【完結】ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

46 / 52
10.死滅遊戯②

 フラッシュがたかれ、様子のおかしい護衛と相対していたブランクとすぐそばにいたギアッチョが消えた。それを視認した瞬間ホル・ホースは拳銃を抜き、発砲した。

 護衛の手に握ったカメラがぽろりと落ち、穴の空いた手を見てギャーという甲高い悲鳴を上げた。そのまま地面に倒れる。ホル・ホースは次に足を撃つ。そして眉間に狙いを定める。

 カメラの吐き出し口から一枚チェキが出てきた。

 と思ったらカメラが消える。そして数秒遅れてまた痛みで悲鳴を上げた。しかし今回はその悲鳴は野太い。

 

「や、や、や、やめて!やめてください!!」

「殺すか?」

「まて」

 メローネがそれを止める。ヴェルサスは動揺してへたりこみ、あたりを見回した。

「ブランクとギアッチョはどこいっちまったんだ」

「………どうやら最悪っぽい事態になっちまったようだな」

 メローネは落ちていたチェキを拾った。

 表にはぼんやりとさっきピースしていたブランクが浮かび上がっていた。裏には『アンドレア』と書いてある。

「……写真…か。これに閉じ込めてるのか?」

「どう…なっちまってんだよ!そこにいるおっさんは敵じゃねーのかッ?!」

「ちがい…ちがぁいますう!うえぇ…」

 男は泣き出してしまう。散々理不尽な目に遭ってきたせいだが何とも情けない。今は亡きアントーニオの部下といえど、今後の出世は見込めないだろう。

 

「これまでどこにいたんだ?最後に見たものは?」

 ホル・ホースが銃を突きつけて護衛を問い詰める。護衛は泣きじゃくりながら必死に記憶をたどる。

 

「拘束されていて…何も見えなくて…」

「その前、その前だよ!!」

「ええっと…退院するから病室で荷物をまとめて…屋上でタバコを…」

「病院か。どこだ?」

 ホル・ホースの問いにメローネが答える。

「ネアポリス中央病院。…パッショーネの息のかかった病院だ」

「そういうのはあてにならんのさ。…オレとヴェルサスは病院で敵の手がかりを追う。それでいいか?メローネさんよ」

「ああ、行ってくれ」

「オレも行くのか?怪我人だぞ」

「いいじゃあねーの。病院行きたがってただろーが」

 ヴェルサスはやな顔をした。ホル・ホースはそんなヴェルサスの首根っこを掴むようにして引きずっていく。

 メローネはそんな二人の背中を見送り、手にした写真に視線を落とした。

 

「ったく…なんでピースしてるんだよ…」

 

 ピースしたブランクとその後ろに映るギアッチョを見てため息をつく。驚きつつも笑顔まで作ってるあたりブランクらしい。ギアッチョは運が悪かったのか、それとも狙ってやったのかわからないが巻き込まれてしまったのだろう。いつも通り不機嫌そうな顔でカメラを睨みつけていた。

「あんたがいないのはかなり手痛いな」

 そして携帯電話を開き、ネアポリスにいる構成員全員に向けてメールを送ろうとした。すると携帯に大量のメッセージが入っていた。確認するとこうあった。

 

 ナポレオン、スクィーラの二人がホテルで頭を撃ち抜かれて死亡。メイジャーも運転中に事故で死亡。死体は判別できないほどに焼け焦げている。

 

 敵を捕まえた/殺したものには幹部の座を約束する。詳細は添付ファイルを確認せよ。

 

と。

 

 


 

 

「ハァ……ハァッ……」

 

 目の前のトーブを着た男の死体を見下ろして、僕はそいつから奪った剣を背中に突き立てる。たしかフリッサって名前だったかな。ちょっと変わった形をしていて、刀身が途中で膨らんでいて鍔がない。

