ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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グッバイ・ブルースカイ
罪と罰①1998年12月~


1998年12月初旬

 

 外は木枯らしが吹いていた。日差しはあるが風は突き刺さるように冷たい。冬の柔らかい日差しはぼんやりとした陰影を作って昼下がりのカフェに差し込んでいる。大通りに面したカフェでは冷たい風から逃げてきた人がちびちびとエスプレッソを啜っていた。

 

「なんか…雑誌で見たんですよね。ノートルダム…?の大予言っていうのが流行ってるらしいって…。知ってます?」

 

 紫色のセーターの少年はジェラートを食べながら向かいに座っている人物に話しかけた。相手は小さく顔を横に振った。少年と同じくらいの体格で、赤毛がとても美しい。だがそれ以外は全体的にみすぼらしかった。

「なんか来年の夏、世界が終わるらしいですよ?なんでかわからないんですが…でもそもそもなんで流行ったのかさっぱりだけど。えーと、それで、あなたは…」

 少年は手元の履歴書に目を落とした。メモには

 

ヴォート・ブランク vuoto blank

 

 とだけ書かれていた。他の欄はすべて白紙だ。

 

「ブランクさんは、来年世界が終わるならなにかしたいことあります?」

 ブランクと呼ばれた相手はしばらく無言でいた。少年は困ったような顔をしてジェラートを一口、ぺろりと舐めた。するとブランクが急に言葉を発した。

()()()()()()()

 少年は次の言葉を待った。しかしブランクはそれ以降黙りこくったままだった。

「え?…困ったな。ええと、今日は面談、ということで来たんですよ、ぼく。貴方が組織の親衛隊に入りたいと言うから。間違ってませんよね?」

「はい。僕は空っぽなので、何か仕事が必要です」

「じゃあ貴方には何ができるんですか?」

「僕は何にでもなれます」

「何にでも?」

「何にでもです」

 

 ブランクは出されたコーヒーに一口も手を付けてなかった。少年と同じ味のジェラートはもうほとんど溶けて液体になっている。

 

「…食べないんですか?」

「指示をしてください」

「指示がないと何もできないんですか?」

「それが僕の美点です。僕は空っぽなんです。やりにくいですか?」

「えー、まあ、正直」

「手を見せてくれますか?」

「え?」

「手を見せてください」

「は、はあ…」

 

 少年は渋々手のひらを上にして見せた。ブランクはそれをじっと見てから「触れます」と言ってまるで手相でも見るかのようにじっくりと少年の手を触った。

 そして手を離すと、急にヘラっとした笑顔を作って話し始めた。

 

「僕はヴォート・ブランクっていいます。仕事を探してて…で、ドッピオさん、あなたの属してる組織だったら僕の能力を活かした仕事につけるかなって思ったんですよ」

「能力っていうのは、その急に明るくなる性格?」

 ドッピオと呼ばれた少年はその変貌に驚きながら尋ねた。

「それは僕の特技です。僕は手相を見ると、その人の性格がなんとなくわかります。貴方がやりにくそうだったので、貴方っぽい性格になってお話しようと思いました」

「じゃあ貴方は今ぼくっぽく喋ってるってこと?」

「ええ。僕自身は空っぽなので」

「えー?ぼくってそんな笑顔するかなぁ…」

 ドッピオはちょっと引きながらもさっきよりかはマシだと思い質問を続けた。

「じゃあ能力っていうのは?」

「僕はスタンド能力者です。あなたに連絡をとってくれた幹部の方に紹介されたのです。こういう特殊能力を持った相手とは何度か会ったことがあります。僕は他者の能力をコピーすることができるんですよ」

「…それは、どうやって?スタンドの発動条件は?」

 ドッピオは声を潜めて聞いた。

「スタンド能力を発動している相手に触れることです。コピーした能力は相手が生きているかぎりいつでも使えますが、同時に2つのスタンドを操ることはできません」

「それは…強い、ですね…。でも普通、そういう能力のことは他人に絶対秘密にしますよ?いいんですか、ぼくに言って」

「はい。僕には主人が必要なんです。僕は空っぽなんです。指示をくれる人が必要なんです」

「なるほど…えっと…」

 ドッピオはしばし考えるように顎をさすった。ブランクはコーヒーをぐいっと飲んでから溶けたジェラートを啜った。

 

