峯麒、そして海客   作:カラミナト

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新たな海客

 柊弥と彩斗の二人はまだ日が昇らないうちに虚海沿岸を爍繃(シャクホウ)に乗って北へと向かっている。

 

 目指すは垓洶(ガイキョウ)

 配浪の町から北にある町だ。

 

 柊弥と彩斗は昨夜川沿いで食事を済ませた後に再び爍繃の背に乗って既に人にいない雨戒の町に戻ってきてその日はさっさと寝てしまった。

 寝るといっても布団に包まれて暖かい中なんてことは無い。

 町の右奥の方にあったところが比較的生活感があって他よりは幾分か汚れていなかったので、その場所の広間で二人ともに雑魚寝しただけである。

 

 その時、柊弥が跨った爍繃の背中が温かかったのを思い出して爍繃に出てきてもらってその身体によりかかるようにして眠った。

 正直、下手な布団よりも温かくてしかも毛並みもサラサラなものだから肌触りも良くて柊弥はその日はぐっすりだった。

 

 翌朝、隙間風に凍えたために夜明け頃に目が覚めてしまった自分とは違って爍繃の側で包まり心地よさげに眠る柊弥を見た彩斗が怒りで叩き起こした。

 そのため朝も早いうちからこうして目的地である垓洶の町へと向かっているというわけである。

 

 寒さで目が覚めてしまった彩斗はもちろんぐっすり安眠していたところに八つ当たりで目が覚めてしまった柊弥も二人とも眠気を我慢しながら爍繃の背に跨っている。

 

 うたた寝して知らぬ間に爍繃の背から転がり落ちでもしたら洒落にならない。

 

「どうだ?なにか見つかったか?」

「うんにゃ、全然。

といかもうあれから五日目なんだぞ。

きっと生きてたって俺たちみたいに海岸からは離れているはずだ」

 

 柊弥と彩斗は、今柊弥の願いもあって雨戒の町近くの沿岸部から垓洶に、向かう途上で自分たちと同じように海から来た海客はいないだろうかと探している。

 爍繃に頼んで少しばかりスピードを落としてゆっくりと沿岸部を見ていく。

 どれだけ頑張って見ても海には前見た時のように機内の人たちの道具が漂うばかりで人の気配など全くない。

 

「だから言っただろ?

……まあ、柊弥の気持ちも分かるけど生きてる奴は皆この海から離れているはずだ。

もしいたとしても……」

「それでもいい」

 

 そう。

 柊弥にとっては例えそれが死体であっても構わない。

 生き残った人を見逃すことが出来ないという気持ちが一番だが、もし死体だとしてもそのまま海に放っておくなんてことは柊弥には出来はしない。

 

「はあ、分かったよ。

まあ、せっかく早起きしたんだ。

そんなに急いで町に行くこともないからな。

柊弥の我儘に付き合うよ」

 

 その言葉を聞いたのかどうかは知らないが柊弥は絶えず眼下の海と大地を垓洶の町に近付くまで一心不乱に眺め続けた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 結局、海には未だに漂い続ける荷物や金属片しか見ることは叶わずに垓洶の町まで着いてしまった。

 

 駄目で元々の探索だったから仕方がないとは思うものの、柊弥はやはり未だ見ないあの機内にいた人たちの事が心配だった。

 だからこそ、柊弥はこの虚海に近いこの町になら誰か一人でも、いや二人でも三人でもいるかもしれないと考える。

 

「凄いな。

あの配浪の町なんて比べ物にならないほどに大きいな」

 

 柊弥は彩斗のその言葉に頷く他なかった。

 ため息が零れるほどに大きいのはこの街を囲うその城壁だ。

 せめて石垣くらいしか見てこなかった二人にとって町をグルリと囲う配浪の町の高い壁でも驚いたのだ。

 

 確かに日本の城郭の石垣は積み方がそれぞれ独特で技術や美しさで人々に魅せているが、この目の前にある配浪の町のそれよりもなお高いその壁の連なりは物量的に圧倒される。

 

 二人はその城壁の様相に圧倒されていたためにいつの間にか城門のところまでやって来ていた。

 

 爍繃には柊弥たちが街道に出る頃には柊弥の影に隠れてもらっている。

 

 周囲には柊弥たちと同じく歩いて垓洶へと向かう人が十人ほどいる荷が見える。

 よく目を凝らしてその人たちを見て見るが、どうにも日本人らしい風体の人は見えない。

 

 それどころか黒髪黒目は彩斗くらいで他は髪の色や目の色が違っている。

 

「不思議なものだな。

みんな日本人みたいに東洋人的な風貌をしているのに黒い髪だったり黒い目だったりする人が極端に少ない。

まあ、それを言えば柊弥もど派手な髪色だけどな」

 

