【完結】ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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ザ・トライアル
01.狂人は心に



 

 

 朝起きて、春にしては肌寒い、身体の芯から凍えてしまいそうな空気を肌で感じる。寒い。

 これは僕のことばじゃない。事実を淡々と連ねているだけ。

 『いい朝だ』と脳裏に浮かぶ。『空気が澄んでいるように思える』。本当にそうだろうか?『最悪だ』『春だっていうのに、クソッタレ……』うるさい。

 そして僕は空調をつけて、部屋が温まるより前にすぐに起き上がる。

 

 目覚めてすぐ顔を洗う。単なる習慣。体に染み付いたルーチン。鏡には濡れた赤毛と酷い隈を携えた濁った青い目が映る。

 

 これが僕、ヴォート・ブランク。

 

 『酷い顔だ』。本当にひどい顔。

 昨夜は飲みすぎた。飲みすぎたっていうのに、ハイウェイを時速130キロ超で走り抜けるオープンカーに乗ってしまった。よりにもよって、オープンカー。でも何より良くなかったのは運転手だ。運転手というのはその車における法であり、処刑人も兼ねている。彼はその日の僕の生殺与奪権を握っていた。

 春の夜の風をもろに浴びて身体が冷える。流し込んだ酒はろくに整備されてないハイウェイでシェイクされてめちゃくちゃだ。

 嘔吐しようにもその吐瀉物が自分にかかるスピード。さらに、車に少しでもそれをぶち撒けたら、次にシミになるのは僕の血液だったろう。運転手の頭の中には死刑か私刑かしかないのだから。

 そんな思いをしてから裏通りにある自宅まで無理やり帰ってきたのだ。そりゃ酷い顔にもなるさ。なるだろう?だからこれは事実の羅列に過ぎない。

 

 顔を洗って、それだけではアルコールで濁る思考をどうにもできないと悟った。そのまま服を脱ぎ、シャワーを浴びる。

 鏡には『僕』が映っている。やや筋肉が落ち、ちょうど霜降りになったであろう腕。胸も同じく筋肉質だがそれでも薄っすらと脂肪の塊が乗っている。しつこく動く心臓の真上には取り返しがつかないくらい深い傷。グロテスクだ。

 僕は本当に、うんざりするほど傷跡まみれだ。下腹部には十字に切り裂かれた跡があるし、右目の周りにはまだうっすら火傷の跡が残ってる。右腕の肘の下は切断したときの名残でほんの少し皮膚が凹んでいる。左耳もよく見れば真ん中から下に継ぎ目が見えるだろう。

 その傷跡一つ一つに苦しみと後悔の記憶が捩じ込まれていて、まだ膿んでる。

 

 

 

 僕はシャワーを浴びてからリビングとして使っている部屋に入った。ソファーには運転手がメガネも外さず横たわり歯軋りしていた。一緒に帰ってきたのも忘れてた。

 彼を無視して冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのボトルを飲み干す。無駄だった。二日酔いはそう簡単に収まらない。この頭痛の原因はひょっとしたら酒を飲んだ時より前にあるのかもしれない。

 

 

 

 暴力。

 

 そう、つい最近まではずっとシラフのときには暴力が付き纏っていた。どんなに強い酒を飲んでも、飲んでも、飲んでも流し去ることのできない暴力が。

 

 暴力と、それに伴う螺旋について…。さながら渦潮のように。加害者から被害者に流れる暴力が、理不尽が、引力が、それらの輪について…。『僕』は昔なんて思ったんだっけ…?

