【完結】ABOUT THE BLANK 作:ようぐそうとほうとふ
フランスは国土の半分以上が農業用地となる農業大国であり、特に北部は大規模な耕作地帯が広がっている。
ミスタが車窓から見渡す限り一面の小麦畑が広がっていて、金色の穂がそよ風に重たい穂首を揺らしている。
ミスタはレンタカーのハンドルを握っていた。そして後部座席にはブランクがいて、ずっとピコピコと携帯ゲーム機を弄っていた。ゲームボーイという名前のそれは、たしか以前、ナランチャが欲しがっていたものだ。
ブランクは暗殺チームのメンバーと話してるときなんかはナランチャと少しだけ雰囲気が似ている。だがイタリアからここまで、半日以上の移動時間中にその明るい、ガキっぽい面は見れなかった。
「…ふあ」
ミスタがあくびをするとブランクはゲームから視線を外し、ミラー越しに視線を投げる。
「運転、かわりますか?」
「ああ?いや、いい。多分もうすぐつくはずだ」
単調な風景に普通なら眠くなるが、道が悪いために車体ががたがた揺れるのでそうもしていられない。
二人はフランス北部、ノルマンディ地方にあるリヴァロ村の近くの小さな街を目指している。
「リヴァロチーズ食べたことあります?」
「あー。多分。つーか飛行機で出たのがそれじゃあなかったか?」
「そうでしたっけ。乳製品、お腹壊しそうで残しちゃったんだよな…」
「ふぅん…」
お互い気まずさを感じてるせいもあり、会話は終始ギクシャクしていた。
ミスタはブランクの右目を撃ち抜いた張本人だ。ブランクが腹に一物抱えていたっておかしくない。ジョルノのゴールド・エクスペリエンスの能力で右目も右手も治せるはずなのに、なぜかやつは義手のまま。治してもらったのは耳だけだった。
あてつけか…?とミスタは思っていた。もしかしたらそんな疑念のせいで余計に気まずくなっているのかもしれないが。
ジョルノがボスに成り代わって一ヶ月。
ミスタはかつて親衛隊が担っていたボスの護衛を一手に引き受けていた。
あの一連の騒動はすべてドッピオと親衛隊に罪を擦り付け、暗殺者チームとブチャラティチームの名誉を回復させ、トリッシュは無関係の被害者として発表された。
暗殺者チームは名ばかりのチームになり、メローネはかつてのペリーコロのシマを引き継ぎ、ギアッチョは賭博を仕切る権利を得て、両名とも幹部入りした。
ブランクはかつてのドッピオのポジションを手に入れた。組織内の人事をすべて掌握する権限を持ち、反逆の恐れのある人物と片っ端から“面会”している。
ボスの正体に納得しなかったものは去り、反逆の目があるものは厳重に監視されている。幹部やチームリーダーなど、抜けた穴はこの一ヶ月でジョルノとブランクにより埋められつつある。
ブランクの人事掌握。それはすなわちソウルスティーラーの力を使ってスタンド能力者を選別していることに他ならない。
ミスタはあの矢を、ひいてはその引き出される力を“危険だ”と思っていた。
そのことについてジョルノに問いただす機会があった。
ーネアポリス中学高等学校の宿舎ー
ジョルノはまだ学校に通っている。パッショーネが経営権を買い取ったおかげで、宿舎の一番いい応接室も、校長室も好きに使える。
組織の話をするときは決まって応接室だった。ミスタはガキの頃よく親が学校に呼び出されていたのを思い出すので少し嫌だった。
「ジョルノ、いいのか?あいつに矢の力を使わせて」
「制御訓練の一環だ。とても上手く行っているよ。それに、暴走されるのが何より困るだろう?」
「だったら有効活用…ってか」
「そういうことさ。…もっともスタンド能力を剥奪する必要のある幹部はまだいない。むしろ地元のゴロツキのほうが悪質のようだ」
「そいつらもブランクが審査するのか?」
