【完結】ABOUT THE BLANK 作:ようぐそうとほうとふ
「パンナコッタ・フーゴ…」
フーゴの名を呼ぶのは、数年ぶりに会うかつての級友だ。背の高い、物憂げな瞳の男。
「マッシモ・ヴォルぺ…」
男の足元には少女が倒れていた。シーラE。自分が助け出さなければいけない少女。フーゴは彼女を写真でしか知らない。どんな音楽が好きか、どんな食べ物が好きかも知らない。
それでも、助けなければいけない。
シーラEは浅い呼吸を繰り返し、朦朧とした顔で床を掻いている。辛そうだった。推察するに、麻薬の中毒症状が出ているのだろう。
「ナイトバード・フライングから逃れたのか?一体どうやって」
「ぼくは…何もしていない」
やけに静かなフーゴの様子に、ヴォルペは「おや?」と首を傾げた。ブチギレて教授を半殺しにしたイカれたパンナコッタ。そして殺人ウイルスを使う狂犬、ブチャラティチームのフーゴという肩書からかけ離れていたからだ。
「…大学時代とずいぶん変わったな、フーゴ。まあお互い様だが、牙でも折られたのか」
「そうかもしれないな。…だが折られたわけじゃあない」
静か、というのは間違っていなかった。だがどうやら“まだ”静かなだけらしい。ヴォルペはあらためて、フーゴを睨みつけた。フーゴも同様にヴォルペを見つめ、視線を外さない。
「なあ…フーゴ。パッショーネにいる意味があるのか?あいつらは危険とみなすや否や、能力を奪う。与えたくせに、だ。あまつさえ、オレは抹殺対象だとよ。そんな勝手が許されるのか?」
「…ソウルスティーラーは能力を奪うだけじゃない。改良し、また与えることができるそうだ。はじめからおとなしくしていれば抹殺対象になんてならなかった」
「ハッ…“改良”か。欺瞞もいいところだな」
ヴォルペは嘲り笑った。おかしくておかしくてたまらないと言いたげだった。
「スタンド能力は精神エネルギーの形そのものだ。オレ自身の魂だ。それを勝手に変えられるだと?ふざけるな。そんなのは冒涜だ!」
広い地下空間にヴォルペの罵声がこだまする。冷え冷えとした空気が肌をさすようだった。
「出せよ、おまえのパープルヘイズを。オレを殺しに来たんだろう」
「……ぼくは…」
「オレが一度
フーゴは両手をきつく握りしめた。
「ぼくのスタンドは役立たずだ。誰かれ構わず、無差別に殺してしまう、どうしようもない能力だ」
下を向き、頭の奥をきつく締め付ける罪悪感を絞り出すように、言った。
「ぼく自身もそうだ。ぼくはあの日敗北した自分を…いまだに許せていない」
メッシーナ海峡に面した港、ヴィラ・サン・ジョヴァンニにて。
一人の男がちょうど200メートルほどむこうの古い倉庫を双眼鏡で見張っていた。男の名前はサーレー。彼は数ヶ月前、運悪く“ポルポの遺産”を巡りミスタと戦った。その際に負った傷がオレンジ色の髪の生え際に生々しく残っている。
港は太陽が沈みかけていて、あたりは黄金に彩られたかのようだった。双眼鏡越しに見える海運会社の所有していた煉瓦造りの古い倉庫の壁も海と同じ色に染まっている。
サーレーは双眼鏡から目を離し、時計を確認する。そして後ろに控える今回の“任務”をともにこなすメンバーをちらりと見た。
一人はズッケェロ。コンテナに寄っかかり遠くを見ている。そこそこ長い付き合いだが、こいつの眠そうな目はいまだに何を考えてるのかよくわからない。
そしてもう一人はかなり小柄な女。いや、ガキと言ってもいい。彼女の名前はシーラE。同じローマ地区の構成員だったらしいが、今回の任務が初対面だ。こいつもズッケェロと同じく協調性のかけらも見せず、ファッション誌を興味なさげにめくっている。
「お前は何やらかした?」
サーレーが話しかけると、シーラEは億劫そうに頭をもたげ、大きなため息をついてから答えた。
「あんたたちこそ」
質問を質問で返すとは、肝のすわったガキだ。もっともそのくらいでなければこんな世界で生きていけないし、こんな任務にまわされる事もなかったろう。
「オレたちはブチャラティ共を襲っちまった。早とちりでな」
サーレーの答えを聞くと、シーラEは思いの外素直に答えた。
「私は…昔、ブランクと揉めたの」
「ブランク?ブランクってあのソウルスティーラーか?」
ソウルスティーラーという単語に会話に参加する気を全く見せていなかったズッケェロまでもが反応した。シーラEはますます白けたような顔をして答える。
