周囲に地面が血に濡れているというようなおどろおどろしい景色が広がっているというわけではない。
だが、柊弥はまるでそこら中に血が塗りたくられたかのような濃い血の臭いを感じていた。
今まで血を見れば大体恐怖を感じて時に身体が痺れたように動かしにくくなるといったような弊害を感じていたが今回のそれは今までとは比べ物にならないほどに柊弥を病んだ。
改めて周囲を見てみると、柊弥からは円形状に離れた場所大きな力によってひき殺されたらしい肉塊が散らばっているのが見えた。
そのあまりにもグロテスクな有様に更に柊弥に吐き気が襲った。
ただ事ではないと思って驚いたが、柊弥はすぐにこの惨状を作り上げた犯人に思い当たった。
「
『はい。
主に仇なす小物の妖魔どもを退けました』
柊弥の予想通り爍繃が無防備な姿で眠っている柊弥を守った結果だった。
柊弥は、今しがた爍繃という化け物が自分に従ってくれるということを理解したばかりで何がどうしてこうなったのかも僕となるとは一体どういうことなのかもよく分からなかったがどうやら彼が寝ている間にしっかり仕事をしていてくれたようだ。
柊弥は不気味だと思っていた爍繃を少し見直した。
柊弥は、この惨状は僕となった爍繃が自分の身を守った結果であることを理解した。
問題はこれで解決。
さあ、人里を探しに行こうとなるはずであったがそうはいかなかった。
「何故だ……
血に対する耐性が前よりも一段と弱くなっている気がする」
柊弥にとって血は忌むべきものだ。
体質的にもそうだが、まるで自分が病弱だと思われる原因の大部分を占めることもある。
弱い自分が嫌いな柊弥にとって血が苦手というのは忌むべきことだったが今回のこの状況ではそんなことは言ってられない。
遠くから匂う血の臭いが柊弥の体力をガリガリと削っていく。
さらに、それだけでなく柊弥はまるで酷い車酔いにでもあったかのように気分が悪かった。
「ここにいてはマズイ。
いつ倒れるか分からないな。
爍繃、出てきてくれ」
一刻も早くこの場から去るべきだと気付いた柊弥は自分の影に隠れていた爍繃を出して、運んでもらおうと考えた。
柊弥はもう立っているのもキツイ程に急激に気分が悪くなっていった。
そして、爍繃が影から出てきて気付いた。
「なるほど、お前のせいか」
爍繃の身体からは何故さっきは気付かなかったのかと自分を責めたくなるほどに酷い血の臭いを発していた。
それもそのはず、爍繃は柊弥を守るために自ら主に近付く妖魔どもを退治していたのである。
返り血が付かないわけがない。
爍繃が柊弥の影に隠れてから一気に気分が悪くなったのも原理は分からないが僕である爍繃が返り血を浴びていたからなのだろうと柊弥は当たりをつけた。
『申し訳ありません。
私が至らなかったばかりに』
「構わない、気にするな。
でも、そうなると爍繃には返り血を浴びたその身体を清めてもらわないとだめだな。
予定変更だ。
爍繃、近くの川なり池なりの水場に向かってくれ」
『御意』
そう言って柊弥は返り血に濡れた爍繃の背中にしがみつく。
柊弥は自分の身体にも乾きかけの血がついて気分が悪くなったがこればっかりは仕方がない。
とにかくこの血の臭いにまみれた場所からは一刻も早く離れるべきだと思った。
◇◆◇◆◇◆
慣れてはいけないんだろうが、爍繃に跨っているうちに血の臭いに対する耐性がある程度ついてきたみたいだった。
それでもやはり日本にいた頃よりは随分と血に弱くなってしまったようだ。
それに、実際に爍繃の返り血を触ってしまったが脱力感に見舞われた。
まだ爍繃に跨っているため今なおその脱力感は続いている。
「それにしてもまさか爍繃が空を飛べるとは思わなかった。
輝く海とお前を見てある程度耐性は出来てきたと思ったが驚いた」
『我々妖魔もですがこの世界では妖獣もその多くがそれを駆けることが出来ます』
「不思議なもんだな。
妖魔も妖獣も何のことだか分からないがこの世界にはそんな生き物が普通にいるんだな」
