【完結】ABOUT THE BLANK 作:ようぐそうとほうとふ
呼び出された場所は高級なレストランだった。急にこういうところに入る事になったら、メローネに選んでもらったスーツみたいなのを着てないととても困る。パーカーはやっぱり捨ててよかったんだ。
「こっちだ」
プロシュートが手を挙げてブランクを呼んだ。テーブルについているのはプロシュート、ペッシ、メローネだけだ。
「あれ、ホルマジオ先輩は?」
「あいつは今仕込み中だ」
「仕込み?」
「とりあえずなんか飲めよ」
「じゃあ…ウィスキーお湯割りで」
「そんなふざけたメニューここにはねーよ」
「ミルクはあるのに?」
ブランクはペッシが飲んでるミルクをちらっと見て言う。
「ミルクはどこにでもあるよ」
「じゃあ僕もミルクを」
「お前らなあ…そんなの飲んでるギャングがいるかよ。ペッシ、お前はオレの隣で今まで何を見てきたんだ」
「ご、ごめんよ兄貴」
などと話しているとホルマジオが戻ってきた。ペッシに車の鍵を投げつけるとやるよ!と気前よく言った。
「ブランク、お前も好きなもん食えよ」
「いや〜僕いま食欲ないんすよね…」
「はぁ?勿体ねえ」
「だからお前なよなよなんだよ。背、伸びないぞ。そういえばお前年齢いくつだ?」
メローネはやたらと身長体重年齢血液型という身体的なデータを尋ねてくる。誰に対してもそうらしいがかなり不評で、イルーゾォは以前「マジでキモいよな」と漏らしていた。
「んー…15歳から18歳の間だとは思うんですけど、ちょっとわかんないっすね」
「思ったより若いな」
「僕発育いーんす。伸び代!」
「戸籍とかちゃんとあんのかよ」
「よくわかんないっす」
「よく今まで生きてこれたな」
「へへ…照れます!」
「なんで褒められてると思ってんだこいつ」
ホルマジオはブランク越しにある席を眺めていた。その席についた男と女性が席を立つと、「よっし!仕上げと行くか」と言ってペッシの肩を掴んで前方の男性を指さした。
「よーく見てろよマンモーニたち」
さっきホルマジオが見ていた男だった。
男は急に苦しみだし、ボン、と音がしてその男から車が出てきた…としか言いようがない。ギャグみたいな光景にペッシは言葉を失った。
そして連れの女が車に押しつぶされ、その血が車体の下から流れてきてからようやく
「ヒィィイイイーーッ」
と叫んだ。ホルマジオはそんなペッシを見てご満悦だった。プロシュートとメローネは「あーあ」と言って殺す予定になかった女の死体の方を見ていた。
「あっはっはっは!よし、帰って会議だ!終わったらサッカーでも見ようぜ」
本部に行くとソルベとジェラート以外全員がすでに揃っていた。今回の"車ボーン"案件の報酬についての話し合いだ。当然実働しているホルマジオの取り分は多いが、ボスからの報酬は任務に関わろうと関わるまいと全員に配当される。
「アイツらが来てないなんて珍しいな」
「サボりか?」
ブランクは平静を装っていつもソルベとジェラートが座ってる椅子を見た。
「どっかにしけこんでんだろ、どーせ」
イルーゾォがニヤニヤしながら言うとリゾットが深刻そうな声で言った。
「いや、報酬にがめついあいつらが欠席なんておかしい。変だ」
全員が沈黙した。心当たりがあるのはブランクだけではない。
そもそもなぜブランクが暗殺チームに派遣されたか。それはチーム全体に反逆の兆しがあったからだ。暗殺チームにはボスからの報酬のみでそれ以外にしのぎがない。故に不満がゆっくり蓄積している。
ソルベとジェラートを探すためにチームはそれぞれ捜索を開始した。だが一向に二人の行方はつかめないまま1日がたった。
ブランクが突き止めた二人の隠れ家はどうやら他の誰も知らないようだった。たしかに自分の仲間を尾行しスパイする必要なんてないのだからチームメンバーが知ってる必要もない。秘密を暴く必要も、殺す必要も。
ブランクはリゾット、ギアッチョとともに本部で待機していた。
「テメーはなんで行かねーんだ?」
