【完結】ABOUT THE BLANK 作:ようぐそうとほうとふ
2001年3月4日
ブランクが恩人と過ごした日々はとても目まぐるしく、週ごとに違う国にいたんじゃないかと思うくらい移動が多かった。そのせいか思い出せる光景はいつも列車の連結部分だとか車の座席だ。
恩人はまだ青年というよりも少年と言えるくらい若かったがとても腕が立つスナイパーだった。だから仕事があったんだろう。
恩人と出会う前までブランクは子供がたくさん集められたとても狭い場所にいたのたが、その事は“暗殺チームのブランク”では思い出せない。“空っぽのブランク”ならばその時感じた乾いた熱風だとか口の中に入った砂の味を思い出せるが、どんな扱いを受けていたかは全く思い出せない。
思い出せるのは感触だけ。触れてきた手の数だけしか思い出がない。
酷い客を殺してほしいと言ってきた売春婦の手はとても薄かった。ガリガリに痩せた手はひと目で薬物中毒者のそれだとわかったし、手首にひどい切り傷がたくさんあった。
誰かに何かを要求されたらそのとおりに動く。ブランクの基本原理。では逆に他の誰かにこの売春婦を殺してくれと頼まれたら自分は受諾しただろうか?
ドナテラ・ウナの手。母親の手。
南部の田舎に住む死にかけの女がなぜソリッド・ナーゾの名前を口にしたのか。少し考えればわかることだ。
「……おい。運転中に目を瞑るな」
「え?ああ…すみません」
ブランクははっと我に返って自分がハンドルを握ってることを思い出した。今日はリゾットの運転手をやっているというのに。
普段リゾットは単独行動で仕事にもプライベートにも他人を同行させることはない。(故にブランクはまだ彼の能力を知らなかった)
今日はムーロロと特別な話があるらしく、彼と深い仲のブランクに運転を頼んできたのだ。
「ムーロロとはどう知り合ったんだったか」
「あー、ちょっとドジ踏んじゃって…殺しの現場を押さえられまして。その時拾ってもらったんです」
「そうだったな。お前は幸運だな」
「そうですかね。いや、ムーロロさんは良い人ですが」
ムーロロは指示をくれる。使ってくれる。役をくれる。今ブランクがここにいるのもムーロロのおかげだった。
「にしてもわざわざリゾットさんを山中に呼び出すなんて…どんな用なんですかね。まさかキャンプでもしようってわけじゃないでしょうし」
「ネアポリスで話したくないことなんだろう」
「うわーなんかやな予感」
ブランクの予感は的中だった。ドナテラのことを探らせて以来会ってなかったムーロロはいつものギャングっぽい服でなくレジャーにきた観光客みたいな格好をして山道の途中にいた。
「よぅ。わざわざこんなとこまで悪い」
「問題ない」
「あ?ブランクじゃねーか。どうしてお前が?」
「オレが連れてきた」
ブランクはきょとんとしてリゾットの方を見た。彼はいつ、何度見ても何を考えているのかよくわからない顔をしている。
「…リゾット…でも…」
「遅かれ早かれ知る話だ。ブランク、オレたちは…“ソリッド・ナーゾ”を追う」
「え……」
「どういう意味かはわかるな?もし命が惜しいなら、今すぐ回れ右して帰れ。今ならまだムーロロに身柄を保証してもらえる」
「ば…バカにしてるんですか?!僕が命欲しさにに逃げ出すとでも?!」
「死ぬかもしれないんだぞ。お前の恩人にもう会えないかもしれない。その覚悟はあるのか」
組織を裏切る覚悟。いや、違う。
ブランクの場合、チームを売る覚悟って意味になる。
ブランクは脳みそが煮えそうなくらい熱くなってるのがわかった。
命令は何よりも大事だ。僕は命令を、指示をこなすことで僕足りえる。僕は命じられるから人を殺せる。僕は命じられるから裏切れる。嘘をつける。
ブランクは何度も頭の中で自分の人生哲学を繰り返した。
「
「……そうか。ではここに残れ」
「ヒヤヒヤしたぜ…いいんだな、ブランク」
「はい」
おもむろに歩きだすムーロロに続き、三人で青空が広がるなだらかな坂を登る。遠くにネアポリス湾が見える。
「つい昨日、カラブリアでドナテラって名の女が死んだ。その女が“ソリッド・ナーゾ”って男を探してたんだ」
「組織とは無関係だな?」
「ああ。そこは保証済み。さらに…ドナテラには娘がいた。自分が死ぬ前に父親にあわせたかったのかもな」
「…ということは…その娘は“ボスの娘”ということか」
「ああ。ドナテラがボスを探してたことはまだ組織のうち数名しか知らないが、噂がまわるのははえーからな。じき誰かがドナテラの娘が“ボスの娘”ってことに気づくだろ」
