2000年4月15日
初めての“カウンセリング”
とぅるるるるるるん…
ソルベとジェラートの葬式を終えて二週間以上たった頃。つまりはチームのメンバーがようやく彼らを“忘れた”頃に、ブランクの携帯電話が鳴った。
「……」
ブランクは番号を見てからためらい、3コール目でようやく通話ボタンを押した。
「……ブランクです」
『わたしだよ。覚えているかな?チョコラータ』
「…はい」
『今暇かね。悪いがちょっと来てくれるか?』
チョコラータが指定したのはドッピオと面接したカフェだった。ギャング御用達なのだろうか。ひょっとしたらパッショーネの誰かが経営しているのかもしれない。
ブランクが向かうと、チョコラータだけが席についていた。セッコはおらず、一人でココアを飲んでいた。チョコラータはブランクが席につくと、何も言わないのをいいことに同じものを適当に注文した。
「その後どうだ。葬式があったらしいな?」
「はい」
ブランクは胃がムカムカしていてとてもじゃないがココアなんて飲めなかった。まだソルベの生暖かい切断された肉の温もりを覚えている。本当はチョコラータなんかと会いたくなかった。だがこの時のブランクにNOという選択肢はなかった。
「どんな気分だった?」
「……わかりません」
「ふうん。もっと会話が必要だね、わたしたちには…。セッコとはねえ、初めてあったときに話さずとも通じ合ったもんだが、そういう相手は滅多にいないもんだよ」
「……」
ブランクが無言でもチョコラータはお構いなしに話し続ける。
「そうだ。セッコが撮ったあの時の思い出をテープに焼いたんだ。君にもあげよう」
チョコラータはなんのラベルも貼ってないビデオテープをブランクに無理やり渡した。ブランクは受け取り、どうすればいいのかわからなくなって固まっていた。
「きみは、極端に言ってしまえば選ぶのが苦手なんだろう?だからまずは、ノーが言えるようになるべきだな」
チョコラータは立ち上がり、ブランクの隣に移動してきた。そしておもむろにビデオカメラを取り出し、ミニDVカセット(1990年代に主流だった磁気テープによる記憶媒体)を差し込み、本体についている折りたたみディスプレイに映像を映し、無理やりブランクに見せる。
画面には自分の血の気の失せた顔が大映しになっている。
カメラは横パンして、台上に乗った下半身のないソルベの断面を映した。カビが蛆のように断面をじわじわ覆っているのを舐めるように撮ってから、カメラは次第に顔へ近づく。玉のような汗が小さな画面でもわかるほど溜まっている。
カメラが首筋のとこまできたあたりで、ブランクは顔をそらした。
だがチョコラータはそれを許さない。顎を掴み、無理やり画面を見るように向ける。
「ほら、このシーンが一番いい顔をしてるんだってば!ジェラートの死体をほら、凝視しているこの眼。いやたまらんねえ。こういうのは何度見ても良い」
ソルベの見開いた目、その白目の血管までもが鮮明に映し出された。ディスプレイではなく、ブランクの脳裏に。
「……や、やめろよ!」
ブランクは思わず顎を掴むチョコラータの手を振りほどき、カメラを叩き落とした。カメラはブランクの手付かずのココアのカップに当たり、テーブルから落ちた。落下音は聞こえなかった。地面の下からにゅっと伸びたセッコの手がしっかりキャッチしていたからだ。
ブランクはもらったビデオテープもテーブルに放り出して窓側へ体を引く。
「……僕は…、あの日の事はもう思い出したくない」
「なんだ、ちゃんと言えるじゃあないか。うんうんいいことだ。だが過去から逃げちゃ人間は成長できない。きみは自分のやったことから目を逸らしちゃいけないんだよ」
チョコラータはブランクのスーツの襟を掴み、無理やり着席させる。一般人の目もあるため派手に暴れることもできず、ブランクはまたソルベの拷問映像と向き合わされた。
画面では腹部に刃を入れられるソルベの顔が映っている。ブランクは吐きそうになりながらも“目を逸らすな”という言葉にバカ正直に従っていた。
「…どうして…僕にかまうんですか。放っておいてください。僕の仕事に、あなたは必要ない」
映像は自分の情けない泣き顔とジェラートの死体が交互に映したのち、ソルベの輪切り作業へまた戻った。
「そんなのわたしに関係ないね。わたしはただ自分の好奇心に従ってるだけだよ。きみがどう成長してくにせよ、きっと手をかけて育てたものを壊すときってのはものすごくカタルシスを感じるはずだ。今まで育てることは怠ってたけどね」
「意味がわかりません」
