【完結】ABOUT THE BLANK 作:ようぐそうとほうとふ
階段から落ちたアントーニオはまるで下半身だけ地面に埋まってしまったようにも見えた。しかし実際は分厚い脂肪がぐちゃぐちゃに粉砕された足と腰を覆って隠しているだけで、彼の巨体を支えていた太い足は断裂した肉と骨が飛び出る皮袋と化していた。
多分腸も飛び出してる。強烈な血の匂いに混じってほのかに便の臭いがする。となると腰骨は砕けて脊椎もやられてる。血も派手に飛び散るわけだ。上にいた僕たちにまで血が降り注いでいた。
まるで10階以上も上の高さから飛び降りたかのように。
「うーわ」
メローネは最悪だ、と言いたげに返り血を拭った。僕はグリーン・デイでアントーニオの傷を保護しようかと思ったが、そんなの本人のためにはならない。内臓も損傷してるだろうから苦痛が長引くだけだ。ジョルノにだってどうしようもできないだろう。
ジョルノは血溜まりにひざまずき、アントーニオの手を握った。アントーニオはそれからすぐ死んだ。
「転落死、目の前で起きるとはね」
「ああ。だが色々とわかったかもしれない。…とにかく、彼の遺体を収容してくれ。そして誰もこの屋敷から出さないように」
護衛は慌てて立ち上がり、無線で連絡を取り始める。ドタバタと他の護衛もやってきて場は騒然とする。
「幹部会はどうする?」
「予定通りに始める。ただ確認しなくてはならないことがいくつかできた。アントーニオの護衛を客室に連れてきてくれるか?」
✛
客室では騒ぎを聞いた幹部が緊張した面持ちで座っていた。血を浴びた僕とメローネが入ってきたことでさらに空気が凍った。
幹部の半数はスタンド使いではない。アントーニオもそうだった。普通の奴らにこの正体不明の《転落死》のスタンドを恐れるなという方が無理な事だった。
ギアッチョは隣に座ったメローネに囁く。
「何があった?」
「目の前でどじゃあぁあんだ」
「何かわかったことは?」
「まあ、割と地味だったな」
「地味?どういう意味だ、オイ」
僕にはメローネの言ってることがわかった。一人目の死体は原形がなくなるほどバラバラで廊下の天井にまで
「ああ、そうでしたね。ザジキの死体より全然飛び散ってなかった。
「低かったって…高さがか?」
「え?だってそうですよね。転落死させるスタンドでしょ?」
「…なるほど。………で?」
「さあ」
「舐めてんのかてめー」
「他の人もいるんだからやめてよッ」
僕とギアッチョがまた喧嘩に発展しそうなところでジョルノがやってきた。僕らは立ち上がる。ジョルノは座って、と手を振り自身の椅子へ腰掛けた。さっきと服が違う。着替えてきたんだ。
「今日は緊急で一つ話をしておこう。例のスタンド使いによりアントーニオが犠牲になった。これで二人目、しかも幹部に手を出してきた」
ミスタが手を上げ書類をパラパラ捲りながら続ける。
「まずオレからいいか?一人目のザジキの件だが、ザジキに接触した人間を付近の防犯カメラなどから徹底的に洗い出した。結論から言うとやつは家と仕事の往復は徒歩。せいぜい話すのは妻とで怪しい者は確認できなかった。ただヤツの日課はランニングで、毎日通勤がてら五キロは走っていたそうだ。敵が接触しているとしたらランニング中かその後か…カメラなどでおえてないところはわからなかったぜ」
そんなことだろうとは思っていた。失望はしない。
「で、アントーニオだが…」
血を拭い取っただけのアントーニオの護衛のひとりが震えながら喋りだした。
「はい。アントーニオさんは本日は会議ということもありまして、我々以外とは接触していません…。前日、前々日もどこにも外出していません」
「護衛の中に裏切り者がいるなんてオチじゃなかろうね?」
フィレンツェの幹部、スクィーラーが嫌味っぽくいう。彼は誰に対しても挑発的で猜疑心が強く縄張り意識も尋常でない。そのため全員に対して攻撃的だ。
「そんなに心配ならその可能性は僕が潰してあげるよ。このあと全員と面談してやるさ。あんたも含めて」
「おや。ソウルスティーラー様の手を煩わせることになるとは」
僕とスクィーラーが言い争いになりそうなところでミスタが割り込んだ。
「オイオイ話が逸れてるぞ。死体の話だ。アントーニオは階段から足を滑らせて、そしてザジキは録画を見る限り転んでああなった。トリガーは《転倒》で確実ってことだよな?」
「なあ、気になった点がある。アントーニオとザジキの遺体だが損壊度が全然違った」
「ああ。このスタンドが高いところから落下させると考えるのなら損壊度の違いは
ジョルノの指摘に僕は後方参謀面で頷く。
「僕の推理通り…ですね!」
誰も返事しなかった。
「ではなんで高さが違うんだ?
