2000年10月20日
ブランクとペッシはよく遊んでいた。
とはいえブランクの家には何もなかったから、遊ぶと言っても特別なことはしていない。
ペッシの家でぼーっとサッカーやゴルフや、ルールもろくに知りもしない、興味もないスポーツ番組をかけながら、だらだらピザやスナックを食ってるのみだ。あるいはテレビゲームをするか。
ペッシのほうがほんの少しチームに入るのが早かったから、ブランクはいつもペッシを立てていた。だがペッシからしてみれば、人を殺したあとに平気でピザを食ってコーラを飲み干すブランクのほうがよっぽど先輩に見えた。なのに下手に出てくるので、すごく座りが悪かった。
「ブランクは…初めて人を殺したときどうだった?」
「“どう”ってなんすか?」
「気持ちっつーかメンタル?っつーか…そういうの」
「どうだったかな…」
ブランクは昔話が異常に下手だった。自分でもうまく思い出せないらしく、思い浮かんだ単語がぽつぽつと出てくるくらいで収穫がないのが常だったが、それでもペッシは知りたかった。
ブランクは数分のロードを経て、ぽつぽつ話し始めた。
「やれって言われた…そう、冷たいタイル…。排水溝があって…。あっちはナイフ、僕はなんだっけ…」
「殺れって誰に言われたんだ?」
「……わからない」
「ブランク…それって…」
ペッシは口をつぐんだ。地雷に足を突っ込んだ気分になって、思わず謝った。
「ごめん。忘れてくれ」
「いや〜…あんま覚えてなくて…すみません」
「いいや。…オレ、プロシュート兄貴にいっつも言われんだ。お前にはまだはえーって。なんでだと思う?」
「うーん…僕にもそれはわからないです。でも、プロシュート兄貴はペッシ兄貴を大事に育成してますし、教育の一環なのでは?」
「そうかな…オレ、兄貴の足を引っ張ってんじゃねーかってずっと思ってんだ」
ペッシは手を広げてブランクに見せた。ブランクはきょとんとしながらもその手のひらをじっと観察した。
「ブランク、お前にはわかるんだろ…手を見れば、そいつがどんな人間か。なあ、オレって兄貴が期待してるようなヤツになれるのかな」
ブランクはスタンド発動時に限り、相手に触れることでスタンド能力をコピーできてしまう。
イルーゾォをはじめ他のメンバーからは“スタンド使ってないときもぜってーオレに触んな!”と厳しく言われているので、ペッシの手にも触れはしなかった。
「………僕がわかるのは、今のペッシ兄貴のことだけっすよ。ペッシ兄貴、手にタコができてる。あと汗っかきですね?ビーチ・ボーイを握ってるとき、とても緊張してる。そしてプロシュート兄貴の期待に応えたいと強く願ってる」
「それはわかってるよ。オレ、気がちっちゃいしカンも悪いし、ここぞってときに思い切りが良くないんだ。そんなんでよぉ〜…プロシュート兄貴みたいになれる気がしないぜ」
「仮に触れてもペッシ兄貴がどうなれるかは僕にはわかりません。でも願いの強さは実現へつながる力になると思います」
ブランクはうまいことそうまとめ、ニコリと笑った。だがペッシは全然励まされた気分になれず、しょんぼり項垂れた。
「なりたい目標が高すぎるんだよなァ…」
ブランクはちょっと寂しそうな顔をしてペッシを見つめた。
「僕はペッシ兄貴が羨ましいです。なりたい自分があって、努力してる。それってすごいことだと思います」
「お前にはないのか?目標とか」
「ないです。僕は…空っぽですから。何もないんです」
ブランクは目を伏せた。こいつはたまにこういう顔をする。好きなチームとか、好きな音楽とかを聞いたとき、適当な流行り物の名前を答える前。そういうときにひどく寂しげな顔をするのに、ペッシは気づいていた。
「…なあブランク。握手しようぜ」
