峯麒、そして海客   作:カラミナト

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何者か

 人では倒すのにも苦労する妖魔がさっきまで何匹もいたというのにそれらの代わりには龍のような様相をした赤い獅子がいる。

 例え人では何人いようとも敵わなかったであろう巨大な豹の妖魔は目の前に何をするでもなく佇んでいる。

 

 脅威は既に無くなったものの辺りは未だに静まり返っていた。

 

 そして、すべてを終えた柊弥はその場で崩れ落ちた。

 

「柊弥ッ!」

 

 周囲に覆いかぶさった静寂を引き裂くように彩斗の声が響き渡った。

 彩斗は目の前で倒れた柊弥を心配して助けに行こうと荒民(なんみん)たちの間をを掻き分けて進む。

 そして、医者である義衡も今まで手当てをしていた患者を診終わると彩斗の後に続いて柊弥の元まで向かってくる。

 しかし、今まで一緒に旅をしてきた榛名は柊弥の元まで行くのを躊躇われて荒民の集団からは出てきたものの柊弥たち三人からは離れたところにいた。

 

「柊弥、大丈夫か?」

 

 彩斗は倒れ伏した柊弥の元まで向かう。

 しかし、彼の近くにはさっきまで人々と対峙していた凶悪な豹の妖魔がいる。

 その妖魔を気にしながらも彩斗は柊弥の元まで駆け寄った。

 

 柊弥は新たに得た晧霍(コウカク)の折伏に気力を使い果たして疲労困憊の状態である。

 今は、前回の無我夢中で後先何も考えずに従えた爍繃(シャクホウ)の時とは違って幾分余力は残っているものの、まともに立ち上がれないほどには疲れていた。

 そもそも眠気が酷くて今にも意識を失いそうな状態なのだ。

 

 しかし、柊弥は今のこの状況を放ったまま意識を失うわけにはいかなかった。

 

「……彩斗、血の臭いが……」

 

 柊弥を心配して倒れていた彼を抱き起していた彩斗は今、血に濡れていた。

 剣を取って自ら妖魔と戦ったこともあってその剣は血に濡れて、彩斗の衣服にも返り血で汚れている。

 柊弥のその言葉を聞いた彩斗は生き物を殺したことを忌避されているのかと少しばかり思ってしまい、柊弥を地面にゆっくりと下ろして離れた。

 

「わ、悪い。

そうだよな、こんなに血で汚れた衣服で近寄られても困るよな」

「いや、違うんだ……

彩斗は皆を守るためによく頑張ってくれたよ。

それでも……血は駄目なんだ……いつもより疲れているからだろうね、今もこの辺りの血の臭いが酷くて気分が悪いんだ」

 

 柊弥の言った通り、今この辺りは特に爍繃による妖魔退治によって多くの妖魔の血肉が広がっている。

 他の人たちにとって確かにこの惨状は見ているだけで気分が悪くなるような状態だろう。

 しかし、柊弥にとってはこの場所は自分が最も嫌い、毒のように身体を侵す血の臭いが漂っているのだ。

 さっきの疲労を差し引いても気分が悪くなるというものだろう。

 

 その柊弥の言葉を聞いた義衡は何かを察したようにすぐに行動を起こした。

 彼は濡れてしまうのを気にせずに衣服を汚していた患者の血を持っていた水筒の水で洗い流す。

 

「彩斗君、いろいろと聞きたいこともあると思うけど取り敢えずここを今すぐに離れよう。

多分ここでは柊弥君の身体にも障るだろうから」

 

 柊弥と彩斗は義衡の何か知っている風な言葉に不思議に思ったが、軽く義衡に周囲を見るようにと促される。

 

 周囲にいたこの巧国を出ようとする荒民の人たちが柊弥たちを注視していた。

 それはさっきまでとあまり変わらないものだったが、どことなくザワザワと騒がしくなっていた。

 

 それは、確かに自分たちを妖魔から救ってくれたという感謝の念もあったことだろう。

 しかし、彼らの視線には明らかに柊弥に対する恐怖の念が隠しきれていないようであった。

 

 自分たちを襲ってきた妖魔はもちろんだがその妖魔を従えている柊弥も恐怖の対象なのだ。

 

「このままではいつ彼らの感情が爆発して柊弥君に襲い掛かってくるか分からない。

この場合は柊弥君だけでなくて私たちも危険なのは同じだろう。

一刻も早くこの場を去るべきだ」

 

 その義衡の言葉は周囲の人たちを見れば十分に納得できることだった。

 

 事実、今まで一緒にいたはずの榛名でさえ柊弥に対して恐れているのだから。

 

「……榛名君は私に任せてはもらえないだろうか?」

「まあ、そうだな。

今、俺や柊弥が近づいても混乱するだけだろうな。

任せたよ、永田さん」

 

 そこで、さっきよりも幾分体調がよくなった柊弥が少しばかり身を起こした。

 その動作だけで周囲の人たちの動揺が広がる。

 悠長にここに居座るわけにはいかない。

 

「それで、爍繃たちに命じればいいんだろう、永田さん?」

「そうだね。

妖魔なら空を飛んでいけるからね。

まあ、私たちが乗れるならということなんだが……

大丈夫かな、柊弥君」

 

 この状況で随分と落ち着いていられる義衡を頼もしく思いながらも柊弥は頷く。

 

「爍繃とこの晧霍とで二人ずつだな。

……それで、その……

飯山さんは大丈夫ですか?」

「任せてくれ。

嫌がる彼女を連れていくのは確かに酷いだろうがここにいる人たちがわつぃたちと同じ海客の彼女に何をするか分からない。

気絶させてでも連れていくさ」

 

 柊弥と彩斗は義衡の裏の顔を見たかのようで唖然としたが、すぐに気を取り直して行動に移る。

 

「爍繃、晧霍!」

 

 すべてを分かっているというかのように主の心の内を心得た二体の柊弥の妖魔はそれぞれ晧霍は柊弥と彩斗の元に、爍繃は義衡の元にやって来た。

 柊弥はその身体を彩斗に支えられながらも三人は二体の妖魔に飛び移る。

 

「え?

