峯麒、そして海客   作:カラミナト

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牢からの脱出

「さあ、早く出ようぜ。

お前のそのライオンみたいな奴だったらどうにかなるだろ」

 

 その前にこの縄を解いてもらわないと逃げようにも逃げられないな、と冗談めかして笑いかけてくる彩斗をよそに柊弥はその場でじっと動かず俯いていた。

 

「ん?

どうしたんだ柊弥?

早く出ないとあいつらが来てしまうぞ」

 

 二人が随分と長いこと話していたこともあって扉の反対側の窓から差し込んできていた陽の光もとうに大地の向こうに隠れて薄ぼんやりとした月の光に照らされている。

 扉のある方からこの役所のような場所のランタンの灯りが差し込んできて部屋の中が暗闇に包まれることはないが現代日本で生きてきた柊弥と彩斗にとってみれば灯りなどあってないようなものだ。

 

「この町の田んぼは蝕のせいで酷く荒れていた」

「……ああ、そう言えばそうだったな」

 

 彩斗はこんなところで逃げられるのに逃げもせず突っ立っている柊弥がよく分からなかった。

 

「もしかしたら俺たちがこの場所に来たせいで蝕が起こったのかもしれない」

「確かにそんなことを言ってたって柊弥言ってたな。

それで?

どうしたってんだ?」

 

 柊弥に続きを促すように優しく語り掛ける。

 彩斗は柊弥のことを二年近く一緒に剣道部にいたからその性格をよく知っているつもりだ。

 

 柊弥は優しい。

 自分の心が傷ついてしまうことも構わずに相手を労わるほどに優しい。

 

 彩斗はそんな柊弥が友人として誇らしいし、良い奴だと思っている。

 

 だからこそ彩斗には続く柊弥の言葉を予想できてしまった。

 

「この町の人たちのために何かできないだろうか?

日本に帰る方法だってここにいながら探せばいいし、何だったらせめて一週間だけでもここにいて近くに流れ着いてしまった他の皆を探せばいいだろ?」

 

 彩斗にもそれは理解できなくもない。

 困っている人がいるんだ。

 だったら助け合うというのが人ってものだろうと思って彩斗も幾度か人助けをしたことがある。

 

 でも、それは自分自身に余裕があったからであって、ましてや自分に敵意の視線を向けてくるような人たちを助けるというのは人が良すぎる。

 

 柊弥の優しさは分かるがそれでも今回ばかりは違うと彩斗は思った。

 

「……言葉が分かる柊弥だったらよく分かるだろう。

ここの人たちは俺達の事をよく思っていない。

それどころ田んぼの恨みとばかりに俺たちは殺されてもおかしくない状況なんだ。

柊弥が優しいのは分かってる。

けど、今回ばかりは他人の事なんて考えてる余裕はない」

 

 そう言われることは柊弥にも分かっていた。

 

 ただ苦しかったのだ。

 自分たちのせいで彼らはこの冬を越せずに何人か死んでしまうのかもしれない。

 それを思うとどうしようもなく苦しくて少しでも彼らの力になれないだろうかと思った。

 

 それでも現実的に見れば他人の事を考える余裕なんてなくて今現在命の危険があるのは恨みによって殺されかねない柊弥たちなのだ。

 最初にこの町の集落に着いた時に向けられたあの憎悪の視線。

 いくら柊弥がこの町のために手伝おうとしてもそもそもこの町に居つかせてくれないほどに二人は恨まれているのだ。

 

 今すぐにでもこの町から逃げるべきだということは柊弥にも分かっている。

 

 だからこそ自分たちの命のために彼らの命を見捨てる覚悟を持つためにも、柊弥はわざわざ声に出して吐き出して、彩斗にきっぱりと否定されることで心を決めた。

 

「そうだな。

ここから逃げないとだよな。

……爍繃(シャクホウ)、縄を解いてくれ」

 

 柊弥がそう言った瞬間二人を拘束していた縄はいとも簡単に切れて床に落ちた。

 

 彩斗は長いこと縛れていたので身体の調子を確かめて、一旦精一杯伸びをすると柊弥に対して頷き返した。

 

「では脱出と行きたいところだが……

ああ、やっぱり施錠されてるな。

当たり前だよな。

流石に縄で縛ってるって言ってもそのまま外に出られちゃあ敵わないよな」

 

 彩斗はあまり音を立てずに扉の様子を確かめる。

 それに対して柊弥は扉に付いている窓から外の様子を確かめる。

 

 左右は死角になっていてよく見えないが物音からして扉の左右両方に人の気配がするのが分かった。

 さっきから脱出しようと話し合っているが彩斗がここの人の言葉が分からないようにこの見張りにも中での会話はよく分かっていない。

 普通ならば私語を慎むように言うべきなのだろうが騒いでいるわけでもないし、これくらいで口出しするのも面倒だったので見て見ぬふりをしていた。

 

「見張りが二人この扉の左右両方にいる。

それ以外は特に問題ない」

「良し分かった。

じゃあ、お前の爍繃とやらに扉を思い切り壊してもらって外に出るとしよう。

その後は相手にもこいつみたいなのがいない限りこの町を出られるはずだ」

 

 柊弥も問題なかったので頷いた。

 爍繃が空を飛べることは言ってはいないが特に問題ないだろう。

 

「それじゃあ、早速……」

「ちょっと待って!

