【完結】ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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02.翼を持った豚①

 曲がりなりにも僕は『パッショーネ』№2であり、実態はどうであれ大物とされる人物だ。故にペリーコロからはほとんど泣きながら「頼むからエコノミークラスに乗ってアメリカに行くな」と懇願されていた。しょうがねーなぁ〜、じゃあ自家用ジェットで!と言うと嫌そうな顔をされてしまった。

 

 さて。麻薬チームをぶっ潰したあとの話をしておこうか。あれからつい最近までパッショーネを悩ませていたのは、ディアボロ体制時には従順だったミラノの昔気質のマフィアどもだ。

 彼らは元はといえばシチリア系のマフィアだったが、昔々ヴラディミール・コカキがパッショーネに下った際、それに反発する勢力がシチリアから離脱しミラノで根を張った。

 アメリカに渡った分家と連携しほそぼそと活動していたマフィアたちだったが、パッショーネ内乱に伴うコカキの死を契機にパッショーネに反発。それ以降小競り合いがずっと続いていた。悪いことに、彼らはイタリア国内に麻薬をばら撒き続けていていた。ヴォルペが死んで急なブルーオーシャンになったからすごい儲かったんじゃないかな?

 ジョルノ体制はこと麻薬に関しては容赦ない。下手をすればディアボロ以上に苛烈だ。つまり、ジョルノは彼らを完全に潰すことにした。

 

 その潰されたのが(いや、色々あった、とジョルノはいっていたか。とにかくそれが)「カッソーニファミリー」、つまりはアメリカ進出への足がかり。

 

 

 ジョルノ、本当に大したやつ。イタリアがギャングの本場だとしたらアメリカはマフィアの温床。そんなところにズケズケと乗り込んでいくのは並大抵の度胸ではない。

 しかしながら彼の理想を考えればそれは当然の道筋だった。

 それにイタリア内のほとんどを掌握した今となっては主な事件や厄介事は外国と繋がる奴らから持ち込まれるものばかり。その入り口ごと自分たちで管理できれば楽になる。

 

 あの《転落死体》。あれはやはりカッソーニファミリーとの揉め事のせいなんじゃないかと思う。つまりこのアメリカ行きだって結局あの死体から始まる大きな流れのうちにすぎないのかもしれない。

 まあ僕は全く別の動機でアメリカへの「視察」に乗っかることにしたのだけど。

 

 僕は予定されていたより一日早くアメリカ入りしてある場所へ行く。アメリカ合衆国フロリダ州。グリーンドルフィン刑務所。目的は神父に会うこと。

 

 

 

 そういうわけで、パッショーネ専用ジェットには僕とメローネ、護衛のフーゴ、くおんが乗っていた。

 

「あぁ〜ん。飛行機って苦手なんですよねェ。ボクってぇ…おっきな音苦手ですしィ」

 くおんは瀟洒なフリルと飾りのついたゴスロリファッションだ。横に並ぶフーゴは昔と似た穴だらけのスーツ。あまりにアンバランスな二人にメローネはニヤニヤ笑っていた。

 くおんは情報分析チームに所属している。しかし彼はどちらかといえばバリバリの武闘派で、僕ともフーゴとも親しいから今回選ばれたのだろう。

 フーゴは現在大学院に通いながらパッショーネのフロント企業の一つの貿易会社で働いている。だから、というわけではないのだが。もしアメリカで本格的に動くとしたらそのフロント企業を使うだろう。彼もまたアメリカ行きを打診されてる一人なのだ。

 

 

「幹部の護衛にしては少なくないですか?」

 フーゴは神経質そうに飛行機の内装を見渡し、手元の書類に目を落とし、貧乏ゆすりをしながら聞いてくる。

「んー、今日は私用だからなるべく最小でって言ったらこうなったんだよね。ミスタの采配だから僕に言われても」

「ニューヨークについたらもう少し増える。今日は観光気分でかまわない」

「そう言われましてもね…」

 フーゴは困った顔をする。とりわけ言うことを聞かない幹部二人に何かあった場合自分の責任になるのが割に合わないと思っているんだろう。最近彼のブチギレ癖は鳴りを潜めてきている。今回も怒らず、やや不安げではあるが自分の席に行った。

 

「う〜神様、飛行機が落ちませんように」

 

