【完結】ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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05.パープル・ヘイズ

「…はじめまして…といってもいいよね」

「来るなら言ってくれればよかったのに」

 

 “くおん”はフーゴの目の前、ナランチャが座っていた席に腰掛けた。濡れて額に貼り付いた前髪を右へ流した。

 オレンジ色の髪はいつもより深みのある赤に見える。光の加減のせいだろうか。それとも濡れているからだろうか。

 いつもはポニーテールだった気がするんだが…気のせいか。

 

「……くおんは、甘いの好きじゃあなかったよな。ダイエット中だったか。ぼくは少しくらい太っていたって気にしないけど…」

「ふうん。そうなの?僕、彼女と一緒にご飯食べたことないからな…」

 

 くおんは真っ直ぐフーゴを見つめる。その右目の周りは火傷のあとがある。

 くおんの顔に傷なんてあっただろうか…?

 フーゴの不思議そうな顔に気づいて、くおんは唇の端を歪める。

 

「安心して。くおんはちゃんと実在するよ。情報チームのチーフだし、こういう性格だし、服装もだいたいこんな感じ。…変装がてら色々やってたんだけど…海で全部落ちちゃったね。もし会うことがあったら友達になってあげてよ」

「……あ、ミスタたちの言う事ならあまり気にしないでくれ。ぼくたちはまだそういう関係じゃあないのに、勘違いしているんだ」

 

 くおんは机の上のカップを右手で持ち上げた。手袋をしてないむき出しの鉄の義手が見えた。匂いを嗅いでから飲まずにそれを置く。

 そういえば、香りを感じない。

 強烈な違和感に襲われながらもフーゴはくおんに話しかける。

 

「今日は…なんでここに?」

「僕がここにいるのは、僕のスタンド能力のおかげさ。あの矢、精神を支配する力というだけあるよな。アンジェリカの能力を介してだが、他人の夢にこうして入る事が出来た」

 

 彼女の言っていることがよくわからない。だがフーゴは「へぇ」と、まるで世間話をしてるかのような相づちをうつ。

 フロアをまたいだ向こうではみんながわいわいとなにか話しているが、フーゴには後ろ姿しか見えない。不思議と輪郭がぼやけている気がして、目を擦った。

 フーゴの視線の先を追って“くおん”はちらりと後ろを見やった。そして向き直ると、どこか寂しげな顔をして言った。

 

「ここがさっき言ってた戻りたい場所なんだね。素敵だ。いつまでもここにいさせてあげたいのはやまやまなんだけど、時間がなくてね…」

「…そうだな。ヴェネツィアにはまた行こう。結局、教会にはいけなかったから…」

 

 よく見ると“くおん”は左右の目の色が違う。それに火傷のあとに囲まれた右目はちょっと焦点があってないように見えた。

 

「パンナコッタ・フーゴくん。道中で君のことはそれなりにわかったよ。割と楽しかったね」

 

 突然、頭がガンガンと痛みだした。脳みその中で何かが暴れているみたいだ。フーゴは思わず額をおさえた。

 

「僕は君のことを許すべきか、ずっと観察してた。君は僕の大切な人を二人も屠ったからね…それも、とびっきり残酷な能力で」

 

 “くおん”はそんなフーゴに構わず話し続けている。頭痛のせいで彼女の声がわんわんと反響している。

 そこでフーゴは、さっき割ったグラスの破片が手のひらに突き刺さっていることに気づいた。

 

「君がその能力通り、獰猛で救いようがない人間だったら僕も悩まずにすんだよ。でもそうじゃあないから、困るよね」

 フーゴはおそるおそる破片を抜いた。深々と肉に食い込んでいたガラス片。傷跡からは血が流れ出しているにもかかわらず、全く痛くない。

 

「………きみは…」

 

 

 目の前にいる人物を再び見つめた。そうだ。彼女の顔はたしかにくおんだが、フーゴの知ってるくおんじゃない。

 

 

「…きみは…誰だ…?」

「僕はブランクだよ。ヴォート・ブランク」

 

 気づくと、二人はポンペイ遺跡の広場に立っていた。見覚えのある鉄製のゴミ箱と、崩れかけた壁と、鏡がある。

 

