中心に五山を据える黄海が存在し、その周囲に十二の国が取り囲む世界。
この世界では国の代表である王を人ではなく天意つまり神の意向により決められる。
そして、天意を受けて王を選ぶ人ならざる仁獣こそが麒麟である。
十二の国に、十二の王と十二の麒麟。
これこそが天帝という神が実在する十二国の世界である。
黄海にある五山の内の一つである蓬山には、女仙を束ねる天仙の碧霞玄君・玉葉が居を構え、人界と天界との橋渡しをしている。
そんな女仙たちの蓬山は世界でも唯一麒麟の卵果を実らせる捨身木があり、生まれた若き麒麟を守り育む場所でもある。
この世のあらゆる生き物が里木や野木という木々に実った卵果から生まれるという理の中でも世界に十二しか存在しえない麒麟とその女怪の卵果だけを実らせる捨身木は非常に貴重なものである。
◇◆◇◆◇◆
蓬山の迷宮の奥にある捨身木。
捨身木の根のある地下は半球状の空洞になっている。
そんな薄暗い地下に一人の老婆がいる。
腰を曲げて垂れた髪が目元を覆い隠すその風体はまるでおとぎ話に出る西洋の魔女のようである。
「耳は豹、胴体は鷹、腕は和邇で脚は獅子だね。
ふむ、いい具合に混じっている」
老婆の手元の灯りを向ける先には翼を生やし大きな獅子の脚を持つ異様な風体をした女がいる。
どこか生まれたばかりの動物の子供を思わせるように身体が湿っているようだがそれもそうだろう。
彼女は今しがたこの半球状の洞窟の上方の捨身木の根にある卵果から生まれたのだから。
「リシュン。
お前の名前は白
老婆が言葉を言い終えるか否かといったところで梨洵と名付けられた女怪はしっかりと立ち上がり生まれたばかりとは思えないほどの俊敏さを見せて洞窟を日の当たる上の方へと駆けていく。
今の彼女に何を言っても無駄だろう。
彼女の頭の中には一つの単語しか浮かんでこない。
地下から出て目の前に移るのは捨身木。
面妖な樹木には梨洵の卵果のあった場所と対の位置に唯一金に輝く卵果が実っている。
梨洵は感慨に涙を濡らしながらゆっくりとその卵果に向かって歩いていき、小さな卵果を優しく慈しむようにして手を当てた。
「――峯麒」
声を震わせながら彼女はそう呟いた。
◇◆◇◆◇◆
何がどうしてこうなってしまったんだ。
都内の一学生である北条柊弥は現状を省みてそう思わずにはいられなかった。
柊弥の高校では高校二年生の秋に沖縄に修学旅行に行くことになっている。
どうしてせっかくの沖縄なのに冬も近い十月半ばという時期に行くんだという学生たちの不満はないわけではないが、一度も沖縄に行ったことがない者やそもそも飛行機にすら乗ったことのない者にとっては非常に楽しみにしていた。
それに、いくら文句をたれようとも柊弥を含め学生たちは同級生と一緒に旅行に行く今回のこの修学旅行をとても楽しみにしていた。
しかし、待ちに待った沖縄が楽しみで仕方がないという機内にいる学生たちのの高揚した気分はものの三十分足らずで泡沫と化した。
「おい、貴様!
俺がいつ水を飲んでいいと言った!」
「す、すみません……」
紙コップが中に入った飲み物と一緒に床に落ちる音が静かな機内に響く。
随分と沸点の低い男が何に対してもイライラとした感情を隠しもしないためこの畿内では、特にこの男の周囲は異様な緊迫感に包まれている。
緊迫した空気に耐えられずに気分を悪くしている学生もいる。
現在、東京羽田発沖縄那覇行のこの飛行機はハイジャックされている。
犯人の数は三人。
目的をは不明で少なくともただただ不運に居合わせた学生たち乗客はどうしてこんな状況にあるのかは分からない。
そして、最も重要な点は三人とも一般的な自動拳銃を持っていることだ。
見せびらかすようにして外に出されたその凶器は、この畿内で最も短気だろう男が一度発砲したことで乗員乗客全員がそれは本物であることを理解している。
「あの、と、トイレに行きたい……」
高校の先生や学生が集まる一角で学校内でも空気が読めない先生ということで学生たちに裏でコソコソと笑われていた中年の男性教師が切羽詰まったような声を出した。
しかし、彼がすべてを言い切る前に男が行動に移った。
「誰が貴様らがトイレに行くことを許したってんだ!