「いや。当分はそこまで手は回らないだろう。なんせ…」
ジョルノの目の前のテーブルには分厚い資料と何枚かの写真が広がっていた。ミスタはそれにちらりと目をやった。
「麻薬チーム、か」
「ああ。ブチャラティの悲願。叶えるにはまだ時間がかかりそうだ」
麻薬チームは召集に応じない。
麻薬はディアボロが持っていた組織最大の資金源だった。それを生産し、流通させていたのがリーダーのマッシモ・ヴォルペ。そしてそれを守るために集められた精鋭たちだ。
ジョルノの新体制では麻薬はまっさきに排除される。呼び出しに応じないのはそれを察してのことだろう。
さらに悪いことに、混乱に乗じて他のギャングからオファーを受けているらしい。
「ヴォルペは抹殺する他ないだろうな。ほかは…どうだろう。出方次第ではあるが、資料を読む限りじゃ恭順は期待できないな」
ジョルノは憂い気な眼差しで写真のヴォルペを見ていた。そこに宿る光は慈悲でもなんでもなく、陶器のような冷たさを孕んでいる気がした。
「…まあこっちはこっちでぼくが手を尽くす。君は別の仕事をしてほしい」
「オレに?お前の護衛以外の仕事か?」
「ああ。フランスに行くブランクの護衛だ」
「なんでオレ?ギアッチョでいいだろ。親睦旅行でもしろってか?」
「なにも仲良くしろって言ってるわけじゃあないさ。君は護衛というよりかは監視だよ」
「…ジョルノ、おまえはやっぱり抜け目ねーよな」
「正直、ボスの座を手に入れるためにリスクを払ったという自覚はある。すべての精神を支配する力なんて、存在するだけで脅威だからね」
「正直よくわかんねーけどな。オレたちが見たのは針山みてーな光景だけ。ソウルスティーラー…だったか?スタンド能力を奪うっつーのも発動条件は触れることなんだろ?」
「それに関してもブランクがすべてを正直に話してるとは限らない。いや、彼自身もそのときは死にものぐるいでわからなかっただけかもしれない」
「ようするにオレたちはなんも知らねーってことか?」
「そのとおり。ぼく以外の視点で、彼を観察してほしいんだ」
「それでオレにお鉢が回ってきたわけか」
「そうだ。それにきみはどうも、彼に苦手意識を持っているようだから」
ミスタは指摘されてうう、と唸った。
「どうもなァ〜…気まずいんだよ。あいつの目を潰したのはオレだろ?新しい眼球入れないのもよォー…なんかの意思表示なんじゃないかって思っちまって」
「ブランクはそんな性格じゃあないよ」
「そうか?いつも二人っきりで話してるだろ。その時オレの悪口とか言ってんじゃあねーのか」
「まさか。むしろ褒めていたよ」
「なんて?」
「ギアッチョより心が広そうだし、メローネより普通って」
「……それは褒めちゃいねーだろ」
そして現在ブランクの右目には新しい眼球が入っており、その上から海賊のような眼帯を巻いて保護している。眼球はこの旅に出る直前、ジョルノに作ってもらったらしい。
「目の調子はどうだ?」
「え?ああ。嵌めただけなので…すぐに定着はしませんよ」
「そうか」
ジョルノとブランクはかなり密に面会している。護衛としてジョルノの身辺にいるミスタはしょっちゅう顔を合わせていた。だが二人の間で交わされている会話は謎だ。
「…ああ、見えてきましたね」
ブランクはその街のすぐそばにあるというチーズ工場の看板を指さした。道も新しく舗装されてガタつかない。
「……さて。さすがにもうちゃんとした服に着替えないと」
ブランクはそう言って上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、用意していた黒い葬送用の礼服に着替え始めた。二人共一応パッショーネの代表としてここに来ているので、みっともないシワを作らないようスーツは別で持ってきた。
