【完結】ABOUT THE BLANK 作:ようぐそうとほうとふ
✛
「だ、か、らァ〜〜ッ!これだッ!これ、それとこれ、二枚ずつッ!持ち帰りだ。ドゥーエ?ドゥーエだって言ってんだろーがッ!」
ヴェルサスはピザ屋で怒鳴り散らかしていた。観光客もあまりこない住宅地のピザ屋とはいえ英語がほとんど通じないというのはたいへん腹立たしいことだった。覇権言語だぞ。
なんとか注文が通ると、店のテラスを指さされた。持ち帰りまでそこで待てということだと思い腰をかける。店員はコーヒーを一杯運んできた。ヴェルサスはそれをそのまま飲む。
「濃ッ?!」
エスプレッソかよ、という濃さだった。たまらずミルクと砂糖を入れてかき混ぜ、肘をつく。
オレはこんなところで何やってんだ…?
つい一週間前には拘置所にぶち込まれて、気付けばエジプト、果てはイタリアだ。あまりに突飛でもしかしたら夢なんじゃあないかとすら思う、が。このずっしりのしかかる時差ボケらしき頭の重さが現実を証明し続けている。クソッタレ。
ブランク。全てあいつと出会ったせい。…いや、おかげなのだろうか。現にはるばる海を渡り、保釈金を払ってヴェルサスを解放したのは彼女なのだから。
ブランクは自分を暗殺者だとか組織の参謀だとか言っていたが、あんなに楽しそうに笑う奴が本当に人を殺したりしているんだろうか。いささか疑問だ。ヴェルサスがこれまで会った自称人殺したちとはずいぶん違った。
それでもこうして付いてきてピザまでお使いにまで行ってやったのは、自分でも不思議に思う。
「君は幸せになりたいんだね」
ヴェルサスは、自分の不運を呪い続けていた。
母親も義理の父親も誰もオレを愛さなかった。本当の父親だってわからない、生まれた瞬間から幸せではなかった。
空から落ちてきたスパイクを拾った瞬間から自分は転がり落ちるように不幸になっていった。起きる出来事、出会う人間すべてが最悪だった。不幸に不幸が折り重なってスノーボールしていく。ヤケになってしっぺ返しを食らう。逆転を願ってそのまま負ける。何を選んでもだめ。
そんな状況に対する怒りと憎しみがだんだんと諦めに変わって、毎日ムカつきながらただ日銭をかき集めていた。
幸せになりたい。言葉にすることすら自分の傷を抉るようで怖かった。自分は幸せになれないと毎日思い知らされていた。やがてその願いは消すに消せないどす黒い炎になっていた。
ただブランクの口から出た幸せという言葉はまるでただそのまま、あのテーブルに差し込む朝日と同じくらい眩しい光のようだった。それは多分錯覚で、ブランクにはそんなつもりはなかったのかもしれない。
ただポロリと溢れてきたような『幸せ』という言葉があまりにも素朴で、なんだか少しだけ悲しい響きにも聞こえたのだ。
幸せ。自分の求めている幸せは一体何だったか。不幸が起きないこと?周りの人間に尊重されること?敬われること?幸せがよくわからなくなっていたことに気づいてしまった。
だからヴェルサスはとりあえずブランクのそばでなら働いてみてもいいと思ったのだ。彼女ならもしかしたら自分のほしいものを持っているかもしれない。どうせ何もかもうまく行かない、クソみたいな人生なのだから
「……にしても遅ぇな…」
まさか生地から捏ねてるのか?アメリカじゃどんな店でもピザで10分待った試しがない。さっきマンションから出てくるときに話した組織の男もやたらと待たせるし、それでいて話し方までのんびりとしていた。
イタリアでは時間の流れが違うのか?
