道すがら
トリッシュが目を覚ますと、目の前にはすっかりおなじみの亀にはめ込まれたキー越しの少し歪んだ青空が見えた。
夢?
トリッシュは起き上がり、頭をおさえた。すると手首にジッパーがついているのに気づき、起きたての頭にかかる靄が一気に晴れた。
思わず周りを見た。ソファにはジョルノが座っていた。彼もまた寝ていたようで、トリッシュが起きたのを察して俯いていた頭を上げ「おはようございます」と言った。
「あれから何があったの?…父はどうなったの?」
トリッシュの言葉にジョルノは言葉を選ぶようにすこし考えながら答える。
「…どこから説明すればいいのか…とにかく、ぼくたちはサン・ジョルジョ・マジョーレ島を出て、ヴェネツィア市内を抜けたところです」
トリッシュは自分の身に何が起きたのか、どんどん蘇ってくる恐怖に思わず自分の腕をさすった。
「…覚えてるわ。あの時、エレベーターで…わたしは…」
「トリッシュ…」
「やはりそうなのね」
「やはり、とは?」
「いえ。攫われたとき、ブランクって子に言われただけ。……父がわたしを…殺すつもりだって」
「もう少し、詳しく教えてもらえませんか。…ぼくたちはボスを裏切った。情報はなるべく共有しておきたい」
トリッシュはジョルノの言葉に驚いて尋ねる。
「裏切った…?どういう事なの?どうしてあなた達が」
「きみの護衛任務は失敗した。どのみちぼくたちには未来がない。それに……きみを、娘を始末するようなボスに忠誠を誓ったりはできない。ぼくもブチャラティと同じ意見です」
「……あなたとブチャラティのほかに誰がいるの?」
「フーゴ以外は全員です。フーゴは再起不能だ…ぼくの能力でも治療しきれなかった」
「…そう。そうなのね……」
「トリッシュ、疲れてるだろうけど今すぐ教えてください。暗殺者チームと何があったのか。奴らの情報を…」
「…ちょっと、ちょっとだけ時間をちょうだい。一人にして。整理したいわ」
「………わかりました」
ジョルノは亀の中から出ていった。トリッシュは膝を抱えて脳裏によぎる様々な出来事について思いを巡らせた。父親、裏切者、生死。どれもこれも今まで生きてきた15年間、考えたこともなかったような事ばかりだった。
たっぷり30分はそうしていただろうか。「入るぞ」と言う声が聞こえて、ブチャラティが亀の中へ入ってきた。
「トリッシュ、とにかく生きていてよかった。手首のジッパーは傷が癒えれば自然に消える」
なんだか久々な気がした。ブチャラティの落ち着いたトーンの優しげな声に、トリッシュは安心とまではいかないものの、少し冷静になれた。
「あなたが助けてくれたのね」
「ああ。本当にすまない。オレたちが不甲斐ないばかりに、君を危険な目に」
「いえ。薄々わかっていたわ」
「今オレたちがどういう状況にいるのか、ジョルノから聞いたか?」
「ええ」
「ナランチャは君に真実を教えるのに反対したんだが…これから先の危険も込みで伝えるべきだとオレが判断した。ショックを受けさせてすまない。だが事実だ」
「……ねえ、これからどうするつもりなの?」
「オレたちは君の父親を暗殺する。そのために、顔を知らねばならない。君に協力してほしい」
「そうよね。わたしもこのままじゃどうせ殺されるもの…」
「トリッシュ、これからもオレたちが君を護ることは変わらない」
トリッシュの諦念のこもったつぶやきに、ブチャラティは力強く言った。トリッシュはブチャラティを見つめた。ブチャラティはこの前と全く変わらない、真っ直ぐな瞳でこっちを見ていた。
「…ブチャラティ、ありがとう」
「当然のことだ。それよりも、暗殺者チームの人間について知ってることを話してくれないか。今は少しでも情報がほしい」
「…そうね」
トリッシュはゆっくり昨晩から朝にかけてのことを思い出した。起きている時間がやけに短かったおかげか、衝撃的な出来事が続いた割に細部まで覚えている。
