嵐虎騎士ブイツー   作:疾風のナイト

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第1章

 いくつも存在する次元の中、どこかの次元に存在している世界。この世界の特質として他の世界とは異なり、この世界には善と悪の神がいた。

 やがて、自然環境と言う名の箱庭が創造され、生き物と言う名の駒が創造される。同時に駒は善と悪の神の性質によって変質する。

 例えば、善の神によって生み出された駒であるが、この駒達は基本的には人間や動植物として誕生する。

 さらに悪の神の手によって生み出された駒であるが、この駒達はモンスターに代表されるような異形な者達に変質する。

 悪意に満ちたモンスター達が人間を獲物として襲い掛かるにつれて、逆に人間もまたモンスター達のことを敵として認識するようになる。そして、人間とモンスターの間において、果てしない戦いが始まるのである。

 この世界に生きる者達は皆、自らの意志で生活していると思い込んでいるが、その実態はあくまでも善と悪の神の意志に過ぎないのである。

言い換えれば、この世界に生きる者達は自覚することなく、全てが気まぐれな神の意志に沿って生活しているのだ。

 だが、このゲーム盤上のような世界に異変が発生する。それと同時にこの異変は善と悪の両方の神にとっては好ましくないものであり、さらには世界の理を揺るがしかねないものであった。

 この日、遥か天空の彼方より、2つの流れ星がこの世界の大地に落ちてきたという。1つの流れ星、それは神々しい光を宿した流れ星であった。もう1つの流れ星、それは禍々しい光を宿した流れ星であった。

 それぞれに聖と邪を象徴するかのような全く対照的な光を宿した2つの流れ星。この2つの流れ星がこの世界にとって、大きな影響を与える存在になることになるとは今は誰もまだ知る由もなかった。

 

 この世界のリーンホースと呼ばれている辺境が存在する。但し、辺境の地方と言っても、豊穣を司る地母神を祀る神殿があり、それに合わせて催し物が開催されるため、地域としてはそれなりに賑わっている。

 そのような辺境のリーンホースにおいて、無数に存在しているダンジョンの1つ。さらにこのダンジョンの中には、小鬼と呼ばれるモンスター達が根城としている。

 小鬼と言えば、人間の子供程度の体格・力・知能しか持たず、数多く存在するモンスターの中でも最弱と呼ばれることも多い。但し、逆に言えば、一定の力と知能を持っているが故、単体であればともかく、集団戦になれば非常に厄介かつ危険な存在でもあった。同時に小鬼達の有利な場所で戦うのであれば、さらに厄介さと危険性が増すことは尚更のことであった。

 そのような小鬼達が潜んでいるダンジョン内部において、たった1人で追い込まれている女神官。今、女神官は小鬼達に対する恐怖の影響により、この場から完全に動くことができないでいる。

 このダンジョン内に女神官がいる理由。それは冒険者ギルドから受けた依頼、小鬼達の討伐以来を達成するためであった。

 ごく最近、独り立ちの年齢を迎えたため、生まれ育った神殿を出て冒険者となった女神官。少しでも多くの困っている人達を助けるべく、女神官は自らの意志で冒険者の道を選んだ。

 冒険者として登録手続きを済ませた際、小鬼の討伐の依頼を受けたパーティーに誘われ、女神官はパーティーの一行に加わることになった。

 なお、パーティーの編成についてであるが、少年の剣士、女格闘家、女魔法使いで編成された駆け出しのパーティーであった。

 このようにして、女神官を含めた若い冒険者達のパーティーは出立した。出立した後、ダンジョンを発見することに成功する。全ては順調であるかのように思われた。

 だが、ダンジョンに足を踏み入れた途端、小鬼達の強襲を受ける羽目になるパーティー一行。前方だけではなく、左右と後方の全方位からの集団攻撃であった。

 数の暴力で襲い掛かってくる小鬼達、前衛の少年剣士と女格闘家、同時に後方の女魔法使いも殺され、女神官自身も怪我を負うことになってしまった。その結果が今の女神官が置かれているである。

