ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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あなた達にあえてよかった

「………あれ?」

 

 ブランクは自分の手をグーパーしてみるが、何も変化がない。メタリカは自分の体内に発動できる。だから穴の空いてる胸にさしたのだが、力が満ちてくるだとか光に包まれるだとか、そういうことは全くなかった。

 

「何だ…?威勢のいいのは口だけか」

 

 

 だがブランクにだけは判った。

 自分のスタンド能力が予想通りのものであることが。そして矢によりその箍が外されたことを。

 

 

「キング・クリムゾン!すべての時間は消し飛ぶ!」

 

 ディアボロだけが認識できる時間。すなわち、自分だけが“存在”する世界を動く。

 そこは世界の果てに似ている。すなわち、自分だけの孤独な世界。

 だからこそ、キング・クリムゾンの能力は帝王の名にふさわしい。

 

 

「なるほど。これがあんたの見てる世界なんだな」

 

「なっ…」

 

 ブランクはこちらを認識している。

 

 ありえない。

 

 やつはキング・クリムゾンの吹き飛ばす時間の中を、ディアボロだけが存在する世界を確かに捉えている。

 

「これが…矢により引き出されるスタンド能力…」

「まさか…オレのキング・クリムゾンをコピーしたのかッ!」

「いいや。僕のスタンドは、相手をコピーするもんじゃあない」

 ブランクのはぐらかすようなこたえにディアボロの頭に血が上った。

「だからなんだ、死にかけの分際で!時を飛ばすまでもない。ねじ伏せてやるッ…!」

 

 キング・クリムゾンは殴りかかった。だがブランクはディアボロの拳をはじいた。

 ブランクの背後には、ぼんやりとだがたしかに、人のかたちをしたヴィジョンが浮かんでいた。

 

 幻のようなスタンドヴィジョンは白い指をキング・クリムゾンに無理やり絡める。

 振りほどこうとしてもなぜかキング・クリムゾンの腕は微動だにしない。まるで岩に埋まってしまったように微動だにしない。

 

「…共感だ。僕のスタンドは…()()()()()()()()()だったんだ。共感に…思い出に時間も、死も、生も関係ない」

 

 そのスタンドの指が、深く手の甲に食い込んだ。そして、ふいにキング・クリムゾンが消失した。ブランクのスタンドに吸い込まれたかのように。

 ディアボロは言葉も出なかった。ただ、動けないでいた。

 

 矢の力?

 あり得るわけがない。

 なぜスタンドが消えた?

 幻覚を見せる能力か?

 頭の中を混乱が覆い尽くしていく。そして混乱は端から敗北の予感に染まっていく。

 

 

「そして…これが矢で引き出される…スタンド能力のその()()だ」

 

 ブランクは自分の左手を胸の前で握った。後ろのスタンドの形が、霧が晴れたかのようにくっきりと浮かび上がる。

 その形は見間違えようがない。キング・クリムゾンの姿だった。

 

「スタンド能力を…いや、もはや魂と言ってもいい。それを奪う。それがこの矢によりもたらされたスタンド能力を超えた力」

 

 奪われ続けたブランクの至る場所。

 空だったブランクの本当の力。

 

 相手の魂に共感し、それを奪う。

 

 それが すべてのものの精神を支配する力(ソウルスティーラー)。ブランクのミザルーが行き着く果て。

 

 

「あんたの世界を見てわかった。僕らはしょせん、時の奴隷だ。だが、この認識されない孤独の世界にいたって、復讐の刃からは逃れられないぞ!」

 

 矢はもう一つの福音をもたらした。

 奪った能力はブランクの中で()()()

 

 

「僕はリゾットの望みを叶える」

 

 時が飛んだ。ディアボロは初めて自らのキング・クリムゾンをくらい、その理不尽さを思い知った。

 

 

 気づけばブランクは目の前にいて、ディアボロに抱きついていた。

 ジキッ…と音を立てて、地面から生えた鈎がディアボロの足を固定した。

 動けなかった。動けないまま、ブランクの胸から流れる血がべったりと自分の腹につくのを感じた。

 

 そしてあの音が聞こえる。

 

チキチキ…チキチキチキ…

 

