【完結】ABOUT THE BLANK 作:ようぐそうとほうとふ
00.アンダーワールド/アンダーハート
ドナテロ・ヴェルサスにとっての問題は遡ればほとんど自分の上司、ヴォート・ブランクにぶち当たる。
赤い髪が特徴的で、そこそこ顔は整っている。自分より2歳ほど上らしいが、化粧や服装、立ち振る舞いによっては10歳上に見えるし、下に見える。ヴェルサスは出会った頃からブランクを女だと認識しているが、時々男にしか見えないこともある。
やたらと印象的なくせに肝心の印象そのものが曖昧。そういう奇妙な人物で、そして…
「ヴェルサスゥ…君ねぇ。警察はうちの太客なんだよ。頼むからもっと愛想良くしてくれないかなあ」
ブランクはそう言いながら、助手席で最近買ったらしいiPhone4を弄っていた。ヴェルサスはつい先日型落ち機種をブランクから受け取っていて、早速使ってみたはいいがすぐに地面に落として画面を粉々にしてしまったばかりだった。
「チッ……はぁアィい」
「心がこもってなァーい!」
ブランクはスマホを放り出して運転中のヴェルサスの頭を鷲掴みにして揺らす。
「あぶねェーッ!あぶねえよバカッ!!」
「うわははは!このままじゃあクラッシュしちゃうねぇ〜こわいね〜」
車は危うく対向車線に飛び出すところだった。しかしブランクは愉快そうに笑ってビビり散らかすヴェルサスを小馬鹿にする。ブランクは一時が万事このようにおちゃらけており、とてもではないが裏社会で名の知れた人物とは思えない軽薄さを纏っている。
しかし問題なのはこのブランクの人柄や仕事のブラックさや危険さなんかではない。
あろうことか、このヴェルサスが出会ってからおよそ7年に渡り。
こいつに恋をしているという不条理な、事実ッ!
アンダーワールド/アンダーハート
「君は幸せになりたいんだね?」
と言われた日はまだ、胡散臭い詐欺師だと思っていた。ギャングだとかなんとか抜かしていたが、どうせこいつもオレを助けない。都合のいいことだけ言って思う通りに動かしたいだけのクズに違いないと。
しかしブランクは万引きでパクられた自分を助けにきた。なぜかそのあとエジプトに連れて行かれてホル・ホースと一戦交えたり、その後イタリアで自分に関係のないゴタゴタに巻き込まれ、しかもすぐにアメリカに戻る羽目になったが、とにかくブランクは自分を見捨てなかった。
正直なところヴェルサスにはイタリアでのブランクの人間関係や問題にはいまだにピンときていなかった。ただその話をする時にする影のある表情だとか、首筋や右目の周りにある傷跡だとか、うっかり見てしまった心臓の傷なんかがたまらなく刺さる。
中性的でしなやかな体つきも、筋肉質な腕周りも、そのくせ繊細そうな眼差しも全部に心臓をギュッと掴まれたようになる。
そう、御託を並べてきたが結局のところ
待てよ、そもそも女でいいのか?と、一時期悩んだこともあったが結局のところナニはついていないのだし、ブランク自身がどういう認識だろうと結局自分はこいつが好きなのだ。
ある日ブランクは突然ヴェルサスに何も告げずホル・ホースとエジプトに行き、妖刀(サビサビの折れた剣)を持ち帰ってきたことがある。その時はなぜ自分を連れて行かなかったのかと心底ムカついたし、仕事を全部投げられていたので迷惑を通り越し殺意が湧いた。
スタンド能力がほぼ使えないも同然のくせに酔っ払った状態で「百人斬りをする」と言い出し仕事中のギアッチョへ死ぬほど迷惑をかけ、なぜか自分が土下座をする羽目になったことがある。
もういい加減こんなバカとは手を切るべきだと思い、まあまあいい感じだった女と付き合ってみたこともある。ブランクは大いに祝福し、その女と仲良くなり、最終的にヴェルサスはブランクに惚れてしまったその女から振られた。
ヴェルサスがその件について追及するとブランクは「僕がカッコかわいくてご、め、ん♡」と謝り舌を出した。こんな舐め腐った態度にもかかわらず怒りをなくしてしまう程度に、ヴェルサスはこのアッパラパーに惚れていた。