「そう、そこだ。ところでアントーニオだが…彼は二階への階段を上るだけであんなに疲弊するほど体力がなかっただろうか?」
「ん?ああ、確かにヤツは呆れるほどの巨漢だったが二階に上るだけにしちゃやけに疲れてたな」
「まるで何階かぶんすでに上ってるみたいでしたね。……あ」
なるほど、そういうことか。僕と同じタイミングでそれに気づいたギアッチョが言う。
「
ミスタも合点がいったようだ。
「だったらザジキが
そこで一人の幹部がボソリとつぶやく。
「……このスタンド能力、同時に何人にかけられるんだ?」
「スクィーラー、ちょっと転んでみてよ」
「ごめんだね。……それよりも、我々は警戒態勢を敷いていたんだ。外部からの接触がないようにね。それなのにアントーニオはやられたんだぞ?どこで接触があったんだ。なあ」
護衛の一人が泣きそうな顔をしている。
「わ、わかりません…」
ジョルノが顎に手を当てて考え込む。
「あの死体の感じ、落ちたのは40メートル以上ってとこだろう。一歩進むと階段1段、階段の高さは一般的に20センチ前後。200歩以上か?」
「えー、歩幅ってだいたい70センチくらい?でもアントーニオは太ってたし50センチくらいかな…だとしても100mか…車で来てるわけだし…さすがに仕掛けられたのは屋敷の外か」
「なんでもいい。途中アントーニオは何をしていたんだ?」
「なにか…なにか…アッ!」
なにか思い当たったらしい護衛は青ざめた顔で言った。
「踏んでいました……」
「なにを?」
「影です。大きな…翼を広げた人のようで奇妙だなと、おっしゃってました。ヴェネツィアからでる車のまえで…!」
「お前たちも踏んだのか?」
「オレは踏みました」
「全身を調べろ」
護衛は上着を脱ぎ、靴を脱ぎ、自分になにか痕跡がないか調べる。なんかストリップみたいになってしまってるが大丈夫なのかこれ。だがズボンに手をかける前に本人が異常に気づいた。
「足の裏だ…!」
護衛はすっ転びそうになりながら足裏を見せた。足の裏に階段のピクトグラムと数字が書かれていた。横には数字で23と書かれている。
「23か。これ段でいいのか?それともメートル…?」
「階段の横に書いてあるんだし段だと思うけど…ちょっと一歩進んでみてよ」
「エッ…!それは……それはちょっと…!」
「いやいや。こんくらいなら死なないって。多分…」
僕のあやふやな言葉に護衛は泣きそうな顔をした。今にも逃げ出したいという顔をしている。ジョルノがその肩に手をかけ落ち着かせる。
「
「ああ、つまり彼が死ななければ万が一影を踏んでたやつがいても能力は発動しないわけか」
「車椅子でも持ってきてやろう」
「わ、わかりました…一歩だけ…」
護衛は覚悟を決めたように深呼吸して一歩前に進んだ。そして足の裏をちらっと見る。
「24」
「じゃあこれが段かメートルかわかんないし、ちょっと転んでみてよ。って言いたいとこだけど次誰が死ぬかわからないしやめておこうか」
「おいブランク、悪ふざけするな」
「いやいや…だって自分でぱっと足見て数字あったら…メートルか段かで判断変わるじゃないですか。早めに転べば軽傷で済むでしょ。さっきのアントーニオの数字は全部憶測だし…。僕なら正確なところを知りたいですけどね」
「ああ…なるほど、たしかにな」
「転ばなければいいだけだ…転ばなければ…!」
護衛は運ばれてきた車椅子にヘナヘナと座り込み、絶望した顔で肘掛けにしがみついた。
「タネが割れれば簡単だけど…根本的な解決にはなってないよな?大きな影って情報だけじゃ」
「とりあえずカメラの映像を解析するか」
