【完結】ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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14.フリッカーリング・フレイム

「ヴォート・ブランク、私のメッセージが伝わったようで何よりだ」

 

 メイジャーはいつも通り、高そうなスーツに白髪をなでつけたいかにも紳士風の格好をしていた。

 右手には銃が握られており、それは地面に向かってぶらんとぶら下がっている。

 

「いや、正直あんたがなんでこんなことしたのかよくわかってないんだ。僕がわかるのはあんたがどうしたいかってことだけだ」

「ブランク。それを聞いて本当に残念に思う。君がディアボロのすべてをきちんと写しとっていれば私の動機もわかっただろうに」

「ディアボロ…あ〜いましたね、そんな裏切り者が」

「今更惚けなくても。私は全て知っているのだよ。…ああ、どこから話せばいいのかな…」

 

 メイジャーの声はやや()()だった。

 ボスのすげ替え劇の真相を知るものは僕たち幹部4人。

 メイジャーは僕らが作った話しか知らないはずだ。

 あらすじはざっとこうだ。真のボスであるジョルノ。ボスの名を騙り麻薬を流しまくった組織の裏切り者ドッピオとディアボロ。それに気づいて立ち上がった暗殺チーム。三すくみの中僕たちは時に殺し合い、最後にはディアボロたちを打ち倒した。

 この物語の真相を知っているということは『ディアボロ』がボスであった事を知っているということになる。

 ディアボロは自分の存在を知るあらゆる人間を消すことで自身を完璧な存在にした。メイジャーが知っているというのはおかしい。

 

 メイジャーは僕のことなんて観客の一人としか思ってないかのように滔々と語り出す。

 

「生まれた時から、私は暴力に惹かれた。カッソーニファミリーに入ったのも地元で一番残酷な集団だったからだ。私は強いものに本当に、本当に強く惹かれるのだ。憧れのままに、あっという間に組織のNo.2として一番残酷な男のそばに就くようになった。しかしそんな地元のギャングは一気にパッショーネにとってかわられた。あれこそ本当の強さだ。私はボスを…いや。()()()()()()を愛していたのだよ」

 

「だからボスを殺した僕を殺そうって?」

 

「違うッ…話は最後まで聞くものだ。私はディアボロの冷酷無比な手口、徹底的な仕事に心酔していたのだよッ…!残忍、それこそがこのパッショーネを完璧にした。ボスに導かれたパッショーネを、私は永遠に見ていたかった」

「だがその夢は唐突に終わった。本当のボスがあんな若造だった?それでもはじめはそんな夢物語を信じた。だがね、全然違うのだよ。私の愛したパッショーネはこんなッ!こんなものなんかじゃないッ!」

「そこからは調べた。貴様らの消した痕跡を必死に掘り起こして、やはりボスは貴様らに殺されていたことがわかった。……いいか、ブランク?ここまではまだ、動機ではないのだ」

 

 メイジャーの熱に浮かされた瞳ときたら。老齢に入った男の宿す眼差しではなかった。ギアッチョの冷気に包まれていながらにして熱さを感じる。

 

「キング・クリムゾン。それがあの方の能力なんだろう?お前がソウルスティーラーで『ボス』の魂を読み取ったのなら…なぜ今の状況に甘んじている?お前は処刑人なんだろう?一番残酷なことをしているくせに、どうしてふらふらふらふら。お前が、あの方の魂の形を知ってるくせに。どうしていつまでもいつまでも、こんな弱いパッショーネを赦しているッ!!」

 

 メイジャーは慟哭した。そしてすぐに静寂が元通りコロッセオを埋め尽くす。その静寂をまた掘り起こすように、メイジャーは低い声で言った。

 

「こんなのはパッショーネではない」

 

 僕はその不気味なまでに耳に通る言葉に軽く返す。

 

「黙って聞いてりゃ長々自分語りしやがってよォ…もう前半の内容忘れちゃったんですけど?」

 