イライラしながらあたりを見回すと一人の男がこちらに向かってきた。顔に大きな傷のあるガタイのいい男だった。
男は上を指さした。ヴェルサスはつられて上を見た。
轟音。
鼓膜が破裂しそうなほどの轟音、空を切り裂くような音と爆発音だった。上を見た瞬間にそれが轟き、反射的に体が縮こまった。
「な……に…ッ…」
「オマエ、ソウルスティーラーと一緒にいたよなぁ?」
声が聞こえた。英語で、やけに低い声だった。
「ツイてねーなア。このタイミングで標的の下につくなんて」
「標的だと…?」
「ま、文句は地獄で悪魔にでも言うんだな」
「さっきから何言ってやがる、テメー…」
ソウルスティーラーというのはブランクのことだろう。殺し屋が差し向けられているとは言っていたが、なんでよりにもよって自分が狙われるんだ。本当に
アンダーワールドで
地面に手を伸ばそうとしたその時、奇妙な音が聞こえた。轟音とはまた違う、《ガラガラ》という何かがぶつかり合う音だった。そして《ひゅ》という風の音。
バスッと言う音がした。音を見るとピザ屋のひさしのビニール製の屋根に穴が空いていた。
なんだ?そう思考する間もなくまた《ひゅ》という音がして、首元に痛みが走った。
「なんだよ、これは…ッ!」
首元に車のキーが刺さっている。
革のストラップまでヴェルサスの血に濡れていた。
「ま、せいぜい足掻けや。オレの『ニュースアットイレブン』は運が良けりゃ…いや。運がよく有り続けりゃ、生き残れるかもしれねェからなア」
傷跡の男は背中を向け立ち去ろうとした。
「てめェッ!」
ヴェルサスは怒りに駆られ駆け出す。しかしその眼前にまた
ヴェルサスはピザ屋の中に転がり込んだ。
あの男が口にしたニュースアットイレブンとやらの能力…ッ。
「は…ッ!間抜けが!こんなの建物の中に居たらヨユーじゃあねーかッ!」
ヴェルサスがそう怒鳴ると、まるで返事をするようにピザ屋の客席の天井から不気味な音がした。
嫌な予感、というよりも確信。天井のヒビを見てヴェルサスは机の下に逃げ込む。激しい破壊音がして机も半分潰された。
天井を大きな破片が突き抜けて落ちてきたのだ。
鉄筋がはみ出た巨大な何かの外壁。そして空からは紙切れがふわりと舞い落ちてくる。
他の客はいなかった。店員もキッチンにいるはずだ。犠牲者はいない…いまのところ。しかしこのまま屋内にいてもむしろ身動きが取れなくなって危険だ。
あの傷跡の男を追わなくては。
ヴェルサスは駆け出す。男は先程去ったと思ったが、店から飛び出してきたヴェルサスをニヤニヤ見ていた。
捕まえる。捕まえるだけでいい!アンダーワールドの世界に兎にも角にも引き摺り込めば…!
走る。
『破片に当たっちまう』だとか『さっきの塊みてぇなモンが落ちてきたら終わる』とか、頭の中に過ぎったのを振り払う。どうせ自分は何してカスみたいな結果を招いていた。だったら何したって同じだ。
さっきとっさに拾ったメニューの書かれたボードで頭を守る。礫がいくつも降り注いで当たる、結局痛いがないよりかはマシだ。
しかし眼鏡のツルだとか鍵、ガラス片までもが落ちてきて足や腕に突き刺さる。どこから落ちてくるのかは知らないがこれらはアンダーワールドの記録と違い実在する物質だ。一体どういう原理なんだよ、と叫び出したくなる。
走ってきたヴェルサスに男はただ、ニヤリと笑う。
「立ち向かってくる根性があるとはな。見所あんじゃあねーの」
「偉そーによォ、上から物言ってんじゃあねーぜッ!」
ヴェルサスは拳を振り上げた。わけのわからない状況が逆にやけっぱちの勇気を奮い起こした。
アンダーワールドは少しでも『穴』を掘れば発動する。このまま殴り倒して地面の記録に閉じ込めてやる…!
男は向かってくるヴェルサスを避ける素振りもせずにニヤリと笑った。
「でもよォー。無駄だぜ、根性じゃあどうしようもなんねェ。
ヴェルサスの視界が真っ白く染まる。無数の書類がバサバサと落ちてきて、轟音がまた頭をシェイクした。崩落の音、テレビや映画でさんざん聞いた破壊音がした。
そして、ヴェルサスの上に瓦礫が降り注ぐ。
「ジョジョは僕らの組織、パッショーネのボスですよ。若くて優秀、一言で言えばカリスマです。裏社会とはいえ、正義の心を持ってるっていうのかな…正しいことをしようとする人って感じ?」
「オレが聞きたいのはそういうことじゃあねーんだよ」
ホル・ホースは咥えていたタバコに火をつけた。僕はうーん、とちょっと考える。どういう答えを求めてるんだ?
