【完結】ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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11.死滅遊戯③

 まず感じたのは消毒液の匂い。そして壁一枚隔てて聞こえる足音と車輪の軋む音、話し声だった。ニュースアットイレブンは体を起こそうとして、自分が多くのチューブに繋がれていることに気づく。体の殆どが清潔な包帯で覆われている。懐かしい感じだ。

「また生き残っちまったか」

 

「おめでと。いいこと、だよね?」

 返事をする声。その主はベッドのすぐ脇にいた。窓から外を見下ろしていてニュースアットイレブンには目もくれていない。

 

「ファミリー・ワークショップ、いつからそこにいたんだよ」

「ずっとだよ」

 ファミリー・ワークショップと呼ばれた少女は振り向く。ナースの服を着て聴診器までつけているが、看護師とは思えない。目はどこか遠くを見るようで、夢見心地。手には片方だけ手錠がはまっているし、露出した腕には包帯が巻かれている。とてもじゃないが看護師には見えない。

 ファミリー・ワークショップはベッド脇に手を伸ばしナースコールを連打した。

「パームモールがあんたを治療したんだよ」

「そうか…」

 ハイ・ファイは?と聞きたいのを堪える。死んでるに決まってる。喉がぎゅっとしまるような気がした。ガラガラとなにかが崩れる音がする。

「あんた()運が良いよね」

「そりゃどうも…」

「うふふふふふ」

 何がおかしいのかファミリー・ワークショップは笑った。初めてあった時から彼女はこの調子で正気であった試しがなかった。

 そして無遠慮な音を立ててドアが開く。

 

「いやー。アメリカ人ってタフだよね」

 

 ニュースアットイレブンを見て、ドアから入ってきた白衣を着た女が言った。こちらは一応医者に見える。ひっつめ髪で色白で不健康そうな女。首からは聴診器の代わりにカメラが下がっている。

 パームモール。ファミリー・ワークショップは親猫を見つけた子猫のようにじゃれつく。

「この場所、標的にバレてるかもしれないぜ」

「だから?君のスタンドなら病院をめちゃくちゃにして敵をたくさん殺せるよね?ちょうどいいんじゃないかな」

「……病院なんだぜ?」

「どういうこと?火葬場のほうがよかった?そのまま燃やせるから?」

 

 パームモールは解剖医であり、ほんとうなら死体の見分が仕事だ。しかし彼女はかれこれ2年間、医者としてこのネアポリス中央病院に正式に就職しているらしい。

 

「ボスのショーが始まった。どのみちこのブラックな職場ともおさらばだよ」

「そうか」

 どうしても興味がわかなかった。仕事の前は、そしてその最中はあんなに高揚していたのに。嘘みたいに体から熱が引いてしまった。湯だったような復讐心がギアッチョとの戦いで嘘みたいに冷えてしまった。

 あるのはただ虚しさと喪失感だけ。

「ああ『ソウルスティーラー』の写真が回収できなかったのはホンッット悔やまれるなア…」

 そんなニュースアットイレブンのことなどお構いなしに、パームモールは残念そうに呟く。

「ごめんね…パームモールぅ」

「いいんだよ。いいんだよ。痛かったよねぇ、撃たれて」

「そうなの。痛かったのぉ…」

 ファミリー・ワークショップは跪きパームモールの膝に突っ伏して泣き始めた。ニュースアットイレブンは小さくため息をつく。

 

 パームモールをメンバーとして紹介された時は驚いた。彼女の顔を一時期ニュースでよく見ていたからだ。

 本名はクラリス・タッカー。イギリス人で、10年間マンハッタンで解剖医として真面目に働いていたらしい。あの事件が起きた日も大量の身元不明者の特定に貢献した。

 しかし残念ながら、その()()を契機に彼女はその後アメリカ医学界から永遠に追放されることとなる。

 彼女は犠牲者の遺体を余分に切り刻み、弄び、その録画を持ち帰ってコレクションしていた。そしてその捜査の際死体の解剖映像、写真、資料を()()()()()()()()勝手に複製し大量に保管していたことが発覚したのだ。

 

