彩斗が目の前にいる男について行き、その彩斗を柊弥と一緒にいる女性が追うような形で進んでいく。
道案内をしてくれている先頭の一人を除いた三人は非常に狭い路地をあっちへこっちへと進んでいく。
その内、後ろの方から罵り続けていた武装した男たちの姿どころか声さえも届かなくなっていった。
柊弥と彩斗は既に自分たちが入ってきた門はどっちだったのかも忘れてしまうほどに現在位置が全く分からなくなってしまった。
辺りにはまるで浮浪者のような者たちの姿がちらほらと見え始めており、すぐ近くには柊弥たちが入って来たときに見たような門はないものの城壁がそこにあった。
「よし。
何とか彼らを撒けたみたいだな」
さっきまで先頭を走って柊弥たちを導いていた男はそう言って三人の方へと向き直った。
やはりというべきかその顔は日本でもよく見た黒髪黒目の風貌をしていた。
「さっきはありがとうございました。
おかげで殺されずに済みました」
「いやぁ、若いのに随分と無理をしたね、君たち。
いや、若いからかな?」
柊弥のその礼の言葉にその三十代半ば頃の男は呵々と笑った。
「俺からも礼を言わせてもらうよ。
ところで、あなたも日本人なんだろう?」
彩斗のその言葉に男は即答せずに彩斗、柊弥、そして女性を順繰りに見て答えた。
「そういう君らもどうやら日本人のようだね。
いや、赤毛の君はそうとは言いきれないが」
「いや、柊弥はれっきとした日本人だよ。
まあ、確かにこんな風貌じゃそう思われたって仕方ないかもしれないけど」
「悪かったな。
俺だって好きでこんな容姿になったわけじゃないんだ」
そんな普通に話し合う男三人とは違って柊弥の隣にいた女性だけが、自分は身売りされるところだったというさっきの衝撃的な柊弥の言葉と当たり前のように剣を向けてくる男たちからの逃走劇で混乱していた。
このよく分からない場所に来てから望んでいた同郷の人の姿を見ても動揺して頭が回らず明後日の方をボーっと見ていた。
それを見た男は取り敢えず落ち着ける場所に向かおうと考えた。
「自己紹介が遅れたね。
私は永田
君が言ったように正真正銘日本人だ」
彼、永田の自己紹介から続けて柊弥も名乗ろうとしたところで永田からそれを止められた。
「まず、落ち着ける場所に行くとしよう。
そんな状態の彼女をそのまま放っておくわけにもいかないだろう?」
そんな永田の一言で柊弥と彩斗はようやく彼女の状態が非常に不安定になっていることに気付き、納得した。
そして再び、しかし今度は追っ手に追われることなく柊弥たち三人は先頭の永田について行った。
◇◆◇◆◇◆
三人が永田について行って辿り着いたところはさっきの妓楼とも建物の構造上は似ているものの、柱はさっきの妓楼のように目に優しくない緑色ではなく綺麗な朱色をしていた。
そして、永田の姿を見たこの建物の奉公人だろう男が一人出てきて恭しく永田を迎え入れた。
「連れがいるのでな、出来ればもう一部屋私の部屋の近くに借りたいのだが」
柊弥には彼の言葉が何故かいきなりなまったように聞こえた。
しかし、隣の彩斗が永田が何を言っているのかが分からないというので恐らくこの世界の言葉をしゃべっているのだろうことに気が付いた。
それを言うと彩斗はなんとも興味深げに永田の方を見ていた。
「さあ、行こうか。
ここは私がこの町に滞在するために借りている宿でね。
勝手ながら君らの分の部屋も借りておいたから安心するといい」
「すみません、手間をかけてしまった用で。
あの、いくらですか?