「じゃあ考えるんだな。きみはそれをしなくっちゃあならない。じゃないと、面白くない」
とぅるるるるるるん………
とぅるるるるるるん……
とぅるるるるるるん…
「…もしもし」
『ブランク、今どこだ?』
「…チョコラータ先生…そんなの言うと思いますか?」
『電話に出られるってことは一人か?』
「…はい。でも探知される前に切りますからね」
『馬鹿正直に電話に出ることないだろうに。いくらムーロロの番号だからって。…まさか留守電聞いてないのか?』
「聞きましたよ」
『ほう?それにしちゃ冷静だな。想像しないのか?お前の恩人がわたしに何されたか。あるいは…されてるのか』
「…先生こそなぜ電話を?」
『そりゃ困っているからだ。ヴェネツィア以降おまえたちの足取りがとんとつかめないからね。ブチャラティたちのほうはカルネが向かったらしいが…』
カルネとブランクは少しだけ親交があった。彼は矢を受けて生き残った口だが、何故か一向にスタンドが発現せず周囲が困っていたときにドッピオから声がかかったのだ。
手に触れ、何度か話すうちに彼のスタンド能力は恨みのパワーで動くことがわかった。恨みが強ければ強いほどスタンドは強力になる。だが、残念ながら本人は無差別に他人に憎悪を振りまくような人間でなかった。
普段は弱い。だが殺されるくらいの強い恨みがあれば最強、と報告した結果、彼も親衛隊入りしたらしい。鉄砲玉なのは目に見えていたが、自分も使い捨てのスパイなので特に気の毒とも思ってなかった。
今回の任務でカルネは殺されに行く。ボスに本気で忠誠を誓っているなら喜んで従っていただろう、昔の自分のように。
「カルネくんがあっちに行くってことは、ボスは僕たちをあまり脅威に思ってないんですね」
『ああ。リーダーを失ったおまえたちはイマイチ獲物として魅力的じゃあないからな。だがわたしは違うぞ。どうせおまえたちの行き先もブチャラティたちと同じだろう?なあ、どこに向かってるんだよ』
「…チョコラータ先生は僕を追ってるっていうのに、ボスから情報をもらえてないんですね」
『ああ、そうなんだよ。ボスもオレには近づきたくないらしいな。つまり裏を返せば、ボスもそこに行くんじゃあないかと思うわけだ。お前たちの行き先にな』
「……僕も同じ意見です」
『なあ、教えてくれよブランク。そしたらよォ〜、おまえを殺すのを少し後回しにしたっていいぞ?一人くらいは仲間を見逃してやってもいい。なあ、ブランク、どこに向かっているんだよ』
「嫌です。頑張って探してください。…もう切りますよ」
『本当に生意気になったな、お前は。どう変わるつもりなんだ?いや、どこまで変わったんだ?』
「…会った時に確かめてください」
ブランクが切る前にチョコラータ側から電話が切れた。ブランクは携帯電話をポケットにしまい、目の前に積まれたダンボールの山をぼんやり眺めた。
なんでもいいから情報を引き出せたらと思って出たけど、結局憂鬱な気分になった。
ブランク、ギアッチョ、メローネはコルス島を経由するサルディニア島行きの貨物船に乗った。
宅配業者の荷が大量に乗っているが、船長に金を払えばのせていってくれるとの事なので糸目をつけずに支払った。
ただし人が乗るのに適した空きスペースはほとんどないので、一番下っ端のブランクが貨物スペースに追いやられたというわけだ。
カルネがこちらに来なかったのは幸運だった。能力を知ってるブランクに対して無意味だという判断かもしれないが、なんにせよボスの関心はもっぱら娘、トリッシュにあるようだ。
トリッシュを追うボス、ブランクたち、そしてブランクを追うチョコラータもいずれサルディニアに辿り着く。
チョコラータの目的は自分の殺害だけではない。むしろそっちはついでで、真意は暗殺チーム、そしてブチャラティたちと同じところにある可能性が高い。
となれば、相当な混戦が予想される。その反面、ボスを殺しうるスタンド能力を持つチョコラータが向かっているのは僥倖かもしれない。(もちろんこちらも殺される覚悟が必要だが)
「って…まてよ、ブチャラティたち?」
ブランクはチョコラータの言葉を反芻する。
“ブチャラティたちのほうはカルネが向かったらしいが…”
仮にブチャラティが死んでいたとしたら、チョコラータはこんな言葉を使わないだろう。いろいろ雑なイルーゾォとかならともかく、彼がもう死んだ人間の名前を挙げるとは考えにくい。
ということは生きているわけだが…ジョルノ・ジョバァーナの能力はあの重傷すら治癒できるということなのだろうか?