 こんなやつ殺したっけ?と首を傾げる。多分師匠との旅の最中に射殺した一人だろう。

 僕は丸腰だっていうのに、敵はたいてい武器を持って現れる。メタリカで攻撃しても奴らは怯まない。死者は痛みに苦しまないのだ。だからこんなに血みどろになるまで殺しきらなきゃ襲い掛かってくる。

 まったくとんだ汚れ仕事だよ。

 何人殺したんだっけ。あんまりに多いもんだからだんだん楽しくなってきた。多分脳内物質の出がおかしくなっているんだ。

 

「この剣、いかしてるからもってくか…」

 

 死体を踏みつけ、剣を引き抜く。どす黒い血が大理石の床に広がる。

 もう何も感じない。感じる余地がない。

 

 

 乾いた大地を照らす空は風に巻き上げられた砂埃で黄色く染まっていた。その空を映す瞳はどんよりと濁りつあった。

 首から流れる血はその瞳の主の死を現していた。顔のすぐ横には血溜まりができており、それはやがて乾燥し微細な塵となって風によってどこか別の戦場へ運ばれていく。血溜まりの主の手にはマチューテが固く握られており、それにも乾きつつある血が付着していた。

 

 その死体の横には少女がいた。掘っ立て小屋から出てすぐのところにへたり込みながら、ブランクに銃を向けている。

 

 ああ、これも最悪の殺しの記憶だ。

 

 ジョンガリの仕事を手伝うようになってから初めて訪れた『戦場』。そこでの不慮の事故の記憶。

 

 少女は引き金を引いた。記憶では僕が先に引いた。銃弾は僕の頬をかすめ毛束を少し持っていく。僕は走り、その少女に躊躇いなく斬りかかる。

 はだけた着衣が切り裂かれ、その下から溢れ出た臓物で染まる。

 

 そのまま、小屋の中へ入っていく。

 

 

 

 

 僕はいつの間にか海風の吹く夜にいた。潮騒と、血や臓物とも違う独特の生臭さがする。あたりを見回すと、アレトゥーサの泉のそばだとわかる。泉を囲うフェンスにもたれ掛かった少女が見えた。

 彼女はこれまでの敵と違い、ただ歌を歌いながら、泉と生い茂るパピルスを見ていた。夜の星明りを反射して水面が輝いている。

 アンジェリカ・アッタナシオ。ナイトバードフライングの本体。とてつもない痛みを抱えて生きた少女。もちろん僕が殺した。

 

「痛いって言えばいいんだよ」

 アンジェリカはこちらを振り向きもせずに言った。僕は無言で彼女の首に狙いをつける。

 

 

✛ 

 

 

 

 死体の先にある両開きのドアを開けると、僕は車の中にいてドアは半開きだった。よくあるファミリーカー。これも見覚えがあった。

 車から出ると爽やかな風が僕の頬を撫でる。海の香りが鼻孔をくすぐり、美しい海岸線が目に入った。

 サルディニアのコスタ・ズメラルダ海岸だ。

 すぐそばに大きな鉄の箱が転がっていて、それにはムーロロのまだギリギリ生きている胴体が入っていたはずだ。僕は、それを直視できない。

 目を逸らした崖の先に見覚えのある背中が立っていた。

 

「……やっと大本命の登場ってとこか」

 チョコラータ。彼がゆっくりと振り向いた。そして僕を見てニコリと笑う。

 

「どうした?ブランク。血塗れじゃあないか。まあふさわしい姿とも言えなくもないか?似合ってるぞ」

 その父親ぶった物言いに僕は不快感で一杯になる。

「ああ、そりゃどーも」

「今どんな気持ちだ?」

「最悪で、最高」

「素晴らしい。カウンセリングをしてきた甲斐があったってもんじゃあないか?きちんと思い出せたのだな、お前がちゃんと感じる人間だったということを」

「ああ、そうだね…思い知らされたよ。僕がハチャメチャな人殺しで、しかもそれが結構得意だったってことをね」

「そうだ。ブランク、お前の誇るべき才能の一つだ。もう一つは覚えているか?()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、痛感してるよ。最近までうまくできていたからね」

