ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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サン・ジョルジョ・マジョーレ島:夜明け

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 電話を切ったあと、リゾットはそれだけ言った。この男の能力が何にせよ、二人の距離は五メートル、メタリカの射程圏内だ。

「一気に決めさせてもらう」

 チョコラータの背後にスタンドが出現した。ふいごのような音を立てて何かを散布しだす。ブランクの言う“カビ”だろう。

 

「ッ…ぷッ……グエェエエーーッ」

 

 だがやつがカビを噴霧すると同時にこちらもメタリカを発動した。チョコラータの頸動脈にすでにメスができ始めている。

「このまま掻っ切らせてもらう」

「ゲッ…ゲフッ!」

 チョコラータの頸を切り裂いてメスが飛び出してきた。血が派手にぶちまけられ、勝負は一瞬で終わったかに見えた。

「ゴボ…ゴボボ…焦った、ぜ…チョー焦った……ゴホ…」

「な…」

 チョコラータの首には灰汁のような色をしたカビがまとわりついていた。チョコラータはさらにそこに指をつっこんでぐちゅぐちゅと動かした。指先にはちいさな釣り針のようなものを挟んでいた。手術に使う縫合用の針に見える。

 

 縫ったあとも脈に合わせて、血がぴゅるぴゅる漏れ出していた。だが致命傷ではない。

「…おぉ…駄目だな、漏れちまうぜ…でも脳によぉー、血が行くには十分だ。死ぬかと思った…」

「…何度縫おうと無駄なことだ」

 

 リゾットはまたチョコラータの皮膚下、手首にカミソリの刃を作り出す。

「ハッ、ビミョーに遅いぞ。射程ギリギリなのか?」

 チョコラータは先程自分の喉を切り裂いたメスを拾い上げ、ムーロロに投げた。

 

「グガッ…!」

 

 それはムーロロの脚に命中し、ムーロロは蹲った。だが頭を少し下げただけで、顔面にカビの侵食が始まった。

「ひっ…何だこりゃぁ!」

 

 そして自らはバックステップで部屋のドアから逃げ出す。きん、と音を立ててヤツの体内からでてきた刃が床に落ちた。

 

 

 チョコラータは部屋から出て、階段の手すりにしがみつきながら自分から生えてきたカミソリを引き抜き床に捨てた。そしてリゾットに大声で話しかける。

 

「お前もすでにカビに寄生されているぞ。そいつは高低差を感知する。…残念ながら、お前らはもうここから動けないってわけだ。だがオレはお前に近づけない。…そこでどうだろう?取引しないか?オレはお前に近づかなければいい。お前はそこから動けないんだぜ?膠着状態はお互いにとってよくねーんじゃないか。…オレがお前から逃げるのは簡単だ。階段を降りりゃーいいんだからな!ムーロロさえ引き渡せばとどめを刺すのはやめてやるよ!そいつを窓から落とせばいい!」

「膠着を好ましく思わないという点では同意する。だがオレがここから動けない、と決めつけるのも早計だ…」

「何?」

 

 ばすん、という音がした。

 

 一瞬なんの音がわからなかったが、その後漂ってきた焦げた匂いですぐリゾットが何をしたのかわかった。

 チョコラータは即座に階段を駆け下り、建物から出た。

 

 

「おいおい…だいぶ正気じゃねーな、リゾットとか言ったな。あいつ通電殺菌しやがった…」

 

 カビとて人間と同じ真核生物だ。グリーン・デイのカビはスタンドが作り出したものだが、生き物に違いない。

 通電により発生するジュール熱で体表から体に根ざした菌をまとめてぶっ殺す…なんていうのは普通やれない。カビを殺せる電流を流したら普通心臓が止まって死ぬからだ。

 あれ程の殺意をまとった男が一か八かの賭けに出るわけがない。心停止を避ける手段があるのだろう。おそらくスタンド能力に関係した何かが。

 

「だがあいつのスタンドの秘密はちょっぴりわかった…鉄分だな。血の中の鉄分で刃物を作りやがる。そしておそらく、磁力を持っている」

 

 先ほどムーロロに投げたメスの軌道がやや不自然だったのはやつに引っ張られてのことだろう。

 チョコラータはリゾットのいるはずの部屋を見上げた。あいてなかったはずの窓が今は開いている。

 