 くおんが十字を切って神に祈る。実像のない何かに。信じても信じてなくても、堕ちるときは平等に安らかではない死を迎える。12時間後には祈りは用済みで、使い捨てのイヤフォンと一緒にゴミ箱だ。

 あいにくと僕は信仰する機会がなくて、祈りの言葉のポルノ利用くらいでしか聖書に触れた機会がない。神の御技の数々を少しでも知っていればと思ったが、思い直した。神がいないことだけはよく知っている。

 

「刑務所の神父か。変わり者だな」

「え?そうですかね。一番必要だと思いますけど」

「普通自分から刑務所に行きたがるか?囚人の立場じゃなくてもゴメンだ」

 かつてネアポリスを牛耳ってたポルポは自身の護衛も兼ねて刑務所にいたというが、やつは太り過ぎてて出れなくなっただけというのが暗殺チーム内では公式見解だった。

 

「んー…すごく信心深いんじゃない?昔あった時もなんていうか…」

 

 狂信的だった。と、そんな言葉が浮かんできた。そうだ。彼は誰かを崇拝していた。ジョンガリも。

 

 ジョンガリ・Aの行方について、僕は組織がある程度落ち着くまでほとんど調べることができなかった。2003年になってようやく捜索を開始したものの、結果的にわかったのはアメリカに本籍があるということだけ。本人が今どこで何をしているのかはわからなかった。

 そこで本人ではなく周辺人物から探すことにしたのだ。そう、これから会いに行く神父、エンリコ・プッチ。どれくらい手がかりが掴めるかはわからないが、地球を隅々まで探して回るよりはマシだろう。

 

 

「付き合ってくれてありがとう」

「ああ」

 

 まあ僕が頼んだわけじゃないんだけど。メローネはやっぱり僕のことを心配してくれてるらしい。まあ僕がうっかり失踪したり死んだりしたらいろいろ混乱するからね。 

 

 

 

 

 降り立てば青い空、空を遮るものは唯一飛行機のみ。僕が今立っているのはいろんな国の言語が飛び交うフロリダ州のマイアミ国際空港だ。

 さすがアメリカの玄関口といったところか、生まれた場所の違う人がこんなにいるのに誰も彼もが同じように急いでいる。ちなみに僕は意外にもマルチリンガルなので飛び交う言語の大半を理解できる。が、この場面では特に役に立っていないな。…というかこれまで特に役に立っていない。せいぜい観光客に話しかけられたとき道を教える程度だ…なんだか虚しい。

 

「車の用意ができてます。こちらへ」

 

 空港を出るとリムジンが用意されていた。僕は未だに幹部らしい贅沢さが苦手だ。フーゴが運転席に乗り込み僕は安心する。くおんはこの前ギアッチョの車を大破させていた。預かった車を駐車場にとめる一瞬の間だった。

 

 グリーンドルフィン刑務所への道のりは退屈だった。ヤシの木と青空。時々ビル群。空だけがやたら爽やかだった。

 

 僕とメローネはポルポについてとか窓から見える景色について、なんてことない雑談を交わした。高速で窓から消えていく景色にローマ行きの列車を思い出した。

 メローネはもともと大人だったから3年前とそんなに変わらない。ただ今日はちゃんとしたスーツを着ている。たしかにいつものあの格好は入国審査をパスできるとは思えない。ちゃんとした服を着てあのふざけたマスクをしてなければサマになるのに、一体全体どうしてあんな格好をするんだろう。

 

 僕も同じく、普通のスーツ。あのときより少しだけ背が伸びたからソールの高い靴を履けばほとんど同じ目線の高さだ。前のように上司と鞄持ちのようには見えないだろう。

 

 目的地に無事付き、僕とメローネは車を降りる。目の前にはグリーンドルフィン刑務所へ続くフェンスと警備員で守られた門がある。しかし今日はこの厳つい道は通らない。

 グリーンドルフィン刑務所に併設された閉鎖病棟の方で待ち合わせなのだ。

 

「じゃあ待機しといてね。リムジンで楽しんでもいいけど、絶対くおんにハンドルを握らせないで」

「えーッ?!」

 

 フーゴにそういうと、くおんは落胆してボンネットに突っ伏した。こういう事するからなんだけど、言っても無駄だ。

 

「閉鎖病棟ねぇ…。こっちこそ神父が必要とは思えないが」

「いやいや、こういうとここそ神の愛ってやつがいるんじゃないの?」

 

