峯麒、そして海客   作:カラミナト

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更なる従僕

 柊弥が血の臭いがすると言って口元を裾で覆い隠したのを見ていた他の三人は不思議そうな顔をして柊弥のその様子を訝しんだ。

 

「柊弥君、一体どうしたんだい?

私には何も分からないのだけど」

 

 その義衡の言葉に対して彩斗と榛名も義衡の言葉に同意した。

 ここから問題が起こったらしい集団までは結構距離がある。

 普通はこれだけ離れていればいくら血なまぐさい物事が起きていようとそもそもここまで臭いは漂ってこない。

 

 だからこそ三人は柊弥のその様子を不思議がっているのだ。

 

「信じなくてもいいよ。

ただあっちで血なまぐさい出来事が起こっていると俺は思っている。

こちらに来てから随分と血の臭いに敏感になったものだから分かるんだ」

 

 柊弥は正面の集団を見据えて目を離すことなく三人に言った。

 

 三人は柊弥のただならぬ気配を感じてこそいたもののそれでも理解できなかったために信じなかった。

 

 しかし、その思いはすぐに裏切られることとなる。

 

 集団の側の茂みから二体の獣が出てきたのだ。

 その獣は毛皮の模様から豹のような姿をしており、何故か二本の尾を持っていた。

 

「ひっ!

な、何なのよ、あれは!」

「あれは妖魔だ!

クソッ、柊弥君が正しかったというのか」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!

来るぞ、柊弥、永田さん!」

 

 一体の豹の妖魔が四人の前にやってくる。

 そうしている間にも彩斗は素早く腰の剣を抜き、同じく義衡も持っていた短剣を鞘から抜いて構えた。

 柊弥は腰にある短剣を抜こうとしたがそれは彩斗の一言で制止された。

 

「柊弥!

お前はあっちに向かえ!

多分もっとヤバい大本がいるのかもしれん。

……お前なら出来るだろ?」

 

 彩斗はいつも学校の道場内でやっているかのように少しの気負いもなく剣を構えて向かってくる妖魔にその剣先を向けていた。

 彼の視線と剣の切っ先にブレはない。

 

「一体何をするというんだ、君たちは!?」

「は、早くここからは慣れましょう?」

 

 義衡は初めて見る妖魔に怖気づいて腰が抜けて自らに縋りついてくる榛名を背に庇いながら柊弥と彩斗に言い放った。

 しかし、この緊迫した状況の中で二人は笑って見せた。

 

「大丈夫ですよ、永田さん。

俺がこの元凶を叩いて見せますから」

「そうそう。

俺も実践は初めてだが全国トップ4の実力をなめてもらっちゃあ困るな」

 

 そして、不敵に笑う彩斗は柊弥に対して何かを促すように視線を送る。

 

「それに柊弥なら大丈夫だろうからさ」

 

 柊弥は彩斗に対して頷き返すと自身の従僕を呼んだ。

 

爍繃(シャクホウ)!」

 

 柊弥の影が揺らめいたと思えば彼の隣にはいつの間にか龍のような風体をした赤い獅子がまるで柊弥に跪くかのように伏せの状態で現れた。

 

 その姿を見た義衡と榛名は目の前まで迫ってきた余間よりも断然大きな妖魔を目にして驚いた表情を見せた。

 それに、何が何だか分からずに半狂乱の榛名に至っては爍繃だけではなくその爍繃を従えている柊弥にも得体のしれないもの見たことによる恐れの感情を多分に含んだ視線を向けてきていた。

 

 柊弥は、一週間も一緒にいた彼女にそのような視線を向けられて残念な気持ちであったが、彼女の気持ちも十分に理解できるため仕方がないかと割り切った。

 

「どうする?

この妖魔、爍繃なら一撃だと思うけど」

「わお、流石だね。

でも大丈夫。

俺もお前に守られてばっかりではいられない。

これからも何度もこういうことがあるかもしれないんだ。

妖魔に対しても、そして人に対しても。

……死なないためにも今のうちに慣れていた方がいいと思う」

「……そう、分かった。

じゃあ、気を付けて」

 

 柊弥はこの世界にきて変わらざるを得なかった彩斗を悲し気に見つめていつものように爍繃の背に跨った。

 そして爍繃は主の意を汲んで目の前で委縮している妖魔の横を素通りして集団の前の方へと向かって行った。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 柊弥は自ら進んで血に臭いの酷い方へと爍繃の背に乗って向かって行く。

 

 歩いて5分といったところにあった柊弥たちの目の前の集団の人々は派手な赤色の非常に大きな妖魔が後ろからも迫ってくるとあって追い詰められたようにその場に崩れ落ちてしまう者もあったが、爍繃の背に人間が乗っているところを見て恐怖の中に疑問に思った。

 

 そうやって集団の人だかりに見られているのも構わずに柊弥は二台の馬車の前方へと現れた。

 

 そこには彩斗も予想していたようにこの事件の元凶はあった。

 