「ねぇ、ソウルスティーラーは()()()から出てこれるのかな…?」

「どうだろうね。短い一生だとか人は言うがね、その一生で我々は様々な媒体に記録されている。監視カメラ、ホームビデオ、テレビ中継、写真、ありとあらゆるメディアに。わたしの『パームモール』に囚われた人間は自身の記録された人生、そこに映る恨みのパワーが強い死者すべてに襲われるんだ。元暗殺者とはいえ殺しきれるとは思えないけどなア」

「そうだよねっ!パームモールは最強なんだっ!」

 

 

 ファミリー・ワークショップはパームモールにべったり。彼女のバックボーンについてニュースアットイレブンは知る由もなかったが、スタンドについてだけは知っていた。彼女は誰かと入れ替わる能力を持っている。

 今回彼女にはソウルスティーラーをパームモールのレンズに収める任務があった。どうやらそれは無事に達成されたようだ。

 

「もうオレたちの仕事は終わっちまったんだな」

「そう。私たちは逃げてもいいし、戦ってもいい。私はせっかくだからたくさん死ぬのを見てから逃げようかなア。あなたが生きてるなら、それも十分選択肢の一つだよねえ」

 

 パームモールは、救命士として働いていたニュースアットイレブンに病院へ瓦礫をふらせろと言っているわけだ。

 自分はあの理不尽な事件の復讐とか、そういうもののために動いてると思っていた。自分の力が理不尽を理不尽で埋め尽くすほど強くあれば、いつかこの傷跡を覆い尽くせると思っていた。でも結局、自分の力はまた新しい理不尽を生むのに利用されるだけ。

 

「ああ、それと。ハイ・ファイはね…生死はわからないけど。たぶん、ソウルスティーラーのとこにいる」

「そうなのか…?」

「ボスはそう言ってるからそうなんじゃない?まあ、私なら死んでると思うなら、放っとくけど…」

 

 ハイ・ファイ。

 本名は『ジャン・アーガイル』。自分があの日降りかかった理不尽から唯一助け出した人。

 ニュースアットイレブンは思わずパームモールの顔を見た。そばかすだらけの土気色の顔がにぃ、と笑った。

 

「君はどうする?」

 

 

 


 

 

 

 ネアポリス中央病院。外科から精神科、産科から肛門科まで揃った大病院だ。広大とは言えない敷地に建物が立ち並び病人や医療関係者がぎっちり詰まっている。

 最近改築が始まったため作業員や資材運搬トラックまでもが行き来し、病院にしてはやけに騒がしい。

 

 この病院に敵がいるのか?

 ホル・ホースはタバコの火を消しカウボーイハットを被り直した。

 幸い怪我をしたヴェルサスを連れているおかげで浮いちゃいないが、もしここでまだ見ぬ敵が大暴れしだしたらとおもうとそわそわする。

 とにかく護衛の男が襲われたという屋上へ向かわなくては。

 

「ホル・ホースよォ…」

 ヴェルサスは明らかに浮かない顔だった。エレベーターの壁に持たれながら苛立たしげに自分の腕に巻かれた包帯をカリカリと掻いている。

「あんた意外と従順なんだな。いかにも自分が一番ッつーツラしてるくせに」

「あァ?そりゃオマエもだろ。偉そうなやつはみんなぶん殴りてぇってツラしてるぜ。それに俺の信条は『一番よりもナンバー2』さ。よく覚えとけ」

「チッ…」

 

 ヴェルサスは顔をしかめてそっぽ向いてしまう。扱いにくい年頃だ。ホル・ホースはついくせでタバコをふかしそうになり、病院内なことを思い出してやめた。

「ブランクについてるのは、まあ言っちまえば好奇心だ。久々にプロとして仕事する楽しさッつーのもある。…が、まあやっぱりおれは知りたいのよ。悩める若者がどんな道を選ぶのか」

「……ジジイがよ」

 

 屋上に続く階段についた。登ると鍵が破壊されており《立入禁止》と怒り気味の文字で張り紙がしてあった。構わずドアを開ける。

「ヴェルサス、頼むぜ」

「ああ…」

 