 メローネも信心とは無縁な人生を送っているようだった。ヴァチカンが近場にあることすら忘れてるんだろうな。

 メローネは嫌そうな顔して真っ白な建物を見上げる。気が滅入るくらい真っ白な壁だ。正面から見える外観には閉鎖病棟らしさはないが、建物を囲むフェンスはよく見ると電気柵だし、入り口に守衛が立っている。多分医療刑務所なのだろう。

 

「エンリコ・プッチ神父と約束があるのですが」

 

 と守衛に話しかけると、守衛の男はかったるそうにボードをめくり、確認のためか内線をかけた。そしてウンウンと唸るように二言三言言葉を交わした後、IDを渡して正面玄関を指さした。ずいぶん愛想のいい守衛だな。

 

 

 中に入るとまさしく病院といった感じに待合室と受付があった。内装も外装と同じく白い。外来を受け付けてるとは思えないのだが、面会人向けの待合なのだろうか。

 受付にいるナースが僕ら二人を見て目配せする。

「どうも…プッチ神父との約束で…」

「ええ、聞いております。この階段を上って二階の一番奥の部屋、レクリエーションルームです」

 ナースはそれだけ言って手元の書類をせわしなくいじり続ける。案内する気はないようだ。

「勝手に入っていっていいんですか?」

「ええ。左手の扉の奥が閉鎖病棟で、施錠されてて入れません。階段を上がった先にも扉がありますけど、鍵は開けてありますので」

「はあ…どうも」

 

 準監獄のようなものを想像していただけになんだか拍子抜けだった。

 金属探知機と簡単なボディチェックを受けて僕たちは階段を上がる。真っ白の壁にリノリウムの床。ナースも医師も白い服だから僕たち二人はかなり浮いている。

 階段を上がってすぐ、金網でできた扉があった。左手にはもっとごつい扉があり、向こう側は一切見えない。

 右に続く廊下は採光が多くなされ、なんだか柔らかい光に包まれている。まあその全部の窓に鉄格子がはまってるもんだから、むしろ閉塞感は増しているが。一番奥の部屋だけ扉が広く取られており、レクリエーション室と札がかけられていた。

 

 メローネをちらっと見る。「は?おまえが開けろ」と言いたげな目で見返されたのでドアを開けた。

 

 広いホールだ。黒板とピアノ、マット。いくつかの丸テーブルと椅子がある。その角に神父がいた。

 

「……ヴォート・ブランク。君が?」

 

 神父は向き直り僕とメローネを見た。メローネをじっと見たあと僕の赤毛を見てから立ち上がりこちらへ歩み寄ってきた。

 

「わたしがエンリコ・プッチだ」

「ええ。お久しぶりですね…覚えておいでですか?」

「ああ。あのときの子どもだな」

「よかった。話が早い」

「悪いが適当にかけてくれ」

 

 そのへんの椅子を引っ張ってきてきた。壁のホワイトボードには今後ここで上映されるらしい古い映画のタイトルと日付が書かれている。…おい、ここで『カッコーの巣の上で』を流すのか?どういう神経してるんだよ。名作だけどさ。

 

「すまないが後の方は退席してもらっていいだろうか」

 

 プッチはメローネを見て遠慮がちに言った。僕は咄嗟に言い訳を考える。

「彼は僕の……ええっと…家族みたいなものなので…」

「家族」

 とプッチは繰り返す。

「たとえ君にとっての『家族』でも、わたしの前では全く別の、一人の人間だ。これからの会話はわたしの個人的な感情も含まれる話だ。わたしときみの間にのみ留めたい」

「はあ。なるほど」

「…いいのか?ブランク」

 メローネにも空気が変わったことがわかっただろう。僕は大丈夫だと目線を送る。

「ああごめん、少し待ってて」

 メローネは席を立ちレクリエーションルームから出ていった。扉が閉まり、僕は神父に向かって座り直した。

 

「僕、ジョンガリ・Aの居場所を知りたいんです」

 

 神父は僕をじっと見つめる。観察、そして若干の戸惑い。

「一つ確認をしておきたいのだが、なんの為だ?君はジョンガリに置き去りにされたのだろう。恨んでるんじゃあないのか」

「え?恨む…?考えたこともありませんでした。だって師匠のことをわかってなかった僕が悪いから…」

「それは本当に君が悪いのか?…まあいい。ただ、会いたい。それはそれで納得できるからな」

 

