【完結】ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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ABOUT THE BLANK

 ブランクは氷のマチェテを振り上げた。肘より少し下に狙いを定める。どうせカビに食われて使い物にならなくなった手とはいえ、切断するのはゾッとする。

 重たい刃。これならば一刀両断できる。

 つばを飲み込んでから一気に振り下ろす。

 

「うッ……!」

 

 さっきチョコラータにカビでやられたときとは違う痛みで脳が痺れる。

 ギアッチョの氷がすぐに切断面を包み、止血をする。だが痛みはそう簡単には麻痺しない。

 

「チッ…まずいな」

 

 上の方から何かが動く気配がした。ギアッチョは囁くように言うと、メローネと岩から解放されたブランクを担ぎ上げて崖を猛スピードで下った。

 

 内臓がえぐられた痛み。そして体が切断される痛みがブランクを襲う。失血も相まって、ブランクはそのまま気を失ってしまった。

 

 

 そして、痛みは過去を呼び覚ました。

 

 

 

 

ABOUT THE BLANK

 

 

 

 ヴォート・ブランクはかつて“アンドレア”と呼ばれていた。

 と言ってもそれは本名ではなく、ビデオパッケージに記載される役名にすぎない。

 

 

 

 1989年、ルーマニアでは人々が民主化を求め、革命が起きた。当然国内は混乱に陥った。ブランクはそのさなか、自分の名前を失くしてしまった。

 親もなく、保護者もなく、ブランクは物心ついたころ、いつも腹をすかせていた。覚えているのは、ノミまみれの寝床と、『蝿の王』に出てくるような大人不在のストリートチルドレンの王国だ。

 そこでは自分の意志を叶えることは困難で、ブランクは言われるがままに年上の命令に従うことでなんとか日々の糧を得ていた。

 

 

 そんな子どもに目をつけたのが、革命の波に飲まれ地方に追い出された元ギャングだった。

 そのギャングは似たような境遇の子供を集めて一つの施設に入れた。こうしてブランクは名無しの誰かから“アンドレア”になった。

 

 そして子供たちにトーナメント制の殺し合いをさせ、ビデオにして国外の変態に売りさばいていた。

 “アンドレア”は優勝候補として計4本のビデオに出演し、優勝した。その間、“アンドレア”は自分の心が傷つかない術を身に着けた。

 

空っぽになればいい

自分はここにいない

 

 施設にいる子どもが“アンドレア”だけになって、かわいい服と美味しいご飯を食べれるようになってから、売れっ子女優の最後を飾るタイトルは『殺人幼女残虐処刑』だと告げられた。

 “アンドレア”はただ「そんなもんか」と思った。六歳か七歳かの子供にしてはあまりにも達観した感想だったが、自分の心を守るために空っぽになったのだから仕方がない。

 

 

 

 “アンドレア”はカメラが天井に取り付けられた台の上に乗った。手足は鎖で固定される。台自体は安物のテーブルだが、シックな布がかけられ、百合の花と十字架が飾られていた。

 そういう趣向らしい。

 “アンドレア”は目をつぶり、アンフェタミンを飲まされた。なるべく長く意識を保っておくためだ。こういうビデオは、早々に死ぬよりは苦しんで苦しんで事耐えるほうがウケる。

 “アンドレア”は猿轡を噛まされる前にお祈りをしろと言われた。

 

 

慈悲深き聖母マリア

主はあなたとともにおられます

主はあなたを選び、祝福し、あなたの子イエスも祝福されました

神の母、聖マリアよ

罪深い私達のために、今、死を迎えるときも祈ってください

アーメン

 

 

 “アンドレア”が祈り終えると、三台のカメラそれぞれに処刑人がその腹を掻っ捌く大振りのナイフを見せびらかす。

 業務用の高価いカメラ。ビデオの値段に応じて画質を変えて売っている。一番安いビデオは画質を荒くダビングする。最高額を払った一人だけに、マスターテープが渡される。

 “アンドレア”の白い下腹部にナイフの切っ先が押し付けられる。ぷつりと、ぶどうの皮が弾けるような感覚がして血が溢れていく。

 

 刃はゆっくり、内臓に到達する。じわじわと体内に挿入されたナイフは、“アンドレア”の子宮のある位置で一度止められる。

 

「罪には罰を!」

 

 “アンドレア”はこの男が信仰など持ち合わせていないことを知っている。罪も罰もここには存在しない。

 殺すものと殺される者がいるだけだ。

 

 ナイフが横に捻られた。絶叫がフロアに反響する。絶叫に合わせて指揮するかのように、男はナイフを抜き差しし、下腹部をミンチに変えていく。

 

 自分の死がエンターテイメントに還元されつつある中、痛みと絶望に沈みつつある頭を突如響いた銃声が意識を覚醒させた。

 

