【完結】ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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12.死滅遊戯④

 

 

 倒しても倒してもわらわら湧いてでてきやがる…!

 

 無機質な表情のまま襲いかかってくる“哲学的ゾンビ”たち。パームモールにより魂を奪われた、意志のない人形。そうは言っても『人間』だ。撃てば血を流し、殴れば骨が折れる。魂がないと言われても襲いかかる全員を殺すというのは流石に躊躇する。

 一体何人をスタンドの餌食にしたのか、このネアポリス中央病院に通う人間の果たして何割が魂のないゾンビなのか、想像したくもなかった。

 

 ホル・ホースのスタンドに“弾切れ”の心配がないのは幸いだった。このゾンビたちの司令塔であるパームモールを撃ち抜こうにもそのたびに歪んだ笑い声を上げ、“入れ替わった”ファミリー・ワークショップが弾を阻み、また別の体で銃を持つ腕に絡みつく。

 

「きゃはははははーーッ」

 

 今にも死にそうな細い腕の老人が幼女のように無邪気に笑い、噛み付く。ホル・ホースはすぐさま顎を撃ち抜き関節を破壊し、脚で蹴り倒す。

 ゾンビどもと入れ替わったファミリー・ワークショップ本体は彼らが倒されるたびに悲鳴を上げてはまた誰かと入れ替わる。

 

「クソ…キリがねェーぜッ」

 

 ホル・ホースは再度襲い掛かってきたファミリーワークショップを組み伏せた。動きを封じられたファミリーワークショップはすぐに抵抗をやめる。

 そして次に口をあけると大量の血が吐き出される。血に混じって舌が吐き出される。先程のナースのときと同じだ。

 

「まだ人手が足りないな。タフだね、アメリカ人は」

「どーにもよくアメリカ出身と間違われるんだがよォ〜…オレの祖国はもうどこにもねェーのさ」

「それはあんたの格好に問題があるんじゃあないの?」

 ホル・ホースはパームモールを睨みつける。逃げる素振りもなく、まるで惨状なんて起きてないような素知らぬ顔で病院受付に肘をついている。

 

「ずるいなー、武器そのものがスタンドだなんて。高潔そうで。わたしにとってもファミリーワークショップにとっても、スタンド能力は弱者を食い物にする道具でしかないからね。だからすっごく下品に見えるでしょ?」

 

 パームモールは独り言のようにつづける。

 

「『あの子になりたい』『目の前の人物全てを記録に残したい』。そーゆー欲望だけがわたしたちを支配してる。欲望ってたいてい下品だからね。仕方がないの」

「そうかよ、そりゃさぞかしさもしい生き方だなッ!」

 

 こういうイカれたやつの哲学をまともに聞いてちゃこっちがおかしくなっちまう。

 

「ホル…ホース……」

 か弱い声で自分を呼ぶ声が聞こえた。ハッとしてその方向を見ると、ゾンビ共の足元、倒れたキャビネットのそばでヴェルサスが血を流しながら倒れているのを見つけた。

 ホル・ホースは駆け出し、ヴェルサスの腕を掴む。

 

「一時撤退だ!」

 

 ホル・ホースはそのまま出入り口めがけて走る。障害になるゾンビ共を蹴散らし、扉も蹴破る。出た先は確か中庭のはずだ。

 温かい日差しに照らされ一瞬目が白黒した。けたたましく鳴る工事の音。そして“きょとん”とした顔の入院患者がホル・ホースとヴェルサスを見つめていた。

「逃げろ、ここは危険だ」

 ホル・ホースは呼びかける。しかしそんなホル・ホースを指さして見舞い客らしき母娘がぎょっと立ち含む。

「ママー変な人がいる」

「やだ、血が出てるじゃない…」

 それを見かねてか、看護師と思しき男性が駆け寄ってきた。

「あのー、大丈夫ですか?」

「いいから!ここから逃げろッてーの!えーっと…火事、火事なんだよ!!」

「はぁ……?警報もなってないし煙だってどこにも立ってないじゃあないですか。そういう嘘は悪質ですよ」

「あーチクショウ!もうどうなっても知らねェーからなッ」

 話の通じない相手に何を言っても逆効果だ。こんなことしてる間に出てきた扉からゆらりとファミリーワークショップを引き摺るパームモールが出てきた。ホル・ホースはヴェルサスを担ぎ直し逃げようとする。