 なんか神父って当たり前のことを言っても謎に名言を言っているような感じが出てきてずるいな。なんて、僕は頭の端で考えてる。ずっと探していたジョンガリの手がかりを前にしているのに、心が渚の中に立ってるみたいに平穏だ。神父は続ける。

 

「わたしが最後に彼にあったのは2002年の夏だ。彼の目はもう見えなくなっていた」

「そうですか…」

 

 嘆いていたジョンガリを思い出した。あの人はすでに視界に頼らず風と骨で撃つことを覚えていた。しかし感覚器官を失うことは相当きつかっただろう。僕も片目を潰された時は本当に心がしんどかった。

「師匠はなんて?」

「もとより視覚は頼りなかったと言っていた。あと腕を慣らしに行くと」

「安心した。師匠らしいですね」

「行き先は言わなかった。すまないがわたしが知っているのはここまでだ」

「心当たりはないんでしょうか」

「それは君のほうがあるんじゃあないか?ジョンガリとはずいぶん長く旅をしていただろう」

「……そうなんですけどね。…あんまり思い出せなくて」

「思い出せない?」

「記憶に蓋をしている期間が長すぎて、自分の昔のことを思い出すのが難しいんですよ」

「なるほど。…それでは時間をかけるしかないだろうな」

 

 神父を見る。おそらくシチリア系移民の顔立ち、芯の強そうな面差しだが決して本心を見せない冷たさを感じる。幼い頃にあったとき、彼は僕を嫌悪する眼差しで見ていたことを思い出す。

 怒鳴り声、握った手の温度、眼差し。芋蔓式に記憶が掘り起こされてきた。

 

「……そうだあのあと僕たちはエジプトに行ったんだ」

「あのあと?」

「ええ、あなたと会ってからです。そこでいろんな人と引き合わせてもらいました」

 

 プッチ神父は忌々しいと言う顔をしていた。おそらくこの記憶は、この記憶に連なる過去の出来事は、彼らの間で永遠に折り合うことのない『彼』についてのことなのだ。僕はいい話してたつもりだったんだけど。多分プッチにとっての話の骨子はノスタルジーではない。

 

「ジョンガリは誰の復讐をしようとしていたんですか?」

「君には関係のないことだ」

「そうですか?師匠は僕を復讐のために拾ったのに。それに今も諦めてないんでしょう」

「無理だな。わたしにとっても奴にとっても、()を忘れて生きることは」

 

 彼についての話になると特にプッチの表情は読めなかった。ただ、ジョンガリと彼の間の断裂がわかっただけ。『彼』とは()()()()()()()()()()()重要な存在なのだ。

 

「…復讐はその証明なんですか?()への…愛とかそういうものの」

 

 愛なんて言葉を使う時、僕は裸にひん剥かれた嘘つきみたいな気分になる。信じていない言葉。意味のわからない言葉を、分かったように使うから。そんな僕の心を見透かしてるのか、神父は吐き捨てるように言った。

「ジョンガリにとってはそうなんだろう。わたしにはあまり共感できないがね。復讐なんてただ自分の心がスッキリとするだけだ。わたしは自分のすべきことはわかっているから必要ない」

 

 

 

 僕があのときの希薄な自我のままならば、望まれる通りにジョンガリの復讐に手を貸すだろう。けれども、あの戦いを経て得た今の自分の答えは違う。

 

「……僕は復讐を果たした人、果たせなかった人を何人も見てきました。一つ言えるのは、結果的にどちらも大して変わらない。結局人生は続く」

「つまり?」

 

 リゾットの顔が思い浮かんだ。胸が少しだけ痛んだ。暗殺チームのみんなのことを思い出すときはいつも痛い。僕は、彼らとずっと一緒にいたかった。

 

「そうだよ。探す理由。…師匠には……復讐なんて忘れて僕と一緒にいてほしいんだ…」

 

 昔みたいに、多分楽しかった日々みたいに。

 

『そんな瞬間あったって言えるのか?都合のいい妄想なんじゃあねーのか?』

 

 

 プッチは嘲るように笑った。それは僕の答えを馬鹿にしたというよりも、まるであの日の僕とジョンガリを思い出して笑ってるように感じた。

 