 やがて、ついに我慢できなくなったのか、動くことのできない女神官に向かって、襲い掛かろうとしている小鬼。その姿はか弱い乙女を襲おうとする暴漢と何も変わらない。

「っ!!」

 襲い掛かってくる小鬼を見た途端、思わず身を縮込めてしまっている女神官。そうした時、ダンジョン内で一陣の風が吹いたような気がした。

 次の瞬間、女神官のことを襲おうとしていた小鬼の胴体は真っ二つになっていた。この現場を目の当たりにした途端、女神官は言葉を発することができなかった。

 真っ二つになった小鬼の亡骸の先にあるもの、そこには只ならぬ気配を発する1人の騎士が立っていた。

 突然、小鬼達が蠢くダンジョンに現れた騎士の風貌。まるで全身が鎧で構築されているかのような格好である。特に背中からせり出している翼のような突起が印象的である。

 そして、そのような極めて異質な風貌をした騎士の右手には、独特な形状をしている金色の剣が握られている。

 不思議な気配を発している剣を握り締めており、無数に群がる小鬼達と対峙している騎士。今、騎士の意識は暴悪なる無数の小鬼達に向けられている。

 この時、無数に蠢いている小鬼達と対峙している騎士に対して、ある獣のイメージを重ねて見ている女神官。女神官が目の前の騎士に重ねている獣のイメージ、それはこの世界において東方でも最強の獣と呼び名の高い虎であった。

「ここからは私が相手だ!」

 闘争本能が激しく昂ぶっている小鬼達に向かって、高らかに宣言してみせる騎士。この騎士の宣言を聞いた途端、小鬼達の視線は一気に騎士の方に集中する。

「(ふむ……前方に10体、左右に10体ずつ、後方に10体か……)」

 夥しい殺気を発する小鬼達に包囲されながらも、敵の数を冷静かつ正確に把握している騎士。そんな騎士の佇まいはまさしく熟練の戦士そのものである。

「ならば……」

 数では圧倒的に不利な現在の状況を冷静に把握した後、その場で独楽のように回転を始める騎士。そうした最中、騎士の回転は時間が経過するに比例して速度を上げていく。

 急に不可解な行動を始めた騎士に対して、強い警戒心を抱いたのだろうか、四方八方から一斉に襲い掛かる小鬼達。

「あっ……!」」

 小鬼達に襲われそうになっている騎士に向かって、何かを言おうとしている女神官。だが、先程の出来事が思い起こされて、女神官はそれ以上の言葉が出なかった。

 すると次の瞬間、小鬼達の身に思いもしない出来事が起こる。高速回転を続ける騎士に近づこうとした途端、小鬼達は次々と上半身と下半身を切り離されていく。

 気がつけば、高速回転を続けている騎士は何時しか1本の竜巻を生み出していた。目の前の竜巻に闘争本能を刺激されたのだろうか、小鬼達は敵愾心を剥き出しに次々と攻撃を仕掛けてくる。

 だが、それも騎士の起こした竜巻の前には無駄なことであった。小鬼達は誰1人として竜巻を突破できるどころか、逆に巻き起こる風の刃でその身を寸断されていくばかりであった。

 突然、この場に現れた騎士の巻き起こした竜巻によって、多くの仲間達を失ってしまった小鬼達。本能的に危険を感じたのだろうか、一旦、騎士から距離を置く残りの小鬼達。そのような小鬼達の表情は鬼気迫るものがあった。

「凄い……」

 瞬く間に小鬼達を追い込んでいく騎士の姿を目の当たりにして、驚きと畏敬が混じった表情と共に呟いている女神官。

 目の前に現れた騎士は姿こそ異様であるが、その技量と戦闘力は極めて高い上、さらには対集団戦闘にも習熟していることが見て取れた。恐らくはどこかの高名な騎士であるに違いない。

 突然、この場に現れたたった1人の騎士によって、自らが追い詰められていることを認識する小鬼達。

 すると、急に視線を目の前に立ち塞がる騎士から別の場所に移す小鬼達。多くの同胞たちを切り刻んできた騎士から視線を移した先、それは先程まで追い込んでいた女神官であった。

 襲い掛かってくる小鬼達を前にして、怪我の影響と足が竦んで動けない女神官。今、女神官の脳裏において、先程までの一連の出来事がフラッシュバックする。

「ひっ……」

 あまりの恐怖でか細い悲鳴を上げる女神官。しかし、そんなことはお構いなしに群がる小鬼達。

 しかも、女神官に関して言えば、小鬼達の策略により、怪我を負っている状態である。最早、どうすることもできない。再び危機に陥った女神官がそのように思った時であった。

「何を下らぬことをやっているか……」

 相手側の節操のない行動に心底呆れた様子でそう告げた後、疾風の如き速さをもってして、小鬼達を次々と斬り倒していく騎士。残った小鬼達を斬り倒した後、騎士は戦いの終幕として、その手に握られている独特な形状をした剣を納める。