 メイジャーの言っていることは僕には痛いほどわかる。僕も僕の優柔不断さにはうんざりしていたし、覚悟のなさに呆れてたし、踏ん切りのつかなさには絶望すらしていた。

 僕が犯した最大の罪は、自分が裁く側にいると思い上がっていたことだ。いや。裁く側に立つために捨てるべきものを未練がましく持っていたことか。僕は、何者にもなれなかった。だからだ。

 

 ディアボロの作り上げたパッショーネは完璧だった。そして、ジョルノの作り上げようとするパッショーネもまた完璧なのだと思う。だが、僕はどちらの理想にも乗れない。これだけ過去を突きつけられてむしろわかった。僕はメイジャーの望む形にはなれない。そして僕の望む形にもなれない。

 僕はただ、僕であることしかできない。

 それって絶望だよね。でも、今の僕は何だか吹っ切れた気分だ。

 

「要するに僕を殺さなきゃあんたの気はおさまらないんだろ。だったら付き合ってやるよ。それが僕にできる唯一幹部らしい仕事だからな」

 

 リゾットがここにいてくれたら。ホルマジオがここにいてくれたら、イルーゾォが、プロシュートが、ペッシが、ムーロロが。あるいは、ジョンガリが。

 

 そんなことを思いながら僕はチョーカーに仕込んだ『矢』を押す。刃が皮膚に食い込んでぞくりと鳥肌が立つ。僕のスタンドにはヴィジョンがない。だから能力を使うたびにこうやって傷をつける。痛みに慣れはあっても、麻痺はしていない。

 

 僕はかけだす。メイジャーが彼のスタンド『ランドアンドアラウンド』で何かする前にソウルスティーラーの射程内に近づかねばならなかった。

 メイジャーの『物を入れ替える能力』、射程はかなり広い。しかし射程距離が長いスタンドというものは得てして細かい調整のきかないものだ。下準備なしに自由自在に物を入れ替えることなんてできないはずだ。

 胸を射抜けたのはパッショーネのバッジをマーキングしていたから。だとすればこの場にも無数にマーキングされた何かがあるに違いない。

 

 メイジャーは動かなかった。ただ、右手の銃の引き金を真下に向けたまま引いた。

 銃声がした。そして僕の足元が弾けた。いや、着弾した?僕は思わず足を止める。

 師匠かとまた頭によぎってしまったが、違う。これは『ランドアンドアラウンド』。地面の小石か何かと右手の銃の弾丸を入れ替えたのだ。

 

 メイジャーが左手を開くと小石がポトリと落ちた。

 

 やはり対象指定は複数だったか。ここから先の道どこでも僕の足を吹き飛ばすつもりか?その程度、やはりちんけな能力だ。

 こんなものでジョンガリだと見せかけやがって。

 

「そんなにディアボロが忘れられないならディアボロの能力で葬り去ってやるよッ!!」

 

 キング・クリムゾンを使う時、どこまでも冷酷になれる気がして怖くなる。

 自分だけが認識できる時間を縫って、決して反撃できない相手の命を奪う。ディアボロが誰にも姿を見せずに孤独に王であり続けられたのは、この能力が…つまりは精神が、研ぎ澄まされた一人の世界を望んでいたからだ。

 一人きりなら、どこまでも他人の苦しみに無関心になれる。

 

 確かに僕が心からディアボロの魂に共鳴して、共感して、完全になり切ることができていれば。メイジャーの望みは叶っただろうし僕の悩みも消え去ったろう。

 

 でも僕は、やっぱり一人きりなんて寂しいよ。

 

「『キング・クリムゾン』」

 

 僕がその名を口にした時、メイジャーは凄惨な笑みで僕を見つめた。そして能力が発動される刹那。僕の首につけたチョーカーが鏃ごと吹き飛ばされた。いや、あたりの肉ごとだ。

 

「か…」

 

 鮮血が僕の視界を染め上げる。死という文字が頭に過った。しかし吹き出す血は多いが大きな血管に当たっていない。皮と首の筋肉…。外して?それとも、狙って…?