「やめろ!オレから離れろ!その薄汚い手を退けろ!」

「……僕も痛い。でも、僕は罰を受けて当然だから」

 

 ブランクの胸の出血が針に変わっていく。

 キシキシキシと音を立ててディアボロとブランクの体の間で膨張して、皮膚を突き破っていく。

ディアボロの切断された左肩からも傷口を埋め尽くさんばかりにカミソリの刃が発生していく。

 刃はチャラチャラと音を立て地面に積もっていく。刃は落ちてすぐ、化学反応でも起こしたかのように一緒に流れてきた血を吸収し、さらに大きなナイフやメスに変わる。

 

「でもあんたの感じる痛みは違うぜ。この刃は、今までお前に奪われ続けた誰かの痛みだ」

 

 ブランクが腕を回した箇所から、ヂキヂキと皮膚下で刃物が肉を切り裂き、内側へ突き進み体を破壊していく。

 

「やめろ!やめろ!やめろ!このオレがこんなところでッ!こんなやつに…」

 

 

 ブランクの傷からも、たくさんの刃が飛び出している。これまでの傷全てから、自分を切り裂く刃が血の代わりに吹き出す。

 

 これは復讐心だ。復讐とは引き裂かれた魂の咆哮だ。

 時には自らの憎悪が、自らを引き裂く。

 まるでリゾット・ネエロの生き様そのものだ。

 

 過去になにがあったかなんてわからない。でもこんな魂の形を見ると、なんだか悲しくなる。

 

 

 

 ディアボロの口から血が溢れ、項に流れてきた。温かい。その血はすぐにカミソリの刃に変わって、服の隙間に落ちてった。

 

 ディアボロは崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

 大量の血が針まみれの床に落ち、またより一層鋭い針と刃物の山になる。広がっていく血はどんどん刃物に変わっていった。

 刃物は集積すると磁力によりよりあつまり、大ぶりのものに再生成されていく。周囲はまるで剣の樹がはえてるかのようだった。

 あたり一面に、針と剣が侵食していく。メタリカの原則である自然界にある鉄分がどうとかの法則を無視して、わずかな鉄分を元に多量の刃物が“生えている”のだ。

 

 

 夜闇の星が鈍色に反射して、銀の世界にいるみたいだ。

 

 美しい空が急に暗転してようやくブランクは自分を支える力がもう残ってないことに気付いた。

 

 

「あれ…ちょっとやり過ぎたかな…?」

 

 よくよく自分を見ると、本当にひどい有様だ。

 首からも、腹からも、針がどんどん生成されている。傷口周辺からポロポロと針が溢れ、肩に積もって落ちていた。右目からはカミソリの刃が、涙の代わりに落ちている。

 薬が切れてきたのか、それとも傷を視認したからか、ものすごく痛い。

 

「あはは…すご……」

 

 胸からは大量に血が流れていた。血中の鉄分は地面に落ちる前に徐々に形を成していき、落ちる頃には一つの刃物となっていた。

 

 

 ブランクは制御しなければと思うが、もう立つことができない。

 そのまま膝を突き、地面に伏した。自分の下に広がっていく血はすぐに針に変わり、傷口に突き刺さる。

 

 ボスの言うとおり、生き延びたところでほんとに何もなくなっちゃうな…。

 

 いや、ここで死ぬならあんま関係ないか。

 レクイエムは僕が死ねば終わるんだろうか。 

 星はもう、まっくらでみえない。

 

「……なんか…疲れちゃった…」

 

 でもこれで、償えたかな。

 ギアッチョは許してくれるか微妙だけど、リゾットの望みは叶えたよ。

 

 でもなぜかな…ここで、一人で死ぬのはとっても悲しい。誰もそばにいないのは、ひどく寂しい。

 これが、僕へのほんとうの罰なのだとしたら、きっと世界で一番ひどい罰だ。

 

 大切なものを見つけたあとだと、死ぬのはとっても、怖いんだね。

 気づけて良かった。

 

 


 

 

 ギアッチョは熱を感じて目を覚ました。

 

 爆発の瞬間、ホワイト・アルバムの装甲を厚くすることに失敗した。息切れもいいところだったしそれはしょうがない。頭部を覆うヘルメットだけ頑丈にできただけでも御の字だ。

 