「私があったのは二人だけ。赤毛の子と背の高い黒服の男…」
「黒服の男は死んだ。リーダーのリゾットという男だ」
「そう…」
「赤毛の方は狙撃手だな。名はブランクだったか…何か話したか?」
「ブランクは…わたしの母親を知っていると言っていたわ。そして…わたしに覆いかぶさった。魂がどうとか変な話をしていたわ」
「襲われたのか?」
「違う。ただわたしを観察していた…。そして何か、そう。なにかに気づいて私から離れた」
ー昨晩、ヴェネツィア市街の安ホテルー
「……このかたち、どこかで」
ブランクはそうつぶやいたあと、トリッシュの顔を間近で見つめた。髪に触り、それを唇に持っていく。トリッシュは不思議と不快ではなかったが、怖かった。
「そうだ…ふゆ。ひざし…。あの日は…だが…」
ブランクはトリッシュの髪を握りしめた。頭皮が引っ張られて、トリッシュは思わず囁く。
「……やめて…ッ」
「あっ。ご、ごめんね」
ブランクのさっきまでの有無を言わさない迫力は消えていて、同い年の気弱な少年みたいな声でトリッシュから離れた。そして自問自答するようにブツブツつぶやいている。
「……でも、だとしたら…どういう意味なんだ」
トリッシュはわけがわからなくなってきた。ブランクの雰囲気がコロコロ変わり、恐怖で圧迫されていた混乱が噴出した。
「わたしを解放して…!もううんざりよ。見ず知らずの男に囲まれて、攫われて、これから会う父親はギャングのボス…本当にうんざりだわ!」
「……トリッシュ。たしかに、僕が善人だったらきっときみを逃してるね……」
「…しないくせに。そんなのわかってるけど、クズ野郎って罵っとくわ。クズ野郎ッ!」
「…きみはたぶん、殺されるよ」
「…あんたたちに?」
「いや。ボスにさ」
「てきとうなことを言わないで」
「てきとうじゃないよ。感じるんだ」
「そういうのをてきとうっていうのよ」
「……そうかな。いや、そうだといいんだけど。…君越しに感じるボスはとても冷たいよ、トリッシュ。そうじゃなくてもボスはとても残酷な人だ。君だけに特別だとは到底思えないな…」
「…だから何。逃してくれるわけでもないのに、どうしてわざわざそんなこというわけ?」
トリッシュの言葉にブランクは驚いたような顔をして、次に恥じ入るように目を背けた。意外な反応だった。
「たしかに…なんでだろう。ごめん…僕ちょっと混乱してるんだ。今日だけで…大事な人がたくさん死んじゃって。八つ当たりしたい気分だったのかも」
トリッシュは黙った。ブランクにとっての大事な人とは、間違いなくブチャラティたちが始末した裏切者のチームのメンバーのことで、原因は自分だ。
ブランクは、トリッシュがそう思ったのがわかったかのように、申し訳なさそうな顔をして苦笑いした。
「君のせいじゃないのにね」
ブランクはそう言って、またトリッシュに抱きついた。トリッシュはブランクの細い肩が震えているのがわかった。
安心させたり、怖がらせたり、不安がらせたり、怯えたようになったり、この子は雰囲気がコロコロ変わる。本質は結局なんなのだろう。
「ごめんね」
ブランクの声が耳元で聞こえてからすぐに視界が暗転した。そして次に目が覚めたときはリゾットと教会内にいたのだ。
「…悪い人だとは、思えなかった。残忍な人たちだとは思うけど、あの人たちも理由があるのだわ」
「そうか…」
ブチャラティもなにか心当たりがあるのだろうか。敵を庇うような物言いに対して同調するかのような声色だった。
「…矢継ぎ早に質問してすまない。次、オレたちがむかうべき場所について…君に何か心当たりがないかと思って。昔話でもなんでもいい、君の父親に関してなにか思い出せることはないか?」
「父のこと…そうね。たしか母は父とサルディニアで出会ったと言っていたわ。…そう、訛りもあっちのほうだったって。…そうだわ!コスタ・スメラルダの海岸の話をしていた」