「ここでお前に一つ助言をやろう。はち切れんばかりの罪を償おうなんて馬鹿な考えはやめて、人生を目一杯楽しむんだな。このオレのように」

「あんたみたいになるなんてごめんだ…」

 

 僕は剣を構える。チョコラータはメスを構える。僕はもう怖くなかった。夢の中でネチネチと責められる方がよっぽど最悪だ。罪だの傷だの御託はもういい。ここまでくればもう、ただ殺せばいいだけだ。

 

 チョコラータのメスが眼球目掛けて飛んでくる。僕はほんの数センチ首を動かす。まだ完全に残ってる右耳のピアスにメスがあたり、ぶら下がった装飾の十字架がどこかへ弾け飛んだ。

 でもとってもいい調子だ。現実なんかよりよっぽど体が動く。

 

 メスがまた飛んでくる。僕はそれを剣で弾く。一本だけ食らってしまった。右腕だ。

 

 

「いいね。あのときの再現だッ…!」

 

 

 あるのは死体だけ。シンプルな解答。スマートな選択。僕の身体の研ぎ澄まされた神経が、殺意が、偽物の心臓と上辺だけの正義を削って麻痺させてくれる。

 

 チョコラータのグリーン・デイは僕の剣を持った右腕をあっという間に食い千切る。

 宙空に放り出された剣の柄を僕は足の甲で受け止めた。そして慣性に従うようにつま先へ滑らせ、チョコラータへ向けて蹴り出した。

 チョコラータの胴に剣が突き刺さる。だがこいつは秒以下で重要臓器をずらしたり傷を縫い合わせる化物だ。これだけで安心できるわけない。

 

 僕は食われた右腕の断面を振り血飛沫を浴びせる。血は剃刀の刃に変化してチョコラータの顔から首にかけて無数に刺さる。よし、片目をつぶした。

 

 僕はチョコラータに激突してそのまま二人して転がる。崖に落ちるスレスレまで転がって、そして僕が馬乗りになった。近くにセッコのカメラが転がっていた。

 

 仰向けのチョコラータが僕を見る。僕もチョコラータを見る。真っ直ぐ見るのはいつぶりだ。まったくもう。なんて邪悪な顔してやがる。めちゃくちゃ楽しそうに笑いやがって。彼の瞳に映る僕も同じ顔をしている。

 

「お前はそうやって傷ついてるのが本当によく似合う」

「わかったようなことを」

「傷つきたいからここにいるんだろう」

 

 僕は笑う。チョコラータも笑った。

 まるで僕らは本当に魂ごと共鳴しているみたいに。

 

 剃刀の刃を針に変えて、もっともっと増やしてやった。チョコラータの皮膚を突き破って内側から針が突き出す。しかしチョコラータは笑みを崩さない。

 

 僕はカメラを拾って殴りつける。脳がぶっ潰れるまで殴りつける。手が針で串刺しになってもだ。

 何度も、何度も振り下ろす。殺すためなのか、チョコラータが憎いのか、僕が僕を赦せないのか、いろんな感情が混ざり合って血の泡になり、弾けた。

 

 カメラが壊れて殴るのをやめた。

 その頃にはすっかり感情は凪いでいて、穏やかな気持ちにすらなっていた。

 僕は死体の上に跨って呆然と空を眺めた。本当に美しい空だった。正直あの日は必死すぎて風景なんて全然覚えていなかった。

 

「先生の言うことは…いつも正しい…」

 

 僕の魂はきっと、深い闇でしか安寧を得られない。正しさや道徳や信念というものを強く信じれば信じるほど、僕は僕を許せなくなる。

 

 僕はジョルノのそばにいられない。

 

 僕は正しい事を選び続けられるほど強くない。自分の罪に耐えられなくなりそうな僕に矢を持つ資格なんてないんだ。それでいて暗がりへ向かうこともできない。

 僕は師匠と過ごして人間を知った。暗殺チームのみんなと過ごして自分を知った。そしてメローネとギアッチョと過ごして、自分が失いたくないものを知った。

 僕は怖いんだ。

 手に入れたものを手放すのが。それがどんなに重たくて汚れていても、また一人になるのが怖い。

 だからこんなに惨めったらしく薄明かりにしがみついている。

 