 熱の原因は頭以外の全部だ。

「クソ…燃えて…やがるじゃねーか…クソッ!オレは何回爆発に巻き込まれりゃーいーんだオイッ!クソがァッ!」

 

 怒鳴った途端腹部に明確な痛みを感じた。

 見ると車のバンパーだがなんだかわからん部品が深々と食い込んでいた。貫通はしていない。だが、衝撃は内臓に届いてしまったらしい。

 

 ノビていて動かなかったから激しく痛まなかったようだが今のブチギレでズキズキ痛みだした。

 

「クソッ!ありえねーッ…」

 

 怒れば怒るほど逆効果だがその状況にますますムカついてくる。

 燃える現場から這い出して、早くコロッセオに向かわねば。

 

 よく見るとやられてるのは腹だけじゃない。

 

 気絶している間、氷が熱で溶かされたらしく、右脚の皮膚が水ぶくれを起こしている。肋は何本か折れてるし、多分足甲のどっかもいかれてる。

 絶対的防御力を誇るホワイト・アルバムがここまでやられるとは思わなかった。同時に、やはりキング・クリムゾンは自分に倒せなかったであろうことも悟る。

 防戦一方。攻撃手段にかけていた。

 消耗さえしてなければと思うが終わった戦いに言い訳したところで何も始まらない。

 コロッセオに気を取られてか、とどめを刺されなかったのは運が良かった。

 確かに普通ならもう戦闘不能だ。普通なら動けねーがそんなの根性で乗り切れる。

 だいたいブランクがあんだけ欠損して動けてるのにここでへばるわけにはいかねえ。

 

 ギアッチョは立ち上がり改めて周囲を見回した。

 

 ジョルノ・ジョバァーナとグイード・ミスタも爆発でやられている。ミスタはほとんど死にかけてるが、ジョルノは生きていた。片脚を車体に潰されてはいるが死にはしないだろう。

 ボスの腕を氷漬けにしたときに張った氷は結果的にジョルノをも助けたらしい。生命を作り出すという能力があればそこのミスタも助かるだろう。

 もっとも車体に押しつぶされた体が燃えてしまうのが先かもしれない。

 

「ああ…クソ…調整さえ利いてりゃまとめて始末できてたのによォ…」

 

 

 ギアッチョはフラフラした足取りでコロッセオへ向かった。だが途中で目眩がして倒れてしまう。内臓が中で破裂してるのか、皮膚の下ににたぷたぷ血が溜まっているらしい。

 しかたなくガラス片を刺し、血を出して凍らせて止血する。だがそのせいか意識が遠のく。目の前に地面が見えて、頭に衝撃が走った。

 

 生温かい。自分の血を見ることなんてかなり久々だ。

 ホワイト・アルバムという無敵の能力を身に着けて以降、ギアッチョは怪我なんてそうそうしてなかった。

 

こんな傷でへばってるとこ、アイツらに見られなくてよかった。

 

 ギアッチョがもう一度立ち上がろうとしたとき、後ろで瓦礫を崩す気配がした。振り向くと、ジョルノが片足を自分で切断して燃える車の下から這い出していた。

 

 

 


 

 

ブランクはあの日の祭壇の上に寝ていた。

倉庫をちょっと改装しただけの儀式部屋。コンクリの壁にかけられた十字架。掃除しやすいように、部屋の端に排水溝がある。

台上には百合の花と十字架があった。

司祭の格好をした男が立っていた。

男はブランクの体の中から臓器をどんどん抜き取っていく。

痛みもなく、血も流れなかった。

やがて、両手両足を縛られたブランクの体から、ぜんぶの臓器が抜き出された。

天井に向かって、空っぽの胴体が口を開けている。

司祭に扮した男は部屋の暗がりに消えた。

 

それっきり、誰も来ない。ずっとブランクは繋がれたままだ。

 

 

そうだよ。こうなることもあり得た

ジョンガリが来たのはたまたまだ

そもそも、もっと前に子どもたちの殺し合いに負けてたかも

 

みんな透明になった

いのちはなかったことになった

僕も、そうなるはずだった

 

 

気づくと、誰かが祭壇の傍らに立っていた。

どうしてか、顔が見えない。

 

