最古の闇は幻想へ   作:リヴィ(Live)

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二話 始まる異変

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 ──私が彼女と出会ったのは今から10年ほど前。

 私は人里とは少し隔離された別集落の子供だった。当時の私はとても非力だったが、その代わりとしてとても幸せな日を過ごしていた。両親ともにとても良い人物で、当時6つ程だった私を溺愛してくれた。私もそれに恩を返そうとできる限りのことをした。寺子屋の勉強、百姓としての知恵──両親の力となれるように。

 

 でも、その平穏は突如として崩れた。

 

 ある日のことだった。いつもの様に寺子屋の勉強を終わらせ家に帰る途中のことだった。

 いつもとは違い、何もかもが静かだった。ただあったのは、嗅いだことの無い匂いに交じる焦げ臭い匂い。何が起きているか私は理解できなかった。でも、身体は自然と家の方角へと動いていた。年頃の好奇心故か、それとも予感か……どちらにせよ、良い知らせではないのは確かだった。

 

「あ……ぁぁ…!」

 

 その目に映ったのは、見たくもない想像を絶するものだった。

 燃やされる集落。悲鳴をあげる人々。そしてそれを行う大柄な男。その光景が何を指しているのか、子供の私でさえわからざるを得なかった。

 ──襲撃。

 近くの妖怪が食料を求めこの集落を襲撃したのだ。現に妖怪と見て取れる男の手には食料が詰め込まれた血塗れの袋が握られ、その中に次々と殺して行った人間を詰め込んでいく。

 

「ん? まだ生き残りがいたか」

 

 その光景を唖然として見ていた私を見つけた男がニヤリと笑う。私はその笑みに本能的な恐怖と寒気を覚えてすぐさま駆けた。

 殺される。捕まれば殺される。

 ただ殺されるという恐怖が私を駆り立てた。足が何度傷つこうが構わなかった。その時は自然と痛みは感じず、ずっと無我夢中で逃げることに集中していた。

 でも、そう長くは続かなかった。私は逃げることに集中するあまり、足元の木の根っこに気が付かずに転んでしまった。勢いよく足を引っ掛けてしまったか、足はズキンと痛みとても走れる状態ではなかった。

 

「もう逃げられねぇぞ糞ガキ…逃げ回りやがってぇ…」

「ひっ…」

「さっさと死──」

 

 追いついた男は怒りに震え、その怒りのままに金棒が地面につき、ドシンと振動が伝わる。その金棒が私に振り下ろされようと男は大きく腕を振りかぶった。

 ──あぁ、死ぬんだ、私。

 何も出来ずに死ぬんだ。お父さんとお母さんに何も出来ずに死ぬんだと。そう覚悟して目をつぶった。

 

「…えっ」

 

 でも、痛みは来なかった。いつまでたっても来ない痛みに恐る恐る目を開くと、そこには黒い何かに胸を貫かれてガチガチと口をふるわせる男がいた。やがて金棒を握っていた手から力が抜け、金棒が重力に従い地面に落ちた。

 状況が理解できない私はただただ唖然とその光景を見ることしか出来なかった。

 

「死ぬのはお前よ」

 

 そして、響く冷たく殺意の込められた幼く低い声。

 その低い声に、この男から感じた殺気を上回る殺気が私に浴びせられた気がした。嫌な汗が身体全体から溢れ、死ぬという恐怖が先程よりも数十倍の重さとなって私に降りかかった気がした。

 死ぬかもしれないではない。死ぬ。

 頭の中で何度も私が殺される光景が再生される。その想像の中に生き残る選択肢は残されておらず、死ぬ未来しか見えないその状況が本当に怖くて仕方がなかった。

 黒い何かは男の胸を貫いたまま乱暴に男を投げ捨て、何度も何度もその男の体を貫いては投げ飛ばし叩きつけ、刺突した。血も涙もない行動をおこうその幼女の姿を私は見ることしか出来ない。

 ──まさに『闇』。

 先程の男を『鬼』と例えるならば、この幼女は闇だ。赤黒い触手のようなものを自由自在に操り、存在そのものが『死』を表しているかのような錯覚を起こさせる幼女は、まるでこの世全ての闇を具現化したかのような雰囲気を醸し出している。正体不明の闇が、すぐそこにいる。

 

「ひっ…!」

「…生き残り、か」

 

 男の死を確認したその鋭い眼光が私に向けられると、不意に声が出てしまった。あまりにも冷たいその眼光は血によってさらに殺意が増しているように思え、吐き気が込み上げてくる。

 意識が遠のいていく。あぁ、私はこのままこの幼女に殺されるのだろうか、と心の奥底で思っていた。

 これが最後の光景になるのだと思って、私はそのまま意識が闇に沈んだ。

 

「うん? 起きたかな?」

 