 

 遠くで電話がなっている。僕は起き上がり、もう一度車のドアを開けようと戻る。その途中に携帯電話が落ちていた。

 

 僕は鳴ってるそれを手にとった。

 

「………もしもし?」

 

 

 

 

 

『もしもし?』

 

 と言うブランクの声はギアッチョが今まで聞いたことのないくらいに冷たかった。思わず念の為確認する。

 

「ブランクか?」

『誰?』

「オレだ、ギアッチョだ」

 

 テレビ画面に映るブランクはしばし硬直し、電話を右肩で支えるように持ち替えた。そして左手で顔についた乾いた血をガリガリと落とす。

 

『……あぁ。はい、ブランクですよ。あなた本物ですか?』

「ああ。オレはついさっきまで暗殺チームの本部にいたがな」

『…え…?どういうことですか?僕はスタンド攻撃を受けていて…』

「オレも食らったって訳だ。オレは部屋に閉じ込められていて、ようやく外に出れたと思ったら電話ボックスに閉じ込められてる。クソみてーな状況だ」

『へー…今まで本部で何してたんですか?』

 ギアッチョは一瞬どう返答すべきか迷った。

 

 

 

 ギアッチョがフラッシュの光に瞬きすると、その次見えたのは懐かしの暗殺チーム本部だった。今はブランクが住んでいるはずのその場所は、3年前に時が巻き戻ったように燦然としていた。

 飲みかけの酒の瓶がチェストの上にずらりと並び、テレビの横の棚にはジャンルのバラバラの本が突っ込まれている。椅子の上には誰かが落としていった小銭があり、中央のテーブルには読みかけの雑誌と飲みかけのコーヒーが置いてあった。

 

 すぐに出ようと試みたがノブは回らないし窓は割れない。壁も壊れなかった。敵の攻撃であることは間違いなかったが、その目的がわからなかった。

 

 諦めてとりあえずテレビをつけるとそこには4つに分割された画面が写っており、その中の一つにブランクが映っていた。

 床に倒れたカメラからの映像だった。窓が一つもないタイル張りの床の部屋でブランクが血にまみれてうずくまっている。

 すぐそばに上半身が飛び散った男のものと思しき下半身と、無数の刃物、そして子供の死骸が散らばっていた。

 

 映像は荒く、音声も入っていなかった。ブランクはしばらく蹲って動かなかった。暫くしてようやく立ち上がると鉄のドアへ歩いていく。

 ブランクがドアを開けると、四分割された映像が映し出された。4つとも違った画角だが、同じ場所を映している。どうやらどこかのカフェの監視カメラのようだ。その中にまたブランクが映っていた。

 

 ブランクは水面を移動するスタンドを仕留め、またドアを開ける。画面は一度消え、今度は薄暗いアパートの映像が全面に映し出された。カメラはテーブルの下に落ちてるようで、部屋に入ってきたブランクはしばらく呆然としているようだった。

 

 どうやらスタンド攻撃を仕掛けられているのはブランクのようだ。先程の小さなサメのスタンドは確かスクアーロという護衛チームのやつが使っていたスタンドで、イルーゾォとブランクがかつて撃破したと聞いた。

 

 過去の記憶、いや。このテレビ画面を見るに()()だろうか。それらが攻撃してくるスタンドということなのだろうか。自分も相当数殺しているにもかかわらずこの部屋から出れないのは敵スタンド能力の攻撃対象は一人だから。ということか?閉じ込められたままでは推察することしかできない。

 

 カメラの死角から誰かが飛び出してきてブランクに襲いかかる。

 ブランクは躊躇いなく首を刺し、そのまま襲撃者を突き飛ばした。

 襲撃者の顔がカメラに映る。ギアッチョはそこでようやくそれがジェラートだと気づく。ブランクはとどめを刺すように馬乗りになってジェラートを仕留めた。あっという間の出来事だった。