 ヴェルサスが記憶を掘り起こす。

 地面からタバコを吸う護衛の男が掘り返された。男は背後から打撃を食らって倒れた。犯人は女だった。ナース服を着て手には包帯が巻かれ、ゆるい三つ編みをしている。どうやら点滴台をフルスイングしたようだ。

「この女が瓦礫ヤローの一味か」

「女か。やれやれやりにくいぜ…」

「探すぞ」

 二人は早速ナースステーションに行き『バッジ』を見せながらたずねる。

「三つ編みの…包帯だらけのナース…ですか?」

 対応した婦長はホル・ホースの見せたパッショーネのバッジを二度見したあと、困惑しながら質問を繰り返した。

「そうだ。三つ編みはゆるく縛っていてまだガキにも見えて…それで夢見心地って目をしているやつだ」

「そういわれても…写真もなしには…。少なくともこの病院内にそのような看護師はいないと思います。そんな包帯まみれなんて、服務規程違反だわ」

「じゃあコスプレしてたってワケか?」

「あ。あの…」

 そこで会話を後ろの方で聞いていた若いナースがおずおずと前へ出てきた。

「その人、もしかしたら精神科の患者さんかもしれません」

「本当か?案内できるか?」

「ええ。あっ…もしかしたら全然人違いかもしれませんけど」

「いや、少しでも可能性があるなら行かなきゃなんねェ。すまないが頼むぜ」

「はい、こっちです」

 

 ナースはそのまま別棟へ向かう。その棟はどうやら入院患者のための建物らしく、一階に見舞いのための受付があった。ホル・ホースたちはエレベーターに乗り込み、精神科病棟のある一番上の階へ向かった。

 エレベーターの扉が開くとすぐ目の前に鉄格子があった。ナースがインターフォンを押すとすぐに応答があった。

「すみません、ここに三つ編みの包帯を巻いた患者さんいましたよね…?」

「ああ。ユキ・ノットのことかしら。彼女が何か?」

「そのぉ…そ、組織の方が…お会いしたいと」

「……わかりました。少々お待ちください」

 

 しばらくして、ナースが血相を変えて鉄格子を開けた。

「いないわ」

「いない?ここ、閉鎖病棟だよな?」

「消えた。脱走されたわ」

 ヴェルサスは苛立ちで床を蹴る。

「わかった。じゃあその患者の顔写真か何かないか?追ってるやつか確認したい」

「え、ええ…」

 そうして渡された写真はヴェルサスの掘り起こした記録の女だった。

 

「よし、じゃあなんとかしてパッショーネのやつと連絡とって、この写真を渡さねーとな。公衆電話は…」

「おっさん携帯も持ってねェーのかよ」

「あぁ?!お前はどーなんだッ」

「どうもこうも、こっちきて契約する暇なんてなかったぜ」

「クソッ!出てくるとき借りときゃよかったぜ…」

 仕方なく一回受付に戻ると電話があった。なんとかメモっていた情報分析チーム本部へコールするとすぐに誰かが出た。

 

『誰?』

「オレだ、ホル・ホース。ブランクとギアッチョを襲いに来たやつの正体がわかったぜ。名前はユキ・ノット。ネアポリス中央病院、精神科の患者だ。顔写真もあるんだがどう送りゃーいい?」

『それだけわかれば写真はこちらで入手できる。早急にそいつを確保して』

「ああわかった」

 

 電話は切れた。任務は続行だ。ヴェルサスは若干うんざりした表情で病院見取り図を眺めた。

「この病院から逃げてるかもしれねェぜ」

「それを確かめるためにもう一度屋上だ」

「クソがよォ〜〜!」

 

 屋上での襲撃の続きを見てみると、ユキ・ノットは護衛をそのまま放置して階段を降りていった。どんどん下って、地下にある死体安置所に入る。そして自分の手足を拘束してからその中のロッカーに入った。

 

