峯麒、そして海客   作:カラミナト

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不吉な臭い

 柊弥、彩斗、榛名の三人は垓洶(ガイキョウ)を出てからは義衡と行動を共にしていた。

 垓洶を出てから一週間経った。

 義衡が言うには慶国との国境は高岫山という山になっており、両国間を行き来出来るのは国に数か所ある鳥羽口といういわゆる関所を通る必要があるらしく、柊弥たちは現在地から最も近い東にある鳥羽口に向かっていた。

 とは言うもののこの世界は想像以上に広いのだ。

 

「随分と時間がかかるんだな。

歩いて遠くまで行くことなんてそうそうないからある程度は覚悟してたけど、もう一週間になる。

永田さん、目的の関所までどれくらいかかるんだ」

 

 不意に彩斗が尋ねた。

 歩き疲れたということはないだろう。

 これでも運動部系の部活に入ってるから彩斗にも体力には多少自信がある。

 それでもやはり精神的に疲れるのだ。

 

「まあ、あと二十日もすれば着くといったところかな」

「え?

そんなにかかるの?

一番近くの関所に向かうって言ってましたよね?」

 

 柊弥も榛名のその言葉に同意するように頷いて見せた。

 車や電車と違って歩きでの移動なのだから分からなくもないが少し遠すぎる気もしたのだ。

 

「そもそもこの国が大きいのさ。

前にもこの世界には十二の国があると言ったがこの巧国で言うならば端から端まで歩きで三か月かかるというのだからね」

「そんなに!?」

「いや、確かに凄いんだろうけど、はっきり言って距離感が掴めないんだが」

 

 柊弥もそう思って何かを促すように義衡の方を見た。

 

「そうだな……

この国は端から端までで日本の北海道から奄美の辺りまですっぽりと入ってしまうと言ったら分かりやすいかな?」

 

 この言葉には三人とも驚いた。

 ならば、面積で考えると日本よりも遥かにでかいじゃないか、と。

 

「こんな国が十二国もあるのね……」

「なら、俺達が今向かってる関所まで一か月の距離ってことは……」

「大体、博多から鹿児島まで歩いてるのと同じなんじゃない?

ですよね?」

 

 そう言って柊弥は義衡に尋ねた。

 

「まさしくそんな感じだね」

 

 柊弥は江戸時代の人たちが一日に3,40㎞の距離を歩いたと聞いたことがあった。

 一日30㎞として三か月つまり90日の距離ということは2700㎞。

 流石に定規で線を引いたようなまっすぐな道はないだろうから、実際の国の端から端までの直線距離を2500㎞とすると確かに日本列島がすっぽりと入ってしまう。

 

「どうりで時間がかかるわけだ。

……歩きって大変だな」

「分かってくれたようでなにより。

さあ、先を行こうか」

 

 柊弥たちは再び前を見たところに珍しく多くの人が集まっていた。

 遠くからではよく分からなかったが集まっているわけではなく大人数がぞろぞろと移動しているようだった。

 

「永田さん、あれは一体?」

 

 他の二人も疑問に思っている中、やはり義衡だけが何かを知っているかのようで顔を顰めていた。

 

「たぶん、荒民(なんみん)だろう。

何処かの町から抜け出してきたんだろう。

恐らく慶国に向かっているんじゃないだろうか」

「戦争でもあったっていうのか?」

「いや、この世界では天の怒りみたいなものがあるらしくて国同士の戦争はない。

あるとしても国内での内乱だろうが……

そんなのは聞いたことがないな」

「では、何だというのですか?」

 

 柊弥の脳裏には荒れ果てた田畑を思い出して蝕による災害が大規模に起こったせいだろうかと考えた。

 しかし、義衡の答えは予想とは大幅に反していた。

 

「前にこの国の塙王が十数年前に亡くなったと言っただろう?

この世界では王がいなければ国には天変地異は起こり、田畑は荒れ、妖魔が蔓延る。

君たちも道中でこの国の田畑を見ただろう?」

 

 柊弥たちは道中で見た田畑を思い起こしてみる。

 都会育ちの三人は正直田んぼというものを見たことがなかったが、確かにテレビや写真などで見る日本の田んぼの風景とは違って随分と稲穂の密度が小さく大きい田んぼが心細く感じた。

 柊弥は不作なのかとも思ったが義衡の話を聞いている限りどうやら違うようだ。

 

「恐らく彼らは農業が出来なかったりとどうしようもなくて自分の町から出てきたんだろうね」

「でも、王がいなければって、もう十数年前の話ですよね?