ギアッチョはパソコンでチームと情報技術部の協力者と連絡を取り、時にそれをメンバーに中継していて忙しそうだ。別にギアッチョは特別機械に明るいというわけではないが、リゾットはリーダーだしブランクは機械音痴ということになってるので仕方なくやっている。
「僕はお二人に近づくなと言われてますので…」
「こんな時に何言ってんだテメーッ!」
「ヒィ!殴んないで!」
リゾットは拳を振り上げかけたギアッチョに尋ねる。
「カード履歴は見れないのか?電車や飛行機に乗った形跡は?」
「見てるけどよォ〜2日前でぱったり止まっててその後一切使ってねーーんだよ」
「そうか…」
リゾットは落胆というよりかは何か覚悟したような重たい口調だった。ギアッチョはだんだん額の血管を浮き上がらせてヒートアップしていく。
「なんでオレらがこんな目に合わなきゃなんねーーーんだよォ〜。そもそもオレらの実力は組織ナンバーワンだろ?こんな低賃金でよぉ〜働かされる立場じゃねーーっツーのによお!」
「少しは落ち着け、ギアッチョ」
ブランクは腕をぎゅっと抱いた。隠れ家に行けばジェラートは絶対に見つかる。だがソルベはあのあとどうなったんだろうか?
「テメー今日はぜんっぜん喋んねーなオイ。なんか喋れよッ!」
ギアッチョが唐突にブランクの頭を小突いて怒鳴った。
「だってギアッチョ先輩、僕がしゃべると殴るじゃないですか!」
「殴んのはテメーがつまんねー話してるときだけだろーが!黙っててもイライラするぜッ!」
「リゾットさん、この人頭がおかしいです!」
「落ち着けお前等」
とぅるるるるるるん…
そして、電話が鳴った。
鳴ったのはリゾットの携帯電話だった。リゾットはすぐ電話に出る。
「リゾットだ。ああ。……窒息死?」
いきなり不穏な言葉が聞こえた。ブランクにはジェラートが見つかったのだとすぐにわかった。ギアッチョがどうなったか気になりすぎて激しく貧乏ゆすりを始める。
「わかった。遺体はそのままにしておけ。すぐにいく」
そして電話をきると立ち上がり、端的に通話内容を二人に伝えた。
「ジェラートの死体が二人が偽名で契約していたマンションから見つかった。オレとブランクがそこに向かう。ギアッチョ、お前はチームと連絡を取り合い一度全員を本部に集めろ」
「オレも行くぜッ」
「いや、お前じゃないとパソコンを使えないからな…」
「クソッッ!お前がバカなせいで頭のいいオレが損するなんてマジありえねーー!!」
「ヒィ…」
ブランクはギアッチョから逃げるようにリゾットについていった。本当はあんなおぞましい事のあった現場に再び行くなんて嫌だ。
嫌だ。
今演じている、名前も知らない少年の感情じゃない。これはきっと自分の意志だ。チョコラータの問いかけが脳裏によぎった。
「ジェラートは…」
隠れ家に向かう車の中で、リゾットがふいに口を開いた。
「お前のことを全然可愛がってなかったが、嫌っていたわけではない」
「あ…はい。それはわかってました。死んだのは残念で悲しいです」
「ブランク、それは
「え?」
「他の連中はまだ知らないが、オレはお前にあった時“社交的な性格でいろ”と命令した。お前はそれを守り続けているが、今回の言葉はどっちなんだ?会ったときの空っぽのお前か?」
「…えっと…」
ブランクは考えようとした。“僕”はジェラートが死んだと聞いてどう思った?“僕は彼が死ぬところを見た”という事実を“僕”は知らないふりをしている?だめだ、頭が混乱する。
「わかりません」
「………そうか」
対向車のライトが二人を照らした。ブランクは自分の前髪を留めていた頭につけている眼鏡を下ろす。伸びっぱなしの前髪で瞳が完全に隠れる。
「ただ、二人の椅子が空いてしまうこととか…二人のカップを片付けるべきか、とか…あの二人を呼び出すときに気を使うとかしなくていいんだ、とか…そういうことを思います」
「そうか」
目的地に到着した。ブランクは腕に鳥肌が立つのを感じた。
ソルベとジェラートの隠れ家に行くと、ドアの前でホルマジオが待っていた。
