柊弥の酷い怒りの念を向けていた人々はそれぞれの民家に戻っていき、その間に柊弥はここには自分以外の“海客”なる海から来たものがいるらしいことを知った。
男は柊弥と同じような服を着ていると言っているので恐らくはあの機内にいた同級生だろうと当たりを付けた。
もっと詳しい話を聞こうとしたところで民家の方に戻っていたはずの一人がボサボサの縄を持って柊弥たちのところに戻ってきた。
察した柊弥は取り敢えず彼らの為すがままにされてそのまま縄で拘束された。
柊弥は被害者である彼らを刺激しないためにも今ここで騒ぐことはなかった。
それに恐らく柊弥が連れられる場所はこの村の役所のような場所であり、同級生らしい者もいるはずで、この世界についてを尋ねる機会もあるはずだと思った。
柊弥はさっきまで話していた男を加えて村の男性三人と共に縄で拘束されながら城壁のある所を目指して歩き始めた。
柊弥は目的地である城壁のある町へと向かう中、周囲を見渡す。
周囲の田畑は先の村のそれと同じように蝕によって酷く荒らされているのが分かるが、その中でも全く使われていないかのようにひび割れて酷く乾燥しているような田んぼがあったりと何故か蝕が起こる前から荒れ果てていたような雰囲気を受ける。
「随分と土地が痩せてるみたいだけどどうしてですか?」
「……先の塙王様がお亡くなりになられて未だに新王が即位されていないからだ」
柊弥は思わぬ答えが返ってきたことにびっくりした。
塙王というのはこの国の王様の事なんだろうことは柊弥にも察しはついた。
なぜ王がいないことと土地の荒廃が同じだという風に答えるのか柊弥には分からなかったがそもそもこの場所が何処なのかということを聞いていなかった。
「そういえばここは一体どこなんですか?」
「巧国の虚海近くにある配浪だ」
キョカイと聞いて柊弥は何のことやら分からなかったが海の事だと言われてすぐにあの神秘的で妖艶な海中の星が輝く海のことだと気が付いた。
「それで、巧国というのは一体?」
さっきの塙王という言葉からこの場所は巧国であり、塙王という王様が支配するところなのだろうということは予想できたがそもそも柊弥には巧国というものがよく分からない。
それをもっと詳しく問いただそうとしたのだが男はもうこれ以上話すことはないと言わんばかりに柊弥に目もくれることなく黙ってしまった。
柊弥もこの村の人たちからは悪い海客として決して良く思われていないことを分かっていたので大人しく引き下がった。
三十分とかからずに柊弥が辿り着いたそこには遠目から何度も眼にしていたとても大きな城壁に囲まれた町があった。
城壁は石と土とで作られており、村の耕地の荒廃と関連するかのようにところどころ表面がボロボロと崩れており、大きく崩壊してしまった場所もあるようである。
柊弥はこの門をまじかに見て三国志のように古代中国の町を連想したが、門を潜ったそこにあった恐らくは村の人たちの質素な住居は、白い漆喰と言い黒い瓦と言いどことなく日本的な雰囲気が感じられた。
そんな町でガラスではなく板戸を棒切れで支えている窓を見て柊弥はまるで昔の中国か日本にタイムスリップでもしたような気分にさせられた。
そうして柊弥が物珍しい異国の町並みをゆっつらと眺めているうちにどうやら目的の場所に着いたらしい。
その建物はさっきまでの日本的な建物とは違って赤い柱や鮮やかな装飾に彩られたりと中華風の建物だった。
呆然と建物の装飾などを眺めていた柊弥は彼を連行してきた男の一人に小突かれて言われるがままに先を進み、とある部屋に入るように促された。
柊弥は訝しげにしながらも中に入る。
縄で拘束されながら入れられるとそのまま外から施錠されてしまった。
「なるほど。
ここは鉄格子のない牢屋ということか」
誰の返事も期待していなかった柊弥の独り言は部屋の中の誰かの声によって遮られた。
室内はこの町の城壁のように土と石でできており、部屋の中は外よりも更に冷え込むようである。
まだ夕暮れの自国には程遠いというのにとても暗く、日当たりの悪い窓からの微かな陽の光と入り口側のランタンの灯りが少しばかり漏れる程度だ。
しかし、何もないと思われたこの部屋の中で、柊弥の左手から聞こえた声に振り向けばこの部屋の壁際に備えられたベンチのようなベッドのような何かに座っている人影が見えた。
その男は草臥れた、だが確かに柊弥の高校の制服を着ていた。
「な、中林?」
そこにいたのは柊弥とはクラスは違うものの同級生で同じ剣道部の部長を務めている中林彩斗だった。
柊弥と同じように縄で拘束されていたが、座っていたベンチから立ち上がり声を荒げた。
「日本語だと思って見てみればうちの高校のものか。
お前は、えーと……
まさかお前北条かッ!?