「そう。あのソウルスティーラーさまさまよ。…あんなやつ、参謀の器なんかじゃないわ。どうやってジョルノさまに取り入ったんだか…」
シーラEはやけに挑発的だ。まるでその不敵な発言に二人がどう反応するかを見ているようだった。サーレーはそれをシーラEの強がりととった。
「おい。いいのか?そんなこと言って。うっかりチクっちまうぞ」
「あら。なんで私があんたたちを口封じするって思い浮かばないわけ?」
だがシーラEも負けていなかった。
「なんだクソアマ。やんのか?」
「私は構わないわよ?元々ローマのチンピラとじゃ実力が違うんだから。私は元親衛隊よ。もっとも…ブランクのせいで降格させられたんだけどね」
不敵さに裏打ちされた実力は、やはりあるようだった。だが一方で降格についてはあまり触れられたくないようだった。サーレーとしてもソウルスティーラーの過去に関わる話はあまり突っ込みたくなかった。
というのも、ヴォート・ブランク。通称ソウルスティーラーに関する話は例の“ボスの娘騒動”以降、“ボスの正体”並みの不穏さをもって各所で囁かれていたからだ。
「はっ。どーりでこんな任務に回されるわけだぜ。おれたちゃみんな、
「…新、じゃないでしょ。迂闊なこと言うんじゃないわ」
ズッケェロが鼻で笑う。
「公然の秘密みたいなもんだろ」
「…そっちも発言には気をつけな」
「どっちにしろ任務を成功させなきゃお陀仏だぜお二人とも」
そんな三人が回されたのは、キレモノ揃いの麻薬チームの殲滅任務だった。
「ったく…急造チームにゃ荷が重い任務だと思わねーか?なあズッケェロ」
「ああ。でもこの任務を成功させなきゃ能力を奪われちまうからな。オレたちに選択肢はねーってわけだ」
「噂じゃソウルスティーラーにスタンド能力を奪われたやつは廃人になるそうじゃねーか。なあ、こえーよなぁシーラE」
「…ふん。成功させればいい話でしょ」
シーラEはファッション誌を投げ捨て立ち上がり、コキコキと首をストレッチし始めた。
そんなシーラEを見て、ズッケェロが急に口を開いた。
「お前ソウルスティーラーに会った事あるんだよな?」
「だからそう言ってるでしょ。2年くらい前のことよ」
「どんなやつなんだ?ほとんど姿を見せないだろ」
「当時はふつーのチンピラにしか見えなかった。…でも…あいつも元暗殺者チーム。イルーゾォと同じ、冷酷なゲス野郎に変わりないわ」
“イルーゾォ”という名前には並々ならぬ憎悪が込められているように思えた。だがそういうところに無頓着なズッケェロは呑気な声で言った。
「チンピラ?脚がグンバツの女って聞いたぜ、オレはな」
「あ?オレは隻腕隻眼のガンマンって聞いたが…」
「あんたら、噂話が趣味なわけ…?ひょろっとしたどこにでもいそうなチンピラよ。ちょうどサーレー、あんたみたいなね」
「へっ…そりゃさぞかし威厳がねぇんだろうな。誰も見たことがねーってのも納得だ」
「失敗したら会えるかもね?能力を奪われるときとか」
「そもそも生きて帰ってこれんのかって話だろ」
「ああ。だからきっちりこなすぜ」
太陽が水平線に沈みきり、あたりは次第に薄闇が立ちこめていった。サーレーは腕時計を確認して呟く。
「時間だ」
ローマ コロッセオの地下
真実の口から左にコロッセオをまわり、小さな海鳥の掘られた石畳を少しずらすと、小さな鍵穴がみつかる。
そこを開け、地下へ続く階段を下ると、奇妙な空間が広がっている。荘厳な柱に古代ローマ様式の彫刻の施された大空洞だ。
その回廊を抜けると、さらに地下へ進む階段が見つかる。そこは人工物というよりは自然物のような石柱が並んでいるが、よくみるとその柱の一本一本に“顔”が彫られている。その彫刻はローマ人というよりももっと荒々しい印象で、エキゾチックな顔立ちをしている。
その最下層は更に広い空間になっており、中央に場違いな安っぽい椅子と机が置かれていた。それを挟むようにして、五人の男が神妙な顔をして佇んでいた。
「このポルナレフ様の残した日記と資料で…とりあえずのところ、あなた方のお話を信用できると判断いたしました。……こんなところに身を隠していらしたとは」
揃いのスーツを着た三人の男の中で一番小柄な老人が言った。この三人の男はスピードワゴン財団の人間で、揃いとはいえかなり仕立てのいいスーツを着ているところからそれなりの地位のものだと察せられる。