「…おう」
「中だな?」
「ああ」
ホルマジオとリゾットは中に入っていく。ブランクもそれに続く。ソルベの断片を運ぶため繰り返し往復した廊下だ。その先に転がってるジェラートの遺体も何回も見た。
目立った変化はない。まだ虫たちが本格的に活動してないおかげだ。あの日見た通りの恐怖に引きつった顔。まるで焼き付いてしまったかのようだ。
「猿轡を喉の奥まで飲み込んで死んでる」
ホルマジオはすぐそばのダイニングテーブルを指差した。心臓を切ったときに流れ出た血がすっかり乾いてどす黒い色のカスになって広がっている。
「こっちはソルベの血だよな…ざっと調べたが死体は見つかんねえ」
「ソルベの死体だけ持ち去られたということか」
「ああ。……なあ、ジェラートは一体何を見たんだ?何を見たらこんな顔になるんだよ」
「さあな…」
ブランクは無言でジェラートをみた。白目が濁り始めている。2日ほど経って皮膚の下で腐敗が進んでいるせいだろうか。最後に見たときより肌がおどろおどろしい色味を帯び、臭いを放っている。
「死後硬直がとけかけてるな。…こんな顔のままでは気の毒だ」
リゾットはジェラートの傍らに屈み、瞼をおろしてやった。でも顔の筋肉はどうしようもなかった。轡に指紋があるかも、という淡い期待を持ってかそれ以上遺体に手を触れなかった。
「あの、買収してる警察を呼びますか…?」
「いや…呼んでも来ないだろう。誰も裏切り者には関わりたくないだろうからな」
「裏切り者?」
「見ろ、この紙」
その紙は覚えている。チョコラータがジェラートの遺体に貼り付けた“punizione 罰”と書かれた紙。自分はここで何が起きたのかわかってるし、ジェラートが死んだ瞬間何を見ていたのか知ってるし、ソルベがどう殺されたかこの目で見ている。
全部知ってて、白々しく言うのだ。
「まさか…ボスの情報を探ってたんですか」
「そうだ。そして罰された」
「クソッッ!!一体ソルベはどこ行っちまったんだよ!!」
それはブランクも知らなかった。
その後リゾットは本部に戻り、ホルマジオは事件現場の捜査ができるような能力を持つ組織の人間に声をかけに行くことになった。ジェラートの遺体はこのまま置いておくことはできないため、どこか保管場所を探さねばならなかった。ブランクはその役目を進んで引き受けた。下っ端の仕事だからだ。
結局、ジェラートの遺体をおいてくれる死体安置所を探すのに一晩費やした。誰もパッショーネから反感を買いたくないんだろう。結局100年前の設備がそのまま残ってるような古い病院に金を積んで置いてもらえたが、あまり長くしないでくれと言われてしまった。
その後ジェラートの遺体を運び込むころには朝になってた。
ブランクは流石に眠くなり、早朝からやってるアメリカのコーヒーチェーンでコーヒーを飲んでから本部に戻ろうとしてきた。そこでまた携帯電話が鳴った。
とぅるるるるるるん…
「はい。ブランクです」
『寝てたのか?』
かけてきたのはイルーゾォだった。まだ本部に全員いるのかと思いきや、電話の向こうから聞こえるのは風の音だった。
「寝そうなだけっす」
『今どこにいんだ?』
「カゾーリアのシティーホテルのそばっす」
『じゃあ迎えに行ってやるよ』
「え…なんでですか?」
『は?なんでってなんだ』
「イルーゾォ先輩、今まで僕を置き去りにしたことはあっても迎えに来たことなんてないじゃないですか。まさか…僕を暗殺しに…?」
『あー?お前本気で言ってんのか?だったら何も言わずに殺してるだろ。いいからおとなしく待ってろ』
ネアポリスにいるのならここには15分もあればついてしまう。ブランクはコーヒーを飲み干し店外に出て、車でも目に止まりやすい駅の方へ向かった。
駅のすぐそばの道でちょうど都合よくイルーゾォがブランクを見つけ、クラクションを鳴らした。
「とっとと乗れよ」
「ありがとうございます」
ブランクには車の良し悪しはよくわからないが、イルーゾォの乗ってるのは最近カタログで見かけたオープンカーだった。冷たい風がかなり当たるので寝ようとしてもねれない。