「え…」
ブランクはびっくりしてこっちを見た。ペッシは自分の青臭さに赤面しそうになりながらも自分の考えを言葉にしていく。
「何もないなんてさ、絶対そんなことないと思うんだ。だってよぉー、オレたち新入りだし、まだまだこれからだって思わなきゃやってけねーよ。きっとこれから、オレたち何かになってくんだ」
「…これから………」
ブランクが恐る恐るペッシの手を握り、ペッシはそれをぐっと力を込めて掴んだ。
「……なれる…といいな…」
「なんだ、そんなとこに隠してあったのかよ」
ミスタは声が聞こえた瞬間、ディスクに伸ばした手を引っ込めて銃を取った。そしてその声がした方へ向けて引き金を引く。
だが判断を誤った。釣り針の狙いははじめからディスクだったのだ。
露出したディスクは暗闇へ飛んでいき、声と反対方向、駅の入り口の方から現れた手にー小指のない手にー回収された。
「写真だけ渡されてもよォ〜。わかるわけねーよなぁ、こんな隠し方されちゃあよォー。だったら、はじめっから場所を知ってるやつに任せたほうがいいよな?そう思わねーか」
「テメーは…」
ミスタは再び銃を構えた。シャッターの降りた駅入り口にはつい半日ほど前対峙したときと全く違ったオーラを放つ釣り竿の男、ペッシが立っていた。
「まさか…この場所に来るなんてッ…!」
フーゴはそれを見て思わず動揺を口にした。言葉は白い息となり、途端、寒気がした。恐怖とか武者震いじゃあない。単に気温が下がっているのだ。
ギギ、と背後からなにか固いものがこすれる音がした。
「テメーはパンナコッタ・フーゴかァ?」
背後に立っていたのは男だった。ひどいくせ毛の眼鏡の男がほんの数十センチ後ろで自分にささやきかけている。フーゴはほとんど反射で足を振りかぶった。いや、振りかぶろうとしてそれができないことに気づいた。
足が地面から全く動かないのだ。自らの足元を視認して、ようやく何が起こっているのか理解した。
凍っているのだ、足元が、地面が。
「あのデコっぱちはよォー…『この作戦、まさに!漁夫の利』とか言ってたけどよォ…」
男は真っ白な奇妙なデザインの全身スーツを着ていた。まさかこれがスタンドそのものなのだろうか。男は顎に手を押し当てながら急に話しだした。
「完ッ全に誤用じゃねぇか!上げ膳据え膳だったらまだわかるぜ。現にリストランテかよってぐれー簡単に目の前に目当ての品が出てきたんだからな…。だがよォー、漁夫の利じゃあディスク取られちまうのはオレたちじゃあねーか!クソムカつくぜ!なんでわざわざ仕事の前にボケてく?!それとも本気で言ってたのか?!なにが『まさに!』なんだよッ!意味わかんねーーーぜッ!クソが!」
男は地面を激しく踏みしめキレ散らかす。
「パープル・ヘイズ!」
フーゴは自身のスタンドパープル・ヘイズを発動させる。
パープル・ヘイズの拳には両手合わせて6つのウィルス入りカプセルがある。だが昼のマン・イン・ザ・ミラーとの戦いを経て、現在拳には毒のウィルスのカプセルがたった一つしか残っていない。ウィルスの充填には一日かかる。
つまり今のフーゴには最大の武器、殺人ウィルスがない。
ならば、いやだからこそ。背後数十センチという距離でも近距離パワータイプのパープル・ヘイズでぶっ叩けば相手はひとたまりもないはずだ。
絶対、カプセルのある左手は使うなよ。と念じて拳を振り抜く。
「ぐぁるるるるるるる!」
「うおッ…?!」
パープル・ヘイズの不意打ちに対応できず、男は攻撃を完全に受けた。だが顔面にほんの少しヒビが少し入っただけだ。
さらにパープル・ヘイズの拳がどんどん足元同様に凍りついていく。
「この硬さ、そして冷たさ…まさか身に纏っているのか?