「なぜ…ぼくに、会いに来た…?」

「僕にも大切な人がいたんだ」

 

 そこには二人以外の誰もいなかった。ゴミ箱に書かれた文字は反転していない。ここは一応“現実”になるのだろうか。だかなぜか濃密な人の気配がして、フーゴははっとして鏡を見た。向こう側に人影が見える。

 

「復讐をしに来たのか?」

「正確には、そうするか決めにね」

 

 フーゴの頭からどんどん靄が晴れてきた。それにつれ左腕に打撲の痛みや悪寒や、体の感覚も戻ってくる。

 

 ブランクの濡れそぼった髪をよく見ると、髪束のところどころにくおんの髪色と同じ明るい茶色が残っている。カラースプレーでも使っていたのだろうか、どうやら濡れて落ちたらしい。

 たしかに、ソウルスティーラーといえば赤毛だ。面識がないとはいえ、くおんが赤毛ならきっと警戒していただろう。

 

 フーゴは、いつか自分はソウルスティーラーに値踏みされ、生殺与奪権を行使されるだろうとは思っていた。だがまさか、こんなにすぐそばで自分を観察するとは。

 ソウルスティーラー。魂を奪うもの。あるいは狙撃手、暗殺者。目の前にして感じるのはそれらの肩書きにそぐわない、同い年くらいの若者で、例えばジョルノのような凄みや、暗殺者たちのような殺気があるわけでもなかった。

 

「僕の師匠は、復讐をよりよく生きるための第一歩だって言ってた。でもリゾットは…暗殺チームのリーダーだったんだけど…復讐を果たしてから人生が終わっちゃった。僕にはよくわからない。なんのために復讐なんてするんだろう…。君はどう?」

 

 くおんに化けていたときとは打って変わって、ブランクの口調は落ち着いた、穏やかなものだった。そのせいもあって、とても大人びた印象を受ける。

 

「ぼくは復讐する相手がいない。強いて言うとすれば、あの日負けたぼくを…許せない」

 

「…質問を変えるよ。君が僕だったら、復讐するかな」

「わからない。でも…自滅するよりかは殺される方がいいとは思う」

「君は自分が嫌いなの?」

「……嫌い、とは違う」

 

 沈鬱な表情のフーゴを見て、ブランクは肩をすくめて少し軽めの口調で言った。

 

「…逆に僕が君だったら…ヴォルペみたいに無茶な逃走をしてたかもって思うよ。やけっぱちになって、無謀な賭けにでてたかも」

「やけっぱち、か。たしかに、ぼくはそうしかねないな」

 

 フーゴは無意識に握っていた左の拳を開いた。あの日、自分で切り落とした左手。ジョルノに与えられた左手を。

 手の中からゴポリと音がしてあぶくが浮き出した。急に周りが暗くなり、全身が凍えそうなくらい冷えていった。グラグラ世界が揺れ、ポンペイ遺跡の風景が揺らぐ。

 

「…そろそろ時間だ。決めてくれ。目をさませば、君は誰もいない現実に戻らなきゃいけない。目を覚ましたくないなら、ほっといてあげる」

 

 


 

シラクサ、オルティージャ島アレトューサの泉

 

 

ら、らら………ら……らら…

 

 

 風の音に負けそうなくらい弱々しい途切れ途切れの歌声が真っ暗な泉に響いていた。美しい女神、アレトゥーサが姿を変えたと言う伝説がある。

 

 その柵に腰掛けて危なっかしく足を揺らす少女がいた。アンジェリカ・アッタナシオ。“血液がささくれだつ”奇病に侵された彼女の唇からは赤い血が流れ出している。本人はそれに気づいてすらいないのか、暗闇をぼうっと見つめながらか細い声で歌い続けている。

 アンジェリカの体はヴォルペの麻薬が切れかかり、痛みと禁断症状が徐々に出つつあった。もう少し経てば病気由来の全身の激痛が襲ってくる。だがアンジェリカはヴォルペとともに目的の教会に行くことを拒んだ。

 敵を撃破するためにはすこしでも近いところにいたほうがいい。絶対にヴォルペを守るのだという意志が、麻薬でラリったアンジェリカの理性を現実に踏みとどまらせていた。

 

