【完結】ABOUT THE BLANK 作:ようぐそうとほうとふ
ブランクは一通りの手術を終え、ネアポリス中央病院へ移送された。数日間意識不明だったが、春の日差しの穏やかな午後、ようやく目を覚ました。
片目は包帯に覆われたままで右腕もなかった。左胸や腹部全体にまだ違和感があったが、すこぶる調子は良かった。ナースコールをおそうとした時、横のベッドで本を読んでいる人物に気づき、思わず叫んだ。
「メローネ!?」
「おう。聞いたぜ、おまえハリネズミみたいになってたらしいな」
「刺客が行ったって言うからてっきりもう死んだのかと…え?足あります?幽霊じゃあないですよね?」
「自分の弱点は自分が一番よく知ってるからな…。苦労したぜ。足折れてるのに隠れなきゃならなくて」
ブランクはよろよろしながら立ち上がり、メローネの布団をめくって足があるか確認した。
「おお!あるー!」
ブランクはついでと言わんばかりに触って確かめた。あまりに無遠慮な触り方だったせいで足を固定するボルトにふれてしまった。
メローネは痛みで仰け反る。
「ッ……?!て、てめーーッ!!ふっざけてるんじゃあねーぞ!!患部に触るな!」
「おお、痛いってことは生きてる!」
「笑い事じゃすまされねー事をしたんだ、お前はッ…」
「……なんでこんなにうるせーんだよ」
そこでギアッチョが入ってきた。
起き上がっているブランクを見てどこかに電話をかけた。
「体の調子はどうだ」
「やっぱり手がないのは落ち込みますね…」
「問題なさそうだな」
「あと体がすごくおもい」
「それはなんか食えば治るだろ」
ギアッチョは食ったら治る論を振りかざす傾向がある。
「それよりもあのあとどうなったんですか?僕ら揃って病院にいるのに一番驚いてるんですが」
「ああ…」
ギアッチョはかなり嫌そうな顔をした。
「あいつらだよ。まじで理解できねえ」
「はあ?」
言葉足らずなギアッチョにメローネが補足するように言い足した。
「アイツらはオレたちを始末する気はないとさ。一連の騒動はドッピオと親衛隊の反逆…というふうにまとめようとしている。だがはっきり言って収束する気配はないな」
「はあ…」
ブランクは点滴を引き抜きながら事態を飲み込もうとした。メローネが持っているのは情報分析チームの管理者権限を持つブランクのパソコンだから、ブチャラティたちと一緒にいろいろ工作しているんだろう。
だが裏工作なんかでどうにかなるとは思えない。サルディニアの件と言い、騒ぎが大きくなりすぎた。“ボス”本人が収束を宣言しなければだめだ。
「まあぶっちゃけお前待ちだ。あの新入り…ジョルノはお前が決めるべきだとよ」
「なんで僕」
「お前がボスを殺したからだよ」
ブランクは今まで下っ端だったのに急に重要な交渉を任されそうな気配がして、ちょっと顔を顰めた。
「ジョルノ・ジョバァーナ…。あいつは危うい。何を考えているのかわからん」
「オレも同感だ。策略を巡らすタイプじゃないようだが、言葉は通じるのに違う世界のやつと話してるみたいだ」
ギアッチョ、メローネはジョルノに対して懐疑的らしい。嫌いだとか相容れないというよりかは理解不能という感じだ。確かにボスの座を狙っているかもしれない人物が死にかけの“敵”を助けるなんてギャングの常識では考えられない。
それにやつらとは何度も死線を交え、結果的にこちらはチームの殆どを失っている。わだかまりがあって当然だ。
「僕が思うに彼は…」
ブランクが言いかけたとき、ノックの音がした。
ドアを開けて入ってきたのはジョルノとミスタだった。
「ブチャラティは?」
「彼は…」
「あいつはもう足を洗った」
「はァ?ありえねーだろそんなんッ!お前らのリーダーじゃなかったのかよッ」
ギアッチョがキレながら言うとミスタは「一身上の都合だ!」とキレ返し病室が騒がしくなる。