 

 僕は分からない。最近は本当によくわからないでいる。『僕』が何を感じ、思っているのか。

 コロッセオの中での出来事。胸に突き刺さった矢の痛み、剣山刀樹の頂きでみた夢。血の暖かさ。

 思い出は繰り返せば繰り返すほど現実感を失っていき、やがて本物のフィクションにしか思えなくなる。『本物のフィクション』…。僕の言葉に『僕』が笑う。

 思い出が現実であることを担保してくれるのは傷跡だけだ。その傷跡さえ、《黄金体験》によって埋められてしまっている。まるでパテで抉れた部分を補修するみたいに、現実がフィクションに直されてしまったみたいだ。

 

 もちろん、普通だったらそんな妄想に取り憑かれるようなことはない。だが僕ははっきり言って正気ではない。

 

 僕は何も持たずに外へ出た。顔にかかるまだ濡れた前髪が冷たい。その空気を吸ってああ、ヴェネツィアで泣いてたあの日からもう3年経ったんだと気づく。失って、失って、手に入れたつもりでいたものは僕のほしいものじゃなかった。

 

 

 なぜこうなってしまったのか。始まりは何だったのか。あの矢が突き刺さり僕が心臓をもらったその日から振り返る必要があるのかもしれない。

 いや、あるいは生まれ落ちたその日から?スナッフフィルムのスターダムを登ったその日から?子宮を抉り出されたその日から?

 

 いずれにせよこの僕の物語で重要なのは『僕』だ。破滅、救い、呪縛、幸福、真実。結末は重要ではないが、道は示しておかなければならない。始まりのあと必ず来るのは、終わりだ。

 

 


 

2004年、春

 

 

 

 

 僕はかつて、自分の身の上話をすることが著しく困難だった。記憶をなくしているのではない。起きた出来事に付随する自分の心の動きをまるっきり封印していたのだ。

 それは僕の特殊な幼少期を生き抜くための賢い処世術のはずだったが、今となっては呪いに近い。

 

 そんな自分の心が明確に揺さぶられたと感じたときのことを、はっきりと覚えている。

 5年前、ブラインドのかかった薄暗い部屋。芳香剤の香りがややうすまり、生活臭とカビの匂いが薄っすらと漂うアパート。僕の目の前にはチームメイトのソルベが寝かされていて、ビニールか何かで拘束されていた。同じく拘束され猿轡をかまされたジェラートが何かを叫んでいる。

 まだ昼の日差しが高くて、ブラインドから細く差し込む光がチョコラータの顔面を照らしていた。

 

 僕はソルベをつま先から刻むのを手伝った。

 

 切断されたての体のぬくもりを覚えている。チョコラータは腕のいい医者であり、さらに肉の鮮度を保つスタンドをもっていた。だから()()()()肉は温かかった。

 36個に刻まれたソルベを運び出すときの重さも、額縁に入れられた彼を並べたときに背筋に走った悪寒も、克明に思い出せる。

 

 殺しは自分にとって特別なことではなかった。それを仕事にしているくらいなのだから、一つの死に拘泥する生き方は正しくないと理解している。しかし、その殺しだけは自ら手を下していないにも関わらず鮮烈に覚えている。

 

 

「恐怖の鮮度は繰り返すことによって保たれる。だからわたしは君と会ってる。消したくても消えない傷が、君の魂に標しをつけている」

「しるし…?」

 

 チョコラータと会うカフェは決まって大通りに面した小洒落たカフェで、入り口がほんの少しわかりにくいからあんまり人がいない。こんな話を堂々としていても誰も気にしない。

 

「人間は他人の傷みを自分の傷と同じように無視することはできない。『共感』の生き物だからだ。どんなに傷ついても前に進む人間はいても、隣にいる人の痛みを無視はできない。おまえの特技は何だったかな?『空っぽ』でいること?それはもうできない。おまえはもう聖痕を刻まれたのだ。このわたしにな」

 

 もしかしたらこんな会話はしていなかったのかもしれない。

 僕の能力は厄介で、チョコラータという存在そのものをスタンド能力と同じように自分のものにしてしまったのかも。そしてこうやって夢のたびに自問自答するようにチョコラータの影と話しているのかもしれない。

 

 そうだ、カフェではいつもカーテン越しに日差しが僕の頭を照らしていて、ほんのりと暖かかった。目の前にいる怪物を前に、太陽の恵みだけが僕の味方だった。

 