ミスタは視線を前へ固定した。着替えなんてわざわざ見たくない。
ブランクは着替え終えると赤毛をオールバックにして後ろでまとめた。眼帯をはずし、一度は潰れた右目を開いた。右目の周りには火傷と細かい裂傷の跡があり、ギョッとするような色に変わっている。それが見えないように右側の前髪だけ少しおろして、全体にワックスをつけ始めた。
「ミスタはどこで着替えます?」
「ああ。オレは目的地について車止めてからでいい」
ポルナレフの住所はブランクが一人で遺体を送り届けた際に調べた。公的記録に記載された住居はパリ郊外の集合住宅だった。出迎えたのは昔ポルナレフの面倒を見ていたという老婆だったが、身内でもなければ10年は会ってないという。
ただ遺体の引き取りには同意し、後に連絡するから帰ってほしいと頼まれた。
そして一月後の今、彼の故郷と思しき街に正式に呼ばれた。
指定されたホテルの駐車場でミスタは着替えた。
「やっぱり帽子ないと誰だかわかりませんね」
礼服のミスタを見てのブランクの一言。
「何回か見てるだろ?」
「どうも慣れなくて。こう…物足りないカンジ?」
「悪かったな」
「いや、悪いとは言ってませんよ」
またギクシャク。どうも息が合わない。
ホテルはこぢんまりとした古い建物で、ドアを開けるとベルが鳴った。受付に人はなく、音を聞きつけて奥から上等なスーツを着た男が出てきた。年齢は40代くらいだろうか。背は低く、目つきは鋭い。とてもホテルの支配人とは思えない愛想の悪さだった。
「ブランク様…ですね?」
二人はてっきり葬儀に出るのだと思っていた。だがその男の醸し出す雰囲気ときたら不吉な知らせを告げる陰気なカラスみたいだ。
現に、次に出てきた言葉はこうだ。
「ポルナレフ様の死について、いくつかお聞きしたいことが…ありまして」
ブランクは口をへの字にしてからミスタをちらっと見た。立場でいえばブランクのほうが上なので、ミスタは「答えろよ」と言うように視線を男にやって促した。
「誰ともしれぬ方にお話しすることはありませんね」
「オット…これは失礼しました。私は、スピードワゴン財団のものでして…」
「スピードワゴン財団ですって?」
その名は当然知っていた。石油で財を成したアメリカの大財閥。だがなぜポルナレフの死からその財団の名が出てくるのだろう。
「我々にはポルナレフ様の死の真相を知らねばならない理由があるのです。当然、あなたがたが知りたいであろうこともお教えいたしましょう」
「…わかりました。いいですよ」
頷くブランクにミスタは慌てて耳打ちする。
「いいのか?ほんとにスピードワゴン財団のやつかも怪しいぜ」
「まあ罠でも別に、なんとかなりますよ」
矢の力を持っている余裕か。ブランクはこともなげに言った。
「それにそういう時のためにあなたがいるんですよね?」
「…おっしゃるとーりだぜ」
スピードワゴン財団の男に導かれるままにホテルの階段を登り、一室に通された。そこで待っていたのは先程の男と打って変わって人の良さそうな笑みを浮かべた老人だった。どこかペリーコロに似ている。
先程の目つきの悪い男は一礼して部屋から出ていった。
「ようこそいらっしゃいました。お呼びたてして申し訳ありません。私はジン・グレイブス。ポルナレフさまとスピードワゴン財団との連絡役でした。…とはいえ、5年以上前から彼から連絡はなく、今回の訃報が届いたわけですが…」
「僕はヴォート・ブランクです。ポルナレフさんのことは大変残念です。今日はてっきりお葬式があるもんだと思ってきたのですが」
「葬儀はあす執り行われます。この街の近くに彼の故郷があります。…一日早くお伝えしたのは、私の個人的な動機からです。私はポルナレフさまに一体何が起きたのか、知らなければならないからです」
