フランドール・スカーレット(仮)に憑依したけどアイドルになったから歌うことにする   作:金木桂

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何でこんなに評価とかお気に入りとか増えるの……ありがとうございます!
評価詐欺と言われないように頑張ります(プレッシャー……)


始まりの場所

 自慢じゃないけど私の家はかなり広い。分譲住宅として売られてる普通の一軒家と比較したらその三、四倍以上はあるだろう。無茶苦茶デカイ。

 なのにそこで住んでるのは現在私とお姉様の二人、しかもお姉様は殆どの時間を学業やら仕事やらで外で過ごすから実質殆ど私だけみたいなもので。

 

「ひ、広すぎませんか!?」

「まあね」

「ふ、ふふーん!ま、まあボクのカワイさはこのステージには収まりきりませんけどね!」

 

 私の背たけ3つ分くらいありそうな門を前に立ち止まって幸子は張り合うように胸を張った。門の向こうの庭は広大な、と言うと少し過剰な気もならないけど、でも普通の家の庭とは比較できないくらいには大きい。

 けどぶっちゃけ。

 最近はワンルームマンションとかに引っ越したいなぁ、とか考えちゃう事も多い。私の手に余るし。

 

「お部屋とか幾つあるんです?」

「11部屋くらいだったと思う」

「うわ、本当に多いですね……。手入れとか大丈夫なんですか?」

「割と駄目かな」

「駄目なんですか」

「駄目なんです」

 

 そりゃ私だけでこの家を管理しろなんて無理ゲーにも程があるよ。この家、仮に四人暮らしだとしても確実に要らない広さだし。私の両親は何を想定していたんだろう。少なくとも私には分からない。

 門を開けて無駄に広い敷地に入って、無駄に大きな扉の鍵を開ける。無駄という表現が頭についてしまうのはしょうがないことで、活用出来てない以上本当に無駄でしかないのだ。無念。

 

「スカーレット家にようこそ、歓迎するわ」

 

 開いたドアの前で私は幸子の方に振り返る。これはチョットしたイタズラ心なのだ。

 気品のある、それこそお姉様がいつもやってそうな仕草で優雅にドレスの端を摘んで一礼してみる。最もお姉様ならポカして転んで失敗が常だけども。結構グズだし。それに倣う理由も無いので私は完璧に完遂する。

 幸子は両親の修羅場を見てしまったみたいに少しの間私を戸惑うように見ると、「フランちゃんがやると凄いオーラを感じますね……」

「えへへ、まあね」

 

 伊達にお姉様のカリスマ(笑)の背中を見て育ってないのである私も。

 お、お邪魔します、と幸子は若干腰を引きながら玄関ドアをくぐる。

 中に入ればまず目に飛び込むのはエントランス。明らかに壊したらメチャメチャに怒られそうな高いインテリアが置いてあったりシャンデリアが吊るされていたりする。と言っても怒る人間なんていないんだけどね。

 

「フランちゃんの家ってその、凄いお金持ちなんですね」

「ガワだけはね?」

「ガワだけ?」

 

 良い機会だし案内してあげるか。

 物は試しとばかりにリビングに隣接するキッチンへと足を向ける。

 台所自体は十分に広々とした空間だ。スタイリッシュなキッチン家電やオシャレな小物が置いてある。自分でもアレだけど、そこそこ高級感が漂ってる。

 だけど冷蔵庫の中はそんなハイエンドな家の中と違い、かなり所帯染みてる。あるのは近くのスーパーで買ってきた100gあたり100円ちょっとの豚肉だったり有名食品メーカーの冷凍食品だったりと普通のもの。余った惣菜がジップロックに入ってたりもする。

 言ってしまえば建物とその生活の実態がミスマッチしてるのだ。

 

「……本当ですね。何というか、ここだけは普通の家みたいですけど」

「うん、消耗品とかは近所のスーパーで買ってるからね」

「なるほど……?」

 

