スサノオとの出会いは、王道ロボットアニメみたいだった。
オレはまるでアニメの主人公……ふふ、オレは主人公って柄じゃないな。オレが主人公なら、あんまりにもつまらないストーリーになりそうだぜ。
――ああ。でも、もしも、オレが本当に何かの物語の主人公になれたとするなら。
それはきっと、彼女に――あの灰色の少女に出会ったからだろうと思う。
捏造設定
独自解釈
オーケー?
作者は夏イベントをプレイしていません。なんかイベでは瞳にフラグが立っていたらしいですが、この作品のヒロインはあくまで遥です。遥なんです!
スサノオとの出会いは、王道ロボットアニメみたいだった。
オレはまるでアニメの主人公……ふふ、オレは主人公って柄じゃないな。オレが主人公なら、あんまりにもつまらないストーリーになりそうだぜ。
――ああ。でも、もしも、オレが本当に何かの物語の主人公になれたとするなら。
それはきっと、アイツに――あの灰色の少女に出会ったからだろうと思う。
§
『――――実験は終了しました。テスト員は神経リンクを解除し、ピットに帰投してください』
「はいはいっと……」
アナウンスの声に従って首筋に接続されていたプラグを剥ぎ取り、少年――
どうしてこんなことになったのやら、と座席のやや硬質な感触を背中に感じながら、佐伯は何ともなしにそう思う。
佐伯楓の本来の身分は、A.C.E学園の二年生。つまり学生だ。加えて今日は平日。本当なら今頃学友たちともに机に向かって勉学に励んでいて然るべきだ。……いや、授業は真面目に受けているとは言い難いし、友達も多いとは言えないのだが。
……とにかく、こんなところで物騒な兵器を乗り回しているような身分であるはずがないのだ。
だのに何故こんなことになっているのかと言えば、
「……調子に乗り過ぎたよなぁ」
今となっては遥か昔のことのように思える、学園で行われたパイロットコンテスト。
それにパイロットとして出場した佐伯は、場の雰囲気に当てられてついうっかり優勝してしまったのである。
率直に言って、調子に乗り過ぎた。全く自分らしくもない。そのせいで高橋重工なんて大御所に目をつけられて、あれよあれよと言う間に新機体のテストパイロットなどと言うお役目を押し付けられてしまった。
同級生で風紀委員の
最近とみに多くなった溜め息を吐き出していると、佐伯しかいないはずのコックピットに渋い男性の声が響いた。
『おや、お疲れでござるか佐伯殿?』
「気にすんな、いつものことだよ」
『ややっ、それはいけませんぞ佐伯殿! 体は全ての資本、休む時にはきちんと休む。常日頃から健康に気を付けていなければ、勝てる戦いにも勝てませんぞ!』
「……お前の体は機械だろうがよ。どの立場からもの言ってんだ」
『ふはははは! これは一本取られたでござるな!!』
上機嫌に高笑いする男は、佐伯の言葉の通り機械の体を持っている。
今佐伯が登場している高橋重工の新型BM――スサノオに備え付けられた、自立稼働を可能とする意識。それが声の正体である。
テストパイロットである自分を慕ってくれているのは分かるが、気分が沈んでいる時にこのハイテンションは、正直ウザい。
とはいえスサノオの言うことも尤もだ。機械に言われるのは少しばかり腹立たしいが、忠告通り休むことにしよう。
ハッチを開け、新鮮な空気を吸い込む。日の光が若干目に痛いが、気分は爽快だ。
今日は天気もいい。朝っぱらから呼びつけられて憂鬱だったが、何かいいことがある気がする。佐伯の予感はよく当たるのだ。
「こんな日は、学校なんぞサボってパーッと遊ぶに限るな!」
「その前に診断です。神経リンクシステムの体に対する悪影響がないか調べるための」
「……うっす」
§
「あてて……くっそ、やっぱ変なとこが凝ってるな……」
検診と言っても佐伯にすることはなく、ただ手術台の上で色々な器具を取りつけられて一時間ほど寝転がっているだけの退屈なものだ。
しかし一応精密検査なので、その一時間は全く動けない。体も凝ろうと言うものである。
すっかり慣れ親しんだ痛みを堪えながら、スサノオのテストを行っていた高橋重工第二研究所の廊下を歩く。
研究所と銘打っているだけあって、屋内はどこを見回しても真っ白の壁ばかりの殺風景な景色が続いている。人とすれ違うこともほとんどなく、例えすれ違ったとしても一瞥さえもくれずに手元の資料を食い入るように眺めながら通り過ぎていくばかり。
カツカツ、とリノリウムの床に無機質な靴音が響く中、ふと佐伯の耳にタッタッ、という軽い、それこそ小動物のような足音が聞こえた。
音が聞こえた背後を振り向けば、
「……猫?」
猫だった。白と黒と茶色の三色の三毛猫が、じっと佐伯の目を見つめていた。
言葉もなくただ猫と見つめ合う不思議な時間。
誰かの飼い猫かと首元を見てみるが、首輪は付いていない。ならば野良猫かと思えば随分と綺麗な身なりをしているので、そう言うわけでもないらしい。
「…………」
「…………」
「あ」
その不思議な時間は、猫の方から視線を切ったことで終わりを告げた。
ふいっと顔を背けた猫はそのまま緩慢な動作で、来た道を戻っていく。唖然とその小さな背中を見守っていれば、ふと振り返って再びこちらをじっと見つめ始めた。
猫と心を通じ合わせるなど出来るわけもなく、また見つめ合うだけだったが、
「……ついて来い、ってことか?」
「みゃう」
……猫の言葉は分からないが、不思議とその鳴き声は意味を読み取れた。
色々と疑問はあるが、佐伯はとりあえずその猫の後を追ってみることにした。
「何だってんだ、一体……」
「あー! 居たー!」
「っ?」
突然響いた声に顔を上げると、真正面から突っ込んできた
「もー、勝手にどっか言っちゃダメって言ったでしょ? パパに怒られちゃうよ!」
(女の子、なのか……?)