「ヴェルサスよォ…」
グラスを傾けウィスキーを啜るホル・ホースが心底呆れた顔で言った。
「ボスのことこんなふうには言いたくないがな、いい加減やめとけよアイツは。かなりろくでなしだぜ」
「んなの…わかってんだよォ〜…」
ヴェルサスはべろべろだった。悔しいがこの手の相談はいつもホル・ホースにしてしまう。というかホル・ホースがその話にいつも持っていくと言ったほうが正しい。しかし、彼以外に相談して愚痴を言える人間はいなかった。
「ムカつくぜッ…あのヤロー…!たった2歳上なだけでオレをガキ扱いして説教垂れてきやがるッ…」
ホル・ホースが似たような愚痴を聞くのはもう100回目だがそれでも気遣わしげにうんうんと頷いてやる。結局のところ若者の恋の悩みなどというものはいい酒の肴にすぎない。しかし
「いい加減告白なりなんなりしたらどーよ」
「それはオレのプライドがゆるさねぇ」
何度言ってもこれである。事態が進展するはずもない。
「それにだ。あの手に触れると魂の形が〜とかなんとか。あれでオレの気持ちに気がつかないわけなくないか?つまりよォ〜わかってて遊ばれてんだよ、オレはッ!」
「つまり実質お前は振られてるってわけか」
「ちがう!」
「いやだって」
「違うって言ってんだろォーがジジィーー!!」
ヴェルサスがグラスを投げて暴れ出す。飲み会はそろそろお開きだ。
ホル・ホースが思うにヴェルサスははっきり振られるのが怖いだけだ。だがブランクは来るもの拒まず去るもの追わず。頻繁に誰かとデートしている様子だし、恋人になるだけなら簡単だと思うのだが…。
「あ?あぁ?!嘘だろ。明日朝イチで…フロリダだあ…?!」
ヴェルサスはさっきかかってきたブランクからの電話でブチギレていた。
「ギアッチョは?…今ベガス?他は?断られた?そりゃそーだ。オレだってごめんだねッ!あと5時間もねーじゃあねえか!は?行かねーなんて言ってねーだろうがッ!」
難儀なやつ。そしてブランクの方は罪なやつ。
翌朝、と言っても先ほどのホル・ホースとの飲み会から5時間後、ヴェルサスは飛行機に乗っていた。急遽席を取ったらしくエコノミー。隣にはブランクが座っており、どこか神妙そうな顔をしていた。
「…で、なんでフロリダなんだ?またあの刑務所か?」
「そうだよ」
「へえ。前きた時は未練なんてサッパリありませんって感じだったのにどーしたよ」
「いやー師匠が死んじゃってねー」
「…ッハア…ッ?」
ヴェルサスはギョッとして思わずブランクの顔を見た。軽い口調でまだ微笑んでいるくせに、目は窓の外をじっとみたまま揺らがない。時々見せる、最近あまりみなかったあの目だ。
「身元引受人に指定されててさ。まあ…書類にサインくらいはしに行くべきでしょ」
「そうか…そりゃ…御愁傷様…?」
「ありがとー」
ブランクはニコッと微笑んだ。しかし、何を思ってるのか全然わからない。
空港に着く。前回刑務所に来てから4ヶ月経っている。前は着いて早々ギラギラとした暑さを感じたが、さすがに少し肌寒かった。
レンタカーをかりて前と同じ道を走った。ブランクは黙って携帯をいじっていて、ヴェルサスも話しかけなかった。そうした方がいいだろうとなんとなく思った。
刑務所のゲートをくぐり、前と同じ訪問者用の駐車場に車を止める。ブランクは車がとまっても呆けていた。
「…行くか?いっ…しょに」
「え?あー…、いや、いいよ。ヴェルサス刑務所嫌いでしょ」
「べつに。つーか一緒に来て欲しいから声かけたんじゃあねーのかよ」
「まあそうなんだけど」
ブランクはそういうとふらっと外へ出た。ヴェルサスは少しだけ躊躇ったが一緒に出た。グリーンドルフィンストリート重警備刑務所。これまでヴェルサスがぶち込まれたどの刑務所よりも厳重な警備が敷かれている。嫌な思い出が一気に蘇ってきた。やっぱり来なけりゃよかった。と思いながら前を歩くブランクのつむじを見た。