 メイジャーの銃からは硝煙が上がっていなかった。そしてなにより、この弾はリボルバーから発射されるようななよっちい弾じゃあない。何度か撃たれたことあるからわかる。これは。

 

「…う…そ…だァ…?」

 

 僕は自分の頭上をふわふわと飛ぶ僕のものではないマンハッタントランスファーの姿を見た。

 

 そのマンハッタントランスファーの銃弾射出口に何かが煌めいた。

 

「キン…クリ…ゾッ…」

 血が止まらない。痛みと混乱で頭がうまく回らない。それでも僕はなんとか次の弾をキング・クリムゾンで避けた。鏃が吹き飛ばされて粉々になって僕の喉に食い込んでいる。

 

 なぜ、マンハッタントランスファーがいる?

 決まってる。ここにジョンガリ・Aがいるからだ。

 

「おま…え…ッ」

 

 メージャーは笑っていた。

 自分が真犯人であるとバレるのは織り込み済み。

 その上であえてジョンガリを強く印象づけ、違うと安心させてから本命の僕を彼の弾で屠る。そういうことか?まったく、一番傷つく方法だよ。

 喉を抉られて大声は出せない。もっともジョンガリが声の届く範囲にいるとは思えないが。

 

 痛いなぁ…、

 

 ひどいよ、師匠。狙いが僕だってわからないもんかな。

 

 無理か。もうジョンガリと別れて何年経つっけ。

 

 

 

 ぶわ、と冷気が僕とメイジャーの間に広がった。あまりの冷たさに一瞬陽炎が見えた気がした。ギアッチョの鋭いエッジが煌めき、メイジャーの胴を抉り取らんと振り下ろされた。

 しかしまたも、遅れて銃声。

 氷のエッジはメイジャーの左肩に深く刺さったまま砕け散り、バランスの崩れたギアッチョの蹴りは当たらない。

 そしてメイジャーは右手でギアッチョを触った。ホワイト・アルバムの冷気に当てられればそのまま手の皮膚が凍りついて引っ付いてもおかしくない。しかし気づくと『ランドアンドアラウンド』の能力によりギアッチョの位置がなにかと入れ替えられる。

 

 4射目がくる。

 ミスタの顔が頭によぎった。4はよくない。4はかなり最悪だ。

 

 最悪で、最高。

 

 師匠が最高の狙撃手で、その誇りを以て僕を撃ち抜くというならば。

 だったら僕は弟子として、同じことをしてみせるだけだ。

 

 痛みが頭を冴えさせて、霧散していくホワイトアルバムの冷気が肺に入り、神経を尖らせる。僕は銃を構える。マンハッタン・トランスファーは気流に乗りふわ、と浮かび上がる。

 

 僕の頭を吹き飛ばすなら、今。

 

 

 4発目が来る。僕はキングクリムゾンを発動する。

 周りには僕の足元の血溜まりが一瞬にして広がったように見えただろう。

  僕が飛ばせる時間は2秒に満たない。そして、連続してすぐに時は飛ばせない。一呼吸絶対的な隙がある。

 そして数回キング・クリムゾンを体験した師匠は絶対にその隙を見逃していないだろう。

 マジで死ぬかも。でも、死ぬなら死ぬで本望だ。

 

 マンハッタン・トランスファーへ至る弾丸の軌道は読めない。故に狙撃手の位置もわからない。弾丸は驚異的な射撃精度によりあり得ない経路で獲物に到達する。

 しかし一点だけ、絶対に読める軌道がある。

 そう、弾丸は必ず僕に向かってる。

 

 師匠の息遣いを感じた気がした。僕は、それと合わせて引き金を引く。

 

 発砲音が僕の脳を突き抜ける、それと同時にマンハッタン・トランスファーからも弾が飛んできた。

 視覚ではない、もっと本能的なところでわかった。弾丸は僕の右目を狙っていると、直感でわかる。

 

 僕はまだ、あなたと過ごした全部をちゃんと思い出せてるわけじゃない。

 ずっと一番近いところにいたのに、あなたのことを全然知らない。

 笑えるよね。でも、それでもあなたがくれたものは僕の中でちゃんと育っている。

 