「なるほど。お気持ちはよくわかります。ポルナレフさんは僕たちギャングの抗争に巻き込まれる形で亡くなったわけですから、僕たちにはきちんとご説明する義務がありますね」
ブランクはオールバックの髪をなでつけた。その仕草は映画に出てくるキレ者のギャングのようだった。ミスタはメローネから誰かになりきるのが彼の性だとは聞いていたが、実際見てみると迫力があった。さっきまでゲームボーイをいじってたやつとは思えない。
「とはいえ部外者の方に我々の内情すべてをお話しすることはできませんので、ポルナレフさんに起きたことのみお話しましょう。ポルナレフさんは組織を私物化し反逆を企てた“ディアボロ”なる人物との個人的因縁を晴らすべく、同じくディアボロと敵対する我々に接触したのです。彼の協力もあって我々は勝利し、ディアボロを斃しました。結果的に彼の命を救うことができなかったのはこちらとしても胸が痛みます」
「ディアボロなる人物がポルナレフさまを殺害したのでしょうか?」
「あなた方はディアボロを知らなかったのですね」
「ええ。私が知っているのはポルナレフさまが“矢”を追い、イタリアに渡ったところまでです」
「…そうですか。まあ僕もそのへんは聞く暇がなかったので、彼の身体を不具にしたのがディアボロらしいということくらいしか」
「“矢”は…」
「…矢?」
「ポルナレフさまは、矢を持っておりませんでしたか?」
「…さあ。彼の私物は調べさせてもらいましたが、そういったものは…クロスボウかなんかが趣味だったんですか?」
「いえ。…左様ですか」
「……なんにせよ。彼が共闘してくれたからこそ僕は今ここにいます。感謝しかありません」
ブランクもなかなか大した嘘つきだ。相手の訝しげな眼差しに顔色一つ変えず堂々としている。矢のことなんて知らぬ存ぜぬで通すつもりらしい。
ジョルノの指示があったのだろうか。なんにせよミスタに口を出す権限はない。
グレイブスを名乗る人物は静かに目頭をハンカチで押さえた。それを見てブランクは付け足す。
「僕は…ポルナレフさんに助けてもらったことを忘れません。…よかったら、彼のことをもっと教えてくれませんか」
「…ええ。そうですね。私とポルナレフさまは、死闘をくぐり抜けたわけでも長く友人だったわけでもありません。ですが彼はとても、良い人でした。あなたには彼のことを少しでも知っていてもらいたい」
グレイブスとの面会は日が沈むまで続いた。ポルナレフが13年前、DIOという人物と戦い、その縁でスピードワゴン財団とコネクションを持ったこと。ある特殊な“矢”を回収するために世界を飛び回っていたこと。各国で起きたトラブルにグレイブス氏があくせくと対応したこと。などなど、思い返せば楽しい日々を語った。
ブランクとミスタはただ聞いて、頷き、笑った。グレイブスの語るポルナレフはとてもいきいきとしていて、まるで彼がまだ生きていて、これからひょっこり戻ってくるような気さえした。
「ああ…すっかり遅くなってしまいました。夕食は、ホテルでお召し上がりになりますか?もう街のレストランは閉まっているでしょうし…」
「……そうですね。いただきます。いいかなミスタ」
「ああ。ごちそうになろうぜ」
「ではロビーでお待ちください。…話をきいてくれて、ありがとうございました」
「いえ。こちらこそ」
二人はホテルのロビーに座り、窓から街を眺めた。街灯がすくなく、とても暗い。だが静かで落ち着く夜だった。
「なかなか愉快な人だったんですね、彼は」
「みたいだな」
「もっとどうにかできなかったのかな…」
ブランクはとても悲しそうな顔をした。ときおり見せるこの顔が、ミスタの心の中に残る疑問をいつも掻き立てる。