 

 ブランクは強い。

 それはおそらくジョンガリとの旅で格闘技術や殺人術を仕込まれたのもあるのだろう。だが殺しの勘という意味では暗殺チームの中でも良い。おそらくそれは幼い頃に培われたものだ。それが先程の地下室なのだろうか。

 

 ブランクは死体を前に何かを呟いていた。音声は聞こえない。荒い画質の中の口の動きは鮮明ではない。それでも何を言ってるかわかった。

 

 ごめんなさい…

 

 そして歩きだしカメラからフェードアウトする。

 

 

 どうして過去のことにいつまでも囚われ続けているのだろう。いつまでもそんなことに執着して立ち止まって傷つくのは愚か者のすることだ。その呪いはどうやったら解ける?どうして何度言っても無駄なんだ?

 お前は牢獄で星の光を見ている。手の届かないものなんてないのと同じだ。今そこにあるものを見ろ。

 

 星なんて見るなよ。

 

 お前は、どうして…。

 

 

 

 また画面が四分割に戻った。先ほどとは違い四分割された画面すべてが同じ場面だった。今度はかなり狭い地下室で、発掘現場のように見えた。裸電球とスポットライトが壁を照らしている。

 ブランクは周りを見回し、その場においてあったツルハシを手にとった。

 

 男が不意に現れ、後ろからブランクの首をワイヤーで締め上げた。そのワイヤーは矢に繋がっており、男の身体に突き刺さっている。そして男は首を絞めながら矢をブランクに刺そうとするが、あえなく矢を奪われ、逆に突き返される。ブランクはツルハシでとどめを刺した。

 

 そしてまた扉を開けて、画面は切り替わる…。

 

 

 

 

 

 さまざまな景色、様々な殺しを経て、画面がコスタ・ズメラルダに移り変わる。車載カメラの映像とどこかにまた落ちているらしいカメラの映像の二画面が映った。

 

 車載カメラの画面が揺れ、車の中からブランクが出てきた。

 誰かと話をしてるように見えた。そして剣を構え、走り出す。車載カメラの画角から外れたと思ったら地面に落ちていたカメラに人影が倒れ込んだ。

 

 

 ブランクがカメラを拾い上げたのだ。レンズはブランクの方を向いている。初めて見る顔をしていた。笑いに似た怒りの形相で何度もカメラを振り下ろす。画面は青い空と真っ赤な血を行き来する。

 ブランクの顔はだんだん無表情になっていき、カメラの行き来がだんだん緩慢になり、画面が消えた。

 その最後の表情が、感情の削ぎ落とされた顔が、初めて見たブランクの素顔のような気がして背筋が凍った。

 

 ギアッチョは立ち上がる。

 気分の悪くなる映像を長々見せられて腹が立った。腹立ちまぎれにまたドアノブを揺すってみた。今度は開いた。

 

 ドアの外に出ると、そこは公衆電話だった。見覚えがある。サルディニアからローマへ飛んで、メローネとブランクの安否を確認するために使った電話ボックスだった。

 

 受話器をとった。電話は勝手につながった。 

 

 

『オレはテレビを見てた』

 

 僕はその答えにずっこける。こっちは血まみれになるほど戦わせられてるのに、随分待遇が違うじゃないか。

「はァ〜?テレビですって?僕がめっちゃ頑張ってたのにあんたテレビ見てたんですかッ!?」

『ああ、そうだ。そもそもスタンド攻撃を受けたのはてめーのミスだ。オレは巻き込まれた側だろ』

「ムカ〜!」

 

『で…大丈夫なのか』

「え?ああ、ちょっと昔ばりに腕が取れたりしてますけど大丈夫です。思ってるより」

『そうか』

 

 腕が取れたでもっと驚いてくれてもいいんじゃあないか?と思いつつ、でも全然痛くない。普通なら気絶してしまうほど痛いだろうけど。さっき怪我した額や耳たぶにしたってまるで平気だ。これがカメラに記録された過去だからなのか?