「イルーゾォの死体の溶け方は薬品か毒か、なんだかわかんねーが…、こーやってテメーの周りの空気ごと氷漬けにしちまえば心配しなくて済むな」
ギアッチョはそんなフーゴを見てニヤリと笑った。フーゴの体はすでに半身凍っている。
「どーだ?なんもできねー気分はよぉ。そのままテメーの仲間がぶっ殺されんの、氷漬けのマンモスみてーにぼんやり眺めてんだな!」
フーゴは自分の死を確信した。この男に、自爆覚悟でウイルス入りカプセルを叩きつけてもおそらく無駄だ。パープル・ヘイズのウイルスは超低温で生き残るような強いものではない。
警戒を怠った。
敵はディスクの存在を知る由もない。知っていたとしてもトリッシュの方に人を割くだろう。
そんな思いが自分の中にあった。
「とっとと片付けるぜ!」
ペッシはディスクをポケットにしまってからすぐさま釣り糸を振りかぶった。ミスタはすかさず撃つ。
弾丸はペッシの頭を完全に捉えた…はずだった。
「あぁッ?!一体…ッ?」
ミスタが声に出すよりも早く、ビーチ・ボーイの釣り針がミスタの銃を持ち上げた左腕に心臓めがけてはいってくる。
「チッ!」
ミスタは暗闇に目を凝らす。するとペッシの周り、特に急所の付近になにかキラキラと輝くものがあった。
『ミスタ!アイツノ周リニ氷だ!氷ガ浮イテヤガル!ソレデ狙イヲソラサレタッ…!』
ピストルズの報告に、ミスタは心の中で呪詛を吐き散らす。
まさかトリッシュをさらってる方じゃなくてディスクの回収にこんな強い能力をもつ二人を裂くとは思ってなかった。
「…狙いが逸れちまったな…一朝一夕じゃダメだな。でもよォー、針は侵入した!オメーはもうおしまいだッ」
ミスタはすぐ腕を振り回し、釣り針の進路をめちゃくちゃにしてやろうと足掻いた。
前回と明らかに違う。心臓へ直に狙いを定めてきた。銃を構えていたおかげで腕で止まってるが、そんなのちょっとの時間稼ぎにしかならない。
相手はどうやらこっちの想像もつかないほどに
「だけどよォ…こっちだって命懸けで本気なんだよッ!」
ミスタはまた撃った。今度は自分の腕にはいってる糸に向けて。
「バカかおめーーは!ダメージはテメーに返ってくるんだよ!忘れちまったのか?」
ペッシは一気に心臓へ針を進めた。
「ああ、しっかり覚えてるぜ…そんでオレは、何も糸を切ろうって撃ったんじゃあねえ。むしろ逆だ。
ミスタの心臓を今まさに引きずり出してやろうとしたその時だった。ペッシのビーチ・ボーイの竿先端が突如バチンと音を立てて爆ぜた。
「グッ…う、うわァああーーッ!オ、オレのッ…ビーチ・ボーイが…」
ミスタは弾丸を糸伝いに、糸に沿わせて発射したのだ。ピストルズは見事糸を伝い、竿そのものを破壊したのだ。
本体へのフィードバックでペッシの頭部にも大きな裂傷ができる。
支柱を損傷した糸はたるみ、針はミスタの胸からポトリと落ちた。
「氷の盾だってよォ…!この距離じゃ自在じゃねーだろ!頼んだぜピストルズ!!」
ミスタは銃を乱射する。胴体、頭、どこだっていい。とにかくペッシめがけて。
「こっこれしきの……これしきの怪我がなんだってェーーんだよ!ミスタァッ!」
ペッシは竿が折れてもなおビーチ・ボーイを振りかぶった。糸はまっすぐ、ミスタの心臓めがけて飛んでいく。
「ガッツあるじゃねーかペッシィ!」
ギアッチョはもうフーゴを脅威に思っていなかった。ペッシのまわりの氷の壁をより強固に、弾丸から守ろうと意識をそっちへうつしたその瞬間。
「ぼくは…ッ」
フーゴが叫んだ。
「ぼくは自分のミスは自分で贖うッ!ディスクは必ずぼくたちが手に、入れる!」