「お前が苦しむたびに、何度でも思い出す。その傷跡を、罪をな」

「…………僕は……」

 

 言葉は呪いだ。そして僕はその呪いが効きやすい性質らしい。

 

 ただし傷はチョコラータによって刻まれたのではない。すべて僕が自分で選んだことの結果だ。僕だけの罪。

 

 そして嫌でも目に入る下腹部にある消えない古傷。コピーのコピーのコピーのようにボヤケた、それなのにひと目で聖痕だと判る断裂。

 年月を経ても消えない皮膚に残る痕が『僕』が僕である唯一の証拠にすら思える。

 

 罪、罪、罪、それだけが積み重なっていく。

 地下室からずっと…。

 僕の人生、振り向けば死体の山が積み重なっている。

 

 僕はあの日振り返ってしまった。「思い出す」ことを「思い出してしまった」。そう、チョコラータの言っていることは正しい。

 僕の魂を解き放ったのは彼であり、あの日から僕は永遠に以前の僕には戻れなくなったのだから。

 

 

 

 

 殺すことは問題を解決するのに最も簡単な手段だ。ただし表の世界ではそれは究極の選択であり通常選ばれることがないが、裏の世界では数ある選択肢のうちの一つでしかない。

 あるいはそれしか選択肢がない。

 

 まあ要するに、残るのは相手の死体だけ。

 

 今目の前にあるのは潰れて拉げ、誰かもわからなくなってしまった肉の塊だった。

 

 死体は多くのことを語るというが、それは法医学者(とチョコラータ)の言うことでしかなく、僕たちのような浅学なチンピラには「これは脳みそなのか?」「いや、脂肪だろ」と人体部品クイズになるくらいが関の山だ。

 

 それにしても一体何階から落ちれば人はここまで原形をなくすのだろう?人間は血と肉の塊なのだと改めて思い知らされる。運悪くうつ伏せの状態で地面に叩きつけられたそいつは体の前半分がミンチになってしまっていた。

 

「これって飛び降り自殺?」

「さあな」

 

 僕の問いかけにギアッチョはそっけない。まあ確かに、()()()()()()()()()()()()()。馬鹿な質問をしてしまった。

 

 地上三階、地下二階、周りにビルどころか民家もないこのパッショーネ本部の邸宅の一階廊下。もちろん屋根付きの()()で飛び降り自殺がおきるなんて。スタンド攻撃以外にありえない。

 

「死体をここに運び込んだ…ってのはないな」

「どんなに律儀で几帳面なやつでも絨毯をじっくり濡らす血液まではここに運べないだろうね」

「録画は確認したか?」

「ああ。君の言ってた通りだった」

 

 ギアッチョから送られてきた監視カメラの録画はここに来るまでの車の中で確認した。男はこの廊下をいつものように歩き、躓いた。

 そしてぐしゃり、だ。

 

「上から押しつぶされたとも違う。これは間違いなく()()()だよね」

「決めつけるのは早い。少なくともスタンド使いは絡んでるだろうがな」

 

 不可思議な死体はだいたいスタンド使いの仕業だ。特に僕たちの業界では常識だ。しかし、ここは盲点なのだが…あえてスタンドで死体をこさえるというのはあまり聞かない話だった。

 スタンド使いは能力を隠す。わざわざ自分の能力のヒントになるような殺しをするのは挑戦状、悪くて宣戦布告にほかならない。

 

「で、どうする」

「どうするも、さ。この男の足取りを追うくらいしかできないだろ。そんな地味な仕事、パッショーネ参謀の仕事じゃあないよね?何もしないよ」

「はあ?お前寝ぼけてやがんのか。ここに入れるような中枢構成員をやられてるんだぞ。これは明確に組織に仇なすもんがいるってことだろーが」

「だから?どこかの馬鹿な組織のものなら君が殺す、裏切り者なら僕が殺す。それだけの事だろ」

 

