十年ほど前にこの世界に流れ着いた海客の義衡によって今いるこの世界の事を聞いた柊弥たちは絶望を感じこそしたものの取り敢えずこの世界で生きていくための指針は出来た。
義衡の話を聞いた後、榛名はその部屋から出ることはなかったが柊弥と彩斗は話し合った宿の部屋から出た。
柊弥と彩斗は今日はあの雨戒の廃村を出てから何も食べてなかったので雨戒で手に入れたはした金を使ってこの
言葉が分かる柊弥が財布をもっていろんなところの出店で物を買い歩いた。
そのおかげでこの世界の大体の金銭感覚が分かった。
せっかくの異国の町ということもあって食べ歩きを堪能したかったが彩斗が手に入れた財布に入っていたお金の総計は日本円にしておよそ1,2万といったところだった。
決して少ないお金ではないが二人で使うとしてこのお金は少なすぎるというものだ。
日本に帰るだの何だのと言う前にまずは先立つものが必要だった。
それでこの世界の事をよく知る義衡に夕食前にこの世界での仕事についてを少しばかり聞いてみたのだが、なんと慶国に行くまでは柊弥たち三人分の面倒を見るといったのだ。
「慶国にさえつけば生きるのに不自由しないだけの金銭が支給されるからね。
それまでの間は私が面倒を見るさ。
これも何かの縁だろうね」
三人分の面倒を見ると言いきる義衡のなんと男前なことか。
三人の尊敬するような視線が義衡に突き刺さる。
「私はそれなりに言葉も話せるし医術という職にするのに他にないほどの技を持っているからね。
正直あまり金にも生活にも困っていないのさ
それでも慶国までの道中は少しばかり宿とかは窮屈だろうけどそれは我慢してくれ」
「そんなことは気にしないさ。
俺も柊弥も今までまともなところで寝てないからな。
屋根のあるところならどこでもいいのさ」
「それは興味深い。
ぜひとも君たちの武勇伝を聞いてみたいものだ」
「そんな武勇伝なんてものじゃないさ」
彩斗は義衡のその冗談めかしたその言葉に苦笑した。
「すみません。
永田さんの言う金銭の支給とはどういったものなのですか?」
突如横合いから声が聞こえてきた。
榛名は社会人らしくなんとも現実的なことを聞いてきた。
「簡単に言うと三年間だけは一定額の生活費が支給されるんだ。
私もこの世界の雁国に流れ着いてからはこの世界の人たちに自分が海客であることを教えられてすぐに海客としての身分証明とある程度の金子を頂いたんだ」
あの時は混乱しててよく分かってなかったけど今考えれば恵まれてたんだな、と義衡は言った。
それはつまり雁国も慶国も海客に対する対策が十分にできているということだ。
では、何故自分たちはこんなに苦労しなければならないんだ。
三人が三人そう思った。
「巧国ではそういう対策はしていないんですか?
確か地理的には巧国だて他の二国と同じように東の端で虚海に面しているはずなので今までにも俺たちのような海客はいたはずなんじゃ」
「巧国にはないんだ。
前の塙王が随分と海客が嫌いな方らしくて昔は役所に引きずり出して処刑してたっていうんだから酷いものだ。
今は塙王も亡くなられて今の朝廷も海客に対しては良くも悪くも何の対策もしていないんだ。
それでも海客に対しての差別意識はなくなっていなっていないらしくて。
……三人とも苦労しただろうね」
三人とも最初に出会ったこの国の人々を思い出す。
柊弥と彩斗はあからさまな憎悪と殺気を向けられ、榛名に至っては身売りに出される寸前だった。
それが前の塙王のせいだと考えると釈然としないのも仕方がないだろう。
「そう言えば今の景王も最初は海客として苦労したらしいと聞いたことがあるな。
あの時はまだ前の塙王も生きていた時代だから相当大変だったろうなあ」
「永田さんは景王が胎果だと言ってましたけどどういった方なんですか?」
やはりまだ景王に会えたら日本に帰れるかもしれないという義衡の言葉を引きずっている榛名が尋ねてきたが義衡は苦笑を浮かべた。
「えぇと、まあ、王に即位したのが16,7の頃らしい。
さっきも言ったように途中で行き倒れるほどには苦労した方らしいからな。
でも、高校生の頃に王になって今まで頑張っているんだから大したものさ。
王とは神にも等しいともいうから」
「神にも等しい?