佐伯に背を向けて、抱え上げた猫に懇々と説教をする少女……らしき者。
何故少女と断言できないのかと言えば、その出で立ちがあまりに異様なものだったからだ。
背中からでも分かる華奢な体躯を包むのは、体に張り付く四肢の付け根も露わなラバースーツのような、あるいは病院着のような不思議な衣服。尾てい骨の辺りからはまるで尾のように緑色のチューブが伸びている。
そして少女が首を傾げる度にふわふわと揺れる髪の色は、絶対にそんな色で生まれてくることはないだろうと言う、銀にも似た灰色である。
「お前、は……」
「ほへ?」
何気なく顔を上げた少女の――その金色の瞳に射竦められて、佐伯は思わず言葉を失った。
美しい少女だ。程よく整った目鼻立ちに、白磁のように滑らかな頬、小さな蕾のような赤い唇、闇を知らないあどけない表情は、その格好も相俟ってどこか浮世離れした危うさを感じさせる。
言葉が出てこない佐伯に構わず、少女は不思議そうに首を傾げて言葉を続けた。
「あなた誰? この施設の人? それとも、猫ちゃんのお友達!?」
「ねこ、ちゃん……?」
「そう、この子! 《インフィニティ》と一緒、パパがくれた
「みゃーぉ」
「お、おう」
ズイッと突き出された猫に思わず後退る。
遥、と言うのはこの娘の名前だろうか。《インフィニティ》についてはよく分からないが、その『パパ』とやらががくれたおもちゃなのだろう。
『パパ』とやらはこの少女の実父か……でなければ事案でしかないが。
現実逃避気味に思考を重ねる佐伯に、少女――遥は笑顔で話し掛け続けた。
「ねぇ、あなた、お名前は何て言うの?」
「え? あ……佐伯。佐伯、楓だ」
「カエデだね! 遥はね、遥だよ!」
「……知ってるよ」
……色々考えていたが、遥の天真爛漫、無邪気と言う言葉がぴったりの笑顔を見ている内にそんなことはどうでもよくなってしまった。
気付けば我知らず、佐伯も口元に笑顔を浮かべて遥に接していた。
「あれ? 遥、教えたっけ?」
「さっきから自分で自分のことを遥って言ってるだろうが」
「あ、そっか! そうだね!」
何がそれほど楽しいのやら、と聞きたくなるほどに、遥はよく笑う。
この時点での佐伯に知る由もないが、『パパ』以外の人間との会話は本当に初めてだったのだ。
きっと本当に、心の底から楽しいのだろう。誰かと顔を合わせて、何でもないことを語り合うと言うことが、楽しくて仕方ないのだろう。
戦いのために
そして遥は、驚くほど何も知らなかった。常識がなかったと言う方が正しいかもしれない。
丁度佐伯のポケットに入っていた飴玉を遥に見せてみれば、
「……? 何これ? ちっちゃくて綺麗で可愛いー♪」
「これは飴玉って言うお菓子だ。ほれ、口開けろ」
「んむっ……あまーい!」
「美味いか?」
「うん、これおいひいよ!」
「そうか」
本当に美味しそうに頬を押さえて飴玉を舐める遥。
視線を鋭くした佐伯は、遥の全身を注意深く見渡した。
(特に痣や骨折の跡があるわけでもない……殴られたり蹴られたりしてるわけでもない。少し肉付きは薄いが、血色もいい。栄養のあるもんを食わせてもらってる証拠だ。……特に虐待を受けている風な雰囲気はないな)
「あっ!」
「っ……どうした?」
「飴が……なくなっちゃった!」
やたら真剣な顔をして放たれた気の抜ける言葉に、佐伯は思わずつんのめった。
「カエデ? どうしたの?」
「あー……いや、気が抜けただけだ。遥、飴ってのは食いもんなんだ。食い終わったらなくなるのは当たり前だろ?」
「そ、そっか……うん、そうだね……」
「どうした?」
いきなりもじもじし出した遥に優しく聞こえるように心がけて問えば、遥は少し頬を赤くして、上目遣いで佐伯を見上げて、
「食いしん坊だって思わないでね……? えっと……とっても美味しかったから、すぐに食べちゃったのもったいなかったなぁ……って」
「……別に飴玉ぐらいなら、またいくつでも持ってきてやるよ」
「ほんとっ!?」
たったそれだけの口約束で瞳を潤ませる遥に苦笑する佐伯だったが、佐伯が口にした『また』と言う言葉が遥にどれほどの喜びを与えたのかを知らない。
「ほ、ほんとのほんとに?」
「おう。飴ならオレの部屋にたくさんあるしな。なんら今度は100個ぐらい持って行ってやろうか……」
「すっごく魅力的な提案……あ、そうじゃなくて! ……カエデ、また来てくれるの?」
「……ああ」
金色の瞳を潤ませて懇願するように見上げてくる遥に、来なかったら泣き出しそうだな、と内心怯む佐伯だった。
何だか手のかかる子供の相手をしている気分になってきた佐伯だったが、ふと前方から聞こえてきた新たな足音に目を細めた。
「何をしているんだい、遥。ダメじゃないか、こんなところまで
「あっ、パパ!」
「……!」
佐伯がその男を一目見て思ったのは、神経質そうな男だなと言うことだった。
線の細い長身に、痩せこけた頬、運動など出来そうにない痩躯。典型的な研究者と言う風情だ。
だが、駆け寄る遥を見る眼に宿る異様な光に、佐伯は警戒心を引き上げた。
この男の容姿は、遥とは似ても似つかない。もし何も知らずに二人が並んでいるところを見たならば、二人が親子であるとは誰も思わないだろう。
愛娘のやんちゃを叱る父親と言う仕種だが……佐伯は、得も言われぬ違和感を感じていた。
「ごめんなさい、パパ。猫ちゃんが急に走り出しちゃって……」
「だからと言ってお前が自分で捕まえに行く必要はないだろう。そんなことは別のものに頼めばいい」
「うぅ、で、でもぉ……」
「遥……私をあまり困らせるな。何度言ったらわかる、お前はただ《インフィニティ》を上手く扱う、それだけを考えておけばいいと――」
「う、うぅぅ……」
「ちょっと、いいっすか」
――気が付けば、佐伯の口は勝手に動いて、親子の会話に割り込んでいた。
自分らしくない行動に内心驚くも、言葉は淀みなく出てくる。
「その娘は猫のことを心配してただけでしょ。この研究所は広いし同じような廊下がずっと続いているし、一度迷子になれば見つけられないかもしれない。そんな怒る必要はないんじゃないんですか?」
「君は……」
「佐伯楓です」
「佐伯……あぁ、神経リンクシステム――《スサノオ》のテストパイロット君か」
得心したように頷く遥の父親だったが、明らかに不快そうにしている。
