【完結】ABOUT THE BLANK   作:ようぐそうとほうとふ

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15.望みの色を


 

2011年、夏

 


 

 風が吹き荒ぶ嵐がすぎ、冠水した道路がギラギラ照りつける太陽でゆっくりと乾き始めた午後。水溜りの泥を撥ね飛ばしながら一台のバイクがグリーンドルフィンストリート刑務所のゲートを潜った。

 バイクにはサイドカーがついており、そこにはヘルメットもせずに足をシートから投げ出し寝こける輩が乗っていた。クリムゾンレッドの髪にクリムゾンのシャツ、夏用の白いパンツ。かけてるサングラスはいかにも高そうなゴツゴツとしたものだった。

 守衛の咎めるような目をうけて運転手はサイドカーを蹴飛ばす。慌てて起きると、つけてたサングラスを外してにこやかに微笑む。

 

 面会の受付を済ませ、金属探知機を何度も鳴らせてようやく解放された面会人は猫科の大型獣をおもわせるしなやかな手脚を伸ばし、ヒールを高らかに鳴らせながら面会室へ入った。

 しばらくして、面会室に囚人が現れた。

 

「…久しぶりだな、ブランク」

 

 と、見えないはずの目で面会人を見つめて、囚人は言った。

 

「久しぶりなんて言葉で片付けられないよ」

 

 と、ブランクは言う。10年以上ぶりに見るジョンガリの姿は、ブランクの記憶よりも当然だが老けていた。ブランクを見る瞳の色は白く濁っていて、完全に光が失われているのがわかる。

 金を握らされた看守は2人の沈黙の間にさりげなく退席した。

 ブランクは立ち上がり、ジョンガリを抱きしめた。ジョンガリも手を回そうとして、自分の手にかかる手錠に邪魔される。

 

「大きくなったな」

「そりゃそうだ」

 

 とブランクは笑う。

「アメリカで、派手にやっているようだな」

「あ。スポーツ・マックスに聞いた?それとも神父かな」

「ああ」

 どっちも取れないセリフも気にせずにブランクはジョンガリから離れ、まじまじと顔を見た。記憶で見るよりも老けてて、無表情で、荒んでて、むさ苦しい。思わず笑う。どれだけ自分はジョンガリを美化していたのかと。

「僕は元気にやってるよ。ジョンガリは?僕が探してるの知ってただろ」

 ブランクは腰掛ける。ジョンガリはそうしなかった。立ったままで朴訥に答える。

「ああ。だがオレにお前を迎えに行く理由はなかったからな…」

「…あのさぁ…そういう言い方は傷つくんだけど?」

 ブランクはちょっとむっとした顔を作る。ジョンガリには見えてなくても、きっとわかる。しかしすぐに破顔する。

「師匠はこう言いたいんでしょ?『ブランク、お前はお前の道を見つけたのだな。私の導きはもう必要ない…コーホー…』みたいな」

「ああ。お前がマンハッタン・トランスファーの軌道を読んだ日。もうお前はオレの知るお前ではないとわかった。もうオレは必要ない。そうだろう」

 それを聞いてブランクは机に膝をついてジョンガリから目を逸らす。

「そうやって勝手に納得して置き去りにしてさ…」

「すまなかった」

 

 ジョンガリは簡単にあやまる。ブランクがどれだけ会いたかったか、置き去りにされてどれだけ不安だったかと比べればあまりにも簡単な言葉。もちろん後から思い出した感情だけれども。けれども、ブランクにはそれで十分だった。

 

「あのスタンド使いたちは師匠の弟子みたいなもん?」

「弟子というほどではないが…ある程度指導した。だが結局、ダメだったな」

「そうだね。ニュースアットイレブンは…まだ苦しんでると思う」

()()()か」

 ジョンガリは勝手に何かに納得して頷く。そういや時々こんなふうに一人で笑ってたり納得して勝手に行動する人だったなぁと懐かしくなる。

 

「…師匠さ、標的が僕って分かってたんだろ」

「ああ」

「はは。あの時はそんなはずないって思ってたけど、今ならわかるよ。師匠はそういう人だった。まじで厳しー。僕が変わってなかったら、殺すつもりだったんだ」

「ああ、ブランク。それがオレのけじめだ。空っぽのまま放り出したお前があの状況でただ反響の中にいたのならば、オレが終わらせるべきだとな」

 