 何だか一度に詰め込みすぎてよく分からないみたいな表情をする幸子。う〜ん、イマイチ呑み込めてないみたい。

 

「これでも色々と節制してるのよ?スーパーのタイムセールを使って食費をやりくりしたりね」

「えっと……?フランちゃんが家のお買い物とかしてるんですか?」

「え?そうだけどなんで?」

「いや、何というか意外でですね……」

 

 意外って……私の見てくれは私服がドレスっていうのもあって良いとこの令嬢みたいに見えるかもしれないけどさ。

 

「二人暮らしだから当然だけどね」

「そ、そうなんですか。だから家事も一通り出来るって言ってたんですね」

 

 明らかに気を使った風に幸子は話題を反らす。私自身は両親の事とか覚えてないから別に良いんだけどね。

 ──────それよりも私は。

 

「ふふーん!ですが今日は世界一カワイイアイドル、イコールこのボクが手伝ってあげます!」

 

 一瞬、思考が深遠へと引っ張られそうになったけど幸子の一声で元に戻る。

 

「ありがと、助かるよ」

 

 久々にふと思い出した衝動を隅に置いて、そんなありがたい申し出に頷く。

 贅沢を言うなら料理よりも掃除をお願いしたかったりする。二人分の料理なら私一人でも簡単だけれどデカ屋敷を掃除するのは無理だからね。……アイドルとして貰う予定の給料でハウスキーパーでも雇おうかな?でも知らない人間を入れるのはそれはそれで嫌だしなぁ……せめてもうちょっと住人が多ければいいんだけど。

 なんて考えながら窓に映る己の相貌の向こう側を覗く。どうやら気付けば日は傾いて地平線の彼方を燃やし尽くすみたいに空の境界を紅に染めていた。もうこんな時間かぁ、と思わず一息。何だか今日は濃い一日だった。

 

「荷物を置きたいんですが使っていい部屋ってあります?なるべくボクに相応しいカワイイ部屋で」

 

 そう言って幸子は少し重そうに背負っていたバッグを床に下ろす。バッグの底が教科書なのだろう、ゴトリという音がフローリングに響く。

 

「う〜ん、カワイイところねえ……。ならトイレとかどう?お姉様が拘った香水とか便座カバーとかが無駄にあしらわれてるわよ?」

「何でそうなるんですか!?」

 

 実際そうなんだけどなぁ。昔雑貨店で5時間くらい選別して買ってたし、まあ私はその間帰ったから後から本人に聞いたんだけど。

 

「まあ空いてる部屋ならどこでも使っていいわよ?」

「ありがとうございますフランちゃん」

「……空き部屋、あんまり掃除してないからゴキブリには気を付けてね」

「ゾワッとする言葉言うの止めてくれませんか!?大丈夫ですよねその部屋!?」

「ごめんごめん、冗談だよ。毎月バルサン炊いてるから」

「それはそれで過激というか……」

 

 お姉様も私も大の反ゴキブリ主義者だからしょうがないわ。出たら殺すし出なかったらそれはそれで殺す。死ぬまで殺すわ永遠に。奴らに慈悲も憐憫も無いの。

 

「フッフッフッ……」

「あの、フランちゃん?物騒な顔をしてどうしたんですか……?」

「ハッ!ついゴキブリへの殺意の波動に目覚めてた……」

「言葉まで物騒にならないで下さい!狂ったような目つきになったから一瞬背筋がゾッとしたじゃないてすか!」

 

 友達になる人間違えましたかね……、とか幸子はボヤくように呟いた。聞こえてるよ?