 狡猾な手段で冒険者達一行を全滅寸前に追い込んだ上、残る女神官に襲い掛かろうとしていた小鬼達。

 だが、この場に突然、現れた謎の騎士により、本来、優勢であった小鬼達は瞬く間に全滅させられたのであった。

「貴様達など……我が剣の前にはゴミ屑同然……」

 物言わぬ骸となった小鬼達に向かって、吐き捨てるように言う騎士。だが、そのような騎士の台詞には、小鬼達への嘲りの感情は一切感じられなかった。

 むしろ、騎士の表情は人間を平然と殺害した挙句、さらには自らの欲望のために利用する小鬼達に対する怒りに満ちていた。

「……大丈夫か?」

 小鬼達から女神官に視線を移した後、そのように呼び掛ける騎士。傷を負っている女神官の安否を確認するためであった。

「は、はいっ!」

 予想もしていなかった騎士からの呼び掛けに対して、慌てて返事をしてみせる女神官。だが、女神官が既に満身創痍の状態得あることは言うまでもなかった。

「嘘を言うな……怪我をしているだろう……」

 そう言った後、騎士はどこからか、止血用の布切れを取り出してみせる。その動作は日常茶飯事と言わんばかりに無駄がなく、同時にそれでいて迅速そのものであった。

 それから、騎士は手慣れた様子で肩に傷を負った女神官の手当てをする。その動作は迅速かつ無駄がない。

「っ!」

 騎士による手当の際、傷の痛みで顔を顰める女神官。だが、その痛みも一瞬のものであり、すぐに安堵感が女神官を包んでいく。このことは騎士の手当てがいかに的確であるかを意味していた。

「手当もすぐに終わるから我慢するんだな」

 そう言った後、さっさと手当てを済ませる騎士。手当としては簡易的であるが、日常的な行動する上では何の支障もないだろう。

そうした最中、それまで沈黙を保っていた女神官が口を開いた。

「あ、あの……有り難うございます……」

「礼に及ばない……それよりも、ここから一旦、離れるぞ」

 女神官からのお礼の言葉に対して、この場から離れるように促す騎士。ここは一旦、この場から離脱することが最善であると騎士は考えていた。

「それから、君達の身に何があったのか……まずはそのことを説明してもらおうか?」

「はい……」

 目の前にいる騎士からの質問に対して、現在に至るまでの事情を説明する女神官。この場に訪れたこと、まだ出会って間もないものの、仲間達を失ってしまった女神官は包み隠さずに話した。

「成程な……」

 女神官から事情を聞いた後、そのように呟いている騎士。すると次の瞬間、騎士は思わぬ言葉を口にする。

「結論から言っておこう……君は冒険者とかいう者に向いていない。悪いことは言わん……今すぐに冒険者を辞めるべきだ」

「なっ!?」

 騎士の口から放たれたあまりにも冷徹な一言。出会って間もないにもかかわらず、騎士からの辛辣な一言に絶句してしまう女神官。

「どうして、そんなことを言うんですか?」

「先程、君から聞いた話……それに目の前の現状を見れば、分かり切ったことだ」

 傷心状態である女神官の必死な抗議に対して、あくまでも冷徹な態度で振る舞う騎士。そして、女神官の心を抉るような騎士の言葉はまだまだ続く。

「そもそも、君は神官だろう?戦闘で言えば、前線で戦う者達を補助する役の役割を担っている。戦闘において補給役は真っ先に狙われるべき対象だ。だが、君の集団は君だけを除いて全滅した……それはどういうことを意味するか……君には分かるか?」

 必死になって抗議をしている女神官に向かって、淡々とした調子で言葉を続ける騎士。さらに騎士は女神官に宣告する。

「結論から言えば、君は自身の役割を果たすことができず、共に戦うものを死なせてしまった」

「っ!!」

 無情にもそのように断言してみせる騎士。一方、騎士の言葉によって茫然自失としている女神官。

 そう言って女神官から背を向けると、その場から立ち去ろうとする騎士。すると、騎士の後方から何かが聞こえてくる。

 すぐさま向き直ってみせる騎士。そのような騎士の視界に映ったもの、それは膝を突いた状態で泣いている女神官の姿があった。

 泣いている女神官。突然、目の前に現れた得体の騎士に反論することなく、ただただ己の無力を嘆いている女神官の姿がそこにはあった。

 騎士の言っていることはまさしく正論である。それと同時に女神官が自責の念に苛まされていることは言うまでもないことであった。

「す、すまない……言い過ぎたようだ。それならば、是非とも、私の方から君に頼みたいことがある」

 度が過ぎた自身の発言に謝罪の言葉を述べる騎士。女性しかも年端もいかぬ女の子を泣かせるなど、誇り高き騎士として恥ずべきことである。

 騎士としてあるまじき行為を深く反省した後、今度は目の前の女神官に頼みごとをする騎士。それは騎士なりの不器用な優しさでもあった。思いもしなかった騎士の言葉に女神官が反応する。