 “アンドレア”の上に男が倒れ込んだ。ひゅーひゅー息を必死でしているが、全く効果がないようだ。それもそのはず、肺が撃ち抜かれている。

 ドアは空いてないのに、この密室にどうやって銃弾を撃ち込んだのだろう。その時はわからなかった。

 

 苦しんでもがく男を目にして、“アンドレア”の空っぽの心の中に、不意に憎悪がいっぱいに満ちた。“アンドレア”は倒れた男の首筋に目一杯首を伸ばし、噛み付いた。

 そんな事しなくても男は死ぬだろう。だがその真っ暗な感情は自分でとどめを刺さずにはいられなかった。

 首の肉を食いちぎり、吐き出す。男の血が顔面にかかって、ようやく殺意が消えていくのがわかった。同時に、自分の命も。

 薄れていく意識の中、ドアを蹴破って侵入してきた人物が必死に自分を助けようとしてくれたのがわかった。

 

「ジョンガリ…その子はもうだめだ」

「いや、まだ助かるかもしれない。おいッ!なんでもいいからなにか喋れ。気を失うな」

 ジョンガリと呼ばれた男は“アンドレア”の手を握り呼びかけた。

 後ろからドタバタと他に侵入してくる音がしたが、“アンドレア”の視線は空中に漂う不思議な形のなにかに釘付けになっていた。

「…あれは……はな?」

「マンハッタン・トランスファーが見えるのか?」

「きれい……」

 

 こうして、“アンドレア”は死んだ。スナッフビデオを売りさばいていたギャングかぶれのゲス共は、雇われた暗殺者により全員闇に沈んだ。

 

 そして次に目が覚めたとき、真っ白な病室で自分を助けてくれた男と再会した。

 

「何もかも、忘れたほうがいい」

 

 男はそういった。

 全体的に色素の薄い男だった。目の下に特徴的な入れ墨を入れてるせいか、エキゾチックな香りがする。

 

「わかった。…大丈夫、もともと、空っぽ……だから」

「空っぽ?」

「…なにも……かんじない、ことにしたんだ」

 

 その言葉に男はしばらく黙った。そして自分の頭上を指さした。あのときにも見えた花に似たなにかがふわふわと飛んでいた。

「見えるか?」

「うん」

「……お前の才能を試してみないか。新しい自分になるんだ」

 

「新しい、自分…」

 

「そう。…まず、名前からはじめよう」

 

 

 

 やっと思い出した。

 僕を助けてくれた恩人の名前を。

 ジョンガリ・A。

 自分に“ヴォート・ブランク”を与えてくれた人。

 

 

 

1998年 4月

イタリア、フィレンツェ。

 

「ブランク」

 

 ジョンガリはとても、悲しそうな顔をしていた。あんまりに悲しい顔をしているので、ブランクまでなんだかそわそわしてしまう。

 

「ブランク、お前とはここでお別れだ」

「どうして?」

「……オレは一度故郷に戻る」

「僕も行く」

「だめだ」

「なぜ?」

 

 ジョンガリはブランクから目を逸らした。最近、ジョンガリはサングラスをかけている。光が眩しいのだ。今はちょうど日が高く登っている。

 

「……お前は、ここでオレが戻るまでとりあえず生きていろ。いいな」

「……僕も行くよ」

「だめだっていってるだろう。……ブランク、オレは…もしかしたら視力を失うかもしれない。そうしたら、もうお前の面倒は見れない」

「どうして?僕が杖になる」

「…やめろ」

「僕、なんにでもなれる。…なるよ…だから…」

「やめてくれッ!」

 

 ジョンガリの怒声に、ブランクは体を硬直させた。

 

「お前は、お前だよ。プッチの言う通り、オレが馬鹿だったんだ。これは罰なんだ」

 ジョンガリの失意に沈んだ顔の理由が、ブランクにはわからなかった。目が見えなくなることが狙撃手にとってどれだけの打撃か。

 そして、ジョンガリが何を悔いているのか、想像力にかけていた当時のブランクにはわからなかった。

「………僕は……どうすればいいですか?」

「…また、新しい人生を始めろ。何もかも忘れて」

「なにもかも、忘れて…」

「そうだ。オレのことなんて忘れろ。そして自分を見つけるんだ」

「……命令ですか?」

「そうだ」

「………わかりました」

 

そうやって、僕は馬鹿正直に命令を守ってしまったんだ。

ジョンガリはそれを何より悔やんでいたのにね。

本当に僕はバカだ。大バカなんだ。

 

 


 

 

「おい…ブランク。おい。いい加減起きろよ」

 