「グエッ」

 

 バチンという音がしてチョコラータの左耳が切断された。いつの間にか出現した裁ちばさみが今度は肩口に突き刺さる。

 

「建物の上から来るな…」

 

 だがリゾットの姿は見えない。チョコラータは耳を拾い、大声で叫ぶ。

「おい()()()!まだなのか」

 

 返事は足元から聞こえた。

 

「うぉッ……オオッ!」

「よし…」

 

 リゾットが第二撃を与えようとしたときどぷんと音がして地面が波打った。

「もう一人いたのか…」

 

 泥色の全身スーツを着た男が地中から浮いてきて(としか形容できない)、チョコラータにロープを投げ渡した。その男はムーロロを担いでいた。

 

「悪いがどうしてもこいつは加工しなきゃならないんでな…お前と殺し合いをしている暇はないんだよッ!」

 チョコラータはセッコが破壊した車のドアを、まるでサーフィンボードのように液状化した地表に置き、それに乗る。するとスーツの男が獣じみた咆哮をあげ、一気にスピードを出して泳ぎ去って行ってしまった。

 

「地面を液状化するスタンドと高低差を感知するカビ…ブランク、とんでもない奴らに追われてるな…」

 リゾットはそのまま地面に降りた。もうメタリカの射程からはるか彼方へ逃げる二人とムーロロを追うのは不可能だ。いや、そもそも追う必要はない。

 

「時間とダメージを無駄に食ってしまったな…」

 

 リゾットはすぐさま自分のバイクに向かい、エンジンをかけた。

「急がなければ。オレたちの目標はあくまでボスだ」

 

 

 

 そして、リゾットはついにボスに手が届きかけている。

 

 

 

 

 

「………ブランク。お前、何故逃げなかったんだ」

 

「僕は………僕は、僕は……逃げたくなかった。逃げたくない。でも……どうしてなのか、そのあとどうすればいいのか、わからないんです……」

 

 

 

 リゾットは、そう言って項垂れるブランクの襟首を掴み、ボートに乗せた。ブランクは尻もちをついたまま動かなかった。

 

「ムーロロはチョコラータに連れ去られた。オレは追わなかった。もとから殺すつもりだったからな」

「………」

「お前についても同じように扱うとは考えなかったのか」

「…考えました。……でも、逃げたく、なかった…今更、逃げ出せません」

「逃げたくなかった、か。お前からそんな言葉が出てくるようになるとはな…」

「……」

 メローネとギアッチョは事情がよく飲み込めなかった。

「リゾット、こいつなにやらかしたんだ?」

 ギアッチョの問いにリゾットは淡々と答えた。

 

「こいつはムーロロの命令に従い、親衛隊のスパイとしてオレたちのところに来た」

 

「なッ…何?それは…確かなのか?」

「オレも気づいたのはごく最近だ。妙に思ったんだよ、娘がいるとわかったあと、組織が動き出すまでのタイムラグがありすぎる。情報が意図的に操作されているのは明白だ。あいつはオレたちにまず情報を与え、裏切りの先陣を切らせたんだ」

「おい、おいおいおい…あいつはオレたちに裏切らせて、何がしたかったんだよ?」

「さあな。…オレたちが失敗しようと、きっとどうとも思わなかったことは確かだ。成功したら協力者、失敗したら知らん顔を決め込むつもりだったんだろう。いざとなりゃブランクをスケープゴートにしてな」

「…ブランク、テメーはムーロロに何言われてたんだよ。ボスから何指示されたんだ。全部話せよクソヤローッ」

 

 ギアッチョはブランクを無理やり立たせる。船が大きく揺れるがお構いなしだ。

 

「は…はじめは…暗殺チーム内の裏切り者を特定せよとのことでした。任務を遂行し、ボスとのコネクションを作るようムーロロに言われました…。その後ボスより暗殺チームの監視を命じられ、今にいたります。ムーロロからも、同様です。僕はムーロロのゲームのために、ここにきました」

 

「じゃあなにか?テメーがソルベとジェラートを売ったのかよ」

 ギアッチョが今にも爆発しそうな様子で言った。ブランクは少し躊躇ってから首を縦にふった。ギアッチョはその頭を即座に殴った。ブランクは後ろに倒れ、ボートがかなり大きく揺れる。