とぅるるるるるるるん…

 

「あ、ちょっと…ちょっといいですか?」

 

とぅるるるるるるるん…

 

 ドッピオはキョロキョロと周りを見回し、カフェの出入り口付近に公衆電話があるのをみつけた。

「電話が」

 

 どたどたと椅子を蹴っ飛ばして、ドッピオは受話器をとった。

 

「もしもし、ドッピオです」

『私のドッピオ。どうだ?入団希望者というやつは』

「ボス!ええ、今ちょうどやつの能力について聞きました。弱いのか強いのかちょっとわからないんですが…」

『いいや、十分強い。強い能力をコピーすればな。それに…あの奇妙な性格。自分が無いというのはなかなか興味深い。使えるかもしれない』

「そうですか?ぼくはなんか不気味ですよ…親衛隊に突然入れるのはどうかと思うなァ…」

『入団は許可しろ。ただしその性格と能力が本物か試す必要がある。いいか、やつに与える任務は…』

「ああ、ええ。なるほど。わかりましたボス。それでは…」

 

 ドッピオはどこにも通じていない電話を置き、席に帰っていった。ブランクはジェラートの器を口に当て完食、いや完飲していた。

 

「あなたの仮入団を認めます。親衛隊に入れるかは試験を終えてから決めます」

「本当ですか?試験かぁ…緊張します」

 ブランクは器をおいて口をナプキンで拭った。ドッピオはぐっとブランクに顔を近づけて囁いた。

 

「まず、組織の基本的なルールと構造についてはぼくがこのあと説明します。そして肝心の試験なんですが…」

 

 

 


 

 

1999年1月

 

 賑わったレストランではディナーショーがたった今終わった。特段有名でもない歌手のワンマンショーだった。

 レストラン『グロリア』ネアポリスではありふれた、高級感はあるが高級ではないレストランだ。中流階級がちょっと贅沢する日に行くようなところというのが適切なたとえだろう。

 そこで8人の男がテーブルを囲み、大してうまくなさそうに料理を食べていた。

 

「おせーなリゾットの野郎はよォ〜〜自分で指定しておいて、前菜どころかメインディッシュにも間に合わねーってどういうことだ」

 巻き毛の男がひどく苛立った様子で言った。横に座っている男が呆れた様子で横目で見ている。

「遅れるって連絡あったろーが」

「あ、兄貴…でも何かあったとしたら…?」

「ペッシ。おめーリゾットに、よりにもよってリゾットに何かあるわけねーだろ。あるとしたら今日来るっつー新入りがなんかあったんだよ。違いねえ」

「新入りね」

 髪を短く刈り込んた男が嘲るような調子で言った。

「新入りが来ても分前は人数分増えねーっていうのによぉ…」

「ご、ごめんよ…」

「おい、イルーゾォ。ペッシはきちんと仕事こなしてるだろうがよ。お前だってこの前…」

「あ?なんだよプロシュート。別にペッシが悪いなんて言ってねーだろーが。ああ?」

「集まるといつもこうだ」

 彼らはパッショーネの中で暗殺を請け負うチームのメンバーだ。全員が全員スタンド能力を持ち、組織に歯向かうものを秘密裏に消している。

 報酬の話以外で全員が揃うことは新入りが入るときか、誰かの葬式くらいだ。そしてリゾットが遅刻するということは今までにないことだった。

 皿が下げられ、デザートのスフレが出てきたときにようやくリゾットと噂の新入りがやってきた。

 

「すまない、待たせたな」

「おいおいおせーよ。何があったんだよ?」

「ああ、調整に手間取ってな」

「調整い?」

「ああ。紹介する。新入りのヴォート・ブランクだ」

 