 あの日、ジョンガリの存在を骨で感じた。その時からうっすらとわかっていた。ジョンガリはそういう人だ。自分の目的と仕事を必ず完遂する。標的が『ヴォート・ブランク』であろうと引き金を引く。

 けれども、僕のあの一発であなたは撃つのをやめた。

 師匠は僕が別れた当時のままだったら本当にそのまま撃ち殺してくれていたのかもしれない。けれども僕は変わった。変わった僕を、あなたは撃たなかった。それだけでもう、全部伝わったよ。

 

 ジョンガリはブランクの笑い声を聞いてどこか寂しげに自分も微笑んだ。それはもう自分が知っている小さな子どもがもう遠いところへ行ってしまったことを喜ぶような、悲しむような、そんな笑顔だった。

 

「よかった。…お前が笑えてて」

 ブランクは笑顔のまま、そんなジョンガリを見つめた。

 

 僕らは初めから全然違う重力に振り回されていて、一時たまたま同じ軌道を描いていただけなんだ。僕はあなたの望む僕にはなれないし、師匠も僕の望む師匠ではない。僕らは初めから理想の相手の姿にそれぞれ願いを託してたんだ。師匠は、DIO。僕は、家族。

 結局そうはなれなかった。

 

 でもさ、幸せだったよ。

 

「それで?だったらどうしていまさら僕を呼びつけたの?」

 ジョンガリはその言葉を受けて自分の体を弄り、囚人服の中から一枚の封筒を出した。分厚く膨らんだそれを受け取り、ブランクは眉根を寄せた。

「仕事の依頼だ。詳細はそこに」

「……ふぅん?どれどれ」

 

 中にある畳まれた書類を開いて、ブランクの動きが止まった。クリップで止められた写真と誰かに調べさせたらしい個人情報と地図。そして指示書だった。

 

「………これ…」

「お前にとってはただの、依頼だ」

「…わかったよ」

 

 ブランクはそれ以上は聞かず、封筒に書類を戻して自分の内ポケットにしまった。

 

「……僕さあ、本当はもっと師匠に話すことがあったはずなんだよね。でも、いざ顔見たら何もなくて驚いちゃったよ。多分、師匠にはあの時全部伝えちゃったんだね」

「ああ。お前はお前だ。ブランク。自分の道を行け」

「……師匠も、そうみたいだね。でも僕は止めないよ。だってさ…師匠は僕よりもそっちを選んだんだから」

「…すまなかった、ブランク」

「でも大好きだよ、師匠。さよなら」

 

 

 ブランクは面会室を出て出口へ向かう。守衛のいるゲートの向こうに、見覚えのある男がいた。プッチ神父だった。ブランクはじっくり、彼を見る。

 変わらず何かの使命を抱いた瞳。けれども本心は決して表に出さない強固な意志。ジョンガリからの呼び出しがここグリーンドルフィンストリート刑務所からだとわかったその時、ブランクは確信した。

 ブランクがジョルノという光に手を伸ばしたように、彼もずっと、DIOという男の残影へ手を伸ばし続けている。途中でやめたブランクとは違い、彼はまだ諦めていない。ジョンガリをDIOの影へ縫い付けているのはこの男の存在のせいもあるに違いない。

 ブランクは何も言わず、ゲートを抜けていった。プッチ神父も同じく、ブランクに何も言わなかった。

 

 

 刑務所を出ると、バイクの上で運転手がくたばっていた。

「遅いッ!」

「ごめーんヴェルサス。中入ってればよかったのに」

「刑務所なんか二度と入るかッ!」

「悪いとこじゃあなかったよ?」

「ああもう早く乗れよ。飛行機に間に合わなくなる」

「はいはい」

 

 

 バイクでまた北海岸沿いの道を走りながら、僕はさっきジョンガリから受け取った封筒を開けた。そして中に入っていた書類をビリビリに破いて、そのまま捨てた。

 

「おいッ!いいのか?それ師匠とかいうのに渡されたんじゃ…」

 ヴェルサスがそういうが、僕は無視して全部風にくれてやる。

 

 