びっくりしたように見てくる遥を努めて視界に入れないようにしながら、会話を続ける。
「何故君がこんなところにいる? 今日のテストは終了したはずだが」
「検診終わりにその猫を見つけて追っかけてきただけっすよ。そこでちょうどその娘に会ったんです」
「そうか、娘が迷惑をかけたようだね……だが、これは私たち親子の問題だ。部外者が口を挟まないでもらえるかな?」
「……っ」
部外者、特に感慨もなく放たれたその言葉に、苦く表情が歪む。
佐伯は所詮、ついさっき遥と出会い、十分程度会話を交わしたというだけ。研究所の人間ですらない。彼の言う通り、ただの部外者。
だと言うのになぜ要らぬ口を挟んだのか……実のところ、佐伯自身にも分かっていなかった。
けれど……彼女の、遥の悲しそうな顔を、これ以上見たくないと、そう思ってしまったから。
唇を噛み締めて、何とか言葉を絞り出そうとして、
「でも……っ」
「もういいよカエデ!」
「っ?」
睨み合う佐伯と父親の間に割り込んだ遥は、泣きそうな声で必死に二人を制止する。
「遥がいけなかったの! 遥が、パパの言いつけを破って『部屋』の外に出ちゃったりしたから!」
「そんなこと……っ」
「そうだな。私も少し熱くなり過ぎた。すまなかったな、佐伯君」
尚も言い募ろうとした佐伯だったが、機先を制すように遥の父親に先に謝罪されて二の句が継げなくなる。
――これ以上は、ダメだ。これ以上何かを言おうとすれば、それはただの佐伯の我が儘だ。
「行くぞ、遥。――今日の『仕事』は、まだ残っている」
「あっ……う、うん」
手を引かれて連れて行かれる遥の背中に、佐伯はかける言葉を持たない。
呆然とその姿を見つめていると、ふと遥が首だけで振り返った。
「……!」
遥がこちらに顔を向けたのは一瞬、二人の姿はすぐに佐伯の視界から消え去った。
暫し無言でその場に佇んでいた佐伯は、トン、と壁に背中から凭れ掛かった。
そして、遥の最後の言葉を反芻する。
「――またね、か」
こんなに、次のテストの日が待ち遠しくなるとは思わなかった。
口の中だけで呟いて、佐伯はひっそり苦笑した。
§
「うっ、うあぁぁあぁあぁぁっ!!」
「遥、大丈夫か?」
「……っ、う、ん! だい、じょうぶだよ、ぱぱ……はるか、がんばれる!」
「そうか……いい子だ」
「……まだいけそうだな。負荷レベル4まで上げろ」
「よろしいのですか? あまり急激に負荷を上げれば、脳神経へのダメージが」
「構わん。……高橋本家は何よりも、確実な成果を待ち望んでいる。これ以上悠長にやっていられる時間はない」
「はっ」
「全く酷い父親だな、ええ? 研究のために可愛い娘を使い潰すか?」
「まさか……使い潰すつもりなどないよ。これでも、これ以上なく大事に扱っているつもりさ」
「人体実験に使っておいて、か?」
「随分と含みのある言い方だが、そうだ。この研究が完成すれば、我らが高橋、我らが日ノ本はさらなる飛躍と発展を遂げる。耐え切ればあの娘は英雄となる」
「耐え切れなければ?」
「日ノ本の輝かしい未来の礎となれるのだ。死して尚歴史に名を刻む。作り物の命だ、これ以上の栄誉などあるまい?」
「だが……このペースでは完成はいつになることやら」
「そういえば、あの少年、佐伯楓は神経リンクシステムの被検体だったか。……ほう、中々の適合率だ。優秀な個体だな」
「あちらは私の管轄ではなかったからな、失念していたか……ふむ」
「彼は遥と関係があるのだったか。彼も随分と遥のことを気にかけている様子だったな。一目惚れでもしたか? ……丁度いい」
「遥に生殖機能をつけておいて正解だったな。あの二人に子供の一人でも作らせれば、さぞ優秀なサンプルが手に入ることだろう」
§
「居ない……か」
その数日後。遥と出会ってから二度目のテストの日。
佐伯は一人、かつてあの猫に連れられてきた廊下を見回して独りごちた。
後頭部を掻いた拍子に、手に持っていたビニール袋がガサガサと音を立てる。
中に入っているのは、ケーキやシュークリームと言った、明らかに女子向けと思しきお菓子類。もちろん佐伯が自分のために用意したものではなく、遥のために用意したものだ。
五十嵐に変質者を見るような目を向けられながらもアドバイスをもらい、今日のために購入していたのだ。
「あー、これどうすっかな……五十嵐のとこのチビにでも持ってくか……ん?」
ふと、顔を上げた先の角から見覚えのあるものがはみ出ているのに気が付いて、佐伯は目をすがめた。
それは、ピコピコと上機嫌そうに揺れる、緑色のチューブのような
どうやらかくれんぼのつもりらしいが……若干イラっとしたので、少しばかり意趣返しをすることにした。
「あーあ、遥のヤツ今日はいねーのかー、仕方ねーなー、折角色々と甘いもの買ってきてやったのになー、仕方ないから別のヤツに……」
「えっ!? わ、わー、待って待ってカエデ! 遥ここに居るからー!!」
「……ったく、最初から素直に出てこいってぇっ!?」
「ふわぁっ!?」
……どうやら遥は、佐伯に飛びついて帰ろうとするのを制止するつもりだったようで。
何気なく振り返った佐伯は、自身に向かって飛び込んできた遥に驚いて、踏ん張ることすら出来ずに薙ぎ倒された。
ついでに佐伯は勢い余って、後頭部を床に打ち付けた。
ずでーん、ゴンッ!!
「ぐ、ぅ、お、おぉぉぉぉ……っ!!」
「あ、ご、ごめんね、カエデ……大丈夫?」
「ぉ……おぅ……っておい、おまっ!?」
「ふぇ?」
至近距離まで迫っていた遥の端正な顔に、痛みに悶絶していた佐伯は思い切り仰け反った。
二人してもつれ込むように倒れたことで、遥が佐伯を押し倒しているような体勢になっていたのだ。
さらに佐伯にとって
「カエデ? だいじょうぶ? 痛い?」
「い、いや、大丈夫、大丈夫だから!」
「でも顔赤いよ! それにすっごく辛そう……痛いの痛いの、飛んでけー!」
「う、ぐぅ……」
頭を撫でて無邪気に笑う遥に、今すぐ降りてくれとは中々言い出せない佐伯。
ちょっと不思議なことはあれど、遥は学園でも見たことがないほどのとんでもない美少女だ。佐伯とて色々経験しているとはいえ、所詮は思春期の高校生。
そんな美少女に乗っかられて頭を撫でられて、嬉しいやら恥ずかしいやら気持ちいいやら……一言で言って、さえき は こんらん していた!