 まあ学校じゃ喋る相手こそいるけど基本ぼっちだし、幸子には感謝感謝だ。

 幸子はふと思い付いたように、そう言えば、と切り出しながら部屋に飾られてる写真立てを見た。

 

「もしかしてですけど、フランちゃんのお姉さんってレミリアさんですよね?人気アイドルの」

「そうよ!お姉様は凄いのよ」

 

 写真には私とお姉様が写っている。

 プロデューサーが撮った写真で、背景はこの大きな家だ。

 

「やっぱりそうだったんですか!スカーレットって聞いてそうじゃないかと思ってたんですよ!」

「サイン要る?」

「良いんですか!じゃあフランちゃんお願いします!」

 

 幸子は嬉しそうにどこからかサイン色紙を取り出すと、なぜか更にもう一枚取り出した。

 ……二枚目?両親とか友達に渡す用だろうか?

 頭を捻っていると更に油性ペンまで取り出した。

 

「幸子、流石にペンは要らないわよ?」

「違いますフランちゃん。これはフランちゃんに書いてほしいんです」

「私に?」

 

 はい、と頷く幸子に私は首を傾げてしまう。

 まだ正式にデビューすらしてない私なんてこの業界じゃペーペーの見習いである。幸子だって同じ身の上な訳だし分かってるはず……。

 幸子はそんな私の戸惑いを解すみたいに微笑んだ。

 

「こういう機会だから言いますけど……ほら、ボクとフランちゃんはこの346プロで新人の中では一番古参のアイドルな訳じゃないですか。将来の事はよく分かりませんけど……それでもこの時の事を、ボクたちの始まりの光景を覚えておきたいんです」

「始まりの光景……」

「そうです。ボクたちはここから始まるんです」

 

 渡されたサイン色紙に目を落とす。

 不思議と、ただの厚紙なのにまるで鉄球を持ち上げてるかのように凄く重く感じる。

 いや、実際重いのだろう。

 何にも書かれていない真っ白なサイン色紙。それ自体は軽くとも、そこに描く為に一描き、二描きと線を描いて色を塗っていくのはとても難しいことだ。

 

「……ねえ幸子、もう一枚貰っていい?」

「いいですけど……何に使うんです?」

「じゃあ、はい」

 

 私は受け取ったサイン色紙をもう一度幸子に突き返した。

 

「私だけ描いても不公平でしょ?ここには2人いるのよ。それなら幸子も居ないとおかしいじゃない」

「フランちゃん……」

「だから、幸子のサイン。私にも……書いてくれる?」

 

 私たちが始める最初の光景だなんて言うのに私しかサインをしないなんて道理に合わないわ。始めるのが2人なら、サインだって2つ居るでしょ?

 幸子は呆気にとられたような顔をして、それから意思を堅くしたように力強くサイン用紙を受け取った。

 

「分かりました!フランちゃんはカワイイボクに出来たファン二号ですしね!特別にハチャメチャにカワイく書いてあげます!」

「ファン二号なの?」

「一号はプロデューサーさんです」

 

 むふー、と幸子はドヤ顔で(無い)胸を張った。

 ああ、なるほど。下野Pも何だかんだと言われてるけど信頼されてるなあ。

 

 感慨に耽りつつ私は早速ペンを取った。その場でサラサラと描こうとしてみる。

 ……でもサインってどう描けばいいんだろう?思えばサインって大体独特な形をしてるよね。

 自分の名前を崩して書くと言っても中々に思い浮かばない。芸術家だったら筆記体みたいに書けば良いのかもしれないけど、アイドルなんだからふわっと優しいタッチにしなきゃならないし。

 ……ここまでペンが止まるのも久しぶりかも。初めて自分の名前を書いた時ぶり以来かな。

 

 むむむむむ、と我ながら見事なまでに悩んでいると幸子はサラッと書き上げた。

 

「むふー!これはカワイイ出来映えです!」

「え、もう出来たの?幸子早くない?」

「これくらいアイドルの嗜みですよ。出来て然りです」

 

 と、鼻高々と幸子は自分で書いたサイン色紙を眺めてる。

 何でもないように言ってるけれど実際は凄い練習をしたのだろう。手慣れた様子だったしね。

 でも幸子はそういう所は絶対に見せないのかも。そう思うと本当にカワイらしいなぁ、とか感じちゃう今日のフランちゃんである。

 