ちょっと、永田さん?

い、いや!降ろしてっ……」

 

 いきなり動き出した妖魔たちに荒民たちは右往左往している中、義衡を乗せた爍繃はあっという間に榛名の元へと向かってきて、義衡がその身体を無理矢理に爍繃の背に乗せたことで混乱していたようだがどうやら騒いでいた彼女を有言実行黙らせてしまったようだ。

 

 そして、柊弥たちは呆然と下で彼らを見ている荒民たちに見送られるようにして西の空へと消えていった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 目を覚ました柊弥は最初に薄汚れてはいるがしっかりと掃除されている天井を見て、そして横に視線を映せば義衡が座っているのが見て取れた。

 柊弥が目を覚ましたのを確認した義衡は体温を調べて彼の体調を確認するために柊弥の頭を触れようとした。

 

 しかし、義衡が柊弥の額を触れた瞬間に義衡の手はいきなり柊弥によって払われた。

 

「あ……

すみません。

どうも俺は人に自分の頭を触られるのが嫌で……」

「ふむ。

そうか、悪かったね」

 

 義衡は何かを考えながら柊弥のさっきの行動を確かめるようなしぐさをした。

 

「あの、あの後はどうなったんですか?

特に飯山さんとか……」

 

 柊弥は彩斗と共に使役したばかりの晧霍に跨った後に完全に意識を失ってしまったのだ。

 返り血を浴びた彩斗に近付いたせいなのだが柊弥はわざわざそれを言うつもりはない。

 だが、この義衡が騒ぐ榛名を気絶させたのは覚えていた。

 

「榛名君には悪いことをしたね。

だが、その後あの状況をしっかり話したらどうにか理解してくれたよ。

そして、今はあの場所の近くにあった里の世話になっている。」

 

 酷く海客を嫌いのは特に蝕の被害の酷い虚海沿岸部ばかりだから彩斗君や榛名君の心配する必要はないよ、と言う義衡だったがやはり彼らの事が心配になった柊弥はその場で起き上がって二人のところに行こうとする。

 それを医者の義衡は止めはしなかった。

 

「爍繃と晧霍は?」

『ここにおります』

『問題ないようで何より』

 

 義衡に尋ねたその答えは自分の影から発せられた。

 

「そう言うことだ。

大丈夫だよ」

 

 そうして柊弥が寝ていた場所から廊下を歩いて義衡に案内された部屋には彩斗と榛名がいた。

 彩斗は柊弥の顔を見てすぐにうれしそうな顔をして駆け寄ってくるが、榛名はどうにも柊弥とは関わりずらそうな感じだった。

 義衡から聞いて自分が柊弥に救われて、爍繃の事を恐れて騒いでいた中気絶させられた時も実は自分の身を守るためだったのだと聞かされてどうにか理解は出来たのだ。

 だが、それでも得体のしれない柊弥とは少し関わりずらかったのだ。

 

「ねえ、永田さん。

どうして彼はあの、妖魔でしたっけ、それを使役できたの?」

 

 最初に唯一何も分かっていない榛名が義衡に事を尋ねた。

 それを柊弥本人に聞かないのはこの世界の事を一番よく知っているからというのもあるだろう。

 

「そう言えばそうだ。

確かに普通じゃないけど俺はこの世界なら柊弥みたいに爍繃みたいなのを使役できる人ならいないこともないと思ってたのにあの荒民たちをみればどうやらそうじゃないみたいだった」

 

 柊弥も日本人からしたら普通じゃないだろうがこの世界なら別に他の人に見られても大丈夫だと思って思い切り爍繃を使ったのだ。

 

「確かにこの世界では妖獣という獣の類を使役して馬のように車のように乗り回す人は多くいるし、騎獣として妖獣を売っているところもある。

だが、妖魔を使役する者がいることは聞いたことがなかった。

常識として妖魔は人に扱えるものではないからね」

「じゃあ、何で柊弥は?

さっきも晧霍っていう妖魔を使役したみたいだし……」

 

 義衡の言葉を聞いて榛名が更に柊弥に対して訝し気な視線を送る。

 その彼女を見た義衡は苦笑を浮かべる。

 

「私にも分からないことはあるさ。

でも、もしかしたら雲の上の人ならば知っているかもしれないね。

柊弥君は容姿が変わったりとそもそも普通の海客とは違うんだ。

……取り敢えず慶国の首都堯天に行こう。

もしかしたら景王も柊弥君のことを聞いたら会ってくれるかもしれない」

 

 その義衡の一言は彩斗と特に榛名を喜ばせた。

 景王に会えるということは、つまり日本に帰る方法を知ることが出来るかもしれない、もしくは帰れるかもしれないということを示すのだ。

 

 しかし、柊弥はそのことを素直に受け止められなかった。

 自分は何者なのか。

 柊弥の脳内はその疑問に占められていた。

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