数分後。何とか遥に降りてもらった佐伯は、一人自己嫌悪で蹲っていた。
その遥はと言えば、女の子座りで不思議そうに佐伯を眺めている。……そんな純真と形容するほかない目に、必死に邪念を堪えていた自分が酷く不純なもののように思えてしまったのだ。
「ねーねーカエデ」
「ん? どうした?」
「これなーに?」
そう言って遥がつまんでいたのは、佐伯が買ってきたお菓子の入ったビニール袋。
どうにか持ち直した佐伯はビニール袋から箱を取り出して、遥の目の前で取り出した。中身を見た瞬間に彼女の目が輝きだしたのが少し面白い。
五十嵐のアドバイスを受けて佐伯が買ってきたのは、ティラミスだった。
説明しようとした佐伯を遮って、遥は嬉しそうに笑いながら声を上げた。
「わぁ、すごい! ねぇカエデ! ティラミス! これティラミスだよね!」
「ああ、そうだが……知ってたのか?」
「本で読んだの! 本当にとっても綺麗なお菓子だね! でも、どうしてこれを持ってきたの?」
どうやら彼女には、自分のために買って来てくれたという発想はないらしい。
こてんと首を傾げる遥の愛らしい仕草に微笑みながら、佐伯はフォークを差し出した。
「カエデ……?」
「食っていいぞ」
「え……」
「お前のために買ってきたんだから、食ってもらわないと困る」
「い、いいの……? 遥が、これ食べてもいいの?」
「おう。食わないんなら他のヤツに……」
「食べる! 遥食べるよ!」
「よろしい。ほれ」
「う、うん……」
まるで宝剣でも賜るかのように、やたら仰々しくフォークを受け取られて苦笑する。
「い、行くよ……」
恐る恐る差し込まれたフォークに沿って、ゆっくりと切り裂かれていく柔らかい生地。
奇妙な歓声を上げながら、優に数十秒もかけてようやく遥は一切れ掬い上げた。
「そんな緊張することか?」
「するよ! だって遥初めてだもん!」
言いながら、表情は嬉しさを隠せずにゆるゆるに緩んでいる。本当に素直で可愛い娘である。
これほどまで庇護欲をそそられて、何かをしてあげたくなる女の子は他に居ないだろう。
「あむっ……ふわぁ!」
「美味いか?」
「うん! 甘い! 美味しい!」
満面の笑みを浮かべて次々に小さな唇の中へティラミスを放り込んでいく遥に、もう少し大きめのものを買っておけばよかったかと少し反省する。
元来甘いものはそこまで好きではない佐伯だが、目の前でこうも美味しそうに食べられると自分も食べたくなってくる。
すると、最後の一口を口に運ぼうとしていた遥がこちらを向いて、徐にフォークを突き出してきた。
「はい! カエデもどーぞ!」
「……いいのか?」
「うん。本に書いてあったの、幸せって言うのは分かち合うもの、って! 遥はティラミスを食べてると幸せ、だからカエデにも分けてあげるね! そうしたら、カエデも幸せになれるよ?」
そう断言する遥の瞳には一点の曇りもなく、心の底からそれを信じ切っていると分かった。
……全ての人々が彼女と同じことを考えていたのならば、この世界から戦争はとうに消え去っていただろうな、と詮無きことを思う
この瞳を曇らせるわけにはいかない。若干の気恥ずかしさを押し殺して、佐伯は口を開いた。
「あー……」
「その本に書いてあったんだけど、こういうことって『かっぷる』同士でやるものなんだって。かっぷるって何だろうね?」
「ごふっ!」
自分でも少なからず意識していたところを、言葉の刃で的確に貫かれて噴き出しそうになる佐伯だったが、口の中にはケーキとフォークがあったので何とか堪えた。
故意ではなく天然で言っているのがタチが悪い。という過去の件で遥に非はなく、悪いのは遥の行為を素直に受け取れない自分であって……などと考える佐伯だったが、その顔は否応なしに熱くなっていく。
「おいしい?」
「……おう」
「えへへ……これで遥とカエデもかっぷるかな?」
「ぶふっ!」
(……本当に天然なんだろうな?)
可愛らしくはにかむ遥に、若干疑わしくなってきた佐伯であった。
それからの二人は、壁に背を預けて座り込んで、以前のように何でもないことを時間の許すまで語り合った。
もっぱら遥が佐伯に何かを質問して佐伯がそれに答えると言う流れだ。『外』を知らない遥にとっては、佐伯の語ることの全てが新鮮なのだ。
本を読むだけでは分からないことなんて山ほどある。佐伯は一つずつ、一から丁寧に教えていった。
遥は子供っぽいだけで、地の頭はかなりいい方だ。一度教えたことは決して忘れず、自分の中で発展させて考えることが出来る。
知識の多寡ではなく、賢いと言う意味で頭がいい。もしかしたら佐伯よりも頭がいいかもしれない。
今は、佐伯の携帯端末で撮った写真を見ながら会話をしていた。
端末のディスプレイに表示されているのは、佐伯が見つけた秘蔵の猫画像である。
場所は問わず、可愛らしいものから面白画像まで、目についたものを片っ端から撮ってきたものだ。
重度の猫好きを豪語するだけあって、猫の話題にはこれまで以上に食い付いてきた。
「わー、これ可愛い!」
「あははっ、何でこんなことになってるの!?」
「お、おー……これ、大丈夫なのかな?」
いちいち可愛らしい反応を見せてくる遥に、もっと楽しませてやりたくなる。
「そう言えば、カエデはここに来る時以外は何してるの?」
「オレか? まぁ、これでも学生だからな。学校に行ってるよ」
「学校……遥、知ってるよ! 遥やカエデみたいな子供たちが通ってて、皆で一緒にお勉強をするところなんだよね!」
「それ以外にも、皆で運動したり、遊んだり、旅行したりな」
「いいなぁいいなぁ! ねぇカエデ、もっと学校のことを教えて?」
目を輝かせる遥に微笑んで、彼女の望むがままに佐伯は学校でのことについて話し始めた。
彼にとっては変わり映えのしないルーティンワークの日常でも、日がな一日中屋内で閉じこもっている遥にとってはこの上なく楽しいものなのだろう。
大体語り尽くして遥の顔を伺ってみると、彼女はとても楽しそうにして……けれど、どこか寂しさを滲ませた笑顔で、
「楽しそうだね……遥も、行ってみたいなぁ、学校……」
「それは……」
彼は遥に多くのことを語ってきた。だが彼は遥のことをほとんど知らない。
遥の境遇も、心情も。知っているのは猫好きであることと、甘いものが好きと言うことくらい。
だから佐伯は、彼女にかける言葉を持たない。その言葉に責任を持てないから。
「なぁ、はる」
「遥」
「っ」
「あ、パパ……」
突然二人の前に現れたのは、遥の父親を名乗る研究者だった。
慌てて立ち上がった遥の手を取った彼は、自身を見つめる佐伯へ無機質な視線を向けて、
「やぁ、佐伯君。また会ったね……娘が迷惑をかけていないかな?」
「いえ……オレにとっても楽しい時間ですから」
「そうか。それはいいことだ。うちの娘は
「……言われなくても」
以前とは正反対のことを言って去っていく遥の父親。