それってどういうことですか?」
「ああ、いってなかったけ。
この世界において麒麟に王として選ばれた人は人ではなく神になる。
民を虐げたりと天の怒りに触れない限りはその者は不老不死として生き続けるのだそうだ」
「不老不死ですって?」
予想外の言葉に柊弥と彩斗は呆れ、榛名は声を上げた。
「そう。
だから景王は実年齢は俺より少し下くらいだと思うけど見た目は未だに女子高校生のままということなんだろうな」
「じゃあ、百歳をとうの昔に越えてる王だっているってことですか?」
「南の奏国の治世は600年、北の雁国の治世は500年。
雁国の王と台輔つまり麒麟は胎果だから室町時代を実際に知っている人たちってことだ。
本当にすさまじいものだよ」
その後、義衡は、ちなみに王に仕える官僚の多くも仙だから不老不死だというその衝撃の事実を何と言うこともなく言うものだから三人は固まってしまった。
「永田さん、他に景王について知っていることはないですか?」
しばらくして再起動した榛名だったが、さっきと特に変わらなかった。
「そう言われても、あとは国についてを少し知っているくらいだから……
あ、そう言えば、景王は綺麗な赤髪をしていると聞いたことがあるな。」
「ん?
永田さん、景王は日本で生まれ育った胎果だって言ってなかったっけ?」
「いや、そもそも私は胎果のことを詳しく知らないからな。
そう言われても何とも言えないな」
そう言う義衡の視線は柊弥の髪の色を向く。
そして彩斗も柊弥の髪をジッと見ていた。
「な、何かな?
そんなに見られても困るんだけど」
「そう言えば赤い髪の人がここにもいたなーって。
柊弥は日本にいた時黒髪黒目だったのに今じゃこんなド派手になっちゃったじゃん?」
「ド派手言うな!
……でも、まあ、それもそうだな」
「……もしかしたら柊弥君も胎果なのかもしれないね。
ここの言葉が喋れるのもそれが理由かもしれない」
いきなり出てきた柊弥胎果説。
この世界の事をよく知る義衡と日本での柊弥の事を知っている彩斗も同意している。
この状況で柊弥は戸惑うほかなかった。
「そんなこと言われてもどうしようもないだろ。
そもそも永田さんだって胎果について詳しく知らないんだ。
それじゃあ、俺が胎果だとは限らないだろ」
「まあ、それもそうだな」
柊弥は自分が胎果であることについて全面否定した。
しかし、もしかしたらそうなのかもくらいには思った。
確かに自分が胎果だとしたらそもそも日本ではなくこちらの人間だったことになる。
それは酷く寂しいが、しかし今までの柊弥自身の他とは違う物事が胎果であったからと思えるのなら気は楽になるかもしれないと思った。
「なるほど、北条さんはこちらに来てから容姿が変わられたんですか」
「流石にこんな容姿をした日本人は目立つでしょう。
一応、飯山さんもここに来る前の俺のことは知っていると思いますよ。
正面にいましたし、それにあの時だって俺が飛び出して……」
柊弥は自分で言うのも恥ずかしかったから今まで言わなかったのだ。
そもそも彼女が覚えているとも思っていなかったのだから。
しかし、どうやら彼女はよく覚えていたようだ。
「あ!
あの時ハイジャック犯から真紀を庇った学生さん!?
あなただったのね」
「え?
ハイジャック?
まさかハイジャックされた飛行機が蝕に巻き込まれたとでも?」
話を聞いていた義衡は驚いた声を出して近くにいた彩斗に事の次第を尋ねていた。
「撃たれたと思ったんですけど大丈夫だったの?」
「ええ、まあ。
あの後すぐにこちらに流れ着いたからか不思議なことにどうやら弾が当たった痕も見られなくて……」
「へえ、柊弥君は随分と運がいいのだな。
拳銃に撃たれても運よく当たらなくて、蝕に巻き込まれても生き残ったのだし」
そういう義衡に対して柊弥は苦笑した。
生き残ったとはいえ蝕に巻き込まれてこんなところまでやって来てしまったのだ。
あまり運がいいとは思えなかった。