この国の王はどうしたんですか!?」

 

 耐えられなかった柊弥は思わず義衡に対して叫んでしまっていた。

 

「この国にはまだ王はいない。

前にも言ったがこの世界では麒麟に選ばれて王となる。

王が即位すれば徐々に目に見えて妖魔もいなくなると聞くが今の巧国では王が選ばれない限りどうしようもない。

蓬山に麒麟はいるが未だに王が見つからないってことだ」

 

 柊弥たちは道中でこの世界の麒麟についても聞いていた。

 麒麟が王を選ぶということもだが、黄海の中でも蓬山という山には世界で唯一麒麟だけが生まれる場所があって、そこで生まれた麒麟は王を選ぶまでを蓬山で暮らす。

 そして、麒麟が成長するとその国の人々が蓬山へと昇山する。

 それが基本的な王が選ばれる過程なのだということだった。

 

「なるほど、確かに永田さんは麒麟が王を選ぶまでは時間がかかると言っていたな。

ということは王が選ばれるまでこの国はそのままということか……」

 

 地球とはまるっきり異なるこの世界。

 しかし、柊弥はこの世界のルールはあまりにも残酷ではないかと思った。

 柊弥のやるせない感情があふれ出た顔を見た義衡は話を続ける。

 

「天と麒麟にかどうすることも出来ないさ。

しかし、巧国の確か二年前に王が亡くなった北の芳国の方が現状は酷いだろうな。

今、蓬山に芳国の麒麟はいないのだから」

「世界には十二しか麒麟がいないのだから麒麟が死ねば蓬山で麒麟が生まれるて言ってなかったっけ?」

「確かにそうだが、芳国の麒麟の卵果は蝕に巻き込まれたのではないかと聞いている」

「蝕でってことは日本の何処かに麒麟がいるてことか?」

 

 なんとも不思議な話に三人は三者三様に驚いた。

 

「ありえないこともない。

戴国の麒麟も胎果だという話だしね」

 

 それを聞いた柊弥は不思議でならなかった。

 胎果ならばまだいいだろう。

 この世界にやって来て実はあなたはこの世界の人間なんだと言われて確かに動揺はするだろう。

 それでも人間だ。

 

 戴国の麒麟はどうだったんだろうか。

 いきなり自分が麒麟なのだと言われて。

 そもそも自分が人間でないと言われて。

 

 柊弥は思わず考え込んでしまった。

 

「その芳国はやっぱりこの国と同じように荒れているのでしょうね」

 

 榛名のその言葉は静かに周囲に溶けていった。

 柊弥は辺りを見渡して稲作もままならなくなるほどに荒廃した土地を見た。

 

「いや、芳国は北の戴国と同じように豪雪地帯なんだ。

食料がないなかでまともに冬をしのぐことなど出来るとは思えない。

それに彼ら荒民と同じように国を出たくとも芳国は虚海に囲まれた島国だ。

王のいない国には妖魔が現れ、そして虚海沿岸にももちろん存在する。

近くの恭国に渡るための船もまともに出てはいないだろう」

 

 それを聞いた彩斗は想像以上の酷さに憐れむどころか呆れ果てて苦笑を浮かべている。

 榛名にしても自分が関係ないとは言え何も感じないわけではなかった。

 そして、柊弥に至っては蝕に見舞われた配浪の町の人々や目の前の気力の見られない荒民を思い、哀れみ以上に巧国の麒麟や芳国の麒麟に対してやるせない怒りを感じていた。

 

「これがこの世界の理というものさ。

どうしようもない。

私も話だけは聞いていてね。

それでもこの世界のことを知るためにも必要だと思って王のいない荒れた国を見ておきたかったんだ。

だから私は感じて雁国からわざわざこの国まで足を運んだのさ」

 

 そう言って彼は荒れ果てた土地を見渡して悲しそうな表情を浮かべていた。

 

 柊弥は随分と物好きな人もいたものだと思った。

 この国では先も義衡自身が言っていたように国が荒れるだけでなく妖魔も出没するのだ。

 そんな危険な国にわざわざやって来た義衡をしかし笑えなかった。

 

 柊弥たち三人はその義衡の情けで今この土地で生きていけるのだ。

 

 そうして慶国との国境まで向かう街道を進んでいた柊弥たちだったが異変に気が付いた。

 先の方には馬車が二つほどあって更にその周辺には十人以上の人がいる。

 随分と多い人だかりの先の方が何やら混沌としているらしく騒がしい。

 

「なんだ?何があったんだ?

まさか馬車の荷が重すぎて車輪が壊れちまったとか?」

「いや、流石に君の言うようなことではないと思うけどね……」

 

 よく状況を理解できない中で彩斗の冗談に義衡は苦笑する。

 

 しかし、柊弥はただならぬ事態にあることを理解した。

 三人の目の前で唐突にバッと衣服の裾で口元を覆った。

 

「どうかしたの、北条君?」

「酷い血の臭いがする……」

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