対面するのはジョルノとメローネだった。パッショーネのボス、そして実質No.3といえる幹部が揃っての会合だ。政治家相手でもそうそうない組み合わせといえる。
ジョルノが口を開く。
「それで、先日うちの幹部を襲った男の身元はわかったのでしょうか」
「はい。男の名前はギヨム・トマ。29歳、出身はフランスで21のときに入団。スピードワゴン財団アメリカ本部で5年働いた後、ポルナレフさまを探し出し、サポートをするためにチームで欧州へ赴き、その後消息を断ちました」
ジョルノも矢を狙って待ち構えていた男のことはブランク、ミスタから聞いていた。当然彼から奪ったスタンド能力のこともだ。
「おそらくポルナレフさまの持つ矢の力に気づいたのでしょう…そしてやつ一人ポルナレフさまに近づき、機会を窺っていたのです」
「その男はスタンド使いだったと報告を受けています。その事実はそちらで確認済みでしょうか」
「いいえ…我々は入団者がスタンド能力者かどうか必ず確認しています。彼は少なくとも8年前はスタンド使いではありませんでした」
「ではポルナレフさんの持っていた“矢”を使用して後天的に能力を得たと?」
「…いえ、それはありえません。ポルナレフさまは絶対にスタンド使いを増やすようなことをしませんから」
「では…一体どうやって?まだ我々の知り得ない矢が存在するとでも?」
「その可能性も捨てきれません。矢、もしくは類似の品。……あるいは“スタンド能力を与えるスタンド能力者”の存在。あらゆる可能性が考えられますが、我々は後者だと睨んでおります」
能力を与える能力。ブランクのソウルスティーラーは奪った後、能力を成長させ持ち主に返すこともできる。類似の力を持つものがいる可能性も捨てきれない。
「だとすれば特定は困難…と」
「ええ。もちろん常に捜査はしておりますが…」
「わかりました。ギヨム・トマの件は一度おいておきましょうか。…このイタリアでスピードワゴン財団の方が次々と消えている、その件のほうがあなた方には急ぎでしょう」
「ええ。おっしゃるとおりです…」
左端のスーツの男が机の上に資料を出し、メローネがそれを受け取った。
「行方不明者一覧です。…そして、こちらの方は読んでこの場で破棄していただきたい」
「……わかりました」
ジョルノはメローネとともに資料を読んだ。その内容の衝撃にジョルノの資料を読む手はしばしば止まり、メローネもまた驚きのあまりつばを飲み込んだ。
「………ほとんどオカルトじゃあないか」
コロッセオ地下空間から出て、送迎のリムジンに乗り込んでからようやくメローネは口を開いた。
「傍から見れば、スタンド能力もオカルトだ」
「そりゃあそうだが。…オレはおちょくられてるのかと思ったくらいだ」
メローネはうんざりと言いたげだった。行方不明者の資料だけ受け取りはしたものの、どうせ死体は見つからないだろう。
「で…スピードワゴン財団の人間は“それ”を狙う何者かに殺された…と」
「ああ。“それ”の回収が矢の所有権の条件だとあちらは暗に言っているわけだ」
「矢の奪還に本気で動かれちゃあこっちとしても困るしな。事実、この組織はソウルスティーラーという恐怖の鎖でなんとか体裁を保ってるっていうのが現状だからな」
「悲しいことに裏世界の安定はまだまだ遠い話ってことだ。わかっているよ」
ジョルノの達観したような言いぶりにメローネは噛み付いた。
「ほんとうにわかってるのか?ジョルノ。オレがおまえと組んでるのは、
残念ながら、ジョルノの志に真に感動し、暗闇の荒野を歩いてゆこうと決意できるものは少ない。
それが普通だ。それが人間だ。
だからこそ、ジョルノは標にならなければいけない。
ジョルノはメローネをまっすぐ見つめ返し、堂々と答える。
「わかっているよ。だがそれも次第に変わってきているだろう?そして…麻薬チーム、彼らの殲滅でようやく切り替わるはずだ」
メローネは視線を窓の外にそらした。
「それもブランクの仕事じゃあねーか」
「彼女が心配?」
「……彼な、彼」
ジョルノのちょっとからかうような口調にムッとしてメローネは咳払いしつつ答える。
「…あいつは実際、適任だよ。あいつの前じゃどんなスタンドだってまな板の上の鯉だからな。ただあいつは断るってことを知らないだろ」
「今回は彼自らの提案だよ。人選もね」
「はあ…?あいつはマゾヒストなのか…?」
「ぼくも…無理する必要はないと常々言ってるんだが」
「……おまえらいつも何話してるんだ?密室で。変なことしてないよな?」