「それは特別かわいそうなことじゃなければ、お前が弱かったからとかそういうわけじゃあない。ただ世界がそういう仕組みなだけだ」

 

聞き覚えのある声だ。低くて落ち着く、諦念に満ちた声。

 

「報われない。奪われ続ける。そういう世界だ」

 

そうかもしれない。それは真実だ

少し前にも、同じことを言われた気がする

 

「僕はそうじゃないと思いたいよ」

 

ブランクは言った。

 

「たしかに、みんなハゲタカみたいに僕から奪っていく…。でも僕も、いろんなものを奪っていたよ」

 

 生きるため殺した孤児院の仲間たち。

 狙撃手として殺した名もしれぬ兵士。

 暗殺者として殺した数々の個人。

 そして、裏切り者として見殺しにしたみんな。

 

「僕はそれに気づかなかった。ディアボロと、実のところ同じか、もっと悪い。だから、罰を受けた」

 

 

どうすればいいんだろう

どうすれば許してくれるかな?

これで許してくれるかな…

 

 

「オレは怒ってないぜ」

 

 また、別の誰かが立っていた。ブランクから顔はよく見えない。

 

本当に?

 

「あたりまえだろ。オレに付き合ってくれたんだから。オレたちのゲームは終わった。よくやったな」

 

「勝ちだか負けだか…もうわかんないけどね…」

 

もう一人の寂しげな声の男が言った。

 

「ブランク、世界は円のようなものだ。

与えたり、奪ったりが循環する輪だ。

別々に存在するんじゃあないし、境界線があるわけでもない。残酷な世界も、美しいものも同じ円の中にあり続ける。

お前はその輪の中で生きてかなくっちゃならない」

 

じゃあ僕はこれまでちゃんとその環の中にいたんだね…。

「これまでも、これからもだよ」

 

「でも今いるここは…まるで世界の果てみたいだ」

 

誰にも干渉できない、僕だけしかいない場所。

輪から外れた場所だ。

キング・クリムゾンにより吹き飛ばされる時間の中のように。

 

「くらい…」

 

ブランクは、かつてジョンガリが破った扉に手を伸ばした。鎖の錠のかかった扉。とうぜん届かない。

それでも手を伸ばした。

 


 

 トリッシュは天井に空く穴から、胸に矢が刺さったブランクを一瞬見た。そしてすぐに苦痛に悶える声が聞こえてきて、トリッシュは上の様子を見ようと、おそるおそる階段を一段登った。

 だが上げた足の膝にいつの間にか、一本の針が刺さっているのを見て体が硬直した。

 針の先端はよくみると外側を向いている。続いてもう一本が膝からぷつりと皮膚を突き破り生えてきた。

「な…なんなのよッ!これは」

 トリッシュは思わず階段から退く。天井の穴からは悲鳴と、チャラチャラチャラチャラ…という金属音が聞こえてきた。

 

 「トリッシュ…ここは…離れたほうがいいかもしれない」

 

 見るとブチャラティの体の傷からも大ぶりのハサミが飛び出していた。トリッシュはブチャラティの肩を抱き、下へ向かう。

 

 一番下に到達し、ブランクとボスがいるはずのフロアを見ると、カミソリの刃と針とがアーチからこぼれ、その刃物が落ちながら寄り集まり剣に変化し、地面に突き刺さった。

 

 

「なんて光景だ」

「ブチャラティ…一体何が起きてるの?」

 

 ブチャラティの体にはメスが突き刺さっていた。落ちてきたものだろう。血はやはり、あまり出ていなかった。

「ブチャラティ!またあたしをかばって…」

「当たり前のことだ。怪我はないか」

「…これくらい、平気だわ。……これは、スタンド能力なの?」

 

チキチキチキ…

 刃が擦れ合う音がとても耳障りだ。

 

「矢の力が暴走しているのかもしれない。とにかくどういった能力なのか見極めないことにはどうしようもないな」

 

「上よ…多分、上に登ると傷口が開くんだわ。さっき針が出てきたのは、4日くらいまえに擦りむいた膝だもの」

 

「…傷か……」

 

 自分の体を見るブチャラティ。とても生きていられる傷じゃないのに、彼は動いている。トリッシュは胸にわいてくる不穏な予感を振り払おうとした。

 

 

「ブチャラティ…!」

 