「サルディニアか…。わかった。すぐにそちらへ向かおう。飛行機が手っ取り早いな…」
「向かうの?」
「ああ、急がねば。間違いなく追われてるだろうからな。…何か必要なものがあったら言ってくれ。すぐに調達する」
「……わかったわ」
ブチャラティは亀の外に出て、ナランチャが入れ替わりで入ってきた。傷が癒え、かなり元気になったらしいが表情はどこか暗かった。フーゴと仲が良かったようだから落ち込んでいるのかもしれない。だがトリッシュにナランチャを慰める余裕はなかった。
亀の外に出たブチャラティは車を運転しているアバッキオと後部座席にいるミスタとジョルノにトリッシュの話したことを掻い摘んで説明した。
四人は飛行機を盗むことで合意し、アバッキオはハンドルを空港へ切った。
「…ブランクってやつはトリッシュの母親に会っていたのか。となると暗殺者チームの生き残りもサルディニアに向かうかもしれねーな…」
アバッキオは面倒くさそうにつぶやいた。ミスタもブランクの話が出ると若干渋い顔をする。仕留め損ねたのが尾を引いているらしい。
「だとして、まだトリッシュを狙ってくんのか?」
「いや…その可能性は低いだろう。奴らもわかったはずだ。ボスの強さを」
「じゃあよォ、敵は同じなわけだろ?あっちもこっちを狙う理由はねーし、こっちも同じだ。そーだろ?」
「ミスタ、それは違います。彼らはもとよりボスを殺し、立場を奪う気です。そして今やぼくらの向かうべき目標は彼らと同じです」
ジョルノの言葉にアバッキオも同調する。
「ライバル…ってわけだ。敵の敵は味方とか言うが、あいつらにその理屈が通じるかどうか」
「アバッキオの言うとおりだ。三つ巴というわけだな…もっとも、ボスの正体がわからない以上両方闇の中を藻掻いてるようなものだが」
「奴らの生き残りは三人…だったか?お互い能力は割れている…と。なあアバッキオ、あいつらも飛行機を使うかな」
「さあな。飛行機なんて何台もあるし早いものがちってことはねえよ」
「そういうことじゃあなくってなぁ…」
ブチャラティはアバッキオとミスタの会話を聞きながら目を瞑った。ジョルノはそんなブチャラティの様子を注意深く見た。
サン・ジョルジョ・マジョーレ教会の地下でブチャラティを見つけたとき、“もう手遅れだ”と思った。ゴールド・エクスペリエンスで傷を治したが、彼はもう動かないのだと心の底で静かな確信があった。
にも関わらず、ブチャラティは起き上がり、動いている。
あれは勘違いだったのだ。
その思いと、まるで運命のような冷たい確信。その2つがジョルノの心でせめぎ合っている。
今後それに意識を割いてはいられない。胸の奥底にしまわなければと思いつつ、ジョルノはゆっくり、ブチャラティから視線を剥がした。
ブランクは自分の手の傷を見て深いため息をついた。ヘビに噛まれた部位を抉ったのは早計だったかもしれない。とはいえ血清を手に入れるために病院へ行ったりしてたら今ここにいないし、結果的に何かは失っていただろう。そう思えばまだマシだともいえる。
腱は傷ついてないので動きはするが痛みのせいで震えっぱなしだ。
「クソ…」
ブランクは小さくつぶやいて手首を掴み、傷口のガーゼを張り替えた。
ギアッチョはゴミ箱の上に座って売店からスッたゴシップ誌をつまらなさそうに見ていた。
2人はピサ中央駅の従業員用通路の業務用搬出口付近でメローネの“出産待ち”をしていた。受胎から出産までは3分だが母親選び、質問コーナー、出産直後の教育には時間が掛かるし、付き添っていても仕方がないので(というか二人共なるべく立ち会いたくなかった)目立たない場所で待機しているというわけだ。
「ペニシリンって青カビからできるじゃないですか。だからグリーン・デイのカビもうまいことそう、治癒能力とかにならないかなって思うんですが、そもそもカビって微生物のコロニーの総称じゃないですか。だから〜性質を変えるとなると人格根本から変わらないと無理な話ですよね」