「…なんだ?護衛は放置か?」

「護衛の方ももう一度見てみようぜ」

「オイオイオイ…また屋上にもどれっていうのか?オレは怪我人だぞッ」

「すぐブチギレるんじゃあねーよ。ここで掘り返せねーのか?」

「さあどうだか…」

 ヴェルサスはダメ元で地面を掘り返す。すると護衛の姿が掘り起こせた。短期間でスタンドの使い方を心得てきたようだ。

 護衛はむくりと立ち上がるとおぼつかない足取りでまた階段を降りる。

 そして一階で白衣を着た女からカメラを受け取った。

「チッ…こいつがカメラの本体か」

「こいつは医者か。名札があるぜ」

 名札にはクラリス・タッカーと書かれていた。ホル・ホースはイタリアに来てから一番大きなため息をついた。

「最悪だ。オレは女にゃ手を上げねー。女を尊敬しているからな。なのに敵二人共女じゃ……むしろお手上げだ」

「バカなこと言ってんじゃあねーぞホル・ホース。あんたベテランの殺し屋なんだろ?つい三日前まで堅気だったオレに殺れっていうのか?」

「ああ、わかってる。わかってるぜ。お前さんが戦闘に関しちゃ役に立ちそうもねーってことくらいはなッ!」

 ホル・ホースは気合を入れるようにふうっと息を吐く。たしかに今この場所でヴェルサスにすべてを任せるなんてカッコ悪いことはできない。それになにも殺す必要はない。ヴェルサスの能力があれば敵を地面の記憶に閉じ込めて無力化することができる。

「雇い主のピンチだ。とっとと探しちまおうか」

 

 安置所から出ようとしたその時、何者かがドアを開けた。

 

「あらあらあらア。カウボーイ、それにアメリカの……ヤンキー?ようこそ、ネアポリス総合病院へ」

 

 ついさっき地面の記憶で掘り当てた女だった。女は首からカメラを下げており、けだるそうに顎をなでた。

「私はパームモール。あんたたちはソウルスティーラーの部下だっけ。いいね、来てくれて。煩わしくないから」

「ホル・ホース、撃っちまえよッ」

「だからオレは女には手を上げねー主義なのッ」

「写真にとられたら終わりだろ」

「ああ、安心してね。パームモールはそこまで便利じゃあないんだ。同時には使えない」

「へぇーそりゃよかった。だったらなんでわざわざあんたを捕まえに来てるオレたちの前にのこのこ姿を見せに来た?」

「そりゃキミ…私があんたたちを殺しに来たからだよ」 

 

 パームモールの後ろからのろっとした足取りでパジャマを着た老人が出てきた。点滴台を引きずっている。

 

「おいじいさん、用があるならあとにして…」

 

 しかし老人はそのまま点滴台を掴み、ホル・ホースに殴りかかった。

「な、なんだよッ…!イカれたじじいだなッ!」

 ヴェルサスが老人を引き剥がし壁へ投げつけた。老人は呻き、起き上がろうとじたばたもがいた。

 パームモールを見ると、その背後からさらにまた一人、一人と患者と思しき人間が五人安置室へ入ってきた。

 

「おいおいおい…なんなんだよこいつら」

 

「私のパームモールは、撮った人間を閉じ込め記録の中で襲わせる。写真の中で死んだ人間はどうなるかという答えが彼らだよ」

 

 患者たちの目を見てヴェルサスはぎょっとする。瞳孔が開いて真っ黒で、まるで死体のよう。

 

「彼らは普通の人間のように生活しているが、タマシイはもうここにない。私の発する単純な命令に従う。哲学的ゾンビというんだがね。あんたたちにはわからんか。アホそうだものね」

「ゾンビくらいわからァ!!」

 ホル・ホースは襲ってきた五人の脚を撃ち抜く。さっきヴェルサスが投げ飛ばした老人同様地面に倒れながらもまだ二人へ向かってこようと足掻いている。その動きがあんまりにもそっくりで、そこに個々人の意志のようなものを感じられなかった。

 

「君たちのボスがこうなる前にがんばっておくれよ」

 

 そう言ってパームモールは廊下へ消えた。ホル・ホースとヴェルサスは絡みついてくる患者たちをかき分けてそれを追った。

 薄暗い安置室から出て、やたらと明るい廊下へ。

 そこにはナースと松葉杖をついた入院患者がいた。

 