「娘を手に入れればボスの正体へ一歩、いや…かなり近づくな」
「ボスは娘のこと知ってるんですか?」
「それもじき耳に入るだろう」
「ボスは娘を確保しようとするだろうな。なんとしても」
「ああ、急いだほうがいいぜ。ただその娘が今どこにいるのかまでは調べがついてない。こっちで人を動かしすぎるとボスに気取られるからな」
「いいや。それだけわかれば十分だ」
「お役に立てて何より。オレもあんたらと同じ、実働と賃金が噛み合わないチームの人間だからな。期待してるよ」
リゾットは返事をせず、背を向けて山を下り始めた。ブランクはオロオロ迷い、リゾットについていこうとした。
「リゾット!ブランク借りていいか?」
「ああ」
「え?あ、じゃあリゾットさん!鍵ー!」
ブランクが鍵をぶん投げるとあさっての方向へ飛んでいってしまった。だがリゾットが手を上げると軌道が不自然に曲がり、鍵はリゾットの手の中にすとんと落ちてった。
「あら…?ナイスキャッチ?スロー?」
ムーロロはぽかんとしてるブランクの背中を突っついた。リゾットは片手を振って背中を向けて去っていった。
「ほら、ブランク。てっぺんまで行こうぜ」
「えー…今日のクツ革靴なのにぃ!」
もう3月になるとはいえ標高が高ければ冬並みの寒さになる。トレッキングの格好をして準備万端ののムーロロはともかく普段着ている薄手のスーツのブランクは寒かった。その上いつも背負ってる分解式ライフルがかさばる上に重かった。
「あれだけの情報話すためにこんなとこまで呼び出したんですか?」
「ここなら盗聴の心配はないからな…お前、さっきの会話がどんだけやばい情報かわかってんのか?」
「わかってますよ。リゾットさんは……ボスに反逆するつもりですよね?」
「そうだ。で、お前の今の仕事は?」
「…暗殺チームへのスパイ」
「それより優先されるのは?」
「あなたの命令です」
「よしよし。お前はほんっといい子だなァ〜」
ムーロロは機嫌が良さそうだった。というよりかは高揚していると言うべきだろうか。
「二年前、お前と始めたゲームがついに本格的に動き出したってわけだ。お前はうまいことチョコラータに気に入られたな。…まあボスに気に入られるってのはまず無理だからそれはそれでいい。暗殺チームにもうまく馴染んで、信頼されてる」
「はい。あなたの命令通りです」
「ああ、よくやってるよ。今から新しい命令をだすぞ。いいか?」
ムーロロは立ち止まり、こちらを向いた。周りには誰もいない。風で流された雲が日差しを遮り影を落とした。
「オレは暗殺チームがボスをぶっ殺す方にベットだ。今までは勝ち目が薄すぎたが、ボスの娘なんてカードが出てきちゃ話は変わってくる。だろ?」
「ええ。ボスがアクション起こさないわけないですしね」
「そのとおり。十中八九…いや、絶対に娘を保護するはずだ。あのボスが娘なんて手掛かりを野に放ったままにしておくわけがねーからな。おそらくこれはボスのしっぽを掴む最初で最後のチャンスだろう」
「…ですがチームの裏切りが発覚すれば僕はボスから暗殺指令を受けると思います。どうしますか」
「リゾットほど用心深い男なら、行動を起こす頃にはチーム全員に身を隠すよう指示するはずだ。見つかんないだとかなあなあにしてうまくはぐらかせ」
「………善処します」
「お前の仕事は、まず第一に優先すべき仕事は…ボスを倒すために努力することだ。そして第二に、すべてが失敗しそうになったら、暗殺チームの生き残りを殺してボスの前に首を持ってけ。いいな」
「それは……」
「お前が裏切り者だってなったらいずれオレにも手が回るだろ。ぜってーやだよ、チョコラータとかいうイカれ野郎に拷問されるのは…」
「………わかりました。ボスを倒す、組織に残る…」
「そうだ。やれるか?ブランク」
「やります。やれますよ…。あなたがそう望むなら」
「偉いな。これからどういう状況になるかはわからん。お前は暗殺チームの使用する端末に仕込んだスパイウェアで常に監視しろ。目立った変化があればオレに伝えろ。もちろんそれはボスに言うな」
「はい」
「定時連絡が二回途切れた場合、お前はゲームオーバーだと見なす」
「はい」
「必要に応じて…ボスの信頼を損ねたと感じたら、暗殺チームのメンバーを殺して“証明”しろ。できるか?」
「はい」
「本当にできるんだな?」
「…やだな。できますよ!僕は究極のイエスマンなんですよ」
「……ブランク、お前一旦演技やめろ。出会った頃のすのお前に戻って言ってくれ」