「ああ?冥土で言ってろよバァアーーカ!」
ギアッチョがフーゴをコケにしてやろうと笑うと、
「は?な…何やってんだテメー!」
フーゴは自分の左手をパープル・ヘイズに食いちぎらせた。本体が傷ついたのと同様、パープル・ヘイズも左手が切断されている。
そしてパープル・ヘイズにその左手を思いっきり投擲させた。
「チッ…そんなことして何になんだ?バカが!血液で氷の盾をマーキングでもしようってハラか?無駄なんだよ!飛んでる血液だってホワイトアルバムにかかれば一瞬で凍るッ!」
「ああ…でもおまえが勝ち誇った一瞬の油断のおかげで…手、そのものは……
かしゃん
と、脆いものが砕ける音がした。
「あ?」
パープル・ヘイズ、最後の一個のカプセルがついた左手がペッシの足元に落ちて砕けた音だった。
「なんだ?手…がなん…ッう、ううぅーーっ?!」
ペッシの釣り竿を握る手に、一瞬でおぞましい水疱が発生する。
2000年10月7日
夕暮れだった。
街のビルの一角、小さな事務所。窓から漏れてくる夕日は真っ赤で、部屋の中の真っ暗な影を分断し、そういうデザインなのかってくらい美しいコントラストを描いている。
プロシュートは影になってるソファーに座り、ゆっくりとタバコを吸った。プロシュートはあまり吸うタイプではないが、たまに、こういうなんかキレイな光景に出会ったときはそれごと味わうようにタバコを吸うのだ。
「兄貴…どうしてオレに“仕上げ”をさせてくれねぇんですかい」
ペッシは床に転がった老いて干からびた男を見て、恐るおそるプロシュートに尋ねた。プロシュートは当然のことを言うような口調で返す。
「あ?それはオレがやれるからだ。やれるやつがやんのが1番いーだろ」
「そ、そういうことじゃなくてよォ。ブランクは、オレよりあとに入ってきたのにバンバン仕事をしてる。オレはいつも兄貴に頼ってばっかで、全然役に立ってなくて…」
「ペッシ、ペッシ、ペッシ、ペッシよォ。お前は十分役に立ってんじゃあねーか。何も手を下すのがイコール仕事じゃない」
「でも、ブランクはオレより年下なのに何人も殺ってる。オレはまだ…」
プロシュートはどんどんしょぼくれてってくペッシにため息を吐き、タバコを床に押し付けて消してから立ち上がり、いつもやるように頭をぐっと固定して顎を撫で回す。
「ペッシ、ブランクとお前は違う人間だ。お前はいつ誰を殺すか、自分で決めるべきなんだ。仕事だから、任務だから、言われたから。そんなので暗殺者なんてやるべきじゃあない」
「…?でもオレは暗殺チームですぜ」
「だから、その意識がマンモーニなんだっつってんだろーが、ペッシ。お前はまだ幸せなんだぜ。多分ブランクは…自分じゃ決められなかったクチだ」
「そうなんですかい?」
「勘だがな。悪いとは思っちゃいないぜ。…だが、オレはお前にはそうなってほしくないんだよ、ペッシ。自分でそういう覚悟を決めて、初めて"殺し"が完了するんだ」
だとしたら、とペッシはふいに思った。
「…兄貴は、どうだったんですか?」
「さあな。忘れちまったよ」
「ふッ…ふざけやがって!!」
ギアッチョはすぐさまペッシに向かって走り出した。だがペッシの腕はもう溶け始めている。
「ギアッチョ!!受け取れッ!!」
ペッシはミスタへ投げていた釣り針を引き戻す。そのせいで腕が溶けて崩れ落ちた。だが片腕になりながら、ギアッチョにむけてディスクをひっかけたビーチ・ボーイを投げ渡した。
ギアッチョがそれをしっかり掴んだ途端、糸は撓んで地面に落ち、消えた。
ミスタの弾丸がディスクを追いかけるようにギアッチョに命中する。だがホワイトアルバムの厚い氷の装甲はそれを容易に弾く。