 その二人の肩越しにパームモールの背中が見える。

 ホル・ホースは駆け出す。パームモールの向かっているのは外来患者で混雑している一階エントランスだ。

 

「きゃああ!!」

 

 ナースが悲鳴を上げた。入院患者が松葉杖を振り上げヴェルサスに殴りかかった。

「早くいけ、ホル・ホース!」

 

 ヴェルサスは怪我した腕や脚をかばいながら入院患者の松葉杖を掴み、叫んだ。そのまま足を引っかけ転ばせ、その背中を打ち据えた。自分の言葉通りホル・ホースが駆けていくのを見届ける。入院患者に連れ添っていたナースは腰が抜けたのか、廊下に座り込んで呆然としていた。

「おい、あんた。ヤベェー事が起こってるから逃げろッ」

「か、かか…患者さん…が」

 ヴェルサスの呼びかけにも反応が鈍い。ヴェルサスはため息をつきながらナースの肩をつかんだ。

 

「これで最後だぜ、急いで逃げろ」

 よく見ると、ナースの顔はとろんとしており、その眼にはまるでヤギのように不気味な真一文字の瞳孔が刻まれていた。

「あたしだったら…逃げないなァ」

 

 そしてそのまま、ナースの腕がヴェルサスの顔をわしづかみにする。

 

 

 

 

 

 

 ホル・ホースがエントランスへつくと、人混みを超えて受付のすぐ目の前にパームモールが立っていた。隣には三つ編みの女、護衛を襲ったやつがいる。

 三つ編みの女はホル・ホースの構える銃を見て小さな悲鳴を上げた。

 

「撃ってみてよォ〜」

 

 声がした。自分のすぐ後ろだった。そして同時に何かが首に突き刺さった。

 さっき松葉杖をついてた患者に付き添っていたナースだ。ボールペンを手に持っている。

 

「あたし、ファミリー・ワークショップ。おじさんはなんて名前なのォ?」

「クッ……ゴフッ」

「く…ごふ?」

 血が口から溢れた。頸動脈は逸れたようだが、油断していた。気配が感じられなかった。

 周囲の人間は突如起こった傷害事件に悲鳴を上げて逃げ出し始める。

 

 ホル・ホースはまだボールペンを握っているナースの腕を掴み、捻り上げる。ギャーーーッと悲鳴を上げてファミリー・ワークショップは地面に伏す。

「痛いよォ…」

「女に手を上げない主義ではなかったのかね」

「これはガキへのしつけだ」

「体罰とは酷いね」

 

 ナースはガクガクと震えた。するとすぐに口から大量の血と、肉片を吐き出した。血にまみれてわかりにくかったが、舌だった。

 

「あぁ〜〜〜〜ん」

 

 と、今度はパームモールの横にいるファミリー・ワークショップが泣き出す。

「痛かったよォ」

「そうだね。酷いやつだ。酷いやつはどうする?」

「うぅ〜そうだね。えっとぉ…懲らしめるんだッ!」

 ガシャン、と車椅子が倒れる音がした。手術道具が落ちる音、バインダーを落とす音、手荷物を手放した音、扉の開く音。

 

「よし、それじゃあめちゃくちゃになろう」

 

 パームモールがパン、と手を打つと数十人単位の、パームモールの言う『哲学的ゾンビ』がホル・ホースへ向かって襲いかかってきた。

 

 

 

 


 

 

 

 ああ。吐いた息すら凍りつくほど寒い。

 

 地面に接する背中はもう感覚すらなくて、石段に打ち据えた痛みすら麻痺してきた。痛みが消えて頭が冴える。

 さっきまで頭を支配していた混乱と絶望がすっかり消えていく。

 

 僕の瞳には白い冷気の靄を漂わせてまっすぐこっちへと歩いてくるギアッチョが映っている。迷いなく一歩、また一歩。

 ディアボロのいる方向からどす黒い殺意を感じた。

 途端、また時が飛ぶ。

 