 

 

 

「逃さないよォ?」

 

 しかし目の前の少女がそう言ってホル・ホースの脚をつかんだ。

 驚いたホル・ホースはヴェルサス諸共派手に転んだ。母親が甲高い悲鳴をあげる。

 

「ねえ、あたしを見てよぉ~」

 

 ファミリーワークショップに乗り移られた少女はホル・ホースの顔をむんずと掴み、顔を近づける。

 その瞳孔は間横一文字のヤギの瞳だった。その見るも異様で不気味な物から本能的に目を逸らしたくなる。なのに目が離せない、吸い込まれるように見つめてしまう。その瞳にはホル・ホース自身の顔が映っており、さらにその顔の上に自分の名前がぼんやりと浮かんでいるのまでがしっかりと見えた。

 

「お前のなまえは、ホル・ホースだぁ…」

 

 にこ、とファミリーワークショップは笑う。本能がこれ以上この目を見てはいけないと思った。そして長年の経験と強い意志がそこから視線をそらし、『皇帝(スタンド)』の引き金の手触りを思い出す。

 

 ホル・ホースは撃つ。スタンドの弾は減衰することなく襲いかかるであろう奴ら全員の膝を貫通する。そして弾は血煙を上げ体勢を崩すゾンビたちの後ろ、パームモールめがけて飛んでいった。

 

 着弾と同時にばすん、と音がした。

 ファミリーワークショップが体を起こし、弾からパームモールを守ったのだ。

 

「あーーーー……」

 パームモールは面倒臭そうに顔にかかった血を拭った。

 ファミリーワークショップの口からは大量の血が吹き出し、ゴボゴボとうがいの様な音を立てて何かを喚いているようだった。

 ホル・ホースは一瞬だけ少女を手にかけてしまった事に気を取られた。その一瞬が命取りなのをわかっていたのに。

 

 ぐるん、と。ゾンビたち全員と目があった。

 

 虚ろで澱んだ目ではなく、強い意志を持った瞳で。そしてゾンビたちは一斉に口を開いた。

 

「よくも壊したな…」

「痛いよォ…」

「お気に入りだったのに」

「パームモールを狙った!」

「許せない」

「おじさんってキライ!」

「本気で殺す」

「絶対殺す」

「やっつけちゃうんだから!」

 

 

 そして堰を切ったように()()()()()()()()()()()()()()が殺意を持って、ホル・ホースへ襲いかかる。

 

 ファミリーワークショップには“本体”がない。

もともとどんな人間だったのか、本人すらもわからなくなっている。いや、そもそも自分が人間なのかスタンドそのものなのかも定かではなかった。

 乗り移る人間の数だけ自分というものが希釈されていき、思い出も本名さえも思い出せない。感じることができるのは『あれをしたい』『それが欲しい』という刹那的な欲望だけ。それだけが『ファミリーワークショップ』を形作る。

 だから彼女は同じ魂の形をしたパームモールに懐いている。…いや、同じと思いこんでいる、といったほうがきっと正しいんだろうけど。

 

 

「ああなるとあとでめんどうくさいんだよな」

 

 パームモールは狂騒を他人事のように一瞥してから白衣のポケットから携帯電話を取り出し、ニュースアットイレブンの携帯番号をプッシュする。何回かのコールのあとやっと相手が電話に出る。

 

「そろそろやっちゃってくれない?」

『………悪いがオレの標的はそいつらじゃない』

「………はぁ……なるほど。日和っちゃったんだ」

『オレはハイ・ファイを助けに行く』

「無駄だと思うけど」

『ハイ・ファイはまだ生きてる。敵だって情報が欲しいはずだ。殺しはしない…』

「へぇー…そぉ…まああんたがそう思ってんならそーなんじゃない?」

 ぶつ、と音がして電話が切れた。

 パームモールはため息をつく。説得する気はあったのだがどうもうまく行ったためしがない。目の前ではファミリーワークショップという群体がホル・ホースに薙ぎ倒されながらも、徐々に押して行っている。

 

「あいつが使えないならプランBか。こっちの方がまあ、好きかな…」

 

 パームモールは別の携帯番号をプッシュした。

 

「2年。2年も復讐なんかに付き合わされて本当にくさくさしてたとこだしね…」

 