 汗が異常に出てきた。アンジェリカは予備の薬が入った注射器を取り出す。手ががくがく震えてうまく刺せない。

 

 その震える手を、手袋をした手が後から優しく包み込んだ。途端、痛みが消えていく。

 後ろに立つ誰かがアンジェリカを抱きすくめた。その温もりに、全身の痛みや不安がじんわりと溶けて麻痺していくような心地になった。

 

「マッシモ…?」

「うん」

「ちゃんと足止めしてるよ。心配しないで」

「そうだね」

 大きな手はアンジェリカの頭をゆっくりと撫でた。慈しみに満ちた手で。

 アンジェリカは目をつぶる。鳥のさえずりが聞こえた気がして、後ろを振り返ろうとした。

 だがやんわりと、頭を押さえて止められた。

 

「寂しい思いをしてきたんだね」

「…え?なに、マッシモ…よく聞こえない」

「優しい夢をありがとう」

「えへへ…なんだか、抱きしめられても痛くないよ。なんでだろう」

 後ろの誰かがより強く抱きしめた。アンジェリカの視界に赤い髪が横切った。

「…マッシモ…?」

 

「おやすみ」

 

 その後アンジェリカは自分に何が起きたのかわからないまま頭を撃ち抜かれ、死亡した。まるで殺された瞬間が消し飛んだように、マッシモに抱きしめられたという幻覚に意識が取り残されたまま死んだのだ。

 

 

 背後に立っていたブランクは、崩れ落ちるアンジェリカの亡骸を丁重に横たえ、吹き飛んでしまった頭に腰に巻いていたスカーフをかけた。

 ブランクは幻覚にかけられた時点でアンジェリカの精神構造を知り、鳥をとらえ、コピーしたのだ。ミザルーの…いや、矢による進化はとどまるところを知らない。

 ボートの転覆では溺死しかけたとはいえ、ブランクはヴォルペにも、石仮面により生まれる吸血鬼にも負けることはないだろう。

 

「…さて…フーゴはちゃんと起きただろうか…」

 

 

 


 

 

「パンナコッタ・フーゴ…」

「マッシモ・ヴォルぺ…」

 

 フーゴは目の前に立つ男の名を呼んだ。かつての級友、そして今は殺さなければならない相手。

 

 二人がいるのはドゥオモ。オルティージャ島で最も大きい、もとは古代アテナ神殿だった教会だ。だが外観と比較して、内部はシンプルなルネサンス期の設計だ。

 その最奥、守護聖女ルチアの祭壇のすぐそばにヴォルぺと、人質のシーラEがいた。シーラEは床に倒れ浅い呼吸を繰り返している。

 

 

「なあ…フーゴ。パッショーネにいる意味があるのか?あいつらは危険とみなすや否や、能力を奪う。与えたくせに、だ。あまつさえ、オレは抹殺対象だとよ。そんな勝手が許されるのか?」

「…ソウルスティーラーは能力を奪うだけじゃない。改良し、また与えることができるそうだ。はじめからおとなしく服従していれば抹殺対象になんてならなかった」

「ハッ…“服従”!欺瞞もいいところだな」

 

 ヴォルペは嘲り笑った。おかしくておかしくてたまらないと言いたげだった。

 

「スタンド能力は精神エネルギーの形そのものだ。オレ自身の魂だ。それを勝手に変えられるだと?ふざけるな。そんなのは冒涜だ!」

 

 広い地下空間にヴォルペの罵声がこだまする。冷え冷えとした空気が肌をさすように感じられる。

 ヴォルペは壁の一角を思いっきり蹴りつけた。生身の人間の物とは思えない威力だった。ガラガラと壁が崩れる。

 

「出せよ、おまえのパープルヘイズを。オレを殺しに来たんだろう」

「…ぼくは…」

 

 ヴォルペはその崩れた壁の中から何かを取り出した。人の頭より少し小さいくらいの、楕円形の石だ。これが回収しなければならない“ブツ”なのだろう。

 ヴォルペの手に渡る前に…というのは果たせなかった。もう戦って勝ち取る他ない。

 

「オレが一度こいつを手にすればシーラEは死ぬ。使い方はこいつのスタンドでわかったからな。そしておまえの殺人ウイルスとやらも無効になる…はずだ。なんてったって生きてるかどうかも怪しいからな」