てっきり刑務所内の奥まで行くのかと思いきや、ほとんど外の塀に沿って礼拝堂の側のこぢんまりとした建物に案内される。
そこは死体安置所らしく、入るとひんやりとしていた。
看守が唯一しまっていた扉を開けると黒い死体袋が引き出される。
ブランクはヴェルサスには見えない角度でそれをあけてしばらく沈黙してからなにかの書類にサインした。
それだけだった。
そしてブランクは死体安置所から出ると空を仰ぎ笑った。
「ふー…ははは…」
「な、なんだ?おかしくなっちまったのか?」
「いやあ。まあ、仕方ないよね…それにしても自殺って…ふっ。バカみたい」
「なにが」
「ちょっとここで待っててくれる?神父いないか見てくるわ」
「待てよ、オイ」
ヴェルサスは止めようとしたがブランクは無視して礼拝堂へ向かって行ってしまう。有無を言わさない感じだったのでつい足を止めてしまった。自分でもうっすらわかっているが、こういう時についていかないのが自分のよくないところだ。きっとギアッチョやメローネなら付いていく。
「クソ………」
ブランクは多分あの2人のどっちかが好きなのだ。自分と比べてはるかに深い結びつきがあるのはみてれば嫌と言うほどわかる。だから自分の好意に気づいていて応えようとしないのだ。
いつも他人と比べて自分が劣っていることにうんざりする。いや、劣ってなんかいないはずなのに、そう見なされる。誰も本当のオレなんて見ちゃいねぇ。卑屈な気持ちがどんどん湧いてきた。
ブランクは礼拝堂の前でだれかと話していた。おそらくあれが神父なのだろう。
遠いので何を言っているのかわからなかったが、2人は険悪そうに見えた。
「おまた~」
ブランクはヴェルサスのそんなドス黒い感情と裏腹の能天気な調子で礼拝堂から帰ってきた。ヴェルサスは短く返事をしてそのまま一言も喋ることなく車に戻った。
「付き合ってくれてありがとう」
「べつに…っていうか命令だろ、アンタの。オレはどーせ部下だから従う他ねーじゃあねーか」
「それもそっか」
「納得してんじゃあねーよ」
ヴェルサスは青筋立つ。ブランクはそれでもあまり気にする様子はない。自分はやっぱり軽んじられている。そう思うとムカムカとしてきた。
惚れた弱みとはよくいうが、もう弱さにはうんざりだ。
ヴェルサスはブレーキを踏む。ブランクは驚いてヴェルサスを見た。車は刑務所につながる大きな橋の真ん中に停まった。
「なに?怒った?ごめんって」
「もううんざりなんだよテメーにはよォオーーッ!!」
「ウオ…なになになに。だからごめんってば!パワハラだったよね?!えーっと、慰謝料払うよ…!」
「そういう問題じゃあねーぜッ!ブランク。お前オレのことなんだと思ってんだぁ?!オレの気持ちを知ってて利用しやがってよォ!奴隷じゃあねーんだぜこちとら!」
「は?気持ち?どんな気持ち?!」
「すっとぼけてんじゃあねェーぜッ!!」
この期に及んですっとぼけるブランクにヴェルサスはついにブチギレた。そのままの勢いで自分でシートベルトを外し、車外にでた。
「ちょっとどこ行くのさ!」
「テメーといるくらいならムショにいる方がマシだねッ」
「はぁ?!マジで言ってんの?!」
「マジだぜ。あばよ!」
ヴェルサスは呆然としているブランクを置いてグリーンドルフィンストリート刑務所へスタスタと歩いて行った。もうヤケだったが後戻りまできず、刑務所のゲートまで着いてしまった。
ブランクは追って来なかった。それがムカついたのでヴェルサスはそのままゲートを破壊し、無事に御用となった。
ヴェルサスは前科を考慮され、そのままグリーンドルフィンストリートに収監されることになった。それが決まってすぐにホル・ホースがドン引きしながら面会に来た。
「覚悟の決まり方がどうかしてるぜ、おめーってやつはよォ…」
「っせーな…」
「まあなる早で出れるようこっちで調整するから、しばらく頭を冷やすんだな」
「クソッ!…ブランクはどーしてる」