ホル・ホースは何故か神妙な顔をしている。何だ、何か悪い噂でも聞いているのか?
「その…ジョジョってなんの略なんだ?そのジョが2つ続く名前はよォ〜いい思い出がないんだよ」
「ふつーに愛称ですけど…昔そういう名前のウサギにでも噛まれたの?」
「いや……。なんの略だ?愛称ってことは名前に関連してるんだろ?」
「…どうして知りたいんですか?」
「なんだろうな。イタリアに来てから少し妙な感じがするんだ。
「ふぅん?これもまた『引力』ってやつですかね。…ジョジョは『ジョルノ・ジョバーナ』の略称ですよ。ジョ、ジョってね」
「DIOを倒したのも空条承太郎。ジョ、ジョさ」
「ふぅん。奇妙な偶然ですね」
「ああ。だがそういうのが運命だったりする。スタンド使い同士じゃよくあるだろ」
たしかに。どういうわけだかスタンド使い同士は縁で結ばれる。というと聞こえがいいが、要するにかち合ってトラブル必至ってことだ。本当に参っちゃうよね。ホル・ホースとの出会いからしてそれだもの。
ホル・ホースはタバコをふかして僕にあらためて聞く。
「あんたから見たそのジョジョはどんなやつだ?」
「僕から見た、か…」
嫌なことを聞くなぁ。いや、痛いところをつく、かな…。
それはまるで水面に映る月のような、届かない星の光のような、手に届くように見えていざ伸ばすと氷に手を突っ込むみたいな。そういうことだ。
僕はふいに髪を切った日のことを思い出した。これまでハーフアップにしてまとめていた赤髪をばっさりと切った日。
ジョルノはそれを見てちょっと目を丸くしてから「似合っている」と言った。前は似合ってなかったのかと聞くと「そんなことはないけど」と返す。意地悪な質問をしてしまった僕は誤魔化すようにジョルノの机に置いてあった菓子の包みをとって食べた。
「行きつけのリストランテがあったんですよね」
突然違う話を始めた僕にホル・ホースは「はあ」と気の抜けた返事をする。
「そこの店主のおばちゃんが、僕のことお姉さんっていうんですよね。ボケちゃってるのか何回訂正してもそう呼ばれて」
初めて会ったとき、ジョルノは男の人にも女の人にも見えた。僕と鏡写しみたいで嬉しかった。とんだ思い上がりだ。いや、多分それはみっともなくてみじめな願望で、もしかしたら恋だったのかもしれない。
「それ自体はそれでいいんですよ。でも昔はそんなことなかったんです。なのに…やっぱり無理が出てくるんだなって」
ジョルノはどんどん前へ進める。どんなに暗い闇の中でも飛び続ける燕のように。僕は暗がりに目をとられてばかり。足を取られてばかり。心が、弱いんだ。醜いんだ。それを必死で隠そうとしてるみじめな僕を見透かされてるみたいな気がして、怖い。
「ジョルノは、僕がなりたい人でした」
きっと、自分はこれからどんどん理想からかけ離れていく。無理なことが増えていく。かつての自分が見た光すらもう、遠い。僕に優しくしてくれた大切な先輩たちに報いることができているのかわからない。
沈黙がおりた。ホル・ホースには僕の背景を知る由もない。だから支離滅裂に聞こえただろう。ホル・ホースはしばらく黙ってから気まずそうに言った。
「なんか…悪かったな。女扱いしてよ…」
「へ?あ!いやいや、そういう事でもないんですよ。別に。この格好がしっくりくるってだけで…」
「というか、アレだ。ジョジョはともかくあんたのことはわかったぜ、今ので」
ホル・ホースはフーッと煙を吐き出して灰を落とす。そして人懐っこい笑みを浮かべた。
「肩の力抜けよ。な?他の誰かになろうってのはよォ〜、多分すっげー馬鹿な考えだぜ。厳しく聞こえるかもしれねーが、あんたはあんたであってそれ以上でも以下でもないんだからよォ。いいじゃあねーか、今のままのあんたが素敵だぜ」
「……口説かれてる?!」
「違ェーよ!」
「冗談で〜す」
「おちゃらけたやつだな…」
「でもありがとう」
他の誰かになるのは、僕の十八番だ。昔はそれしかなかった。そして今はたくさんの魂の感触に振り回されてる。僕は僕なんだろうか。進む道も決められない、こんな僕は素敵なんかじゃない。