ブランクは痛みを紛らわすために雑談をしはじめるが、ギアッチョは元から必要のない話に相槌を打たない方だった。だがブランクはブランクで相槌の有無にかかわらずしょうもない話を続けられる質だったので、ギアッチョは話があさっての方向へ行ってしまう前に返事をした。
「傷なんて飯食っときゃ治るだろ」
「…そういえば昨日の朝からちゃんとしたご飯食べてないな」
「メローネが一段落したらなんか食うか」
「あ〜いいですねえ。僕コシャリが食べたいなあ…。まあイタリアじゃ売ってないですけど。でも家で作るとなんか違うんだよなぁ」
「店入ってる余裕ねーだろ。移動しながらだよ。アホかテメーは」
「はあ…できたてのものが食べたい」
「忘れてるみてーだが…チョコラータとかいうのがお前追ってきてるんだろ。別行動してもいいんだぜオレは」
「僕が死んだら次はお二人ですよ。覚悟の準備をしていてください」
「何目線だよ。…にしてもおっせーなメローネは」
ギアッチョは立ち上がり読み終わった雑誌をゴミ箱にシュートした。ブランクも包帯を巻き終えて目を覚ますためにストレッチをした。ギアッチョがイライラして壁を蹴り出しそうになってようやくメローネが帰ってきた。
「ベイビィ・フェイスはすでに追跡を開始した。ボスは移動しているらしい。すぐには追いつかないな」
「どこに向かってんだ?」
「南へ。ここからおよそ10キロらしいが…一定の距離を保ちつつ尾行させるよう指示している。姿を捉えたらまた連絡が入るはずだ」
「…行き先はトリッシュの向かうであろうところですね。きっとサルディニアだ」
「ああ。母親の家に写真が入ってたらしいな。リゾットのパソコンにデータが入ってたのを確認したし…お前は直接聞いたんだろ?」
「ええ。“ソリッド・ナーゾ”がいた場所…確かにドナテラから聞きました」
「トリッシュは一人で逃げてんのか?」
「んー、ブチャラティが生きてたら、彼も一緒だと思いますが…」
「死んだんだろ?」
「ありゃたすからないですねえ」
「一人ならもう組織の手に落ちてるだろう。間違いなく誰か同行しているさ」
「あいつらが裏切るか?女一人のために」
「いやギアッチョ、なくもないだろう。オレたちがトリッシュを攫って、奴らの護衛任務は失敗しているからな。ボスが許すわけがない」
「ああ…確かに。ざまーみろだな」
三人は車を盗む事もできた。だが今回は無駄が多いが、運送トラックの荷台に乗り込みボスを追跡するベイビィ・フェイスを追いかける方法をとった。ムーロロが死んだ今、隠蔽工作は不可能だ。窃盗事件を起こすわけには行かない。
ベイビィ・フェイスを単独で動かすのはリスクにほかならない。ボスがメローネの能力を知らないというのは一つの大きな武器でありボスを倒しうる唯一の可能性だからだ。
遠隔自律型というのはベイビィ・フェイス最大の利点だが弱点でもある。現にブチャラティチームへの初撃はスタンド自身の思考力不足から。二度目はスタンド能力を知られていたために敗北している。
故に“本体が姿を見せずにいられる”という長所を捨てて、メローネが肉眼で状況判断し指示を出す事で確度をあげるのが最善だ。
あのサン・ジョルジョ・マジョーレ島での出来事からまだ半日もたっていない。
ブランクはリゾットとのことを思い出した。
2000年10月29日
「チリコンカンはテクスメクスの代表料理でしょう?分類上アメリカの料理とされてますが、もとはといえばテキサスってメキシコ共和国の領土だったのでメキシコ料理とだぶる点が多いんですよ。料理ってやっぱりその土地の気候とか伝統の醸成された味があるわけで…何が言いたいかって言うとイタリアのチリコンカンは最悪です!」
その日ブランクは本部でイルーゾォの車両保険の書類を作らされていた。そこにリゾットがやってきて二人で昼食を食べに行くことになった。