「テメーが、テメーのせいでオレたちは組織であんな扱いされたってことかよ。なあ。ゲームだと?ふざけてんじゃあねェぞテメーーッ!」

 ギアッチョは転がったブランクに馬乗りになって胸ぐらを掴んだ。

「すみません」

 淡々と答えるほかないブランクをギアッチョはまた殴りつけた。顔の左側を殴ったせいで、耳の傷が開いたらしく、血が船底に飛び散った。

 

「謝ってんじゃねーよ!ふざけんなッ!クソが!テメーが始めっからオレたちに知ってること全部いってりゃホルマジオたちだって死ななくてすんだんじゃねぇーのかよッ!」

 ブランクはホルマジオの名前を聞いてようやく目に涙を浮かべ始めた。それをみてギアッチョはもう一発ブランクを殴りつけた。

 

「オレたちの情報を売ったのか?スタンド能力の情報を」

 メローネが尋ねると、ブランクは口から抜けた歯を吐き出してから答えた。

「はい。ですがムーロロに“ベイビィ・フェイス”と“マン・イン・ザ・ミラー”については伏せておけと指示されていました。リゾットの能力は知らないので教えていません…」

「そのムーロロへの最後の電話でお前は何を伝えようとした?お前は確かボスの正体がわかりかけた、といったな」

 リゾットが尋ねるとブランクはしばし逡巡してから答えた。

「……ええ。トリッシュを観察してわかりました。ですが…」

「今ここで言え。もう時間がない」

 

 

 

ボスからの指示

 

このDISCに入力している情報はネアポリスの町から列車に乗った時点で入力されたものである。

 

これから君たちが向かうのは「サン・ジョルジョ・マジョーレ島」

 

たった一つ教会のみある島で、そこにはたったひとつの大鐘楼がある

娘を連れてくるのはその「塔の上」

娘を塔の上に連れてきた時点で君たちの任務は完了する

 

指令1:塔には階段はなく、現在エレベータ一基のみで塔上に登ることができる。エレベータに乗れるのは「トリッシュと護衛ひとりのみ」である

指令2:護衛の物はナイフ、銃、携帯電話等あらゆるものの所持を禁止する

指令3:島にはこのDISCを手に入れてから15分以内に上陸しなければならない。なおこのDISCには発信機がついているのでこのDISCが移動していることはすでに確認している

指令4:他のものは船上にて待ち、上陸は禁止する

 

 

 

 

 

 

「今ここで憶測を言うのは、先入観により判断を鈍らせることに繋がると思います。一つ確かなのはサン・ジョルジョ・マジョーレ島に必ずいるということ。それだけです」

「テメー…ここまで来て情報を隠すのか?」

「違います。あまりに…直感的なものなので…」

 ブランクはいったことを後悔したような顔をしていた。自分でも確証のない勘なのだろう。

 ギアッチョは静かに怒りをためこんでいるようだった。

 