 

「…で。どうします?このまま長電話して助けを待つとか?」

『バカかてめーは。このスタンドのゴールがどこなのかは知らねーが攻撃対象はてめーだ。ボサっとしてても攻撃されるだろ』

「まあそうですよね。はぁ…殺しすぎちゃったかな…多すぎるんですけど。ちょっと交代してくださいよ〜」

『アホが。オレはこの電話ボックスから出るが、扉を開けて元の場所に戻れるのかもわからねー。また連絡を取れるかも不明だ。だからてめーはとにかくやり遂げろ』

「はーい…じゃあまたね」

 

 やり遂げろ、ね。

 腕の件と言い僕の現状を知ってるな?…そりゃそうか。人がカメラをまわすのは誰かに見てもらうためだ。

 

 ギアッチョにはかっこ悪いところを見られてばかりだ。本当に嫌になる。

 ギアッチョはかっこいい。その精神のヴィジョンが表すように彼の心は氷のように冷たく、動じない。きっと彼ならこんなふうに悩まない。絶対零度の静止の世界ですら堂々とひとり歩けるその心は、誰がなんと言おうと美しい。

 

 すべてが終わって、僕はもうちょっとかっこいい人間になれると思ってた。でもどんなに藻掻いても僕は僕のままで、何をしても後悔が残る。底なし沼にまっすぐ突っ込んでくみたいだ。

 

 全部僕が勝手に苦しんでいるだけ。でもやめられないんだ。苦しいと、傷があると、何かをなした気になる。それがほんの少しだけ気持ちがいいから。

 

 ギアッチョ、君は昔僕に自分だけ傷つくことが偉いと思ってるのかと言ったね。

 その通りになってしまった。

 だって傷がつかなくちゃ全部嘘になる。自分であることを、自分があることを、その傷跡でしか証明できない。僕は多分、形のないものなんて微塵も信じられないんだ。

 僕の魂は始まりからして牢獄に在り、安寧など遠く置き去りに、血を啜り、泥を喰んでいた。そこから出ても心はまだそこに閉じ込められている。冷たい鉄格子の感触を何度も反芻しているうちに、残響の中ようやく見つけた大切なものすら手から取り零すんだ。

 

 やっと僕は掴んだ。()()()が託したもの、残したもの、叶えられなかったものが、今の僕を作ってる。でもそれは罪にまみれていて、僕には背負いきれるものじゃない。今更こんなことに気づいた僕は美しさとは程遠いよ。

 

 

 

 車に乗り、ドアを閉めると僕は石階段の上に座っていた。横を見るとパソコンと車椅子が落ちている。パソコン内蔵のカメラ。そんなのがあったなんて気づいていなかった。正直言って油断していた。

 

 

「最悪だ…ボスラッシュかよ」

 

 

 僕は今最悪の気分だった。最悪だからこそ、多分笑っている。

 

 僕の右腕から垂れる血がいつの間にか地面に落ちた。すでにディアボロは僕の方へ向かってきている。僕は自分の血で作り出したメスを手のひらに乗せる。他の人間から発せられる磁力を探知し、ディアボロのおおよその位置を掴む。

 

 僕はコロッセオの中央に向かって歩く。ディアボロはまだ遠い。僕と同じく歩きながら、常に僕の死角を狙っている。

 幸いディアボロのキング・クリムゾンは短距離パワー型だ。開けた場所で待ち構えたほうが不意打ちのリスクは減る。

 

 時が飛ぶ。いや、この考え方はあまり芯を捉えていないのではないかと思う。キング・クリムゾンのいわゆる時飛ばしは『我々の意識』に『数秒間の空白』を強制する事ではないか。時間は誰にも操作できない。例えば時間を止めるだとか時間を早送りにするだとか簡単に言うが、つまりは『めちゃくちゃ速く動いている』とか『周囲の時間の認識を狂わせる』とかそういう事なのではないだろうか。