「結局今できるのはそれくらいか…」
溜息が聞こえた。それを打ち消すように大きな柏手を誰かが打った。
「じゃあいい加減、ビジネスの話をしよう。アントーニオの後釜も決めなきゃならん」
ローマの幹部、ナポレオンだ。彼は鼻息を荒くし座り直した。ナポレオンはスタンド使いの護衛を多く抱えている。今回の転ぶ云々でいえば、物体を固定する『クラフト・ワーク』を持つサーレーがいるから強気なんだろう。近くに置いときゃ転びかけても『固定』してもらえるだろうからな。(そんな上手く行くとは思えないけど)
実際サーレーの実力は麻薬チーム狩りで証明されている。当の本人はこの強欲な男の護衛にうんざりした様子だったが。
「わたしが漏れ聞くところによると…アメリカに進出する気だとか?マンハッタン、素晴らしき『レッドオーシャン』だ。新規参入で本当に儲かるのか?投資の価値があるのかね?」
「ある」
とジョルノ。有無を言わさない口調にナポレオンは口をきゅっと噤む。
「いまイタリアで起きているほんの少しの揉め事はだいたい輸入品に関することだ。それに組織の動かす金が増えることはなんら悪いことではない。あなたたちの
「ふん。ナポレオンは何に怯えてるんだか知らんが、その地位を守るために配る賄賂が増えるのが気に食わないんだろう?」
スクィーラーがせせら笑う。そこでずっと静観していたヴェネツィア幹部のメージャーが挙手した。
「人材は?あちらで起きるトラブルをジョジョ、あなたがここからすべて治められると?」
「アメリカへはブランクが行く予定だ。彼が
「…ヴォート・ブランクさま。フン。たしかに彼なら安心ですな…」
メージャーは元々コカキに心酔していたタイプで、カッソーニに早々に見切りをつけコカキを追いかけるようにパッショーネに所属していた。ディアボロ統治下からの幹部なのでスタンド能力者だ。
確か能力はものの位置を入れ替えるんだったか。トランプの親のときしか役に立たないが、若い頃はそれで大儲けしていたという。
麻薬チーム殲滅の際、彼もまた離反するかと思いきや結局忠誠を守り抜いている。
「まあ詳しくはまだだけどいいことだよね?みんなも僕がいないほうがのびのび悪いことできるんじゃないかな?」
僕のコメントに笑いが広がる。
「それに伴い貿易会社の方も規模を拡張する。社員を増やす。港の拡充も進めていくつもりだから雇用も増えるだろう」
「なるほど…公共性が高いことで…なによりですな」
ナポレオンは勢いが削がれてしまい、尻すぼみになって黙った。ジョルノが決めたとなれば、覆ることはまずない。
そういうわけで幹部会は無事終わり、死人が出たわりには和やかな雰囲気だった。一応転落死については哀れな護衛が生きてる限り心配はないからだ。新しい殺し屋がやってきたとしても、それについてうじうじ悩んでるようじゃギャング組織の幹部なんてやってられない。
「まったく。ここまで話がまとまってるのにここに来てスタンド使いが現れるとはね」
アントーニオの死んだ階段を横目にマルティネスがぼやく。スクィーラーが意地悪くせせら笑った。
「まあ…アントーニオが死んじまったのはヒジョーに残念だよなァ…また幹部の座のために何人か馬鹿なことし始めるぜ」
「ジョジョが指名するんだ。そんなことは起きない」
メージャーはピシャリとスクィーラーを嗜めた。しかしスクィーラーは好戦的にメージャーに絡みにいく。
「タイミングから考えるとよォ…今回の殺し、カッソーニの連中だとしたらあんたが責任とらんとな」
「わたしが?袂を分かってもう何年も経つ」
「アヒルの子はアヒルという言葉もある。あるいは裏切り者はまた裏切るとかね」