ブランクは潰れた右目を無意識に触った。未練がましいとは思いつつ、やはり射撃の腕は取り戻したかった。
射撃は僕が僕であるために必要な技能だった。
二年前の自分だったら目玉を潰されようが他の特技を見出して淡々とその後を過ごしていくんだろうが、今の自分じゃそう簡単に飲み込めそうにない。
リゾットが認めてくれたこと、師匠とともに学んだ歳月をブランクは“知って”しまった。
「はあ……」
船が大きな波に当たるたび、ダンボールは危なっかしく揺れる。ロープで固定しているとはいえこれが全部崩れて下敷きになったらと思うとゾッとする。
さすがのブランクでも自分の気分が落ち込んできているのがわかる。
ー炎は“明るい”。でも触ると“熱い”。一度わかれば炎は熱くて明るいものになるー
慕っていた先輩たちがバタバタ殺されて、目も潰れ、裏切りもバレて、ずっと頼りにしていたムーロロにもきっともう会えない。命令を出してくれる人はもういない。どん底だ。
メローネはこの世界を奪い合いゲームだと言った。
僕はそうは思いたくない。だが現実はそのゲームの真っ只中にある。ボスを殺して権力のすべてを掻っ攫う。それができなきゃ死ぬだけだ。
それは疑いようもない事実だ。
本当に奪い合いゲームを否定するためには、まずこのゲームに勝たねばならない。
まったく、とことん矛盾している気がするが、今の自分にはそうすることでしか正解を示せない。
復讐はこれからの人生をより良く生きるためにするためのものだ。
僕は生きたい。生きて、今度はきちんと自分の言葉で語れる日々を紡ぎたい。
汽笛が鳴った。もう島につくらしい。
ブランクは立ち上がり、デッキへ向かった。港はもうすぐ目の前で、ウミネコがみゃあみゃあとうるさい。
「メローネ、ちょっと報告が…」
「こっちも重要なことがあるぜ。ベイビィ・フェイスはボスの姿を捉えた」
「マジですか。…ええと、僕の方はチョコラータ先生からいまどこって聞かれただけです。あとブチャラティチームの方へ刺客が行ったらしいです」
「お前の主治医は何がしてーんだよ。待ち合わせか?」
ブランクフィルターのかかったほのぼのした内容にギアッチョが呆れて突っ込む。
「んー、僕を殺すついでにボスを殺したい…のかも。そんな空気出てました」
「はあ?親衛隊なのにか」
「いやぁ…チョコラータ先生なら何をしても納得っていうか…」
「こっちの話に戻っていいか」
メローネは若干苛つきながら会話を遮った。ギアッチョもブランクもハッとしてメローネに向き直った。ベイビィ・フェイスの画面上にジュニアとのチャットログが表示されていた。
ー空港で“父親”の姿を視認しました
ーディ・モールト!口頭にて報告しろ
ー少年です。髪は、ピンクブロンド。紫色のセーターを着ている。いい靴だ。ボクもこの靴は好きだ
ー少年?何かの間違いじゃあないのか。
ーたしかに少年です。線が細い、こっちに気づいてない、いま、こどもにアイスをぶつけられてとまどってる
ー間違いなくそいつなのか?
ーそうです。荷物は旅行かばんひとつ、あどけないというか、言ってしまえば間抜けな顔をしている。そばかすか?とても若い。やはり少年だ。封筒からなにか出してみている
ー詳しく確認できるか?
ーいいえ。近づきますか?
ーいや、まだいい。一定の距離を保ちつつ追跡を続行せよ。オレたちも向かう
ーウィ。細かい座標は…
「少年…だあ?」
「ちょっと、今回の母親ちゃんと選んだんですか?僕が見たボスの背中はどーみたって成人男性でしたよ。少なくともブチャラティよりはでかく見えた。目ぇ悪いんじゃないんですか」
「どーなってんだよメローネ」
二人はブーブー文句をたれた。メローネ本人も当惑しているようだった。
「ジュニアは画像を送れない。それに語彙力も教育に依存してるからな…だが、大人と子どもは使い分けてる。少年の外見ってのも間違ってないはずだ」
「いまジュニアと話せます?」
「ああ」
メローネはちょっとベイビィ・フェイスをいじってブランクに向けた。ブランクは発語しながら画面に文字を打ち込む。
「ハロージュニア。えーと、ブランクです、はじめまして。僕はメローネの後輩です。後輩っていうのは…」
「いや、そういうのはいいから」
ブランクの言葉に反応して早速画面上にジュニアのメッセージが表示された。
ーボンジュール、ブランク
「きみの父親について、もう一度詳しく教えてくれるかな。えー、服のことなんだけど、変な切れ込みの入った縦編みのセーター?」
ーそう、そのとおりです。ボクのところからは背中が見えます。髪は後ろで編み込んでまとめています
「そいつで間違いない?」
ーまちがいない。何度もそういってる。彼が父親だ!