改めてジョルノと向き合ったブランクは何を言えばいいかわからず目を泳がせた。そんなブランクにジョルノは落ち着いた態度で提案する。
「外で話しませんか?二人だけで」
「あ、うん。そうだね。ここうるさいし」
ブランクはメローネにアイコンタクトをとった。メローネは行ってこいと言いたげに小さくうなずいた。
ブランクは入院着一枚だったがあまり気にせず、ジョルノとともに病室を出た。
昼下がりで心地の良い気候だ。平日なのだろうか、見舞いの人は少ない。二人は自然と屋上へ足を向けた。
屋上にはたくさんのシーツが干してあり、太陽の光を反射して白く眩い。ベンチにすわるとネアポリスの美しいレンガの町並みが見える。海の青は前に見たときよりも青く、深く見えた。
「…僕さ、前に君とあった事があるんだよね。覚えてる?」
「いいえ、記憶にありません」
「敬語はやめようよ。僕、君のこともっと知りたいんだ」
「…確かにそうだ。ぼくたちはちゃんと知り合わないと」
ジョルノ・ジョバァーナは美しい顔立ちをしていた。その顔に、どこか見覚えがあるような気がする。どこで見たんだろうか。思い出せないけれど、どこか懐かしい。
ブランクはなんとなく気まずくて、頭に浮かんだ事を話してみる。
「君のスタンドは、すごいね。与えられるんだもの。僕、ずっと誰かにいろんなことしてもらって、与えられて来たんだよね。今度は心臓まで君からもらっちゃった。落ち込むよ…」
「君はボスを倒した。それだけでいろんな人に未来を与えたんだ。そうは思えないのか?」
「……そうか。なるほど。そういう考え方もあるのか」
ネアポリスの空。気持ちのいい青と雲の白のコントラスト。初めて見るような気がする。
「ジョルノ、君はこの騒動が起きる直前に入団したよね。なんでギャングになろうなんて思ったの?」
ブランクの問にジョルノは目を丸くしてから、なにかためらうように目をそむけた。もう一度こちらを見るときに微笑を浮かべ、またすぐに平静な顔に戻る。
なんだか背伸びした少年みたいだ。事実、彼は自分と大して年の変わらない少年だった。
「…口にするのは、なんだか気恥ずかしいな。……ぼくは昔、ある人に助けてもらったんだよ」
「ある人?」
「ぼくは日本人とのハーフでね。黒髪でいかにもいじめられっこって感じだった。母親にもあんまり可愛がられてなかったし…義父からはよく殴られてた。気づいた頃にはすっかりひねた子どもになっていたよ」
「そーはみえないですね」
「ある日、怪我をしたギャングの男をかばったんだ。その日から周りの景色が変わった。だれもぼくをいじめなくなったんだ。その人はぼくをずっと影からまもってくれていた。決してそれを表に出したりせず、ただ無言でね。その日からぼくはギャングスターに憧れるようになった」
「…君も誰かに助けられたんだね」
「ああ。それを思い出すと…不思議と勇気が湧いてくる。わかるかな」
「なんとなくわかる」
「そうか。そうなんじゃないかと思った」
「……ふ。なるほどね…」
そりゃギアッチョやメローネと話が通じないわけだ、とブランクは納得する。
だってこんな眩い夢を見てるやつなんて今まで世界中のどこだって見たことない。
王道
彼の歩む道はそれだ。そしてそれにふさわしい精神を持っている。さらに、生み出し与えるという天賦の才がその道を照らしている。
魂の形がわかるブランクには嫌というほどにわかる。彼の黄金の精神が。
「でもさ…正しいことばっかり、善い事ばっかりできるわけないよ。光があれば闇がある。そして…ここの闇は濃すぎる」
闇は暗殺チームや麻薬チームだけじゃない。売春、裏ビデオ、賄賂、誘拐。この世界の裏側に巣食う暴力と奪い合いは、それがなければ成り立たないものがあるから存在するんだ。
裏世界をいくら照らしたって、より濃い闇がどこかで生まれる。光には、シミのような影がついて離れない。それが世界だ。