な、何なんだよその髪の毛!
てゆうか顔も何か少し変わっているじゃないか!」
柊弥は同級生の彩斗による怒涛の言葉の応酬になぜこうも怒鳴り散らすのかを自分自身がよく分かっているから苦笑を浮かべる。
「いや、まあ、中林が言いたいことも分かるよ。
でも、これは俺にもどうしてこんななっているのかが分からなくてな」
「ああ、すまん。
つい驚きすぎて俺も冷静じゃなかった」
彩斗がそう言った後、柊弥も変わり果ててしまったこの身で同級生と話すというのはやりづらく、対する彩斗もこの訳の分からない状況下で苦労してきたらしい友人に対して腫物を触るかのように慎重になってしまって一度会話はそこで途切れてしまう。
だが、そこは同じ剣道部であっても部長を任されている彩斗である。
この状況を整理するためにも彼は切り替えて柊弥に話しかけた。
「なあ、俺達の飛行機って一体どうなったんだろうか?」
何かを期待する声だった。
それは柊弥だって同じだった。
でも、柊弥は自分でも驚くほど冷静に物事を判断出来ていた。
「たぶん、数日経った今ここに二人しかいないっていうのが答えだと思う。
もしもがあるかもしれないけど、普通に考えたら……あまり期待しない方がいいだろうね」
分かっていたはずだった。
でも、彩斗は柊弥にはっきり言われたことで感情があふれ出してどうしようもなかった。
一人さみしく訳の分からない場所の牢屋で閉じ込められていたところに容姿は変わってしまったが同じ剣道部の友人である柊弥に出会えて嬉しかったのだ。
そして、それと同じように恐らくあの時機内にいた人たちはもう死んでいるだろうという現実が空想ではなくなってしまった。
中林彩斗は別のクラスだが校内でも部活でも明るいムードメーカーだ。
それでもただの高校生である彼にしてみればこの現実はそうそう受け止められることではないのだ。
そして、同じく哀しみを抱いている柊弥だが既に別世界にあるという事実を受け止めている自分自身の異質さを思い知らされた。
「帰れるんだろうか、日本に」
「分からない」
伏せていた顔を上げると少しばかり赤くなっている顔で柊弥に問いかけに対して簡単に答えを返した。
「そもそもここってどこなんだろうな」
いつの間にか中国の変な町に流されたんだろうかと冗談めかして言う彼の姿はいつもと同じででも痛々しかった。
「流石にタイムスリップなんて非科学的なことなんてないよな。
あ、いや、でもここがかこの世界なら冒険し甲斐があるってもんかな」
「巧国の虚海近くにある配浪」
「え?」
「それがこの町の名前だってさっきここの人に聞いた」
せっかく場を明るくしようとしてくれていたところだったのに柊弥は現実を突きつけるように言い放った。
「なんだ、その配浪って?
そもそも何でお前は話せるんだよ。
ここの人たちの言葉ってそもそも日本語じゃないし、ましてや中国語でも英語でもないんだぞ」
友人である彩斗のその言葉は柊弥の心にグサリと突き刺さった。