ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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モメンタリー・ラプス・オブ・リーズン
00.DOPE:過去


 

 街全体にネオンが灯る日暮れ頃、プロシュートはそのグラフィックアートまみれの汚い道を、いつもと違う“相方”と歩いていた。

 

 

「ご存知ですか?先の大戦より前に、アンフェタミンは、発見当時鼻詰まりの薬として一般に流通していました」

 

 二人はスパッカ・ナポリを歩き、クアルティエーリ・スパニョーニへ向かっている。観光客向けの店が数多く並んでいるおかげで日が暮れてもまだ人で賑わっていた。とはいえ、それはあくまでも表向きの明るさだ。ネアポリスの治安は言うまでもない。一本奥の路地へ入れば人っ子一人いなくなる。

 

「そればかりか、ドイツ兵はみんなペルビチンという市販覚醒剤を飲んで戦地に赴いたらしいです。さらにさらに、子供の安眠に大麻が処方され、推奨されていたらしいです。…よかったですよね、僕たちこの時代にギャングで。だって、そんなに流通してちゃ商売にならない…」

 

 プロシュートは横でくどくどと麻薬について話す“相方”に尋ねた。

 

「勉強してきたのか?」

「ええ、そりゃもう。ペッシアニキの代理ですんで!恥をかかないように一夜漬けです!」

 

 ヴォート・ブランクはそれに笑顔で応えた。

 これから暗殺任務をしようっていうのに呑気なやつだ。

 

DOPE

 

 

「依頼だ」

 

 招集に応じたメンバーは、いつも通り淡白なリゾットの言葉を聞いて視線を交わした。この段階で誰が仕事をやりたがってるのか大体は把握できる。今回は誰も金に困っていたり腕を鳴らす機会を欲していないようで、ギラギラした目のやつはいなかった。

 

「ターゲットは売人だ」

「売人?クスリか?」

「そうだ」

「麻薬チーム絡みならオレは絶対パスだ」

 それを聞いてギアッチョはすぐに興味を失ったようだ。たしかに麻薬関連にむやみに足を踏み入れても余計なトラブルを抱え込むだけだ。

 しかしリゾットは首を振った。

「いや、新規の業者だ。どうやら質の悪いヘロインをパッショーネのものだと偽って売っぱらっているらしい。それで何人か死んだ」

「救えねーやつだな」

 ペッシがぼそっとつぶやいた。

「ちょっと待て。パッショーネの麻薬と、質が悪いとはいえ卸のヘロインじゃどうやったって儲けが違うだろ。売人は損じゃあねーのか?」

「営業妨害が目的ってことですか?そうまでしてイタリアで売りたいもんですかねぇ…」

 イルーゾォとブランクの疑問にメローネが答えた。

「薬物市場ってのはどこも新規参入が難しい。なんせ商品が商品だ。売り手と買い手に信頼関係が必要だろう。今回はその信頼を崩そうとしてる奴がいるのさ」

「ああ。どこかの幹部も言っていたが、“『信頼』を『侮辱する』という行為に対してだけは命を賭ける”ってわけだ」

「ははん。つまり依頼主はあのタコか」

「で、標的の名前、写真、性別は?」

「写真はない。本名も不明だが、通り名はシザーマン」

「うわ、おっかねぇー。両手がハサミなのか?」

「今回は捜索も込みでの任務だ。お察しのとおり、さる幹部直々の依頼だから報酬は弾む。経費も全額支払われる」

「デブの尻拭いか…オレはやめとく。人探しなんてたるいからな」

 メンバーはほとんど乗り気ではなかった。そこで黙っていたプロシュートが手を上げた。

「おいペッシ、やる気はあるか?」

「えっ?!オレたちでやるんですかい…?」

「やる気があるのか、ねーのか、どっちだ」

「や、やります!やるッス!」

「じゃあリゾット、今回はオレとペッシでやるぜ」

 プロシュートの言葉にペッシは怯えたような顔をしていた。そんな二人を見てイルーゾォが鼻で笑う。

「おいおい大丈夫かよ?標的見つかんなくて泣きついてきても無視するぜ」

「間違ってもテメーには頼んねぇよ。…いいな?リゾット」

「わかった。資料は今渡す。…じゃああとは好きにしろ」

 