「アイツは爆笑してた」
「チクショーッ…今度こそ目が覚めたぜ。あのちゃらんぽらんの畜生にはほとほと愛想が尽きたッ………!ここを出たらオレはパッショーネにうつるぜ、クソッ!」
「まあその辺も含めてよく考えるんだな」
こうしてヴェルサスは無事男子房へ入れられることとなった。
しかしどうも、この刑務所は妙だった。ついこの間ブランクの師匠、ジョンガリAが死亡したが、彼はどうやら看守の格好をして頭を撃ち抜いて自殺していたらしい。他にも奇妙な囚人の事故や怪我の噂も聞くし、何よりも
どこからかわからないが、自分を見ているヤツがいる。
そう感じてから数日、ヴェルサスはついにその視線の正体を目にすることになる。
収監されてまずヴェルサスは自分はどうやら刑務所内では一目置かれているらしいことに気がついた。というのもブランクの部下であるという情報はすでに収監済みのマフィアや犯罪者たちから囁かれていたからだ。
とにかく、やたら下手にでてくる囚人や看守のおかげでヴェルサスは想定外の居心地の良さを監獄内に感じ始めていた。
今日もスポーツ・マックスというムショ内で幅を利かせているマフィアに軽く会釈されながら、ヴェルサスは遅い朝飯を食って廊下を歩いていた。
その時視界に確かに映ったのだ。ダボダボの野球のユニホームを着た子どもが。
見間違いかと思った。しかし確かにいた。アンダー・ワールドがそれを証明してくれる。
子どもの向かう先はどうみても壁だった。冗談かと思いじっくりみると、やはり壁に向かって走ってそのまま吸い込まれるように消えていっている。
何かの罠か?
そういう考えも頭によぎったが、好奇心に負けてしまう。それにもし少年が敵だったとして、ぶちのめせばいい…。そう思いながらその少年が吸い込まれた壁へ手をやった。
すると驚くべきことに、自分は『音楽室』の中にいた。
「あ、動かないで…!」
ヴェルサスがしばしその素っ頓狂な状況に戸惑っていると、部屋の隅から怯えた声が聞こえた。そこには壁に背を向けて縮こまった少年が立っていた。足はガクガクと震えていてヴェルサスに怯えているように見える。しかし、ヴェルサスはそれが演技である気がした。本当にビビってるなら片手を隠すようにして部屋の隅で待機してるわけがある。
「落ち着け。ガキをいたぶる趣味はない」
「…あ、あなたはドナテロ・ヴェルサス…だよね?」
「なぜ名前を?」
「この刑務所のことならだいたい知ってる。僕は…この通り、ここに住んでるから」
「この音楽室に?…こりゃ『スタンド能力』なのか?」
「そう、まさにそうなんだ…あなたをみていた理由も」
ヴェルサスは顔を歪める。好奇心はなんとかを殺すってやつか。めんどくせぇ事態に巻き込まれる予感が高まり、エンポリオの口の前に手を翳した。
「わるいが、オレは関わりたくない。まだ7年分の失恋を処理してる最中なんだよ。失せな」
「え、いや!でも…!身の安全にも関わることなんだ!」
「身の安全だ?このLevel4の警備が置かれたクソ刑務所で、何が起きるってんだよ」
「正体不明のスタンド使いが潜んでいる、と言ったら?」
エンポリオはそういうと、ヴェルサスの反応を見た。ガキのくせに交渉をはかっているらしい。
「それもオレに関係あるのか?」
「ある。…そのスタンド使いはジョンガリという狙撃手を殺したんだ。それだけじゃない。もっといっぱい殺している…」
「ジョンガリだと?」
「知っているよね。遺体の火葬同意書にサインしにきてた。ジョンガリを殺したやつは、
「んあ…?姉貴がいるのか?」
「あ、ちがうんだ。徐倫おねえちゃんは…」
「ああもういーもういーッて…」
説明が長引きそうだったのでヴェルサスはあわてて話を遮った。徐倫とかいう女よりもジョンガリを殺したというスタンド使いについてもっと聞きたかった。
エンポリオは手短に、自身のスタンド能力とこの刑務所で起きていることを話した。DISC、暗躍、敵の存在。謎のスタンド使いの狙いは徐倫ということらしく、ヴェルサスは一応ホッとした。