「いえ、良いんです……それよりも頼みたいこと……」

「実を言うと私には記憶がないのだ」

 騎士の口から告げられた衝撃的な一言。さらに騎士は女神官に対して、現在に至るまでの経緯の説明を始める。

「気がつけば、私は周囲が焦土と化してしまった荒野の中に立っていた。覚えていることと言えば、自分の名前だけ……非常に情けないことだが、それ以外のことは何も覚えていないのだ……」

 自分自身の事情について素直に打ち明ける騎士。その後、騎士は風のざわめきを感じて、ざわめきの元を辿るように駈け出したのであった。

 そして、風のざわめきに導かれるまま、辿り着いた騎士が目にした光景。それこそが小鬼達によって仲間達を殺害され、絶体絶命の窮地に追い込まれた女神官の姿であった。その後の行動は女神官の見てのとおりである。

 最早、自分が何者さえも分からない状況。この時、これまで冷静を維持していた騎士の表情は一瞬の間だけ、先程までとは打って変わって気弱そうな表情になる。

「もし、よろしければ、私の滞在する街に訪れてみませんか?」

 恐怖に怯えた先程までとは打って変わり、まるで迷子に手を差し伸べるかのようにして、穏やかな口調で騎士に話しかけてくる女神官。女神官は本能的にではあるが、目の前の騎士が抱えている孤独感を感じ取っていた。

「……感謝する。申し遅れたが、私の名前はブイツーと言う」

「私はマナ……マナです」

 お互いに自分の名前を名乗る騎士のブイツーと神官のマナ。簡単に両者の自己紹介を済ませた後、早速、ブイツーとマナはこれからのための行動を開始する。

「それでは早速、案内を頼もうか」

「は、はいっ!!」

 ブイツーからの依頼に対して、様々な感情が渦巻いている涙を拭った後、元気な表情で返事をしてみせるマナ。但し、そんなマナの表情は一種の強がりであり、癒えていなかった。

 何といじらしい娘なのだろうか。行動を共にしてきた仲間を殺害されてしまってもなお、必死に平静を保とうとしているマナに対して、ブイツーは敬意の念を抱かずにはいられなかった。

「よろしく頼んだぞ」

 何とか自身を奮い立たせようとしているマナに対して、改めてのお願いをするブイツー。そのようなブイツーの姿はまるで人を導く指導者のようであった。

 このようにして、善と悪の神が戯れる世界を舞台として、自分の記憶を失った騎士ブイツーの戦いの物語は幕を挙げたのである。それは同時に未知なる世界の命運を揺るがす戦いの幕開けでもあった。




この話は“「ゴブリンスレイヤー」の女神官の出会った相手が別の相手だったら?”をコンセプトに考案した作品です。
元々、話はある程度組んでいたのですが、時間と労力が必要になることが分かったため、お蔵入りとなっていました。
しかし、最後の春巻きさんの↓の作品に刺激され、読み切り形式の短編小説にして、投稿することにしました。
https://syosetu.org/novel/187891/1.html
ちなみにゴブリンスレイヤーの世界観をベースにしていますが、主な変更点があります。
①キャラ等に固有名詞が与えられている
②コブリンが小鬼と表現
③グロ描写の大幅な省略
これは主人公がSDガンダムのキャラクターであることに起因しています。

ちなみに主人公のブイツーですが、実は相当な悪者です。
何故ならば、原作の作品では「幻魔皇帝アサルトバスター」を名乗り、悪事の限りを尽くしてきました。しかも、洒落になっていないレベルです。
このため、新しく生まれ変わったブイツーが自らを見つめ直し、過去に犯した罪と向き合っていくという流れを想定していました。

もしも、興味や疑問等があれば、気軽に連絡してください。

長々となりましたが、これで私のあとがきとさせていただきます。

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