困ったような笑顔で手を振る遥に手を振り返しながら、佐伯は天井の一角へと目を向ける。
そこには、以前まではなかった監視カメラが増設されていた。
「監視しておきながら、『仲良くしてくれるとありがたい』ね……ふざけんなよ」
図ったようなタイミングで奴が現れたのも、二人の会話を盗聴していたからだろう。盗聴器が仕掛けられていたのは、恐らく遥。
万が一にも、遥が研究室の外へ出ていくのを阻止するために。
だと言うのに佐伯と交友を深めるのを禁止しないのは、どうにも不自然さが残る。
奴らの目論見は分からないが……もしそれが遥を害するようなものであったとするならば。
(オレに持てる全てを使って、抗ってやるさ)
§
「授業中よ。こんなところで何をやっているのかしら?」
翌日。学園の屋上で寝転がっていた佐伯は、突如響いた少女の声にパチリと瞼を開けた。
艶やかな黒髪に、端麗な容姿、勝気な目をした小柄な少女だ。肩にはペットのフェレットが乗っている。
名を
いつもなら皮肉の一つでも飛ばすところだったが、今日の佐伯はそんな気分にはなれなかった。
「……よう」
「今日は随分と大人しいわね。何か変なものでも食べた? 道端に落ちてるものを何でもかんでも食べるのは止めなさいって何度も言ったでしょう?」
「……そうだな」
「……重症みたいね」
ポケーッと覇気のない表情で寝転がったままの佐伯に眉をピクッと跳ねさせた五十嵐は、カツカツと靴音を音高く鳴らして佐伯に近づいた。
すぐ真上から見下ろされても、見事に無反応である。流石にカチンと来たのか五十嵐は、佐伯の顔面を踏みつけようとする暴挙に出た。
ごく一部の者にとってはご褒美なのかもしれないが、生憎佐伯にそのような趣味はない。ゴロリと転がって回避する。
「……あなた、本当にどうしたの? いつもなら私の足を掴んで引き倒すぐらいはしてるじゃない」
「お前オレを何だと思ってんだ……」
「本当のことじゃない。最近だって、私に女の子が喜びそうなお菓子は何かとか変なこと聞いてきたし……正直本気で心配したわよ」
「あー……」
「何て言うか、あなたらしくないわ。……相談ぐらいは乗るけど?」
五十嵐の気遣うような声音に、上体だけを起こした佐伯は小さく笑った。
「らしくないって……オレのことを気遣うお前だってらしくねぇよ」
「……何だか愉快な勘違いをしてるみたいだけど。誰があなたを気遣ったって? あなたが今みたいなままだと、張り合いがないってだけよ」
「風紀委員としては歓迎すべきことだろうがよ」
「む」
相変わらずの物言いだが、キツイ言葉とは裏腹に本気で佐伯のことを心配しているのは伝わってくる。
だから佐伯も、彼女に訊いてみることにした。
彼女の父親の五十嵐博士は、高橋の研究者だった。もしかしたら何か有益な情報を聞き出せるかもしれない。
「何よ」
「お前の親父さんって、高橋の研究者だったんだよな?」
「えぇ、そうよ。あの人が生きてた頃は、私もよく研究所に着いて行ってたわ。その縁で今でも一部の設備を使わせてもらってるしね」
「そっか。……なら、さ……遥、って女の子のことを知ってるか?」
佐伯がその名前を口にした瞬間、五十嵐の纏う雰囲気が一変した。
抜き身の刃のような、鋭く怜悧なものへと。勝気な瞳は眇められ、佐伯の目を真っ直ぐに見つめている。
「どこで彼女のことを知ったの?」
「高橋重工第二研究所。《スサノオ》の稼働テストの後に、偶然会った」
「ふぅん……じゃあのお菓子とかは、彼女にあげるためだったの?」
「そうなるな。……何か、知ってるのか。いや、何を知ってる」
「ほとんど全て。だって私は、
起動。およそ人間に対して扱うことはないだろう言葉を聞いて、佐伯は目を細めた。
「……どういうことだ?」
「教えてもいいけど、これは高橋重工の、いいえ、この日ノ本の闇の相当深いところに位置するトップシークレットよ。聞く覚悟はあるの?」
「そんなことを俺に教えていいのか?」
「いいのよ。私も正直胸糞悪いわ。もしあなたがあの糞ったれな研究をぶっ壊してくれるなら、私もスカッとするしね」
「オレに何を期待してんだよ」
呆れたような目を向ける佐伯に、五十嵐はハッと笑って、
「もしあなたがこの話を聞いたなら、あなたは絶対にそう思うわ。あなた、普段は冷静なふりしてるけど、中身は相当な熱血だものね? 正義感に厚くて、困ってる人を放っておけず、弱い人を見捨てられない。一人で突っ走って、最後には全部帳尻を合わせてしまう。まるでアニメの主人公みたい」
「……買い被り過ぎだろ。オレに出来ることなんてほとんどないし、オレは何も知らない」
(もし、もし本当にオレが主人公だったなら……遥に、あんな顔をさせずに済んだのだろうか)
「それで、どうするの? 聞くか、聞かないか。私は別にどうでもいいわよ?」
「聞くさ。オレは、知りたい。あの娘のことを」
「何故? 単なる興味本位ならあまりオススメしないわ」
「……違う」
「ならどうして?」
どうして。五十嵐にそう問われて、改めて考えてみる。
けれど答えは思ったよりもすぐに出てきた。
元より、難しく考える必要などなかったのだ。
脳裏に浮かぶのは、彼女の……あの愛らしい灰色の少女の笑顔。
あの笑顔をもっと見ていたい。あの笑顔をなくしたくない。あの笑顔を、守りたい。
「オレが、遥のために何かしてやりたいって思うから」
結局は、それだけなのだ。
御大層な題目や、面倒臭い理屈なんて関係ない。
ただ、自分が心の底からそう思う。
「オレが命を張るには、それだけで十分な理由だ」
衒いも恥じらいもなく言い切る佐伯に、五十嵐はさも愉快そうに声を上げて笑った。
「……あなた、やっぱり主人公みたいよ?」
「正直自分でも思った。――けどよ、やっぱ、男が命賭ける理由なんて、結局はそんなもんなのさ」
「惚れた女の子のため?」
「ああ」
肯定の言葉は、自分でも驚くほどすんなりと出てきた。
「否定しないのね」
「自覚したのはついさっき、ていうかたった今だけどな」
「鈍感なのも主人公の素質の一つよ?」
「残念ながらラブコメじゃねぇんだよなぁ」
「あら、ラブコメがよかったの?」
「ラブコメだったら、オレたちも手っ取り早く『二人は幸せなキスをしてハッピーエンド』になれただろうからな。……で? オレは話を聞いてもいいのか?」
「私としてはもっとそっちの話を聞いておきたかったのだけれどね……ま、いいわ。一度しか説明しないから、聞き逃さないようにしなさいな」
§
「
「『開発』に携わったのは、水原一郎博士、七瀬汐月、そして私の父、五十嵐博士の三人。水原博士は肉体を、七瀬は血液の代用となる液体の製作を、私の父は人工知能構築のためのデータ提供を。そうして生まれたのがDoll」
「戦闘を主な用途として生み出されただけあって、彼女たちの戦闘力は絶大。名実共に高橋の切り札となったわ。……その中で、あなたが惚れたDoll-05、遥は後に天城家の養女として引き取られたわ」