 今日という日はパームモール、本名クラリス・タッカーにとって“あの日”以降で一番清々しい日になるかもしれない。

 自分のちょっとした趣味が露見して以来、ライフワークとしていた記録をすべて奪われた。記録はパーム・モールにとっての人生のすべてだった。そりゃあ再就職も絶望的どころかムショにぶち込まれる寸前を助けてくれたボスには感謝している。しかも病院まで斡旋してくれて趣味だって黙認してくれた。

 しかし、飼い殺されているという感覚はずっと喉に引っかかった小骨のように存在しており、その違和感が毎日の生活にシミのようにこびりついていた。

 ボスの目的がソウルスティーラーへの復讐だと聞いたとき、全く陳腐で退屈な願いだと呆れた。そんなつまらないことに巻き込まれることが確定しているなんて、最悪以外の何者でもない。しかしいくら違和感があったとしても安定して趣味を続けられる環境は手放し難かった。

 

 そんなジレンマをやっとスッキリ葬り去ることができそうだ。

 

 こういう日が来るのはわかってた。だから計画通り、ファミリーワークショップを送り出してすぐに病院の配管に可燃物を巡らせたのだ。

 

「それじゃ…最後は爆発オチってことで…」

 

 病院全体を燃え上がらせるにはもう通話ボタンを押すだけだ。親指に力を込めて押そうとしたその時、ぷしゅう…と気の抜けた音がした。

「………ん?」

 

 パームモールが音のした足元を見ると、自分の足がレイピアで貫かれているのがわかった。

 そしてそこからゆっくりと自分の()から空気が抜けていくようにくしゃくしゃになっていく。

「なん…」

 

 ボタンを押さなきゃ。

 

 そう思った時にはもう自分の指の先までが手術用手袋みたいにくしゃくしゃになっていた。そしてパームモールはそのまま地面に()()()

 

 

 ファミリーワークショップのうちの一人はパームモールの異変にすぐに気がついた。

「パームモール?!」

 しかし大部分の『自分』はホル・ホースをズタボロにするのに夢中でそれに気づかない。

 

「やだ!やだ!やだ!パームモールゥ…!」

 

 ファミリー・ワークショップはゆっくりと萎れていくパームモールに駆け寄る。萎れていくパームモールの背後にはレイピアを持ったスタンド像と腫れぼったい唇をした眠そうな男がぬぅ、と立っていた。

 

「ちょれぇー仕事だぜ…素人相手とかわんねぇー…」

 

「てめええええッ」

 ファミリーワークショップの叫びに男は反応する。飛びかかってくるファミリーワークショップをなんとか止める。そして思わず、その眼を見てしまう。

 

「お前の名前はマリオ・ズッケェロだぁ」

 

 ファミリーワークショップの入れ替わりには条件が3つ。『目を見て名前を知ること』『名前を呼んで3秒目を合わせること』『入れ替わり後出血すると解除される』。

 そしてズッケェロはファミリーワークショップの瞳を見つめてしまった。

 

「パームモール…」

 

 ソフト・マシーンが解除され、萎れたパームモールがゆっくりとまた膨らんでいく。しかし。

 

「なるほど、目を見て話そうってスタンドか。その心意気は嫌いじゃあない」

 

 やけに冷静ぶった話口がする。目をやると、青々と茂った芝生を踏んで男が二人立っていた。

 

「…あれぇ…?」

 

 そのうち一人はさすがのファミリーワークショップでも見覚えがあった。さっきまでいたぶっていたホル・ホースの仲間。金髪のっぽのアメリカ人…ヴェルサスだったからだ。

 

「あれ?」

 

 気づけば、ホル・ホースに襲い掛かっていた『自分たち』が地面に伏していた。ホル・ホースは皇帝(エンペラー)を構え、自分を狙っている。

 

 そして横にいる傷ついたヴェルサスはどう見ても本物だった。なのに、なのにどうして…?