 僕は廊下の向こう、書斎のある方へ向かう。ギアッチョは明らかに怒ってる足音を立ててついてくる。

 僕は間違ったことは言ってない。僕らは幹部も幹部、上から数えて5本の指に入る立場だ。通り道に死体があったからちょっと見物したにすぎない。それにどうせこれからのことを決めるのはジョルノだ。僕らが議論しても無駄だ。

 

 パッショーネは現在ジョルノをボスとして、その下に僕こと参謀と情報分析などの特設部隊。幹部、その下に地区ごとのチームとある。まあ昔より専門部隊の地位が高くなったくらいで大して変わっちゃいない。

 僕は今のところ特設部隊をまとめているわけだが実質的な仕事は現場がやっている。唯一僕しかいない暗殺チームの仕事がたまにあるくらいだ。もう粛清もやり尽くしたからね。

 一方でギアッチョはイタリア南部統括幹部という立場にあるため忙しいように見える。多分そこそこ金持ちになった。乗せてもらうたびに新車になっているし。

 僕が書斎に入りソファーに腰を下ろすとギアッチョも向かいに座る。

 

「あの男はザジキ・サガナキ。本部の警護の中じゃ三番目くらいに強い」

「ふうん」

「つまりはお前の三倍強いってことだ」

「なっ…僕を弱いみたいに…」

「この屋敷内で攻撃されることはまずねェ。外で仕掛けられてきたんだろう。それも仕掛けられたことに気づくことができない、時間経過で発動する能力でな。…と仮定して…お前のスタンドで対処できるのか?」

「………無理だね」

 

 僕の能力はミザルーにしろ矢で強化したソウルスティーラーにしろ、基本的には先行有利だ。もしくはタイマン中の強烈なカウンターパンチ。敵が誰かもわからない日常で罠を仕掛けられるという場面では著しく役に立たない。暗殺チーム現リーダーの最大の弱点が暗殺とはチョー笑える。

 

「じゃあオレの心配を、テメーは感謝こそすれどあしらうってのは違ェーよなァ〜〜?!」

「君が僕を心配してくれてるとはね」

「あァ?!心配してんのはテメーじゃなくてパッショーネそのものだッ。図に乗ってるんじゃあねェー!」

 

 ギアッチョはまだ僕を下っ端扱いしていて、僕はそれに反発している。ままごとだ。けれども心地よかった。

 

 

「…ったくよー…来てそうそう喧嘩してんじゃあねーぜ」

 

 胸ぐらを掴まれてる僕を見て部屋に入ってきたミスタが呆れた声を出した。

「テメーこそ先にいるのが筋じゃあねーのか。ボスの護衛担当」

「そうっすよ。ここ本部なのに死体が落ちてましたよ。警備はどうなってるんすかア?警備は〜!」

「ジョルノは席を外してた。ってことはオレも席を外してたってわけだ。管轄外だよ管轄外。それにすでにザジキの足取りはオレの部下が追い始めてる」

「成果は期待できないと思うなあ。だって死んでた彼、強いんでしょう?罠にせよ攻撃にせよ、気づかなかったってことはプロの仕業だと思うっすけどね〜」

 僕とギアッチョの煽りにミスタはものすごいしかめっ面をする。

「じゃあお前らが対処してくれよ。暗殺チーム」

「どうせ今日呼んだのもその件だろ?」

「まあ…」

 ミスタが歯切れの悪そうな顔をしているとジョルノとメローネが書斎に入ってくる。

 

 

「やあ」

 というジョルノは相変わらず輝くようなオーラを放っている。年々眩しくなっていってるのは僕の気のせいだろうか?線の細い美少年だったジョルノは最近背も伸び、筋肉もついてきて青年になりつつある。