「そっか。ありがとーばいばーい…」
「ドッピオ…なのか?」
「………信じがたい…いや、ありえない事ですが…。ええ。リゾットさんが浴びた血はドッピオのものだったようですね」
「はあ〜〜〜?じゃあボスがドッピオなのか?あ?ドッピオがボスなのか?どっちが正しいんだよ。紛らわしいぜ、クソイライラするッ!」
「お前、二年前にドッピオに触れたんだよな?その時はどう感じたよ。もっと詳しく、具体的に話せ」
ブランクはうーんと悩みながらメローネの質問に答えた。
「…正直あの頃の僕にはスタンド能力発動中でしかコピーできませんでしたし、占い程度のことしかわかりませんでした。ですが…確かに、彼は奇妙でした」
ブランクは手をグーパーしながら慎重に言葉を選び、答える。
「僕の特技はもう、占いとかと違って全然直感ですので根拠は省きますね。彼はやや気弱で素朴な青年だと感じました。ですが一方で手の硬さ…というか肉体のですね、それと精神が釣り合ってないなとは思いました」
「お前…暗殺者なんかより向いてる職業あるよな」
「僕もたまにそう思いますね。…少年だなーって性格なのに、肉体はけっこう傷んでたんです。まあそういうこともあるだろうと思ってたんですけど…」
うーんと唸るメローネとブランクに対してギアッチョが提案した。
「ドッピオの正体がなんにせよ、よォー…ドッピオを生け捕りにするメリットはあると思うぜ。なんつったって唯一ボスと直接やり取りしてる部下だ。ドッピオ=ボスだとしても、オレらがボスになり代わるつもりなら、あいつの持ってる組織の連絡網はどっちにしろ必須だろ」
「ドッピオ=ボスなら即殺したほうがいいと思うがな。生け捕りにしてもスタンド能力を発動されたら危険だ」
「僕は…生け捕りかな。彼が何なのか興味あるし、やっぱり組織メンバーとのやり取りの方法だとかは吐かせないと。殺すのはその後です」
ギアッチョ、ブランクの意見にメローネは意外そうなかおをした。二人の意見が合うのは珍しい…というよりかは、ブランクがちゃんと意見を言うのが珍しかったからだ。
「おい、マジかよ。正体が気になるってのもまあわかるが…」
「メローネ、お前が決めろよ」
「ですね」
「あー?多数決じゃなくていいのか。…まあお前たちの言うことも一理あると思う。ベイビィ・フェイスの能力的に、結局一度物質に組み替える。事実上の生け捕りにはなるわけだしな…。だが今はその後のことでなく如何に生け捕りにするかを議論したほうがいいだろう。状況によってどうすべきかは現場の判断だ」
「なんか頭良さそうだな」
「さすが最年長!」
「おまえら疲れてるからってなんかテキトーにほめてんだろ。目的地まではまだかかるぜ。頭が働かねーなら20分だけ寝かせてやってもいいぞ」
「やさしい!アニキ!」
「頼りにしてるぜメローネ」
「もういーから黙ってろ」
チョコラータは電話を切って忌々しげにつぶやいた。背後に聞こえたのは空調の音に似た機械音と不規則な金属音だった。まるでコンテナの外からなにか柔らかいものがぶつかっているようなくぐもった音だ。
「ブランクの奴め、船に乗ってるな…」
ブランクの奴はわたしの電話から少しでも情報を得ようという算段だったのだろう。暗殺者チームの生き残りはムーロロ亡き今、十分な情報を得られない。それでも何か目的を持って移動している、ということは独自にボスか、ブチャラティたちの位置を掴んでいるのだろう。
「なあ…チョ、チョコラータ…オレたち、次はど、……どこいきゃー…い、いいんだ?」
「あいつは船を使ってどこかに向かってる。島か…または単に陸路より安全と踏んでのことか…」
「船っていうとよー…が、外国に、でも…に、にげんのか?」
「いーやセッコ。あいつらはボスを追ってんだ。ボスの手がかりを掴むために必死こいてかけずってる。行き先はイタリア内のはずだ。とりあえず、フィレンツェで待機だ。直にカルネの成果がわかるだろう」