 

 フーゴはシーラの顔をもう一度みた。あどけなさの残る顔立ちは苦悶の顔で歪んでいる。彼女にも理由があって任務が与えられた。

 誰しもが理由があってここにいる。フーゴ自身もだ。

 

「ぼくのスタンドは役立たずだ。誰かれ構わず、無差別に殺してしまう、どうしようもない能力だ」

 

 フーゴは下を向き、頭の奥をきつく締め付ける罪悪感を振りほどくように言った。

「ぼくはあの日敗北した自分を…いまだに許せていない」

 

 フーゴは、目が覚めた時にそばに置かれていた拳銃を構えた。

 ヴォルペの居場所の書かれたメモと、くおんの髪をまとめていたリボンでまとめられていたベレッタだ。

 それを見るとヴォルペはマニック・デプレッションを出現させ、その針を自ら腕に刺した。能力により過剰に生命エネルギーが引き出される、命を削ることも厭わないヴォルペの切り札。

 

 フーゴは引き金を引いた。それが合図となった。

 ヴォルペはマニック・デプレッションによって研ぎ澄まされた感覚で、フーゴの狙いは頭だと見抜いていた。フーゴの指が引き金を引くのとほぼ同時に、頭の位置をずらす。放たれた弾丸は二発ともヴォルペの髪を何本か引きちぎるだけで後ろの壁に当たった。

 

 フーゴはなおも発砲する。一発はヴォルペの太腿に当たるが、まるで効いていない。相手は生命エネルギーで強化された体だ。関節を破壊するか足そのものを吹き飛ばさない限り倒れないだろう。

 

 ヴォルペが腕を振り上げた。強化された脚力と腕力ではガードしたとしてもそれをやすやす貫通するだろう。

 フーゴはとっさの判断でかがんだ。ヴォルペのパンチは空振る。だがヴォルペは全力で踏み込んだ脚でそのままフーゴを蹴った。

 

 フーゴはそのまま吹き飛ばされて床を転がった。衝撃に白黒する頭でも、とっさにガードした右腕の骨が砕けているのがわかった。

 

 フーゴは銃を持ち替えヴォルペを狙う。だがヴォルペはとっくに狙うまでもないほど至近距離に飛び込んできていた。フーゴはとにかく撃った。たが攻撃の甲斐なく再び床に組み伏せられた。

 ヴォルペはフーゴの顔面を殴る。その衝撃で手から銃が吹っ飛び、流れ出た血で視界が真っ赤に染まった。

 ヴォルペはフーゴの首に手を回し、骨を折らんばかりの力で絞め上げた。真紅に染まった世界で、鬼のような形相のヴォルペが怒鳴る。

 

「なぜパープルヘイズを出さないッ!自分のウィルスに冒されるのが怖くなったか」

 

「…そうだ。ぼくは死ぬのが怖い」

 

投げやりに生きて結末にたどり着くのは簡単だ

ぼくはパープルヘイズを自分の安全が完全に保証されている時か、死ぬ瀬戸際にしか使ってこなかった

何度あの日を振り返っても、ぼくはパープルヘイズという切り札をどう切ればよかったのかわからないままでいる

 

 

だが結局、全ては過ぎたことだ

ぼくはギアッチョに瀕死に追い込まれ、最後に左手を切り離し、釣り竿のスタンド使いを殺した

それが結果だ

 

ぼくはあの日の判断に自信が持てず、ずっとその場から動けないでいた

けれども立ち止まって、二度と戻れない道を眺めるだけの日々はもう嫌だ

ブチャラティたちについていけなかった自分のままなんてごめんだ

自分で道を決めなきゃまるで意味がない

 

「組織だとか忠誠なんてクソ喰らえだ…この任務も、お前の生死もどうでもいい…」

 

 フーゴは右手でヴォルペの腕を掻きむしりながら、砕けた左手の指先に拳銃が触れるのを感じた。今まさに死にそうだっていうのに不思議と頭が冴えてくる。

 

「ぼくは生きるために戦う。生きてなきゃ道を選ぶことはできないからだッ!」

 