「みんな解散したんですか」
「一旦な。安置所、こんなとこまでこねーと見つかんなかったのか?」
「ネアポリスのは全部だめでしたから…」
「そうか。ビビリの糞ヤローしかいねーな、ネアポリスには」
「………あの、イルーゾォ先輩、どういう風の吹き回しなんですか?」
「は?」
「いや、だっておかしいじゃないですか。なぜ僕を迎えに?本当は真の目的があるんですよね?」
「お前の面倒見ろって言われたのはホルマジオだけじゃねーだろ」
「そうですが…」
「オレが親切にしてんのがそんなに不満か?」
「いや、超嬉しいです」
「ま、今はホルマジオが参ってるからな…オレは見てないんだが、ジェラートの顔って…」
「そうですね。あんまりことばにしたくない感じでした」
「ソルベもジェラートもバカだな。確かにオレたちの待遇は納得できねーけど、ボスの正体を探るなんて自殺行為だろ」
「……イルーゾォさんは知ってました?その…二人がボスの正体を探ってるって」
「いや、そんな素振り見せてなかったからな。やるならあいつらだと思うが…」
「そうですよね」
「オレだって野心はあるけどよォ…手順っつーもんがあるだろ。なんでいきなり本命に当たるんだか。やっぱよー、二人で肯定しあってると回り見えなくなるんだろーな」
イルーゾォやホルマジオはブランクより付き合いが長いぶん堪えるのだろう。遺体の搬送をかってでてよかった。
ネアポリスに戻ると人々が起き出したらしく出勤する人や店をあける人がいた。ブランクは目を細めながら朝日に照らされる町並みを眺めた。
「オマエ…こういうときにはおちゃらけねーんだな」
「だ、だって空気読まないと殴るじゃないすか」
「オレはお前に手を上げたことねーよ。……ねーよな?初対面の時は置いといて」
「え?覚えてないっすね…」
「はーあ……怠い。怠いな。お前運転しろよ」
「いいですけど事故ってもいいですか?すっげー眠くて目が霞んでて…」
「使えね〜」
「いや、いいですよ。やります!任せて!代わってください」
「代わるわけねーだろーが」
2日後、本部に大量の荷物が届いたことで状況が一変した。一辺50センチ、厚さは実に6センチはある巨大な荷物が、36個。
暗殺チームはその日全員本部にいて、ジェラートの死亡現場についての調査結果を共有していた。何も証拠らしきものはなく、全員が落胆しているところに突然宅配業者がやってきたのだ。
36という数字を聞いてブランクはぞっとした。だが荷物の形はどれも同じ四角だった。ソルベの死体なのはほぼ間違いないが、なぜこんな形をしているのだろう。
「にしてもなんなんだこれ…現代アートってやつか?」
そのままにはしておけず、メンバーで36の包みをやぶき始めた。メローネが半分剥いたそれを見てつぶやく。
ブランクは額縁とその中に収まっている透明の液体を見てすぐにチョコラータが言ってたことを思い出した。
『標本になってたら素敵だと思わないかい?』
「う………ッ!」
今自分が手に持っている額縁の中央に浮かぶのは、あの切るのに手間取っていた腰骨と手の甲だった。
ブランクは思わず後ろに仰け反り、ちょうど後ろに立っていたプロシュートに激突した。
「ッテーな…なんだよ?」
「こッ…これは……!!」
ほぼ同じタイミングでペッシが叫んだ。
「ソルベの足の指だ!このペディキュア、ジェラートとオソロのやつだ!」
「何ッ?!」
ブランクはしゃがみ込み、慌てて包みをビリビリに裂き始めるチームを見ていた。額を外して皮膚表面を確認すると、それが何なのか疑いようもなくなる。
「こ、この入れ墨…確かに見たことある」
「並べてみろ!」
「お、オレ見たくねぇよ!」
「うるせえ!いいからとっとと並べるんだ」
36のソルベが順番に並べられていく。切断面はおそらく後ほど修繕したのだろう。とても美しい出来だ。
「こんな…こんなことって…」
送られてきたのはホルマリン漬けになった輪切りのソルベだった。