 

 僕は引き金を引く。

 

 

 僕の発射した弾が師匠の弾丸の軌道をすすみ、マンハッタントランスファーのすぐ前に火花がちる。

 

 ライフルの弾の軌道を本当に僅かに、ずらした。

 右の流した髪が散り散りになる。赤い髪が血溜まりに落ち、わずかに焦げていた毛先がじゅっと音をたて沈む。

 

 

 

 僕は天を仰ぐ。

 

 見切った、呼吸を。

 

 

 ジョンガリの存在を()で感じた。

 それはどこかにいる師匠にも伝わっているはずだった。

 

 僕だよ。僕、やったんだ。

 あなたの弾を完全に見切ったんだよ。ねえ…

 

 声には出なかった。そして、弾もそれ以上飛んでこなかった。

 

「ジョンガリめ…ッ」

 

 メイジャーは僕を睨みつけてた。僕は血がどんどん失われてるせいで目が霞んでいる。

 

「これで終わりか?」

 そう言いたかったけど出るのはごぼごぼという水音だけだ。僕はメイジャーをただ照準越しに見た。

 

 メイジャーは右手を広げた。そこにはピンが乗っていた。次に左手を広げた。皮が剥がれて血まみれの手のひら、そこには手榴弾だ。それを握り込もうとした時。

 

 銃声もなくその左手が手榴弾ごと撃ち抜かれた。

 悲鳴をあげる間もなかった。メイジャーは左半身を爆発に巻き込まれ、倒れた。

 

 

「ちょっと遅れちまったようだな」

 

 と、ホル・ホースの声が聞こえた。

 

「ブランク!」

 

 そしてジョルノの声がした。

 僕は安心で腰が砕けて、地面にひれ伏した。

 ジョルノは駆け寄り、僕の喉の傷を見た後にじっと僕を見つめた。

 冷静で、なのにどこか優しさを感じる目だ。

 

「君に…謝らなくてはならなかった」

 

 ジョルノは吹き飛ばされたチョーカーと鏃の残骸を持っていて、それを優しく手のひらで包み込んでいた。

 

「ぼくと君は全然対等ではなかった。矢の力で君を縛っていたのはぼくだ」

 

 ジョルノの熱い指先が僕の頬をなぞってから傷口に触れた。チョーカーと鏃の破片ごと僕の首を包み込んだ。手を離すと首から流れ出す血は抉れた部分が埋まり、止まっていた。

 

「…ちがう…僕が勝手にやってただけだ…」

「それは絶対に違う。ブランク…ぼくは…」

「そうじゃないんだよ。そうじゃない、ジョルノ」

 

 僕はまだ僕の首のそばで広げているジョルノの手を下から包み込んだ。暖かい手。僕の血で汚れてるその手が、まるで真っ赤な花が乗ってるみたい。

 君の手は男の人っぽくない。すらっとながくて、節くれだっているところもあるけれどまっすぐで、綺麗。

 

 

「僕は…。ジョルノ、君みたいになりたくてから回ってただけだったんだ……」

 

 

 


 

 

 

 そして、僕にまた一つ傷跡が増えた。

 首筋に走る無数の切り傷の上にボコボコと隆起した数が走っている。吹き飛ばされた首の肉よりちょっと部品が多かったのかもしれない。その数は星に見えるし、見ようによってはハートに見える。

 メイジャーのド派手な復讐劇は幕を閉じ、後に残るのは麻薬流通に関する諸々の追跡調査と、ほんの数名の粛清だった。メイジャーは左半身に大火傷を負い、腕も失ったが生きていた。

 

 終わって仕舞えばなんてちっぽけで、悲しい復讐劇。

 

 メイジャーはウォードッグスという集団を雇い、僕をとにかく苦しめたかったらしい。勘弁してよ。そのウォードッグスの一員に師匠がいた。

 ジョンガリはあの後誰も見つけられなかった。狙撃ポイントすら特定することができなかったのだ。まったくさすが世界最高の狙撃手だ。

 

