「この世界は中心に五山と呼ばれる山がありその周囲に黄海という荒野が広がっている。」
義衡は柊弥たちに分かりやすいように持っていた紙と筆をもって三人にこの世界の詳細を教える。
榛名も現実を受け止めようと今は必死になって義衡の話を聞いている。
「そして黄海の周りには時計回りに柳、雁、慶、巧、奏、才、範、恭の八つの国がある。
そのまた外側に戴、舜、漣、芳の四つの国がある
今いる場所はこの巧国の東の果て慶国にほど近い
「ん?
あの、この黄海と八つの国の間の空間は何ですか?」
「それは内海だ。
黄海は丸い島の形をしていて黄海と八つの国の間には四つの海峡と四つの内海があるんだ」
柊弥はここまでの話を聞いてこの世界の形は地球とは比べ物にならないほどに美しい形をしていると思った。
まるで神が自ら作り上げたかのように。
「そしてこの十二の国の外側に広がるのは全て虚海だ。
その虚海の向こうには蓬莱という伝説の国があるとこの世界では言われている」
その言葉を聞いてハッと顔をあげた榛名だったがそれを見越して義衡は話を続けた。
「その話を聞けばもしかしたら東の果てまで船で行けばと思うかもしれないがそもそも地球にこんな場所は存在しなかったんだ。
いくら真っすぐ東に行ったって帰れやしないだろう。」
「柊弥がここの人から海客が来るから蝕が起こると聞いたらしいのだがもしかして蝕というのが関係しているんじゃないか?」
義衡は彩斗の言葉に少しばかり驚いたような反応を見せた。
「そう言えば柊弥君はあの妓楼でも普通にこの世界の言葉が話せたようだから不思議には思ってたんだけど」
「確かにな。
でも柊弥は自分にも分からないと言ってるんだ。
永田さんはもしかしたら分かるのか?」
「いや、海客がこの世界の言葉を理解するだなんて聞いたことがないな……」
「あの、海客とか蝕とか分からないので教えてくれませんか……?」
義衡と彩斗が柊弥の言語の事についてを話し合っているところに唯一海客も蝕も知らなかった榛名が彼らの議論の間に入っていった。
「そうだったね。
蝕というものは変に聞こえるかもしれないけど時空間の乱れによって生じる自然現象なんだ。
これによってこの世界と地球とが繋がってしまう。
そこで虚海からやって来た地球の人を海客、中国側からも来た場合は黄海近くに現れることが多くて山客と呼ばれている。
ここで蝕というものはさっき彩斗君が言ったように海客が来るから蝕が生じるわけじゃない。
蝕が起こるからこちらに海客がやってくるんだ」
三人はここまで聞いてやっと自分たちのことを理解できたような気がした。
なぜこんな場所にやって来たのか。
それは地震や台風と同じように人にはどうすることも出来ない天災に巻き込まれてしまったのだと。
「ならば極端な話、再び蝕に巻き込まれれば日本に帰ることが出来るかもしれないと?」
「そうだね。
もしかしたら可能かもしれない。
でも、君たちは蝕に巻き込まれて運よく生き残れたんだ。
もう一度蝕に巻き込まれたら……まあ、生きて帰れるとは限らないだろうね」
自分たちがこちらにやって来たメカニズムは分かったがその方法を使って日本に帰ることはほぼ不可能であると言われたこの状況下で三人は道を失ったかのようにその場でうなだれていた。
その中で柊弥は義衡に尋ねた。
「あの、俺達は同じ飛行機に乗っててこの世界に流れ着いてしまったわけだけど他に今回の蝕で流れ着いた海客の噂を聞いていないだろうか?」
自分たちが日本に帰れないとしてもせめてあの機内にいた人たちで流れ着てしまった人をなるべく多く探し出したいというのが柊弥の思いだった。
一人でこの世界に流れ着いたわけではないのだ。
柊弥を含めて三人のメンバーを見る限りあの機内にいた人たちがこちらに流されてしまったことは間違いないのだ。
それにその多くは同じ学校の先生であり同級生。
知り合いももちろん多くいる。
それは彩斗だってそうだし、榛名だって同じ職に就く友人たちがあの機内には乗っていたのだ。
「それについては私はなんとも言えないな。
そもそも一度に何人も海客がやってくるなんてことは聞いたことがないんだ。