何より恐ろしいのは手間のかけ方だ。額をすべて取り払い並べられたソルベはおぞましい表情をしていた。ただ見せるのではなく、組み立てさせて、触れさせてその顔を観客に晒す。
あまりに重すぎる“罰”だった。
「ジェラートはよォ…目の前でソルベが輪切りにされてくのを見て、絶望のあまり…」
全員無言だった。想像を絶する苦痛を与えられて殺されたのは明らかだった。ブランクは彼がチョコラータのカビのスタンドによりなかなか死ねずにいたのを知っている。死してなお晒し者にされるとはその時予想だにしていなかったとはいえ、この残酷な仕打ちにまた胸のそこに黒いものが溜まっていくのを感じた。
ソルベの遺体はリゾットが“どうにかする”と言って、ペッシとブランクは返されてしまった。二人して本部を追い出され途方に暮れているとペッシが「とりあえず少し落ち着きたい」というので客の少ない寂れたバーに入った。
ペッシはストレートのウォッカをショットで一杯やると、頭を掻きむしって俯いてしまう。
「信じらんねぇ事するよな…」
「……ですね。ドン引きっす」
「ブランクは…この業界長いんだよな?あんなことするやつ見たことある?」
「ないですね。普通死体にそんな手間かけないっす」
「報復にしたって…あんな、あんなふうになっちまうなんてよォ〜…一体ボスは何者なんだ?」
「……そんなのあれを見てからじゃ考えたくないですよ…」
ペッシと別れたあと、ブランクは家に向かった。すでに明かりがついていて、キッチンではムーロロが持ち込んだらしい冷凍ピザを食べて待っていた。
「おう」
「ムーロロさん。何かあったんですか」
「聞いたから。見つかったんだってな二人共」
「情報が早いですね」
「そりゃ仕事柄な。座れよ」
ブランクは腰掛け、メガネを頭から外した。前髪が視界を遮りやっと一息つけた心地がした。
「ボスの試験はどうだった」
「合格です」
「おお!やったじゃねーか!」
ブランクは返事ができなかった。ムーロロもソルベとジェラートが始末されたことは知っててもそこにブランクがいたということは知らないようだ。
ブランクも話したくなかった。曖昧に笑い、ムーロロが差し出した缶ビールを飲んだ。
「なんだ?様子が変だぞ」
「そうですか?」
「ああ。愛想笑いなんてどこで覚えてきたんだよ」
「今のは愛想笑いですか?」
「ああ。へらーっとしてぺらぺらだ。演技にしては大根すぎるぜ」
「……僕はこのところ変みたいです」
「ソルベとジェラートを売ったからか?」
「……そうだと思います」
ムーロロは物珍しげにブランクを見た。やはりブランクにはだんだん感情が芽生え始めているのだろうか。
「何かあったのか」
ブランクはふるふると首を横に振った。何かあったに違いないが言いたくないらしい。こいつが何かを拒否するなんて今までなかった。
だが、ゲームを途中で辞める程のことではない。
「そうか。じゃあほら…ビール、飲めよ。湿気た面してるくらいならオレの前でも演技してもいいから。な」
「…はい」
翌日には二人の葬式が行われた。犯人がどうとかろくに調べていないのだろう。それも当然のことだ。参列者は一人もいない。暗殺チーム8人だけの寂しい式だった。
リゾットは葬儀のあとただ一言「二人のことは忘れろ」とだけ言った。全員返事もせず、教会を去っていった。
二人のものはすべて沈黙の中に処分された。
2000年6月
「で、厚顔無恥なキミは今もぬくぬく、黙々と、チームで仕事をこなしてるんだね。無垢な顔して大悪党だな」
「…ボスからの命令ですので」
ブランクはチョコラータの顔は決して見るまいと手元のコーヒーを意味もなくかき混ぜた。日差しは夏を感じさせる鋭さで二人のいるカフェの外を白く照らしている。
ドッピオと面談したのと同じカフェだ。彼とはあれ以来月一の電話連絡だけで会っていない。
ブランクはあれから1年3ヶ月、ずっと仕事をし続けている。ボスから与えられた監視と暗殺チームの本業である暗殺を。
