柊弥は
分からないことを延々と考え続けても答えなど出るはずもなく、結局はまずは情報収集こそが大事だという結論に至った。
柊弥は、まず近くの村に行って人に聞くのが早いだろうと思った。
今日、昼頃に起きて今はまだ日本で言うところの午後三時頃。
もちろん爍繃には影に隠れてもらいながら柊弥は川に沿って村を目指す。
いくら妖魔や妖獣などと言う存在が普通に存在している世界であっても爍繃の巨体とその風体では人を驚かせてしまうだろうということは流石に柊弥にも分かった。
「これは酷い。
……随分と荒れているな」
村に近付くにしたがって田畑の様子が見えてくる。
後一か月もすれば黄金色の美しい稲穂を見せてくれただろうその田んぼは暴風雨に晒されたことで稲の多くが真ん中辺りからへし折れて中には上方が田んぼの泥水に浸かってしまっているものもある。
どこか日本の田んぼにある稲よりもそれぞれが高さも太さも小さいようで更に稲と稲との間隔も広いようなので柊弥には寂しく感じられた。
あまり田んぼなんて見たことがない柊弥にもこの惨状はよく分かった。
それだけではない。
場所によっては畔が崩れてしまっているところや近くの民家から風で飛ばされたのだろう物などがそこらに放置されている。
中にはすぐそばに植えられていた大きな木がへし折れて田んぼに落ちてしまったようなものまである。
「ここの人たちは大丈夫だろうか……
これじゃあ秋の彼らの収穫量はほとんどないだろう。
災害時のための補償金とかもらえるだけの文明があるとはどうしても思えないからな」
さっきから柊弥にはこの広大な田畑の囲まれた場所に数十メートル間隔で建つ家が見えている。
正直、彼にしてみたらたかだか6畳ほどの部屋が2,3つしか入らないようなあばら家を家だなんて思いたくはないがどうやら家のようだ。
広い田畑の中で唯一ある一か所だけにそのあばら家と畑が集まっているようだ。
まだ遠いがポツポツと人の姿が見える。
広大な田畑がある土地の先には遠くとも良く見えるほどには大きな城壁があるのが柊弥には見えた。
しかし、柊弥が遠目から見てもどうやらその城壁は破損が目立つようだ。
「日本とはまるっきり違う。
そもそもここの人たちの文明度は日本のそれとは遥かに劣る。
過去の日本に城壁なんてものはそうそう見ないけどこの風景を見る限り良くても江戸時代以前の文明度かな」
そうだからこそ柊弥にはこの村の人たちの今後が心配でならなかった。
きっと補償金をもらえるような社会ではないはずだから。
いくら柊弥が考えようが余所者で何も知らない彼自身ではどうしようもないが、柊弥は人がいると思われるところへ行くまで物思いに耽っていた。
そうこうしているうちに民家の集まる場所から柊弥のことに気付いた人たちがぞろぞろと民家の中から出てきている。
もっと離れた場所の民家にも気付いているものはいるようである。
柊弥は気付けば互いの顔がよく見えるだけの距離までやって来た。
彼らの中から代表的な人なのだろう40代半ばくらいの男性が柊弥に近づいて来る。
服装はズボンのようなものに半袖の着物のようなものを着ている。
随分と擦り切れており、彼らが満足に服が買えないことがこれだけでも分かる。
「あんた……海からやって来たのか」
言葉が通じるだろうかと心配していた柊弥にとっては幸いなことに彼が話したのは日本語だった。
別の世界だと思っていたところに普通に日本語を話すものだから柊弥は分かりやすく驚いた。
それに柊弥は目の前の男の容姿が日本人的ではあるものの灰色の髪をしていることにも不思議に思いこそしたが、柊弥にとってみれば自分自身の方が更にド派手な形をしているので驚かない。
逆に柊弥は自分の派手な髪色を見て驚かないだろうかとも思ったのだが男が特に反応することもなかった。
「はい。
出来ればここが何処なのか知りたいんですが……」
柊弥が海から来たことを肯定した瞬間辺りの雰囲気が急激に変わった。
今まではただ注視しているだけだった男の後ろに控える人々は明らかに皆柊弥に対して敵対的な視線を向けている。
この世界における人々とのファーストコンタクト。
理由は分からないが柊弥はそれに失敗してしまったらしい。
「あの、俺が何かしましたか?」
柊弥の目の前にいる男は顔を伏せたまま黙ったままだったがすぐに柊弥を向いて穏やかに話を始める。
男の眼には確かに怒りの感情があることを柊弥にはすぐに分かった。
「お前ら悪い海客のせいで今年の俺らの収穫はほとんどない」
彼の言葉に続けて後ろの方から罵声が聞こえてくる。
「そうだ、お前ら海客が蝕なんか起こすからこちらにしてみりゃ大迷惑だ!」
「そうよ!