 フーゴはヴォルペの腕に突き刺さったままのマニック・デプレッションの棘に自分の手のひらを思いっきり押し付けた。

 マニック・デプレッションの効果でもう絞りきったと思っていた力が空から湧いてくる。

 フーゴは血でぬめる床についたヴォルぺの足を蹴り払い、傷みの消え去った右手で銃を掴み、デタラメに引き金を引いた。

 ヴォルペはなおもウイルスを使わないフーゴに激高し叫んだ。

 

「臆病者ッ!」

 

 そして腹に空いたいくつもの穴を見て、痛みこそないものの自分の命に関わる傷だと悟る。とっさに仮面を自分の顔につけようと振りかぶった。

 

 終わった。ヴォルペもフーゴも確信したその時、恐ろしく冷ややかな声が聞こえた。

 

 

「止まれ」

 

 

 唐突に聞こえてきた命令に、ヴォルペは思わず静止ししてしまう。

 途端に自分の立つ床が抜け、フーゴごと真っ暗な闇に飲まれた。手から仮面の感覚が消え、温い液体が這い回るような不快な感覚が腕から全体に広がった。この感覚は知っている。アンジェリカのナイトバード・フライングに違いなかった。

 

「ッ…!」

 

 ヴォルペは声のしてきた方向を見た。そこは教会の入り口だったはずの場所だが、いつの間にか朝焼けに照らされる運河が広がっていた。

 運河の真ん中に立っているのは、赤毛の少年だった。

 

「ソウル…スティーラー…」

 

 ヴォルペは平衡感覚を失い、その場に倒れそうになる。だがこの場所には床なんて存在しないかのように、落ちる感覚がずっと続き、吐きそうになる。

 そのヴォルペをソウルスティーラーはただ見ていた。

 

「…アンジェリカは…」

 

 ソウルスティーラーは答えなかった。それでヴォルペはすべてを察した。

 ヴォルペはフーゴが差し向けられたと気づいたとき、てっきり彼に自分を殺させるつもりなのだと思っていた。だがどうやらとんだ思い違いをしていたらしい。

 

「どこまで…傲慢なんだ。お前は…」

 

 

 

 ヴォルペはそうつぶやくと、フーゴの上に倒れ込んだ。石仮面は地面に落ち、血に反応して針を出した。ブランクは胸から詰めていたらしい布をひっぱりだして仮面を拾い、そのまま包んだ。

 

 フーゴはヴォルペを押しのけてから、ブランクをじっくりと見た。

 ソウルスティーラー、話に聞いているよりも遥かに強い。能力を奪うスタンドだとは聞いていたが、その性能を向上させ自分で使うことができるとなると、複数の能力を既に有してしまった彼を倒すのはほとんど不可能だろう。

 道中、“くおん”がやけに気楽だったのもこの力さえあればあらゆる敵を無力化できるからだったのかもしれない。

 本当に任務の成功なんて念頭になく、自分を観察しにきていただけなのだ。

 

 

 ブランクは右腕の義手からコードを引っ張り出していじくった。ノイズ音がどこからか聞こえてくる。どうやら義手に無線を仕込んでいるらしい。

 

「こちらパンサー。標的を拘束。マスクも回収した。繰り返す。標的を拘束。マスクも回収。オーバー」

…拘束?標的は生きてるのか?オーバー

「ああ。標的も人質も生きてる。救護を要請する。オーバー」

チッ…てめー余計な情けかけたんじゃあねーだろうな。…すぐ向かわせる。おまえは待機だ、オーバー

 

 ブランクはそれを聞くと布で包んだ仮面を胸部に収納した。得体のしれない針が出るのを見てよく急所にしまえるな、と思いつつ、それもまた“彼女(彼?)”らしいと感じた。

 

「……くおん…きみが、ブランクだったのか…」

「そうだよ」

「なぜヴォルペを抹殺しなかったんだ?君なら殺せただろう」

「…殺さなくても勝てたからさ」

 

 見かけもそうだが、口調以外もくおんとはかなり雰囲気が違う。演技一つでここまで変わるものかと感心しつつ、シーラEのそばに屈んで拮抗薬らしきものを注射するブランクをまじまじと見つめていた。

 ブランクは視線に気づいてか、ちらりとフーゴを見たあと気まずそうな間をおいてから話しかけてきた。

 