「ま。手短にすまそう」

 メローネは今賭博の元締めをやっているが、ジョルノの右腕のように動くことも多い。僕よりも参謀って感じだ。

「はっきり言ってオレたちに敵は多いからな。まだなんとも。不審人物との接触を減らすため身辺警護を固めることしかできない」

「そんな事だろうと思ったよ」

 僕の皮肉はメローネには効かない。昔からそうだ。ミスタにはちゃんと効くのはなんだか面白い。それこそであった当時は彼は比較的ギアッチョタイプで人の話を聞かなさそうと思っていたが、存外協調性があるらしい。部下に慕われているのも納得だ。

 

「どうせ幹部あたりに手を出して尻尾を出す。まあそれまで打てる手は打つつもりだ」

「待ちになるのは歯がゆいな」

 しかし現実的なラインだ。相手が本気で僕たちを殺すつもりでその実力があるなら、必ず辿り着く。そうでないならボス護衛チームの誰かに勝手に殺されてる。結局待つことが一番コスパがいいのだ。

 

「そんな事を確認するためだけにオレたちを呼びつけたのか?」

 回りくどいのが苦手なギアッチョはすかさず切り込んだ。それを知ってるメローネはニヤリと笑う。

 

「ああ。実はまだ内々で進めている段階だが、近々マンハッタンに進出しようって話が出ている。本当はそれについて話そうと思って呼び出したんだ」

「それはそれは…」

 

 ハリウッド映画みたいな話だ。いや、事実イタリアマフィアよりもアメリカのマフィアのほうが世界的に輸出され消費されている。メジャー入りってわけだ。

 

「カッソーニファミリーの分家があっちにシマを持っていたんだが…まあ色々と、ね」

()()ねぇ…」

「だが先程の殺人だ。これが大事になればそれどころじゃなくなる。ごたついて話が流れる可能性もあるしまた今度だな。各自気を締めてそれぞれのメンバーにも通達しておいてくれ」

「それと、もう一つ…」

 ジョルノは深刻そうな顔をした。そして懐から白い粉の入ったパッケージを机に出した。明らかに薬物とわかるそれは霞んだ白をしていて、パッショーネが以前取り扱っていたヴォルペのそれとは違っていた。

「国内の麻薬流通量が増加しているようだ。だが、出どころがわからない」

「わかった、僕の方でも調べるよ」

「頼む」

 

「はいはい、解散だな」

 ギアッチョはいささか興が削がれ気味だ。殺人と思ってきたら政治の話だったからかもしれない。なんにせよ思ってたのと違っていたのだろう。

 僕はそうだな。特に何も感じない。

 

「ギアッチョ、ブランク。久々に飲みに行くぞ」

 

 出ていこうとする僕とギアッチョをメローネが引き止める。まあこういうときのお決まりだ。僕たちは前みたくいつも一緒じゃない。

「えー僕今晩みたいテレビが」

「録画しろ」

「さっきの話聞いてなかったのか?店には行きたくねぇ。幹部三人なんていい的だろーが」

「じゃあ“本部”だな」

「それって僕んちってことじゃん」

「ああ、一番『適切』だろう」

「決まりだな」

「まったくもーーわがままな先輩たちだな…」

 

 暗殺チームが使っていた《本部》は今僕の住居となっている。あの荒んだ通りは相変わらずで、移民の増加や失業率のせいで年々治安は悪化している。

 でも僕はあそこから離れられなかった。

 

 本部に行きおいてある酒を飲みながら交代でつまみを作る。昔よくやっていた飲み会だ。違うのは酒もつまみも何段階も高くていーやつってくらいか。僕は安酒の方が好きだ、早く酔えるから。

 嫌でも時間は経つ。残念ながら最近はこうやって集まることは減ってしまった。時間は過去にあった好ましいことすべてを覆い尽くして別のものに変えてしまう。

 

 ずっとここにいられると思いたかった。でも壊したのは僕だ。

 最近どんなに楽しい時間を過ごしていても、そういうことばかりを考えてしまう。

 

「アメリカの件だが…」

 