わ、私の旦那を返してよぉ」
「ふざけるな。
なんでよりによって今なんだッ」
柊弥はバッと後ろを振り向いた。
目の前に広がるのは酷い惨状が広がっている。
柊弥はこれが大型の台風のせいだろ言うと思った。
実際にそれは名前こそ違うが“蝕”というもののせいだということは理解できた。
そして“悪い海客”という言葉。
この地にいる人にとって自分が海客と呼ばれていることを柊弥は理解した。
“海客が蝕を起こして田畑を荒らした”
彼らの言い分は荒唐無稽もいいところだ。
蝕という自然災害が起こったことによる天災こそがこの惨状を引き起こしたのだと柊弥以外ならば言えたであろう。
しかし、柊弥はどうしてもそうは思えなかった。
目の前の惨状を目に焼き付けながら酷い罪悪感に見舞われた。
彼らの言い分を素直に信じるべきでないことは分かっていてもどうしても柊弥は荒れ果てた目の前の田畑から目を離すことなど出来なかった。
(何が補償金が出ないなんて可哀そうだ。
俺は彼らを哀れに思うことさえ許されないというのに)
蝕が起こった要因の一つかもしれないというその思いは柊弥を罪悪感で苦しめた。
そこに突然柊弥と対していた男の横合いから若い男性が出てきて柊弥に殴りかかった。
ボンヤリと罪悪感に打ちのめされていた柊弥は彼の殴打に気付くのが遅れて思いっきり顔を殴られた。
思ったほど痛くはなかったがそれを見ていた爍繃が影から出てこようとしていた。
「やめろ、爍繃。
彼には俺を殴るだけの資格がある」
爍繃はそのまま何事もなかったように一度柊弥の影を震わせて消えていった。
怒りはまるで収まらないとばかりに更に柊弥を殴ろうとしたが男の制止の声が響く。
柊弥はピクリとも抵抗しなかった。
「この海客の事は
誰か里府まで行って海客のことを話しに行ってくれないか」
長老に任せるということは自分を村で裁定するということなのだろうと柊弥はボンヤリと思った。
柊弥が大人しくしていることを分かった男は取り敢えずは一安心とばかりに周囲の者たちに対して決して手を出さないようにと釘を刺した。
「俺は海客だの蝕だのということはよく分からない。
出来れば教えてもらえないだろうか」
取り敢えず情報を整理しておきたい柊弥は目の前の男に尋ねた。
しかし、男は顔を顰めて柊弥に向かって睨みつけてきた。
しばらくの間睨んでいたが顔を逸らして話し始める。
彼の怒りは未だ収まらない
「三日前の昼頃に蝕が起こってさっきも言ったようにこの里は大損害を受けた。
このままでは冬を越せずに里の者のほとんどが死んでしまうだろうな」
男の皮肉は素直な柊弥の心を的確に抉ってきた。
どうにかして助けてあげたいという思いでいっぱいだったが今の柊弥には自分のことをどうにかすることで精一杯で他人のことを助けるだけの力などない。
「海客ってのは蓬莱というところからやってくるらしい。
そして、お前たちみたいな悪い海客は俺達に災害をもたらすんだ」
男はこの人たちの中で最も自制が出来ているのだろう。
それでも彼は言葉に怒気を隠し切れないでいた。
それでも大人しく聞いていた柊弥は何となくだが今回の件が理解できて来た気がしていた。
蓬莱、恐らく日本からこちらにやってくるのは何も自分だけでなく今までにも何度もあったことなんだということをようやく理解した。
そして、時に海客は蝕という天災を引き起こす要因となる。
そこまで考えてふと疑問に思った。
「ん?
お前“たち”?
も、もしかして俺以外の海客がここにいるんだろうか!?」
急に勢いが良くなった柊弥を見咎めた男はすぐに答えた。
「ああ、昨日の夕方頃に男が一人な。
そう言えばお前の今着ている服とほとんど同じ意匠の服を着ていたな」