「失礼なやつだな、スクィーラー。鼻を削いでやりたい」
幹部のみんなは仲良しだなあ。これくらいバチバチしてたほうが組織は成長すると思うし僕はいいと思うな。
「このまま上手く行くと思うか?」
ギアッチョがささやく。
「いいや」
とメローネ。僕も同意だ。というか、どうせもっとめちゃくちゃになるさ。
✛
3日後、僕はまたニューヨークにいた。正確にはニューヨーク州の汚くてドブくさい拘置所で保釈金と賄賂を払っていた。
結論から言えばヴェルサスは来なかったわけではなく来られなかったのだ。彼はあの後すぐ万引きで逮捕されていた。
拘置所の外で待ってる僕を見てヴェルサスは心底驚いていた。そして次に屈辱だと言わんばかりに顔を歪め目を逸らした。
「出してほしいなんて頼んでねーぜ、オレはあんたと一度飯を食っただけだろーがッ!ここまで世話を焼かれる義理なんてねーッ!」
「おわ。逆ギレ?ちょっとちょっと、せっかく迎えに来たのに酷くないかア?」
僕がちょっと怒ったフリをするとヴェルサスはこっちをきっと睨んだあと地面を蹴っ飛ばした。
「ッ…オレはあの日行けなかったんだ!あんたとの……約束を破っちまった」
「別に気にしてないよ」
メローネやギアッチョに揶揄われ続けたことなんか本当に気にしてない。
僕は車のドアを開けた。シボレーだ。ギアッチョをまねて買ったなんかかっこいいスポーツカー。僕にはやや不釣りあいだ。
「来ないの?」
「……」
ヴェルサスは渋々助手席に乗った。僕はシートベルトを締めてエンジンをかける。車の良し悪しってよくわからないんだが、このスポーツカーならではのコックピットみたいな運転席とシートの座り心地の良さはいいな。二人乗りなのもとってもいい。
「ブランクさん。あんたはなんでオレなんかを気にかけるんですか」
「一度誘っちゃったし、それにさあ…幸せになりたいって人を刑務所にほっとくなんてかわいそうじゃないか」
僕の言葉にヴェルサスは顔を歪める。
「哀れみ、ですか」
「いやいや。違うよ」
僕は少し考える。ヴェルサスの手を握ったとき自分が何を思ったか。幸せという言葉について。
「君はまだ全然やり直せるよ。幸せになれるチャンスはいくらでもあるよ。多分ね」
『そうか?彼にはそりゃあるかもしれないけど…わかるだろ?言いたいこと』
「………」
「まあ僕と一緒に来ても幸せになれないかもしれないけどね…。ギャングってまあそう簡単に入りまーすって感じじゃないし。もし嫌だったら好きなところで下ろしてあげる」
「オレは……入らないなんて言っていません」
「お。いーね。じゃあこのまま行っちゃおうか」
「イタリアですか?」
「いや、エジプトだよ」
「は?」
✛
『で?そのままスポーツカーかっ飛ばしてフィラデルフィア国際空港からエジプトへ?』
「うん、そうそう。いまカイロのヒルトンホテル。カジノでバカ勝ちしちゃってさぁ〜いい部屋にしてもらったよ」
『それはよかったですね………じゃあないッ!あんた何してるんだッこの…ッ!クソ!言葉が見つからない!あんなに勝手な事をするなといったのに、超えるな!想像を…!』
「や〜だってこれもうしばらくはエジプトいけないなーって思ってさ。今しかないっしょって。まあ身の安全は自分で守るけど、一応宿泊先は教えておかないとってね」
『もう絶対…!あんたと二人で遠出はしないからな!すぐそっちに護衛を送るよう手配する。絶対にそのホテルから…』
「はーいじゃあねー」
僕は電話を切った。部屋はロイヤルスイート。冷房も効いてて実に快適だ。更に砂漠の国にもかかわらず、ここではシャワーが好きに使える。最高!