「ブランク、君は本当に彼の望みと全く違うものに変わったようだな」

「そう…なんですかね。僕にはもうわからないんです」

「一つだけ助言をやろう。エジプトはかつて()が住み、死んだ場所だ。ジョンガリは彼を求め、君と出会った。もしジョンガリとの再会を望むなら…引力を信じるのならば、同じ因果の中に飛び込むというのも選択肢だ」

 

 なるほど?神父らしいことを言うじゃあないか。

 言ってることはほとんどオカルトだが、スタンド使い同士は引かれ合う、なんて言葉もある。この世界に僕らにはまだ観測できない力があるのなら、それが引力なのかもしれない。

 

「さっき『家族』と口にしたな」

「え…ああ。なんというか咄嗟に…」

「ジョンガリAは君を置き去りにしたことを後悔していた。だがそれでよかったのかもしれない。君が置き去りにされ変わらなければその言葉を使うことはなかったろうからな」

「どういうことですか?」

「『家族』。その言葉が本当に意味するのは血の繋がりではない。君がどんな犠牲を払っても尊び、守りたいと思うもののことだ。ジョンガリと離れたからこそそれを見つけられたのだろう?」

 まったく神父ってのは本当に説教臭いんだな。

「そんな大層なものでは。…というと彼に失礼ですけどね」

 

 そう。そんな殊勝なものじゃない。僕にとって家族って言葉は「なんだか僕の知らない世界では大切にされてる言葉」なだけで、多分メローネにとってもそうだ。自分に都合の悪い状況を切り抜けたくてわけもわからず「カミヨスクイタマエ〜」と言ってみただけ。それだけなんだ。

 

「ジョンガリも…多分僕にとっては家族だったんだと思います。それに気付けなかったから僕は彼に縋り付くこともせず、今ここにいる」

「君は『後悔』しているのか?」

「……どうでしょうね…」

 

 それがわかったら、僕はきっと矢を持て余していない。

 

「……貴重な時間をありがとうございました」

「君の旅路に実りあることを祈るよ」

 

 

 僕はレクリエーションルームをでた。メローネはいない。なんでだよッ!ふざけんな!

 

 階段のとこまで歩いていくと鍵がかかってるはずの閉鎖病棟からメローネが出てきた。

 

「あんたさぁ…」

「どうした?」

「……いや、いいけどさあ」

 

 


 

 

 

 僕は夢を見た。昔の夢。

 多分病院に行ったせいだ。

 

 ジョンガリが僕に"ヴォート・ブランク"という名前をつけてくれてからしばらく、僕は入院していた。ジョンガリは2日に一回は見舞いに来てくれていて、僕が名前を書く練習をした紙を見て笑っていた。

 ジョンガリとの記憶がよく思い出される。何年も彼と各地を旅した。前までの僕は握った銃の重さとともに砂漠の熱や風の匂いを断片的に思い出すことしかできなかった。けれども最近はもっといろんなことを思い出すんだ。

 

 人を初めて撃った日、僕も初めて人に撃たれた。スコープの反射で場所を見抜かれ肩を撃たれた。弾丸はかすっただけだが沢山血が出て、現地の病院に担ぎ込まれた。

 ジョンガリは青い顔をしていたが、大した怪我じゃないことを知ると安心してため息をついた。僕はこれくらいの出血は慣れていたから思わずそれを見て笑った。

 その日以降スコープを没収されて訓練することになり、外すたびに腕立てをやらされた。

 

 ジョンガリは僕に新しい人生を始めろと言った。僕は愚直にそれを実行している。

 でも本当はあんたについていくべきだったんじゃないのか?無理にでも、泣いて縋ってでも一緒にいるべきだったんじゃないのか?

 

 そういう考えが巡って、気がつくと僕はまたあのカフェに座っている。

 チョコラータは来ない。カフェにはたくさん人のいる気配がするけれど誰一人見当たらない。どうして僕はここにいるんだろう。

 ナイトバードフライングを思い出す。アンジェリカの痛み。生きているだけでどんどん傷つき、血を流し、それを必死に麻痺させようと足掻く可愛そうな女の子のことを。その女の子をどうにかしたくてできなかった男のことも。

 

 僕は誰と待ち合わせしてるんだろう。なぜか、怖い。

 

 

 夢だ。これは夢でしかない。

 でもどこまでが夢なんだ?

 今感じているこの気持ちも、目がさめたら消えるのか?