 逃げなくちゃ。

 ファミリーワークショップの有効射程距離は目に見える場所。そして見渡す限り、『自分』は拘束され血を流していた。そして今ここにいるやつらは自分と目を合わせようとはしないだろう。

 

 もう乗り移れる人間がいない…!でも逃げなきゃ。逃げなきゃ。どうしよう。

 

 ファミリーワークショップの混乱は尤もだ。しかし、戦闘中においては致命的な隙だった。

「あ」

 

 それはパームモールから『最後の手段』として教えられていたものだった。

 中庭の木、そこに据えられた小鳥の巣箱、そこに大きなカラスが無理やり頭を突っ込んで餌をあさっている。()()()()()()()()。もうこれしかない!カラスは確か並みの動物よりも賢かったはずだ。ネズミや猫よりよっぽどいい!

 

 カラスが巣箱から顔を出す。ファミリーワークショップはすかさずカラスを乗っ取った。

 

「これで詰みだな」

 

 と、ヴェルサスの横にいる男が言った。ヴェルサスとどこか似た…しかし身にまとう雰囲気が全く違う同じ年頃の青年。もちろんカラスに乗り移ったファミリーワークショップにそこまでの認知ができていたのかは誰にも分らないが、そんな奇妙な鏡像のような男。その背後の黄金のスタンドがぱちん、と指を鳴らすような仕草をしたのち、そのカラスはあっという間に元通りの心電図モニターへと変化して地面に落ちた。

 

「ありがとうございました…ジョジョ」

「いいんだ。むしろ確実に仕留められた、だろ?」

 

 ズッケェロはしぼんだパームモールを回収しながら礼をして下がる。中庭入り口には救急隊員と消防士、カタギには見えない面々が次々にやってきて倒れた人を運び出し、そうでない人へ避難を促している。

 そんな中でヴェルサスは茫然と、ジョジョと呼ばれた青年を見る。

 自分と同じくらいの年。そしてどこか自分に似た顔。

 ”ジョジョ”。

 

 

 

 話はほんのすこしさかのぼる。

 

 

 

 

「おい、あんた。ヤベェー事が起こってるから逃げろッ」

「か、かか…患者さん…が」

 ヴェルサスの呼びかけにも反応が鈍い。ヴェルサスはため息をつきながらナースの肩をつかんだ。

 

「これで最後だぜ、急いで逃げろ」

 よく見ると、ナースの顔はとろんとしており、その眼にはまるでヤギのように不気味な真一文字の瞳孔が刻まれていた。

「あたしだったら…逃げないなァ」

 

 そしてそのまま、ナースの腕がヴェルサスの顔をわしづかみにする。

 

「あんたの名前はドナテロ・ヴェルサスだあ」

 

 ここで、通常なら見入ってしまうはずのその不気味な瞳を見てヴェルサスは純粋に、ただただ心の底から()()()()()()

 

 なんでケガ人のオレがあっちへこっちへと同行して、挙句の果てに病院でボコボコにされなきゃならねェーんだ?そもそもブランクが幸せになれるかも、なんて適当なことを言いやがるからまんまと乗せられてこんなとこまで着ちまったわけだが、幸せになれそうな予感なんてどこにもねえ。むしろ前より不幸続きだ。

 確かに、一瞬ブランクをいい女だと錯覚した。ホル・ホースだってじっくり付き合うまでもなく、気さくで退屈しないジジィだってのはわかる。だがよォ…一緒にいたら命を狙われるってのになんで馬鹿正直に『誠実』に敵と渡り合わなきゃなんねェーんだ?

 この女は被害者だ。それはそうだ。死ぬほど理解してるぜ。

 だがオレの方が人生トータルで見ちゃよっぽど哀れな被害者じゃあねーか。

 だったらぶん殴ってもトータルで許されるだろ?

 

 刹那で巡った他責思考が今回ばかりは幸いした。ヴェルサスは入れ替わり条件が成立する直前にファミリーワークショップを殴り、さらに蹴り飛ばした。

 そしてすぐさま『アンダー・ワールド』を発動し地下へ逃げる。

 

「このままじっとしてりゃ片が付く…か」

 

 掘り返した記憶は第二次世界大戦ごろの記憶のようだった。処刑台が並んでいることからこれから起こる出来事はわざわざ掘り返すまでもない。一緒に落ちてきた”ゾンビ”どもはきょとんとして縄に首をかけられている。が、知ったことか。

 

「フゥーー…」

 

 このまま横穴を掘ってフケちまおうか?と頭によぎる。そうだ、そうしよう。スタンドを使えばざくざくと簡単に穴が掘れる。スタンド能力。目覚める前はただただ忌まわしかった。だが使い方がわかればすべてがボタンの掛け違いだったかのようにすんなりと納得がいく。