「確かに、あの島に必ずボスはいる。そして…娘はオレたちの手中にある。これがおそらくボスを殺す最後の、そして最大のチャンスだろう」

「問題は娘を連れてきたのがブチャラティのチームじゃないと気づかれたとき、ボスがどうするかだな」

「娘を奪還するだろう。ボスが強力なスタンド能力を持っているのは確実だ。ここまで手間をかけて導いた娘を奪還せず逃げ出すとは思えん。ここで終わりにするだろう」

「リゾット、お前が行くつもりなのか」

「ああ。オレが適任だ。もちろんボスにここでとどめを刺すのが一番いい。だが、万が一失敗した場合、メローネ、お前がボスを殺せ」

「ボスの血液を手に入れてか」

「そうだ。俺が適任だといったのはそこだ。そしてギアッチョ。お前は荒巻く海でも止められる。…そうだな?」

「…ああ。その気になりゃーな」

「お前はボスの逃走経路を潰せ。オレがボスを仕留め損ねた場合、状況を見て殺れそうなら殺れ。無理ならばメローネと協力してボスを追いかけ、暗殺しろ」

「わかったぜ、リゾット」

「了解」

 三人は自分の仕事を確認し、互いを見つめ合った。

 そしてまだ倒れたまま動かないでいるブランクを見てギアッチョが軽蔑したように足で踏みつける。

「……で、こいつはどーすんだよ」

「…メローネ、見張ってろ。本当に、何もかも失敗したとき、トリッシュをじっくり観察したこいつが最後の頼みになるだろうからな」

「はいよ」

「そんなの必要ねぇーっツーの…クソッ!全部終わったらオレはお前をブッ殺す!覚悟しとけよ」

 ギアッチョは一発蹴りを入れて、川に飛び込んだ。ブランクは無言でボートの底に倒れたまま動かなかった。メローネは呆れた顔でそんなブランクを一瞥し、遠くに見える朝日に照らされるサン・ジョルジョ・マジョーレ聖堂を見上げた。

 

 

 


 

 トリッシュは目を覚まし、自分が見知らぬ男に抱えられてるのに気づきギョッとした。とっさに叫ぼうとするがすぐに口を塞がれ、地面に降ろされ、後ろ手にしっかり腕を固定されてしまう。

 とんでもなく素早い手付きに「自分は殺されるんだ」と思った。

 だが、聞こえてきた声は思っていたよりも落ち着く、低く安定したものだった。

 

「オレはお前に何もしない。お前の父親はこの教会の大鐘楼にいる。そっちに用があるだけだ」

 確かに鉛のような冷たい殺意を感じるが、それはトリッシュではなく別のところを向いているようだった。

「…じゃああんたが…父を裏切った、チームのボス?」

「そうだ。邪魔をするな。それだけだ」

 男は教会の門をくぐり、中の装飾には見向きもせずにまっすぐ礼拝堂から出て廊下に出る。廊下の奥にはエレベーターがあった。

「でも父を殺すつもりなんでしょう…」

「会ったこともない父親でも殺されるのは嫌か」

「…そうじゃないわ。…ただ、結局私はほとんど何も知らずにここまで来てしまったんだって…おもっただけ」

 

 エレベーターが到着した。リゾットは念入りに中を調べる。不審なものはなく、操作パネルももグランドフロアと最上階と開閉ボタンのみ。生き物の気配もなかった。

 

 リゾットはトリッシュを籠に乗せようと腕を握る手に力を込めると、トリッシュは急にリゾットに尋ねた。

 

「……あの子は。ブランクって子」

「…あいつは生きてる」

「そう」

 

 なぜ急にあいつのことをきくのだろうか。ブランクがトリッシュを深く知ろうとしたとき、トリッシュもまたブランクのなにかに触れたのだろうか?

 だが、そんな事を考えている暇はもうない。

 リゾットは最上階のボタンを押した。

 

 

 

 

 

「ブチャラティは“失敗”したか…」

 

 

 教会入り口の監視カメラの映像がブラウン管に映し出されている。それを見て男はため息を吐き、座っていた椅子から立ち上がった。

 

「見込みがあると思っていただけに残念だ。しかし、捉えようによっては幸運とも言える。始末しなければならないものが同時に現れたのだからな」

 

 リゾット・ネエロ。

 ヤツの能力は未だ不明だ。リゾットから始末するとなると相当手こずるに違いない。そうこうしているうちに仲間を呼ばれたら厄介だ。

 故にトリッシュの確保が最優先であることに変わりはない。己の正体につながるものは必ず消す。

 追ってくるようならば、能力の正体を暴いてやる。

 

 

 

「誰だろうと私の永遠の絶頂を脅かす者は許さない」

 

 

 

 エレベーターが浮上する。天井がガタガタと不安な音を立てた。

 

「あの子が言ってた。……あたし……殺されるの?」

「…オレには関係のないことだ」

 

 ブランクがなぜそんなことを言ったのか。あいつは意味なくに人を怖がらせるようなことは言わない。トリッシュ越しに感じたボスの魂を見てそういったのだろうか。

 正体がわかりかけた。判断が鈍ろうがなんだろうが、聞いておけばよかった。

 

「あいつはなんて…」

 

 リゾットはハッとして自分が掴んでいたはずのトリッシュの腕が、いや。トリッシュが消えたことに気づいた。

 

「…これは…ボスのスタンド能力か」

 

 

 エレベーターの床に大穴が空いている。リゾットは迷わずそこから下へ出て、壁にあるメンテナンス用のハシゴに飛び移った。

 姿が見えない。だがそれは想定済みだ。

 