 リゾットの後ろから遠慮がちに小柄な人物が前へ出てきた。肩くらいまでのセミロングの赤毛がやけに綺麗だった。だがそれ以外はパッとせず、これと言って特徴が挙げられない冴えない容姿をしていた。強いて言うなら不安げに全員を見る猫目が特徴だろうか。

 身長が低いせいか、それとも顔立ちがあどけなさを残してるせいか、何歳なのかも掴みかねる。老け顔の10代と言われればそう見えるし、童顔の30代と言われてもなるほどと納得できそうだ。髪も長いせいで女々しく見えるが、顔つきだけ見れば男にも見える。

 なんとも掴みどころのない容姿だ。

 

「ヴォート・ブランクです!どうぞよろしくお願いしますッ!頑張ります!」

 

 まだまだガキじゃねえか、と言いたげにギアッチョがブランクを見た。しかも超地味なガキ、と。

 

「お前ら、きちんと挨拶しろ」

「…あー、新入りクン、とりあえず座って食えよ。もうデザートだけどよ」

「ハイッ!恐縮です」

 イルーゾォが自分の隣の空席の椅子を引いてやった。ブランクはペコペコしながらそこに座ろうとする。ブランクが尻を椅子におろそうとした瞬間、イルーゾォは椅子を思いっきり引いてブランクは床にすっ転んだ。

 どっと笑いが起こった。リゾットだけが呆れ気味に額を抑えため息をついた。ブランク本人はきょとんとして床から笑い死にしそうなイルーゾォを見ていた。

「いや、すまねーな。立てるか?」

「いえ!問題ありません」

 ブランクはイルーゾォの悪意に全く気づくような素振りも見せず、さっと立ち上がり椅子に座り直し、皿に乗ったオレンジをぺろりと食べた。拍子抜けしたイルーゾォをホルマジオが愉快そうに見てる。

「とても美味いオレンジです!」

「ぷっ…ハハハ!なかなか根性あるヤツじゃねーか!どこで拾ってきたんだ?」 プロシュートが笑いながらリゾットに聞いた。

「ああ…情報部のやつの紹介でな」

「っていうと…ムーロロってやつか?」

「ああ」

「はい。ムーロロさんにはとてもお世話になりました」

「ムーロロに世話になってんならよお〜〜、なんで暗殺チームに回されてんだ?」

「ハッ!それは僕がとんでもなく機械音痴だからであります」

「最悪だな!バカなのかお前」

「残念ながらそのようです」

「よかったなペッシ、お前にも弟分ができて」

「いやー…オレにはちょっと荷が重いよ、兄貴みたいになれるかわからないから……」

「そういうのを人前でいうんじゃーねーよ。ったく…」

「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」

「ああ。…ちょっとお互い話していてくれ。電話だ」

 