 そう言って彩斗は笑っているが、柊弥にとってみればなかなか笑えない冗談だった。

 人に囲まれて分かったが、柊弥のように目立つ髪色はなかなか少ないのだ。

 出来ればもう少し派手でない色が良かったのにと柊弥は思った。

 

 それでも、目の前に綺麗な緑色の眩しい髪色をしたものもいるためあまり柊弥だけが目立っているということはない。

 

 そうこうしているうちに門は目の前だがここにきて街に入っていく人たちがみんな何かの木札を門番に渡しているようで柊弥はそんなものは持っていないことに気付いて慌てた。

 

「どうしようか。

何か身分証明のようなものを見せているみたいだけど俺らは持ってないぞ」

「うん、それもそうだな」

 

 対して中林は随分と落ち着いているようで前をじっと見ていた。

 そこで何かを思い出したように彩斗が懐を探るとそこから似たような大きさの木札が出てきた。

 少し汚いが表面と裏面に書いてある文字みたいなものがあるから恐らくはこれが身分証のようなものなのだろう。

 

 そして、彩斗はそれをためらうことなく柊弥に投げ渡した。

 

「中林が持ってたらいいじゃないか。

どうして俺に?」

「まあ、普通はそうだろうけどな。

俺はここの言葉は喋れないし柊弥のその容姿の方が海客じゃないって言いきれるだろ?」

 

 それは分かる。

 黒髪黒目が珍しいこの世界で話も出来ない彩斗は絶対に海客だと怪しまれるだろう。

 しかし、それで海客とバレて大変な目に合うのは彩斗だけなのだ。

 

「大丈夫だって。

ほら、もう次だ。

それを見せなかったら逆に怪しまれるぞ」

 

 彩斗の言う通りだ。

 もう柊弥が木札を出すしかなかった。

 後は柊弥が最大限を彩斗を助けるように話を進める必要がある。

 

「旌券を。

……ふむ」

 

 旌券というらしいそれを柊弥は目の前の門番に出した。

 さらっと見て柊弥の顔も見るとその旌券はあっさり返されてしまった。

 

「行ってよし。

さあ、お前も」

 

 柊弥は彩斗の言う通りあっさり門内に入れた。

 しかし、大事なのはこれからだ。

 

「ああ、役人さん。

こいつは旅の途中に不運にもなくてしまったんだ」

 

 これ以上言えば襤褸が出てしまう。

 そういうことも考えながら言いきって目の前の門番の反応を見る。

 

「ああ、そうか。

じゃあ、この垓洶でちゃんと朱旌を手配してもらえよ」

 

 無事通過できた。

 表情には出さずに柊弥は言葉の分からない彩斗に淡々と頷く。

 それに対して彩斗もいつものように明るく頷き返した。

 

 二人は淡々と門を潜っていき、中の異国情緒あふれる風景を余所に興奮する心を抑えながら門から離れていく。

 そして、門からそれなりに離れた余り人気のないところで二人は感情を露わにした。

 

「ぃよしッ!!」

「ナイス演技だ、柊弥!」

「ハッハ、まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。

流石だ、彩斗!」

 

 柊弥は興奮を抑えられずに思わず下の名を呼んでしまった。

 

「やっとかよ。

昔から随分とよそよそしいから気にしてたんだよな。

二人で危険と隣り合わせの生活をしたんだ。

もうよそよそしく名字で呼ぶのはやめろよ」

「ああ、そうだな。

悪かったよ、彩斗」

 

 二人はたかだか門を潜っただけだというのに興奮冷めやらず最後にはハイタッチをした。

 

「それにしても凄いな、垓洶」

「まったくだぜ。

精々中華街くらいしか言ったことがないから何とも言えないが建物がなんか中国風だな」

「ああ、でもどうしてだろう見た目よりも活気がない気がするな」

 

 興奮が落ち着いてきたころに柊弥たち二人は周囲の様子を改めて感慨深く眺めた。

 別世界という日本の家に帰れない状況でも二人は少なからずこの状況を楽しんでいた。

 

 特に二人の目を引くのは今も漂うこの匂いだろう。

 肉が嫌いな柊弥でも野菜が多く入った豚まんは比較的他よりは好きだったのだ。

 柊弥と彩斗は頷きあって饅頭屋へと歩を進める。

 

「ね、ねえ、何処に行くんですか?

お、教えてください……」

「何言ってるわかんねぇんだよ。

ほら、さっさとこっちに来な」

 

 後ろの方から何か女性の声が聞こえた。

 二人が後ろを向けばそこには黒髪の女性が緑色の柱をした宿の前で怯えたように隣の男に話しかけていた。

 

 何故怯えた風なのかよく分からなくてただ彼らを見ている中、後ろから彩斗の声がした。

 

「に、日本語だ」

「え?」

 

 もう一度黒髪の女性を見ると黒目をしていた。

 そこでやっと思い出した。

 

 彼女は、機内で柊弥の正面の方に座っていたキャビンアテンダントだったのだ。

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