「……体」

「え?」

「ヴォルペの麻薬で一時的に麻痺してるみたいだけど、ぐっちゃぐちゃじゃん。多分もうすぐ痛みだすよ」

 

 フーゴは自分の体を見た。意識があるのが不思議なくらいにグチャグチャだ。麻薬で痛みは感じないが、あからさまに肋骨が折れている箇所がある。右腕はところどころから骨が飛び出ているし、おそらく殴られた顔もひどいことになっているんだろう。

 

「ショック死しないといいね」

「…ああ」

 

 話題が尽きてしまった。ブランクは勝手にフーゴの手当をはじめた。その沈黙にいたたまれなくなって、フーゴは尋ねる。

 

「きみは…どんな夢をみた?」

「……イルーゾォがね、新しくホームシアターを作ったから見に来いっていうんだ」

 ブランクはフーゴの傷口を縫いながら話し始めた。

「映画なんてろくに見ないくせに、面白そうと思うと手を出しちゃうんだよね。金遣いが荒いんだよ、あの人は。だから僕は浪費癖はなんとかした方がいいって忠告したんだ」

 

 長い前髪が顔にかかってるせいでフーゴから表情は見えなかったが、とても穏やかな口調だった。まるで、子どもに物語を聞かせる母のようだ。

 

「そしたらなぜか、車両保険だとか月々の電気代の書類を渡されて僕が家計簿つけるハメになってさ。僕はテメーの母ちゃんかよってくらい、先輩の家計は知ってたんだ」

 ブランクは糸を切って、脱いだ手袋で傷口を縛った。

「ある日クレジットカードの明細で、僕が前に欲しがってた小型のバイクが買われてたのを見つけた。カレンダーを見ると、僕が入って三年のお祝いが近かった」

 

 ブランクと初めて目があった。澄んだ青色の瞳は誰かを責めるようなものではなく、ただひたすら哀しそうだった。それを見てフーゴは何も喋れなくなった。やっと絞り出せたのは謝罪の言葉だった。

 

「………すまない…」

「君が謝ることじゃないでしょ?」

 

 そう言って、また二人の間に沈黙がおりた。ブランクはそれに気まずさを感じてか、急に恥ずかしそうに顔をしかめながらフーゴの方をちらりと見た。

 

「……あのさ」

「なんだ?」

「…僕のくおんの演技はマジで演技だから。そのー、ほら。いぇいう、とか…本物のくおんはまじでそう言うんだけど…うー…僕は絶対言わないし、こんな明るくないし…それにこの女装!女装は本物もやってるからで…」

 

 ブランクはまだ弁明を続けていたが、フーゴは急に襲ってきた痛みでそれ以上聞き取ることができず、そのまま気絶した。

 次に目を覚ましたのは、4月と同様、病院のベッドの上だった。

 

 

 

 

 

 そして季節はあっという間に過ぎ、いつの間にか秋も深まっていた。もう上着を羽織らないと肌寒い。フーゴは黒塗りのベントレーの後部座席に乗せられ、ネアポリスの郊外へ連れられていた。

 

 車を運転するのは本物のくおんだった。指定された場所にやってきた運転手の第一声を聞いてフーゴはかなり衝撃を受けた。

 

「運転手のくおんちゃんですッ!いぇいぅ!このクルマ、組織のなんで安全運転で行きまショー!ぶいぶい!ピィーーッス!」

 

 ブランクの化けていたくおんと違い、本物のくおんは黒髪をポニーテールにしてゴスロリを着ている。だが運転態度は概ね同じだし、何もないのに鼻歌を歌っているあたりはものすごいデジャヴだった。

 

 くおんは込み入った路地を抜けると一息ついて話しかけてきた。

「ねーねー、きみブランクさまと仕事してたんでしょっ!?すっごいね!ブランクさまってさあ、ちょぉークールだけど優しくってさあ、ステキでしょ!」

「ああ…まあ。たしかにクールだな」

 テンションがブランクの演じるくおんそのもので、フーゴは思わず笑ってしまう。くおんは理由がわからずキョトンとしながら首を傾げる。

「えっなんで笑うの?!まさかブランクさまからなんか聞いてる?」

「ああ。なんというか、聞いてたとおりの人だなって…」

「ええーっ!感激!ふわー…うふふ!ねえねえボクのことなんて言ってた?…でもやっぱ、あんま聞きたくないかも!悪口じゃあないよね?あー!言わないで!」

 