振られた女の仇に関しちゃ、もう自分が討つ義理もない。
聞きたいことは聞いたからもう用済みだと言わんばかりにヴェルサスはエンポリオに背を向け奇妙な部屋から出ようとした。
エンポリオは粗末に扱われてもなお、ヴェルサスに警告した。
「とにかく、スタンド能力を奪われないように気をつけてね…おにいちゃん」
うっせーな。心の中で毒づいた。
グリーンドルフィンストリート刑務所にある種の居心地のよさを感じていたヴェルサスだが、しばらく過ごすうちに奇妙な事件が立て続けに起こり始めた。
囚人がワニに食われるだの見えない動物が暴れ回って死人が出るだの毒のあるカエルが山ほど空から降ってくるだの、明らかに何かが水面下で起こっていた。スポーツマックスの死体が排水管から見つかった日、ヴェルサスはたまらずホル・ホースに電話をかけた。
「とっととここから出してくれよ」
『あのなぁ…そこまで簡単なことじゃあねーのよ』
「この刑務所おかしいぜ。スタンド使いが動きまくってやがる」
『そうなのか?』
ヴェルサスはホル・ホースにこれまで起きたことを伝えた。ホル・ホースはうーんと唸って少し考えた。
『まあ…大人しくしてりゃいいんじゃあねぇの?お前が狙われてるわけじゃあないんだろ?』
「はあ?!他人事みてぇーな事言うなよなッ!」
『ま、用心しろや。ブランクも寂しがってたぜ』
「あんな奴の話すんじゃあねーッ!」
ヴェルサスは電話を切った。自分がいくら喚いてもあっちにできることはない。そうわかっていても苛立たずにはいられなかった。
何かよくないことが進行しているという不安と、あの時ブチギレていたとはいえまた刑務所に戻った自分の考えなしっぷりに今になってムカついてきた。それもこれもブランクが悪い。
そう。いつだって問題はあいつだ。
オレは幸せになりたい。
でも、幸せがなんなのかわからない。
じゃああいつを
それも違う気がした。
そうこうしているうちに、刑務所内に隕石が降り注いだとかでしばらく騒ぎになった。本当に一体どうなっているんだかわからないが、あの時のエンポリオとかいうガキが言っていた徐倫関係であることは間違いなかった。加えてブランクが話していた神父。あれも怪しい。
だがそんな事はヴェルサスにとってはどうでもよかった。7年分の失恋は全く整理できておらず、むしろ刑務所に閉じ込められたことでろくな気晴らしもできずむしろより拗れてきてるような気がした。
3/15。ヴェルサスはようやく刑務所から出られることとなった。ホル・ホースは迎えに行くと言ったが、ヴェルサスは固辞した。どうせだからテキサスにある家へそのまま帰る前に、刑務所で封じられていた娯楽を全てやろうと思ったのだ。
収監時に没収されていた荷物もこの時に返してもらえる。携帯電話はとっくに電池が切れていて、どこかで充電器を買わなきゃならないようだ。気が晴れるまではこのままオフでもいいかも知れない。
ブランクから何かメッセージが入ってないかと気になったが、すぐにそれを振り払う。もうあいつに振り回されない、もうあいつなんか好きじゃない。念仏のように繰り返しながらやってきたバスに乗った。
そしてまず酒を朝まで飲み、ビーチでぼーっとし、思い切って車を買って沿岸を飛ばしまくった。晴れ晴れとした気分とはまさにこのことで、フロリダの温暖な気候はだいぶ気に入った。オーランドにホテルをとって、このしばらく観光には事欠かない街を堪能しようと決めた。
携帯電話の電源を入れる気になったのはディズニーランドからの帰りだった。入って1時間もしないで限界になった。というのも、全く興味がないにも関わらず1人でディズニーランドへ行く事の無謀さを思い知り腐った気分になっていたからだ。
周りの人間の幸せそうな顔ときたら、自分が幼少期得られなかった物を全部持っているようなやつばかり。またドブの底にいるような気持ちが蘇った。