「天城家はね、典型的な研究者の一族なのよ。それこそ、自分の研究成果のためなら、どれだけの人の命を奪おうが気にしないって言うタイプの、マッドサイエンティストの集まり。……そんな彼らが、Dollなんていう最高の素材を、見逃すと思う? ただの人間よりも余程頑丈で、自分たちに従順な人形を」
「彼らが具体的に何をしているのかは、私には分からない。父の代から高橋本家とは距離を取っているから。けれど……私たちが本社に居た頃から、遥が研究所の外に出たことは一度だってないわ」
§
五十嵐から話を聞いた佐伯は、早速行動を開始していた。
授業などほっぽり出して学園から飛び出し、向かったのはもちろん、遥が居る高橋重工第二研究所。
だが最初に訪ねたのは遥の元ではなく、BMが保管されている格納庫だ。
「ぐあっ!」
「はいはい、ちょっと眠っててくれなー」
適当にそこら辺で拾ったモップで、中に居た技術者たちを強制的に眠らせた佐伯は、技術者たちのまとめ役をしていた一人の荷物からカードキーを拝借する。
一緒に拝借した護身用の電磁スタン弾を使って、不意打ちでついでに警護の人員も気絶させた。
そして全ての障害を無力化した佐伯は、カードキーを使って格納庫の最奥に位置した扉を開け放ち、悠々と足を踏み入れる。
中には、ごちゃごちゃとしたいくつもの機材と、膝を着く一機の黒いBM。
目の前に佇む黒いBMに、佐伯は笑みを浮かべて話しかけた。
「よう、《スサノオ》。調子はどうだい?」
『上々でござるよ。燃料も満タン。すぐにでも出陣できるでござる』
「そりゃ頼もしい……」
意気揚々と答えを返す《スサノオ》に笑みを返して、佐伯は《スサノオ》のボディを駆け登りコックピットへと飛び込んだ。
簡単にシステムのチェックを行って問題がないかを確認し、座席の上部から生えるコネクターを首元に接続する。
鬨の声を上げるように響く甲高い起動音を聞きながら、佐伯は呟いた。
「神経リンクシステム、起動……ぐ、ぅ」
食い縛った唇から、苦痛の声が漏れる。
無理矢理に感覚が拡張され、視界が《スサノオ》のメインカメラから移る映像に遷移し、肉体の感覚まで置き換わっていく。
どんどん自分と機体の境界が曖昧になって行く。《スサノオ》と自分が同化していくイメージ。
《
それこそが神経リンクシステムの真髄。機体とパイロットの感覚を強引に
このシステムはパイロットに凄まじい
だが、佐伯楓と言う適合者の登場によって、再び計画が始動した。
『よし……』
『準備はいいでござるか、佐伯殿』
『ああ、こっちはいつでもいいぜ』
『常在戦場、拙者も問題はありませぬ』
『なら、行くか。頼むぜ――相棒』
『承知!!』
ゆっくりと《スサノオ》が起き上がる。
鬣のように炎を纏うケーブルを靡かせる姿は、さながら一匹の鬼のようで。
その腰に提げられるのは、黒と赤の一対の大刀と小太刀。
『いよいよ初陣でござるな、佐伯殿! 拙者、てんしょん爆上がりでござるよ!!』
『ああ、そういやそうだな……何だかんだで実戦は初めてか。なら――せっかくだし、派手にやろうか!』
『ウオォォォォォォォォォォッッッ!!!!!!』
鬼の咆哮が響き渡った……直後。
高橋重工第二研究所の格納庫は、爆炎を噴き上げて消し飛んだ。
§
『む』
『お』
格納庫ごとまとめて消し飛ばして地上に戻ってきた佐伯を待ち受けていたのは、紫紺のBMだった。
大鎌のような歪な双剣が鈍い光を放ち、そこはかとなく不吉な印象を与えるその姿は、まさに悪魔と形容するのが相応しいだろう。
腰の刀にゆっくりと手をかけた佐伯に、紫紺のBMから声が届いた。
『今更言っても無駄だとは思いますが……投降してください。マスターは命までは取らないと仰っています』
何かと思えば、まさかの投降勧告だった。
思わず脱力してしまいそうになる佐伯だったが、目の前のこのBMは紛れもなく敵なのだ。
『本当に今更だな。悪いが、オレは退くつもりはない。邪魔をするってんなら、叩き斬るまでだ』
『……そうですか。残念です』
一言。ただそれだけで、紫紺のBMの纏う雰囲気が一変した。
轟々と吹き荒れる殺気と威圧感に、《スサノオ》の装甲が不気味に震える。
交渉は決裂。元より交渉などするつもりはなかったが、出来れば戦いたくなかったのも事実だ。
五十嵐から聞いたことが真実だとするのならば、目の前のこのBM――《オーダー》のパイロットは、遥の後に生み出されたDoll。つまり、遥の『妹』だ。
こうなってしまってはもはや仕方がない。手加減などをして勝てる相手でもないだろう。出来得る限り最速で片付けて遥の元に向かわねばなるまい。
何せ敵の動きが早過ぎる。目の前の敵の様子からして、佐伯たちがやってくるのを待ち受けていたのは明らかだ。
恐らく盗聴器や発信機を付けられていたの遥だけではなく、佐伯もだったのだろう。
付けられたのは恐らくテスト後の検診の時。場合によっては体内に埋め込まれていることすらあるかもしれない。
五十嵐との会話は全て筒抜け、佐伯の考えも全て露見していると考えていいだろう。
最悪なのは、彼女たちは時間稼ぎの囮でしかない場合だ。必死に戦っている間に遥をどこか別の場所へ移されては目も当てられない。そうなってしまえば、佐伯にはもはや追う手段はないのだから。
よって、現状での最適解は――この敵を全力で無力化し、全速力で遥の元へ向かうことだ。
腰の大刀【天叢雲剣】と小太刀【十拳剣】を抜き放ち、正眼に構える。
『佐伯殿! せっかくの初陣でござる、一つ名乗りでも上げてみてはいかがか?』
『いいね』
『《スサノオ》、佐伯楓――推して参る!!』
『全モジュールチェックコンプリート。Doll-
§
『オオッ!!』
ついに始まった佐伯と瞳の死闘。
先に仕掛けたのは、機動力で圧倒的に勝る《スサノオ》だった。
二刀を携え、凄まじい速度で踏み込み《オーダー》へ肉迫する。
神経リンクシステムの恩恵もあって、その踏み込みの速度は全高10メートル近くもある巨体とは思えないほどに力強く、素早い。
瞬きの内に接近していた《スサノオ》に対して、《オーダー》の挙動は滑らかだった。
爆炎を纏う大刀の振り下ろしを、タイミングを合わせて一歩後退することで回避。続く小太刀の追撃を双剣を組み合わせて受け止め、吹き飛ばす。
僅かに生まれた間隙に、《オーダー》の背部から6本のブレードが飛び出した。
この6本のブレード、【フライブレード】こそ《オーダー》と瞳の力を組み合わせた最大の特徴にして最強の武装。
Dollの一員である瞳の〈念動力〉によって操作された【フライブレード】は、《オーダー》の周囲で方陣を組むように動き――直後、切っ先を《スサノオ》へ向けて発射された。
『……っ!!』
『佐伯殿!』
『合わせろ、《スサノオ》ッ!!』
視界に表示された着弾予想地点は、右の二の腕、右脇腹、左腿、左肩、右足、頭部。どれもコックピットには絶対に当たらないような軌道で、まだ余裕であることを教えてくれる。嬉しくもないが。