そして定期的にチョコラータに呼び出しを受け続けている。
「いいね。わたしももっと仕事がしたいものだけど、中々ね…恐怖に抗える骨のあるやつはもういないのかな」
ブランクはまだコーヒーをかき混ぜている。チョコラータはいつもこうして暗殺チームに反逆の兆候がないか聞いてくるがブランクは返事をしなかった。現にあれ以降彼らに反逆の兆しなんてない。
屈辱的な日々を粛々と過ごすのみだ。難易度が高く、報酬の低い仕事をただこなす毎日への不満をみんな飲み込んでいる。
「キミのコピーしてるスタンド?デス・13だっけ?ペドフィリアのポルノメーカーを3人も殺したの。アレのおかげでわたしのとこにも恩恵があってね。アシのつかない検体が手に入ったんだ。今日はそのお礼に奢ってあげよう」
そして、チョコラータは毎度こうやってブランクを揺さぶる。自分のした暗殺がどのような結果を招いたか逐一話してきかすのだ。
毎回毎回、暗殺によって死んだ人間の何倍も不幸な人間がうまれている。その詳細なエピソードを。
そして最後に必ずこう聞く。
「今、どんな気持ちだ?」
ブランクはコーヒーをかき混ぜる手を止めた。そして分厚い前髪と眼鏡越しにようやく彼の顔を見る。
「わかりません」
チョコラータはブランクの強がりにゲラゲラと笑い、チップを払うように金をおいて先に店を出るのだった。
とぅるるるるるるん……
「はい、ブランクです」
『おいおめーよぉ、今日競馬来るって言ってたよな?言ってたはずだ。予言が出るから任せろっつーからよォ』
電話の相手はホルマジオだった。かつてコピーしたスタンドにノートに予言が出るトト神というスタンドの話をしたときに勢いでそんなことを言った気がする。
「え?ああ、はい。言いましたね」
『今何時だと思ってんだテメーーッ!とっくに全馬走り終わってこっちは大損だぞッ!』
「うわ、やべ」
ブランクは反射的に電話を切ってしまった。あの怒りようだとあと2日はホルマジオと顔を合わせるべきではない。(大負けについてはブランクに一切責任はないのだが)
「……ふう」
ブランクのスタンド能力、ミザルーのコピーしている能力は8つある。そのうち7つは『恩人』と旅をしていたときに手に入れたものだ。
1年、一貫した人格を演じてきたことによってブランクは『恩人』について言語化できることが増えてきた。
「…あの人はもう僕を迎えには来ない。僕じゃあの人の復讐を遂げられない。僕は…空っぽだ」
恩人は自分の中に誰かの面影を見て、復讐に燃えていた。あの血統に復讐するために、かつて持っていた力をすべて自分のものにしろと言っていた。
世界中を回って色んな人に引き合わせてくれたが、今思うとそんな旅より、自分になにか期待してくれたのが嬉しかったのだと思う。
ソルベの絶叫とジェラートの恐怖に歪んだ顔をまだ鮮明に覚えている。いや、チョコラータと会うたびに思い出しているせいで反芻しすぎて忘れられないのだ。
自分は誰よりも裏切り者だと思っている。
自分が何であるか自ら規定したのは初めてだった。
自分はチームとともに恥辱に耐え、痛みを共有している。
だがそもそもその受難は自らが招き、加担したものだ。
なのに、誰もそれを暴くことはない。
罪には罰を。それが人間が人間として従うべき原理なのに自分の罪は罰されない。
それはつまり、自分はまだ本当の形を手に入れてないという証だ。
とぅるるるるるるん……
「はい。ブランクです」
「…はい。ドッピオ様、変わりありません」
「はい。引き続き。異変があったらすぐ連絡します」
とぅるるるるるるん……
「はい。ブランクです」
「いや、あの、いま外なので…」
「ほんとすみません。ほんとすみません!でもご自分でも言ったじゃないですか、ギャンブルなんてくだんねーって…」
「……わかりました。すぐ行きます」
ブランクは電話を切って、眼鏡を額の上まで持ち上げ、前髪をカチューシャのように止めた。
「行くか」
とぅるるるるるるん……
とぅるるるるるるん……
とぅるるるるるるん……