 リゾットが席を立つと、今まで不機嫌そうに黙っていたジェラートが口を開いた。

「てめー、誰の下につくんだ?お荷物ひかされんのは誰なんだよ」

「まだそのような指示は受けてません!」

 ついでソルベがいかにもトゲのある感じで言った。

「っていうか気になってたんだけどよぉ。お前男なのか?女なのか?紛らわしいナリしやがって」

「…?僕の性別が何か問題でしょうか」

「女だったらオレたちは絶対にテメーと組む気はねえ。嫌いなんだよ女って、やかましくて弱っちくて」

 ジェラートはソルベと視線を交わした。その様子を見てプロシュートが呆れ気味にいった。

「お前らと一緒にやりたいやつなんていねーっつーの」

「僕は指示さえいただければなんでもやります!お二人には近づかない、受諾しました!」

「なんかおめーまともじゃねーな」

 ギアッチョがかなり不審そうな眼差しでブランクを眺めた。同じようにブランクを見ていたメローネが急に提案した。

「とりあえずそのダッサイ服と髪の毛何とかしたらどうだ?」

「確かに」

「クソダサい。死んでも隣を歩いてほしくない」

「そ、そこまでダサいでしょうか?」

 わいのわいのとブランクの服装に対する文句がでてきたころ、リゾットが電話から戻ってきた。

「紹介はすんだか?」

「だいたいすんだぜ」

 とイルーゾォがしれっと嘘をついたが、リゾットは別に気にしてないようだった。

「こいつの面倒はひとまずイルーゾォ、ホルマジオ、おまえらが見ろ」

「は?なんでだよ!?」

「ニコイチで面倒見れそうなのお前らしかいねーだろ」

 ソルベが笑いながら言った。暗殺チームは任務の際二人一組で動くことが多い。今はソルベとジェラート、プロシュートとペッシ、メローネとギアッチョ、そしてイルーゾォとホルマジオがよく組まされていた。確かにこの中だと二人共経験が長く安定し、比較的社交性があるのはイルーゾォとホルマジオだった。

「ははぁ!よろしくお願いします!先輩方」

「クソッ…みそっかす掴まされるとは!」

「ブランクはなかなか面白いぞ。…とりあえず今日のところは解散だ」

 

 リゾットの鶴の一声で全員がコーヒーを飲み、レストランから出た。ホルマジオは任された手前仕方なくブランクに尋ねた。

「で、お前家は?本部にとまんのか?」

「いえ!僕はこれからムーロロさんとお別れパーティーなので!明日!また明日からよろしくお願いします!」

「おいおいおい、甘ったれてんなぁ」

 イルーゾォが意地悪げに言うと

「へへへ…」

 なぜかブランクは照れた。

「は?全く褒めてねーよ…」

 

 こうしてヴォート・ブランクは暗殺チームへの潜入を開始し、ボスから提示された本当の入団試験がはじまった。

 


 

 

「で、どうだ。うまくやってけそうか?」

 ブランクはこくこくと頷いた。

 目の前に座ってる男はカンノーロ・ムーロロ。パッショーネの情報技術チームにいる男だ。ギャングと言われて人々が想像するような服装をしている。

 二人がいるのはモノで溢れかえった倉庫で、ムーロロの拠点の一つだ。遠くで船の汽笛の音が聞こえる。二人はプラスチックケースに座って向き合っている。

 ムーロロはゆっくりワインを飲みながらほとんど反応のないブランクに話しかける。ブランクは虚ろな目をしてグラスを持っているだけだった。

「あっちでは何になってるんだ?」

「…この前空港で荷物を持ってくれた少年です。リゾット・ネェロに社交的な人物になれといわれた」

「そうか。うん、当たり前だがそのまま行ったらどこでもやってけねーよな。ボスの試験の方はどうだ?」

「裏切り者を突き止めることです。多分すぐに終わる」

「へえ。予想では誰だ?誰がボスの正体を探ってる?」

「ソルベ、ジェラート。他のメンバーより排他的で親密。あなたのデータ通りです」

「よしよし、じゃあすぐに親衛隊入りできるはずだな。いい調子だ」

 ブランクはうなずく。

 

「お前のホントの仕事は?」

「いずれボスの腹心になること」

「いい子だブランク」

「僕は何にでもなれる」

「その通りだ」

 

 誰にも正体を明かさないボスにどこまで近づけるか。ムーロロが今トライしているゲームだ。と言っても本気でボスの正体を知りたいわけじゃない。

 ただ退屈だったから。賭博やスポーツじゃもう微塵も心躍らない。本当にスリリングで頭を使うゲームを思いついたときはまだ始めてもないのに勃起しそうになった。

 

 このブランクはだいぶいいところまでいけるはずだった。

 

 なんにでもなれる人格と、それを写したかのようなスタンド能力。ブランクのスタンド、ミザルーは他人の能力をコピーし、本体が生きている限りストックしておくことができる。そう、能力をストックできる。ここがブランクの最大の強みだ。その能力の情報はいずれ大きな力になる。

 

「長いゲームになるかもしれんが、覚悟はできているか?」

 ムーロロはブランクに問いかけた。

()()()()()

 ブランクはムーロロをまっすぐ見つめ返し、質問を質問で返した。

 

「そりゃできてるよ」

「なら僕もできてる」

 

 

 

 

 

 


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