誰か、いや武器も持ってる男が二人と他に婆さんが一人こっちに向かってきている」

「構わない。

この町から出るのが最優先なんだ。

今出ないとまたどこに連行されるか分からない!」

 

 柊弥は彼らの姿を見てもしかしたら出してくれるのかもしれないという気持ちもあってもう少し待って見ればいい方に流れるかもしれないと思った。

 だが柊弥はもう覚悟は出来てるんだ。

 こちらにやってこようとする人たちに心の中で謝って爍繃にこの扉を破壊するように命じる。

 

 柊弥はちらりと横目に彩斗の姿を見て準備が出来ていることを確かめて命じた。

 

「爍繃、やれ!」

 

 どうか誰も傷つかないように。

 そう願いながら爍繃が自分の影に隠れたのを確認した柊弥は彩斗と一緒に部屋から転がり出た。

 

「うわぁッ!?」

「何だ!?」

「こいつら脱獄しやがった!」

「おい、すぐに取り押さえるぞ!」

 

 異常事態に気付いた四人の見張りは何故か縄を解いている柊弥と彩斗の二人に腰にある片手用の両刃の剣を抜いて襲い掛かってきた。

 扉のすぐ近くにいた二人の見張りだけは状況を理解するのが遅れて態勢を立て直そうとしていた。

 明らかに殺すつもりで向かってきている。

 

「やめるのだ!

ここで人を殺したって何にもなりはせん」

 

 唯一そこにいた場違いな老婆は声を大にして四人に向けて声をかけた。

 

 その老婆の言葉を聞いた柊弥は彼女は自分たちを殺すつもりはなかったのだということに気付いて一瞬立ち止まってしまった。

 

「柊弥、早く爍繃を!」

 

 隣にいた彩斗は近くに倒れていた見張りが取りこぼした剣を奪い、その剣の持ち主を蹴飛ばして柊弥に声をかけていた。

 彩斗が盗難と傷害を働くところを見て少しだけ心の内が乱れてしまったが、柊弥にもこれは必要なことなんだということは分かっていたので今はその心の内の気持ちを封じ込めた。

 

「爍繃!」

 

 柊弥の一言でさっきの部屋よりも断然広いこの中庭へと柊弥の影の中から爍繃がその巨体を現した。

 

 柊弥は勝手知ったる爍繃の背へと飛び移り、彩斗へと手を差し出して同じく爍繃の背に乗るように促す。

 その甲斐あって日本で言うところの脇差ほどの長さの片手剣を手に入れた彩斗は悠々と爍繃の背に飛び乗った。

 

「う、うわぁ!」

「よ、妖魔だー!

妖魔が出たぞーーッ!」

「こ、こいつ妖魔を操っていやがる」

「何してるんだ!

早くここから逃げるぞ!」

 

 そんな中、目の前は混沌としていた。

 爍繃の姿を見てこの場から走り去っていくものもいれば、剣を振り回すも逆に爍繃の脚の堅い鱗に当たって弾き飛んでいったりしていた。

 

「なんと、もしやサン(ゲイ)か……」

 

 老婆が見張りの一人に引きずられながらそう声を漏らしたのを柊弥には聞こえた。

 

「柊弥、早く行こう。

こいつのおかげで一応こちらに向かってくるような奴はいないみたいだけど万が一がある早いとこここを出ないと」

「そうだな」

 

 彩斗の声に頷いた柊弥は未だにこちらを見ている老婆に対して謝罪に気持ちも込めて軽く頭を下げた。

 

「それじゃ、爍繃行ってくれ」

 

 柊弥のその言葉を聞くや否や分かっているとばかりに柊弥の思い通りに爍繃は二、三度地を蹴って空へと躍り出た。

 

「うわ!

柊弥、お前こいつが空を飛べるってんなら先にそう言えよ!」

 

 もう問題ないことで安心した彩斗は喜びの感情と共に驚きの声を上げた。

 

「悪い。

せっかくだから驚かせてやろうと思ってね」

 

 二人は温かな爍繃の背の上で笑い合った。

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