 リゾットの一声で会議は終了し、イルーゾォが気楽に言った。

「よし…ブランク、ホルマジオ。ダーツ行こうぜダーツ」

「あ〜いいですねぇ。メローネ先輩もどうですか」

「行く。ギアッチョお前は?」

「ダーツなんてつまんねえ。的に矢をぶん投げてちまちま計算しろっていうのか?何がおもしれーんだよ」

「奢ってやるから来いよ」

「チッ…しょうがねえな…」

「あとでリゾットさんもくるそーです」

 いつの間にか聞いたのか、ブランクが楽しげにイルーゾォに話しかけている。各々席をたとうとする中、メローネがプロシュートにも声をかけた。

「お前らは?」

「ブリーフィングだ。気が向いたら行く」

「ちゃんと来いよな」

 プロシュートはペッシの方を見た。自信なさげに「あぁ…?」と曖昧な返事をした。

 


 

「いやあ。まさかダーツからのビリヤードでペッシアニキが腰をやっちゃうとは思いましませんでしたね」

 

 賑わう人通り。クアルティエール・スパニョーニ(スペイン地区)は裏通りまで明かりが灯って活気づいている。もちろん観光客ではない。誰もが派手な色合いの派手な服、夜の装いだ。

 ブランクも今日はいつもより踵の高い靴を選び、サングラスもレイバンのお高いやつをつけている。香水もいつもと違うようだった。行く場所が場所だから気合を入れてきたんだろうか。

 

「で、心当たりの店っていうのはどこだ?」

「もうすぐです。あ、ここだ」

 

 看板も出てない一本裏のビルの地下へ降りていく。

「ここのママとは顔見知りなので、大丈夫です」

 ドアを開けるとベルが鳴った。青臭い匂いがむっと漂う。大麻の匂いだ。

「あら。ブランクくんちゃんじゃない」

「アヴィー!ご無沙汰してまーす」

 

 そこはいわゆる"コーヒーショップ"で、もちろん非合法な場所だった。しかし餅は餅屋。薬は薬屋ということでかつてブランクが働いていた風俗業界と深いコネのあったこの店に来たわけだ。

 広いフロアではチルな音楽が流れ、キマった連中がまったりと中央で踊っている。壁に沿うようにソファとベッドが並び、完全にリラックスした奴らはそこで寝たりヤッたりしていた。

 なるほど確かにブランクの送迎業も必要とされるのかもしれない。

 

「聞いたわよ〜。“組織”に入ったそうじゃない?金回りが良くなったなら客として来なさいよ!」

「いやあ。それがとんだ貧乏チームに配属されちゃいましてね」

 ブランクは店主らしき男(いや、女と言うべきなんだろうか?)と親しげに話し始める。濃い化粧に香水がプンプンで、いかにも薄暗いこの店内でしか通じない装いだ。

 

「で…そちらの彼は?…めちゃくちゃいい男じゃない!!」

「こちら僕の上司のプロシュート兄貴です!…実は仕事で、ママに聞きたいことがあって。ね、兄貴」

「あら。刺激的だわ。何かしら」

「最近、劣悪なヘロインで死者が出ているのは知っているか?」

「…ああ。うちは見ての通りウィード専門だけど…噂には聞くわ。でもその“商品”ってお宅のじゃあなかったかしら」

「そー!腹立つんだよー!詐欺なんだよそれッ!」

 ブランクはすかさず畳み掛ける。

「僕らが卸すのは純正100%真っ白なチャイナホワイトのはずなんだよね。でも、問題のそれはだいぶくすんだ色なんだ。混ざってる時点で、“偽物”なんだよ。でもみんなラリってるでしょう?だから誤解が解けなくてすっごく困ってるんだ」

 

 ブランクはさり気なく大麻を吸い始めた。ラリったりしないのかよと思いつつ、傍観だ。多分それが一番店主の警戒を解く仕草なのだろう。ブランクはやけにそういうのがうまかった。

 

「…混ざってるものを知ってる?」

「んん…多分だけど動物用麻酔とか、そこらへんでしょ?」

「そうよ。合成麻酔薬フェンタニル。はっきり言って使用者を殺すつもりで作ったとしか思えない、悪質なものよ」

 