二ヶ月前にできて開店後の混雑のおさまったテクスメクス料理屋に入った。ランチタイムにしては客が少なかった。そもそもローマでテクスメクスを食べたがる人間はあまりいないのだろう。
「そうか?ここのブリトーは旨いが」
「全然ですよ。少なくともチリソースにこのタコスは合わない。キメが細かすぎる。粗さが必要なんですよ」
ブランクはかつて南半球を旅していた。そのせいか味の好みが刺激的なものに寄っているらしい。
「おまえは実は料理にうるさいよな」
「食べてみると昔食べたのと味が違うって思ってしまうんですよね」
「いい事だ。昔のことを思い出すのは最近よくあるのか?」
「…そうかもしれません。いや、忘れてたわけじゃ、ないんですけど…」
ブランクは手に持っていたタコスを口に入れてもぐもぐ噛んで飲み込んだ。
「言葉にするのはむずかしい。なんて言えばいいのかな…」
リゾットは頼んだブリトーをすでに食べ終わっていて、ライム入りのミネラルウォーターのグラスを傾けていた。
ブランクは窓際の空席を見ながら、ゆっくり考えながら答えた。
「炎は“明るい”。でも触ると“熱い”。一度わかれば炎は熱くて明るいものになるじゃないですか。そういう感じです」
「…詩的だな」
「へへ…」
ブランクも自分のチリコンカンを食べ終わってから、遠慮がちに手を上げて話しだした。
「あの…詩的ついでに報告が」
「なんだ」
「僕のスタンド能力のことです」
ブランクは自身のスタンドに起きた変化を伝えた。
スタンド能力発現中でなくとも触れればスタンドをコピーできること。しかし相手のことを理解しなければパフォーマンスを発揮できないこと。以前使えていた能力はすべて使い物にならなくなったこと。
「僕は…以前と同じ仕事を受けることができません。今のところマンハッタン・トランスファーぐらいしかまともに使えません」
「…そうか」
「僕はクビですか?」
「そんな事はない。…元よりオレは、お前の射撃の腕をかって入れたのだからな」
「でも…弱いですよね。相手のことを知らなきゃスタンド使えないなんて」
「いいや、それはいいことだ」
その時、ブランクはリゾットの言っていることがわからなかった。
「今楽しいか」
「?はい」
ブランクの返事にリゾットは頷いた。
「リゾットさんは?」
「ああ」
リゾットは楽しい、と明言することはなかった。だがかすかに笑ってナプキンを丸め、領収書をつまんで立ち上がった。
「お前が熱弁するからにはちゃんとしたテクスメクス料理を食べてみたくなった」
「そりゃイタリア中探すしかないっすね!」
今ならわかる。相手を理解しなければならないこと。能力が変わった意味。
そして、今の自分にできること。
三人が乗り込んだのはコルス島行きのフランス産ミネラルウォーターのトラックだった。島経由でサルディニアに渡る予定でいる。
三人は積み上がった箱の中からいくつか拝借し、買ってきたパンとチーズで簡単なサンドイッチを作って、車座になり話し合う。
「あのー、ブチャラティチームの話に戻るんですが、僕ら協力できないですかねえ」
「ハァ?あいつらはオレたちのチームをぶっ殺してんだぞ。ありえねーッ。それに奴らも裏切るからにはオレらと同じように組織の乗っ取りを計画しているかもしれねーだろ。だったらもう戦うしかねーっつの」
「そうだ、ブランク。敵の敵は天敵っていうだろ」
「………ん?そんな諺あったっけ?」
「だいたいお前、大好きなホルマジオもイルーゾォも殺されてメソメソ泣いてたじゃねーか。もう忘れたのか?薄情もんが」
「その件に関しては正直復讐も辞さないですよ?でも…あのボスの能力、僕たちだけで勝てるのか…」
「…一度整理するか」
トラックの中にかけてあったボードの裏にメローネがメモを取る。
「まずブランク、お前がトリッシュに触れて感じたことを報告してくれ」