「え…」
「いいからはやく。命令だ」
「…………」
「ブランク」
ムーロロはブランクに近づき、両手で頭をガッと掴んで無理やり目を合わせた。
「やれるか?殺せるか?」
ブランクの目は、出会った頃より全然違っていた。あの頃は瞳孔すら変化がなかった。脈拍も呼吸も、肌の温度すらも全く変わらず、ハイと即答していた。
だが今のブランクはどうだろう。首筋にあたった指から伝わる脈は早い。発汗しているし、瞳孔も興奮してか開き気味だ。
こいつは普通に動揺し、葛藤している。
「ほんとに、殺せるのか?ブランク」
ブランクはゆっくり、初めてしゃべるオウムみたいにたどたどしく話し出す。
「………僕は…誰かの命令に、従うことしかありませんでした。なのに…今、返事するのに抵抗を感じています」
だが瞳はまっすぐムーロロを見ていた。
「ですからもっと強く
「ブランク…お前……」
ムーロロは頭を掴んでいた手を離し、ゆっくりその手を頭の上に置いた。
「変わっちまったな」
「……すみません…」
「いや、謝ることじゃねーよ。お前も成長期だもんなぁ…」
ムーロロはため息をついてまた歩きだした。ブランクはトボトボとついていく。
「でもよ…オレはやるぜ。もう降りれねえ。お前もだ。お前もオレもこのゲームに責任がある。途中で情に流されるなよ。だからお前にしっかり命令する。どうにもなんなくなったらチームの生き残りは
「わかりました」
「…わかってますよ。僕は…」
「空っぽか?」
「………ええ」
その後ブランクはムーロロと別れて、一人で電車でネアポリスに戻った。まだ午後三時で、道には観光客や学校終わりの生徒がうようよいた。
あんな話を聞いたあとじゃ気分はあまりよくないが、何しろ天気が朗らかなので、なんだか散歩して気分が紛れるんじゃないかと思った。
二年前のブランクならこんなふうに自分から散歩してみようなんて思いもしなかった。そう、自分は裏切りを後悔してる。時々二人を思い出すと後味の悪い思いをするし、今日の帰り道リゾットが裏切りを撤回しないだろうかと数度思った。
自由はたまらなく不安だ。自分で決めることは苦しい。
夜何を食うかとか、どのテレビを見ながら寝るかとか、どのマフラーを巻いていくかとか、それくらいなら苦もなく決められるっていうのに。
「うわっ…!」
考え事をしていたせいで人にぶつかってしまった。
「す、すみません」
慌てて前を向き謝ると、ぶつかった少年は財布を落として小銭をぶちまけてしまっていた。
「ひゃーやばい。ほんとごめんなさい!」
「いえ…大丈夫ですよ」
ブランクが慌ててしゃがんで小銭をかき集めると少年もしゃがんだ。車道側に転がってしまった10リレ硬貨を拾い上げようとしたとき、少年と手と手が重なってしまった。
「…あ」
ブランクはハッとしてその少年の顔を見た。金髪で巻毛の彫刻みたいな顔した美少年だった。そして、触れたことでわかった。この少年はスタンド使いだ。
「どうかしました?」
だが少年はきょとんとしてこっちを見ている。
「あ、いや…あはは。まるで少女漫画みたいだなって思って。お金全部あります?」
「はい。多分」
「ほんとすみません。…えーと…」
「気にしないでください」
少年は爽やかにそう言ってさっと立ち去ってしまった。もしかしたら自分を殺しに来た親衛隊かとも思ったのでホッとした。まさかあんな少年がギャングなわけないし、無自覚のスタンド使いなのかもしれない。
「なんだろ…このスタンド」
一瞬触れ合っただけではスタンドの姿もまともにコピーできない。ただ拳のあたりが生命エネルギーに満ちている感じがする。もう少ししっかり接触したり、あるいは話したりすれば使えるのだろうが、無理に会いに行って手を握る程のことではない。(というか、そんなことしたら変態だと思われる)
だがあの少年にはなにかひっかかるものがあった。うまく言葉にはできないが…人を引きつける、でもない。どこか懐かしい?違う…。昔会った?そうでもない…。
本部のソファーで自分の右手を眺めていると、不意に上から声がかかった。
「なんだそれ。誰のスタンドだよ」
なんだかすごく眠そうなホルマジオだった。誰かが仮眠室で寝ているのはわかっていたが、てっきりイルーゾォかギアッチョかと思っていた。
「あー?いや、なんか道端でばったり手と手を取り合った美少年のなんですがね…」
「は?寝ぼけてんのか?」
「ホルマジオ先輩こそ仮眠室でパーティーすんのやめてくれません?なんか廊下の奥がにんにく臭いんですけど」