「オレたちも早急に手を打ちたいが、今のところ通り名しか掴めてない。売人の名前はシザーマンだ。心当たりはないか?」

「シザーマン…シザーマンね…。生憎ねぇうちはウィード以外仕入れてないの。そういう粉物の売人とは取引してない」

 

「ねえアヴィゲイル、現物持ってたりしない?」

「あたしはそんなの手にも取らないわ。でも…」

 

 そう言って店主はダンスフロアを持ってる煙管で指した。

「あそこなら誰か持ってるかもね。ううん。もしかしたらシザーマンもいるかもしれない」

 

 

 音楽がぐるぐると渦巻いて聞こえる。どうやら円形フロアの天井にぐるっと配置されているスピーカーで立体音響のようにしているらしい。大麻をやってなくても酔ってしまいそうだった。

 あきらかに素面の二人がホールの中央に出ても誰も気にしていない。煙で前がよく見えない上に、全員キマっている。

 

「ここの葉っぱは、シチリアの古いマフィアが持ってたルートで仕入れてるそうです。だからかなり上質で、キレがいい」

 ブランクは鼻を鳴らす。匂いでシザーマンのヘロインを見つけようなんてしてるのだろうか?

「そのマフィアは、今やパッショーネの傘下にあるとか。そいつの名前は…カキク?ケコ?なんかそんな名前だったような…」

「うろ覚えじゃあねーか」

「いますかね、シザーマン」

「さあな」

 

 プロシュートは客全員が吸ってるものを確かめた。全員葉っぱだ。粉ではない。プロシュートの警戒に何人か怪訝そうな顔をしていた。

 

「なんだあんたら、何吸えばいいのかわからないのか?」

 酩酊気味の老人が素面のプロシュートに絡んできた。若者の多い中では浮いている。

「そうなんですよ。僕ら無敵なんで大体の葉っぱじゃチルれなくて」

「そら難儀だ。粉は試したか?」

「一応ね。よく売ってるやつ。でもしばらくしまっといたら全然効かなかった」

「あー、そりゃあんた。パツショーネの麻薬だろう?ありゃだめさ、なぜかすぐだめになっちまう」

「困ったもんだよね。本場に行って吸うしかないのかな」

 ブランクは人から話しかけられやすい、というのを通り越していると思う。しかも相手がほしい答えを必ず返す。

「最近出回ってる…()()()()()パッショーネの麻薬…試したことあるか?」

「噂には聞くけど…それ、ホントにあるの?」

「ああ。ここから南に2ブロック先のDOPEって店に行くといい。あとはお前さんの交渉次第さ」

「ありがとう、恩に着るよ」

 ブランクは持ってた葉っぱを全部老人にやってプロシュートにウィンクした。

「手がかりゲットですね」

「お前、探偵に転職したらどうだ」

「こういうのはむしろ警察っぽい気もしますが」

 

 チームに入ってきたときからちぐはぐなやつだと思っていた。見た目の印象も男か女か、大人か子供かよくわからなかったし、性格も取ってつけたような明るさの下に冷たい諦観が積もっているような、そんな感じだった。

 ペッシが新芽なら、ブランクはむりやり葉っぱをもぎ取って新芽のように見せたみたいな、そういう違和感があった。

 もちろん暗殺チーム内でそんな矛盾や違和感を抱えてるやつなんてゴロゴロいる。だからそれは問題ではないのだが、そのことを隠すのがうますぎるのだ。

 過去にどんなことがあったのか、わざわざ聞くことはない。しかしこの若さで、と思うと過酷なものであったのは想像に難くない。

 

 

「それにしてもDOPEか…聞いたことないな…ここ一年で出てきたのかな」

「ブランク、お前麻薬チームにいたことでもあるのかよ」

「いえ。前職が近かったってのとムーロロさんの受け売りですよ」

「あいつか…お前には悪いが、やつは胡散臭い」

「まあそうですね」

 先程の老人に言われたとおり2ブロック先までくると、治安はさらに悪くなっていた。ゴミと大麻の香りがそこら中からしてくる。

 DOPEという店はすぐに見つかった。というのも店頭にデカデカとネオンで看板がおいてあったからだ。道理であの老人、雑な案内するわけだ。

 

「入ります?入り口からバーンと!」

「おいおいおいおい…ブランク。忘れたのか?オレたちは暗殺者だって」

「え?……あ」

「黙って待ってな。すでにグレイトフル・デッドは発動中だ」

 