 テキサス州にある自宅に戻ってくるころにはとっくに日付は回っていて、日中日光に焼かれたヴェルサスは疲れて自分の家にとっとと帰ってしまった。

 僕は庭のプールサイドで夜の明かりに照らされるマッド湖をぼんやり眺めながらウイスキーを呷った。湖の向こうはすぐヒューストンだ。いくつかある自宅の中でもここは一番普通の家っぽくて気に入っている。

 

 

「帰ってたのかよ」

 

 とあくびをしながらメローネが出てきた。

「そっちこそ。時差ボケ?」

「ああ」

 

 メローネは隣の椅子に座った。僕のコップを奪って中の水を飲み干された。

 

「来年、ジョルノがこっちに来るそうだ。それで色々調整をな」

「へぇ…しばらく会ってないから楽しみだな〜。…ねえ髪切った方がいいかな?僕可愛い?かっこいい?」

「はあ…まあカッコいい寄り…。そういえばギアッチョは?ベッドにいなかったからこっちかと思ったんだが」

「知らないな。僕もすぐここに出てぼーっとしてて…」

 

「揃いも揃ってプールサイドにいて泳がねーのかよ」

 

 と、ギアッチョがやってきた。ビール缶の束を持っているところから買い物に行っていたらしい。メローネと僕にそれぞれ缶を投げつけてきた。

「おれはいい」

 メローネは相当時差ボケが響いてるらしく、そのまま僕に渡す。ギアッチョは一気に缶を飲み干すとどぶんとプールに飛び込んだ。

 

「どうだった?」

「ん?」

「ジョンガリだよ、お前のずっと探してた師匠」

「ああ。記憶よりすっごい老けてた」

「それだけかよ」

「いや、もちろん顔を見た時は走馬灯みたいにいろんなことが頭によぎったよ?でもやっぱりさ、もう過去なんだよ」

「薄情なやつ…」

「はぁー…?だとしたらあんたたちのせいなんじゃあないのか?ずっとつるんでるせいで悪影響を受けたんだ」

「お前がチームに来たのは…98年だから…?もう12年………。うわ」

「…思い出した。あの時イルーゾォ先輩、僕の椅子引いて転ばせたよね?!いい年こいてなんであんなことしたんだ?!」

「覚えてねーよ」

 メローネは笑う。僕も笑った。

「よく死なずにここまで来たよな」

「そうだね。危ない時も多かったけど」

「おれが言った通りになったろ?」

「は?いつ…?」

「パッショーネで、3人でアメリカ進出って」

「覚えてねー」

「あーそーかよ」

 

 僕もビールを二本のみきって立ち上がった。プールへ一歩二歩と近づき、真ん中で浮いてるギアッチョめがけて飛び込んだ。飛沫がギアッチョに襲い掛かり体勢を崩して溺れかける。

 

「なにやってんだこのバカがッ!」

「はっはっはっ」

 

 

 美しい星が天いっぱいに広がっていて、僕はいつしかリゾットに話した旅の光景を思い出す。思い出の中には師匠がいて、僕がいて。その思い出を語る僕の傍にはリゾットがいた。

 これまで出会った全員、これまで触れたすべての人々の魂が僕の罪で、足跡で、空白を埋めていって僕を形作っている。

 

 僕の人生は血膿の混じった泥濘から始まり、いろんな重力にひっぱられてふらふらと彷徨った。ジョンガリに命を助けられ、ムーロロと出会って、みんなと出会って。

 

 そしてジョルノと出会ってしまった。

 星を見て、手を伸ばし、本当に星になれる人。

 僕はその光が眩しくてまっすぐ見れなかった。それなのに欲しくて、でも手に入らなくて。そして下を向く。

 足元に広がる泥は僕が生まれた場所と同じ泥濘で、僕は立ち尽くすことしかできないでいた。

 隣で、その泥濘を歩く人がいた。

 僕は頭上に燦々と輝く星々を見てばかりで気が付かなかった。

 僕はここから好きなところへ歩いていける。泥まみれになるかも知れない。深みにはまって窒息するかも。どこまで行っても泥濘かもしれない。

 でも、歩いていける。

 歩いているよ。

 

 

 随分迷走してしまったけれど、これが僕だ。

 

 

 これは、僕についてのお話だから。

 

 

 

 今はここで、おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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