「っせーな…クソ、頭いてぇ!」
ブランクは試しに仮眠室を覗いてみた。ピザの空き箱とビールの空き缶が散乱していて食べ物と汗といろんな匂いが混じってて臭かった。
「ピザの空き箱がこんなに…あ~クソッ!」
「チクショー…寝落ちするとはな…」
「仮眠室をこんな使い方すんの先輩だけっすよ」
「仮眠のつもりだったのに目覚し時計が壊れてたんだよな…。前使ってたの誰だ?」
「多分ギアッチョ先輩ですね」
「あのプッツンヤロー…ぜってーあいつがぶっ壊したんだ」
「いや…ギアッチョ先輩なら原型留めないと思います」
「じゃあ片付けといてくれ」
「自分でやってくださいよ」
「はぁ…しょォーがねェーな〜」
ホルマジオはそう言いながらシャワー室に入っていった。本当に掃除するのか怪しいものだ。
ホルマジオがシャワーから出てくる頃にはブランクは仮眠室の掃除を終えて換気をしていた。
「結局やってんのかよ」
「下っ端ですから」
「ハッ。みんなそんな気にしねーよ。オレが使う前も汚かったぞ」
「いやぁ、何故かそういうの僕に苦情が来るんすよね…」
「そりゃお前、しょっぱなワックスがけしてたせいじゃね」
「あー、入団一周年のお祝いモップでしたもんね。そういう事だったのか」
「諦めて役目を受け入れな」
その後イルーゾォとメローネがやってきてメローネが受けた仕事のターゲットについて確認し合った。今回は珍しく高額の報酬の依頼だが、その代わり血液をこちらで入手しないといけない。
ブランクが血を採集し、イルーゾォが鏡の世界で中継をし…と地味に手間がかかるのでちゃんと手順を確認しあわないといけなかった。
「あーあ。めんどくせぇ。だいたいよぉ、客の方も血液サンプルくらい用意するのが筋ってもんだよな?」
「まあ…しょうがないだろう」
しょうがないというのは言わずもがな、組織内で冷遇されていることだ。つまりこの仕事は辱めの一環だ。
「僕はみんなでやるほうが好きです」
「お前の仕事はスタンドなくてもできるくだんねーやつばっかだもんな」
「な…能力はシンプル・イズ・ベストですよ」
「その能力も借りパクだろーが」
「啀み合いはオレ抜きでやってくれよ。じゃ、行こうぜ」
「あーなんか回りくどいな…。普通にオレらで殺しちまいたいわ」
「イルーゾォ先輩に賛成です」
「や…だから殺しじゃなくて拉致、誘拐だって。オマエラなぁー、さっきまでそれを確認してたんじゃあなかったのかよ」
「え?ああ…そうだったな」
「だるいっすねぇほんと…あ、メローネ先輩!女の用意は?」
「お前…言い方が悪すぎやしないか?お前らがやってる間に適当にどっかで見繕うから心配しなくていい」
「どっちも大差ねえな」
そんな軽口を叩き合いながら三人は仕事に向かった。結果的にはかなり楽勝だった。鏡の世界でアミを張ってたイルーゾォがブランクだけを外に出し、標的がトイレに来た時を見計らい蛇口のせんに刃物を仕込んどく。
「楽勝〜」
「儲けたな」
二人はすぐにメローネのところに血液を届けに行く。メローネはなぜかデパートのトイレの前で待っていた。
「ちょうどいい。イルーゾォ、悪いがマン・イン・ザ・ミラーで女子トイレに行かせてくれ」
「は…?お、おいお前…オレのスタンドをそんな…そんなことに使うつもりなのかよ…?!」
「違うッ!母親に良さそうな女が一人で入ってるんだよ!はやくしろ!!」
「うわー…」
メローネの発言は性欲からのものではないのは重々わかっているがイルーゾォはドン引きした。ブランクもちょっと引いた。
帰り道はやや気まずい感じになったが任務はつつがなく終了し、リゾットに任務完了を伝えた後に3人は解散した。
その週の最後の晩に報酬についての会議があり、チームメンバーが全員本部に集まった。だが今日はやや雰囲気が違う。リゾットの真剣な顔を見てブランクはすぐ察した。
「報酬は…いつもどおりの分け方でいいな」
全員返事をするまでもなくイエスだ。そんなことよりもリゾットの凄みの理由が知りたかったからだ。
「お前たちはもう察しがついてるようだな。ここから先はヤバイ話だ。オレたちの矜持に関わる重要な提案がある。いないとは思うが、そんなの関係ねーってやつがいたら帰って二度と戻ってくるな」
全員の雰囲気が変わった。ブランクにはそれが冬の硝子みたいな冷たさに感じられた。全員が呼吸を抑え、目に鋭さが宿る。
当然出ていくものはいなかった。
「オレたちは今から…“組織を裏切り”“ボスを倒す”」