「まさかよぉ…ペッシが目の前で殺られるなんてよォ〜……テメーら、ぜってー生きては返さねぇぜ!」
フーゴの体が一気に凍った。もう顔の一部しか露出していない。このままじゃすぐに凍死してしまう。
更にミスタの下半身も急速に冷やされ、固定される。だがミスタは冷静に、ありったけの弾をギアッチョへ撃った。
「学習能力ねーのかテメエーーはよォーッ!ホワイト・アルバム・ジェントリー・ウィープス!」
ぎゃりぎゃりという音を立て、弾丸は凍った空気の壁を跳弾し、ミスタへ返っていく。
「うごッぁ…!」
ミスタに跳ね返った弾丸は4発。すべてどてっぱらに叩き込んでやった。
「4…発?4発だと?あいつは全弾…」
「や、やっぱ…4って数字は縁起わりーぜ………でも考えようによっちゃ…2発は狙い通り、届いたってことだもんな。…テメーのすぐ後、オレたちの乗ってきたバイクによォ…!」
「なッ」
爆発炎上。その瞬間的な空気の圧縮はジェントリー・ウィープスを使用しスタンドエネルギーを消耗しているギアッチョには凍らせることが出来ない。
爆音が真夜中のヴェネツィアに轟く。
まず異変に気づいたのはブチャラティだった。
「今…。外から変な音がしなかったか?」
「外ですか?」
ジョルノはハンドルを握ったまま周囲を見回す。車は鳥の目指す方向へ向かって狭い道を進んでいる。地面が荒れた石畳なせいで車はゴトゴトと揺れ、本当に妙な音がしたのだとしても気づくのは難しそうだ。
「わかりません。ですが鳥の目指す場所がはっきりわかってきました。おそらくこの通りをまっすぐいって、左の方に曲がれば…」
トン、
「やはり!上だジョルノ!敵は車の屋根にいるッ!」
ジョルノはブチャラティの警告を聞いてすぐに車の窓を閉め、内側から施錠する。
「アバッキオ!」
ブチャラティはすぐさま亀の中の二人を確認した。だがもう二人の影はない。
「敵はもう中に侵入しているぞッ!ジョルノ!」
「敵は部屋の中の家具のどれかに化けているはずです。おそらくアバッキオ、ナランチャも同様に何かに組み替えられている…!」
アバッキオ、ナランチャを組み替えました。
ですがブチャラティ、ジョルノに亀の中にいることを気づかれました。
「何?…敵は二人か?だったら…姿を見られても構わない。車をクラッシュさせろ。とにかくスキを作るんだ」
車をクラッシュ。了解
「亀の中に入るのは自殺行為だ。だがこのままでは埒が明かない。もたもたしていると物質になった人間を殺しかねないな」
ブチャラティはしばし考えた。
敵の分解方法はアバッキオのリプレイで予習済だ。敵は直に対象に触れる必要がある。そして体が分解されるまでいくらか間がある。
「今すぐ、敵スタンドをこの亀の中から出さなきゃならない。ジョルノ、オレが今からそいつをここから釣り上げる」
ジョルノは一瞬ブチャラティの意図がわからなかった。だが亀のスタンドの性質、キーを外した場合に“生きているものだけ排出される”ことを思い出し、頷く。
ブチャラティは亀の中に腕を伸ばした。部屋の壁に手をかけたその瞬間、アバッキオのリプレイで見たとおりに分解される。
「だがこの攻撃は予習済みだ」
ブチャラティはすでに腕をジッパーで切り離していた。
ブチャラティは分解されつつある腕でテーブルをしっかりと掴んだ。そしてジョルノはキーを取り外す。
物質に分解されている最中の“生きた”腕ごと、テーブルが排出される。
ー
メローネ、ブチャラティを分解していたら、キーを外されました
ブチャラティごと引きずり出される
どうしますか?