 ウォードッグス、ニュースアットイレブンことアイザック・グレンはホル・ホースを前に呆気なく捕縛された。今彼はスタンド能力を使って誰かれかまわず瓦礫の下に巻き込まないようほとんどの時間を睡眠薬を投与されて過ごしている。

 僕は今日、彼にあって能力を奪う。

 

 彼は田舎の一軒家。オリーブの畑と、オレンジのちょっとした菜園のある古びた家に拘束されている。

 僕はバイクを乗り付ける。白い壁の敷地の中には物騒な連中が数人。僕を見ると礼をし、一番強そうなやつがニュースアットイレブンの元へ案内した。

 

 湿った地下室。近場のラインセラーで買ったワインが樽で置いてある。だが何年まえのものなんだろう?飲めるか定かではないので口はつけないでおこう。

 そんな地下室のほんの少し地上にはみ出し、光が入る位置にベッドがあった。拘束具と何本も伸びた管が彼の体をそこに縛り付けていた。バイタルを示すモニターからの音しかしない中で、僕はすぐ横に腰掛けた。ギシ、とベッドの軋む音でニュースアットイレブンは目を開けた。

 僕は彼の手を握っている。目を開け、僕の姿を認識したニュースアットイレブンは筋弛緩剤でほとんど力が入らないはずの手を振り払おうとした。

 彼にあった心の傷の形がわかった。それは深くて、広くて、まだ膿んでいる。飲み込むことも、ましてや許すこともできない大きすぎる傷。戦うには曖昧すぎて、降参するには苦すぎる。それを抱えて生きていかなければならない絶望。

 

「君は何も悪くないよ」

 

 僕は言う。

 

「どうしようもなかったんだ」

 

 ニュースアットイレブンは朦朧としながらいう。

「俺は…何に復讐したらよかったんだ…?」

「それがわからないから、君の心はずっと空から落ちてくるものに怯えているんだね」

「あいつを死なせてしまった…」

「…それでも助けたんだろ」

 

 僕は彼の傷の形を理解し、共感する。昔と同じように彼がどんな言葉をかけて欲しいのか、どうなりたいのかがわかる。喉に深く食い込んだ矢は僕に人のスタンド能力を奪う力を残したまま。

 けれども僕はもう、奪った能力を使えない。

 

 僕は手を離す。そしてそこから立ち去る。

 バイクは日差しの中、やや湿った風の中を突き進む。

 

 

 

 1時間走って、やっと僕は新しいパッショーネ本部にたどり着いた。まだ暫定なうえ、前よりも郊外。海に面した海沿いの街が近くにある。小高いところにあるから風が気持ちいい。僕がバイクから降りると、僕を待っていた人物がいた。

 

「よ」

 

 とミスタ。

「あれ?僕遅刻ですか?」

「いーや?そもそも夕方くらいってアバウトな時間指定だったじゃあねーか」

「それはミスタが4時って言ったら嫌がったからだろ」

「あーまったく。逆にこれだけ幹部として付き合いあったら自然とその時間は避けるだろーが。おまえくらいだぜ?毎度ぶつけてくるのはよォー…」

「次は気をつけるよ」

「……だな」

 

 ミスタは玄関の方へ歩き出した。僕もそれに続く。

 今回は前のような平屋の豪邸ではなく、むかし修道院か何かだった古めかしい建物だった。真っ白の壁が日差しを反射して眩しい。

 一番広い部屋に通されて、僕は窓辺に腰掛ける。海風がカーテンを捲り上げ、黄昏に染まる空が眼前いっぱいに広がった。

 

「いい景色だろう」

 と、扉の方からジョルノの声が聞こえた。僕は振り返らずに答える。

「ああ。前のとこより好きだな」

「実はこの景色が決め手でね」

 

 ジョルノはいつも通り、輝くように美しい。

「傷の調子はどう?」

「うん。すこぶる快調」

「よかった」

 

 ジョルノは僕の横に並んで窓の外を見た。肩が当たってあたたかい。僕はチラリとジョルノの横顔をみた。彼はまっすぐ前を見てた。

 