「…なあ、やっぱり本当はオレたちのこと許せないんじゃあないのか」
「へ?」
「オレたちはお前の仲間を殺した」
「…もー思い上がらないでくださいよ!少なくともミスタとジョルノは殺してないでしょ。それに、ジョルノには助けてもらったし…恨んでませんよ」
「そうなのか?おまえがフーゴと会おうとしないのはそういう事なんだと思ってた」
「……ああ。いましたねそんな人」
ブランクは視線をそらし、窓の外を見た。ミスタからは火傷の残る右目が見える。右手は最新型の義手で手袋に覆われている。ジョルノに頼めばきっとすぐ新しい手をつけてもらえるのに。
「別に、許すとか許さないとかじゃないですよ。ただ今は…楽しかった日々を思い出すと、悲しくなる。だからです」
「…そうか。すまない」
ブランクがいえいえ、と返すと目つきの鋭い男が夕食の支度ができたと呼びに来た。
料理は老人が作っていたらしい。広い円形のテーブルには皿が4枚置かれていた。
「げえっ!4枚!皿が4枚あるぞッ…!」
「はあ?そりゃそうでしょうよ。フォークもナイフもグラスも4。4人なんですから…」
「4って数字は縁起がわりーんだよ!不幸な出来事はいっつも4が絡んできやがる。昔近所で猫の子どもが…」
「ちょっと!」
騒ぎ始めるミスタの襟首をつかみ、ブランクは食堂入り口までひっぱってく。
「あっちの機嫌損ねるのはよくないですよ!ただでさえ大嘘ついてるんですから、穏便に!いいですねッ」
「でも!」
「でもじゃない!そーだ…ほら!取皿を追加してもらいましょう。そしたらお皿は5枚になる。とにかく、静かにしましょう」
「…嫌な予感がするぜッ…!」
ブランクはなおも抵抗を示すミスタを変人を見るかのような目で一瞥しテーブルについた。
「疎餐ですが…」
「いえ。とんでもない!美味しそう!」
出されたのはタラの包み焼きとポトフ、パンとサラダだった。短時間にしては凝った料理でブランクはもうフォークを持ってかまえている。
「いただきます!」
ミスタも渋々席について食べ始めた。だが確かに味は美味い。格別だ。だがテーブルにいるのは4人…4人だ。しかも自分のポトフにはなぜか!星型に切られたにんじんが4つも入っている。
「ブ…ブランク……」
「ん?」
「にんじん、一個取るか一個オレに渡せ」
「は…?」
「いいからはやく。オレの皿に4つ入ってるんだよ!4はだめなんだよオレはよォ!」
「ミスタ…あなたもなかなか…そのう。難儀ですね…」
ブランクは呆れながらにんじんをひとつ奪って口の中に放りこんだ。
ブランクはグレイブスとポルナレフが星型のにんじんの話をしていたことがあったとかなんとかで盛り上がっていた。目つきの悪い男は黙々と料理を食っている。同じテーブルでもテンションは二分されている。
ホテルの部屋に通されてもミスタの気分はずっと4の不吉なオーラで曇っていた。
クローゼットからハンガーを出そうとしたら、ハンガーも4つ。ホテルに入ってから急にこれだ。頭がクラクラしてきた。
「オレが神経質になってるだけか…?」
さっきブランクに不審者を見るような目で見られたのが効いている。ブチャラティやジョルノだったら軽く流してくれるのだが(もちろんミスタにとっては重大事なので流されるのも微妙な気持ちになるのだが)、変人扱いをもろに受けたのは久々だ。
ミスタは上着だけ脱いでベッドに倒れ込んだ。移動の疲れが結構来ているようで、すぐに眠気に襲われ、そのまま眠りに落ちてしまった。
しかしミスタは下の階から聞こえてきた物音で目を覚ました。時計は午前2時を回っている。
ブランクは隣の部屋で、そちらは極静かだ。なんにせよこんな時間に物音がするというのは十分不審だ。ミスタは拳銃を握りしめ、そっと部屋のドアを開けた。