「あれ、フランちゃんはまだ出来てないんですね?」

「……初めてだからしょうがないわ」

 

 プイッとつい横を向いてしまう。しょうがないの、生姜だけに。…………ハッ、今誰かの電波を受け取った気がする。

 よく分からないダジャレが突然湧き出たことを不思議に思う私を他所に、幸子はドヤ顔で先生みたいな表情を作った。

 

「しょうがないですね〜この全国一カワイイアイドルことボクがカワイさ抜群のサインを書く秘訣を教えてあげましょう!」

「ウザ……あ、ごめん。今の発言は無かったことに」

「ならないですから!?ホントそういうところですよフランちゃん!」

「えっ。……ダメ?」

「可愛らしく小首傾げてもダメですよ!アイドルとして黒い面なんてファンに見せちゃダメなんですからね!」

「え〜面倒だなぁ。私495才なのに」

「面倒とか言わない!あと言っときますけどその逆鯖もムリがありますから!」

 

 逆鯖じゃないんだけどなぁ……寧ろ原典的にはそっちが正確なまであるんだけど。

 何だかお母さんみたいな口ぶりだ。

 とはいえ、幸子がサインが上手いのは見て分かる通り確かみたいだし有難く教わろうかな。

 

「仕方ないわね。教えられるのもやぶさかでは無いわよ」

「何でそんな上から……ボクの方が歳は上なんですけども。……まあいいでしょう!」

「うぃ」

「返事は"はい"ですよ!」

「はいはい」

「"はい"は一回!」

「分かったわ……はい」

 

 何でそんな不服そうなんですか、と幸子はぼやきながらもペンを握った。

 ここはステージじゃないんだから別にありのままの私でいいと思うんだけどねぇ、とか思っちゃっても口には出さない。出したらまた水掛け論になりそうだし。

 

「サイン用紙使うのも勿体無いんで、何か書かれるものありませんか?」

「書かれるもの?……あ、紙のことね」

 

 ややこしいな。何で受動態なの。

 紙質とか関係ないと思うしその辺のチラシで良いかな。

 丁度近くのテーブルに放り投げっぱなしのスーパーのチラシがあったからそれを取ってきて、幸子に渡す。

 

「ありがとうございます。じゃあ早速やっていきましょう!カワイイボクによるカワイイサイン教室!」

「おー!」

「まずサインの時に意識することなんですけど全体のバランスが大切です」

「な〜る。普通に文を書くときもそうだよね」

「それで、これも重要なんですけど始めの一画目と最後の一画が一番印象に残りやすいんですよね」

「ほへぇ!幸子、本当に教師みたい!」

「ムフー!もっと褒めてもらっても構いませんよ!」

「あ、続けてどうぞ」

「それは流石のボクも落ち込みますよ……?」

 

 と、グダグダと幸子の授業を受けること15分。

 下書きも一回して、遂にサイン色紙に署名する時が来た。

 

「フランちゃん、力を抜いてください。コツは流麗に書くことですよ」

「りょうかい」

 

 椅子に座り直して、私は目線を下げる。

 机に置いたサイン色紙を左手で抑えながら、右手で書く……!

 

 ペンはスラスラと滑らかに動き、その足跡は確かに色紙に残った。

 それを見た幸子は、何だか冷や汗を掻きながらどの言葉を選ぶか悩むように固まると。

 

「──────良いんじゃないでしょうか……………」

「幸子、流石の私でも無理しなくても良いかなぁって思うんだ」

 

 ガタガタとした不安定な文字バランス。

 そして丸みを意識し過ぎたせいで異常に大きくなってしまったフランドールの「ル」。

 ……流石に10分やそこらじゃ、私には無理だったよ。

 

 せっかくのサイン色紙だけど失敗しちゃった以上、これはゴミ箱行きだね。

 

「……幸子。私、練習するわ。だから上手くなってからきっと渡すよ」

「───いえ、これを下さい」

 

 ……えっ?