「それは嫌というほどわかっている。でも、ぼくは暗闇の中を切り拓いていく。どんなに困難で、犠牲があっても。それが正しいことならばね。ぼくは自分が正しいと信じたことをするだけだ」
「だから僕らを殺さなかった?」
「そうだ」
「じゃあ、僕があのまま世界をめちゃくちゃにしようとしてたら君はどうしてた?」
「その時は君を殺して止めただろうね」
「なるほど。いいね」
燕が1羽、二人の上を飛んでいった。ジョルノはその軌跡を目を細めてみていた。
「ブランク、君のことも教えてくれるか。どうしてボスと戦ったんだ?」
「え、みんなから聞いてない?」
「君の口から理由を知りたい」
ブランクはかなり悩んで話し始めた。
「はじめは命令されたからだよ。でもそのせいで……本当に大切なものを失った。だから償い、なのかな。うん。いや、それだけじゃないんだけど」
ブランクは自分の頭に渦巻く考えをよく噛み砕きながら言った。
「僕は、ずっと僕がどういう人間なのか知らなかった。だから…いろんな動機はあるけど…僕は、僕の魂の形を知るために戦ってたのかもしれない」
「見つけられた?」
「多分。…僕はね、できれば誰かに与えられるような人間になりたいと思った。でも…結果的に、僕は“矢”で奪う力を手に入れたわけだ。皮肉だよね。結局いろいろ駆けずり回って見つけた自分は理想の自分ではなかった」
「ぼくはそれは違うと思う。君のスタンド能力がどんなものでも、行為自体の尊さは損なわれない。それを忘れてはいけない。それに…君自身が何者であるか結論付けるにはまだ早すぎる」
「…そうだね」
ふいに、メタリカに自分を引き裂かれたときに見た夢を思い出した。
あの地下室に横たわり、孤独に閉じ込められる夢。誰かが僕に言ってくれた言葉を。
お前はその輪の中で生きてかなくっちゃならない
そうだ。僕は生きなきゃいけない。前に進み続けなくちゃならない。そうしてできた道を、最後に振り返ってようやく僕がどんな人間だったのかがわかるんだ。
「…ジョルノ、僕は、君を信じたいと思ってる。君の行く道に興味がある。でもそれには、ほんの少し僕の臆病が邪魔をするんだ」
ブランクは恐る恐る左手を前にだした。
「握手を…してくれないかな。そうしたら、きっと僕は君を本当に信用できると思うんだ」
「……ああ、わかったよ。ブランク」
ジョルノ、手を握る。
離してからブランクの手をそっとつかみ、その手のひらにあの矢を置いた。ブランクは驚いてジョルノの顔を見た。
「ぼくは君たちの栄光を横取りするような卑怯者ではない。この矢は、そしてボスになる権利は君と君のチームが勝ち取ったものだ。ぼくは、君たちの選択を尊重する。君たちが仲間を殺した僕たちを許さないと言うならば、それも仕方がない」
ブランクはかなり驚いた。その誠実さに思わず笑ってしまう。
「…僕らみんな、君に命を助けられてるんだよ?ずるいよ。そんな人を殺せるわけがない。それに君のことはよくわかった」
ブランクは手の上に乗った矢を見た。あの日心臓に刺さった矢。とても痛かった。今も左胸にはまだ違和感がある。でも、ジョルノからもらった新しい心臓はちゃんと鼓動を刻んでいる。
「僕は君が望むなら、ボスって立場を君に譲りたい。僕はボスの器じゃないからね。ただし…矢は僕がもつ」
ジョルノはかなり驚いた顔をしていた。ブランクをしっかりジョルノの目を見て言った。
「この矢が保険だ。君が僕の仲間を退けたりしないようにする抑止力だよ。そして…君がちゃんと光の道を進んでいるかぎり、僕は君と手を組もう」
「願ってもない話だ。だが…はっきり言って正気じゃあないよ、君は」
ジョルノは笑ってる。ブランクもつられて笑った。
「僕は人を見る目があるんだよ」
「きみの仲間は賛成してくれるとは思えないけど」
「多分二人ともめっちゃ怒る。でもボスは絶対やりたがんないよ、じゃない?内紛あった組織のボスとか絶対やだね。君のほうが変なんだよ!」