携帯電話を充電器にさし、電源を入れる。留守電が何件も入っており、ブランクからも直近で一件、逮捕された当日に一件入っていた。ヴェルサスはとりあえず直近の一件を再生する。
『ヴェルサスー?今どこにいるの?出所するっていうから迎えにきたのに君いないじゃんか。ねー、迎えに行くからさー返事してくれよー』
どうやら行き違いになってしまったようだ。悔しがるべきなのか、ほっとするべきなのか。心の奥で嬉しいという気持ちが湧き出してくるのを誤魔化すように、古い方のメッセージも再生した。
『ヴェルサス。ごめんね。君の言ってた事だけど…気持ち?あれがどういうことかわからないんだよね。もし君が僕が触れた相手の魂の形がわかるって能力を指してそう言ってるならなんだけど、僕にはもうそんな能力ないんだ。スタンド能力がわかって、奪う。それだけ。そう思わせておいた方が周りがビビるから訂正してなかった。…だから君がもし僕に思うことがあるなら、話してくれないかな。……まあ、嫌だったらいいんだけど。えーっと…とにかくムショ暮らしがんばってね!じゃ』
ヴェルサスはそれを聞いてがっくりと肩を落とした。なんだよそれ!知らねーし!というか、じゃあオレが刑務所にぶちこまれてたのはなんだったんだよ。自爆じゃあないか!全部ブランクのせいだ!
と一通りの罵倒が頭の中を駆け巡って、乾いた笑いが出た。結局自分は今の関係が居心地良すぎて、そこから何かが変わるのが怖かっただけなのだ。その関係に収まる理由を探していただけ。
ヴェルサスはブランクの番号をプッシュする。しばらく呼び出し音が鳴って、電話にでた。
『はーい。もしもし。ブランクですけど』
「…ヴェルサスです」
『おぅ?君ィ、一体どこにいるんだよ。僕ぁわざわざ君を迎えにきたんですよッ』
「知らせといてくれりゃー待ってたぜ…」
『サプライズしたかったんだよ。ま、いっか。どこにいるの?』
「オーランドのホテル」
『遠いなー。迎えに行くから待っててくれる?』
「はあ…。あんたはどこにいるんだ?」
『マイアミのジャングルアイランドでオウムにイタリア語の猥褻な単語を教えてるところ』
「ガキみてーなことしてんじゃあねーよッ!!」
『うそうそ。あ、オウムがiPhoneを…や、やめろ!つつくなクソバード!もう!…とにかく迎えに行くから待っててよ。4時間…6時間くらいかな?とにかく待ってて。じゃ』
ブランクはそう言って電話を切った。マイアミからここまでそんなに時間がかかるはずはない。まだ観光する気らしい。ヴェルサスは毒づいてから、とりあえずホテルのバーへ向かった。6時間も時間を潰すのは容易ではなかった。
結局酒に頼ってしまう。こんな酒癖をつけられたのもブランクのせい…いや、ホル・ホースも少し悪い。すっかり頭が回らなくなってきたころにブランクから電話があった。
自分のホテルの場所を伝えると30分後、ブランクがやってきた。
「おつとめご苦労様〜」
「…………チッ」
「うわ、態度悪。どんだけ飲んだのさ」
「っせーな」
「また刑務所に戻る?次は助けないからね。罪って捏造するのは簡単でもなかったことにするの大変なんだから」
「だァーーッ!うるさいッ!バカヤローが。全部あんたのせいだ!オレを解放しろ!」
「あーはいはいはい…とりあえずもう行きますよー…」
そう言ってブランクは千鳥足のヴェルサスを抱き抱え、エントランスに運んだ。そしてヴェルサスのホテルの部屋から荷物を運び出し、自分の車にヴェルサスともども放り投げた。
ブランクは運転席に座り、後部座席で寝そべってるヴェルサスにたずねる。
「さ。行き先はどーします?君の好きなところに運んであげるけど」
「………しらねぇ」
「もー…何を拗ねているのさ。気持ちってのはね、言葉にしなきゃ伝わらないんだからね」
ブランクは車を発進させた。ヴェルサスは車の振動に吐きそうになる。言葉にしなくちゃ伝わらないなんてことはわかっている。だが伝えたってどうしようもなかったらどうなる?