 次に目覚めた時は天に登り両親に会えるのだと、そう思った時。

 瞳を開ければ、そこには見慣れぬ天井があった。暖かいものに包まれている感覚がゆっくりと染み渡り、次に食欲をそそる米と味噌汁、そして魚の香りが鼻をかすった。

 そしてその声の持ち主は──以外にも、あの闇の幼女だった。

 

「あ…え…??」

「とりあえず食べれば? 大丈夫、とって食ったりはしないよ」

 

 人間の子供の肉なんて美味しくないからね、と幼女は言う。

 とても信用に至る言葉ではない。あんな殺気と無残な殺し方をする幼女が目が覚めれば打って変わってご飯を作ってこちらの心配をしているという絵面は、とてもこちらを獲物としか見ていないような気がした。

 私が食べている時に、そっと食べるつもりだろうか。それとも、腹が脹れたところでガブリと食うつもりだろうか。

 嫌な予感と想像が頭を過り、自然と冷や汗と筋肉が震えだした。それに気がついたのか幼女は震える私を見て溜息を着いた。

 

「はぁ…ゆかりん、よろしく」

「はぁ~い。それとその呼び方はやめて下さる?」

「いいじゃん、私とゆかりんの仲なんだし」

 

 すると、ゆかりんと言う単語が出た瞬間、空間が避けた不気味な異空間から金髪の美しい女性が顔を出してきた。

 彼女らが纏うその忌々しい気配(穢れ)は、まさに妖怪。やはり私を食うつもりだったのだろうかと最悪の想像が頭をよぎった。そんな私に気がついたのか金髪の女性は私をチラリと見やると、その雰囲気を収め、普通の女性と大差ない人間に近い雰囲気を醸し始めた。

 それを確認したのか、幼女はそのまま男を貫いたあの赤黒い空間へと入って消えてしまった。

 

「さぁ、ルーミアがせっかく作ってくれたご飯が冷めてしまうわよ?」

「…これって…あの人が?」

「そうよ、ルーミアが貴方のために作った物よ」

 

 食欲をそそるこの温かいご飯があの幼女──ルーミアのものであるということに、私は驚きを隠せなかった。

 あの身長で家事ができるという驚きもあったが、彼女が本当に私を食べる気は無いということに驚いていた。この金髪の女性の雰囲気もどこか優しいものだし、彼女達が私をどうこうするというわけででは無いことは確かだった。

 そして、私は目の前のご飯に耐えきれず、ぐぅ~とお腹を鳴らしてしまった。それを聞いた女性はニッコリと笑い『お食べなさい』と一声かけてくれた。その言葉が突き刺さったのか、私は小さくいただきますと呟いた後、すぐさま箸を持ってご飯を口に運んだ。

 

「美味しい…」

「ふふ、良かったわ」

 

 温かくて、ふわふわしてて……美味しい。

 目の前のご飯を口にした瞬間、私の身体は温かさに包まれた。まるで、私を誰かが包んでいるかのような感覚。

 愛しい──もう会うことの出来ない、母の温もりだった。

 それを自覚した瞬間、私の瞳には熱い何かが溜まり、頬を伝い落ちていく。

 

「…う……うぅ…っ」

「…えぇ。泣いていいのよ。ここには、貴女を追い詰めるものは何一つない」

 

 金髪の女性は私にゆっくりと寄り添い、私の肩を抱いて引き寄せた。その感覚が、仕草が母と重なり、私の涙を更に溢れさせる。

 もう会えない。もう触れられない。もう、声も聞けない。

 突然の別れと二度と会えないという悲しみ。死という怖さ。今までに体験したことの無い感情が溢れて、私を溺れさせていく。

 私は、亡き母と父の記憶に浸り、女性に身を任せて、涙を流した。

 

 これが、私───『博麗 霊愛』の妖怪の賢者、八雲 紫と、最古の人食い妖怪、ルーミアとの出会いだった。

 

 ◆

 

「…あれからもう、数十年ですね」

「どしたの? いきなり」

 

 時は過ぎ、今へと至る。

 いつもの様に境内を掃除している私に、ルーミアは寄り添っている。もはやこれはいつものであり、私の隣には常に紫様かルーミアがいるのだ。私も子供ではないというのに……。

 掃除している間に過去に浸っていた私に、ルーミアが不思議そうな顔で私を見た。

 

「いえ、あれから時は過ぎるのは早いな、と」

「なにじぃじばぁばみたいな事言ってるの…そういうのは私が言うべきでしょうに」

「貴女が一番似合いません」

「ありゃ…言うようになったね…」

 

 身内を亡くした私には、もはや何も帰る場所などなかった。両親と生まれの村を焼かれた私。そんな時、紫様は私にある提案をしてきた。

 

『博麗の巫女』として幻想郷の為に働かないか、と。

 