病室にもどると爽やかな気分の二人と対照的に空気が重かった。ギアッチョとミスタが喧嘩していたのかもしれない。
「まとまったか?」
メローネがまっさきに尋ねた。
「えー。僕ジョルノにボスをやってもらおうと思うんだけど…」
「はあ?!責任とってテメーがやれよッ!!」
「えー…でも年功序列ならメローネだよね?」
「絶対やだ」
ギアッチョは案の定キレた。ブランクはむりやりメローネに矛先を向けたが、メローネは即答だった。
「ギアッチョは?」
「絶対やだ」
ブランクはほらね?と言いたげに肩をすくめた。
「オレははっきり言って気に入んねーし、信用しきれねー。どっかで確実にオレたちを始末しようって気になるんじゃあねーか?」
「そこらへんはちゃんと大丈夫。矢は僕がもらったんで。もしそんなことしたら矢を使ってめちゃくちゃにしてやりますよ」
ギアッチョはまだ納得できていないようだった。メローネはじっくり考えをまとめてから口を開いた。
「オレも不満がないわけじゃない。ブチャラティならば適任だと思うが、いなくなった以上やつが選んだお前しかいないだろう。ジョルノ・ジョバァーナ」
すでに“暗殺チームはボスを護るためあえて裏切り者となった真の英雄”という筋書きができている。あとはボス自身が表に立ち、それを肯定すれば名誉の回復は果たされる。
「誓えるのか?ディアボロみてーに誰かを踏みつけにして安寧を貪るクソッタレになんねーって…テメーらに殺されたオレたちの仲間に誓えるのか?」
ギアッチョは低く、暗い声で改めてジョルノに問う。
「誓います。死んでいったぼくたちの仲間の魂にも」
ジョルノは凛と答えた。ギアッチョはジョルノの瞳に嘘がないかをしっかり、さすような眼差しで見た。
「……チッ。オレは見張ってるぜ。そこのバカだけじゃ見落としがあるにちがいねーからな」
「巻き込み事故みたいにディスられた…」
「……まあつまり、これでまとまったってわけだな?」
どうやらミスタはこの病室に長居したくなさそうだった。ブランクも彼に目を潰されたので苦手意識がある。
「詳しいことはまた日を改めよう。まだ入院中だというのにすまなかった」
ミスタとジョルノはそう言って辞した。
二人が扉を閉めてから、ギアッチョはブランクを睨みつけた。
「お前とんでもねー決断したな」
「任せたくせに」
「まあでもやりたくないしな。ボスなんて。リゾットがいりゃ任せられたが…」
三人は黙った。近いうちに、“ボス”の収束宣言後に葬儀が執り行われる予定だ。
確かにブチャラティたちに対しては簡単に割り切れない感情があった。だが一先ず、裏切り者という汚名は返上される。
そうして、ようやく鎮魂歌を奏でることが許されるのだ。
「そういや光ってなんだよ」
「ん?そんなこといった?」
「とぼけてんじゃあねーぞ。気絶する前そう言ってたぞ」
「うるさいなーーホント。ここ、病室だよ?つーかなんでギアッチョだけそんな元気なんだよッ」
ギアッチョとブランクは喧嘩を始め、メローネは苦笑いしながらベッドに横たわった。
ネアポリス郊外にあるちいさな家に、一台の車が止まっていた。普段人の気配はないが、今日は二人の人間がそこを訪れていた。
「素敵な家だわ」
トリッシュはリビングに入ってすぐそう言った。本当に素敵な家だった。窓から見える景色が特に素敵だ。
ブチャラティは鍵をテーブルにおいて、椅子に座ってその窓の向こうを見た。
「ここから、海に沈む太陽が見えるんだ」
「住んでいるの?」
「いいや、所有しているだけだ。中心部へは、少しだけアクセスが悪いしな」
「急ぎの用さえなければ十分だわ」
トリッシュの言葉にブチャラティは微笑んだ。
「近くにうまいリストランテと、学校もある。静かでいいところだ。…君が、新しい人生を歩み出すにはふさわしいとおもう」
「ブチャラティ、本当にいいの?こんなに世話になって…」
