本当の幻想の彼方へと導くことでその存在を永遠とする。非常識を常識とした古き良き世界の本来の姿。

 本来の世界の姿を取り戻した世界の一角で、二人は月を見上げる。

 

「もう、この世界ができて何年になる?」

「…そうね……400年は経ったんじゃない?」

「時の流れは早いわ」

「えぇ、特に貴女には」

 

 彼女らは、古き世界の姿を知っている。

 人々の何十倍の寿命を持つ彼女らだからこそ、成し遂げられた計画。妖怪の賢者──最強の妖怪、八雲紫は彼女に感謝していた。

 彼女無くしてこの世界は完成していなかっただろう。いや、それどころかこの世すら完成(・・・・・・・)していない。彼女は世界を担う人柱であり、その格は神と同格であろう。

 何せ、彼女はどこにでもいてどこにでもいないような存在なのだから。

 妖怪の身にして神の神格まで上り詰め、世界の一端を担う人柱となった彼女は、紫からすれば最も敬うべき存在であり、憧れでもあった。

 

「姿が変わらないのだから、尚更ね」

「一億年前からずっとこの姿。いい加減変化が欲しい」

「フフ。でもこの世界ができたからには、退屈はしないでしょうね」

「…そーなのかー…」

 

 そう口癖をこぼす彼女の姿からは、最強という言葉は不相応でもあった。素人から見れば、何故彼女が八雲紫ほどの強大な妖怪とこう語り合えているのか、不思議に思うだろう。

 何せ彼女の姿は──幼子そのものだ。

 金髪赤いリボン。童顔で吸血鬼が持つような血のように赤い真紅の瞳。そして黒い衣に身を包む、外見僅か8歳程度の幼女だ。身に宿す妖怪としての穢れも極小数で、魔力や霊力も一般以下。

 傍から見れば、彼女など八雲紫の手にかかれば数秒で塵芥と化すだろう。勝てる場面が浮かばない。きっと誰だってそう思うことだろう。

 だが、紫は断固として首を降る。彼女程の存在を敵に回すのは破滅に等しいと。

 彼女は現象。古来から世界を維持してきた神秘そのものであり、世界を維持する理を担う神となった妖怪。

 故に、彼女を消すことは誰にもできない。彼女を殺すことは出来ない。彼女の死は、世界の破滅を意味する。

 そして、彼女は決して死なない。この世界に『闇』がある限り─永久に存在し続ける。

 彼女こそが闇。闇とは彼女そのもの。最も身近で嫌悪される厄災の化身。

 

「改めて…よろしく頼むわ。ルーミア」

「…よろしく、紫」

 

 彼女の名はルーミア。

 世界の闇となった永久不滅、漆黒の妖怪。闇の化身である。


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