先ほど通りかかった飲食店のテレビで、ヴェネツィア空港で射殺体が発見されていた。被害者の身元は割れないというが、報道された情報からしてほぼ間違いなくカルネだ。
「かるね…カルネって……あーあの…えっとぉ」
「親衛隊のやつだ。ノトーリアスB.I.Gとかいうスタンドだったか?死後の恨みのパワーで動くスタンドなんだが、まさか役に立つ日が来るとはな」
「し、しななきゃつかえねーのか?…ふ、ふべんだ!」
「ああそうだな。おい、バッテリーはよォオーく確認しておけよ、セッコ。いざってときにバッテリー切れってのが一番ムカつくからな。予備の充電器の電池も持っとかなきゃあな。移動が多いと何かと荷物が多くなって手間だな…まったく」
チョコラータは足元においた金属製の大きな箱を一度蹴っ飛ばした。そしてそれを担ぎ、バスの時間を確認する。
「しかし…それでもだ。それでも、旨い料理に下ごしらえが必要なように、これは持っていかなくっちゃな」
亀の中で眠っていたナランチャは衝撃を感じて目を覚ました。最後に覚えているのはあの何もかも食い尽くすスタンドにやられたところだ。
「ジョルノ…なんかいま外で大きな音がしなかったか?」
最初に目に入ったジョルノに話しかけると、ジョルノも目が覚めていたらしく、体を軽くおこして返事した。
「え?…そうかもしれませんね。すみません、どうも…気分が」
ジョルノも手酷くやられたらしく、起き上がったと思ったらすぐソファーに突っ伏してしまった。ミスタは全く目覚めた様子はなく、寝息も静かに横たわったままだ。
「オレも最悪だ…ついてねーよ…狙撃手にやられてずっとで、治ったと思ったらコレだぜチクショー。フーゴも再起不能だし…ここ数日でいろいろ起こってわけわかんねーよ…」
「フーゴはきっとよくなりますよ。…もちろん、ぼくたちがボスを倒さなければ彼も危険かもしれませんが…」
「……しょーがねーよな。元はといえばオレたちのヘマだもんな。それよりトリッシュが可哀相だ…」
「彼女は…思ってるよりずっと強いですよ」
「そうかな…っていうかジョルノ、お前両腕なくなっちまってんじゃあねーか!大丈夫なのかよ。つーかだからか、治ってねーの」
「ここまでやられるのは初めてなので…辛いといえば辛いです。ですが、腕を切り落とす直前、ブローチに生命を与えました。まだその気配を感じます。きっと誰かが見つけてくれたんでしょう」
ナランチャはジョルノの冷静さに感心しつつ、先程の衝撃が気になって上を見た。亀はどこかにしまわれているのか天井は真っ暗だ。だがふいに夕焼けの空が見え、上からアバッキオが入ってきた。
「よぉ、オメーらちゃんと生きてるか?」
「縁起でもねーこと言うなよ〜アバッキオ。何があったんだ?」
「ナランチャ、お前は元気そうだな。…ほれジョルノ。腕だ」
アバッキオはおもむろにジョルノに腕を投げ渡した。ジョルノは胴で受け、ちょっと苦笑いしながらテーブルにおいてくっつけようとした。
「ありがとうございます」
「礼ならトリッシュに言うんだな。今回は彼女がいなかったらダメだった」
ナランチャはジョルノの腕を固定してやる。怪我のせいでしんどいがジョルノさえ治ればこちらのものだ。
「だから何があったんだよ!」
「飛行機は例のスタンドのせいで墜落した。腕はトリッシュが守りきったんだ」
「エエ?!まじかよ。つーかオレたちどんだけ眠ってたんだ〜?!」
ナランチャはショックを受けたリアクションをしてみせるがオーバーだったせいで圧迫止血していた傷口から血が吹き出た。アバッキオは呆れながらもう一度きつく包帯を巻いてやった。
「そうだったんですか。サルディニアにはついたんですか?」
「ああ。沖に落ちたせいで散々だぜ。泳ぐのは久々だ。…まあ墜落したおかげでボスもしばらく正確な足取りは掴めないだろう…ジョルノ、テメーはとっとと全員治しとけよ」
「もちろんです」
「じゃあ…いよいよオレたち…」
「ああ。ボスの正体に近づくわけだ」