「気になるなら、大人になってから家賃を払ってくれればいいさ」
ブチャラティの冗談にトリッシュはとても優しい笑みを浮かべ、窓を開けた。春の暖かな風が吹き込み、白いカーテンがかすかにたなびいた。
もうすぐ日暮れだ。ネアポリスの海は日に照らされると、まるで金の海のように光り輝く。
キラキラと太陽の光を反射する波。潮の香りをかすかに運ぶ風。穏やかな時間。
「ブチャラティ。あたし、この旅であなたのことをもっと知りたいと思ったの」
「それは…光栄だな」
トリッシュは自分がかなり恥ずかしいことを言ってしまったことに気づき、慌ててブチャラティの方を振り向いた。
「か、勘違いしないでよ。別に変な意味じゃあないわ!」
「わかっているよ」
ブチャラティはさもおかしそうに、笑う。
わかってないじゃない…
そう思いながら、トリッシュは赤くなった頬を隠すように廊下に出て、階段を見つけた。
「二階も見てごらん。どっちかの窓が閉まりが悪いが…両方いい部屋だから」
「ええ」
階段を登る足音が聞こえて、ブチャラティは瞳を閉じ、ゆっくり背もたれに体を預けた。
もうじき海に日が沈む。
黄昏時に、この街は美しい黄金の輝きを放つんだ。
トリッシュ、君がここでこの黄昏を一日の終わりに眺めてくれたらと思う。
君がここで、今日一日で起きたいろんなことを噛み締めて、明日を生きてくれたらとても嬉しい。
そうなれば、オレは自分の進んだ道を、自信を持って振り返れる。
アバッキオとナランチャにも胸を張って会いに行ける。
そしてその道を、自分の進んだ道を誰かが続いてくれればと思う。
「ブチャラティ。…窓、閉まりが悪いんじゃあないわ。すぐ上に燕が巣を作っていたの。フンが詰まってただけだわ。ねえ…」
トリッシュは階段を降りて、早くブチャラティに燕を見せてやりたくて呼びかけた。だがリビングから返事はなかった。
「ブチャラティ?」
暗殺チームの葬式は合同で行われた。
各チームのリーダー、幹部が訪れるかなり大掛かりな式だった。ボスとして名乗りを上げたジョルノも出席した。
当然組織はまだ混乱していて、葬儀に来なかった幹部も数名いる。完全に騒ぎが収束するにはまだ時間がかかるだろう。
ブランクは地位的には参謀だったが、特に誰からも注目されていなかった。個人的にはありがたいが少しだけ寂しい。なのに仕事だけはちゃんと割り振られ、3日後にはポルナレフの遺体を祖国に運ばねばならない。
式がおわり、誰もいなくなった墓地の駐車場でブランクはメローネの車椅子に体重を預けながら、協会の屋根にある十字架をぼーっと眺めていた。
昨日はムーロロの葬儀で、神父の話も祈りの言葉もだいたい覚えていた。
信仰のない自分には、一言一句、誰に向けてもほとんど同じの教えなんてあまり意味がないと思った。でも、それに意味を見つけることが信仰なのだと思う。語るコードが違うだけで、届けたい思いは同じだ。
ギアッチョは建屋でいろいろな手続きを済ませていた。書類や墓地の話だろう。二人が病院にいる間いろいろ手はずを整えたのはギアッチョだった。
「メローネ」
「ん?」
「僕、暴走してたとき夢を見たんだ。僕は昔、体から大切なものを奪われた。夢の中では、師匠は助けに来てくれなくて、僕はこのまま死ぬんだなって思ったんだ。でもね、誰かがかわりにドアをぶち破ってくれた。そして目が覚めたんだ」
「へー」
メローネは相変わらず無関心そうだった。でもメローネはこういう会話を後々いじってくる。
「…メローネ、ありがとう。僕をここにいさせてくれて。あの日、ボートの上で諭してくれて」
その言葉を聞いてメローネは急に腹をおさえるように前かがみになり、ヒクヒク肩を震わせて笑いだした。
「お前ほんっとうに恥ずかしいやつだな!」
「なんで笑う?!そこは違うだろーが!こんなに素直に礼を言ったのに!少しくらい照れたりしろよ!!」