 そこでジョルノの声がし、二人は振り向く。

 驚くべきことにジョルノはギアッチョと肩を組んでやってきた。よくみるとジョルノの左足のズボンが千切れていた。剥き出しの足は妙に汚れていない。

 

「ジョルノ!どうしてその人を…」

 トリッシュを無視してギアッチョはブチャラティに尋ねた。

「ボスはどうしたんだよ」

「おそらくブランクが殺った。だが…暴走状態に陥っている」

「どういうことです?」

「それよりもミスタは…」

「最低限の治療をしておいてきました。動けるようになるには時間がかかる…」

「オイッ!どーいうことかって聞いてんだろーがッ!とっとと答えろッ!」

 

 ギアッチョはジョルノの肩を振りほどき地面に放り出した。

 かわりに手を差し出したブチャラティの傷をすぐにジョルノは補う。

 

 あのとき、ジョルノはギアッチョの内臓を補うのと引き換えに、足が完全に接合し歩けるようになるまで肩を借りる条件を出した。

 ギアッチョはしばし悩みはしたが承諾し、律儀にここまでジョルノを運んだのだ。

 

「ここで待っていた男はスタンド能力を進化させる“矢”を持っていた。ブランクはそれを使いボスを倒したが…その能力の制御を失ったらしい」

「ちらりと見えたわ。胸に矢が刺さっていた」

「はあ…?何やってんだアイツは…」

 

 地面から生えた幾百本もの剣は、星の僅かな光を拾って集め、氷のように冷たく光る。

 それはさながら剣の山。針の下草。

 上階からこぼれ落ちるカミソリの刃は雪のようにも見えた。

 遠くで見れば美しいが近くで見るとなんとおぞましいことか。

 

「これは…メタリカ、なのか…?あいつ使えたのかよ」

「ああ。スタンドの発動条件は“上がる”ことだ。上に登ると傷口から見てのとおり、針と刃が生成される」

「…スタンドのみならばどうにかなりますか?」

「さっきスティッキィ・フィンガーズで試したが傷口からハサミが生えてきた。いずれにしろ射程外だがな」

「ここから3階までか…矢を彼から取り戻せば、このスタンドは終わるんですよね」

 ジョルノがなんとか方法を考えていると、ブチャラティがすでに決めていたことのように提案した。

「オレがいこう。この体ならば……どんなに傷ついても支障はない」

 そのブチャラティを見て、ジョルノは彼がとっくに死んでてもおかしくない傷を負ってなお、痛みをほとんど感じてないことに思い至った。

 

 

 二人のやり取りを無視してギアッチョは躊躇いなく階段に向かった。それ見てトリッシュは思わず声をかける。

「だめよ!あたしもさっき登ろうとした。でも何日も前の擦り傷でも開いたわ」

「なんだテメー…外野は黙ってろ」

 トリッシュはギアッチョの気迫に押されてだまる。

「これはオレの仲間の不始末だ…オレが行くのが筋ってもんだろうが」

 

「しかし…傷は?」

 引き留めようとするブチャラティにギアッチョは半分キレながら反論した。

「ああ?それにテメーらよりはマシだろ。ブチャラティ、なんだその体。生きてんのか?気持ち悪りーぞ」

 

 ギアッチョは忠告を振り払うように手をシッシと振ってから階段へ歩きだした。

 

「待ってください」

 まだ引き止めるジョルノにプッツンしかけるギアッチョだが、腹の痛みを思い出して抑えた。

 

「トリッシュ、ブランクは心臓に矢を刺したんですか?」

「ええ。ちらっと見えたときは…」

「じゃあこれを持っていってください」

 そう言ってジョルノはてんとう虫のブローチを渡した。

 

「てめー…なんのつもりだ?見返りに何をタカるつもりだ」

「そんなものはいらない。ただ、助けられるようなら助ければいい。それだけだ」

「……ムカつく奴だな」

 

 ギアッチョはそれだけ言ってすぐに階段へ向かった。今度は誰も引き止めなかった。

 

 

 ギアッチョが階段に足をかけ一段登ると、腹にチリチリとした痛みが走り、白い上着にまた血がにじんだ。

 それだけじゃない。右足の水ぶくれが弾けて、ズボンの内側からカミソリの刃が飛び出てきている。ギアッチョは一瞬体勢を崩す。

 