それでなくとも蝕に巻き込まれた海客はその多くが生きてはおらず運よく生き残ったのが年に十人、二十人くらいだろうと聞いたことがある。
君たちは運が良かったんだ。
他の人の分もしっかりこの世界で生きていくんだ。」
それは事実上の宣告だった。
もう君たちの友人はいない、そしてもうあの日本には帰ることは叶わない、という。
「で、でももしかしたら日本帰る方法が何か、何かあるはずよ!」
宿全体に響きかねないほどに大きくそして寂しい声は義衡の胸に響いた。
ただでさえあの時機内にいた友人たちはみんな死んでいるだろうと言われ、更にこの世界から日本に帰る方法もないと言われたのだ。
何も分からずこの数日間を過ごしてきた榛名は確かに食事と衣服こそ与えられたが最後は身売りされるところだったのだ。
この世界にとっては普通の食事と普通の衣服を与えられたものの、榛名にとっては刑務所の中の食事にも劣るほどの食事と襤褸としか言えない衣服を渡された挙句のあの出来事だったのだ。
こんな最悪な世界からは今すぐにでも出て日本へと帰りたいと思うのは仕方のないことなのかも知れないと義衡は思った。
「どうしても帰りたいというのならば全く方法がないわけでもない」
今さっきまで帰ることなど不可能だと言っていた義衡が突然もしかしたらでも可能性があるといったのだ。
三人の全員が全員義衡の方を見る。
特に榛名はそれに縋るかのような思いだった。
義衡は三人の視線に少しばかり驚いた様子だった。
「……この世界には本当に神や仙人、そして神獣の麒麟が存在する。」
「ん?
麒麟ってあのビールの奴か?」
「そうだね、そんな感覚でいいと思う。
そんな正に雲上人である彼らはこちらから蓬莱つまり日本に渡ることが出来るというんだ」
「つまり、その偉い人たちに会って日本に帰してお願いすれば可能かもということなんだね」
それは確かに無理な相談だろう。
よくもまあこんなことを義衡も言ったものだと柊弥と彩斗は思った。
しかし、どんな方法を使ってでも帰りたいと思っている榛名は未だに諦めた様子がない。
「で、どうすればそんな人たちに会えるの?」
「決して会えるとは限らないが例えば十数年前に即位したこの巧国の北の慶国の王は素は日本の女子高校生だったらしいんだよ」
「「は?」」
そんな突拍子もない話に柊弥と彩斗は思わず呆れてしまった。
「まあ、言いたいことは分かる。
しかし、この世界において王というのは血縁でもましてや民主主義により選ばれるのではなくこの世界に十二しかいない麒麟が天意に従って王を選定するというのだ」
「なるほど。
この世界が神様もいるとんでもなくファンタジーな世界だってことは分かった。
それで何で別世界である日本の人間が王様なんかになったんだ」
先の話も突拍子もないものだったがそれはまだ終わっていない。
「この世界では里木という木に人間が生まれてくる卵果という実が実る。
そしてその卵果が海客と同じように蝕によってあちらに流された存在は胎果というらしいが、慶王はその胎果というものだったらしい。
そう言うわけで日本の生まれである胎果の景王ならもしかしたらという夢物語だ」
確かに三人にとっては夢物語だった。
日本に帰る方法が出はない。
この世界の有り様が地球と意外過ぎて混乱してうまく頭が回らないのだ。
「そういう意味でも日本に帰るのは無理だと言ったんだ。
夢を見るのではなく現実をわきまえて今を生きることに真剣になるべきだと私は思う」
義衡は三人の前で取り敢えずそう言って締めくくる。
どうにか柊弥たちもこの世界について整理できたようであった。
しかし、日本に帰ることを諦めきれないことも事実。
それを目ざとく察した義衡は彼ら三人に道を示した。
「この世界においてこの巧国の北にある慶国とその上にある雁国はこの世界でも最も流れ着く海客が多く、そして海客に対する支援も豊富だ。
まずはこの慶国を目指すといい。
そしてそれでもまだ気になるのなら慶国の首都堯天に行けばいいさ。
王には会えなくとも気晴らし程度にはなるんじゃないだろうか」
義衡に言われてようやく三人の心は決まった。
まずは巧国を出て慶国に向かうこととなった。