「ジョルノはこれから何したい?」

「え?そうだな…麻薬のルートに関してはまだ調べることが山積みだし、パームモールの被害者を全員見つけないと…うん。まずはそこだな。それに、警察の不正がかなり深刻な地域があって、そこも気になる」

「あは。なんか全然楽しくなさそう」

「君は?」

「僕?まずはそーだなぁ…色々旅行したい。できれば寒い国と、日本かな?ゲームといえば日本だし。あとアメリカでそうだなー…ダイナーとか経営したい」

「無計画だね」

「計画立てるのはこれから」

 ジョルノは笑う。僕も笑う。夕日はゆっくり傾いて、景色は黄金から燃えるようなオレンジに染まっていく。

 

「ブランク。ぼくたちもう一度やり直せないかな」

 

 僕は、それを聞いて本当に嬉しかった。胸がいっぱいになる。君の隣に立ちたくて、立てなくて。そんなぐずぐずと腐っていってたこれまでの僕が救われたような気になった。

 

 

「僕はさ…この世界がどんだけクソでもいいんだ。正義とか信念とか、ほんとに心の底から、どうでもいい。僕は光の中を歩けない。今はただ大切なものをさ、繋ぎ止めておきたい。それだけなんだ」

「ああ」

「だから…君とはいられないよ」

 

 

「…3年前の会話を覚えてる?ブランク」

「ええと…なんだっけ?」

「『君自身が何者であるか結論付けるにはまだ早すぎる』。まだだよ、ブランク。君が何者であるかわかるのは、きっともっと後のことだ」

「…そうかもね」

「ぼくは君が何者であっても、友人だと思っているよ」

「僕もだよ、ジョルノ」

 

 僕は日が暮れて深い青になった空に向かってまたバイクを走らせた。自分から闇へ突き進むみたいに、アクセルを踏んだ。

 青はどんどん濃くなって、炭のような黒へ。ネアポリスの自宅に着く頃には闇は街や灯りで薄ぼんやりとオレンジに照らされていた。

 

 

 僕は荷物をまとめる。何と驚きだが、僕のこれまでの人生はハンドバッグ一つに収まった。

 

 コンクリート打ちっぱなしの室内。緑のソファーに大きな鏡、酒瓶が並んでいた棚は今は空。使っていた人間の痕跡はもうほとんどなくなってしまったが、僕と僕の大切な人たちは確かにここにいた。

 

 僕は部屋を出る。鍵はもらっていっちゃおう。これも記念だ。

 もう店じまいをした行きつけの喫茶店。夢にまで出てきたあの席には当然誰も座っていない。

 

 ネアポリス国際空港まで着くと、その入り口には今到着した客とタクシー待ちに商談をふっかけるチンピラがまだたくさんいた。

 全部無視して空港に入ろうとしたら、いきなり足を引っ掛けられた。

 

「おっせーよ」

 

「ごめーん」

 リュック一つを背負ったギアッチョだった。かなり苛立った様子で手元の携帯電話を操作している。ちょっと奥のベンチからキャリーケースを引いたメローネがノロノロとやってきた。

 

「うわ、ハンドバッグ?!マジかよ…お前の人生がそんなに虚無だったとはな」

「し…失礼だな!僕は身軽なのがいーの!」

「チケット、ほら」

「わーい。……ってえーーテキサスだぁ。なんで?アメリカ前行ったじゃん」

「オレは行ってねぇし」

「そうだぞ。パッショーネアメリカ進出が立ち消えた今、オレたちにはチャンスなんだ」

「貧乏暮らしにはもう戻れないわけ…?」

「当然」

 

 僕はメローネのキャリーケースを持たされて、搭乗口へ向かった。

 

「ホル・ホースがすでにあっちで色々準備してる。あとヴェルサスもな」

「あの2人、ぜつみょーに心配のラインにいるんだよな」

「母国だし問題ないだろ」

「ヴェルサスはそうだけどホル・ホースは僕と同じ某国出身でーす」

「それでカウボーイやってるのか?わけがわからねェーッ…」

 