「驚くほどに仕事の話しかしていないよ。…あっでもこの前は二人で寿司を作って食べたな。ブランクが昔一度食べたのが忘れられないからって、魚を持ち込んで」
「変なことしてるじゃあねーか…」
ネアポリス中心街から外れたバー、グァルティエロ。パンナコッタ・フーゴはそこでピアノを弾いていた。
現在フーゴはペリーコロの息子、ジャンルッカの元でこのバーの用心棒を任されている。
フーゴはギアッチョの絶対零度の前に敗北し、重度の凍傷を追って一週間後、ようやく意識を取り戻した。そしてその頃にはフーゴを取り巻く環境はガラリと変わっていた。
死闘を繰り広げたはずの暗殺者チームが英雄として祭り上げられ幹部となり、トリッシュ・ウナは無関係の少女とされ、ボスが正体を明かした。
長らく謎とされていたボスの正体がジョルノ・ジョバァーナだと聞いたとき、自分はたちの悪い悪夢の世界にとらわれているのかと思った。
病室に訪れたジョルノことボスは事の顛末をフーゴに語った。そして、仲間の死も。
フーゴは鍵盤に指を乗せた。奏でる曲はショパンのノクターン第二番。客がいないときは、こうしてフーゴの弾きたい曲を弾く。
ここに来る客は比較的カタギが多い。立地が観光客も安心してうろつける駅付近だし、通りに面している。マフィアの“表の顔”としては上等の場所で、本当なら用心棒なんてそうそう出番がない。
でも自分はここで甘んじて飼い殺されている。ジョルノはもっといい仕事を回すことができると言ったが、フーゴは断った。他に、何かを望んだりはしない。
世界は変わった。
でもぼくは、いまだにあの日の敗北にとらわれている。
カランカラン…
ドアベルが鳴り、客が入ってきた。時計はとっくに12時を回っている。深夜の入店は珍しい。
客はポニーテールの女だった。明るい茶髪に、バカみたいにおっきなリボンをつけている。瞳の色に合わせた黄色のパレオの下には拳銃。明らかに堅気じゃない。
「ねーねーピアノってさあ」
女はピアノをひくフーゴの背後に無遠慮に立って、演奏なんてお構いなしに喋りだした。
「十本の指を全然違うふうに動かすじゃん?フツー無理くない?それってさー、訓練でできるようにしてるってことでしょお?」
フーゴはそれを無視して曲を弾き続ける。パッショーネの人間か、敵対するどこかのチンピラか知らないが、何をしたいのかわからない以上、相手にする必要なんてない。
「自転車に乗るのもさぁーよくよく考えると、すっげーイミフメーなことしてるじゃん?足をぐるぐるぐるぐる…でも大人になっても覚えてるでしょ。そう考えると、体に染み込ませるってちょーだいじ。そう思わない?」
女はわざわざかがんで顔を覗き込んできた。視界の端に女のポニーテールの先端がチラチラと映り込んで気が散った。
「きみのピアノも、ちいさいころ染み込まされたの?パンナコッタくん!」
「うるせーぞ!テメーの目はフシアナかァーッ?演奏してるのが見えねーのかッ!!」
フーゴはプッツンし、女めがけて拳を振り抜いた。だが女は平然と右手でそれを受けた。
女の右手はギキッ…っと金属が軋むような音を立ててフーゴの拳をがっしりと掴み、離さなかった。
「噂通りのキレ者だねぇ!パンナコッタくん」
パッショーネのやつか。それも見かけによらずに武闘派らしい。
そう判断した途端、フーゴの怒りはフッとさめた。それをわかってか、女は拳を離し、一歩下がってわざとらしく顔の横でピースをしながら言った。
「ボクは〜くおんちゃんです!イェイぅ!情報技術部新チーフだよんッ!ブイブイッ!ピィースッ」
「………」
「えっ…無視…?」
「……情報技術チームがぼくに何の用だ」
「そりゃ飛び込みの仕事のお知らせだよー!パンパカパーン出世チャーンスッ」
くおんと名乗る女はドラムロールを口ずさみながら、ピアノのそばのテーブルに勝手に資料を並べ始めた。
「…断るという選択肢は?」
「あるわけないじゃんッ!」
くおんはビシッと指でフーゴを指さし、決めポーズだといいたげにウィンクした。
とんでもなく厄介そうな任務に、今まで見たことないタイプの女が相棒。嫌な予感がする。そしてそれは避けられないらしい。
明日アニメが最終回ですよ!あとAbemaTVでやってるオーコメ付き再放送が面白いですよ!
『予約』の準備はできてるか?オレはできてる。
時間と曜日が違うので気をつけましょう!わたしは今からロスに襲われてて、楽しみな半面とても憂鬱です!!
では