「あ〜来てよかったな〜」
僕はベッドに寝っ転がって笑う。逆さまになった視界の端に隅の椅子にとんでもなく居心地が悪そうに立っているヴェルサスが見えた。こういう高級ホテルに来るのは初めてなんだろう。
「こっちおいでよ」
と言うとちょっと迷ったあと遠慮がちにベッドの向かいにある椅子に座った。
「こんなところ、一生来ることはないと思っていました」
「僕もあんま来たことないよ。それに残念だけど夜寝に来るくらいしか使わないと思うな」
「というと?」
「僕はね、人探しに来たんだよ。君に手伝ってほしいんだ」
「人探し…?」
「そ。それも死んでる人だからさ。君、死体を掘り当ててたでしょ?適任だと思って」
「そんな理由で?」
「そうそう。才能あるよ〜君」
ヴェルサスはぎこちなくだがやっと笑った。まあ半分冗談だけど。
ヴェルサスを連れてきたのはフーゴを撒く言い訳というか、なんとかしてエジプトに行くついでだったわけだが、なんとなく放って置くのも忍びなかったからだ。
手を握ったときに感じたあの切望。幸せになりたいなんて誰しも当たり前に持っている願望をまるで一番大切な感情みたいに抱えていた。それがなんだかとても悲しく思えたのだ。どうしてか、ジョンガリの顔が過る。
「あの…失礼な質問だったらすみません。ブランクさんはギャングなんですよね。……何人くらい殺したんですか?」
「え?そーねぇ」
僕はざっと思い出す。ジョンガリとの旅でたくさん。暗殺チームでたくさん。それに…子どもの頃に、たくさん。
「たくさん」
「ギャングの世界ってそんなに血生臭いものなんですか」
「あー、ギャング入る前のほうが多いよ。僕、なんていうか…んー…エリートなんだよね。大丈夫、君にそんなことさせないから」
「エリートォ…?」
ヴェルサスは余計混乱したようだった。僕はめんどくさくなって酒をすすめてパカパカ飲ませた。飲みなれてないヴェルサスはすぐに吐いて、僕にブチギレた。
僕、師匠と同じことしようとしてる?
『同じことをしたって同じようにはなれないのに』
なんてね。ヴェルサスは僕より2、3個下ってだけでちょっとでかすぎるな。それに僕は誰かに復讐しようなんて思ってない。
僕は今日合計20時間は飛行機に乗っていたことになるのでもうこのままホテルで寝ることにした。ヴェルサスに出かけるかどうか聞いたが、アホかと怒鳴られた。
また夢を見た。
カフェの向かい席にリゾットがいて、無言でメニューを眺めていた。僕は多分もう注文を決めていて、ぼーっと店内を見ていた。リゾットはエスプレッソを頼み、僕はライムジュースを頼んだ。届くまで仕事の話をしたと思う。
コーヒーを飲みながらリゾットは僕の返答に多分少し笑ったり、うまい返しをしてくれた。でも、僕には声が聞こえない。
「ねぇ、リゾット」
リゾットはこっちを見る。
「僕、ちゃんとやれてるかな…」
リゾットは何かをいう。でも、僕には聞こえない。
あの嫌な医者はたとえ起きても聞こえてくるくらいはっきりと話しかけてくるくせに、本当にあって話したい人はもう声すら思い出せない。
『全部お前が招いた結果だろう?何被害者ぶってるんだ?』
『この薄情者』
僕はリゾットのメタリカを使える。リゾットの中にある殺意とある種の諦念も知っている。魂の形を知っているのに、彼は今の僕に話しかけてくれはしない。
『当たり前だろ』
肉が魂の鋳型なのだとして、心はどこにあるんだろう。
あなたにここにいて欲しかった。
もっと、話をしたかった。
リゾットの望みは果たした。みんなの悲願も達成した。でも僕はここから先のことがわからない。先があるとは、思えない。
これ以上、僕は何をすればいいんだ。正しいと思えることが一つもないのに。敵は殺した。地位は手に入れた。前よりずっとずっと稼いでる。でも、そこにあなたたちはいない。何もかもが虚しい。いなくなってしまった人にどう報いればいいの?あなたがここにいて欲しい。僕一人では慰みと愛の区別もつかない。