 博麗の巫女は、幻想郷創造時に紫様とルーミアが作った、人と妖怪のバランスを整える存在。二つの種族の均衡を保ち、幻想郷を保持するのが目的だ。

 条件として当てはまるのは、素質。幻想郷と外の世界を隔てる結界を操る素質と、妖怪を退治する素質。この二つが求められる。偶然にも私はその二つの素質があり、それを見抜いた紫様が博麗の巫女の跡継ぎにならないかと言ってきたのだ。

 

 私は直ぐに、はい、と即答した。早く強くなりたかったのだ。私のような犠牲者を少しでも減らしたかった。あの温もりを守りたかった。

 そして何より──親代わりであったルーミアと紫様への恩返しをしたかった。

 死に物狂いで修行を重ね、私の中に眠る巫女としての才能を最大限引き出すために寝る間を押しんで血と汗を流した。体術、霊術、結界術……ルーミアと紫様から教わった知識も最大限活用できるよう、勉強も欠かさなかった。

 

「それにしても、霊愛も大きくなったねぇ~…私よりもおっきくなっちゃって…これじゃ私が妹か娘みたいだよ」

「私にとっては貴女は姉か母にしか見えませんよ。年齢的にも」

「年齢的に言ったら曾祖母よりずぅ~~~っと歳上だけどね」

 

 だからだろうか。今ではルーミアが娘か妹に見えてしまうほどの高身長にもなった。と言うより、これは体術の関係で筋肉ががっしりしているからなのだろうが。

 と言っても、あんまり筋肉は表に出てはいない。私も博麗の巫女とはいえ乙女、男と勘違いされては困るのだ。

 

「そう言えば、今回の異変の詳細、聞いていないのですが…」

「…ゆかりんってばまた報告サボったね……後でお仕置きしとこ」

 

 そして、ふと近頃起こるとされる異変について思い出した。

 何やらこの幻想郷を乗っ取りに来る輩が来るとか。私からすれば領地を奪い取ったところで管理が大変だろうにと思うところだが、それはよその話の場合。

 幻想郷を狙ってくるというのならば話は別。博麗の巫女として、敵一人残さず粉砕する意気込みだ。

 

「外の世界の大陸の吸血鬼が幻想郷を乗っ取りに来るみたい。迷惑だねぇ~」

「妖怪って、みんなそんな感じですよね。領地とか奪い取っても意味ないと思うのですが」

「ホントだよ。だから傲慢だって言われるんだ。力を過信して身を滅ぼす。数億年前から奴らはまったく学習しない」

「……」

 

 ルーミアその妖怪を、全妖怪(・・・)を嘲笑うかのように毒を吐いた。

 私は、ルーミアの過去を知らない。ただ知っているのは、私の親代わりで、幻想郷創造者の一人で──私よりも、紫様よりもずぅっと生きていることしか知らない。

 きっと、見てきたのだろう。数多くの妖怪や同胞が、己の力を過信して身を滅ぼす様子を。そして憎しみが生まれ、連鎖が始まる瞬間を。

 紫様曰く、彼女は『最古の人食い妖怪』らしい。人食い妖怪は数億年前に全滅したとされているが、彼女はその唯一の生き残りなのだろう。

 だからこそ、彼女は知っているのだろう。残された者達の苦痛を。戦いは、支配は、憎しみしか産まないことを。誰も救われることは無いのだと。

 

「…醜いよ。人も。妖怪も。全部全部」

「……」

「…ごめん、今のは忘れて」

「いえ…」

 

 嫌な記憶を思い出したのか、ルーミアは一瞬だけ目をぎゅっと閉じた後、今の言葉は忘れるように私に言った。

 彼女がどれほど辛い思いをしてきたのかは、誰も知らない。故に、同情は許されない。だから私も、深くは追求しなかった。

 私はその資格を持っていない。私程度では、彼女の闇は受け止めることは出来ないだろう。それどころか、きっとその闇に飲まれてしまう。

 誰かが彼女を救わなければ、きっと壊れてしまう。私は心の奥でそう思っていた。

 

 そう思っていた時、身体の感覚が一瞬だけブレた(・・・)気がした。

 

「!」

「…来たね。しかも、満月を見計らって」

 

 最悪、という言葉しか思い浮かばなかった。

 満月は、妖怪が最も力を引き出せる刻だ。本来ならば最も警戒しなくてはならない時間帯なのだが、こんな時に限って、これを見計らっての異変。恐らく幻想郷の妖怪は今酔いしれていることだろう。

 しかも───今日は、赤い月。妖怪が獣の如く本能を解放する、最悪の一日。

 

 

 

「……これだから、月は大嫌い(・・・・・)なんだよ」

 

 

 ルーミアが、これまでに聞いたことの無いほどの憎しみを込めた声で、そう小さく呟いた気がした。

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