 となるとやることはない。ブランクは入り口前の柱にもたれてただ待った。今頃店内はいつの間にか老化していく自分たちに気づいて驚きながらも何もできずそのままか、老いていることにすら気付かないかのどちらかだ。扉を塞ぐまでもない。

 

 10分程してプロシュートはようやく扉に手をかけた。ブランクもそれに続く。中からは生ぬるい人の気配と重低音の音楽が聞こえてくる。この店はさっきの店とは違い徹底的に()()なコンセプトのようだ。

 今は老人たちが羽化の前のセミのように静かに床に寝て、激しく明滅するネオンに照らされている。

 プロシュートとブランクは彼らの衣服を探り薬を山ほど持ってる売人を探す。しかしフロアの人間にそれらしきやつはいない。

「多いな、やけに。儲かってて何よりだ」

「はずれはずれはずれ…となると店員かな?」

 ブランクはカウンターを乗り越えバーテンダーを洗う。プロシュートはバックヤードに入った。しかし誰も倒れていない。

 

「ブランク、こっちはスカだ」

「僕もスカです。スカ・スカに改名しようかな」

「だがクラックを作ってる形跡がある。これがシザーマンの麻薬か?一応回収しておくか」

「警備員は武装してます。…見たことない顔ばっかりだ」

「つまりここが卸売り店ってなわけか」

 プロシュートはため息をついた。

 

「んん…どれどれ使ってる薬物は……っと」

 ブランクは倒れた老人の鼻の下についている粉をぬぐいちょっと舌で舐める。

「うーん…普通にわからん」

「わかったからもう舐めるな。最悪死ぬぞ」

 

 と、そこで突然ブランクが玄関に通じる防音扉を撃った。

 

「なんだ?!」

「誰か来ます。聞こえた!おぉお…キマってきたのかも!!感覚が研ぎ澄まされてきた気がします」

「幻聴なんじゃあねーのかッ?!」

「いいえ、間違いない」

 

 とブランクが言うやいなや、扉が突然真ん中から真っ二つに割れた。すかさずブランクが連射する。プロシュートも構え、敵を狙った。

 

「……あはッ」

 

 扉の向こうにいる人間は笑った。チャラチャラチャラ、と言う音ともに一歩踏み出す。プロシュートはその人影のどてッ腹めがけて撃った。銃声が轟く。続いてチャリンチャリンという音がする。

 

「残念」

 

「こいつ…」

 ブランクは弾を装填した。そしてすぐさま撃つが、またも金属音。来訪者は扉を跨いでフロアに侵入した。

 

「パッショーネの人ォ?」

 

 そいつはピンクの髪をしたピアスまみれの男だった。おそらくファッションでボロボロの服にピチピチのラバーのパンツ。趣味の悪いパンク野郎だ。

 

「兄貴、こいつ銃弾を真っ二つに()()しています」

「切断…だと?」

 

「目ェいいね。羨ましィなあ…ボクはぶっちゃけ全然よく見えないの…」

 男はブランクの方にピースしながら言った。ブランクはこいつどうします?と言いたげにプロシュートの方を見る。

「ッ…ブランク」

「はい?」

「お前顔に切り取り線ができてるぞ」

「は…えぇ?」

 

 男は一歩踏み出した。スタンド能力が見えているのに近づいてくるということはこいつのスタンドは近距離型なのだろう。

 

「きるきるきるきる」

「あーもう!」

 

 ブランクはどこから取り出したのか、サブマシンガンで男の周囲を薙いだ。しかし弾丸は全てきれいに切断され地面にばら撒かれる。

「……プロシュート兄貴。二メートルだ。こいつ圏内のもの全部を切断する」

 

「チッ…二メートルかよ。今は分が悪いな」

 

 プロシュートは自身の銃を天井へ向けて撃った。乾いた音とともに、照明が落ちる。突然の暗闇に戸惑うブランクの首根っこをひっつかみ廊下へ走った。

 