 幸子はそう言ってゴミ箱に持っていこうとサイン色紙を持った私の手を掴んだ。

 

「フランちゃん、ボクはさっきこれが始まりの光景って言いましたよね?だからこれも、その1つだと思うんです」

 

 字がミミズが這ったみたいに歪んだサインを見て幸子は真剣に言う。

 ……言われてみれば、これも始まりの一歩に過ぎないのかもしれない。

 きっとこれから必要に応じて私のサインは上手くなるだろう。サインだけじゃない。ダンスだって、歌だって上手くなる自身がある。

 これが私のアイドルとしての原点なのだ、なんて思えば"カワイイ"ものじゃないか。

 

「……じゃあ幸子、一つだけ約束してくれたら良いわよ?」

「何でしょう?」

「そのサイン、絶対に人に見せたりしないでよね?」

 

 と自己肯定してはみたものの、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 下手なサインなんてあんまり人に見て欲しいとは思わないからね。

 

「分かりました!それじゃあ我が家の家宝にします!」

「それは絶対にヤメテ」

「も〜フランちゃんは照れ屋ですねぇ」

「なにその親戚のおばさんみたいな発言……」

「失礼な!ボクはカワイイ美少女アイドル輿水幸子ですよ!」

「はいカワイイカワイイ」

「心が籠もってませんよフランちゃん!」

「そこはかとなくウザカワイイわよ幸子」

「フフーン。そうです、ボクはカワイイんです!!」

「都合の悪い部分は聴こえなくなる幸子イアーだ……」

 

 自分でも言うのはなんだけどシリアスな雰囲気が木っ端微塵だよ全く。

 幸子は仕方ないですねぇ、と溜め息を吐いた。

 

「アイドルをやるんですから羞恥心なんて或る程度割り切りなきゃダメ、なんですけどまあ良いです。フランちゃんにはフランちゃんの個性があるでしょうし」

「うん?どゆこと?」

 

 私の個性?

 私なんて頭脳明晰なのを除けばただの女子小学生だと思うけど……。

 幸子は珍しく、少し難しい顔で口を開いた。

 

「今はアイドル最盛期と言っても過言じゃありません。多くの女の子がボクたちと同じようにトップアイドルを目指して切磋琢磨してるんです、そうなると人気になるには他の子との差別化がどうしても必要になってくるんですよ」

「なるほど……。幸子なら大丈夫だね。でも私って個性無いしなぁ」

「フランちゃん、それはボクへの宣戦布告って事で良いんですね?普段温厚なボクでも怒りますよ?」

「え、なんで」

 

 そんな凄まれても私には何の覚えも無いのだけれど。

 ジーーッと幸子は足のつま先からつむじ、と言うか帽子のてっぺんまで確かめるように目を細めると。

 

「その稲穂が靡いてるみたいな綺麗な金色の髪!純白で毛穴一つ見えない滑らかな肌!フランちゃんは見た目だけなら西洋のミステリアスな姫君みたいな雰囲気があるじゃないですか!?」

「えー。でも幸子の方が個性立ってるじゃん。ボクはカワイイ!なんてドヤ顔で言えるの多分この世で幸子だけだと思うの」

「そりゃあそうですよ!ボクはカワイイですから!」

「自分で言うのもアレだけど今の別に褒めた訳じゃないからね?」

「フフーン!この素敵な家も見合って今日のボクは一段とカワイイですよ!」

 

 って聞いてないし。しかもどうしようもないくらいに調子に乗ってるわね、これ。

 またもや胸を張った幸子をぼーっと眺めていると、唐突に軽快な音楽が幸子のスカートから鳴り始めた。

 着信かな?

 

「うぇ!?遂に来ましたかこの時が……」

「どうしたの?」

「あ、いえ……何でもないんです……ちょっと時間よろしいですか……」

「いや、別にいいけどさ」

 

 ───画面を見るなり表情を固めて、どうしてそんな冷や汗をダラダラ流してるみたいに額を拭ってんだろうか? 