車椅子をガタガタ揺らしてキレるブランクとまだ笑っているメローネをみて、ギアッチョは本気で呆れていた。
「何盛り上がってんだよ」
「お、ブランク。ギアッチョにも言ったら?」
「ぜっったいやだ…」
「なんだと?テメーオレをなめてんのか!クソがッ」
遠くで神父がそれを迷惑そうに見ていた。
メローネを病院に収容し直した後、退院したブランクとギアッチョは暗殺者チームの本部へ行った。
ブランクはここに泊まるつもりで、ギアッチョはそれに付き合った。
ドアを開けるといきなり物が散らばっていた。
「きたねー」
「家探しされてたからな」
ギアッチョは電気をつけて構わず中に入っていく。いつもみんなが座っていたソファーのまわりは少しだけ片付いていた。
改めて見ると家探しとかは置いといて、汚い。特に酒瓶が溢れかえっているのが気になる。
ブランクは入った当初こそ掃除を頑張ったものの、片付けを上回るスピードで酒瓶が堆積していくので見ないふりをしていたのだ。
「このあたりは片付けたからまあ寝れるだろ」
ギアッチョはソファーのあたりを指差すが、正直他と違いがわからなかった。
「ギアッチョの掃除は雑すぎる…」
「文句があるならテメーでやれ。下っ端の仕事だろ」
「僕は実質ナンバー2でーす。敬語使ってくださ〜い」
「ビール瓶で殴ってやろーか」
「すみません…」
ブランクは転がった酒瓶を拾った。まだ中身が入っている。よくみると中途半端に中身が残ってる瓶ばかりだった。みんな飲み会のときに部屋に残っているぶんを把握せずに買い込むし、そもそも飲みきろうという意識がないのだ。
「もう飲んじまおうぜ」
「賛成」
ギアッチョも瓶の山を見て同じことを思ったのか愉快な提案をした。ブランクも同意し、大量の瓶をテーブルに置いた。
次にブランクが意識を取り戻したのは盛大なゲロ音が聞こえてきたからだった。
ギアッチョが吐いてるらしい。
二人の頑張って飲みきろうという努力が床中に転がっていた。
ブランクは起きて、コップ2つに水を注ぐ。
ふらふらになってきたギアッチョにそれを渡すとギアッチョは一瞬でそれを飲み干し、お代わりを要求してきた。素直についでやり、自分も水を飲む。
「いつも思うけど、酒弱いよね」
「お前はなんでそんな強いんだ」
「こればっかりは体質ですね。才能!」
水を飲み終えるとギアッチョはブランクの向かいのソファーに寝っ転がった。メガネを放り投げて眉間を押さえている。
この部屋には、いろんな思い出がある。自分が初めてここに来たとき、この部屋には10人いた。
ブランクの椅子はずっとパソコンの前に置かれたただの椅子だった。
2人、ブランクが死に追いやった。
そこから8人になって、今はもう3人しかいない。
からっぽだ。
僕はこの空虚を受け止めなきゃいけない。
喪失を乗り越えて、そしてこれからまた、残った絆を失う恐怖から逃げずに生きていかなきゃいけない。
でも同時に、新しい絆を繋ぐこともできる。
奪い、与える。相反するこの輪の中で。
ちゃんと覚えているよ。
君が扉を破ってくれたんだ。
一番僕を嫌っていた君が、血みどろになりながら手を差し伸べてくれた。
僕はそのことを絶対に忘れないよ。
「…ギアッチョ」
「ああ?」
「君の手に触れてもいい?」
ギアッチョは眉間から手をどけず、片手をこっちへ差し出した。
ブランクはその手におそるおそる触れ、そのあつさをしっかり感じた。
「…ありがとう」
【挿絵表示】
黄金の風は終了です
感想、評価、誤字報告、そしてここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
詳しいあとがきは活動報告に譲るとして、書き切れてよかったです。
番外編を少しやったあと、パンナコッタ・フーゴの話を書く予定です。もう少しだけ続くんじゃ
追記 ブランクくんの絵を貰ったのでぜひ画像一覧なり割烹なりで見てください!カワ(・∀・)イイ!!