ああ!?」
この場にいる誰もが予想したとおり男性教師は男の怒りに触れてしまった。
流石にそれなりに自制しているのだろうか発砲こそしなかったが男は拳銃の柄で男性教師を思いっきり殴りつけたのだ。
静かな機内で骨が砕けたのかと思わせるような鈍い音がして男性教師は声にもならない声をあげながらその場にうずくまる。
機内の席の最前列の方に座る先生や学生たちには男性教師が酷い出血をしているのが見えた。
男性教師はすぐ近くに座っていた彼のクラスの副担任でもある藤堂直哉というまだ若い男性教師が手元にあったハンカチなどを使って止血していく。
殴った本人は特に気にした風でもなくその場を離れた。
藤堂の近くに座っていた柊弥は顔が青ざめてまるで体が痺れるような感覚になった。
またか、と柊弥は思った。
柊弥は昔から身体が病弱なのだ。
それが例え自分のであっても血を見ると身体が痺れるような感覚になって身体をうまく動かせないなんて事にもなりうるのだ。
ただでさえ柊弥は肉や魚を嫌っているものだから特に両親には心配させた。
両親は病弱であっても、例え肉や魚が食べられなくとも構わないと柊弥に対して愛情をこめて育てていたがそれでもやはり男だからか柊弥は中学校の頃から身体の弱い自分を克服するためにと言って剣道部に入部した。
ここでも争い事が嫌いな気質故に上手くなじめなかった時もあったが今は昔の事だ。
柊弥はこの血に弱いという自身の気質を嫌っている。
食べ物の好き嫌いはどうしようもなかったが、弱いと笑われることを恐れて地に対する恐怖のような感情は克服しようしているのだ。
それでもやはり生まれながらの気質というものはなかなか変わらないものでだ。
「貴様、なぜここにいる!」
「い、嫌……嫌!」
突如、機内を恐怖を呼び起こすかのような悲鳴が響いた。
全員が席の前方の方を見る。
そこには開け放たれたトイレの方へと銃口を向ける男の姿があった。
女性の声に聞き覚えがあるらしいキャビンアテンダントの顔色が一気に青ざめてしまうのを柊弥は正面からみていた。
そして、男の顔色も先程までとは違って明らかに本気で怒っているのを感じ取った。
「貴様、何故こんなところで隠れていた!?
最初に全員出てくるように言ったはずだよな?
ああ!?」
「申し訳ありません……申し訳ありません……もうしわけ……」
蚊のように心細い女性の声が男の大声にかき消される。
「立ちやがれ!
ここに隠れていたんだ。
もちろん覚悟はあるんだろう」
男が女性の襟を引っ掴んで無理矢理トイレから引きずり出す。
声を上げて女性は男に抵抗しているがどうしようもない。
そのままトイレから引っ張り出されて比較的広い柊弥たちの目の前にまでやって来た。
キャビンアテンダントの制服の女性が脱出口の壁の方に放り出され、男が遠慮なく女性に向けて銃口を向けた。
「抵抗するものは遠慮なく殺せと言われている。
――運がなかったな、女」
命の危険を感じた女性はそのまま腰が抜けて壁に背を預けたまま座り込んでしまった。
銃口を突き付けられた女性は右の方にいる同僚に助けを求めるが視線を逸らしてしまう。
それは同僚の女性に限ったない。
この一角にいる乗員乗客のほとんどががそうである。
恐怖に支配されてしまったこの畿内において抵抗するなど無意味なことだ。
多かれ少なかれせめて見ないように聞かないようにしようと必死になっている。
しかし、柊弥だけは違った。
柊弥には、拳銃を持つ犯人のように力あるものに従わなければ痛い目を見ることは少なからず理解できているつもりだ。
それでも彼女がこのまま救われないなんてことは許せなかった。
彼女を助けたい。
でも、そうすれば自分の身が危うい。
それでも助けたい。彼女は死んではいけないんだ。
柊弥はまるで知恵熱でも出してしまいそうなほどにグルグルと考え続ける。
自分のものかそれとも他人の物かは知らないが血を見ることは明らかであることなど柊弥の頭からスッポリと抜けていた。
男の人差し指が拳銃の引き金にかかる。
それを見ていた女性を含めたほとんどの人が目を背ける。
「死ね」
「やめろーーッ!!!」
彼女を救いたいという感情が爆発した柊弥は後先考えずに身体を固定していたベルトを外して女性を庇うようにして銃口の正面にでる。
これ以上ないほどに今までの緊張感も吐き出すかのように溢れんばかりの感情をこめられたその大声は機内中に響き渡った。
驚きを見せながらも男が放った銃弾は柊弥の元に向かって確かに下腹部に当たったはずだった。
しかし、柊弥は下腹部に痛みなど感じない。
それよりも、額が熱くなっているようだった。
それは、一瞬だった。
柊弥が大声で叫んだその瞬間、機内を一陣の風が吹き、そして機内にいるすべての人々の意識が刈り取られた。
◇◆◇◆◇◆
2014年10月15日。
都内の修学旅行生含め312人の乗員乗客を乗せた羽田発那覇行きの航空機が太平洋紀州沖で行方不明に。
当機は10:45に離陸の後に、11:20頃に数名のハイジャック犯によりハイジャックされた模様。
現在事故調査中だが墜落を想定した範囲内に機体どころか金属片の一つも見つからない。
乗員乗客の全てが消息不明である。