 

 要するに『時間』なんてものは人間の主観にすぎない。

 

 また左腕の血が地面に落ちている。ぼたぼたとさっきより激しく出血しているからもしかしたら気のせいかもしれないけどね。

 

 僕はキング・クリムゾンを発動する。吹き飛ばされる時間の中、振り向くとすぐ後ろにディアボロがいた。本物のディアボロなら僕がキング・クリムゾンを発動した瞬間カウンターを食らわせてくるはずだが、このディアボロはあくまで記憶のディアボロ。僕が使うわけのないスタンドを有していて反応が遅れたか?

 だが残念ながら僕が飛ばせる僅かな時間ではディアボロを仕留めることはできない。僕はメスを投げる。

 

 キング・クリムゾンが解除されディアボロは突然首に刺さったナイフに動揺し、立ち止まる。

 そして僕を睨み、また時が飛ぶ。

 そう、絶対に飛ぶだろうと思っていた。

 

 キング・クリムゾンにより『吹き飛ばされた時間』の中では人々は確かに意識を奪われる。しかし鳥は飛び、雫は落ち、歩いていた人物はそのまま自分の目指す方へ真っ直ぐ歩く。

 

 僕のスタンド発動という行動も吹き飛ばされた時間の中でいわば《自動的に》行われる。

 そして僕はその刹那ディアボロと同じ景色を見る。何人とも分かち得ない孤独の世界を。

 ディアボロは構わずキング・クリムゾンで殴りかかってくる。僕はそれをなんとかコピーしたキング・クリムゾンで受けるが、吹き飛ばされる。僕のスタンド『ミザルー』はソウルスティーラー発動時でないと本物のスタンドよりあらゆるステータスが数段劣る。

 そう、ディアボロ相手に同じスタンドを繰り出したところで結局僕が負けるのだ。

「そう、お前は決してオレのいる高みに到達することはない」

「そうだね」

 僕はメタリカを発動する。しかしディアボロは瞬時に射程外へ逃げる。ヒットアンドアウェイか?単純で全然王らしくないが、確実に僕を殺せる。

 

 ディアボロは息を潜めて僕の様子をうかがっている。立ち止まるのは死に直結する。僕はとにかく上へ向かって走る。

 

 時が飛ぶ。気づくと僕は階段を数段登っていた。スタンドを発動させるが、ディアボロのいる方向がわかっただけだ。消耗戦か?それとも傷を厭わず襲い掛かってくるのか?この記録たちは痛みを感じない。

 

 思案を巡らせた刹那、背後の壁がいつの間にか崩れ去り礫が自身の背中に()()()()()()()()()()()ことに気付く。

 

「ッ…が!」

 

 腕や耳、その他大量の外傷はその時々は痛むが、次の記録に移ると消える。しかしリアルタイムでことが起きてる今はものすごく痛い。

 

 また時が飛ぶ、今度は大ぶりの煉瓦が目の前に見えた。僕はギリギリで腕でガードするが間に合わなかった。チョコラータにやられてなくなった右腕分右目にダメージを受ける。視界が血に染まった。

 

 僕は石段に倒れる。いつかの再現のように。

 頭も打ったせいで一瞬意識が遠のく、まずい。このままでは…

 どう攻撃する?中距離からの意識外からの投擲に対処するにはメタリカでは不可能だ。じゃあ解除する?解除したところで今度は近接でやられるだけだ。僕のミザルーのコピーでは耐えられない。

 

 そんなふうに、走馬灯まで流れ始めるんじゃないかというくらいテンパってたはずなのに。自分の頭が恐ろしく冷えた。

 

 ()()()()

 

 

「ホワイト……アルバム…」

 

 地面から無理やり頭をはがして顔をかしげるとコロッセオの中央からギアッチョがゆうゆうと歩いているのがみえた。

 

「進歩がねェやつにつける薬はねーな、ブランク」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。