十二国の中でも東部に位置する巧州国。
その国の更に北東部の虚海沿岸に一人の少年が倒れている。
海風に晒される松の林の中に一人柊弥は倒れ伏す。
柊弥は暗闇の中で目を覚ましたもののまるで体力の全てを搾り取られたかのように指先を動かすことさえままならないほどの異様な倦怠感と脱力感に苛まれていることには気が付いた。
しかし、ボンヤリとした意識の中でこれ以上はどうしようもないことを理解させられ、眼を開けることさえもままならなくなったために自然に任せて再び眠りについてしまった。
柊弥の意識が覚醒したのはそれから一日近く経った夜明け前だった。
目を覚ましてしばらくしてから柊弥はゆっくりとその場で立ち上がる。
目覚めは決していいとは言えないが朝が苦手な柊弥にとってはいつもとそう大差ない朝だ。
いつもと違うことと言えば今まで夜明け前に目を覚ましたことなどなかったということだけだ。
不安定な態勢で寝ていた柊弥は身体の具合を確かめるために腰を回し、肩を回し、伸びをしたりと身体の調子を整えていく中で段々と今の状況が普通でないということに気が付いた。
群青色の空の下で精一杯伸びをしている中で、柊弥は自分が松の林の中にいることに気が付いた。
「……ここは一体どこなんだ?」
柊弥の周囲には彼が今まで見たことがないほどの鬱蒼とした松の林が広がっている。
雨が降ったのかそこかしこに水たまりが出来ているのはいいとしても折れた枝葉がそこら中にあるので台風でもあったのだろうかと考えた。
「いや、そういうことじゃなくて。
何で俺はこんなところにいるんだ?」
――そうだ。
――飛行機に乗って沖縄に向かっていたはずだ。
そこまで思い出したら後は早かった。
友人たちと沖縄で何をしようかと話しながら離陸を今か今かと待っていた自分。
離陸後しばらくして、いきなり現れた顔を隠しもしない航空機ハイジャックの犯人たち。
異様に短気な犯人の存在。
拳銃で殴られた林先生。
銃口を突き付けられるキャビンアテンダント。
――そして、銃で腹部を撃たれた自分。
そこまで思い至り、柊弥は反射的にガバッと制服を翻して確かに何かが当たったはずの腹部を眺めた。
彼の予想が正しければそこには穴が開いて血が流れ出ているはずだった。
しかし、
「……ない。
何もない。
銃創も、血も、ましてや傷でさえ」
あれは夢だったんだろうかと頭をよぎる。
修学旅行で目的地に向かう中でハイジャックされるという何とも非現実的な状況を思い描き彼は鼻で笑った。
そんなことはありえない、と。
しかし、彼はここで思い出す。
夢なのだとしたらなぜ自分の部屋のベッドにいないのか、と。
ここは一体どこなんだ。
暗闇の中に右手の方から薄ぼんやりとした光が見えるその場所に何も考えずに歩を進める。
そこで、柊弥は知った。
ここが日本でも地球の何処でもない別の場所だと思い知らされた。
「何なんだ、これは?
何で海の底が輝いているんだ?」
赤味を帯びた雲がたなびく群青色の空の下、柊弥が断崖絶壁の上から眺めたものは、朝陽が届かず未だに暗い沖合の海を思わせるような海の中に星々が煌めいている様子だった。
明滅している海中の星々はまるで生きているかのように海の中を揺らめいている。
柊弥は、夜空の星が鏡映しで移っているのかと期待して空を見上げるもそこには星明りなど見られない夜明けの空が広がっているだけだ。
「……はあ、訳が分からない。
俺は飛行機に乗って沖縄に向かっていたはずだ。
それがどうして日本でもましては見知った世界のどこかですらないなどどういうことなんだ?
……そうだ、飛行機はどうしたというんだ」
まさか墜落でもしたというのかという柊弥の疑問に対して海面の海中からの輝きではない異質な物による朝陽の反射が彼に示した。
そこにあったのはこの綺麗で妖艶な海には似つかわしくない何かの金属片だった。
「ま、まさか、あれは飛行機の残骸だとでもいうのか!?
だ、だとしたら本当に……飛行機は墜落したのか?」
柊弥の間違いであって欲しいというその言葉は、日が昇ったことで反射する海に漂う多くの金属片や誰かのバッグなどといった雑貨ものによって裏切られた。
そこでようやく柊弥は何故海ではなく陸地に放り出されていたのかと疑問に思って身体の状態を再び改める。
案の定、彼の服装はただ海に投げ出されただけではありえないほどにあちらこちらが破れており、彼はどうやら自分は空に放り出されて運よく木々が緩衝材となって助かったようだと考えた。
しかし、この時柊弥はいくら何でも身体の何処を見ても傷一つない自分の身体には違和感を覚えた。
「ここが何処かは分からないけど沖縄でもましてや日本でもないみたいだな。
でもどうしようか。
それにみんなは大丈夫だろうか」
柊弥はどうなっているのか分かってはいても自分以外の人たちは無事なんだろうかと心配せずにはいられなかった。
崖から身を乗り出して海上の影を探してみても海面に浮かぶ雑貨ものが漂うだけで人の姿はまるでない。
柊弥には辺りの海一帯を見ても人影すら見られないことを不気味に思った。
もしかしたら下で助けを求めている人がいるかもしれないと思って下に下りたいと覆ってもこのあたり一帯は須らく断崖絶壁で降りることなど叶わない。
それでももしかしたらと思って柊弥は探索を始めた。
まずは下に下りられるだけの緩やかな崖を見つけることだ。
そして、柊弥は下に向かって誰かいないかと声を掛けながらこの断崖絶壁の沿岸を歩いて行った。
どうか一人でも多くの人が見つかって欲しいと。
そう願いながら。
◇◆◇◆◇◆
夜明け頃から沿岸の緩やかな坂がないかと探しながら断崖絶壁の下の海面の方へと声をかけ続けた柊弥だったが、その努力の甲斐もあってどうにか下に下りられるような坂道を見つけた。
喜び勇んで転んでしまいそうになりながらも柊弥は坂の下の海上にある船らしきものを目指して下りていった。
結果としては下には小さな湾があるだけで沖合の方には金属片が見受けられたがこれより先に行くことは叶わず捜索を断念した。
しかし、柊弥はこの場所には断崖絶壁の崖を海辺まで下りるための坂道を作るだけの技術を持ち、漁業をするであろう人がいることはどうにか分かった。
あの綺麗だが妖艶な煌めく海という非現実な現実を見せつけられた柊弥にとっては全くの未開の地なんてことではないことが分かって少し安心できたようだった。
それでも船の形が木造の帆船で異常なほどに時代遅れであり、更にここ十数年は誰も使っていないかのような船体の衰退ぶりが柊弥を不安にさせた。
「ここに船があるということは近くに人里があるはずだ。
まずはこの場所のことが分からないことには何もできないわけだし。
取り敢えずその場所に行ってみようか」
そうはいってもそもそもここが何処なのか分からない柊弥にとって何処に町があるだのないだのといったことなど分かるはずもない。
柊弥は再び長い坂道を登ってこの湾を去った。
「取り敢えずこの林を出ればいいのかな。
となれば海と反対側に行ってみようかな。」
船体の時代遅れ感じとここしばらく湾に人の出入りがなさそうなのが柊弥にとっては嫌な感じしかしないし、そもそもこの近くに人がいるんだろうかと不安にさせた。
それでも柊弥は林の奥深くへと進んでいく。
夕暮れまであと三時間以上はあるだろうが、しかしそれだけしかないという事実は彼を焦らせた。