「一時撤退ですかっ」

「いいや、やつは追ってくる。お前にマークを残してるんだから。仕切り直しだ」

「でも兄貴、どうするんですか?兄貴のスタンドはあの切断厨には有効だけど、追われて戦うには向いてないですよね?」

「そうだ。だが捕まえないと任務失敗だ。やるしかない」

「ってどうやって!弾が届かないし…それに僕のスタンドもだいたい待ち構え型ですよ。それになんですか、僕の顔どうなっちゃってるんですか?流石に頭真っ二つは生き残れる気はしないです!」

「落ち着け」

 

 さっきの男のスタントは2メートル圏内のものをすべて切り刻む他に、敵に切り取り線を付与したのち切り刻む中距離攻撃があると推察される。

 射程は定かではないが、ブランクに切り取り線が付与されたときの間合いがおよそ15メートル。こいつがまだ死んでないということは切れる射程はもっと短い。

 

「よしブランク、お前は囮だ」

「さ、最悪…!」

 

 


 

 

 ブランクは走っていた。ちらりと後ろを見ると人混みの向こうからピンクの髪が見える。切り取り線をつけた相手を感知することができるんだろう。

「ああもう…!」

 男は人にぶち当たるのもお構い無しで人混みを掻き分けてくるのでブランクも同じように、他人に気遣う余裕もなく走る。

 ブランクしか眼中にないということは切り取り線をつけられるのは一人限定なんだろうか。

 

「てめーッ前見てるくせに何ぶつかってんだコノヤローッ!」

 チンピラにぶつかりキレられても無視だ。当然ブランクをまっすぐ追ってくる男も同じチンピラにぶつかる。

「オッ…オッオッ…!お前らグルかァアーー?!」

 チンピラは男の腕を掴んだ。しかしバチンと音がしてその腕が切断される。

 人々から悲鳴が上がり、逃げ出そうとする人たちが一斉に駆け出した。ブランクにとっては好都合だ。

 

「きるきるきるきる!」

 

 男ももちろん猛然と走ってくる。ブランクは15メートル圏内にだって入らないようにとにかく必死に駆ける。プロシュートと打ち合わせた駅まで。

 

 改札を飛び越えた。ホームには今日の最終列車が停まっている。バコンという音がして改札機が切断された。階段を慌てて登りその電車に滑り込む。

 プシュー…と音がして電車が動き出した。ブランクは一息つき、先頭車両の方へ歩き出した。

 連結部分の扉に手をかけるとバコンと音がして後ろ側の扉が切断され、男がぬるりとブランクのいる車両へ入ってくる。

 

「るきるき…これでおにごっこはおわり、君の人生もおわり」

 

 

「……最後に名前聞いていい…?」

「………はア?」

「僕ら、シザーマンとしか聞いてなくて」

「ん…?シザーマン……シザーマン?なにそれ」

「君の通り名だよ」

「ボクゥ?なんで?」

「いやいやいや…そのスタンド、いかにもシザーマンって感じじゃん」

「そんなダサい名前なわけないじゃん。それになおさらおかしイな。ボクのスタンドを見て生き残れた人なんていないのに」

 バチンバチンバチン、と男が一歩進むたびに周りの座席が切断されていく。

 

「わ、わー!待って!待って!」

「待たなイ…」

 

 ブランクは慌てて前の車両へ逃げた。男はだるそうに連結部の扉を切断する。扉を潜ろうとした直後、男の後ろから急に声がかかった。

 

「おい」

 

「え?」

 

 先ほど男が切断したドアからプロシュートが入ってきた。そしてまるでボールでも投げ渡すように白い包みを投げ渡してきた。

「あハッ」

 バチン、と袋が切断される。

 

「は……」

 

 その袋からぶわりと広がったのはくすんだ白の粉だった。

 


 

 

「……死んだんじゃないすか、これ…」

「さてな」

 

 プロシュートとブランクは床に転がり泡を吹いてる男を見てそうつぶやく。

 

「悪質なヘロイン…か」

 この麻薬に混入られているフェンタニルはヘロインの50倍も効果があるとされている、象でも気絶する鎮痛剤だ。

 あのDOPEのバックヤードにあったものだ。ざっと一キロ、直で浴びて吸えば昏倒する。

「さーってっと…麻薬はどこぞ?」

 ブランクは男の体を一通りチェックする。しかし薬どころか小銭すら持っていなかった。さらに腕をまくってみても注射痕の一つない。

 

「彼、ほんとにくだんの売人なんですかね?」

「……この仕事、一晩ですまねーようだな」

 