「いってーなッ!クソ…」

 

 壁についた手の、数日前の擦り傷からもカッターの刃が押し出されるようにして生えていた。

 階段は登れば登るほど、建物に侵食する刃物の密度が増していた。登れば傷から切り裂かれるだけじゃなく、地面にも壁にも剣やら刀やらがはえているのだ。

 進むのなんて正気の沙汰じゃない。

 

「ブランク、テメー…マジで覚悟しろよ…」

 

 だが何よりも痛むのは腹部だ。ボスにやられた傷で内臓がズタズタになっていってるのだろう。

 だがギアッチョの心を占めるのは痛みよりも遥かに大きな怒りだった。

 

「償いはどうした」

 

 一歩一歩、地面の針を踏みしめて階段を登っていく。

 

「首持ってこねーと許してやんねーって言ったろーが」

 

 踊り場を通過すると、上のフロアが見えた。剣の刃が扉のように行く手を阻んでいる。もうズボンが血でビチャビチャで、しかもそれがどんどん針に変わっていくものだから気持ちが悪い。

 

「ボスの死体もそこから出さねーと、殺したって証明できねーだろーが!オイッ!これどかせブランクッ!」

 

 剣の扉の向こうから反応はない。

 

「クソガキが…つーかそもそもオレはテメーのことはずっと気に入らなかった。弱いし、空気読めねーし、飯奢らされるし…それなのに来てやったんだぜ。礼だけじゃ足りねーぞ」

 

 口から垂れる血がカミソリの刃になった。口の中がジャリジャリしてくる。舌の奥からでてきた刃を一枚地面に吐き捨ててギアッチョは怒鳴った。

 

「ここ数日で突然悟ったようなコト言いやがって。テメーの全部が超ムカつくぜッ!!暴走だがなんだかしらねーが、へばってんじゃねーーーッ」

 

 そして腕を振りかぶり、思いっきり剣を殴った。氷で覆った拳が剣を打ち砕き、氷にも似た刃の空間が顕になった。

 

 折れた破片が転がった先に、ブランクはうつ伏せになって横たわっていた。傍らにはボスの死体もあった。その少し遠くにもまた誰かが倒れている。

 

「ブランク…」

 

 ギアッチョはブランクを仰向けに起こし、口の前に手を当てて呼吸を確かめた。わずかだがまだ息をしている。胸からはまだ血が細い筋になって流れ出している。

 どうやら傷口に生成された無数の針で失血死は免れているらしい。

 

「バカだなお前…自分だけ傷つくことが偉いとでも思ってんのか?」

 

 もちろん返事はなかった。紙のように白い肌はどす黒い血で汚れている。

 矢を抜かねば。

 暴走の至る果てがどうなるかはわからないが、はやく終わらせてやらないとだめだ。

 

「死んでも恨むんじゃねーぞ」

 

 ギアッチョは先程折った剣先を握り、ブランクの針の心臓へ突き立てた。抜き身の刃で自分の手も切れるが、もうかまわない。

 

 そのまま心臓へ刃を入れる。無数の針が剣をひっかく不快な音が聞こえた。そして剣先に硬い何かが当たる。きっとこれが“矢”だ。

 

 ギアッチョはそのまま力を込めて、心臓にしっかり剣を沈めてから、てこのようにして心臓を引きずり出した。

 吹き出す血は、もう刃に変わりはしなかった。

 

 そして先程ジョルノから受け取ったてんとう虫のブローチを、心臓へ変身しつつあるそれをブランクの胸に押し込んだ。

 

 

 

 刃は突如霧散した。それを見てジョルノはすぐに階段を駆け上がった。ブチャラティ、トリッシュもあとに続いた。

 

 

 ジョルノがつくと、ブランクはちょうどまぶたをひらいた。

 ブランクはジョルノを見て少しだけ口角を上げ、言った。

 

 

「……きみは……ジョルノ・ジョバァーナだね」

「そういう君は…ヴォート・ブランク」

 

 ジョルノはようやくブランクと出会った。アバッキオのリプレイで見た姿よりも生身のブランクはずっと優しげに見えた。

 ブランクの胸にはまだ深い傷がある。ジョルノはブランクの傷を塞ぐためにゴールド・エクスペリエンスを出した。

 ブランクは黄金のスタンド像を見て、ジョルノを見て、目を閉じた。

 