 


 

 

 目が覚めて時計を確認すると、朝の六時半だった。プッチ神父とあったあとすぐにニューヨークに飛びホテルに泊まった。まあまあいいホテルのはずなのにシャワーの出が悪く、中途半端な感じでそのまま眠ってしまったのだ。

 時差ボケのこの頭痛もなんだか懐かしい。

 

 窓越しにマンハッタンの朝焼けを見た。ワールドトレードセンターはもうない。ジョンガリほどの腕なら今イラクにいるかもしれない。どちら側かは知らないが。

 ジョンガリはおそらくまだ復讐を諦めていない。

 

 空条承太郎。

 

 僕は例の石仮面騒ぎ(もしくは麻薬チーム討伐作戦…などなど呼び方は様々あるが)でスピードワゴン財団の連中と取引したとき、空条承太郎と話したのだ。

 

 僕は石仮面を回収しジョルノのもとへ帰った。

 石仮面の回収は僕たちが矢を所持する条件の一つだった。そして現状矢を管理している僕はスピードワゴン財団の連中と話す必要があった。

 僕が通されたのはホテルの一室で、そこにはパソコンのモニターがあった。カメラ内蔵型のモニターで、おそらくマイクもついているやつだ。

 

 その画面越しに僕は誰かと二言三言話した。

 

 僕の矢によって目覚めた能力、ソウルスティーラーはスタンド能力を奪い、収集する。イタリアの現状としてスタンド使いはこれ以上増えてほしくない。よって矢を普通の人たちに使う必要はない。むしろ危険な能力は回収していく方針だ。

 というようなことを説明した。

 通話の相手は相槌くらいしか打たなかった。

 この手続きいる?と思いながらも僕はただ、コロッセオで起きたこともつぶさに語った。

 

 通話相手は一つだけ僕に質問した。

 

「君は後悔してるのか」

 

「わからない。それはこれから僕が何をするかによるかな」

 と僕は答えた。今の僕の答えも同じだ。わからない。わからない。わからない。

 

 僕が答えたあと、通話の向こうで「空条博士」と声がかかった。そして画面が消えた。

 

 ……通話の相手は、空条承太郎。

 その時は師匠のことなんて思い出しもしなかった。ただ漠然と、矢のことを考えていた。

 

 矢についての概要は知っていた。出自がエジプトであり、ディアボロがまずそこで矢を手に入れ、エンヤという人物に売り払ったところまで。

 そしてさらにそこから、僕の知らない何かがあってポルナレフと空条承太郎が矢を回収するに至ったらしい。

 僕の知らない何か、それがきっと師匠の大切な人のことなんだ。

 

 矢。僕がジョルノに信頼して預けられているあの隕石由来の矢は現在僕が所持している。長らく使ってないもんでどこにやったかたまに忘れそうになるが…。

 あの矢を持つ資格が僕にあるんだろうか。ずっとそう思っている。僕には過ぎた力だ。だって、それを使っていろんな人のスタンド能力を奪い、魂の形に共鳴してきて、今じゃもう僕は自分が何をしたのかすっかりわからなくなっている。

 

 僕の選択は間違ってなかった。…なかったと思う。なのにどうして、僕は死人の残響に囚われ続けてるんだ。

 

『お前が望んでそうなったんだろ?』

 

 顔を流水で洗った。うねった前髪をむりやり水でぬらして真っ直ぐにして、くまはちょっとファンデーションで消す。スーツはイタリアから持ってきた一番いいやつを着て、ヒール高めのブーツを履く。サングラスをかければ、じゃーん、マフィア。

 なんてしてたら部屋のベルが鳴った。

 メローネだった。

 

「どお?」

 僕のドヤ顔への返事代わりか、メローネはセットした僕の髪をグシャグシャにする。

「なにすんだよ!」

「こっちのほうがいい。マフィアのコスプレかと思った」

「いや、マフィアでしょ一応。ギャングだけど」

「ああ、じゃあお前のセンスは()()()()信頼できるな」

 メローネは僕をコケにするように笑った。僕も負けじと言い返してやる。

「ふん…メローネこそ、ちゃんとしたスーツですね。逆説的に普段の露出がやばいってわかってるんだよね?」

「取引相手に作業着で会いに行くかよ。ほら、行くぞ」

 

 何か誤魔化された気がするな。

 まあいいさ。メローネの方がどうせセンスがある。僕は黙って言うことを聞く。それが一番楽じゃないか。

 

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