「娘の場所ならすでに、捉えているぞ。……下か。納骨堂へ向かったな」

 

 


 

 

 

 ギアッチョはメローネからリゾット上陸の知らせを受けて、メローネたちのいるボートと反対側にある船着き場に上がった。

「クソが…ホワイト・アルバムは潜水スーツじゃねェーのによォオー…どうしてこんな潜んなきゃいけねーんだ?そもそもなんでこんなところに街なんか作ったんだ?」

 ギアッチョは一度能力を解除し、曇ったメガネを拭きながらつぶやいた。

「だいたいよォ、フランスのパリは英語ではパリス(Paris)っていうくせに、みんなはフランス語通り「パリ」って呼ぶ。でもヴェネツィア(Venezia)はみんな「ベニス」って呼ぶんだよ…『ベニスの商人』とか『ベニスに死す』とかよォー…。なんで『ヴェネツィアに死す』ってタイトルじゃあねぇエーんだよォオーー!!なめてんのかァーーッこのオレをッ!イタリア語で呼べイタリア語で!チクショオーッムカつくんだよ!コケにしやがって!ボケがッ!」

 

 怒りを発散した後、すぅと息を吸ってから教会の出入り口の位置、船をおいておけそうな場所を見取り図で確認し、ボスが脱出する際使うであろうルートを絞りこむ。

 めちゃくちゃ集中して考えてると、ちゅんちゅんうるせー鳥共の鳴き声に混じって波を切る音が聞こえた。

「……あ?」

 集中が妨げられてイラッとして周りを見渡す。この時間に船が出るとしたら漁師だろうか?ヴェネツィアにいるのかそんなの。

 

 遠く見える対岸の街並みをぐるっと見渡す。

 見間違いではなく、1艘のボートがこちらに向かってくるのが見えた。

 

「メローネ…やっぱまけてねェーじゃねーかよ」

 


 

 ブチャラティたちはクラッシュのあと、ミスタとフーゴと合流するためにサンタ・ルツィア駅に向かった。橋からそこまで遠くはない。

 だがひと目で戦闘が起きていたことがわかった。

 

「フーゴ!」

 

 いち早く駆けつけたブチャラティはちょうどミスタが川からフーゴを引き揚げているところに居合わせた。

 

「なにがあった」

「二人の敵と遭遇。…一人はやったが、ディスクは奪われちまった…ッ!フーゴも左手を失った」

「負傷に関しては心配ない。…だが、フーゴは一体何があったんだ?全身が…凍傷、なのか?ひどく変色してる」

「ディスクを持ち去った敵は氷を操るスタンド使いだ。やべーぞブチャラティ。このままじゃフーゴが…」

「ジョルノ!治療は可能か?」

「左手や、ひどく損傷している脚ならば新しく部品を作ることはできます。ですが…全身ではどうしようもない。適切な治療を受けなければフーゴは死にます」

「……わかった、ナランチャ、もう動けるな?」

「あ、ああ!動けるよ!フーゴを病院に連れてくんだな?」

「そうだ。大急ぎで連れてって、戻ってこい」

「うん。わかった」

「ミスタ、覚えてる限りでいい。敵は仲間と連絡をとった素振りは見せたか?」

「……いや、すまねえ、わかんねえ。その爆発させたバイクはやつらのみてーだが、川を泳いで消えちまった」

「ムーディ・ブルースでの追跡は困難か…」

「いいや、ブチャラティ。諦めるのは早いぜ。二人組の方の車が乗り捨ててあるかもしれない。そっちを当たろう。敵は必ず合流するために連絡する」

「…そうだな、まだ諦めるには早い。トリッシュは生きてる、奴らがボスに接触する前に必ず取り戻す」

 ブチャラティの言葉にアバッキオは力強く頷いた。ジョルノは二人についていきながらも考え事に耽っていた。

「おい、遅れてんぞ」

 ミスタはさっき怪我を治して(と言っても部品で埋めただけだから完治ではないのだが)平気で走っている。

「考え事か?」

「いえ…この護衛任務が失敗したらボスは僕たちをどうするつもりかと」

「そりゃあんま考えたくねーな」

 

 ジョルノは考える。このまま暗殺チームがボスを殺した場合、組織の支配権を得るのは奴らだ。ボスの正体は誰も知らない。だからこそ、今ここで暗殺が起きて誰かが成り代わっても問題ない。