可能な限り払いますが」
「ああ、構わない。
君たちはこちらに来たばかり見たいだからね。
お金のことは期待してないよ」
「でも、一応俺たちは金を持ってるんだけどな」
彩斗のその言葉に少し感心したような表情をしたがすぐに気を取り直した。
「さあ、取り敢えずは私の部屋に行こう。
彼女もようやく落ち着いてきたみたいだしね」
「……先程はすみません。
私、何が何だかよく分かってなくて」
「いいっていいって。
じゃあ、永田さんの部屋に行くとしようかね」
そして、彩斗の言葉に少し笑みを浮かべながら永田は自分が借りている部屋へと向かった。
宿屋は入って直ぐはまるで食事処のように丸テーブルがいくつも並んで実際何人かの人が少し早い昼食を食べていた。
柊弥たちはそこを抜けると、まさに中国風な装飾が施された建物内の調度品や壁などがあってここが初めての柊弥たち三人はそれらに見とれながらも先へと進む。
そうこうしているうちに中庭に辿り着いた。
永田はその中庭に面した部屋を借りているらしく衝立の向こうに隠された部屋は7畳ほどはあり広々としていた。
よく見れば部屋の両側に一つずつ部屋があるようだった。
「へえ、随分と豪華な部屋だな……」
「まあ、私は医者だからね。
日本の医療技術を使って儲からせてもらっているというわけさ」
彩斗の独り言に答えた永田は部屋の隅に置いてあるリュックサックのように背負えるような形をした木箱だった。
「まあ、そこに座ってくれ。
話をしようにも立ったままじゃ落ち着いて話も出来ないからね」
そして、全員が部屋の中心辺りにある机の席に座ったころにこの宿の奉公人が四人分の茶を持ってきた。
「では、改めて。
私は永田義衡、ここでは主に
日本では研修医だったことから医者として働いている」
「俺は中林彩斗。
都内の高校生で修学旅行で飛行機で沖縄に向かっているところ何故かこの世界にいた」
「北条柊弥。
彩斗と同じ学校で同じようにこの世界に来てしまったみたいなんだ。
この髪の色とかはこちらにきてからいつの間にか変わっていたんだ」
「わ、私は飯山榛名といいます。
キャビンアテンダントでした……
あ!わ、私も飛行機に乗ってたらいつの間にか知らないところにいて、言葉も分からなくて、食事とか分けてくれたと思ったのに……」
自己紹介の最中にさっきまでの事を思い出してしまったのか泣きそうになっている榛名を義衡は宥めようと必死だった。
「ほら、売られるところを彼らが助けてくれたんだ。
まずはそこに感謝しないと……」
「確かに私は売られるところだったみたいですね……
助けてくれてありがとうございました。
でも!
何で私がこんな目に合わなければならないのっ!
ここは一体どこなの!」
何とも簡単な謝罪だったが別にそれに対して柊弥や彩斗が不機嫌に思うことはない。
そもそもこの状況でまともでいられないのが普通なのだろう。
柊弥や彩斗に関してはすぐに良く知った人と出会えたし、柊弥がここの言葉が分かることで普通よりも少しばかり冷静でいられたからだろう。
「そうだね。
まずはこの場所についてを話そうか。
といっても君たちは知ってるみたいだね」
君たちといって柊弥と彩斗を見た義衡だったが、彩斗はまるで自慢するかのように柊弥の肩に手を当てて話す。
「柊弥がここの人たちから話を聞いたっていうから俺もそのことについて聞いたんですよ。
俺達は蝕という嵐みたいなものが関係してこの地球とは違う別世界に流れ着いたんだって。
そうですよね」
「ちょ、ちょっと待ってよ。
別世界って何のなの?
ここは中国のどこかじゃないの!?」
ようやく落ち着いていたはずの榛名は彩斗の“別世界”という単語を聞いて激しく動揺した。
まるで自分の理解の及ばないことは許さない。
柊弥は彼女がそう言っているように感じた。
「彩斗君の言う通りだ。
ここは地球ともまた違う別世界。
黄山という特殊な場所を中心に周囲に十二の国がある世界で、私は見たことはないが神も仙人もいる。
そして、私たちのように日本からこの世界に流れ着いた人を海客という」
義衡のその言葉にまだここは地球だと信じたがっていた榛名が崩れ落ちた。
彼女だって分かっていたのだ。
ここが中国なんかじゃないことを
あまり外国語が得意でない彼女も中国語は話せたし、十分に聞く力もあった。
それでも分からないこの人たちの言語と、時代遅れな町の風景からここがただならぬ場所であることは察していた。
「随分とここの事を知っているみたいですけど義衡さんはいつからここにいるんですか?」
「そんなに畏まらなくていいよ、柊弥君。
まあ、そうだね。
私がこの世界に流れ着いたのはもう十年前になるね」
十年前にこの世界に流れ着いた義衡。
彼の存在は何も知らない柊弥たちをこの世界で導いてくれる希望の光でもあり、また十年経っても日本に帰れていないということを示す確かな証でもあった。