 

 

 昼下がり、公園。きらきらひかる、木漏れ日。頬をくすぐる風、それに乗ってくる様々な匂い。ただここにある全てのものを、穏やかな酩酊感で包み込んで享受する。

 薬物で得た刹那的な幸福は人生に敷き詰められた真っ黒な不幸をグロウでぼやかす。

 

「シザーマン。とんだミスリードだ」

 

 

 そんな()()に浸っていると、突然ベンチの隣に誰かが座った。すべてがきらめいてぼやけた視界ではそれが男だということしかわからない。しかし声だけは聞き覚えがあった。アヴィゲイルの店で売人を探していたギャングの一人だ。

 

「まさかヤツを破るとはな」

 

 ピンク髪の殺し屋、モイライの顔を思い浮かべ、笑う。金払いが良ければいくらでも媚びへつらう犬のようなやつだった。

 

「アントニオ・ブシェッタ。大した名前だな」

「ふん…」

「あんたのこと、調べたらすぐにわかったぜ。詐欺、恐喝、暴行、麻薬取引、殺人、死体遺棄…まあオレも偉そうなことは言えないが、大した犯罪歴だ」

「すべて過去のことだ。今はなんにも残っとらん。わかるか?大切なものはいつも手元に残らない」

「説教かますつもりなら悪いが、あんたはここで終わりだ」

「ふ……よりにもよってどこのだれともわからん若造に」

「あんたが本当に会いたかったのはヴラディーミル・コカキだな」

「ああ、かつての相棒だ…」

 

「麻薬チームに属してるとはな。たまたまぶち当たったとはいえ、こっちにとっては収穫だった」

「そうかい。ああ、くそ…やつの名前を出すなんてな。せっかくキマってきたのに台無しじゃないか」

「そりゃ悪かったな。オレはもう邪魔するぜ」

「なんだ、銃でもぶっ放すのかと思ったら。毒矢でも吹くのか?」

「オレのはもう少し…そうだな。あんたにとっちゃあ優しいのかもしれないな」

 

 そう言って男は去っていった。何がなんだかよくわからないが、今すぐ逃げようとかそういう気持ちにはなれなかった。ただ体がぼんやりとだるくなって、大麻のおかげでそれが心地のいい眠気に変換されていった。

 ただ片隅に浮かぶ、青春の日々がどんどん褪せていく。あせた思い出は美しい部分だけ鮮明で、心地よかった。

 

 

 

 

「おいおいおい、老人の安楽死なんてなーんかお前らしくない」

「あ?じゃあ町中で銃ぶっ放せと?これがただしい暗殺だろうが」

「はあー。そういえば最近ハデハデに戦ってたんで、暗殺ってなんだろって感じでしたね」

 

 メローネとブランクが公園の出入り口にあるジェラート屋で三段重ねアイスを食べていた。メローネはブシェッタの情報を集める際に声をかけたので一応ついてきたわけだ。しかし人の仕事をアイス食って待つなんてペッシならありえない。

 

「かつての大マフィアがあんなおじいちゃんになってせこせこ麻薬売ってるなんて夢ないっすね」

「盛者必衰だな」

「…で、あのDOPEの麻薬のルートの方はどうなったんだ」

「ポルポが全部持ってっちまったよ。ま、麻薬チー厶がルートを〆るんじゃあないか?」

「それでいて追加報酬もなし、か」

「世知辛いっすー」

 

 あの老いたマフィアの今がボスにとっての未来になってしまえばいいのに。なんて考えが頭を過る。そんな不確定で曖昧な未来を願うのは馬鹿馬鹿しい。思ったら行動に移すべきなのに、今はそれすらも縛られている。

 

 

「とりあえず…ペッシの見舞いに行くか」

「じゃあ僕は遠慮します。このあと僕ホルマジオぱいせんとおデートですので」

「はあ?デートってお前…」

「喧嘩賭博で八百長ひと儲けデートっす!わくわく」

「………オレも賭けに行くか。…じゃあなプロシュート」

「ああ」

 

 

 

 裏切り者を出したというだけでリスクと見合わぬ待遇で、それでもこの世界で生きるしかないならば、今現在提示されている賭けに勝ち続けるしかない。

 

 





【挿絵表示】


6部アニメ化嬉しいです

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