もうここは自分が元居た地球ではないということを理解している柊弥にとって後はどうやれば日本に帰れるかということとどうやってこの世界で生きていくかということが問題だった。
どうやって生きていくかということに関して、柊弥はこの爍繃が自分の僕となってくれたことは運が良かったかもしれないと考えた。
そうこうしているうちに爍繃は今まで柊弥がいた鬱蒼とした林を抜けてだだっ広い平地に出た。
そして、この平地はやはり台風があったのか酷く荒れているが確かに田んぼのような形で人工の形をしていた。
それに林からかなり離れた向こう側には石造りという非常に原始的な造りの城壁が見えた。
「やっと見つけたな、人里。
やはりというべきかこれを見る限りじゃ随分と古臭いな。
まるでタイムスリップでもしたかのようだ」
でも、石造りの城壁なんて日本にはないだろうから別の……例えば古代中華とかかな。
田んぼあるし。
と、柊弥は物思いに耽る。
正直柊弥にとってここが何処の文明だとかはそもそも別の世界なのだから関係ない。
それでも気になってしまうのは冒険にあこがれる男子だからだろう。
『主、川があります』
「村からは離れてるが……そうだな。
下手に彼らに近付くと何がどうなるか分からないからそれくらい離れた場所の方がいいか。
爍繃、その川の側に下りてくれ」
護岸整理などされていない川岸に降り立った柊弥は早速制服を着たままでジャブジャブと川の中へと入っていった。
護岸整備されていないそれなりに大きなその川は、周囲は草花に覆われまるで日本の里山にある川のように美しい。
さっきまで血に濡れた爍繃に跨っていたこともあって制服も血に濡れてしまったから少しでも血の臭いが落ちるようにと遠慮なく制服のまま入ったのだ。
もちろん着替えなんてものはないが仕方がない。
柊弥にとって身体が冷えて風邪をひくよりも血の臭いのせいで気分が悪くなる方がよっぽど嫌なのだ。
爍繃も身体を左右に揺らしたり、川底の砂利に背中をこすりつけたりして何とか血に濡れたその身体を清めているようだ。
柊弥はそれを見てまるで大きな犬か猫が水辺で遊んでいるかのようで思わず笑ってしまった。
柊弥はここが一体どんな場所なのかが分からない。
でも、これから先どんなに危険な目に遭ったとしても血には気を付けなければならないと肝に銘じた。
もう他人に病弱だと思われたくないなどと言ってられないのだ。
そうやって血に濡れた制服などを入念に洗った後に軽く顔でも洗おうかとして時に気が付いた。
「髪の毛が……あ、顔も少し……いや、瞳の色もなのか?
よ、容姿が変わっている」
柊弥が見た川面に映る自分の容姿は明らかに変わり果ててしまっていた。
髪の色は赤色というよりもまるで夕陽を思わせるかのように赤く輝いて見える。
前髪を摘まんで確かめてみればどうやら赤と金が混じったような不思議な色合いをしているのが分かった。
この色合いはどれだけの染髪料を探し回っても色づけることなど出来ないだろうそういう神秘的な色合いをしている。
瞳の色も川面を通して見れば分かりづらいが、柊弥にはどうやらいつもの黒い瞳ではなく青い色をしているように見えた。
柊弥にしてみれば顔の容姿も変わっていたが誰か分からないほどのものでなく、派手になった髪色やと瞳の色と比べるとまだましなのが不幸中の幸いだった。
「どうしてこんなに変わったんだ?
血に対する耐性が今までよりも弱くなったり、容姿が変わってしまったり、爍繃が僕になったりといくら別の世界に来たからって色々と変わりすぎる。
病気……ってことはないかな、たぶん。
でも、確実に俺の身には何かが起こってる」
柊弥にとって気味の悪いことが続いている。
今回の容姿の変化もその内の一つだ。
しかし、容姿が激変したというのにあまり驚いていない自分がいることこそを柊弥は驚いた。
まるでこの姿こそが正しい姿なんだと言うように。
柊弥にとって異様なほどの自分の環境適応力こそが最も気味の悪いことだった。