「はい。…ごく簡単に言うと、僕、トリッシュとよく似ている人を知っています」
「似てるっていうのは顔が?」
「いえ、魂…というと抽象的すぎますが…それが」
「はァ…魂だと?お前そんな観念的なもんを持ち出すんじゃねーよ。クソがッ。道徳の時間でもおっぱじめる気か?!あぁ?」
「だからあのとき言わなかったんですよ!…魂というよりかは、肉と言ってもいいかもしれません。彼女の半分はボスの遺伝子ですからね。感じが似た手に触れたことがあるんです」
「一体そいつは誰なんだ」
「ボスの右腕と称される人物…親衛隊のリーダー、ヴィネガー・ドッピオです」
「お前…会ったことあるのか」
「まあ僕これでも親衛隊だったんで…」
「裏切者」
「う…」
ギアッチョにチクリと言われてブランクは唸ってうつむいた。メローネはちょっとため息ついてから質問を続けた。
「感じが似てるっていうのは具体的にどういうことなんだ」
「そのままの意味ですよ。第一印象とか直感の部類です。すっごい似てて…。んー…例えば…昔の友達の写真をみたっていうか…兄弟?みたいな」
「ドッピオはボスと血縁なのか?」
「それはわかんないですけど。トリッシュに触れたとき思い出したのがドッピオさんだったんですよね。根拠は全くないんですが…勘以外の何物でもないんですが…とにかく頭に過ぎったんですよ。…言わなくてよかったでしょ?」
「確かにな」
メローネは頷くが、ギアッチョは貧乏ゆすりをしながらもブランクの言葉を吟味するように言った。
「……だがお前のそれはスタンド能力の一端なんだろう。もっと検討の余地はある」
「なんにせよ…ボスの正体はいずれはっきりする。ベイビィ・フェイスの辿る遺伝子情報は間違いないのだからな」
「だな」
「要するに不意打ちしかねーってことですよね?」
「ああ。問題はベイビィ・フェイスの接近をいかにして悟られないかだが…そもそも予知のような能力を持っているから警戒状態じゃ不意打ちすら成立しないかもしれない」
「となると来るとわかっていても避けられない攻撃か?んなもんあんのかよ」
「…爆弾とか?」
「ホワイト・アルバムの冷却もタイムラグがあるからな。予知された上で喰らわせるとなると工夫が必要かもしんねー。ブランク、お前便利な能力持ってねーのか?」
「そんな都合良くは…」
「役に立たねーな」
「……通用するとしたらグリーン・デイでしょうか。あれは一度生えればもうどうしようもないです。ただ僕のコピーでは散布範囲が違いすぎます。直に触れないと…」
「あー、そりゃ無理だな」
「そういえばお前、ベイビィ・フェイスはコピーできないのか?最悪片方がおとりでもう片方が…」
「ベイビィ・フェイス本体はできると思いますよ。でもジュニアが産まれるかどうかは…。正直、あの能力は共感し難いので、単なるセクハラスタンドになってしまう可能性がありますね」
「いやいや。それはおかしいだろ?オレたち気心しれてるんだから完璧にコピーしろよ。それによォ、セクハラって言い方は礼を欠いてると思わないか?重要なことなんだぞ、あの質問は…」
「いや、そもそも女性に産ませるってのが異常なんですよ!生命を産み出す行為ってのが先輩の中でどう認識されてるのか理解ができない」
「DNAが混ざり合い、2つの遺伝子をかけ合わせた子供ができる。そこにちょっと好みだとか相性がからんでくる。自然じゃないか」
「…」
「ギアッチョ、何かフォローを入れろよ」
「とにかく…ボスの行き先で網を張るしかないようだな」
「じゃあわかるまで僕寝ますね。傷が痛くてしょうがない」
「オレも起きててもしょうがねーし寝るか」
「…そうかよ。お前らは揃いも揃って…」
メローネはいじけたようにボードを放り出した。ギアッチョはダンボールを寝やすいように並べ、その上に寝転んだ。
ブランクはそのまま寝転んですぐ寝てしまった。
トラックは三人を乗せたまま道をゆく。