携帯のコールが鳴る。僕はそれを取る。
『もしもォーー………し……?ブランクさまでしたっけ?』
「そうだよ」
「麻薬の件ですけど…なんだっけ…結局…調べ終わったんですけど忘れちゃいましたー」
「あー、うん。まとめてあるならいいよ」
『あと敵が
「はいはい。じゃあそっち行くから待っててね」
『んあーーー』
くだんはいよいよ意識が朦朧としてきたらしい。急いだほうが良さそうだな。
「よし…ホル・ホース。仕事の時間だ」
「おっとようやくか。正直言って待ちくたびれてたぜ」
ギアッチョはマンションの外に出てピザ屋へ向かった。わざわざブランクの連れてきたチンピラのために動くことに苛立ちがないわけではなかったが、敵を捉えるチャンスといえばそうだ。獲物を捉えに行くときが一番隙だらけ。
これがカッソーニの仕掛けた戦争なら、アメリカへ堂々正面切ってやってきたブランクを狙うはずだ。《無敵》のソウルスティーラー…。あいつの看板が大袈裟すぎるのは笑えるが、おかげで護衛を手薄にしていても違和感はなかっただろう。
ブランクを囮にしようと言い出したのはたしかフーゴだった。ブランクがアメリカに行くと決めて前入りのチケットを買ってからのことだった。
場にいるのは要人警護と護衛を担当するミスタとギアッチョ、フーゴだけだった。はじめは恥知らずのパープルヘイズの
本人に伝えないほうが敵をひきつけやすいだろうということでブランクにそれは伝えなかったが、結果的にエジプトに逃げられている。そこだけは失策だったと言えよう。
エジプトから連れて帰ってきたホル・ホースをまず疑った。よくよく調べてみるとやつは15年ほど前まで名の売れた暗殺者で、現在は活動してるのかどうかよくわからなかった。ただしこの世界で生き残ってる人間というのは多くの場合手練で、雇用関係に忠実だ。
ブランクはホル・ホースを雇ったという。スタンドの種も知っていると言うならば万が一今襲われても対処できるだろう。ブランクには時を吹き飛ばす『キング・クリムゾン』がある。拳銃使い相手にはほとんど無敵だ。
そう、ブランクは矢の能力さえ発動していればたしかに無敵な上、奪った能力を使えば大抵の敵は無力化できるだろう。しかし強襲された際にギアッチョほど冷静に柔軟に立ち向かえるかと言われると答えは否だ。
ブランクは敵と相対すると視界が狭くなりがちだ。純粋な殺しの腕は高いし打たれ強いが、肝心のところの判断が鈍い。
ギアッチョはこれまでブランクと本気で戦ったことはない。当然戦いならば勝つ自信はある、が殺されない自信はない。自分は戦闘担当ではあったが決して殺人鬼でも戦闘狂でもない。ただほんの少し他人よりキレやすいというだけだ。
ギアッチョが組織に入ったきっかけもそのキレやすさだった。
幼少期のギアッチョは自分の危険性をよく理解していた。かといって自分の凶暴さをよくないことだとは思わなかったし、むしろそれ故に他のよわっちょろくて頭の悪い愚図な同級生たちに対して心の余裕を持っていた。
ただただ冷めていた。自分より弱い奴らの言うことには何一つ共感することも、響くことも、暖められることもない。
決して裕福でも円満でもない、平均的に不幸せな家庭。特に追い出されもしないし棚を漁れば食べ物は見つかる。わざわざ飛び出す必要もないし、いずれ出て行くにしても今ではないと思っていた。
ギアッチョが踏み外したのはただほんの少しの行き違いで口論になった友人にスケート靴を思いっ切り叩きつけたせいだった。
友人が自分の言い間違いをいつまでもからかったのにムカついた。突き詰めてしまえばそれだけだったが、友人はしつこく何度もからかってきた。だから殴った。それだけのことだった。
自分は悪くないと確信していたギアッチョだが、相手に一方的に重傷を負わせたことから高校を追い出された。
もとより関係の悪かった親とはいよいよ決別した。とても清々しい気持ちだった。ルールだとか規範だとか、そういうものに縛られる義理はもうないと感じていた。自らの凶暴性を存分に発揮できる場を探し、見つけた。