 くおんは目的地につくまでずっとそんな感じで勝手に話したり、照れたり、笑ったりしていた。

 フーゴはそんなくおんをみて、なるほど確かに自分が苛ついてないときならば、こういうのを可愛いと思えるのかもしれないと思った。

 

 

 車が止まったのは郊外の邸宅だった。小高い丘の上にあり、美しい森を爽やかな風が抜ける。邸内は普段使ってなさそうで、家具のほとんどに白いシーツがかけられていた。

 

 通された部屋は書斎だった。壁一面に隙間なく本が詰まっていて、実用性よりも美を重視したラインナップだ。その部屋の窓際のデスクにはブランクがいて、持ち込んだらしいボロボロの本を読んでいた。入ってきたフーゴを見るとそれを置いて会釈した。

 

「顔、元通りになってよかったね」

「ああ…おかげ様で」

「早速仕事の話で悪いけど…今回の任務は麻薬を撲滅したい人、厄介者全員に死んでほしい人、君に会いたかった人…等々色んな思惑が重なった結果、一番マシな形で収束したわけだ」

 

 ブランクは最後に見たときよりももっと凛々しく、男性的に見える。本当によくここまで自分を変えられるものだと感心してしまう。

「ぼくはあの仮面が何なのか、もう詮索するつもりはありません」

「かしこまんなくていいよ。…ま、アレに関してはそれがいいね」

 

 ブランクはぱん、と手を顔の前で合わせてフーゴの顔を改めて見つめた。

 

「ソウルスティーラーは、スタンド能力を奪ったあとに進化させて返すこともできるんだ。君の殺人ウイルスは制御できたら強い武器になるだろう?組織でも過去を帳消しにして伸し上がれるよ。今回の報酬として、どうかな」

 

 ブランクは生身の左手をフーゴに向けて差し出した。だがフーゴはそんな試すような笑みを浮かべてるブランクに苦笑いを返し、それを辞した。

 

「この能力を手にしたとき、これが自分かと絶望した。スタンドっていうのは魂のエネルギーの形だからな。見るのも嫌だ。認めたくない…。でも、それが自分だ」

 

 ブランクは目を細め、微笑む。フーゴは自信を持って彼に答える。

 

「きみにスタンドを進化させてもらうのも、魅力的だ。でもそれではぼく自身は何も変わらないし、ぼくじゃない。ぼくに必要なのは力じゃなくて、もっと小さなことだから」

 

「…そっか。いいね。僕もそう思う」

 

 ブランクは手を引っ込め、何かを思い出すように目を瞑った。どこか悲しげだけど、優しい表情だ。フーゴはそれを見て、ずっと聞きたかったことを尋ねてみた。

 

 

「ぼくに復讐するかは決まった?」

「まだ。でもね、僕はきっと君を殺さないよ。殺したからってスッキリ解決することじゃあないしね」

「…そういうものだろうか」

「そうだよ。君だって、本気でキレたあと、ぶん殴ってスッキリすることあった?」

「…たしかに」

「でしょ?」

 

 二人は微笑みあった。

 そのあと二三金の話をしたあとに、フーゴは部屋を退出した。ブランクは最後に「さようなら」と言って手を振った。

 

 

 

 どうやら今日は別の訪問客もいるらしい。フーゴが玄関に行くと、ちょうど扉が開いて人が入ってきた。小柄な短髪の少女だった。

 どこかで見覚えがあるなと思いつつ、軽く礼をして去ろうとした。

 するとすれ違う直前、少女の方からフーゴに声をかけてきた。

 

「ねえ…あなた、パンナコッタ・フーゴ?」

「はい。そうですが」

 

 改めて少女の顔を見て、フーゴはそれが前回の任務の救出対象、シーラEだと気づいた。髪を切っていたせいでパッと思いあたらなかったのだ。

 

「あたし、あなたにお礼を言わなきゃいけないの。…あなたは知らないと思うけど、あなたはあたしの大切な人の仇をとってくれた」

「…そうだったのか。…いいんだ、お礼なんて」

「ううん。ありがとう」

 