「幸せってなんなんだよ…」
「まだ幸せじゃないんだ」
「だって幸せが何かわからねえ」
「何って…うーん。お腹いっぱいの時とか幸せじゃない?」
「…はぁ?マジで言ってるのか」
「マジだけど」
「はぁ〜……これだから。だからあんたはよォ〜オレを幸せにしてくれねェーんだ」
「なんで僕が君を幸せにしなきゃなんないんだよ」
車はいつの間にか高速道路に入ったようだ。後部座席の窓から見える景色が単調になっている。
「だってあんたがオレを勧誘したんじゃあねーか。オレを…ドブ底から助けてくれた…あんたが現れなきゃ、オレはこんなふうになってねー」
「……?つまりオレをこんなにしちゃったのは僕なんだから責任とってよねってこと?」
「そーだよ!」
ブランクは完全に駄々っ子モードに入ったヴェルサスに呆れながらも彼の言いたいことをなんとか読み取ろうと耳を傾け、言葉を交わす。
「じゃ、君が幸せになるために僕は何をすればいーんですか?シニョール?」
「それは…」
いざ正面から聞かれると何も思い浮かばなかった。物や立場、金。それは全然違う。
だったら恋人になって欲しい?違う。
確かに自分はブランクに恋をしっぱなしで引き摺られっぱなしで、それが苦しい時もあれば楽しいと思うこともあった。だがこんなふうにねだって与えられるような関係は望んでいない。
自分と縁を切って欲しい?それは一番違った。なぜならば、今こうやって久々にしている無益な口喧嘩が死ぬほど愛おしい時間だと気がついてしまったからだ。
「……オレのことをちゃんと見てくれよ」
「みてるけど」
「もっとちゃんと」
「まったく。わがままな女の子みたいな事を言うね…」
ブランクは運転席からヴェルサスの方へ振り向いた。ブランクの優しげな眼差しにヴェルサスは思わずまた心臓の鼓動が早まる。
「それで?ずっと見ていたほうがいい?」
「いや…前」
「えー?でも見ろって言ったのは君…」
「違うッ!!まえまえまえ!!前を見ろォオーーッ!!」
「えー?」
ブランクが前を見ると、目の前に高速道路を逆走する車が猛スピードで突っ込んできた。
「これまでの人生で…一番死の恐怖ってやつに直面したかも…」
と無傷のブランクが救急車の中で、担架に乗せられたヴェルサスの横で呟いた。一方のヴェルサスは肋が折れていた。
「なんで運転席のあんたが無傷でオレがこんな怪我を…」
「僕はシートベルトしてたから」
逆走する車を前に、ブランクはとっさにハンドルを切った。暴走車は右前方にぶつかった後壁面に激突。ブランクの運転する車は中央分離帯に激突し、後部座席で寝そべっていたヴェルサスは割れたフロントガラスから放り出された。
「いやー、あばらなんて軽傷だよね?すぐ帰らないとさぁ、ジョルノがもう着いちゃうんだよ~。早く帰ろうね」
「アンタの基準でものを語るなッ…!」
救急車が病院につく。すぐ後ろにも救急車がいて、おそらく暴走車の運転手が乗っているのだろう。しかしさらに続けて救急車が一台やってくる。今夜は大忙しなようだ。
救急車の後部ドアが開く。しかし隊員は申し訳なさそうに待機を命じた。
「すみません、重傷者を優先させます」
「おかまいなく~」
「クソ…」
見ると残り二台の救急隊員が怒鳴りあっていた。
「先に入れてくれ!こっちはショック状態の麻薬中毒だ!」
「こっちは高速道路で逆走して壁に突っ込んだんだぞ!」
そしてその喧騒を遠巻きに眺める中に見覚えのある男が立っていた。確かブランクが話していた神父だ。間違いない。どうしてここに?