殺しを稼業にしたことだって全て自分で決めて自分で選んだ道だ。全く間違っていると思わなかったし何も後悔はしていない。
ブランクは違う。耐えられないならやめればいい。だが、あいつはやめられない。
やめるにはもう、後戻りができない。
今いる場所に立つために積み上げた屍の山があいつを縛っている。それに気づくのが遅すぎた。
あいつはずっと罰を受けてるつもりでいる。本当にバカなやつだと思う。
罰は己の犯した罪の重さを知って初めて断罪となり、真の意味での裁きがその身に還る。
しかし、じつは罰を与える神はどこにもいない。
神のいないこの氷の世界には償いも赦しもない。
ただ、事実があるだけ。
なのにあいつは、
だからブランクを見ているともどかしい。昔から本当にムカつくヤツだ。思い切って全部を捨ててしまえばいいのに、それができない。
✛
ピザ屋の近くに来ると異変はすぐにわかった。道路は穴ボコだらけで何かの瓦礫や誰かの荷物、書類が散乱している。
建物の外観が大きく損壊しているのもわかった。遠くからサイレンの音が近づいてくる。そして、そのすぐそばに倒れた男と、仁王立ちでこちらを見ている顔面に大きなやけどのある男がいた。
倒れているのはヴェルサスだろう。明らかに、傷跡の男は殺気を放っていた。
「おっと…そのふざけたクルクル頭ア。資料で見たぜ、
男は英語でそう言った。
「
男は上を指さした。ギアッチョはつられて上を見たりはしない。そのまま一歩踏み出した。すると地面にどでかい飛行機の影が過ぎった。
本能的に思わず上を見上げる。そして、轟音。
「さて、オレの『ニュースアットイレブン』と『ハイ・ファイ』相手にどんだけ
ガラガラガラ…と、瓦礫の擦れ合う音が上空からした。ひゅ、という風を切る音。パラパラと小石が降り注ぎ、そしてガラスの破片とひしゃげた鉄骨が目の前に落ちてきた。
ギアッチョはあえて『転んだ』。間髪入れずまた飛行機の影が自分の上を通過する。
転んだ瞬間再び現れる影。『登る』という言葉。『ハイ・ファイ』、それが転落死のスタンド使い。《ビンゴ》か。しかし『ハイ・ファイ』本体の姿は今は確認できない。少なくとも自分を視認できる位置にいるはずなのだが。
「おっと。全力じゃ歩数が嵩む前に転んじまうか…いけねぇいけねぇ」
ニュースアットイレブンはギアッチョの姿を見て笑い、前屈姿勢をとった。
「あんたはここで転がり続けてりゃ『転落』することもねぇ。でも膠着状態にしてちゃいずれ瓦礫に押しつぶされて死ぬ。オレとハイ・ファイはそれを
「それで算段がついているつもりならとんだ間抜けだな、テメーらは」
ギアッチョは一歩、前に進んだ。
「とにかく転ばずテメーをぶちのめして、次だな」
「はは、じゃあ鬼ごっこだな」
ニュースアットイレブンはそのまま駆け出す。ギアッチョは『ホワイト・アルバム』を発動し全身を防護する。そして地面を凍らせ滑り出す。
「おいおいおい…!転ぶだろ、そんなの…ッ」
ニュースアットイレブンは驚き、呆れ、笑った。ハイ・ファイの威力を知ってなお『転倒』のリスクを取るとは。しかも落下してくる大きな瓦礫までキレイに避けている。
パッショーネの幹部五本指の一人は伊達ではないようだ。
陸上選手並みの速度で走るニュースアットイレブンだが、ギアッチョはすぐに追いつく。滑走の勢いでそのまま蹴り殺そうと踏み込んだとき、これまで以上に大きな鉄骨がニュースアットイレブンとギアッチョの間に降り注いだ。
「チッ…!」
ギアッチョはそのまま跳躍し、鉄骨に着地しブレードを滑らせる。火花が散り、鉄骨は地面に突き刺さったままぐらりと傾き倒れる。構わずニュースアットイレブンの背中を追いかける。
「曲芸かよッ…!ハハ!だがよーオレを追えば追うほど、飛んで跳ねるほど『歩数』は嵩むぜッ?!」
降ってくるものが大きくなっている。鉄骨だけでは飽き足らず焦げた金属と瓦礫、誰かのカバンや時計や眼鏡までもがギアッチョに容赦なく降り注ぐ。