廊下は窓から差し込む月明かりで青白くてらされている。下からはまだ人のいる気配がする。ミスタは慎重に階段を降りた。木の軋む音がやたら大きく聞こえる。
二階の廊下は明かりがついていた。息を殺し音の主がどこに潜んでいるのかを探る。鼻孔に血の匂いが漂ってきて、ミスタは引き金に指をかけた。
ドアが半開きの部屋がある。そしてその部屋から伸びる影がゆらりと動いた。
ミスタは躊躇いなく撃った。
ピストルズは確実に手足の関節を破壊する。…はずだった。次弾に乗ってるNo.5が叫ぶ。
「ミスタ…!ハズシタッ」
「は?そんなことありえねーだろ!」
「弾同士ガブツカッテ事故ッタミテーダ!」
「お前たちに限ってそんなこと起きるわけ…ッ!」
ミスタは駆け出し、半開きのドアを思いっきり開いた。廊下の先に誰かが倒れている。その床には血溜まりが広がっていた。
「撃ってきたのは…アンタかぁ…」
その血溜まりのすぐ横に、ライトスタンドを持った男がいた。ホテルでまずミスタたちを出迎えた、目つきの悪い男だった。
「…そのスタンドを置け。そこに転がってるのはグレイブスさんか」
「あ?ああ。うんうん。…そうだよ」
「なぜだ」
「なぜ?なぜってまあ…理由はいろいろあるよな。いろいろ…」
「おい、そのライトスタンドをおけっていってるだろ」
「2つのことを同時に指示すんじゃねーーよ。あのなあ、人間っていうのは、考え事してるときに他のことに脳のリソースをさくとな、両方パフォーマンスがおち」
ミスタは無言で手に向けて撃った。
弾は今度は貫通した。先程のピストルズの事故がスタンド能力によるものなら今回の弾を避けないのはおかしい。
「いってえええええ!」
男はライトを取り落とし、穴の空いた手のひらを凝視し叫んだ。
「命乞いの最後のチャンスだ。何が目的だテメー。喋ったら重傷ですましてやるよ」
「ライトを落としたってことは…そっちのほうがツイてるからなんだ」
「は?」
「そんで、それはアンタにとってツイてないってことだ」
「さっきからお前は何言って…」
バチン
頭上から突如聞こえてきた破裂音に驚き見上げると、天井のシーリングファンの固定具がさっきの事故って外れた弾丸でぶっ壊れていた。
シーリングファンは回転したままミスタの頭めがけて落ちてくる。
ミスタは避けようとしたが、何故か足がもつれて転んでしまう。すると先程男が落としたライトの破片が腕に突き刺さった。痛みに思わず身をよじるとコードがぐちゃぐちゃに絡まって身動きがとれなくなってしまった。
「なんだこれは…ッ!」
「おお〜ツイてないねぇー。ついてないだろ?さっきからずうっと…」
ミスタの肩の上に突如スタンドのビジョンが出現した。猫のような頭をした出来損ないの標本みたいな像だ。猫らしく、自分の前足をなめている。
「オレのスタンド、グレート・ギグは運を操作する!オレの能力にかかればどんな凄腕のガンマンだろうと、ギャングだろうと、とんでもない不運に見舞われて勝手に自滅するってわけだ。これってよォ〜最強、だよな?」
「何が目的だ」
「“矢”に決まってんだろうが。アホかテメー」
「矢?一体何だそれは。ちっとも見当つかねーぜ」
「ハッ!嘘ミエミエだぜッ!オレは知ってんだよ。ポルナレフが肌身はなさず矢を持ってたこと…そしてッ!ディアボロを追ってたのもぜぇーんぶな!農場から姿を消されたときはマジに焦ったぜ…オレの企みがバレたんじゃあないかって…な」
男はミスタに蹴りを入れた。ミスタはそれに乗じて転がり、背中に回ったまま固定された銃を向け、引き金を引いた。
しかし、転んだ衝撃で撃鉄が折れていたらしい。何度引いても手応えがない。
「むだむだ。何するにしても悪い結果になんだよ、おまえは」
「クソッ!」