ヴェルサスはなぜか不思議と、そっちへ行きたいという気持ちがわいてくる。それは抗いがたい重力のようだった。ぐらり、と自分の中身が傾くような心地がした。
しかしそこで不意にブランクがヴェルサスの手を握った。
「幸せが何かわからないんだっけ」
「あ…ああ」
「…僕にも本当は何かよくわかってない」
ブランクはいつになく真摯で、それでいて優しげな声をしていた。
「師匠はね、本当は殺されたんだよ」
「……そうだったのか」
「でも僕は師匠が復讐に生きるならそれを止めないと決めてたし、それで死んだとしてもそれが
「はあ?そんなの幸せなわけねーだろーが。なんであんたがそれが幸せだって決めつけるよ」
「だよね。だから僕に怒る権利はないんだ」
「怒っていいだろ…それこそ権利とか、あんたが決めることじゃあねー」
「そうなのかな…」
「あんたはムカついたんだろ。だったらキレろ」
「……君が言うと説得力がすごいな!」
ブランクは小さくありがとうと言うと、これまでの雰囲気を払拭するような明るい声で言った。
「ねえ。『天国』ってなんだかわかる?」
「はぁ?天国…?」
「そう。それは全ての人が幸福になる世界らしいんだけど。…でもその幸福は誰かが勝手に決めたものなんだ」
「なんだそりゃ…そんなのクソだぜ」
「だろ。押し付けられる幸せなんて碌なもんじゃあないよな。…だからヴェルサス。誰かが君に天国を…幸せを約束しても、騙されちゃダメだよ」
「…そーですか」
「そ」
麻薬中毒患者が暴れ出した。ブランクは振り向きもせずヴェルサスを見つめていて、ヴェルサスもブランクを見つめていた。これまでになく、ブランクが自分を見つめている。救急車のランプに照らされて赤く照らされる髪、テキサスの砂漠で焼かれてざらっとした肌。健康的な肢体には大量の古傷。火傷の跡がまだうっすらと残る右目は影がかかっているが、瞳はキラキラと光っている。
それだけで、なんでこんなに惹かれるのだろう。性癖って奴はこんなに抗い難いものだったか。
さっきのが重力なのだとしたらこれは引力だ。重力とは関係なく、純粋に何かに引かれる力。
「だから君に幸せは約束できないけど!見つけるまではそばにいてあげるよ」
ブランクはヴェルサスの手をギュッと掴むとそのまま引っ張り上げて立たせた。さっきまでの騒ぎは鎮圧されたらしい。担架二つと神父らしき人物も救急隊員らも消えていた。
「どうせ肋骨折れたって痛み止め出されるだけさ。ふけちゃおーぜ」
「正気かよ」
「僕が君をまともに病院に連れて行ったことあった?」
「……ないな」
「でしょ」
結局愛の告白だとかはできなかった。いや、する意味がないのかもとすら思った。自分の幸せが何かずっと頭の片隅で考えてきたけれど、結局答えはまだ見つからない。
ただこいつといるとムカつくことは山ほどあるが、楽しいことも山ほどある。自分にはまだ見つけられてないだけで、この楽しさの中に幸せがあるかもしれないし、こういう出来事の積み重ねが幸せになるのかもしれない。
現状維持、保留。情けないが今自分に出せる結論はここまでだ。だが、それでいいのかもしれない。
だって今、盗んだ救急車で空港までかっ飛ばしてるブランクを見てるとすごく楽しい。
短絡的、自己中心的、刹那的、それで結構だ。
とりあえず今日からは飯をうまいと思うことから始めてみようと思う。
2012年、夏
「そういえばさぁ。僕の特技、スタンド能力を確かめることくらいしかできなくなっちゃったって言ったろ」
「ああ…」
「それは本当なんだ。でもね、僕が君の手を握って脈拍が上がったり発汗したり、瞳孔が若干開いたりするのはわかるんだよ」
「………は?」
「だから経過を観察してたんだ。ここ数か月ね」
「…つまり……」
「これらから推察するに、君は僕のこと…」
「自惚れてんじゃあねェーーーーぜ!ブランク、てめぇッ!それ以上言ったらぶっ殺すからな!」
「えー?だってさあ…」
「本当に殺してやるからなッ!」
「はいはい…」