峯麒、そして海客   作:カラミナト

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海客の救出

 柊弥にはここの世界の言葉もすべて日本語に聞こえるため、誰がこの世界の言葉を話していて誰が日本語を話しているのかなど区別がつかない。

 だから柊弥は彩斗に言われて初めて気が付いた。

 

「ほら、あそこの黒髪の女性。

彼女、日本語を話してたぜ。

高校の奴らじゃないけど俺らと同じ日本人だろ!」

「そうだ、やっと思い出したけど彼女あの機内にいたキャビンアテンダントだ。

悪い、全然気付かなかった」

「気にするな。

柊弥にはこの世界の言葉も全部日本語に聞こえるんだろ。

便利なのは違いないがな」

 

 柊弥も彩斗も久しぶりの同郷の者だ。

 あの機内での事が起こってからどうしていたのかを聞きたいし、仲間は何人いても心強いのだからどうせなら一緒に行動しないかと話しかけたい。

 しかし、彼女の側には男が二人いて近寄りづらかった。

 

 別に男たちが強引に何処かへと連れていこうとしているわけではないことは見てみれば分かる。

 それに男たちにビビってはいるがそれが男たちに対するものとは限らない。

 事実、彼女は不安そうに辺りをキョロキョロと見回しているのだ。

 そして、彼女の身なりは現代日本から見れば襤褸かもしれないが二人に比べて随分としっかりとしたものを着せられている。

 身体の汚れも目立たない。

 

 彼女には、すでに救いの手を差し伸べてくれた人たちがいる。

 そう言うことだったら彼女を男たちから引き離すのはフェアじゃないんじゃないだろうか、と柊弥はそう思った。

 

 どうしても彼女を無理やりにでも一緒に行動したいとは思わない。

 

「どうしようか?

彼女、もう誰かが助けてくれたみたいだし」

「確かにそうかもな。

でも、俺は柊弥のようには考えられないな。

助けてくれたって言っても彼女の身なりがちゃんとしているってところだろ?

俺にはどうにも納得がいかないな。

あの配浪の町の人たちは俺達に対して酷く憎んでいるようだった。

ここら辺の人たちがあんなじゃ普通だったら怒りをぶつけるように殺すか、あるいは利のために売り飛ばすくらい……」

 

 彩斗の最後の一言に柊弥も一緒になってハッと気が付いた。

 

 柊弥にも配浪の町の人たちの顔が思い出される。

 それは田畑を荒らした蝕が起こった要因の一つである海客に対する言い知れぬ憎悪の視線だった。

 男である柊弥たち二人は牢屋に入れられた後、どうなっていたかは分からない。

 でも、あの見張りたちの殺気からきっとろくなことにはならなかっただろう。

 

 では、女性の方はどうか。

 見目の言いかのじょなら、地球よりも明らかに古い価値観を持っていそうなこの世界の人たちなら、人買いに売ることもありえるだろう。

 

 そうこうしているうちに彼女を含めた男女三人は緑色の柱が眩しい宿のような食事処のようなところへと入っていった。

 言葉の分からない彼女はいちいちびくつきながらも男たちに続いていく。

 

「すみません、あの建物ってなんですか?

食事処だったりするんですか?」

 

 柊弥は近くを通りかかった朝方から酒を飲んでいるだろう男性に声をかけた。

 

「なんだ?

あんたぁ知らないのかよ。

ありゃあ、妓楼だ。

お子様のお前らにゃまだ早いってもんよ」

 

 男は最後に二人の顔を見て捨て台詞のようなことを言って去ってしまった。

 

 柊弥は彼の言葉を聞いて最悪の予想が当たってしまったことを理解した。

 

「なあ、柊弥。

さっきは何を話してたんだ?」

 

 さっきの門番との話の時もそうだったが、日本語ではなく別の恐らくこの世界の言葉で話す柊弥が何を聞いてしまったのか疑問に思った彩斗が柊弥に問いかけた。

 

「さっき彼らが入っていった建物、妓楼だって言ってた」

「それって、あの、遊郭ってことか?」

「多分そうだろうね」

「てことは……クソッ!

最悪の予想が当たっちまったってことか!

こうしてはいられん!

柊弥、彼女を助けに行くぞ!」

「あ、ああ」

 

 同郷の者を救う。

 その一念で当の建物へと二人は走っていく。

 

 それを眺めるのはこの町の人々。

 その中に黒髪黒目の男がいた。

 

「貴様ら、彼女を話しやがれ!」

 

 二人がこの建物の中へと入ってからの第一声は彩斗による暴力的なまでの大声量だった。

 

 しかし、この建物の中にいる者たちは彩斗がそんな大きな声で何を言ったのか全く分からなかった。

 でも、その中で一人キャビンアテンダントの女性は彩斗のその言葉を聞いて嬉しそうなそして泣き出してしまいそうな顔をした。

 

「も、もしかして日本人の方ですか!?