 ギアッチョのホワイト・アルバム。絶対的な静止の世界。その中で『時をふき飛ばす』事は無意味に近い。

 だからこそ、本気の冷却を食らう前に仕留めに行く。当たり前の判断だ。ディアボロはギアッチョを殺しに向かっている。

 ピンク色の髪がひらりとコロッセオから飛び降りるのが見えた気がした。しかし次の瞬間、すでに人影は地面に着地していた。

 このままではあっという間にギアッチョは攻撃される。絶対的な防御力を誇るホワイト・アルバムだがキング・クリムゾンの本気の一撃に耐えられるだろうか。

 

 ディアボロの場所を探ろうと僕は目を凝らし、階段の端から身を乗り出した。

 ギアッチョは立ち止まって待ち構えている。

 しかしギアッチョはディアボロの事なんかみていなかった。

 

 僕を見ている。

 

 僕はその目に射竦められる。

 

 

 

 体が震える。

 ああ、心臓が痛い。寒すぎるんだ。

 僕の心と関係なく、躰は自分の命を維持するために勝手に動く。しつこく脈打つ。どんな状況に陥っても生きようと足掻く。僕はそれを本当にみっともないと思う。

 僕は望んで手に入れたものが()()()だと嘆いて、呪いをかけたのは誰だってそればっかり考えてた。

 

 ギアッチョは僕を見ている。僕が何をすべきか、これから何をするのかわかってるかのように。

 

 僕はしまっていた銃を出し、構える。

 凍った空気中の水分が星の光を反射して瞬いている。

 僕はギアッチョに照準を合わせる。

 ギアッチョは僕をまっすぐ見つめてる。

 何をすればいいのかはわかっているよ。

 でも今更その眼に応えてもいいのか?不誠実な僕が、正しくも美しくもない僕が。

 

 『そんなことを言っている場合か?』

 

 その通り。

 僕は引き金を引いた。 

 

 

 

 弾丸がまっすぐギアッチョに向かって飛ぶ。そしてホワイト・アルバムによって作り出された氷の破片がそれを砕き、弾く。

 

 ディアボロはエピタフにより弾丸の軌道を予知するだろう。砕けた氷の破片は溶けながら光り降り注ぐ。

 当然ディアボロを弾丸一発で仕留められるはずない。しかもこんなしょっぱい拳銃の弾だ。当然全弾発射する。

 

 時が飛ぶ。

 乱反射する弾丸の軌道を、僕は完璧に読めた。

 たとえ時を飛ばされようと決して狂わない絶対的な“感覚”。僕が、初めてもらったもの。

 

 マンハッタントランスファー

 

 ディアボロは氷と弾丸の檻をすり抜けギアッチョへ手を伸ばす。エピタフ、厄介な能力だ。未来の見えるディアボロは撃ち抜けない。

 けれども、その予知で見える未来はほんの僅かだ。

 

 マンハッタントランスファーは弾丸を中継する。弾道はより複雑に変化する。

 マンハッタントランスファーから伝わる氷の破片と跳弾角度、弾速、弾の軌道。

 

 そして僕はがむしゃらに撃ちまくる。

 

 今しかない。

 

 

 

 マンハッタントランスファーは射撃中継衛星。ディアボロも当然それは知っている。

 だがこれが中継衛星であると同時に正確に空間を把握することができる偵察衛星なことは知らなかった…いや、考えもしなかっただろう。

 とるに足らない、単体では小鳥すら殺せないこのスタンド。そう思っていたはずだ。

 

 ディアボロはキング・クリムゾンによりすべての弾を避けるだろう。当然の対処。きっと見えてた未来通りだ。

 

 だが今、ディアボロがマンハッタントランスファーの渾身の弾幕を避けた今この瞬間。

 キング・クリムゾンで弾を避け、絶対的な孤独の時間が終わったその瞬間。

 ディアボロの予知通り、すべての弾丸は彼の体を掠めもせず通過する。

 

 ディアボロを貫通していたはずの弾はその先の、氷の粒へ。そしてマンハッタントランスファーは跳ね返った氷の粒をディアボロへ向けて中継した。

 

「がっ…!」

 

 ディアボロは呻く。右の眼球にたった一発。もちろんこの悪魔のような男はそんな傷では死なないだろう。彼の左の瞳が僕を射すくめる。悪魔的だ。身じろぎするほど怖い。けれども僕の怯えなんてものに着目するべきじゃあなかった。