 ブランクは、自分を呼ぶ声で目を覚ます。気絶していたらしい。頭にモヤがかかっている。最後に覚えてるのは…港で車をパクってるギアッチョの後ろ姿と、眠そうなメローネ。車内から見上げる美しい青空。

 

 あとの記憶は全部混ざり合ってて断片的だ。酷い悪夢と二日酔いに苦しむ雨の日って感じの体調だ。

 

「メローネ…?……え?全部夢…?」

「な、わけないだろ…何ならもう今、貧血で死ぬかも。オレ」

 ブランクはそばの岩場にもたれかかるメローネを見てぎょっとする。かなり顔色が悪いし、乾いた血がこびりついたまま落とせていなかった。

 それでようやくさっきまで何が起きていたか思い出し、顔にかかった前髪を掻き上げるために右手をあげようとした。

 

「え…う、お?ぇ?えっ?!う、腕がない?!」

 

 ブランクは自分でビビって仰け反った。するととたんに体中が傷だらけで痛むのがわかる。

 さっきまで見てた夢だとか感傷だとかはまとめて吹っ飛んでしまった。

 腕は肘のすぐ下で切断されていてベルトで縛ってあった。今の動きで落ちてしまったが、周りに氷をくるんだ上着が巻き付けられてあったらしい。

 

「自分でやったのも覚えてねーのか?」

「お…思い出した!え?僕、大怪我じゃないですか……」

「そーだよ。オレも腹ぶち抜かれて、新しい内臓詰められたよ」

「え?誰に…」

「まったく覚えてないのか。ジョルノだよ。し、ん、い、り」

「なんでジョルノがメローネを…?」

「さあな。ギアッチョに聞いてもらうように頼むか?」

 

 ブランクはハッとしてあたりを見回す。腕に巻かれていたのはギアッチョの上着なのに肝心の本人がいない。

 

「そうだよ。ギアッチョは?」

「あいつはブチャラティたちを追っかけた。奴ら、なんか目的があるようだったからな」

「ぼ、僕も…行かなきゃ」

 ブランクは立ち上がろうとするが、貧血で気が遠くなってすぐ倒れ込んでしまった。

「…お前死にかけじゃあないか」

「そうでもないよ。メローネよりはマシだ」

「オレが立ち上がれねーのは足がグッチャグチャに砕けてるからだよ。…あいつらそっちは治療してかなかった」

「なんだよそれ。ケチだな〜」

 

 ブランクはよろめきながらもゆっくり立ち上がった。酷い有様だ。腹の傷も首の傷も致命傷ではないが、素人の応急手当じゃそのうち限界が来そうだし、右目は再度えぐられたせいで異物感がすごい。

 右腕に関してはもはや痛みすらあまり感じない。

 

 

 ブランクはメローネを見た。メローネもボロボロだが、派手さでは自分が勝っている。

 メローネは痛々しいブランクの姿を見て、なぜか悲しげな笑みを浮かべた。

 

「もう銃撃てなくなっちまったな」

「…まあ、なんとかなるよ」

 

 左手はまだ残っている。

それに、大切なことを思い出せた。自分がどうしてこうなったのか。

 封じ込めていた絶望の記憶と原体験は、“ヴォート・ブランク”に欠けていたものそのものだった。

 

 

 魂は、経験の積み重ねで形成されるのかな

 

 そうだよ。今は過去の積み重ね。

 過去からは逃れられない。

 古傷のように、不意に痛みだす。

 

 僕は何もかも奪われ尽くして、消えてしまう寸前だった。

 誰も知らない祭壇の上で、未来を奪われた。

 でもジョンガリは助けてくれた。気まぐれや打算かもしれない。それでも、僕はもう一度この世界に居てもいいよと言ってもらえた。

 ジョンガリは僕を置いていったけど、ムーロロに会えた。

 

 結果出会えた。自分を呼び覚ましてくれる人たちに。

 そして、たくさんのものを与えてもらった。

 

 

 ブランクは自分の左手をゆっくり広げた。手のひらに握られていたのは、一枚の()()()()だった。

 

「それは…」

「いろいろ失ったかいはあった。…思い出した。僕が、名前をもらった時のこととか」

 

 メローネはブランクの目を見た。

 一昨日はボートの上でメソメソ泣いていたくせに、急に大人びた顔をするようになった。こいつの目は覚悟を決めた目だ。

 

「僕のスタンドの本当の力が、今わかったよ。大丈夫…リゾットの望みはまだ果たせるよ」

「…そうか。じゃあもうオレの説教はいらないな」

「ふッ…あれが説教ですか」

 

 

 メローネは無理して行くな、なんて言わない。自分がブランクでも、きっと行く。

 志は同じだと確信できる。

 本当に、子どもの成長っていうのは驚くべき早さだ。

 メローネはこうやって勝手に傷ついてへこたれて立ち上がって、目まぐるしいブランクを見ていると、なんだか老けた気分になる。

 本当に青臭いやつ。見てて恥ずかしくなってくる。

 