迫る飛剣の舞に対して、《スサノオ》は迎撃を開始した。
まず頭部を狙うブレードを小太刀で叩いて軌道を逸らし、脇腹狙いのブレードを大刀で打ち払う。
右足へ向かって飛来したブレードを受けから踏みつけて動きを止めて、《オーダー》へ向けて突進を開始することで左腿への一撃を回避し、残りのブレードを大刀で迎撃しながら再び《オーダー》へと迫る。
『……まだです』
しかし【フライブレード】は、一度撃てば二度と帰ってこない銃弾やミサイルとは違い、瞳の念動力で動いている。
よって、放たれたブレードの軌道を再び捻じ曲げることも可能となる。
《スサノオ》が上手く凌いだ【フライブレード】が突如反転し、《スサノオ》を背後から襲った。
必殺のタイミングで放たれた一撃だったが、その攻撃は空振りに終わった。直撃する寸前、絶妙なタイミングで身を捩った《スサノオ》に回避されたのだ。
――この時《スサノオ》を操っていたのは佐伯ではなく、《スサノオ》自身だった。佐伯から権限を委譲された《スサノオ》自身が、佐伯に代わって機体を操り攻撃をかわしたのだ。
佐伯はただ前だけを見て突き進み、後ろは《スサノオ》が守る。
謂わば《スサノオ》は、二人のパイロットに操縦されているようなものだ。
やや慌てたように《オーダー》が後退を始めるが、もう遅い。
《スサノオ》の胸の前で交差された二刀に、爆炎が灯る。
『くっ……』
呻き声を上げた瞳は、すぐさま念動力を最大動員して【フライブレード】を集め、織重ねて即席のシールドとした。
そんな悪足掻きには構わず、《スサノオ》は存分にその猛威を振るう。
『――【
X字を描くように二刀がブレードのシールドへ振り下ろされる。
衝撃によって【フライブレード】がギシリと軋むが、直後に二刀の刀身に宿っていた爆炎が一気に爆発し、今度こそブレードのシールド木っ端微塵に粉砕した。
飛び散った火の粉が、まるで八つ首の龍のように伸びて四方から《オーダー》を襲う。
防御手段を失い、万事休すと思われたオーダーだったが――
『【フローティングクロス】』
『ぐあっ……!?』
《オーダー》の主武装である双剣、【フォールディングブレード】。それを合体させて生まれた十字の刃がブーメランのように飛翔し、爆炎を残さず斬り裂いた。
それだけには飽き足らず、満足に回避も出来ない《スサノオ》に直撃し、大きく吹き飛ばした。
ザザザザザッッ!!!! と何とか制動をかけて防御態勢を取る《スサノオ》に、瞳は油断なく追撃を仕掛けた。
予備の【フライブレード】が瞳の強力な念動力によって、全方向から串刺しにせんと迫る。
『くっ……【里カマイタチ】!!』
言下に、凄まじい勢いで振り抜かれた二刀の剣風が物理的な衝撃を伴って、迫る【フライブレード】を吹き飛ばした。
紙一重で追撃を凌いでも、未だ《オーダー》の攻勢は終わっていない。
《スサノオ》が飛来するブレードの処理に手間取っている内に、《オーダー》は一気に距離を詰めて《スサノオ》の懐に入り込んでいた。
『ふっ……!』
『おぉっ……!』
反応速度では、《スサノオ》の方が圧倒的に上だ。純粋な近接戦闘であれば《スサノオ》が速度で圧倒して勝利していただろう。
だがこの戦いの相手には、双剣だけでなく、縦横無尽に飛び回り獲物を狙う飛剣があった。
単純計算で手数が違い過ぎるのだ。どれだけ速度があろうとも、いずれ処理し切れなくなるだろうことは明白だ。
至近距離で斬り合いを演じていたが、ついに限界が来た。
『ぐっ……!?』
『――獲りました』
突然、佐伯の頭蓋に割れるような痛みが走った。極限の集中状態に、神経リンクシステムのフィードバックが押し寄せてきたのだ。
痛みが走ったのは一瞬でしかなかったが、この戦いにおける一瞬は重かった。
隙を衝いた掬い上げるような双剣の斬り上げに、小太刀の【十拳剣】が弾き飛ばされた。
二刀でも無理があったのに、大刀一本だけではどう足掻いても捌き切れない。
真上から振り下ろされる《オーダー》の双剣に対して、《スサノオ》は――残った【天叢雲剣】を投げ捨てた。
勝負を投げたか――そう思いつつも斟酌なくブレードを振り下ろした瞳だったが、その剣が《スサノオ》を切り裂くことはなかった。
《スサノオ》の両手に刀身が掴まれて、動きを止められていたからだ。
『なっ……!?』
『真剣白羽取り、ってな!!』
動揺し動きを止めた《オーダー》に対して、《スサノオ》は膝を振り上げて《オーダー》のコックピットを蹴り上げた。
『……っ、ぐ、ぁ、あぁっ!?』
直接コックピットに叩き込まれた衝撃に瞳は悶絶し《オーダー》の動きが完全に止まってしまった。
そんな大き過ぎる隙を、《
柄尻を蹴り飛ばして拾い上げた【天叢雲剣】を振るい、《オーダー》の右腕を斬り飛ばし、返す刀で左足を膝から斬り落とした。
『くぅっ……!』
瀬戸際で意識を保った瞳が苦し紛れの【フライブレード】を飛ばすが、佐伯はもはや回避も防御もしなかった。
超速で飛翔するブレードが肩部のパーツを斬り飛ばしていくが、構わない。最後の一撃を加えるのに不足はない。
緩慢な動作でブレードを振り上げようとする左腕に拾い上げた【フライブレード】を突き刺し、コックピットに向けて肘を叩き込む。
《オーダー》の戦闘力を支えているのは、瞳の念動力によるアシストだ。本当に《オーダー》を無力化しようとするならば、パイロットの瞳をどうにかするしかない。
だから今回は手っ取り早く、衝撃で気絶してもらったのだ。
パイロットが意識を失ったことで、制御を失い倒れこむ《オーダー》。
『見事な戦いでござった! 流石でござるな佐伯殿!』
『はぁ~……』
それを見て、ようやく佐伯も気を抜くことが出来た。《スサノオ》の讃辞に言葉を返す余裕もない。
今になって神経リンクシステムのフィードバックによる苦痛が頭蓋を苛むが、ここで倒れるわけにはいかない。
信じられないような激闘だったが、佐伯の目的はそれではないのだ。
『あー……くっそ、頭痛ぇ……ん?』
痛みを堪えて研究所の方を見れば、軍用のヘリがちょうどヘリポートに着陸したところだった。
まず間違いなく、あれが遥を移送するためのものだろう。
『急がなきゃ、な……!』
§
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なァッ!!!!」
Doll-06が敗れた。
その知らせを受け取った遥の『パパ』……天城
「何故だ、何故Dollが敗れる!? いくら神経リンクシステムに適合しているとはいえ、所詮はただの人間だ!! Dollに勝てるはずがない! 論理的に考えて有り得ないだろう!? クソッ、水原め、五十嵐め、高橋め!! 何が最高傑作だ! とんだ欠陥品ではないかァッ!!!!」
「あ、あの……パパ……?」
「何だ!?」
「ひっ」
今まで見たことのない父親の様子に、怯え切ってしまう遥。