 

 ホル・ホースを助けに行く。と、そんな考えが頭によぎった。

 

「ありえねぇーって…。オレがいってどうこうなるもんじゃあねーよ…」

 

 穴を掘る手を止めて上を見上げる。

 

「………あークソッ!」

 

 そうして穴の外へ出ると、周辺には誰もおらず、壁を数枚隔てた向こうから銃声が聞こえていた。まだかたがついてないらしい。まさか本気で女は撃たないとかいってんじゃあねーよな。

 

 本当にバカげてる。馬鹿げてるとわかっているのにヴェルサスは穴から這い出てしまった。

 

 非常口のマークが見える。ちょうど職員用の勝手口に通じる廊下だ。怪我した腕を庇いながら体をなんとかあげようとしたとき、まるで運命みたいに勝手口のドアが開いた。

 

「ッ…」

  思わず身構えた。しかし相手の方は落ち着き払っていた。ゆっくりと手を前にだし。

「おちつけ、パッショーネのものだ」

 

「ああ…?増援か」

「ああ、ジョルノ・ジョバァーナだ。君のことはブランクから聞いているよ。よろしくドナテロ・ヴェルサス」

 

 奇妙な感覚がヴェルサスを包み込んだ。まるで自分に欠けてたものがしっかりと埋まるような、不安定だった足元が急に固まるような、そんな感覚だ。ジョルノ、この状況でも冷静な態度は手だれであることを感じさせる。でも多分それだけじゃない。

 

「では…かたをつけにいこう」

 

 そういった横顔を見て、ヴェルサスは少しだけ自分に似ていると思った。そしてそれと同じくらい、彼は自分と全く違うのだと痛烈に感じた。

 それが、苦かった。

 

 

 


 

 

 コロッセオにあった扉を開けて、すぐ。

 目の前にあったのはやたらと整った顔立ちの男だった。一瞬それが誰かわからず、僕は右手を振り上げようとした。しかしそこでやっと僕が床に寝転んでいて、それを覗き込む男がメローネなことに気がついた。

 

「………つ」

 僕の一言にメローネがん?と首を傾げる。

 

「つかれた……」

「開口一番それかよ」

 

 体を起こすとそこはパッショーネ本部のセーフルームだった。

 すぐ横にはギアッチョも床に倒れている。ギアッチョはまだ寝ているようだ。

 

「どれくらい経った?」

「1時間だ。……で、“中”でなにがあった?こっちからすると突然お前たちが写真に閉じ込められたから、仕方なくオレが見張ってた。で、仕事を片付けていたら突然写真が弾けてお前らが出てきたという具合だ」

「なにがって…うーん。まあ…色々…。突然終わったって感じだった」

「お前に聞いたオレが馬鹿だったな」

 僕はキョロキョロと周りを見回す。

「ホル・ホースとヴェルサスは?」

「ああ、まさに()()()()()()ことに関係あるだろうな」

 

 ふいに電話が鳴った。メローネがそれを取り、一言二言交わしてから僕に受話器を渡した。

 

『…無事目が覚めてよかった』

 

 聞こえてきたのはジョルノの声だった。

「……ジョルノ…どこにいるの?」

『ネアポリス総合病院。…詳しくは戻ってから話そうか。君が捕まってる間にいろいろあったから。そこらへんはメローネに聞いてくれ』

 

 ジョルノはそう言って電話を切った。僕はメローネを見る。

 

「ああ、お前がぶっ倒れたのとほとんど同じ時間、幹部が殺されたと連絡があった」

 メローネはパソコンの画面をみせる。そこにはローマ幹部のナポレオン、フィレンツェのスクィーラ、ヴェネツィアのメージャーの死体の写真が載せられていた。

 ナポレオン、スクィーラは同じ場所で倒れたのだろう。敷いてあるカーペットの柄が同じだ。二人で悪巧みでもしてたのだろうか?今となってはどうでもいいが…。

 しかしメージャーの死体だけは黒焦げで、車のシートの残骸と思しきものにドロッとした黒い塊とともに骨がへばり付いている。

「全員心臓に弾が撃ち込まれている。メージャーは運転中に撃たれて車もろともクラッシュ。爆発炎上…一番派手だな」

「……これ、同時?」

「メージャーのクラッシュが第一報。残り二人はその後安否確認したら見つかった」

 僕はパソコンに表示された画像を目一杯拡大した。確かに三人とも左胸に弾痕が見える。…いや、焼け焦げたメージャーの死体はちょっと怪しいが。

 