 と、メローネが切り出す。ギアッチョが酒で意識を失う前に話しておきたいんだろうが、もうギアッチョはベロベロだった。僕も若干眠くなっている頃だった。ちなみにメローネはうわばみだ。

 

「ジョルノはおれたちの誰かをやって地ならしをしたがっている」

「あァ?なんだよ。駒扱いか、はあァ?何様のつもりだあの金髪ァよオォー。くるくるくるくる、目が回るぜ…」

 それ、君が言うのか?という言葉を酒で流し込んで飲み込んだ。

「ま、ジョルノがアメリカにいくってのはないよね。どういう形でシマをもつつもりなんですか?」

「まず今マンハッタンにいるのはカッソーニファミリーの分家だ。だが奴らはもうイタリアではオレたちの勢力下にはいる。それであっちで独立される前に潰して頭をこっちにすげ変えるってわけだ」

「あらら、熊を殺す前に熊の革を売るな、っすね〜。もしくは取らぬ狸の皮算用。うまくいくんですか?」

「お前ならどうだ?ブランク。どうやってあっちでやってく?」

「僕ぅ?僕ってたしかに賢いし後輩力高いしちょっぴり病んでて可愛いですけど〜〜交渉にも制圧にも向いてませーーーん。ので、どうもこうも…」

 

「お前があっちでのリーダー第一候補だ」

 

「おえっ!!」

 僕は思わず飲んでたジンを吹き出す。鼻に来た!きたねーぞッ!とギアッチョがキレるが僕は涙を拭きながらさっきの言葉をよく反芻する。

 

「いやいやいや…絶対やなんですけど」

 

「なんだテメーッ二つ返事だろォーが、こういうのはア!」

 ギアッチョが酒瓶を振り回す。へろへろだから簡単に受け止められた。それを奪い、ギアッチョのコップに注いでやる。

「イタリアのチンピラとは訳が違うでしょ、だってアメリカ人だよ?スタンド能力者じゃなかったとしてもさ〜チェーンソーとか振り回して襲ってきそうじゃん」

「どういう偏見だ?それは…」

 ギアッチョは僕から酒瓶を奪い返して自分のコップについだ。メローネもすいっとグラスをあける。

 

「ま、ジョルノもゆくゆくはアメリカに腰を据えたいと思ってるはずだ。おれたちはその準備係みたいなもん、だが…」

 メローネの言葉にうんうんとギアッチョが頷き続ける。頭を降る勢いでメガネが半分ずり落ちてる。

「アメリカといえばよォ〜〜イタリアなんかより巨額の金が動く国だ。さらにあの忌々しい甘い汁をすすることしか考えないクソ幹部共もいねぇ、ほとんど白紙の組織…。なるほど、いーじゃアねーか」

「えぇ…僕そういう野心みたいなのってあんまりないんだけど」

「ブランク、察しが悪いな…おまえだけで行かせるわけないだろう。三人だよ三人、おれたちでアメリカ進出。悪い話じゃあないよな?」

「…あーー…」

 

 僕はとっさに返事ができなかった。部屋のすみに誰かいた気がして身体が一瞬固まる。気のせいだ。バカ…動揺しすぎだ。酒のせいか?

 ここから出ていくなんてこと今まで考えていなかった。それに、そういう未来のことも。

 

「オレたちじゃ不満だとでも言いてーのか?あぁ〜?ブランクてめーッ……」

 

 酔っ払いが絡んできた。僕はもう一杯グラスに酒をついでやる。するとギアッチョはすぐにそれを飲み干して机に突っ伏してしまう。

「とどめでしたね」

「自分の限界がわからなくなるタイプの酔い方は厄介だな」

「ですね」

 僕はミネラルウォーターを飲もうとするがメローネがボトルを取り上げてしまう。代わりにジンとベルモットを雑に混ぜた雑マティーニを渡してきた。

 僕はそれを一気に飲み干す。潰す気なら付き合ってやろうと思った。それでいい。これ以上酔いたくはないけれど。

 