 ゴクリと、幸子は何か辛いものを嚥下するように喉の奥へと流し込むと、画面に表示された通話ボタンを押した。

 

「……もしもし、ママ」

『幸子!なにしてんの!』

「ごめんなさいすみません許してママ!!」

 

 うおうっ!?

 突然幸子が虚空に向かって頭を下げた……もしかして母親に無断で外泊してたりするのかな?

 アレ、でも幸子って今は寮暮らしのはず……。

 疑問を抱えつつも私はそのまま歯切れの悪い幸子と妙に語調の強い母親の会話を呆然と眺める。

 

 会話の内容は聴こえないけど、幸子がずっと小さくなって謝り倒してるのは見える。

 それから暫くすると、幸子がスマホから耳を離した。

 

「フランちゃん、ママが話したいみたいですけど……良いですか?」

「分かったわ」

 

 神妙そうな幸子の表情に、内心レアなもの見てる気がするなぁと思いながら幸子の熱で温かくなったスマホを受け取って、それから耳に当ててみる。

 

「もしもし、お電話代わったわ」

『あなたがフランちゃん?』

「ええ。私はただのフラン、フランドール・スカーレットよ」

『いつも娘がお世話になってます、幸子の母です』

 

 落ち着いた大人といった感じの声で、幸子の数年後を感じさせるような雰囲気すらある。

 まあ今の幸子見てると落ち着く気配なんてこれっぽっちも感じられないけれどね。

 

「こちらこそ、幸子には良くしてもらってるわ」

『あらあら、娘とは仲が良さそうで何よりだわ。それで、親御さんは今いらっしゃるかしら?』

「居ないわ。明日の夜ならいるかもしれないけれどその保証も無いよ?」

『そうなのね、ご挨拶をしたかったのだけど。残念だわ』

「それより聞きたいのだけれど、幸子ってもしかして無断外泊してるの?」

 

 頭の上に乗っている、ズレた帽子を右手でツンツンと位置修正しながら言う。

 さっきから気になっていたんだよね。

 電話の向こうで軽く息をつくような音がした。

 

『それねぇ……。多分幸子の事だから見栄張って言わないだろうしフランちゃんにも迷惑掛けたから、幸子に内緒で言っちゃおうかしら』

「内緒なんだ?」

『私が言ったら拗ねちゃうから、フランちゃんもお願いね?』

「うぃ」

 

 幸子って私より歳上だよね?とかつい思ってしまうのは仕方がないだろう。

 忘れそうになるけど幸子はまだ小学六年生なんだよね、しっかりしてるからイマイチ実感しにくいけど。

 

『幸子、夫にだけに346プロ行くから!って言って飛び出してきたらしいのよ。私の夫、幸子には激甘だから普通によし!行ってこい!みたいな感じで送り出しちゃったらしくて』

「え?でも346プロの寮に入って今日で2日目よね?貴方は知らなかったの?」

『共働きなの。昨日は帰れなかったのよ私』

 

 なるほど。

 つまりは純然たる幸子の暴走ってことだね。

 

『大変だったのよ?夫が余計な手続き済ませちゃったせいで346プロの方にも謝罪の電話入れて……ってごめんなさいね。愚痴みたいになっちゃったかしら』

「そんなこと無いわ。幸子の猪突猛進っぷりを知れたから良かったわ」

『普段ならこんなことしない賢い子なんだけどね、アイドルになれるって舞い上がっちゃったみたいなの。あ、これもオフレコでね?』 

「はいはい」

 

 確かに私の見てきた幸子はテンションこそ高いものの、向こう見ずってほど考え無しな訳じゃないしね。

 なんだかんだ言ってまだ小学生なのだ、幸子は。

 

「じゃあ寮は引き払って、幸子は一旦強制送還?」

『そうね。加えてあの子にはお仕置きしないとね。何せ学校もサボってる訳だし』

「順当ね。存分にやっちゃえ!」

『ええ。存分に、ね。……話題は変わるけど、フランちゃんもどうして346プロに入ったの?』

 

 憂慮がたっぷり籠もったみたいな、吐息を多めに含んだ声が電話口から漏れる。

 346プロに入った理由って……何かしらその質問?