ああ、良かった。

何を話しているのかも分からないこの場所で一人だけそとに放り出されて……

もしかしてあなたもあの飛行機の?」

「ああ、そうだ。

あの時機内にいた高校生だ。

そしてこいつもな」

 

 そう言って柊弥に向けて親指で指し示すがその異様な風体に訝し気な表情を向けてきた。

 

 言葉が通じない異国の地でやっと出会えた同郷の日本人である。

 さっきまで一緒にいた男たちから離れようとするが男の一人がそれを許さず女性を後ろ手に拘束した。

 

「な、何をするんですか!」

「さっきまで死んだようにおとなしかったのに随分と威勢が良くなったな。

それに……なるほど海客か……

全く訳の分からねえ言葉を捲し立てやがって。

何をしようってんだてめえら。

いや、こんな言葉も分からないようなサルどもじゃ何言っても分からねえか」

 

 海客と知ったこの建物内の人々が明らかに差別的な言葉を吐いて挑発する。

 周囲の者たちは彼の言動を面白がって笑いだす。

 いきなり周囲の者たちが笑い出したことで何が起こっているのか分からないといったような表情をして辺りを見回すが更にそれがツボにはまったのか建物内の笑いが爆発した。

 

 しかし、その中で一人話の内容が分かる柊弥は前に出て女性を拘束する男の前に出た。

 

「ん?何だお前?」

「どうか彼女を放して欲しい。

もしあなた方が彼女を保護してくれていたというのなら今まで面倒を見ていてくれたことのお礼を言おう」

「は?何言ってんだ、お前?」

 

 男は柊弥にそう言われて呆然とした。

 男はこの女の海客を保護していたつもりもない。

 助けてあげるために食事を衣服を与えたわけではない。

 いや、そもそも田畑をめちゃくちゃにしたこの女を許すつもりなどなかった。

 

「彼女をここに売らないで欲しいということだ。

彼女は今でさえ何が起こっているのか分かっていないんだ」

 

 事実、すぐそばで訳の分からない言葉を話す二人の話について行けずにオロオロとしている。

 だが、男も大人しく柊弥の言うことを聞くつもりなどなかった。

 

「ふざけるな!

こちとらてめえら海客のせいで町の田畑が全滅なんだよ!

こいつを売りに出さなければ俺らの身が持たないんだ!」

 

 その言葉は柊弥の心に響いた。

 それは配浪でも考えたことだった。

 その時は自分が犠牲になってでも彼らの手助けをしてやりたいと思った。

 だが、今は違う。

 確かに蝕によって田畑を荒らされたであろう彼らは哀れではあるがだからといって彼女を犠牲になどさせられない。

 配浪の人々や男たちも蝕の被害者だが柊弥たち海客も被害者なのだ。

 

「おい、柊弥。」

 

 柊弥の気持ちが両方の被害者の事を思って気落ちしていたところをタイミングよく彩斗が横に現れて柊弥の肩に手をかけた。

 

「今は彼女をここから助けるのが最優先だ。」

 

 柊弥はゆっくりと息を吸って吐き出す。

 

「分かった。

彼女を拘束している男は任せてくれ。

爍繃(シャクホウ)に任せる。

ここから出るまでの露払いはお願いできるか?」

「もちろん」

 

 これ以上話していてもどうにもならないことは確か。

 しかし、柊弥たちはこの目の前にいる同郷の海客を救うことに決めた。

 

「おい、貴様ら。

何話してるのか分からねえんだよ!」

「いや、ただの打ち合わせだ。

彼女をここに売らせないためのな……

爍繃」

 

 その一声だけで十分だった。

 主の考えを心得た爍繃は姿を現さずに影の中から足をひっかけ目の前の男をあらぬ方向へと倒れさせた。

 柊弥は一緒に倒れそうになっている彼女を素早く男の腕から救い出してそのまますぐに出口へと駆けだした。

 柊弥の目の前では剣を抜き放ち剣の腹を使って出口までの道を作っていた。

 

「今はとにかく走って!」

「あの、これは?」

「あの男はあなたをこの妓楼に売り飛ばそうとしていたんだ!」

 

 柊弥の言葉を聞いて初めて事の重大さを理解した彼女の顔が青ざめる。

 心なしか走るスピードが落ちたように思う。

 

「その女を捕えろ!

妓楼から逃げやがった!

男二人はまとめて殺してしまえ!!」

 

 後ろの方から恐ろし気な声が聞こえる。

 そして剣を持った男たちもこちらに向かっているのが分かる。

 柊弥は隣の女性の様子からすぐに追いつかれてしまうかもと恐ろしくなった。

 

「早くこっちへ!

安全なところまで案内する」

「!柊弥、日本語だ!」

 

 突如脇道の方から声がしたと思えば彩斗が彼の言葉は日本語だという。

 そして隣を見れば彼女も驚いたような表情をしていた。

 

「分かった。

彼の後を追おう」

 

 どうせこのままじゃ剣で武装した男たちに追いつかれてしまう。

 柊弥たち三人は日本人と思われる男性を追った。

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