「ブランク。おまえちゃんと寝てるのか?」

「は?寝てるけど」

「最近のおまえの健康状態は良くない。表情も死んでいるぞ」

「悪かったな…。最近暇で、暇だといろいろほら…病むだろ」

「病んでるのか?」

「まあね。よくある話だろ、仕事柄さぁ」

 

 メローネはもう一杯マティーニを作って出してくる。負けじと僕は飲む。メローネは涼しい顔だ。

 

「汚れ仕事ばかり悪かったな」

 

 そんなふうに謝るなんて彼らしくない。でもそういう言葉を引き出してるのは僕だ。気不味くて居心地が悪い。僕のことなんてただそこにあるもののように使えばいいのに。どうしてそんなふうに僕を僕として扱うんだろう。傷ついてないように扱ってくれれば僕だってそう振る舞えるはずなのに。

 

「いや…僕だけじゃないし。ギアッチョも、メローネだって荒事まみれだったろ」

「おれもギアッチョも病まないからな」

「ムカ〜…」

 

 裏切り者の気持ちが、一人一人の傷が頭に過る。僕の能力はスタンド能力を奪うと同時に、その人の魂の形を理解する。わかってしまう。

 歪で傷ついた、影を歩く人たちの魂。彼らの輪郭をなぞるとき何度も何度も傷を重ねて分厚い塊になるみたいに、僕の中の澱みも大きくなって沈んでいくような気がする。

 『お前はもともと歪んでるだろーが』

 

「僕の能力は…どうしても他人に深く共感せざるを得ない。だから…かな」

「いくつスタンドを持ってるんだ?」

「今はえーっと…20っこくらいかな」

「多すぎるだろう」

「まあ流石にもういらないよね」

 

 僕はどうしようもなく沈んでいる。落ちている。深い深い穴の中にゆっくり進んでいくみたいな気持ちになる。酒のせいだろうか?せっかく本部に三人でいるのに孤独がより増していく気がした。空席が、僕を責め立てるように感じる。

 

 あの日見た光からどんどん遠ざかっていく。

 廊下に墜落した死体の赤がゆっくりと黒へなっていくように。

 僕の頭の中でどす黒い笑みを浮かべたチョコラータが嗤ってる。僕は彼の魂の形も内包している。

 

 無言になってしまった僕をあわれむように、メローネはミネラルウォーターをようやく僕に渡してくれた。

「おまえ、最近一人になろうとしてるだろう」

「……そんなことないよ」

「ジョルノのこと避けてるよな」

「…わかる?」

「そりゃあな」

 

 僕はミネラルウォーターを開けて飲む。血の味がした気がした。アンジェリカの感覚かな。つまりは気のせいだ。

「別に裏切ろうってわけじゃないですよ…ただ」

「ただ?」

 

 ジョルノ。自分の道を迷わず突き進む人。進むべき道がわかってる人。いるだけで周りの人の道までも照らす、黄金の精神を持つ人。

 

「彼は眩しすぎるんだ、時々」

 

 身体も成長し、これからジョルノはどんどん美しくなる。生命を与える能力。その精神の輝きはますます強く、眩しくなっていく。

 僕はどうだ?体はゆっくりと丸みを帯びてきて、顔つきだって少しずつ、もう少年のようには見えなくなってきた。傷跡だけが昔のままで、僕は理想の自分から遠ざかっていく。

『何にでもなれるんじゃなかったっけ?笑える。』

 

 メローネは少しだけ息をついてまたグラスをあける。

 

「いいじゃあないか。おれたちは影で」

「そう…だよね」

 

 メローネは深く腰掛け直し、僕の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。

 

「とにかく、アメリカ行きはお前にとって必要なことだ。気分転換しろ」

「………まあ実は、近々アメリカに行く予定があるんだ…。現地を見物してから決めるよ」

「アメリカに用事?一体何だ」

「師匠探しさ」

 




春…です…
最後まで毎日更新されていきます。よろしくお願いします

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