 

「私はスカウトされたのだけれど……まるで346プロに問題があるみたいな言い方ね?」

『まあ、今の346プロって少し、アレじゃない?』

「アレって?」

 

 妙に歯切れが悪い。腐ったリンゴに触れるみたいに言葉が一瞬止まった。

 

『……フランちゃん、テレビ見たりとか新聞読んだりとかしない?』

「しないわ、普段からそういう習慣はないけれど特に最近は忙しいの」

『あ〜、アイドルって大変だものね……なら仕方ないか。あんまり気分を悪くしないで聞いてほしいんだけど……346プロって最近良くない噂が流れてるのよ』

「良くない噂、ね」

『ええ。あくまで噂レベル。言っちゃえば実態は伴ってない不確実なもの。けどここ1週間くらいはネットじゃもちきりよ』

「例えばどんなのなの?」

 

 再び躊躇うように間が空いた。

 

『まあ、横領とかセクハラとか、色々ね。中でも某三流雑誌の今週号じゃ346社内の密告者からのリークとか銘打って見出しで売ってる始末……ちょっとフランちゃんには難しかったかしら』

「……馬鹿にしないで。そのくらい分かるわ」

『からかっちゃったかしら、ごめんなさい?とにかく私は夫とは違って不安なのよ。まだ小学生で純朴な幸子を見ず知らずの人間しかいない、しかも色々とシビアな芸能界の事務所に預けるなんて……アイドルのことをバカにしてるわけじゃないのよ。それはホント』

「分かるわよ、私も芸能界に興味なんて無かったもの」

 

 携帯を耳に当てたまま思わず頷いてしまう。

 私なんてアイドルになる前からテレビを見るような生活をしてなかったし、なった今も未だにテレビなんて見ないからね。ぶっちゃけ興味だって無い。

 それでもアイドルになったのは、偏に初日に見たアイドルのステージが忘れられないからだ。

 

『そうだったの』

「ええ。ともかく幸子の事は大丈夫よ」

『……?どういうことかしら?』

「幸子は私が守るもの」

 

 幸子は私の初めてのアイドル友達で仲間だ。

 どんな事があっても守る、とまでは出来なくても私の手の届く範囲の問題なら手伝ってあげられる。私だけじゃない、下野Pもいる。

 

「それに346プロは、少なくともアイドル部門はクリーンよ」

『そうなの?』

「ええ。悪人はいないし、変な人は──────」

『変な人は?』

「───いるけど善人だから大丈夫」

『フランちゃん、本当に大丈夫よね?』

 

 いけない、脳裏に武内とか下野Pが過ってしまった。

 でも嘘は吐けないもの。私は悪くないのだ。

 

『ありがとうねフランちゃん。でもそんな気負わなくても大丈夫よ、何か困ったら私に連絡して。電話番号教えるわ』

「ええ、ありがとう」

 

 口頭で言われる電話番号を書きとると『それじゃあ幸子に戻してもらえるかしら?』と言われたので適当な返事を返してスマホを幸子に渡した。

 

 にしても、悪い噂かぁ……。

 武内や下野Pがそんなことするはずないだろうし、凡そウチの部門についてはガセなんだろうけど……。

 ただアイドル部門以外の事は私には分からない。

 他部門との接点なんてモデル部門の楓と、あと歌手部門の部長だけで。それ以外は話したことのある相手すらいない。

 何となく、まだ波乱は続きそうだなあと思いながら私はスマホを取り出した。

 




久々に書いてるので、雰囲気とか変わってたらごめんなさい。
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