 

 暗殺チームが支配権を手にすればブチャラティチームに復讐するのは明らかだろう。

 

 だがこのまま暗殺チームがボスを殺し損ねても

任務失敗とみなされ、ボスに処分される可能性が高い。

 

 トリッシュを奪われた時点で自分たちは道が残されていないのだ。

 

 ブチャラティも当然そこに思い至っているはずだ。

 彼が今何を考えているのか。真っ直ぐな志を持った彼のことだ。だからこそ今、必死にトリッシュ奪還へ動いている。

 ジョルノとしては、顔の知れないボスよりは暗殺チームとやり合うほうがマシだ。

 

「ムーディ・ブルースが痕跡を見つけたぞ」

 

 

 

 

 


 

 

教会左手の船着き場。

 

 メローネはギアッチョにリゾットが上陸した旨を伝えると電話を切った。ブランクはギアッチョに蹴られたままの姿勢で倒れたまま、死んだクラゲみたいに船底にへばりついている。

 

「おーい…ブランク。おい。いい加減顔あげろよ…昨日今日で一気にめんどくさいヤツになったなお前」

 ため息混じりにそう言うと、ブランクは口を開いた。

「………メローネはなんで僕に怒らないんですか」

「は?怒ってほしいのか」

「…や、殴られるのは……やですね…」

「オレが喚き散らさないのは今更怒ってもしょうがねーからだよ。そうだろ?もともと暗殺チームは疑われてたんだ。そこにお前が来ようと来まいと、いつかバレてソルベとジェラートは殺された」

「…でも、彼らを特定したのは、僕です。僕は…二人の拷問にも立ち会いました」

「…あれやったの、誰だ?」

「チョコラータ先生です。今は僕を殺そうと追ってきてる…」

「へえ。じゃあちょうどいいな。お前を餌にそいつにも復讐できるわけだ」

 メローネは教会を見上げながら言う。ブランクは上体を起こし、自分の耳から垂れてる血を見た。朝日がまだ教会の影になって届かないせいか、どす黒く見える。

 

「……僕にまず復讐しないんですか…僕は……ずっとあなた達を裏切ってた」

「逆に聞くが、そう思ってんならなんで途中で逃げなかったんだよ。死にたかったのか?」

「……死にたくない。でも、逃げるのは死ぬのと同じだ。僕は矛盾してるんです。…僕はあなた達が好きだった。僕は、最悪の場合あなた達を殺せという命令を受けていた。でもできなかった」 

 

 ホルマジオの死体が頭をよぎった。焼け焦げた見知った顔。そして列車の車輪の隙間に見えた、ちぎれかけたプロシュートの脚。

 イルーゾォがバイクで自分を突き飛ばしたときの目、ペッシが分かれる前に握った手。

 全部、もう二度と戻ってこない。この世から完全に消えてしまったものたち。

 

 メローネはただ黙ってブランクの独白を聞いていた。

 

「僕は自分がない。空っぽだ。誰が死んでも悲しくない。何がどうなっても痛くない。傷ついても、それは演技している架空の人格だから」

 

 涙が溢れてきた。止められなかった。自分の感情がこんなに制御できないことなんて今まで一度もなかった。

 

 

「でもそうじゃあない。もう嫌だよ、メローネ…。僕はもう、自分が空っぽだなんて言えないよ…もう、誤魔化せない………僕はどうしようもなく…辛い………」

 

 ブランクは跪くように泣いた。頼りない肩が揺れて、嗚咽を漏らしてる。朝日が差し込んできて、ブランクのきれいな赤毛を照らした。船底に溜まった血と同じ鮮やかな朱色だった。

 

 

 メローネははじめてブランクを見たとき、男か女かよくわからないし、大人か子供かもわからない妙なやつだと思ってた。

 仕事を一緒にやりはじめて、飄々とした姿を見て、ペッシよりよっぽど大人びてるなと感心することもあった。

 だが2年共に過ごして、死闘のはてにここまで辿り着いて、ようやく確信した。

 

 こいつは年相応の脆さを持った、ただのこどもだ。

 

 

 

 

「…だからオレはこどもって嫌いなんだよな…」

 

 

 

 

 

 

 

 


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