目の前には空薬莢が4つ転がってる。ああやっぱり、4って数字は死ぬほど縁起が悪い。
「なんの騒ぎです?」
廊下からのんきな声が聞こえてきた。ミスタはすかさず叫ぶ。
「ブランク、来るな!」
「おわっ!なにこれ」
ブランクは廊下からこちらを覗き、驚愕の声を上げた。
「矢はこっちか?」
男はブランクの方へあるき出そうとした。ミスタは足をひっかけようとするが、上から重い時計が落ちてきた。そればかりか棚まで倒れ、完全に全身押しつぶされてしまった。
そしてミスタの肩に憑いていた猫のスタンドがブランクに飛びかかった。距離を置こうと一歩引いたブランクは転がってた薬莢を踏んですっ転ぶ。
「いたァッ!」
「グレート・ギグ!てめーはもう何やってもうまくいかねーぜ」
男は仰向けに転んだブランクに馬乗りになり、ポケットナイフを突きつけた。ブランクは抵抗するが、脱げかけたガウンが不自然に絡まって動けなくなる。
「なんじゃこりゃ!」
「ブランク!そいつのスタンドは不運を呼び寄せる」
「はあ?!」
「さあ矢の在処を吐きな。てめーが何者かなんて調べはついてる。パッショーネのNo.2様よォ!テメーが持ってねーならボスか?おい。言えよ」
男はブランクのシャツを引き裂いた。そしてズボンのポケット、インナーを触って確かめると急に笑い出す。
「なんだ?お前女じゃあねーか!ラッキー。じゃあ隠す場所は穴の中とかかな」
「とんだゲスですね。ですがその推理はあたりと言わざるを得ません」
「アバズレめ」
「……でも、僕に触れたのはアンラッキーですよ。あなた…」
ブランクがそう言うと、右目から急にぶしゃ、と血が溢れ出した。
「は?」
男が間抜けな声を出した途端、ブランクの膝が男のみぞおちを蹴り抜いた。
「穴は穴でも目玉の穴でした」
ブランクの背後にいたはずの猫はいつの間にか男の方へすり寄っていた。腹をおさえてうずくまる男に、ブランクはあっかんべーをする。
右目のあった場所に見えたのは矢じりだった。
「は?え…」
そしてブランクは男の頭めがけ、踏み潰すつもりで蹴りを入れた。
「大丈夫ですか?ミスタ」
「いや…お前護衛いらねーじゃん…」
「今回はたまたまですよ」
ブランクはミスタを助け起こすと、出血している目玉から矢じりを引き抜いた。
「ジョルノに目玉にしてもらってたんですよ。いざってときはメタリカで潰して生き物じゃなくしちゃえば刺す手間も省けますから」
「痛くねーのか」
「ちょっと痛い」
グレイブスの方を確認すると頭を殴りつけられたようで意識がない。頭の傷ということもあり、救急車を要請した。だが警察に巻き込まれるのは厄介だったので最低限の治療で済ませ、ホテルを出ることにした。
ブランクは拘束した男の方を見て言った。
「これは君の望む結果を引き寄せる能力のようですね。人を幸せにすることもできるのに、他人に不運を呼び寄せることに使ってきたのは残念です。これは僕が貰っていきますね」
グレート・ギグはブランクの足元へ擦り寄り、霞のようになって消えた。
レンタカーに乗り込んでからブランクは眼帯を巻き直した。怪我をしたミスタを気遣ってか、ブランクが運転席に率先して乗った。
ミスタは後部座席からブランクを見た。ブランクの開けた胸元に、ひどい傷があるのが見えた。
レクイエム暴走時にブランクは心臓を失っている。その時の傷なのだろう。左胸全体にひび割れのように広がる、隆起した傷。呪いでも受けたみたいに所々がまだどす黒い血の色をしている。
とても生々しい傷だ。
「ブランク…それ」
ミスタの視線に気づき、ブランクは寂しげな顔をしつつも(なぜか)胸を張って答えた。
「僕の秘密を知られてしまいましたね…。でも僕、ホルマジオ先輩のようなビッグな男に憧れてて…あ、スタンドはリトルでしたが…」