「これは…君の心臓か…?あたたかいね」

 ブランクの言葉を聞いて、ジョルノはわずかに微笑んだ。

「………オレへの礼はどーした」

 

 ブランクの上半身を抱えるギアッチョは呆れ気味に言った。ブランクは薄く目を開けて小さな声でいった。

 

「ギアッチョ。僕は…光を見たよ」

「はあ?意味わかんねー…」

 

 ブランクは意識を失ったようだった。ギアッチョはキレる気力もなく、半笑いする。

 

「ああ…クソ疲れたぜ…」

 

 自分の下に広がる血溜まりを見て、意識が遠のく。ジョルノがそれに気づき、ギアッチョの顔を見た。

 

「結局…てめーら漁夫の利だな……ラッキーな奴らだ…」

 

 そう言ってギアッチョも気絶してしまった。

 先程治した腹部の傷が刃で開き、さらにスタンドで体の内側へと切り開かれていたらしい。その刃が消えたせいで出血は夥しい量になっていた。

 

 ジョルノはギアッチョの腹の傷も治した。ゴールド・エクスペリエンスは損なわれた部品を作り出すだけなので、足に負った火傷やフーゴの時の凍傷のような面の傷はどうしようもなかった。

 かなりの痛みだったろう。

 その痛みを乗り越えて仲間を助けに行ったのだ。その尊い精神にジョルノは自分たちを突き動かす正義の心と同じ流れのものを感じた。

 

 ブチャラティも同じだった。

 

 どれだけ傷付いても、自分の意志を貫く。そして時には仲間がそれを助け、正す。

 自分の信じたいと思っていた道を彼らもまた歩いていた。

 はじめは殺し合うべき“敵”だった。だが、今となっては奇妙な絆さえ感じる。

 

 ジョルノは傍らに転がった心臓に埋まった鏃を抜き、ハンカチで包んだ。

 彼らから誉を奪う事は黄金の精神からは程遠い。今はただ、彼らの支払った代償に敬意を表する。

 

 

 

「……トリッシュ…結局オレたちが君にしてやれたことはあまりなかったな」

 

 ブチャラティは隣にいるトリッシュにそう呟いた。トリッシュはブチャラティの横顔を見て、そのどこか穏やかな瞳がもっと遠くの、どこでもない何かを見つめているのがわかった。

 

 

「そんな事はないわ。それに…」

 

 トリッシュはブランクを見た。

 初めてあったとき、あの子はまるで片翼をもがれた雛のようだった。

 だがディアボロを前にしたあの子の顔は違った。

 

 

 どんなに傷ついても、失っても、それにはきっと意味がある。それと向き合って意味を見つけようとする限り。

 

「あなた達にしてもらった事は、忘れない。その価値を決めるのは、あたしだわ」

 

「……そうか。トリッシュ、君はとても強くなったよ」

 

「ありがとう、ブチャラティ。ミスタ、ジョルノ。ここにいないアバッキオとナランチャ、フーゴも…」

 

 

あなた達にあえてよかった。

 

 

 

 

「本当に、ありがとう」

 

 

 

 




スタンド名『ミザルー』
本体 ヴォート・ブランク
スタンド像-なし

破壊力-E
スピード-コピーした能力による
射程距離-コピーした能力による
持続力-A
精密動作性-D
成長性-A

触れた者のスタンド能力をコピーする。強さは本体への理解度で変化するが、パワーと精密動作性はさがる。
本体が死亡した場合使用不可になるが、後に死者であろうと〝自分を承認〟した者のスタンド能力も使えるようになる。


スタンド名『ソウルスティーラー』 
本体 ヴォート・ブランク
スタンド像-靄

破壊力-なし
スピード-なし
射程距離-なし
持続力-なし
精密動作性-なし
成長性-なし

矢によりレクイエム化したスタンド。
対象の能力を奪い自分のものにする。
自分のものにした能力はそれぞれの能力に合わせて進化する。
奪った者の精神構造にまで共感してしまうため相手はある程度見定める必要がある。
奪った能力を返すことも可能。

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