どうしますか?
「それなら都合がいいだろうが。出た瞬間、ジョルノを殺してそれから亀とキーをぶっ壊せ。そしたら任務は完了だろーがッ!」
ジョルノを殺す。亀を殺す
了解
リゾットとムーロロの元に訪れたノックの主は返事も聞かずにドアを開けた。木の軋む音とコンピュータのぶーんというファンの音が静寂に響く。
「予期せぬ来訪者だな。この場合、わたしが、だが」
隙間からぬるりと入ってきたのはやけに顔色の悪い、やけに骨ばった男だった。気味が悪い、とリゾットは心の中で吐き捨てた。ムーロロはひゅぅっと息を吸って、明らかに恐怖を感じていた。
リゾットは尋ねる。
「お前は誰だ」
「それはこっちのセリフだが…」
男はそう返す。ドアを完全に開け放ち、こちらをじっと観察している。
リゾットはそれ以上入って来ようものならすぐさまメタリカで攻撃しようと、乱入者を牽制する。
「ムーロロに用があってのことなら、悪いがこっちが先約だ」
とぅるるるるるるん……
リゾットはムーロロのスーツのポケットにあった電話を取る。番号を確かめ、ムーロロをひと睨みしてからその口元に電話を持っていき、スピーカーフォンにして通話ボタンを押した。
『ブランクです。ムーロロさん?今いいですか』
ブランクの声が荒い音質で聞こえてきた。やけに緊迫しているが、ムーロロにかかってくる電話だ。暗殺チームに何かあったわけではないのだろう。
乱入者も黙ってその電話を聞いていた。
ムーロロはちらりとリゾットを見てから応える。
「………ああ。オレだ。何かあったのか?」
『ちょっと相談したいことが。超重要!あの、今お一人ですか?』
「あ、ああ。なんだ」
『なんか息が荒いですよ?あの、ほんとに…』
ムーロロの手のひらに剃刀が“生えてきた”。それを見てムーロロは痛みを堪えながらブランクの声を遮った。
「いっいいから話せよ。この回線なら盗聴の心配もねーから…」
『…ですですか。あの、娘を攫ってみたんですが、ええー、うーん…難しいな。とにかく、ボスの正体がわかりかけて…』
そこで、不意に乱入者が口を挟んだ。
「それはいいね、ブランクくん。ぜひわたしにも教えてくれ」
『……………チョコラータ先生?』
「驚いたな。お前までブランクの関係者か」
「彼はわたしの患者でね」
続々聞こえてきたチョコラータ、リゾットの声にブランクはしばし沈黙する。そしてようやく出てきたのが
『…ムーロロさん、指示をください』
という言葉だった。ムーロロが何を言おうか迷ってるところでリゾットが口元から電話を奪う。
「ブランク、オレだ。リゾットだ」
『………』
「お前に聞きたい事がある。だが、とにかく今は娘を連れて逃げ、ギアッチョと合流しろ」
『………わかりました』
「いやどうだろう。ここでふたりが死ねばまたわたしと君で楽しく鬼ごっこができる」
「自信過剰のイカれ野郎か?チョコラータといったな。貴様はなぜここに来た」
「わたしはわたしだよ。ブランク、お前のことを殺してもいいって、ボスが許可を出したからな。まずはお前の大切な人を殺しに来た」
『………リゾット、チョコ先生は高低差を感知し繁殖するカビをばら撒きます。すでに撒いてることでしょう。今より低い位置には行かないでください』
リゾットはそれを聞いて電話を切った。
「ならば簡単なことだな。オレはお前に近づかない…」