「いや隠せよ」
「おっと失礼」
ブランクはあわてて胸元を直した。そして車を発進させ、街を出る。深夜二時の農地は真っ暗で、夜空に広がる星がやけに明るく見えた。
「葬式…出れずに帰る羽目になるとは…」
「きっとまたスピードワゴン財団からコンタクトが来るだろ」
「あーあ。ツイてないな。こんな遠くまで来たのに…」
ミスタは後部座席に寝っ転がり、窓から星を眺めた。しみじみと夜空を見上げるのは久々かもしれない。
「素朴な疑問なんだが…お前なんで男の格好してるんだ?」
「そりゃこの稼業、女より男のほうが得ですからね」
「組織のNo.2まで登りつめたらあんま変わんなくないか?いや、お前のその生き方を否定してるわけじゃあないんだぜ。なんとなく思っただけで」
「…考えたことも無かったですね。でも僕、この格好が一番しっくりきます。それだけですよ」
「そうか。悪かったな変なこと聞いて」
「いえ。僕からも聞いていいですか?」
「なんだよ」
「4が苦手なのに、なんで四輪車には乗れるんですか?4月は家から出られないとかありますか?月の第4週は?四足獣は飼えなかったりしますか?」
「や、やめろッ!連呼するのはやめろ!そんな神経質じゃあ生きてけねーよ!」
また移動に半日かけて、ネアポリスについたのは夕方だった。ブランクは学校にいるジョルノに会いに行くのはめんどくさかったので全てをミスタに任せ、自分は暗殺チームの本部へ戻った。
3人それぞれ新しい役職を手に入れたが、ここを溜まり場のようにしてたまに集まっている。
ブランクに至ってはもうそこに住んでいると言ってもいい。
本部に行くと、メローネがソファで寝転びながらパソコンをいじっていた。ブランクを見るとおかえり、と言って座り直した。
「……あのさ、僕が女の格好したら女装かな」
「は?…まあ服によるが…お前ゴツいから女装に見えるかもな」
「そうだよね」
「急にどうした」
「いや…。その…僕の性別、チームで誰が気づいてました?」
「あー…たしかイルーゾォがオレに聞いてきて…ホルマジオとプロシュートに相談して…」
「あいつが言いふらしたようなもんじゃねーか!えー。イルーゾォ先輩はなんで気づいたのかなあ…」
「理由までは聞いてないな。でもペッシは知らなかったろうし、ギアッチョは多分まだ気づいてねーぞ」
「うーん、あの人に至ってはなんで気づいてないんだろうって感じです」
「なんで帰ってきて早々そんなこと聞くんだ?ポルナレフの葬式でなにかあったのか」
「いや。葬式はいろいろあって出れなくて、その上暴漢に体を弄られました」
「レイプじゃん」
「いや、言い方の問題ですね」
「矢の力があるからって調子に乗ってると痛い目見るって言っただろ」
「別に痛い目なんて見ていませんよ!」
「心配して言ってやってんのに…前みたいにいつでも助けてやれるわけじゃあねーんだぞ。オレもギアッチョも」
「…でも、僕たちはずっとチームですよね。魂の!」
「サムい…」
「さめた大人め」
ブランクは部屋の奥に消えた。メローネは時計を確認した。もう夕飯時だ。
ブランクは着替えてやってきた。いつものスーツじゃなくてタイトなサマーセーターとスキニーという中性的な格好だった。
「飯行くか」
「奢り?」
「おまえのか?パッショーネ参謀さまさま」
「ご冗談を。先輩」
スタンド名『グレート・ギグ』
本体 ギヨム・トマ
スタンド像-猫の頭に骨格標本のような獣の体
破壊力-E
スピード-C
射程距離-C
持続力-A
精密動作性-D
成長性-B
取り憑いたものの“運”を操作する。
相手に不幸を呼び寄せることも、幸運を呼び寄せることも可能。本体の思うままの出来事が起きるわけではなく、何が起きるかは運任せ。