 僕を見つめるディアボロの盲点となった右のツラ目掛けて。ギアッチョの渾身のホワイト・アルバム、そのフルパワーが炸裂した。

 

 

 

 一瞬のことだった。すべてが走馬灯みたいに一瞬で終わった。

 僕はめまいを覚えてそのまま倒れる。…頭を使いすぎたみたいだ。

 身体の痛みもあとから襲ってきた。この世界では夢のように霞んで消えてくはずなのに。

 

「生きてるか?」

 

 下からギアッチョの声がした。僕は見えてるかわからないけど手を振った。

 しばらくすると足音がして、ギアッチョが登ってきた。僕は仰向けになって呆然と星空を眺めていた。

「何ゆっくりしてやがる、テメー…」

「いやぁ…星が綺麗でつい…」

「アホか」

 

 そう言いながらギアッチョも隣に座って一息ついた。全力を出して疲れたのだろう。

 

「君が来てくれたから冷静に撃てたよ」

「お前は頭にすぐ血が上る。活用できねーならいくつあってもスタンド能力の持ち腐れだな」

「ホントそうだね。もういっそ全部捨てちゃおうかな」

 

 現実だと僕は確かこの辺で矢を刺して倒れたんだっけ。体が冷たくなって、暗闇に包まれて、多分僕はここで一度死んだ。すごく長い夢を見て、気がついたら心臓がまた動いてた。

 

 この心臓はジョルノに貰ったもの。僕が矢と一緒に手に入れた祝福(呪い)だ。

 僕はこの場所で一度死んだ。そしてもう一度足掻く権利を得た。

 僕はどうしてこんなにも大切なことを忘れてたんだろう。

 ギアッチョが僕に心臓を渡してくれたんじゃないか。

 

 僕の見た光。

 僕の一番大切なもの。

 僕が本当に誠実でいなきゃいけないもの。

 それを守ろうとして、強くなりたくて、僕は気づけば袋小路の中だ。

 

 僕は星の光に憧れていた。

 輝きに目が眩んで、星に手が届くなんて信じてないくせに手を伸ばした。

 

 なんでいつもずっと後になって気づくんだろう。

 

 僕が本当にほしいものは何かを守れる強さや正義、そんな美しいものなんかじゃない。

 僕が本当にほしいのは、どんなに僕が汚れて、堕ちて、穢れて、踏みつけられて、ぐちゃぐちゃになっても平気な心。

 何もかも間違ってても、平気でまっすぐ歩くことのできる意志。

 星に向かって伸ばす手じゃない。

 

 暗がりを、泥濘を進む足がほしい。

 

 

「ギアッチョ…僕って地獄行きかな」

「は?なんでだよ」

「殺しすぎでさ」

「ハッ…だったらチーム全員そこで会えるな」

 

「僕って汚れてるかな…」

「今更すぎるだろ」

 

「僕間違ってるかな」

「テメーに合ってることなんて一つもねーよ……だからなんなんだよ。さっきからグチグチうぜーぞッ」

 

「それでも僕…ここにいていいのかな…」

「……はァ〜……だッりィー質問してんじゃあねーよ。クソがッ」

 

 ギアッチョは立ち上がる。そして目の前の不自然にある鉄製の扉に向かって歩いた。

「休憩は終わりだ。折角合流できたんだ。とっとと次行って、全員ぶっ殺してここから出るぞ」

「……一緒にやってくれるの?」

 

 僕の問いかけにギアッチョは大きくため息をつき、苛立たしげに扉を拳でドンドンと叩く。

「テメーの殺しは遅すぎるんだよ。終わるのを待っていたら何日かかるかわからねェからな…早く、ここ開けろ」

 

 僕は今どんな顔してるんだろう。情けない顔してるに違いないけど、その中に色んな感情が濁流みたいに混じってる。そこから多分生まれて初めての強い気持ちが湧き上がってくる。

 

「…………ギアッチョ」

「なんだよ」

「ここから出たら僕、ちゃんとするよ…」

「はア…?」

「よし、行こう」

 

 そして僕はノブを、

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