 こいつの過去に何があったかなんて、どうでもいい。こんな稼業に手を出すんだからどうせ悲惨だ。

 自分の過去だってありふれてはいるが悲劇的だし、チームの全員そうだろう。

 

 ただ、オレたちはそこから変われなかった。

 

 勿論それはそれでいい。ギャングの世界で生きるのならば、それ以外にどうしようもない。スタンド能力なんて“魂の写し鏡”に毎日向かい合わされていれば、今の自分が不変だと錯覚するのも、無理はない。

 

 でも、お前は違うんだな。

 自分を直視しても、そんなに傷ついても前へ進むつもりなのか。

 

 

「さて…。ギアッチョに追いつかなきゃ。メローネは文字通り足手まといなんでここで寝ててください」

 

 ブランクの生意気な口調にメローネはハッと鼻で笑う。

 

「じゃあジュニアを連れていけ。ボスの血液はまだある」

「えっ?母親は?」

 ブランクの疑問を無視し、メローネはベイビィ・フェイスを弄って画面を見せた。

「何言ってんだ。ほら、番号えらべ」

 ブランクの表情が凍る。そして血を失って蒼いはずの顔がわずかに紅潮する。

「いつから知ってたんです?」

「二年過ごしてりゃわかるだろう?…いや、ギアッチョとかペッシは知らなさそうだが…」

 

 そういえばメローネは汗の味で血液型がわかる男だった。それくらい簡単にわかるんだろう。

 ブランクは両手で頭をかかえようとした。だが腕がないので無理だった。

 

「でも、僕は子どもがうめないよ」

「問題ない。要は染色体の話だからな」

「クソーッ!男性ホルモンとかまで手を出してたのにッ!」

 ブランクは地団駄を踏んで悔しがった。だがメローネは無視してベイビィ・フェイスを指差す。

「あー、そういうのオレには関係ないから。はやく番号選んで」

 

 ブランクの動揺に反してメローネはどうでも良さそうだった。ブランクはため息をついてから画面をよーく見た。

 

「ま、まじか。ボスの子どもか…。感慨深いや。…じゃあ18番」

 ブランクが選んだ画像を見て、メローネはベイビィ・フェイスを再度いじくる。

「…お前こんなのが好きなのか?なかなかいい趣味してんだな…」

「それはマジでセクハラでは」

 

 突然背筋に悪寒が走った。思わず背中に手をやるが、腕がない。ブランクは静かにキレてまた地団駄を踏む。

 

「よし、3分後に出産だ。教育はこっちでするから行っていいぞ」

 

 メローネはそう言って、心底疲れたと言いたげに寄りかかった岩に体を預け、目を閉じた。

 

「……その、僕は男のつもりで生きてきたので!こういうのはこれっきりにしてください」

「あっそう。というか今も昔も女扱いしたことなんかないだろうが」

「あ…確かに」

「いや、プロシュートは結構気を使ってたかも…」

「うわー!マジ?もうやだ!恥ずかしい」

 メローネは煩そうに目を開け、手で追っ払う仕草をする。

「とにかくもういけよお前、うっせー。傷にさわるんだけど」

「あんたマジで僕の扱い雑だよな。…じゃあ…行ってきますね」

 

 ブランクは背中を向けて歩き出す。体はボロボロだが、しっかりとした足取りで。

 

「ギアッチョを頼んだぞ、ブランク」

「……うん。まかせて」

 

 

 

 

 僕はヴォート・ブランク。

 スタンドは『ミザルー』で、年齢は多分16歳くらい。

 メキシコ料理が好き。ボードゲームが好き。

 青空が好き。

 風に香る草花の匂いや、砂漠の匂いが好きだ。銃のグリップのザラザラも、本部の革張りのソファーの感触も好きだ。

 

 みんなが好き。大好きだった。

 僕がそれを台無しにした。

 僕はたくさん失ったけど、まだやるべきことは残ってる。

 約束した償いを、僕はやり遂げなければならない。

 でもそれだけじゃあない。全部終わったらやりたいことがたくさんあるんだ。

 

 これが、今僕について言えること全部。

 

 

 

 




第2部にあたる部分が終了です。
前話で入りきりませんでした。
お気に入りが予想より増えた中で、今回の話の内容は受け入れられないって方もいるのかと思うので不安です。(意味なくやってるわけではないのですが…) 追記:それでもブランクくんは彼です。
前やるっていってた修正等は全部終わってから手をつけると思います。勢い優先!ごめんなさい。
評価、感想、推薦等々ありがとうございます。
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