 フーゴの返事も待たずに、シーラは礼を言い終えるとすぐ廊下を進んでいった。

 フーゴは深呼吸してから振り向いて、シーラを呼び止めた。

 

「よかったら、今度ゆっくり話さないか。スパゲッティのうまい店があるんだ」

 

 シーラは目を丸くしてから、ちょっとだけ微笑んで答えた。

 

「いいわ」

 

 

 

 

 

 そして、客が帰って誰もいなくなった屋敷にはブランクだけが残った。ブランクは腰掛けながらぼうっと天井を眺めていた。そうして30分ほど無為に過ごしていると、外でエンジン音がして乱暴にドアを開ける音がした。

 

 ギアッチョが迎えに来たらしい。ブランクは立ち上がってのろのろと上着を羽織った。もうその頃には書斎の扉はノックもなしに開かれていて、まだ支度を終えてないブランクを見てギアッチョがはあーっとため息をついた。

 

「どんくせーな、オイ」

「まだ約束の5分前だろ」

 

 ブランクは適当に髪をまとめ、ネクタイをポッケに突っ込んで邸宅を出た。ギアッチョの新車に乗り込んで一息ついた。

 これからローマに行ってSPW財団の人間と打ち合わせだ。

 ギアッチョは自分で運転するのを好む。幹部になっても他人に運転させた車に乗るのを嫌がって、好きな車を乗り回している。

 

 高速に入るまでは新しいチームがどうだとか、メローネがどうだとか、適当な雑談をしていた。一通り話のネタが尽きると、ギアッチョはいつもより静かな口調で言った。

 

「ヴォルペが自殺したそうだ」

 

「…そう」

「予想はできただろ。あいつはスタンド能力も仲間も、将来も何もかも失った。そういうやつがすることは一つしかねェ。なんでお前、アンジェリカは殺せてヴォルペはそうしてやんなかった」

「それは……だって…」

「だって?」

 

 ブランクはネクタイを結びながら、ほんの少しだけ固まった。

 

「私は…アンジェリカは…彼を愛していたから」

 

 ギアッチョは黙ってブランクを見た。

 ブランクはソウルスティーラーでナイトバード・フライングを奪う時、アンジェリカの精神に踏み込みすぎたのだろう。ブランクの瞳にはあろうことか涙が溜まっていた。

 それを見て、ギアッチョは片手でブランクの頭をぶっ叩いた。

 

 

「ふあ?!なんだよ!あたらしいめんたまとれちゃうだろ!」

「いい加減目を覚ませ。それは悪い夢だ」

「…わかってるよ。わかってるけど…」

 

 ブランクは本物の瞳から零れてきた涙を拭った。ブランク自身、それが自分の涙なのかアンジェリカの涙なのかわからなくなっていた。ただ、痛烈な寂しさと悲しさが抑えようのないくらいに溢れてくる。

 それを振り払うように、ブランクは頭を思いっきり仰け反らせ、空を見た。もう夜が来る。

 

「忘れんなよ、お前はお前だ。いつまでたっても手のかかる、オレの後輩だ」

「まだそんなこと言ってる!もう僕のほうが強いんだぞ」

「面白ぇ。じゃあ今度正々堂々殺し合いでもするか?」

「そ、それはやだ…」

「臆病者」

「君子危うきになんとやら!だよ」

「はぁ?なんでそこまで言って最後まで言わねーんだよ。クソムカつくぜ…」

「いぇいぅ!ほら、スピード上げようよ。涙を乾かさなくちゃ」

「文句があるならテメーで運転しろッ」

「事故る覚悟があるのなら!」

「チッ…」

 

 

 

 

 




くおん・ブシェッタ

ブシェッタ三兄弟の末っ子で、媚を売るのが得意。
ブランクに自分を売り込んで情報チームのチーフになった。枕営業も辞さない強かな男。男である。




丸焼きどらごんさんから頂いたディ・モールト なブランクくんです!!
グラッツェ…!
ビビットな色合いがすごく、すごくいいッ!

【挿絵表示】


6部アニメ化が決定したら続きを書きます。それまでは完結タグひっさげておきます。また会いましょう
アリーヴェデルチ!
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