「……あ」

 

 スクィーラの死体をまじまじと見て、僕はある違和感に気がついた。そしてその違和感はすっと感じていた不可解さとすんなりと結びつき、腑に落ちた。

 

「僕ちょっと大至急ジョルノのところに行かなきゃ」

「は?ここで待ってろって……」

 

 

 

 

 メローネの呼びかけ虚しく、ブランクがジョルノを迎えに慌ただしく出ていってすぐ、ギアッチョが体を起こした。

 

 

「あんたが寝たフリをするなんてな」

 そんなギアッチョを見て、メローネがふん、と鼻で笑う。その表情はどちらかといえば珍しいものをからかうようだった。

「悪いかよ」

 ギアッチョはぶっきらぼうに返す。床にほったらかしにされていたせいで体がバキバキだ。スタンドの世界で戦ったせいなのか疲労感が体にずっしりとのしかかってくる。

 

「なにがあった?ギアッチョ」

「面白くもねェーことだぜ」

 

 ギアッチョはできるだけ手短に写真に閉じ込められてからのことをメローネに話した。記録された死者たちに襲撃されたこと、ブランクと協力し“殺し尽くそう”と扉を開けてすぐ能力が解けたらしいことを。

 それを聞いてメローネはどこか懐かしそうな顔をした。

 

「あんたは情に厚い奴だよ。昔からな…」

「あァ?このオレが『情に厚い?』マジに言ってんのか?メローネよォ…」

「ああ」

 メローネは言う。

「お前、チームのことが好きだったろ」

 ギアッチョは視線を逸らす。そう素朴に評価されるのがなんだか気恥ずかしい気もしたし、同時にそんなチームのメンバーはもう自分たちしか残っていないという現実がまだ自分の中で苦い。

「ハ…ッ。じゃあなんだ?メローネ、テメーはそうじゃあなかったってか?」

「そうだな……『褒められたい』だの『頼られたい』『生きててほしい』だの…そういう感情は決断を鈍らせる。おれたちの稼業はたった一つの決断をミスればおしまいだからな…意図的に、考えないようにしていた」

「ああ?そこらへんはわけて考えりゃいーだけだろーが」

「お前はそれができるからここまで生き残っているんだ」

「ちげーよ。オレたちはただ生き残ったから生き残った」

「そうかもな」

 

 メローネはあの日、ヴェネツィアに続く橋でブランクと話したことを思い出した。ずっと、あの日の不安げな顔や船の上での泣きそうな顔がメローネにとってはブランクの本当の顔だった。

 きっとあいつは殺し殺されなんかとは無縁の世界にいたらこんな世界には到底相応しくないフツーの女になってただろう。だが、そうならなかった。

 もうどうしようもないくらいに手を汚しているくせに、ジョルノみたいな美しいものを見つめてる。当たり前のように手に入らないのに、欲しがってまた泣きそうになっている。悲しくなるくらいに、普通なんだ。

 

 リゾットなら…あるいはホルマジオなら、そんな馬鹿にどう言ってやるんだろう。メローネにはかける言葉が見つからない。

 

 

「考えてみるとおれもそろそろあの時のリゾットと同い年だ。部下やらシマやら出来の悪い後輩も抱えて、似た立場にもいる。なのに全然あの人に近づけている気がしない」

 

「ハッ…メローネ、おまえはリゾットとは全然ちげぇーよ」

「だよな」

 メローネは笑った。

 

「おれは『もしここにアイツらがいたら』とか、そういう無意味なことは考えない。けど、ただ『いてくれたら』とは時々思う」

「…それじゃあテメーもオレと同じだな」

「そーかもな……ああ。おれも…あいつらがいなくて寂しい」

 

 

 メールの受信音だ。

 

「こんなのおれらしくない。だからとっとと心配事を片付けてきてくれよ、ギアッチョ」

「そーだな。いい加減、終わりにしよーぜ」

 

 

 

 

 

 

 

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