 そんなことを話しながら、僕らは飛行機に乗る。

 

 

 

 飛行機は暗闇へ、暗闇へ。雲を抜けて、月明かりと星の光の近いところへ。

 

 

 僕は2人に、組織を抜けるから一緒に来て欲しいと伝えた。返事はなくて、ギアッチョは僕をバカだとか散々罵って帰っていった。メローネはただ頭をポンと叩いてから帰った。

 そして、伝えてた時間に空港で待ってた。

 

 

 僕は何にでもなれる。

 何にでもなれるから、何者でもなかった。

 空っぽだった僕は、今じゃ身動きが取れないくらい大切なものでいっぱい。

 こんなんじゃ、何にもなれないよ。

 でもそれでいいんだ。

 

 罪とか、後悔とか。僕がしてきた許されないたくさんのこと。それら全てが神様から許されなくても、僕は隣にいた君が許すと言ってくれるなら、それで全部いいと思ったんだ。

 

 それが正しくなくても、歪んでても、汚れてても、僕は泥濘の中を歩き続けよう。殺して、殺して、殺しまくって、この世の全ての悪をやり尽くしたっていい。

 その歩む先が地獄でも、美しくなくても。僕がよしとするならば。

 

 地獄の底まで堕ちてみて、隣にいるのがもう君でなくても、誰もいなくてもいい。僕はあの瞬間に全て肯定された気がしたんだ。

 

 

「あのさあ…ギアッチョ」

「あぁ…?なんだよ」

「あの写真に閉じ込めるスタンドあったろ。あれ、聞いたところによると襲いかかってくるのは僕が殺した人に限らないらしいんだよね」

「それが?会いたかったのか?アイツらに…」

「ちょっとだけね」

「殺し合いになってもか?」

「うん」

「くだんねー…絶対ぶっ殺されてる、おまえはヘタレだからな…」

「はぁ?!ヘタレェー?」

「お前らうるさい…」

 メローネがむにゃむにゃとしながら耳に指を突っ込んだ。

「あのさ、ギアッチョ。僕ずっと君に対して思ってたことがあるんだけど」

「なんだよ、眠いからとっとと言え」

「君って意外に優しいよね」

「寝言は寝てから言えよ…」

「好きだよ」

「……は…あァ?!」

「君も、メローネも。そばにいてくれてありがとう」

「…………チッ…!そんなこといちいち伝えてくるんじゃあねーッつーの」

「じゃ、僕も寝るかな…」

「1人スッキリして寝るのがムカつくぜッ…おいブランクッ!テメー、オレを起こしたくせに寝始めるなッ」

「えー。だって飛行機ってすることないし…」

「うるせぇーーーって言ってるんだ!!なあッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 




パーム・モール - クラリス・タッカー

カメラで撮った人間をかつて記録された写真やビデオなどの媒体の世界へ閉じ込める。その中に映る死者のうち対象者が罪悪感を抱いているものが襲い掛かってくる

破壊力 C(人による)
スピード B
射程 A
距離 A
持続力 B
精密機動性 E
成長性 D

ファミリー・ワーク・ショップ -

魂を入れ替える。元々の本体は過去入れ替わり中に死亡している

破壊力 E
スピード C
射程 B
距離 E
持続力 C
精密機動性 B
成長性 C

ハイ・ファイ -ジャン・アーガイル

転ぶまでに歩いた歩数分の段数を転落ダメージに転換する

破壊力 D〜A
スピード ー
射程 A
距離 A
持続力 A
精密機動性 E
成長性 E

ニュースアットイレブン - アイザック・グレン

轟音を聞かせ、その対象へ瓦礫を落とす

破壊力 A〜C
スピード C
射程 C
距離 C
持続力 D
精密機動性 E
成長性 E



ラウンド・アンド・アラウンド - メージャー

ものの位置を入れ替える。

破壊力 E
スピード D
射程 E
距離 A
持続力 C
精密機動性 A
成長性 B





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