 その大きさは爍繃には届かないものの他の豹の妖魔よりも明らかに大きく、そしてもちろん人間では歯が立たないほどには大きかった。

 白い妖魔の毛皮は他の豹の妖魔と同じような模様をしているが、その毛並みはまるで輝いているかのように綺麗で明らかに他の妖魔とは違う。

 そして、視覚的にも分かりやすくその妖魔には鋭い象牙の角を持ち、尾も五本と多かった。

 

 その妖魔の近くには一人の重傷の男性が倒れており、それを救い出そうとするも周囲にいる6,7匹の豹の妖魔が邪魔で重傷者に近付くどころか小さな妖魔相手に手こずっているようだった。

 

 状況は逼迫している。

 そう理解した柊弥は迷わず爍繃に命じた。

 

「爍繃、先に小物の妖魔の方から片付けてしまってくれ」

『御意。

それで、主は何を』

「決まっている。

重傷者を救い出すのさ」

 

 柊弥は辺り一帯から発生られる血の臭いに参りながらもしっかりとした歩みで混乱した状況下を歩いていく。

 

「君、何処から来たんだ!

早くこの場から……

ってうわ!

また新しい妖魔が!!」

「いや、違う。

その妖魔は俺たちの助太刀に来てくれたかのようだ!」

「本当だ……

妖魔の相手をしてくれている……」

 

 まるでありえない状況下にあることを実感しながらも周囲の視線はやがてこの中でも特に大きかった今日の妖魔へと向かって行く柊弥に集中した。

 

 何をするつもりなんだ。

 そう言いたい者はきっと多いことだろう。

 しかし、いまこの空気において柊弥は喋ることさえも許さないような邪魔することが憚られるような緊迫した空気を放っていた。

 

 柊弥は考えていた。

 

 爍繃はきっとこの辺りの小物の方の妖魔を何とかしてくれるはずである。

 しかし、今重要なのはこの大きな妖魔の近くに倒れ伏す重傷者を救い出すことだ。

 だが、あの妖魔を前にしては決して簡単に彼を助けさせてはくれないだろう。

 だからといって今自分の後ろにいる武装した男たちに協力を仰ぐのもどうなのだろうか。

 

 柊弥はこの状況をどうやって潜り抜けようかと酷い血の臭いで気分が悪くなってきた中で必死に考えた。

 普通に考えれば後ろの武装する彼らに協力を仰ぐのが筋というものだろう。

 だが、それは必ず負傷者が、いやもしかしたら死人が出るかもしれないことだった。

 

 目の前の妖魔は近づいて来る柊弥に対して威嚇する。

 

 時間がない。

 柊弥にも、重傷者にも。

 

 そこでふと柊弥は思った。

 もう一体爍繃のような妖魔がいてくれたらよかったのに、と。

 だとすればもう一体がこの妖魔の相手をしてくれるから。

 

 しかし、今更ないものねだりをするべきでないと考えた柊弥は考えを改めようとしたところで気付いた。

 

 ――この妖魔を爍繃みたいに従えることはできないだろうか。

 

 そこまで考えた柊弥は早かった。

 柊弥は朧げな爍繃を従えた時の感覚を思い出す。

 目の前ではとうとう妖魔が柊弥に対して迫ってきた。

 後ろの方では悲鳴と柊弥を心配するような大声が聞こえる。

 

 そして、柊弥は目の前の妖魔に対して睨みつけた。

 俺の従僕となれ、という強い念を込めて。

 

 果たして目の前の妖魔は柊弥に迫ってきたその歩を止めて柊弥をにらんだ。

 柊弥も負けじと睨み返す。

 

 爍繃もしばらくしてすべての妖魔を退治したようだ。

 辺りを沈黙が支配する。

 すぐ近くまで妖魔を無事退治した彩斗たちがやってくる。

 

 ここにはまだ若い青年とその青年よりも大きな身体を持つ豹の妖魔が一体。

 ただジッと睨み合う。

 

 柊弥はただひたすらに妖魔に対して自らの従僕として従えるために強い念を送り続ける。

 柊弥は、相手からの威圧も感じつつ、これに負けたら自分が食われて死ぬだろうことも理解しつつその妖魔を従えるために集中する。

 

 そして、周囲の人々がこの異様な状況を緊迫した状況で見守る中でそれは訪れた。

 

 明らかに妖魔の力が増していくのが感じられた。

 このままではマズい。

 そう思った柊弥は右手を天にかざす。

 爍繃を従えたあの時のように。

 

 ――俺に従え

 

 それからは我武者羅に目の前の妖魔を従えることを考えた。

 

 ――俺の従僕となれ

 

 僅かに妖魔の方が勝っていた力の均衡は柊弥の方に傾いていく。

 

 ――従え!

 

 妖魔が押されつつあるのが柊弥には手に取るようにわかる。

 最後の一押しだ。

 

 ――従え!!

 

 ついに勝負は柊弥に軍配が上がった。

 柊弥の脳裏に文字列が並ぶ。

 その意味を理解したうえで声に出して号令した。

 

「下れ!晧霍(コウカク)!!」

 

 中天に太陽が輝く中、柊弥の声が辺りに響いた。

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