天城宗次はそんな遥の腕を無言で掴むと、そのまま引き摺るようにして歩き始めた。
向かう先は研究所の屋上、ヘリポートだ。
「いたっ、痛い、痛いよパパ……!」
「そうだ……まだだ、まだ私には
「パパ? パパぁ! どうしたの? どこに行くの!?」
「えぇい、黙ってついて来い!! お前は私のものだ、誰にも渡すものか!! ましてや、佐伯などと言う小僧になど……!!」
「えっ……カエデ? カエデが来てるの!?」
「ああそうだ!! あの小僧は事もあろうに、お前を助けるなどと言って我が研究所の最新のBMを奪い、暴れ回っているのだ!! 遥を外に連れ出す? ふざけるな、そんなことをして、これに不純物が混ざったらどう責任を取ってくれる!?」
二人が屋上に辿り着くのとほぼ同時に、軍用ヘリがヘリポートに到着した。万が一瞳が敗れた場合、遥を移送するために天城宗次が呼んでいたのだ。
彼は遥の腕を掴んだままヘリに乗り込もうとして――パシッ、と遥に腕を振り解かれた。
「おい、遥……?」
「……やだ」
「遥、何を……」
「やだって言ってるの! 遥は、遥は行きたくない!」
叫ぶ声はほとんど涙声で、細い脚は怯え切ってガクガクと震えていて、今にも倒れそうになっている。
けれどその眼だけは、強い光を宿して父親を睨んでいた。
「何を言っている……遥、今すぐこちらに来るんだ、今ならまだ、叱らないでおいてやろう……」
「やだ! だって、遥ここから居なくなっちゃうんでしょ? もうカエデにも会えなくなっちゃうんでしょ? そんなの絶対やだもん!」
「遥!! 我が儘を言うな!!」
「あうっ!?」
激高した天城宗次に頬を張られて、遥は勢いよく倒れ込んでしまった。
「いいか、遥!! お前は私のものだ!! 私だけのモルモットなんだ!! 何のために高い金を払ってお前の所有権を買ったと思っている!? 何のために高橋に何度も頭を下げてお前を養子にしたと思っている!?」
「…………ぱ、ぱ……?」
眼を血走らせ、口角泡を吹いて、喚き散らす彼の形相は、もはや完全に狂人のそれだ。
彼の遥を見る目は、愛娘を見る目どころか、人間を、生き物を見る目ですらなかった。まるで、我が儘な子供がお気に入りのおもちゃを見るような――
「ああ、そうだ……お前は、私のものだ……私だけのものdぶげらっ!?!?」
「……あ、やっべ……あんまりにもムカついて、つい殴っちまった」
呆然としていた遥は、そこでやっと自分と父親の間に割り込むようにして立っている佐伯に気が付いた。
自分の拳を見つめてあちゃーと言う顔をしている佐伯と、顔面を腫らして伸びている父親を見て、カエデがパパを殴ったんだ、と理解する。
「えっ、えっ、え……? ど、どうしてカエデがここに……?」
「おー、元気そう、とは言えねぇけど、一応無事みたいだな。とりあえず、俺は遥を攫いに来た、ってことだけ覚えといてくれ」
「ふぇ?」
困惑する遥を置いて、佐伯はスタスタと伸びている天城宗次の元へ近寄ると、その胸元を引っ掴んで強引に引き上げた。
「おいお前、いつまで寝たふりしてやがる」
「…………」
「あーそうかい、お前がその気なら目が覚めるまでぶん殴ってやるとするか」
「ま、待て、待ってくれ! 起きている、起きているからやめてくれ!」
「だろうな。それなりに手加減してたし。――さて、こんなとこまで来たわけだが、オレはお前に二つ言いたいことがある」
「い、言いたいこと……?」
「一つ……遥はお前のものなんかじゃねぇ。ちょっと生まれが特殊なだけの、好奇心が強い普通の女の子だ。そんなことも分からねぇくせに父親名乗ってんじゃねぇ」
「…………っ」
「二つ」
ふと佐伯は、そこで言葉を切って、不気味なほどの満面の笑みで。
「娘さんを僕にください。と言うか貰って行きますので、悪しからず」
§
「カエデ……大丈夫?」
「ん?」
「色んなところから血が出てるよ?」
「あー、大丈夫大丈夫。ちょっと無理し過ぎただけだから。流石にモップ一本で正規軍人30人ノックダウンさせるのは無理があったなぁ……」
遥の言葉通り、佐伯の体はどこもかしこも傷だらけで、酷い状態だった。常人であればもう倒れていてもおかしくない重症だ。
だと言うのに普通に喋って動いて、更には今こうして遥をおんぶして学園の寮に向かって歩いてすらいる。
自分なんかより余程不思議な体をしているな、と思う。
「ね、カエデ」
「ん?」
「カエデは、どうして遥を助けてくれたの?」
「あー……それ聞くか」
これまではどんなことにも明瞭に話していた佐伯が、何故か言い淀んでいる。
何か言いにくい事情でもあるのかと首を傾げていると、佐伯は少し頬を赤くして、
「その…………だから」
「え?」
「好きだから、だよ」
「好き、って……何が?」
「遥のことが」
「カエデは……遥が……好き?」
「そう。……まあ要するに、本当のカップルになりたい、ってことだよ」
「かっぷる……」
「そう。あの時みたいに、お互いにあーんして食べさせ合ったりとか、二人でじゃれ合ったりとか、いろんなところに行ったりとか……そう言うことを、遥と二人でしたいってことさ」
「…………」
「えーと、遥さん? 一応オレ、告白したので……返事、もらえますかね?」
少し恥ずかしそうに答えを求める佐伯だったが、今の遥はそれどころではなかった。
滑らかな白磁のような肌は真っ赤に染まって、体はギクシャク、心臓はバクバクと脈打っている。
一言で言って、はるか は こんらん していた!
「遥? どうし……うおっ!?」
「い、今は、ダメ……遥、ぜったい変な顔してるから、見ちゃだめ……!」
「…………すげー見たいんだけど」
「ダメ! ぜったいぜったいだめー!」
残念そうにしているけれど、ダメなものはダメなのだ。遥にだって恥ずかしいと言う気持ちはあるのだから。
尤も、嬉しいのに恥ずかしい、笑いたいのに泣きそうな、どうしようもないくらいぐちゃぐちゃの心の中とかは、全然分らなかったけれど。
カエデと一緒に居ると、遥にとって初めてのことばかりだ。
いっつもカエデにはびっくりさせられてばっかりで……でもそのびっくりが、遥は大好きだった。
「……ねぇ、カエデ」
「ん?」
「好きって……どんな気持ちなの?」
「……また答えにくい質問だな」
「本では、相手とずっと一緒に居たい気持ちってあったよ。カエデは、遥とずっと一緒に居たいの」
「……ああ。出来る限り、ずっと」
「そっか。……遥はね、カエデと一緒に居て、とっても楽しいよ」
「……うん」
「だからね、遥は、ずっとカエデと一緒に居たい」
「……おう」
「………………すき」
「………………おう」
§
「ん? 郵便? お袋からか……宛先不明ってどういうことだよ……中に入ってんのは、書類? 何だこれ……戸籍謄本と、入学証明書? 名義は……佐伯遥? ………………え?」
続く!
……いや多分続かない。
ありがとうございました。